古村治彦です。

 

 今回ご紹介するのは、「今回のアメリカ大統領選挙はどうして接戦なのか」ということを、心理学の用語を使って書いている論稿です。簡単に言うと、「私たちは難しく考えることが苦手で、一度出来上がったステレオタイプから抜け出せないために、トランプ=成功したビジネスマン、ヒラリー=不誠実というイメージを脱却できずに、トランプが実像とかけ離れて評価されているので、接戦となっているのだ」ということを主張しています。

 

 システム1思考とシステム2思考というものがあって、私たちは、時間と労力がいるシステム2思考よりも、直感的であまり情報を使わないシステム1思考をしがちであり、今回の場合は、トランプは成功した能力の高いビジネスマン、ヒラリーはスキャンダルだらけの不誠実な人物というステレオタイプのままになっているということを著者のフロメンは述べています。

 

 確かに自分の中にある、先入観や偏見、一度できたイメージを覆す、もしくはそういったことから自由になって思考することは難しいことです。そして、現実をそのままに受け止めることも難しいことです。今回ご紹介する論稿に出てくる、確証バイアスという言葉、自分の都合の良い情報しか取り入れないというのは、私は個人的に気をつけたいですが実際にはそうやってしまうこともありますし、歴史を遡ってみれば、戦前から戦中にかけての日本ではこの確証バイアスに該当することが実際に起きました。

 

 今回の大統領選挙に関しても、様々な情報が出されます。ただの出来事の説明ならいいのですが、それには様々なバイアスや書いている人間や組織のバイアスがかかっているものも溢れています。そうした海の中から、以下に重要な情報を的確に取り出すかということは大変に困難な作業になります。

 

 しかし、人間はどうしてもシステム1思考から脱することは難しいです。ですからその難しさを認識しながら、少しでもましな方向で情報を取捨選択できるようにならねばならないと改めて考えました。

 

(貼り付けはじめ)

 

どうして選挙が接戦なのか?専門家たちは、全てはあなたの頭の中にあると述べる(Why is the election so close? Experts say it's all in your head

 

アラン・フロメン筆

2016年9月23日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/pundits-blog/presidential-campaign/297447-why-is-the-election-so-close-experts-say-its-all-in

 

ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンについての私たちの知識からすると、今回の選挙は一方的な結果で終わるということを考える人がいるかもしれない。ヒラリーは、政治経験のない、「アメリカを再び偉大に」と言うこと以外には実際の政策の細かい点について語れない候補者と選挙を戦っている。トランプは政策の詳細に語っても、それをすぐに撤回することが多い。NBCニュースによると、トランプはこれまでに117回態度を変えているということだ。

 

政策問題以外に、ドナルド・トランプは、戦争の英雄であるジョン・マケインを罵倒し、イラク戦争で戦死した将校の両親を攻撃し、サダム・フセインに対して自国民をよく掌握していたと称賛し、ウラジミール・プーティンをずっと賞賛してきた。また、トランプは、「クークラックスクラン(KKK)」の元指導者デイヴィッド・デュークを批判することを拒絶し、外国嫌い、人種差別的、女性差別的なコメントを繰り返してきた。

 

こうした状況からすると、ヒラリーがトランプに圧勝するはずだ。長年の共和党員たちの多くが自党の候補者を支持しないと表明している。しかし、各種世論調査が示しているが、選挙戦は実際には、全国レヴェルでも、重要な激戦州において、引き分けとなっている。多くの人々が選挙予測で信頼を持っている「ファイヴサーティエイト」の選挙予測では、トランプの勝利確率は41%となっている。この数字は8月には21%で、それからだいぶ上昇している。最新のCNNの世論調査では、選挙戦は五分五分となっている。

 

それなのに選挙戦はどうしてここまで接戦になっているのだろうか?

 

心理学者ダニエル・カウネマンは、現実世界において人々はどのように決定をするかについて画期的な研究業績によってノーベル経済学賞を受賞した。私たちは、自分たちの決定を合理的で、考え深く、慎重だと考えたいと思っている。これをカウネマンは「システム2シンキング(System 2 Thinking)」と呼んでいる。しかしながら、実際には私たちの決定のほとんどは奉納的なものだ。これをカウネマンは「システム1シンキング(System 1 Thinking)」と呼んでいる。システム1シンキングの特徴は、自然発生的で、感情的なものという点だ。

 

