古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:デフレ

 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。世界政治について詳しく分析しています。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。


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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 バブル経済崩壊以降、日本は経済成長のない国となった。この状態が30年も続いている。英語の「generation」、日本語では世代と訳すが、これは約30年を意味する。一世代、経済成長がないということになる。1990年代に生まれて、現在20代中盤から30代中盤の若い人たちは、日本が縮小する時代を生きてきた人たちだ。日本はデフレーション(物価の継続的な低下)の中にある。

 そうした中で、安倍晋三政権下、日本銀行は異次元の量的緩和を行い、日本国債を引き受けて、日本銀行券(紙幣)を発行し、現金を市中に流そうとしてきた。市中に流れる現金の量が増えれば、物価が自然と上がる、そうすれば経済成長ということになる、というものだった。日本銀行の黒田東彦総裁(当時)は就任当時、2年間で2%の物価上昇を実現すると宣言したが、それを達成することができないままで、日銀総裁を退任した。現在の植田和男総裁も2%の物価上昇を目標として掲げている。

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 世界的に見ると、新型コロナウイルス感染拡大が落ち着き、経済活動が復活する中で、ウクライナ戦争が起き、更にはパレスティナ紛争も始まった。結果として、石油や食料品の輸入価格が高騰し、物価は上昇することになった。これは政府の考えていた道筋とは違うだろうが、とりあえず物価は上昇した。
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しかし、一般国民の給料や報酬は実質的には下がっており、生活は苦しい。物価の上昇率よりも給料の上昇率が高ければ生活は楽になるが、その逆だと生活は苦しくなる。現在の状況は、給料が上がらずに、物価が高いという状況だ。統計で見れば、物価は下がっているが、実質賃金も下がり続けている。このような状況は厳しい。

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 何よりも給料が上がることが重要であるが、それができないということであるならば、生活者としてはデフレの方がありがたいということになる。そのような考えが出ないようにするために賃上げを伴ったインフレが実現することを望む。

(貼り付けはじめ)

日本はついにインフレーションに突入した。それについて誰も喜んでいない(Japan Finally Got Inflation. Nobody Is Happy About It.

-25年間続いたデフレーションの後、物価上昇に一般国民は怒っている。

ウィリアム・スポサト筆

2024年1月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/01/15/japan-economy-inflation-deflation/?tpcc=recirc_latest062921

過去25年間、日本の中央銀行と政府は、経済成長の足かせとみなされてきたデフレーション圧力(deflationary pressures)を終わらせることに共通の大義を見出してきた。そして今、それは成功しつつある。しかし、人々はそれを好まない。

標準的な経済理論によれば、高レヴェルの財政赤字(high levels of deficit spending)と超低金利(ultra-low interest rates)は、ほぼ必然的にインフレ率の上昇につながるはずであり、通常、ほとんどの経済にとって問題となる結果となる。しかし、日本は、持続的な物価と賃金のデフレーションという、逆の問題のリスクの代表的な存在となっている。

ベン・バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、日本銀行(Bank of JapanBOJ)の行動を強く支持した。バーナンキは、まだFRB理事に過ぎなかった2003年5月、日本金融学会での講演で、「デフレ問題に対処することは、日本経済に実質的・心理的な利益をもたらし、デフレを終わらせることは、日本が直面している他の問題を解決することをより容易にする」と述べた。危機に瀕しているのは日本経済の健全性だけでなく、「かなりの程度、世界の他の国々の繁栄でもある」とバーナンキは言った。彼が後にFRB議長として、2007年から2008年にかけての世界金融危機後に大規模な量的緩和(quantitative easingQE)プログラムを提案した理由の一つは、アメリカにおける同様のデフレの罠(deflationary trap)に対する彼の懸念だった。

これを達成するため、日銀はまず超低金利を試み、それが失敗するとゼロ金利、そして最終的にはマイナス金利を導入した。さらに、成長が見込まれる中小企業に融資する銀行への特別資金供給や、融資を一定額増やした銀行への資金供給など、融資を奨励するさまざまな制度が設けられた。貸出促進策は、主に2つの障害にぶつかった。1つは、日本の銀行は資金を必要としない企業にしか資金を貸したがらないこと(日本の大企業は巨額の現金を保有している)、そして、このような低金利では、融資の開始とサーヴィシングにかかるコストが利払いの利益を上回ってしまうことである。

2013年、安倍晋三首相によって日銀総裁に任命された黒田東彦は、周囲から好かれる人物だった。大蔵省出身で中央銀行内ではアウトサイダーだった黒田総裁は、逆風に警戒心を持っていた。黒田総裁は、日銀のバランスシートを倍増させることで、2年以内に2%のインフレを実現すると約束した。

FRBQEを超え、日本はQQEを導入することになる。QQEとは、量的緩和に質的(qualitative)という考え方を加えたもので、国債だけでなく、よりリスクの高い資産も買い入れることを意味する。その結果、バランスシートは大幅に拡大し、事実上、毎年予算総額の約30%に相当する政府の安定した財政支出を現金化することになった。黒田総裁の10年間の任期中にバランスシートが4倍以上に膨れ上がったにもかかわらず、賃金上昇が物価上昇を促すという「好循環(virtuous cycle)」のアイデアは黒田総裁の在任中ほとんどずっと実現せず、消費者物価指数はゼロ近辺にとどまった。

変化は起きたが、それは中央銀行の政策によるものではなかった。その代わり、主に最近の世界にとってのナンバーワンのゲームチェンジャーによるものだった。それは、新型コロナウイルス(COVID-19)である。輸入コストの上昇とサプライチェーンの混乱により、世界標準から見れば小幅なレヴェルではあったが、物価上昇が経済のほぼ全ての分野で目に見えるようになった。2023年1月までに消費者物価指数は4%跳ね上がり、1981年以来の高水準となり、日本銀行が設定した目標の2%を大きく上回った。この中で、外国人観光客が再び東京や京都の中心部に押し寄せたため、ホテル価格は急騰し、63%上昇した。日本の買い物客にとっては、食品メーカーがコスト上昇を隠そうとするため、「シュリンクフレーション(shrinkflation)」という形で多くの影響が出ている。東京の中心部では、コーヒー1袋がまだ4ドル前後で売られている。大手食品包装会社の昨年の収益が33%急増したのも不思議ではない。

