古村治彦です。

 今回は、タイ南部に建設計画があるタイ運河に関する論考を紹介する。タイ南部半島部の一番狭い地峡(ちきょう)に2本の運河を建設するというものだ。これで、現在、マラッカ海峡に集中している海運が分散されることになる。また、日本や朝鮮半島、中国に向かう航路がだいぶ短縮されることになる。

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タイ運河の計画地図

 このタイ運河を中国の戦略から見れば、「真珠の首飾り(String of Pearls)」と呼ばれる、「インド包囲網」計画と海上の「一対一路」計画において重要な役割を果たすことになる。中国は東南アジア地域に勢力を伸ばしつつあり、インドはそれを警戒している。中国はインド洋にも進出しようとしている。アフリカ東部地域には既に中国から多額の資金が投じられており影響下に入っている。「真珠の首飾り」計画の地図を見ると、インド包囲網計画は進んでいるようである。

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「真珠の首飾り」

 真珠の首飾りの拠点となるのが、カンボジアのシアヌークヴィルとミャンマーのチャウピューだ。タイ運河が完成すれば、この2地点を結ぶことは容易になる。また、タイ運河に関して言えば、シンガポールやマレーシアに封鎖されてしまえば、マラッカ海峡で身動きが取れない(チョークポイントと呼ばれる)ことになり、現在この航路が主要航路であるため、中国にとっては不安材料ということになる。タイ運河計画が決まれば中国は資金と技術を惜しみなく注ぎ込み、すぐに完成させるだろう。インドもただただ黙っている訳ではない。アンダマン・ニコバル諸島のインド空軍と海軍の能力を増強して、中国の進出に対抗しようとしている。

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シアヌークヴィルとチャウピューの地図

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アンダマン・ニコバル諸島の地図

 タイの動きが重要となってくるが、下の論稿ではタイはアメリカの同盟国であるが、ここのところだいぶ中国寄りの姿勢を強めているということだ。それであるならば、タイ運河建設計画も進む可能性がある。もちろん、タイ国内の親米派はそれに反対するだろう。実際に、「運河ではなく、鉄道と高速道路を建設して代替にしてはどうか」ということを、運輸大臣が述べている。

 タイは新中国と親米、2つの姿勢を使い分けて自分たちにとって最良の利益を引き出すことだろう。これこそが強国ではない国が生き残る術だ。日本もタイに学ぶということをやるべきだ。アメリカにばかり賭けるというのは大変危険で、愚かしいことなのだ。

(貼り付けはじめ)

インドと中国との争いの次の最前線はタイ運河となるだろう(The Next Front in the India-China Conflict Could Be a Thai Canal

-中国政府がインド洋へより早く着くルートを求めている中でインドは島嶼部防衛を増強しつつある。

サルヴァトーレ・バボーンズ筆

2020年9月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/09/01/china-india-conflict-thai-kra-canal/

アメリカと中国との間の太平洋での新たな冷戦について忘れよう。現在、インドと中国との間のより熱い戦争が起きている。ヒマラヤ山脈地域の高地地域において国境争いがあり、既に少なくとも20名が死亡している。海洋地域では、中国は、同盟諸国と海軍基地でインドを包囲しようとしている。同盟諸国と海軍基地のつながりは刺激的な言葉「真珠の首飾り(string of pearls)」として知られている。中国の、インドを支配するための、対インド洋・インド戦略における最大の脆弱性は、マラッカ海峡にある。マラッカ海峡はシンガポールとスマトラを分ける狭い海洋航路である。この航路を海運のほとんどが通過しなければならず、中国の海運貿易にとっての命綱であり、中国海軍が南アジア、さらに西側に向かう際の主要航路である。中国とインドのライヴァル関係を考慮し、かつ中国のアフリカ、中東、地中海地域などに対する戦略的な野心も考慮すると、敵意を持つ超大国間にある狭いチョークポイントへの依存を削減するものは何であっても、中国にとっては極めて重要である。