私たちの意思決定はたいていの場合、すぐに行われるが、純粋なものではない。私たちの意思決定は、無視閾のレヴェルで短縮された知能の働きを使うことで起きるものだ。この短縮型をヒューリスティックス(heuristics)と呼ぶ。このヒューリスティックスは、定型型思考(stereotypes)と同じようなもので、私たちを取り巻く世界を簡略化することである。システム1思考は、役立つものだ。もし危機的な状況に陥ったら、私たちにはゆっくり考える時間はない。分析的なシステム2思考をしている時間はない。従って、動きが速いシステム1思考をして、110番(アメリカでは911番)をする。システム1思考は、私たちが素早く意思決定をするのに役立つが、微妙な差異や段階的な変化を理解することはできない。

 

今回の大統領選挙以前の、システム1のイメージである、ドナルド・トランプに対するよくある見方は、大成功した実業家というものだ。彼の苗字は世界クラスのホテルやリゾートに掲げられている。彼は人気テレビ番組「セレブリティ・アプレンティス」に出ていたスターであった。この番組での役割は、「ドナルド・トランプは素晴らしい才能を見分けることができる知識があり抜け目がないビジネスマン」といく核心的な主張を人々の間に広げることになった。

 

トランプの成功がどれほど大げさに描かされているかについて書かれている文章はたくさんある。しかし、こうした事実を追い求め、研究することは大変なことだ。私たちの頭脳は周波数の幅に制限があるインターネットのコネクションのようだ。システム1思考は素早くできて簡単だが、システム2思考は大変な時間と労力を必要とし、私たちの限られた頭脳に負担をかけるものだ。このシステム2思考は、トランプは成功したビジネスマンであるというステレオタイプは本当なのかということを理解するために必要なのだ。

 

トランプに対する典型的な見方は、「成功」ということになる。一方、ヒラリーの場合のシステム1シンキングのヒューリスティックは彼女にとって好ましいものではない。彼女のイメージは「不誠実」というものだ。共和党は、ベンガジ事件と私的Eメール問題の捜査を通じて、ヒラリー・クリントンは信用できないと攻撃し続けてきた。現在も攻撃的な言葉をメディアに報道させることで、共和党は、ヒラリー・クリントンに対する否定的な見方を一般化することに成功したのだ。

 

2015年10月、ケヴィン・マッカーシー連邦下院共和党院内総務は、フォックス・ニュースのシーン・ハニティに対して、「皆さんはヒラリー・クリントンを倒せないと思っているんでしょう?しかし、私たちは、ベンガジ特別委員会を作りました。それからどうなりましたか。今日の彼女の支持率は何%ですか?彼女の支持率は下がり続けているでしょう」と自慢げに述べた。巨額の資金をコマーシャルに投じる巨大ブランドのように、信用できないというメッセージは成功裏に固められ、アメリカ国民の3分の2がヒラリー・クリントンを信頼できないと答えるようになった。

 

一度、典型的な見方が出来上がってしまうと、それを覆すことは大変に難しい。私たちは皆、確証バイアス(confirmation bias、訳者註:仮説や信念を検証する場合に、都合の良い情報ばかりを集め、都合の悪い情報を無視するという態度を示す心理学用語)に影響されてしまう。私たちは、確証バイアスは、既存の考えやステレオタイプを認める情報を求めながら、それらと合わない情報を無視する傾向が強い。インターネット時代になって、私たちが利用できる情報はかなり増えた。そのために、自分にとって都合の良い情報だけで反響室(echo chamber)を作ることが出来る。その反響室では、私たちのシステム1思考を認めるための記事と論説に囲まれた環境となっている。

 

反響室や確証バイアスに従ってしまう傾向は、私たちの中に普遍的に存在するが、大変危険なものだ。これは、世界経済フォーラム(WEF)が発表した私たちの社会にとっての危険リストに入っている。外部の様々な意見を取り入れ、自分の意見を作り上げることはきついことであるし、時間もかかるし、精神的に疲れてしまうものだ。私たちは全て認知的倹約家(cognitive misers、訳者註:全ての情報を考慮するのではなく、直感的ン判断する)である。私たちが利用できる精神的な帯域幅(周波数の幅)を狭めようとするのだ。トランプの成功したビジネスマン、ヒラリーの信用できないという人物というステレオタイプが活き活きとしている理由はまさにこれだ。

 

システム1思考を避けるための最善の方法は、その存在自体を認識し、用心深くその思考に陥らないように気を付けることだ。読者の皆さんがどの候補者を支持するかに関係なく、私たちは今年の11月にシステム2思考をしっかり行うようにすべきだ。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)