その結果、労働力の減少、良好な経済成長、技能不足が給与を高騰させる中、停滞していた賃金がようやく動きの兆しを見せ始めた。 2023年10月の賃金は前年比1.5%上昇し、春季労使交渉で組合員は平均3.6%の上昇を記録した。

では、なぜ皆が喜んでいないのか? 現実は、この2つの成長の道筋によって、インフレ調整後の実質賃金が着実に低下しているのだ。政府の数字によれば、実質賃金は2023年11月まで20ヶ月連続で減少し、前年同月比で3%の減少を記録した。

マネックスグループのグローバル・アンバサダーであり、日本で最も有名なエコノミストの一人であるイェスパー・コールは、「国民は愚かではない。30年にわたるデフレは終わりを告げたが、日本国民は望むようなインフレを手にしているのだろうか?」と語った。

実際、デフレは日本が相対的に貧しくなるにつれて、政策立案者を歯ぎしりさせたが(技術職のなかには、現在の日本よりヴェトナムの方が給料の良いものもある)、物価が毎年1%前後下落する一方で給料が小幅に上昇するサラリーマンにとっては好都合だった。新しいシナリオはもっと複雑だ。インフレ経済下で働く労働者が証言しているように、賃金はほとんどの場合、小売価格よりもゆっくりと上昇する。黒田総裁が誕生する前の2012年、ある日銀関係者は、中央銀行がデフレを阻止しようとしているにもかかわらず、国民はデフレを好んでいるという調査結果が出たと内々に語っていた。

物価上昇による価格ショックは、岸田文雄首相にとって不本意な打撃である。岸田首相は明確な理由もなく信任の危機に直面している。岸田首相とジョー・バイデン米大統領は、その点ではお互いを同情できるに違いない。

昨秋、政府の支持率が「危険水域(danger zone)」の30%(党が首相として新たな顔を模索する前兆となる数字)を下回ったとき、岸田氏は補助金を提供して政府が持っていない現金を配り始めた。これはエネルギーや公共料金の高騰による影響を抑えるためだった。しかし、これさえも裏目に出て、人気回復を狙っているのではないかとの疑念が出てきた。

コールは、「国民が不満に思っているのは、岸田首相は常に支出を増やしているが、国民がお金を使うためのプログラムがないことだ。日本人はお金に対して合理的で、散財したりはしない」と述べている。

2021年10月に就任した岸田首相は現在、ほとんどの世論調査で20%をわずかに上回る支持を得ており、回答者の3分の2が岸田政権を支持しないと答えている。これにより、通常であれば、与党自由民主党(Liberal Democratic PartyLDP)を実質的に支配する党の長老たちによって解任される機会が出てくるだろう。これは1955年の党創設以来のモデルであり、結党以来以来、6年間を除いて自民党が政権を維持するのに役立った。

しかし、岸田首相はしばらくの間生き残るかもしれない。一連のスキャンダルの最新のものには、違法な資金調達の可能性を巡る自民党の他の幹部も関与しており、潜在的な後継者層の縮小に影響を与えている。また、そもそも岸田首相が首相になった理由の1つは、党内のリベラル派とタカ派の両方を満足させる明確な後任もいないということだ。

もう1つの未解決の問題は、岸田首相、あるいは後継者が実際に25年間にわたるデフレ圧力に終止符を打つことができるかどうかだ。最新のインフレ統計は物価上昇の鈍化を示しており、2023年11月のコアインフレ率(生鮮食品価格を除く)はわずか2.5%上昇と、16カ月ぶりの低水準となった。これは消費者にとっては朗報かもしれないが、一部のエコノミストは、経済が本当に自律的な賃金・物価上昇に向けて舵を切ったのか、あるいは新たな数字が景気後退につながる消費者の低迷を示しているのかどうかについて懐疑的な見方をしている。焦点は今春の労働組合の賃金交渉であり、労働者と政府の両者は、少なくとも現時点では、賃金引き上げによって最終的に労働者がインフレを上回ることができると期待している。この費用を支払わなければならない企業はあまり熱心さを示していない。

しかし、一部のエコノミストは依然として懐疑的だ。野村総合研究所のエコノミストで元日銀理事の木内登英は11月の報告書で、「来春交渉での賃上げは予想される水準に達しないと考えている」と述べた。このため、日銀はマイナス金利の変更を控える可能性があると述べた。他の先進国がインフレ率の急上昇を受けて金融引き締め政策に切り替えている中、日本は依然として超低金利を維持する唯一の国である。

同時に木内は、量的緩和をあまりに長引かせることは、利回りをゼロかそれ以下に保つために国債を購入する日銀のバランスシートが増え続けることを意味すると指摘する。これは、将来金利が上昇した場合、膨大な保有資産の価値が急落するため、日本銀行の財務状況に対するリスクを高めることになる。バランスシートは今や日本の年間GDPを上回っており、その影響は深刻なものになる可能性がある。もしそうなれば、政府は救済を余儀なくされるだろう。しかし政府はすでに、日本銀行を使って自国の金融の行き過ぎを補填している。

平均的な日本人にとって古き良きデフレの日々を懐かしむようになってしまう。

※ウィリアム・スポサト:東京を拠点とするジャーナリスト、2015年から『フォーリン・ポリシー』の寄稿者を務めている。20年以上にわたり、日本の政治と経済を追いかけており、ロイター通信と『ウォールストリート・ジャーナリスト』紙に勤務していた。2021年にカルロス・ゴーン事件とそれが日本に与えた衝撃についての共著の本を刊行した。
(貼り付け終わり)
(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 新型コロナウイルス感染拡大による経済不安のために、金(きん)価格が高騰している。下の記事にあるように、金の地金を扱う田中貴金属、徳力、石福金属興業、三菱マテリアル、日本マテリアルは緊急事態宣言を受けて、店頭での近似崖の売買を停止した。電話での購入注文は受け付けてきた。田中貴金属では、5月18日からは店頭での買取を再開している。しかし、売渡は行われないようだ。

