古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:トルコ

 古村治彦です。

 日本時間の日曜日夜、アメリカのドナルド・トランプ大統領はアメリカ軍特殊部隊がシリア北部を急襲し、イスラミック・ステイト(ISIS)指導者アブー・バクール・アル=バグダディ(Abu Bakr al-Baghdadi、1971-2019年、48歳で死亡)を自爆に追い込み、死亡を確認したと発表した。
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バグダディ
ISISは2014年からシリアとイラクの一部を占領・実効支配し、イスラミック・ステイトの樹立を宣言した。その創設者にして指導者のバグダディが殺害されたということは大きなニュースとなった。

 バラク・オバマ政権下の2011年にはテロ組織アルカイーダの指導者オサマ・ビンラディンがパキスタンの潜伏先で同じく米軍特殊部隊の急襲を受け殺害された。今回も米軍特殊部隊の作戦によってテロ組織の指導者が殺害されるということになった。
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作戦の様子を見守るトランプ大統領

 アメリカをはじめ関係諸国が行方を追っていたバグダディであったが、シリア北部で米軍特殊部隊に追い詰められ、最後は洞窟の中で自分の子供3人と共に自爆をするに至った。バグダディに関しては身柄を拘束して裁判を受けさせる(国際法廷になるか、シリアやイラクの法廷になるかは分からない)ようにすべきであったが、バグダディは自爆したと発表されている。アメリカ軍特殊部隊の動きが降伏へと誘導するのではなく、自爆に誘い込むようなものであったとするならば問題である。また、バグダディに付き従った人間たちを「多数」殺害したというのも降伏や投降の意思を示した者までも殺害したとなるとこちらも問題だ。

 私はISISの肩を持たない。しかし、「正義をくだす」ためにはそれなりの手続きが重要であって、そこに瑕疵があれば正義とは言えなくなる危険性が高いということを言いたい。ただ殺害すれば済むという問題ではない。

 トランプ大統領の発表では作戦時の様子にも触れられていたが、非常に生々しい言葉遣いであった。また、バグダディと「犬」を結び付ける表演が複数回使われていた。バグダディは洞窟の中で犬に追い回された上に、「犬のように亡くなった(died like a dog)」「犬のようにクンクンと怯えて鳴いていた(whimpering)」とトランプ大統領は発言している。これは、トランプ大統領独特の言語感覚ということもあるが、バグダディは人間ではない、だから裁判なんてしちめんどくさい手続きなしで殺してもいいんだ、ということを聴衆に刷り込ませたいという意図があってのことだろう。

 トランプ大統領は、ロシア、シリア、トルコに対して作戦上の協力を感謝し、クルド人勢力からは軍事上の協力はなかったが有益な情報提供があったことを認めた。ここから考えられるのは、ロシア、シリア、トルコからら軍事上の支援と情報提供があったということだ。2つの協力があったから謝意が表され、クルド人勢力に関しては情報提供があったことを認めるということになったのだと思う。

 従って、今回の作戦はアメリカ軍単独ではなく、ロシア軍、シリア軍、トルコ軍の共同作戦で、アメリカ軍に華を持たせる形でバグダディの追跡が任されたということだと思う。アメリカ(トランプ大統領)は、ロシア、シリア、トルコに対して大きな恩義、借りを作ったということになるが、これはアメリカ軍がこの地域から撤退してももう大丈夫という正当化と、この地域なロシアに任せますよという意思表示であり、最後に華を持たせてもらって出ていきやすくなったということだと考えられる。アメリカは海外のことに関わらず、国内の問題解決を優先するという「アメリカ・ファースト」にかなっているということになる。

 今回の作戦がこの時期に実施されたのはアメリカ軍の撤退を正当化するためのものであり、かつロシアがこの地域の担任となることを認めることもあり、米露の利害が一致したために実行されたと考えられる。

(貼り付けはじめ)

トランプ大統領はアメリカ軍の急襲によってISIS指導者が死亡と発表(Trump announces death of ISIS leader in US raid

モーガン・チャルファント筆

2019年10月27日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/administration/467620-trump-isis-leader

日曜日、トランプ大統領はイスラミック・ステイト(ISIS)の指導者アブー・バクール・アル=バグダディが北部シリアにおいてアメリカ軍の急襲によって殺害されたと発表した。