中国政府の、賛否両論のある社会資本プロジェクトの一対一路の中で最も野心的なものがある。それはタイ南部のクラ地峡に運河を通すという計画で、長年議論が続けられてきた。クラ地峡はマレー半島の中で最も狭い場所になっている。この運河が開設されると、中国からインド洋につながる2つ目の海上ルートとなるだろう。その結果、中国海軍は、マレーシアを遠回りする700マイルの航路をショートカットして、南シナ海とインド洋に新たに建設した各基地の間で艦船をすばやく移動させることができるようになるだろう。そのため、タイ運河は中国にとって重要な戦略的財産となるだろう。そして、タイの狭い南部半島地域を取り巻く引き縄となる可能性もある。タイが中国に対して運河建設のために300億ドルの投資を認めるならば、中国に関係する弧が永続的に接続されることになるだろう。

長年議論が続いたが、タイ運河は対国内の政治エリートの間で支持が拡大しているように見える。今月に入り、議会の委員会はタイ運河プロジェクトについての勧告を行った。歴史的に政府に対して批判的な『バンコク・ポスト』紙でさえもタイ運河プロジェクトに好意的な論説を発表した。タイ国内における中国の影響力浸透計画は世論形成に大きに寄与している。タイは名目上アメリカと同盟関係を結んでいるが、2014年にアメリカがタイ国軍のクーデターによる政権掌握を承認することを拒絶して以降、タイ政府は中国寄りに大きく傾いている。

タイ運河プロジェクトは「インドを包囲する」という中国政府の計画に適するものとなる。中国海軍はベンガル湾とインド洋に勢力を拡大しようとしている。アフリカ東部にジブチに物資基地を開設し、ミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、イラン、そしてロシアの各海軍と同地域で共同軍事演習を行っている。同地域の中国が資金を出している港湾整備計画はインド包囲網を印象付けている。インドは将来の中国との海上での衝突の可能性に備えて海軍を増強している。今年8月、『ヒンドゥスタン・タイムズ』紙は、インド軍は、中国と対抗するために、アンダマン・ニコバル諸島(Andaman Nicobar Islands)にある空軍基地と海軍基地の能力を増強する計画を持っていると報じた。これらのインド領の人口は50万以下であるが、これらの島々はマラッカ海峡とインド洋の航路を結んでいる。また、これらのインド領の島々は、「タイ運河は脅威とはならない」という主張を行う際の根拠となるものだ。

マラッカ海峡は数千年とは言わないが何世紀にもわたり国際商業にとって重要な回廊であった。イタリアの冒険家マルコ・ポーロはフビライ・ハーンの宮廷から帰国する途中でマラッカ海峡を通った。1292年のことだった。1400年代初頭、中国の明王朝の提督であった鄭和はインド、アフリカ、中東に向かう航海でマラッカ海峡を通過した。現在、年間に8万隻以上の船舶がマラッカ海峡を通過している。マラッカ海峡は東アジアにオイルを運び、工業製品を輸出するための重要な回廊となっている。現在のシンガポールの繁栄は戦略的な位置の上に作り出されたものだ。シンガポールは間が狭いマラッカ海峡の東南部の出入り口に位置している。

タイ運河協会(Thai Canal Association)は政治的に有力なタイ国軍と緊密な関係にある。タイ運河協会はタイの発展のために、タイ運河の両端に工業団地と物流拠点の建設することで、アジア地域の物流の大動脈となることができると主張している。確かにその主張には一理ある。工業関係の専門家たちの試算によると、現在の海運のレートと燃料コストを考えるとタイ運河は不経済(儲からない)ものとなるが、現在の航路となっているマラッカ海峡は海運量の点からその対処機能は限界に近付いている。マラッカ海峡に代わる現在の航路としてはインドネシアのスンダ海峡があるが、東側と西側を結ぶ海運にとっては大きな遠回りを強いられることになる。