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直近1カ月間の金価格の動き 

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直近5年間の金価格の動き

 貼り付けてあるグラフが示しているように、金(きん)価格は上がっている。金を資産として保有している、準備が良くできている人たちは、生活資金や事業資金のために金の売却ができる。それで一息つける人も多く出るだろう。「備えあれば患いなし(有備無患)」という言葉は漢文の授業で最初に習う言葉であるが、まさにこの言葉の通りだ。

 金の先物を買っている金融業者は、地金の引き取りを要求し、それに応えられない業者は、金融業者に先物で購入した分の資金に現金をプラスして支払っているということだ。金の先物取引とは、たとえば、「半年後に金1グラム4000円で買う(売る)」という取引だ。現在では金価格が上昇していることもあり、金地金が足りない、準備ができないと実物を渡せないので、差金決済でしか応じないということが起きているそうだ。買金地金が足りないということもあって、日本の金地金商でも、客からの買取を先に行い、売渡は後ということになる。実物を持っていることが強い、ということになる。

 新型コロナウイルス感染拡大の経済への悪影響はこれからも続く。不況、デフレということになる。こういう時には現金と現金に換えられる実物を持っていることが何よりも強いということになる。

(貼り付けはじめ)

●「金などの店頭売買、相次ぎ停止 田中貴金属など地金商 コロナ禍対応で 機動的な売買できず」

日本経済新聞 2020/4/20 17:25

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58267330Q0A420C2QM8000/

国内地金商最大手の田中貴金属工業は20日、全国の直営店と特約店の店頭で金など貴金属商品の取引を停止すると発表した。新型コロナウイルスの感染防止と従業員の安全の確保が狙い。他の地金商も既に店舗での対面売買をやめており、一時的に貴金属の機動的な売買ができなくなる。

田中貴金属は、地金やコインといった資産用の貴金属商品の売買や貴金属製品の買い取りサービスなどを56日まで停止する。停止期間中は直営店全店を休業するが、電話での地金・コインの購入注文は受け付ける。

徳力本店や石福金属興業など大手地金商も既に56日まで店舗での対面売買を中止。三菱マテリアルや日本マテリアル(東京・千代田)も同様の対応をしている。

換金などの速やかな売買ができなくなり、現物市場の流動性が落ちる見込み。マーケット・ストラテジィ・インスティチュートの亀井幸一郎代表は「事態が長期化すれば、業界として流動性を確保するための対応策が必要になる」と指摘する。

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●「金先物価格が6,000円台に、新型コロナ終息でも安心できない世界経済」

小菅努 | マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

5/18() 9:37

https://news.yahoo.co.jp/byline/kosugetsutomu/20200518-00179032/

金価格の上昇が続いている。東京商品取引所(TOCOM)の金先物価格は、518日の取引で1グラム=6,000円台に乗せ、取引開始以来の高値を更新した。年初の5,303円に対して、新型コロナウイルスの感染拡大で投資環境が極端に不安定化した3月には一時4,876円まで下落していたが、その後はほぼ一本調子で値位置を切り上げる展開になっている。

新型コロナウイルスの感染被害に関しては、世界的に終息傾向にあり、経済活動の正常化が打診される環境になっている。中国や韓国などで感染被害の第2波も観測されているが、日本も含めた各国で外出・移動規制の緩和・撤廃が進んでおり、経済活動は最悪の状態を脱した可能性が高くなっている。このため、株価や資源価格には下げ一服感がみられるが、こうした環境下で安全資産である金価格が急伸し始めている。

■金融政策と財政政策がフル稼働に

背景にあるのは、景気低迷が長期化するのではないかとの警戒感だ。パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は513日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、米経済は「長期」にわたって成長が低迷する可能性を指摘した。4月の米雇用統計では非農業部門就業者数が前月から2,050万人減少し、失業率が前月の4.4%から14.7%まで跳ね上がったが、過去最大規模の経済的ショックによって、回復が勢いづくまでは一定の時間が掛かる可能性を指摘している。

特に公衆衛生上のリスクが長引く事態に強い警戒感を示しているが、新型コロナウイルスの感染抑制に向けた取り組みと同時に、政府と中央銀行の積極的な対応の必要性について言及している。

FRBに関しては、既にゼロ金利政策の導入と無制限の量的緩和政策を実施しており、過去最大規模の金融策を展開している。トランプ米大統領の主張するマイナス金利導入に金融当局は慎重だが、現行政策の縮小・停止を議論できる状況にはなく、追加緩和策の導入を迫られるのではないかとの警戒感が強い。

一方、米議会は既に第14弾の新型コロナウイルス対策法案を成立させ、総額3兆ドルという異例の規模の財政政策を展開している。米国内総生産(GDP)の15%に近い規模だが、議会では民主党が更に3兆ドル規模の追加対策を要請するなど、第5弾、更には第6弾の対策法案の議論も始まっている。

■ドルと米国債に対する信認にリスク

金市場の視点では、FRBの積極的な金融緩和策は、金利低下を通じて金の保有コスト軽減につながることになる。金は原則として金利や配当を発生させることがないため、金利低下局面で買われる一方、金利上昇局面では売られる傾向にある。また、FRBが国債や社債などのリスク性のある資産を購入し続けることで、国際基軸通貨ドルの信認問題も浮上している。ジャンク債と言われる高利回り債も購入しているが、仮に企業のデフォルトなどが大量発生すると、FRBのバランスシートが毀損されることになり、それは必然的にドルの信認に傷を付けることになる。