トランプ大統領はホワイトハウスのイーストルームにおいて声明を発表した。声明の中で大統領は「昨晩、アメリカ合衆国は世界ナンバーワンのテロリスト指導者に正義(の鉄槌)を下した。アブー・バクール・アル=バグダディは死亡した」と述べた。

アル=バグダディの死はテロリスト集団であるISISとの戦いにおける重要な象徴的な勝利を示すものであり、捕捉が難しいISIS指導者アル=バグダディを追跡するという数年間の努力が結実したことを意味する。アル=バグダディはこれまで何度か殺害されたと報じられたことがあった。

トランプ大統領は「危険かつ大胆な」作戦の詳細を説明した。バグダディはアメリカ軍特殊部隊によってトンネル内に追い詰められた。この時3人の子供を連れていた。そして、自爆用のヴェストを爆発させた。トランプ大統領は爆発後の残骸などを調査、テストし、バグダディが殺害されたことを示す証拠が出たと発言した。

トランプ大統領は「この極悪人は大変な恐怖の中で、完全なるパニックと恐怖の中で、最後の瞬間まで何とか他人になりすまそうともがいた。アメリカ軍が彼を完全に屈服させることに恐怖し続けた」と述べ、バグダディは「クンクンと情けない鳴き声を出しながら(whimpering)」死んでいったと発言した。

トランプ大統領はホワイトハウスのシチュエイション・ルームで作戦の「大部分」を見ていたと発言した。しかし、どこを見てどこを見なかったかの詳細については明らかにしなかった。ホワイトハウスは大統領の発表の後にその時の様子を撮影した写真を公開した。土曜日のシチュエイション・ルームの様子は、大統領の傍らにはマイク・ペンス副大統領、ロバート・オブライエン国家安全保障問題担当大統領補佐官、マーク・エスパー国防長官と軍部の最高幹部たちが座っていた。

トランプ大統領はアメリカ軍の急襲は2時間ほどで終了し、アメリカ軍はISISに関連する「非常に重要な情報を含む取り扱いに注意を要する文書や物資」を押収したと発表した。トランプ大統領は作戦中にアメリカ軍に死者は出ず、アル=バグダディの追随者たちの多くが殺害されたと発表した。

トランプ大統領は今回の作戦のことを3日前から知らされていたと述べ、連邦議会の指導者たちには、「リークされる」という恐れから伝えなかったとも発言した。

トランプ大統領は「リークによって作戦に参加した米軍の人員全てが殺害されることもあるだろうと考えた」と発言した。しかし、作戦終了後の日曜日にリンゼイ・グラハム連邦上院議員(サウスカロライナ州選出、共和党)とリチャード・バー連邦上院議員(ノースカロライナ州選出、共和党)と会談を持ったとも述べた。

今回の発表はトランプ大統領にとって追い風となるだろう。ここ数週間、トランプ大統領は北部シリアからの米軍の撤退という決断に対して様々な角度から検証されてきた。批判する人々は、米軍の撤退によって、アメリカが盟友関係を築いてきたクルド人勢力に対してトルコ軍の軍事作戦が推進されると主張している。アメリカ軍の撤退によってISISが勢力を回復するのではないかと多くの専門家が懸念を表明していた。

トランプ大統領は日曜日、「昨晩はアメリカ合衆国と世界にとって素晴らしい夜となった。多くの人々の困難や死の原因となった野蛮な殺人者は荒々しく消滅させられた。バグダディは犬のように死んだ。臆病者のようにして死んだ。世界はこれまでよりもより安全な場所になった。アメリカに神のご加護がありますように」と述べた。

アル=バグダディの死はISISに対して大きな一撃を与えた。ISISは既にアメリカが主導する連合諸国によって縮小させられている。しかし、バグダディの死がISISの完全なる消滅を意味するものではない。

トランプ大統領は、アル=バグダディの死は、アメリカの「各テロリスト集団の指導者に対する飽くなき追跡とISISやそのほかのテロリスト組織の完全な敗北を確かなものとするための努力」が証明されたものだと高らかに宣言した。

「アメリカ軍が北部シリアでアル=バグダディを標的にした急襲作戦を実行した、そして武装勢力の指導者は殺害されたものと考えられる」という内容の報道が出始めたのが土曜日の夜遅くだった。トランプ大統領は内容の発表をもったいぶり、ツイッター上に「何かとてつもなく大きなことが起きた!」とだけ書いた。