現在のタイ運河計画は、「9Aルート」計画と呼ばれている。この計画では2つの運河の建設が提案されている。それぞれが30メートルの深さを持ち、幅は180メートルであり、全長は75マイルとなっている。タイ湾のソンクラー(Songkhla)からアンダマン海のクラビー(Krabi)を結ぶ計画となっている。

この提案された計画を進めることで、タイは2つに分裂するリスクを抱えることになる。タイ国内では現在、南部の3つの州で活発な反乱に直面している。これらの地域の人口の過半数はイスラム教徒であり、民族的にはマレー人である。タイ運河は北部のタイ「本土」と南部の分離運動との間の象徴的な境目となるだろう。タイ国軍の反乱に対する攻勢を止めることはできないだろうが、タイ運河はタイを数世紀にわたり分断することになるだろう。ひとたび運河が完成したら、そこには海水が流れ込む。そうなればタイは2つに分断され、タイ運河はタイ政府にとって大いなる失敗ということになるだろう。

これは、コロンビアがかつてパナマと呼ばれる北西部の地峡を掌握していたことを思い出させるだろう。パナマの独立論者たち(分離主義者たち)が1903年に反乱を起こした際、アメリカ海軍は新国家の独立を確保するために介入した。アメリカのパナマ運河地帯委員会(Isthmian Canal Commission)がその1年後にパナマに介入した。そして、1914年にパナマ運河は最終的にビジネスのために開放された。パナマはこれ以降、アメリカの実質的な保護国となっている。スエズ運河は1869年に開業した。1956年までイギリスとフランスの軍事介入の標的となった。スエズ運河は1975年まで地政学的なゲームの対象となった。そして、今日においても、エジプト政府はスエズ運河の対岸のシナイ半島でのイスラム原理主義者の反乱に直面している。

今日、タイの領土保全は比較的安定している。しかし、タイ運河プロジェクトが成功すると、東南アジアの政治的地理を再設定することになるだろう。それによって、中国は永続的な安全保障に関するパートナーとして迎えられることになるだろう。そうなれば、中国を追い出すことは容易なことではなくなる。このことはパナマの事例を見れば明らかだ。カンボジアのシアヌークヴィル(Sihanoukville)とミャンマーのチャウピュー(Kyaukphyu)のような港湾開発への投資計画とまとめて、中国はタイ運河を、「真珠の首飾り」をつなぐための戦略的な運河と考えるだろうタイ政府が中国に対して敵対する姿勢を取るならば、この繁栄の弧を切断する脅威となる。中国が国益を守る必要性を正当化の理由として、対国内に介入し、タイ南部の独立運動を支援し、タイ運河のコントロール権を掌握するという話は全く荒唐無稽ということではない。繰り返しになるが、パナマ建国の事例が教訓になる。

タイ運河が持つ危険性を嗅ぎ取ったのだろうか、タイの運輸大臣サックサヤーム・シットチョーブは最近になって、運河に代わって、地峡に鉄道と高速道路を建設する方が良いと発言するようになった。シットチョーブは、地峡の2つの面に建設する2つの港湾に関する研究のためにタイ政府は資金を提供すると発言した。そして、「大地の橋梁」で2つを結んで物資を運ぶとした。

タイ運河はアメリカ、アメリカの同盟諸国、インドにとってさえも大きな脅威にならないだろう。インドはアンダマン・ニコバル諸島の前進基地の機能を強化することで、中国の拡張主義に効果的に(しかしかなりの予算が必要となるが)対抗することが可能である。本当の懸念は、ミャンマーやカンボジアのような貧しい東南アジア諸国の独立を更に損なうことになるだろうというものだ。これらの国々は国内の市民社会が弱体であり、中国の介入に対して脆弱である。そして、これは究極的にタイにとって大きな危険となる。マラッカ海峡はシンガポールにとって恩恵となってきた。それは、シンガポールが外国からの影響から比較的自由である開放経済体制を持っているからである。タイは、中国に近づいて敢えて危険を冒す前に、これまでの教訓について熟慮すべきなのだ。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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