一方、国債の信頼は財政政策に強く依存するが、当初は1兆ドル規模と予想されていた2020会計年度の財政赤字は、議会予算局の推計では3.4兆ドル規模に膨れ上がる見通しになっている。財政環境の持続性については、ここ数年は「財政の崖」といった形で金市場の関心事になったが、新型コロナウイルス対策で過去に経験したこのない財政出動を迫られる中、財政赤字は一気に拡大し、公的部門の累積債務も急増することになる。財政収支と金価格との間には逆相関関係が認められているが、膨張する財政赤字に対する警戒感も、金価格を強く刺激している。

これらの問題は、直ちにドルや米国債が急落することを意味するものではない。しかし、新型コロナウイルス対策で財政拡張が進み、民間部門で吸収しきれない国債をFRBが積極的に購入する仕組みに対しては、不安を感じる投資家も多い。仮にパウエルFRB議長の認識が正しければ、こうした有事対応は数か月ではなく数年単位の議論になる見通しであり、投資家の不安心理の受け皿として金が再注目されている。

あくまでも一時的な有事対応との見方もある。しかし、前回の世界同時金融危機の際にもこれに近い政策が採用されたが、その後に累積債務の大規模な削減が始まった訳でも、FRBの保有資産売却が本格化した訳ではない。仮にこの政策を正常化しようとすれば、2013年の「バーナンキ・ショック」以上のテーパー・タントラム(量的緩和縮小の示唆に伴う市場の動揺)に見舞われる可能性も高い。

■米中関係の緊迫化も

しかも、この最悪のタイミングで米中関係が再び緊迫化している。トランプ政権内では、新型コロナウイルスへの対応、更には米中通商合意の履行状態について、対中批判の声が強くなっている。トランプ大統領も14日に中国との「断交」断交の可能性を検討しており、中国の習近平・国家主席と現在は会いたくないと発言している。

この流れの中で、米商務省は17日、中国のファーウェイに対する半導体輸出規制の措置を発表し、中国商務省はアップルなど米ハイテク企業に対する報復の可能性を警告している。トランプ大統領の発言一つによって、米中関係が一気に緊迫化する可能性があり、新型コロナウイルスによるダメージからの立ち直りを打診する世界経済が、米中対立のショックを乗り切ることができるのか、高まる不安心理が金相場を押し上げている。

世界経済の低迷、大規模な財政出動と金融緩和政策、米中対立の激化と、新型コロナウイルスは感染被害が終息した後も、投資環境に大きなリスクをもたらすことになる。金価格が改めて上昇傾向を強めていることは、新型コロナウイルスによって生じたショックの後処理には、課題が山積しているとの危機感を反映したものと言えよう。世界同時金融危機後の値動きをみても、金価格の高騰はこれから年単位で展開される可能性が高まっている。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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 古村治彦です。  
 主流派経済学の「誤り」、行き過ぎたグローバライゼーション(超[ハイパー]グローバライゼーション)によってアメリカの労働者たちは傷ついたということについて、経済学者たちから反省が出ている。1990年代から既にグローバライゼーションに対して批判を行った経済学者たちもいたが、そうした人々は激しい批判に晒された。しかし、そうした人々は復権しつつある。
 中野剛志著『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】 (ワニの本)』では、激しいインフレ対策のためには競争や規制緩和、グローバライゼーションが有効だ、それはこれらの政策はデフレを生み出すからだとしている。1970年代から80年代にかけてのアメリカは激しいインフレに苦しんでおり、その対策にはこれらの政策は有効だった。しかし、経済がデフレになればこうした政策は逆効果ということになる。  
 日本ではバブル崩壊からデフレになる中で、インフレ対策のための政策が実行された。そのために、デフレはより進行することになった。新自由主義的な政策と社会主義的な政策は、その時の状況に応じて使い分けをするべきで、どちらが完全に正しく、完全に間違っているということはない。しかし、日本では新自由主義が神の言葉のように扱われ、デフレ不況下にもかかわらず、更にデフレを進行させる政策が実行された。それが平成という時代だった。  
 経済学に振り回されて不幸になった日本。まずは主流派経済学のどこが間違っていたのか、どのように間違っていたのかということを知らねばならない。
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経済学という人類を不幸にした学問: 人類を不幸にする巨大なインチキ 

(貼り付けはじめ)

「次々と逃げ出す経済学者たち(ECONOMISTS ON THE RUN)」

―ポール・クルーグマン(Paul Krugman)やその他の主流派の国際貿易を専門とする学者たちは現在、「自分たちはグローバライゼーション(globalization)について間違ってしまった」ということを認めつつある。その内容は、専門家たちが考えていた程度以上にグローバライゼーションがアメリカの労働者たちに損害を与えた、というものだ。アメリカ国内にいる自由市場を信奉する経済学者たちがホワイトハウスに保護主義を唱える煽動政治家(demagogue)を据えることに貢献したことになるのだろうか?

マイケル・ハーシュ(MICHAEL HIRSH)筆

2019年10月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2019/10/22/economists-globalization-trade-paul-krugman-china/

ポール・クルーグマンは、これまで自分が馬鹿だと判断した人間や考えを認めて受け入れることなどなかった。ノーベル経済学賞を受賞した経済学者クルーグマンの名声はアメリカ国内にとどまらず海外にまで鳴り響いた。知識人ならば一度は書いてみたいと羨む『ニューヨーク・タイムズ』紙の論説ページにスペースが与えられてきた。彼が名声を獲得した方法は自分とは考えの異なる反対者たちを最も効果的な方法でやっつけるというものだった。1990年代初頭から数多くの著書と論文を発表してきたが、クルーグマンは一貫して、グローバライゼーションの進展のペースが急速であることに疑問を持った人々全てに対して経済をよく理解していない馬鹿者という烙印を押し続けた。他国との競争、特に中国との競争への恐れを募らせた専門家たちを形容するのにクルーグマンは「愚か者(Silly)」という言葉を多用した。他国との競争を恐れるな、とクルーグマンは言い放った。そして、自由貿易は皆さんの国(訳者註:アメリカ)の繁栄にほんの小さな影響しか与えないだろう、と言っていた。