トランプ大統領は日曜日にアメリカ軍の人員が安全に帰還した後でツイッター上に書き込みを行ったが、それはニュースメディアを警戒してのことだったと述べた。

トランプ大統領はロシア、トルコ、シリア、そしてイラクに対して、作戦への協力を感謝した。また、クルド人勢力が有益な情報を提供したことを認識していると述べた。トランプ大統領は、クルド人勢力は作戦において軍事的な役割を果たすことはなかったと述べた。大統領は作戦に参加したアメリカ軍と情報・諜報機関の人員に謝意を表した。

トランプはまた北部シリアからの米軍の撤退という自身の決断を擁護し続けた。とることシリアの国境地帯に米軍を駐屯させ続けることはアメリカの利益にかなうものではないと主張した。

トランプ大統領は「私たちはこれから200年もシリアとトルコの間に米軍を駐屯させたいなどとは望まない。シリアとトルコはこれまで数百年もの間戦ってきた。(だから勝手にすれば良いが)私たちは出ていったのだ」と述べた。それでも油田がISISの武装勢力の手に落ちないようにするためその地域にアメリカ軍を残しているとも述べた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 今回は、2016年7月に発生したトルコのクーデター未遂事件についての記事をご紹介します。このクーデター未遂事件では、レセプ・エルドアン大統領は辛くも脱出し、クーデターは失敗に終わりました。エルドアンにクーデターの危険を知らせたのは、ロシアのウラジミール・プーティン大統領だと言われています。

 

 クーデター未遂事件以降、トルコのマスコミでは、アメリカがクーデターをやらせたという主張がなされ、クーデター未遂事件が起きた時に開催されていた学術会議を開催していた、アメリカのシンクタンクであるウッドロウ・ウィルソン・センターや出席者たちが、CIAのエージェントであったという論陣が張られています。

 

 クーデターに関して、トルコ政府は、アメリカに事実上亡命している、フェトフェラー・ギュレンというイスラム聖職者が首謀者だと非難しています。ギュレンは、1960年代から市民運動とも宗教運動ともつかない活動を始め、「ギュレン運動」という社会運動はトルコ国内でどんどん拡大していきました。ギュレン運動はエルドアンと良好な関係にあり、エルドアン政権成立には大きな役割を果たしたそうですが、2013年以降、関係は悪化しているそうです。

 

 トルコ国内で「クーデターを仕掛けたのはアメリカだ」という論調が出てくるのは仕方がない事です。これまでにも、アメリカで教育を受けた軍幹部がクーデターを起こして、アメリカの都合の悪い政権を転覆したというケースはいくつもあります。また、今回は、反エルドアンの大物がアメリカに亡命中であるということもあって、このような主張が出てきています。

 

 拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)でも書きましたが、学術団体や市民団体への支援という形でアメリカは影響力を行使していることは事実です。こうしたアメリカの戦略の尖兵として学者や市民運動活動家が活動していることも事実です。

 

 今回のトルコでのクーデター未遂事件の場合は、まだ決定的な証拠は出ていませんが、状況証拠から、アメリカの関与の可能性は高いと思われます。

 

(記事貼りつけはじめ)

 

黒幕か、エルドアン氏と確執=関与否定のギュレン運動-トルコクーデター

 

20160716 17:26 発信地:イスラエル

AFP通信・時事通信

http://www.afpbb.com/articles/-/3094244

 

716 時事通信社】トルコのエルドアン大統領が今回のクーデターを主導した黒幕と主張しているのがイスラム団体「ギュレン運動」だ。近年、エルドアン氏との確執があることで知られる。これまでも「政府転覆を図った」と疑いをかけられては、ギュレン運動支持者への締め付け、弾圧が続けられてきたが、政権は今後一層その動きを加速させるとみられる。

 

 アナトリア通信によると、トルコ当局は、クーデターの企てに関わったとしてギュレン運動支持者を次々拘束している。これに対し、ギュレン運動側は関与を否定。「トルコの内政へのいかなる軍事介入も非難する」と、むしろ反クーデターの立場を表明さえしている。

 

 米国で事実上の亡命生活を送るイスラム指導者、ギュレン師が率いるギュレン運動は、かつてエルドアン政権の支持母体だった。ところが、2013年末に同政権をめぐる大規模汚職疑惑が浮上すると、エルドアン氏は「ギュレン師が仕組んだ」と批判、両者の対立は決定的になった。(c)時事通信社