格差についてこれから出版される本の一章を短くまとめた「経済学者たち(私も含まれる)がグローバライゼーションについて間違っていたこと」という題の最新の論稿の中で、クルーグマンは、彼自身と主流派経済学者たちが、グローバライゼーションが「ハイパーグローバライゼーション(hyperglobalization、過剰なグローバライゼーション、超グローバライゼーション)」を引き起こすことになることと、経済や社会の大変動、特にアメリカ国内の製造業に従事する中流階級の大変動を認識できず、「物語の極めて重要な部分を見逃してしまった」と書いている。そして、労働者階級が多く住む地域は中国との競争の影響を深刻に受けてしまっている。クルーグマンは、経済学者たちは中国との競争の影響を過小評価するという「重大な誤り」を犯してしまったと述べている。

1990年代以降に荒廃してしまったアメリカの地域と解雇された数多くの労働者たちのことを考えると、これはまさに「しまった」という瞬間だ。最近すっかり謙虚になったクルーグマンは、彼をもっと悩ませるであろうことについて考察しなければならない。それは、「クルーグマンとその他の主流派経済学者たちはホワイトハウスで歴代政権に自由市場について間違った助言を多く行ってしまったことで、保護主義を唱導するポピュリスト、ドナルド・トランプをホワイトハウスの主に据える手助けをしてしまったのではないか?」という疑問だ。

公平を期すならば、クルーグマンはここ数年、彼自身が以前に唱えていた自由貿易の影響についての主張が誤りであることを認め修正するということを率直に行っている。クルーグマンは、2008年の金融危機とそれに続く大不況の後、彼が専門としている経済学についての批判の急先鋒を務め、その内容は時に辛辣だ。クルーグマンは、過去30年間の大部分の機関において、マクロ経済学は「良く言ってけばけばしいほどに役立たずで、悪く言えば明確に有害(spectacularly useless at best, and positively harmful at worst)」だったと断言した。クルーグマンはオバマ政権が及び腰で財政と経済に関する諸改革をほとんど進めなかったことを厳しく責め立てた。クルーグマンは、トランプ政権で労働長官を務めた、現在の進歩主義派の源流とも言うべきロバート・ライシュのような人々についても非難の言葉を投げつけた。ライシュは国際的な競争に懸念を持ち、アメリカの労働者たちのためにより良い保護政策と再訓練プログラムを実行しようとした。クルーグマンは、勢いよく人々をやっつけていた1990年代に私に向かって、ライシュは「気の利いた言い回しはうまいが、深く考察することをしない、嫌な奴(offensive figure, a brilliant coiner of one-liners but not a serious thinker)」とこき下ろした。

ライシュは私(著者)宛のEメールの中で「彼(訳者註:クルーグマン)が貿易についてやっと正しく理解することになったのは喜ばしいことだ」と書いている。クルーグマンは別のEメールで、「私はライシュに対して述べたことの内容について後悔している。もっとも彼がハイパーグローバライゼーションの到来を予測し、チャイナ・ショックの影響を最小限にとどめようとしたなどとことは聞いたことなど一切なかったけれども」と精一杯の負け惜しみを込めて書いている。

しかし、経済学者たちが経済学自体に過剰なまでに自信を持っていたことを認めるのにあまりにも長い時間がかかってしまった。また、誤りを認めたクルーグマンは2009年、『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌の記事の中で、「経済学者たちは一団となって、数学という素晴らしい装いに包まれた美しい理論を真実だと思い込んでいた(economists, as a group, mistook beauty, clad in impressive-looking mathematics, for truth)」と書いている。ジャーナリストのビンヤミン・アッペルボームは彼の最新刊『経済学者たちの時間:誤った予言者、自由市場、社会の断面(The Economists’ Hour: False Prophets, Free Markets, and the Fracture of Society)』の中で書いているように、経済学者たちは1960年代末からそれまでなかった方式でワシントンの政策立案を支配するようになり、アメリカを誤った方向に導いた。経済学者たちは、自由市場が持つ驚嘆すべき機能に関して確実性が科学的に証明されているという誤った考えを主張することで、アメリカ社会を崩壊させ、分裂させた。経済学者たちは、社会福祉を犠牲にして効率性を最優先し、「高賃金の雇用を切り捨て、低コストの電子工学(low-cost electronics)に未来を託する形で、アメリカの製造業の利益をアメリカの消費者の利益に飲み込ませることになった(訳者註:消費者の利益[製品の価格が下がること]が製造業者の利益よりも優先されることになった)」というのだ。

デイヴィッド・オーターは、マサチューセッツ工科大学(MIT)に所属する経済学者で、中国の急速な台頭がアメリカの労働市場に驚くべき影響を与えていることを論文として発表し、クルーグマンは自分の最新の論説の中で、オーターの論文を引用している。オーターは、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストでもあるクルーグマンが自分の誤りを認めたことを評価している。オーターは私宛のEメールの中で、「なんて珍しいことが起きたんだ?!」と書いている。オーターはクルーグマンや貿易に関する誤った予測をすることにつながった「以前のコンセンサス」を擁護する人々を責めはしないとEメールの中で書いている。彼は次のように書いている。「率直に言って、その当時に現在の状況を予測することは、地震が何日の何時何分にどこそこで起きるということまで正確に予測することと同じことだ(訳者註:不可能だった)と私は考えている」。より大きな問題は自由貿易こそが正しいのだと信奉する時代精神(zeitgeist)だ、とオーターは述べている。彼は次のように書いている。「一般に正しいとされる知見にとらわれたために、経済学者は何が起きているかを示す証拠をきちんと評価することができなかったのだ。・・・そこには何かギルドに入っている会員たちが共通で信奉しなければならない正統とされる教義(guild orthodoxy)があったと言えるだろう。その教義とは、世界中の全ての場所に住む人々全てにとって、国際貿易は善である、と政策決定者たちに助言することが私たち経済学者の仕事なのだという断定であった」。

ハーヴァード大学の経済学者ダニ・ロドリックは1997年に『グローバライゼーションは行き過ぎか(Has Globalization Gone Too Far?)』という著書を発表した。この本は発表された当時異端(then-heretical)とされた。先週、ロドリックはこの本を書いたのは、「グローバライゼーションに関して経済学は全く無関心だ」と確信したからだ、と述べている。現在では彼の考えが主流になっている。ロドリックは国際経済学会の次期会長に決まっている。しかし、経済学者たちは自分たちが作り出して残してしまったゴミを片付けるためにようやく始動し始めた。ロドリックは、元国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャールと一緒に、ワシントンに本拠を置くピーターソン国際経済研究所で格差に関する会議を開催した。しかし、ロドリックが述べているように、もう手遅れかも知れない、それはトランプ大統領の下では道理にかなった議論ができないからだ。現在のアメリカ大統領は現代経済学を無用の長物として切り捨てて、アダム・スミスよりも前の時代の重商主義者たちがそうであったように、荒削りの保護主義を復活させ、主張している。大統領は貿易をゼロサムゲームと見なし、貿易黒字は利益、貿易赤字は損失と捉えている。トランプ大統領は経済学の基本を全く分かっていない。アッペルボームは最新刊『経済学者たちの時間の中で、トランプ大統領の無知は「現代アメリカの大統領の中でも比べるべくもないほど酷い」とアッペルボームと書いている。

トランプ大統領はこれまでになかった規模の貿易戦争を始めた。彼は一般国民の中国に対する不信と恐怖を利用している。一般国民に中国に対する不信と恐怖が広がったのは経済学者たちの初期の誤解、特に中国の経済成長がいかに素早く膨大な数のアメリカの製造業の雇用を喪失させたかについて誤解していたせいである。現在ではクルーグマンも認めているように、「製造業における雇用は2000年を境にして崖から落下するかのように急落し、この急落はアメリカの貿易赤字、特に対中貿易赤字の急増に対応している」のだ。雇用や貿易赤字の数字は、トランプ大統領の重商主義の主張に信憑性を与えるようになっている。トランプ大統領の主張はどこまでいってももっともらしいだけで中身はないのだ。

ロドリックは「トランプ大統領登場の効果の中で最も予想外だったのは、貿易、格差、労働者にとっての適切な保護についての根拠に基づいた議論がアメリカ国内で完全にできなくなってしまったことだ」と述べている。これもまた1990年代に経済学者たちが行った自由貿易に関する間違った助言によるマイナスの影響のためだ。

また、MITのオーターは次のように述べている。「自由貿易を熱狂的に推し進める政策によって、政策立案者たちは貿易が与えるショックによる悲惨な結果が起きることに目を向けることができず、またこれらのショックに対する準備を全くできないようになってしまった(例えば、この当時のアメリカには貧弱なセーフティネットと職業再訓練政策しかなかった)」。その結果、アメリカは何の懸念も持たず、準備もないままに、政策が生み出した無視できない規模の災害(別名:チャイナ・ショック)に見舞われた。そして、一般国民の自由貿易に対する怒りがかき立てられ、アメリカ国内の政策議論において自由貿易の害悪ばかりが強調されることにつながった。読者の皆さんもこの皮肉がお分かりになるだろう。貿易を熱狂的に推進することで、自由貿易の正当な根拠を完全に壊してしまったのである。

クルーグマンに対して、彼と他の経済学者たちが犯した誤りがトランプ大統領の台頭を助けることになったのではないかと質問してみた。これに対してクルーグマンは次のように答えた。「私たちはその問題について議論をしている最中だ。しかし、トランプ大統領の貿易政策に関する限り、彼を支持しているブルーカラーの労働者たちさえも含めて、多くの人々が支持していないと私は考える。従って、トランプ大統領の台頭という現象について、貿易を専門とする学者たちに責任を問うことは酷だ」。

このクルーグマンの発言に同意しない人もいるだろう。問題の一部は、ポスト冷戦時代のコンセンサスが出現しつつあった1990年代、学者たちが貿易に関して、単純な二者択一の考え方、自由貿易を信奉するのかそれとも保護主義貿易を信奉するのか、どちらかを選ぶように強いるという考え方をする傾向があったことだ。クルーグマンもこうした経済学者の一人だった。クルーグマンは概して自由貿易を支持する立場だった。クルーグマンの著書や論説(これらは賢明な戦略的貿易政策の知的基盤となった)とノーベル経済学賞の受賞理由となった論文と比べると、微妙に矛盾する内容が含まれていることを考えると結果として皮肉な話ということになる。

政策論争に参加した人たちの中には、ロドリック、ライシュ、ビル・クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めたローラ・ダンドリア・タイソンのように、急速なグローバライゼーションに対してより深刻に懸念を持っている人たちもいた。こうした人々は、自由貿易を推進する考え方に疑義を呈したり、タイソンの場合にはアメリカの競争力を高めるために政府主導の産業政策(government-led industrial policy)を強力に推し進めたりした。この当時は冷戦終結直後であり、新たに自由化された国々の多くが盛んに国際経済に参入するようになっていた。クルーグマンは急速なグローバライゼーションに懸念を持つ考え方も激しく嫌った。

オーターは次のように述べている。「ダニは先を行き過ぎていたのだ」「彼は突然に起きるショックそれ自体を懸念していたのではなく、グローバライゼーションに付き物の、開放経済(open economies、訳者註:外国との金融や貿易の取引を行っている経済)に基づいた政策オプションについて懸念を持っていた(社会保険への資金供給や増大しつつあった国家間を移動する資本への課税などといったオプションについてどうなるのかと懸念していた)。これは問題の核心だったし、今でもそうだ。・・・一方、ローラ・タイソンは積極的な産業政策は主張していたが、その時期、産業政策が政策の分野におけるヴォルデモート(訳者註:ファンタジー小説『ハリー・ポッター』に出てくる敵役)のような存在であった」。オーターをはじめとするクルーグマンのこれまでの業績を詳細に調べた人たちは、クルーグマンが正しい産業政策は産業部門に競争力を持たせるのに役立つことは当然のことながらきちんと理解していた、と評価している。しかし、オーターは次のようにも述べている。「経済学者たちは産業政策によって競争力を高めることを声高に主張すると、落ち着きのない子供に実弾が入った武器を渡すのと同じで、政策立案者たちに危険な武器を渡すことになると恐れていたのだろうと私は考える」。

クルーグマンは、国際貿易がいかに低賃金の労働者に影響を与え、格差を拡大させたのかについて「極めて小さい」程度の読み違いをしただけだと責任を認めている。これは間違ってはいない。しかし、冷戦終結後、貿易をめぐる議論(クルーグマンが貿易に関する研究でノーベル賞を受賞)は、自由市場対政府の介入をめぐる、より大きな規模の知的な分野での争いの代理戦争となった。クルーグマンは、発展途上諸国の低賃金労働との競争からアメリカの雇用と賃金は深刻な影響を受けると主張した「戦略的貿易論者」を経済学的に無知だとして攻撃した。『ワシントン・ポスト』紙の記者を務めた経験を持つジャーナリストのウィリアム・グレイダーは詳細な調査をまとめた著書『一つの世界に向けて準備が出来ているのかどうか:国際資本主義の騒々しい論理(One World, Ready or Not: The Manic Logic of Global Capitalism)』の中で、発展途上諸国が先進諸国に向けて輸出攻勢をかけるようになっており、「アメリカ国内で誇らしい勝者となる産業部門と無残な敗者となる産業部門が出てくる」と警告を発した。クルーグマンはぐレイダーの本を「最初から最後まで愚かな内容の本」と切って捨てた。高名な評論家であるマイケル・リンドも、アメリカの生産性向上の進み具合では「世界規模の低賃金労働経済(global sweatshop economy)」に太刀打ちできない、と(正確に)主張していた。これに対して、クルーグマンは、リンドは経済的な「諸事実」について全くの無知だと切り捨て、「誰かからの案内や指南がなければ一つの分野できちんとした仕事が出来ないような人物を信頼することはできない」と述べた。クルーグマンは自由貿易に関するコンセンサスに疑いの目を向ける同じ学問分野を研究する仲間であるはずの経済学者たちに対しても同様に辛辣だった。ローラ・タイソンが1993年にクリントン政権の大統領経済諮問委員会委員長に選ばれた時、クルーグマンはタイソンには「必要不可欠な分析スキル」が欠けていると発言した。

クルーグマンは、こうした疑いや疑問を持つことは全て誤った経済学なのだ、と述べている。他の国々の動向について心配し過ぎてはいけない。全ての国が開かれた貿易から利益を得るという比較優位(comparative advantage)など新古典派の概念のおかげで安定がもたらされる。実際のところ、市場への政府の介入と「自由貿易」よりも「公平な貿易」(より広範で高い関税、失業保険、労働者保護)に類した主張を行った人々は保護主義貿易論者のレッテルを貼られ、議論から締め出された。クリントン大統領は「グローバリゼーション」大統領という評判をとっていたが、それでも競争力を失った産業に従事していた人々の運命についての会議を開くなどしていた。クリントン大統領がローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学していた時代からの古い友人であったライシュ労働長官は、クリントン大統領が赤字削減を熱心に進めていた時期に、教育、訓練、社会資本への再投資を公の場で主張した。そのためにライシュはクリントン大統領との会話から締め出され、遂には政権から去ることになった。

国家経済会議委員長を務めたジーン・スパーリングをはじめクリントン政権時代の高官たちは議論がそこまで激しいものではなかったと証言している。スパーリングは私に対して、「クリントン大統領は中流階級に気を配っていた」と述べた。また、スパーリングは次のようにも語っている。民主党がクリントン政権後も引き続き権力を握っていたら(訳者註:2000年の大統領選挙でアル・ゴアが勝利していたら)、中国が貿易の規範を守るようにより努力をしたであろう。例えば、「対波状攻撃(anit-surge)」の保護策を中国に強いたであろう。これは、1999年にクリントン政権が中国の世界貿易機関(World Trade Organization)参加をめぐる交渉を行った際に、参加のための必要条件としたものだった。具体的には、低価格の製品のダンピング輸出でアメリカの雇用を減少させることに反対するための施策のことだ。「人々は、(2000年の大統領選挙での)ある・ゴアとジョージ・W・ブッシュとの間の唯一の違いはイラク戦争についてであったと今でも考えている。しかし、もう一つの大きな違いがあった。それは、製造業を守ることに関してブッシュがやったよりもはるかに大きなそして多くのことをアル・ゴアがやったであろうということだ」と述べた。(ワシントン・ポスト紙で経済専門記者を務めたポール・ブルースタインは新著『分裂:中国、アメリカ、国際貿易システムの分解(Schism: China, America, and the Fracturing of the Global Trading System)』の中で、ブッシュ政権は中国をあまりにもやりたい放題にやらせ過ぎたと結論付けている。中国は輸出を加速させるために人為的に通貨価値の切り下げを行った。こうしたことを受けて、トランプ大統領はアメリカ経済が中国に「レイプ」)されたとまで主張している。)

クルーグマンにこき下ろされた人々は今でも彼の誤った判断を批判し、彼が懺悔をしても腹立ちを抑えられないままでいる。『アメリカン・プロスペクト』誌の共同編集長で、進歩主義派の思想家としてよく引用されるロバート・カットナーは次のように述べている。「誤りを認めて懺悔をすることは悪いことではないが、彼が書いていることを最後まで読むと、クルーグマンは今でも自由貿易か、さもなくば保護主義貿易かという過度に単純化した二分法を主張していることが分かる」「若き日のクルーグマンは(訳者註:アメリカの)競争力の優位は創出できることを証明したことで経済学界での名声が上がったのに、まるで経済学史を専攻している、数学を使わない学者たちが彼に言いそうなことを、クルーグマンが述べるようになっているのは何とも奇妙なことだ」。

こうした批判に対して、クルーグマンは中流階級に対しては、より良い医療と教育という保護が与えられるべきだと確信していると自己弁護している(彼が以前にニューヨーク・タイムズ紙のインターネット版に持っていたブログのタイトルは「1人のリベラル派の良心(The Conscience of a Liberal)」だった)。そして、彼は、自分が貿易に関する知見で誤りを認めたからと言って、それがワシントン・コンセンサス(Washington Consensus)と呼ばれる考え方を支持していることとはつながらない、と述べている。ワシントン・コンセンサスとは、ネオリベラルな(つまり、自由貿易を支持する)考え方で、財政規律、急速な民営化、規制緩和を支持するものだ。先週、クルーグマンは私に対して次のように述べた。「私たちは間違ったと認めることは、私たちを批判してきた人たち全てが正しかったということにはならないという点が重要だと私は考える。私たちを批判してきた人たちが何を言ってきたのかが重要だ。私が知る限り、貿易の分野で中国がここまで巨大に成長することを予測した人はほとんどいなかったし、一部の地域に集中した影響について注目した人もまたほとんどいなかった」。

だがしかし、グローバリゼーションを支持するコンセンサスに関してはより深刻な概念上の諸問題も存在した。こちらもノーベル経済学賞を受賞した経済学者のジョセフ・スティグリッツは、前述のロドリックと同様、1990年代には貿易と資本移動に関する障壁をあまりにも早く撤廃することについて警告を発していた。スティグリッツは私に対して、「“標準的な新古典派経済学の分析”が抱える問題は、調整について注目をしないことだ。労働市場での調整は驚異的なまでにコストがかからないものだ、と新古典派経済学では考える」と述べた。タイソンとライシュ同様、スティグリッツもクリントン政権下で大統領経済諮問委員会委員長を務めた。この当時、スティグリッツは主流派からすればはずれ者(outliner)であり、 国際規模での資本の流れのペースを緩やかなものにしようと試みた(が失敗した)。スティグリッツはまた「通常、雇用の喪失のペースは新たな雇用の創出のペースよりもかなり速いものだ」と主張した。

最近の論説の中で、クルーグマンは、自由貿易の基調となった1990年代のコンセンサスを支持した彼のような経済学者たちは、貿易が労働市場に与える影響は最小限度のものとなると考えていたが、「特定の産業部門と地方の労働者たちに注目する分析的な方法に目を向けなかった。この方法を経済学者たちが採用していれば短期的な動向をより良く理解できたことだろう。この方法に目を向けなかったことについて私は大きな間違いであったと確信している。そしてこの間違いを犯すことに私も協力したのだ」と書いている。

開かれた貿易と比較優位についての古くから正しいとされてきた主張に説得力がなくなり、世界規模での供給チェインのような新しい現象に取って代わられたことに興味関心を持つ人々はたくさん存在した。世界規模での供給チェインによって、海外に雇用が移り、各地域から雇用が消えてしまった。クルーグマンは彼自身で2008年に発表した学術論文の中で、こうした超複雑な供給チェインがあるために、「世界貿易の性質は変化しているが、そのペースは明確な量的分析に関与するための経済学者の能力向上のペースを上回るものだ」と結論付けた。

スティグリッツは『フォーリン・ポリシー』誌に記事を掲載し、その中で次のように書いている。「はっきりしているのは、(グローバライゼーション)のコストは特定の地域、特定の場所にのしかかるものだということだ。製造業が位置していたのは賃金が低い場所であった。こうした場所では、調整コストは大きなものとなる」。また、グローバライゼーションの有害な影響は一時的な潮流ではないのではないかということが明らかにされつつある。アメリカ政府は発展途上諸国との貿易を急速に自由化し、それに伴って投資協定を結んだ。これによって「(労働組合の弱体化と労働関連の法規や規制の変化もあり)アメリカの労働者たちの交渉力に劇的な変化が起きた」。

伝統的な経済学におけるもう一つの側面について考え直さねばならないとこまできている。かつて経済学者たちは、失業率が低ければインフレーションが起きると信じていた。しかし、『エコノミスト』誌が最近の号の巻頭記事で書いているように、今日では、失業率とインフレーションとの関係を示す標準的なフィリップス曲線(standard Phillips curve)では説明がつかないようになっている。繰り返しになるが、最大の敗者はアメリカの労働者だ。経済学者たちはかつて、好況時には労働者たちは自分たちの賃金を引き上げることができる(だからインフレーションになる)と確信していた。一方で、現在出来上がりつつある経済学上の知見では、これとはいささか異なることを示唆している。その内容は、多国籍企業が世界全体を自分たちの領域に引き入れてから四半世紀が経過し(一方で労働者たちは大抵の場合、自分たちの生まれ育った国にとどまらねばならなかった)、世界を動き回るようになった資本は、世界各国を股にかける供給チェインという形で姿を現したのだが、国内にとどまった労働者たちよりも優位に立つようになった。

従って、経済学者たち自身が、主流派経済学がいかに急速に左傾化しているかということに驚愕している。先週開催された格差に関する会議で経済学者の多くが経済学の左傾化の現状を目撃した。会議の参加者の中には、「2020年の米大統領選挙をめぐる政治に関しては、経済学者の多くが中道派のジョー・バイデンよりもエリザベス・ウォーレンとバーニー・サンダースといった進歩主義者たちを支持している」と語る人たちもいた。進歩主義派は労働者側に交渉力を取り戻させるための急進的な解決策を提示している。(例えば、ウォーレンは企業の役員会において労働者が参加できる割合を高くするという提案を行っている。)元IMFチーフエコノミストのブランシャールは「私はフランスで社会主義者となりそのままアメリカにやってきた。現在、私は自分自身何も変わっていないのに中道派になっていることに気づいた」とジョークを飛ばした。

こうした経済学の左傾化は、1990年代まで遡る経済学者たちの読み間違いが与えるマイナスの影響の結果と言えるだろう。ローラ・タイソンは「人々は物事がどれほど早く変化することができるかを見落とした」と語った。

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