 

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トルコの米軍基地が閉鎖、空爆も中止 対ISIS作戦の拠点

 

2016.07.17 Sun posted at 12:19 JST

CNN

http://www.cnn.co.jp/world/35086007.html

 

(CNN) トルコで軍の一部がクーデターを企て首都アンカラや最大都市イスタンブールで軍同士の衝突が起きた件で、トルコ当局は、米軍がシリアやイラクでの対ISIS作戦の拠点とし、米兵約1500人を駐留させている南部のインジルリク空軍基地を閉鎖した。これを受け、米軍は空爆作戦を停止している。基地への電力供給が止められたとの情報もあるが、米軍施設は自家発電で対応しているという。

 

また、ギリシャ政府の報道官によると、クーデター勢力とみられる兵士8人がヘリコプターで同国へ逃れ、政治亡命を求めている。

 

トルコ外務省は兵士らの身柄引き渡しを求めているが、ギリシャ外相は16日、国内の規定と国際法に基づいて亡命申請を精査すると表明し、すぐには引き渡しに応じない姿勢を示した。

 

トルコで15日夜(日本時間16日未明)、軍の一部がクーデターを企てた件では、180人以上の死者が出ている。大統領府の情報筋によれば、軍の将官少なくとも2839人が拘束された。

 

エルドアン大統領は、クーデター勢力が米在住のギュレン師が率いる「ギュレン運動」とつながっていたとして、米国に対し、同師を拘束するか、またはトルコ側へ引き渡すよう強く求めている。

 

(記事貼りつけ終わり)

 

 

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エルドアンの支持者たちは、ワシントンの有名なシンクタンクがクーデターを計画したと非難している(Erdogan Allies Accuse Leading Washington Think Tank of Orchestrating Coup

 

ジョン・ハドソン筆

2016年8月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/08/08/erdogan-allies-accuse-leading-washington-think-tank-of-orchestrating-coup/

 

トルコ政府は、先月のクーデター未遂事件の後、数千名の兵士、警官、学者、ジャーナリストを逮捕したり、拘束したりしている。トルコのレセプ・エルドアン大統領の支持者の中には、新たな攻撃目標を設定している人たちがいる。その目標とは、ワシントンにある有名なシンクタンクだ。

 

ウッドロウ・ウィルソン・センターは1968年に創設された超党派のシンクタンクだ。ウィルソン・センターは、先月のクーデター未遂事件で、証明されてはいないが重要な役割を果たしたという激しい批判に晒されている。クーデター未遂事件では200名以上が死亡し、1000名以上が負傷した。エルドアンは権力を回復し、それ以降の数週間、トルコ社会全体のあらゆる機構や機関で追放を行っている。

 

 ウィルソン・センターに対する非難は、エルドアンとつながりがあるトルコの新聞各紙に掲載されている。このため、シンクタンクにとっては異例なことだが、研究者や学者たちに対する「報復」が行わる可能性について懸念を表明する声明を発表した。学者たちは、7月にウィルソン・センターが主催した会議に出席するためにトルコにいた。7月15日から17日まで学術会議が開催されていたのだが、これがクーデター未遂事件と重なったために、シンクタンクに対する権力者共同謀議説(陰謀論)が唱えられることになった。

 

先週金曜日に発表された無署名の声明の中で、ウィルソン・センターは次のように書いている。「イスタンブールのブユカダ島で開催された会議は、クーデター未遂事件の中心現場から遠く離れた場所で開催されており、事件とは何のつながりもない。会議では、経験豊かな外交政策専門家たちがイランについて、またイランと近隣諸国との関係について、公開の場で意見を交換した」。

 

しかし、ウィルソン・センターが声明を発表した後も、トルコ国内でウィルソン・センターの中東プログラムの責任者ヘンリー・バーケイとクーデター未遂事件との関係についての批判が弱まることはなかった。トルコの政府系の新聞アスカムは先週の土曜日、一面に7月の会議に出席したバーケイとその他の学者たちの写真を掲載した。そして、「彼らはCIAのエージェントであり、クーデターの計画と実行の手助けを行った」と非難した。

 

外交評議会のトルコ専門家であるスティーヴン・クックは本誌の取材に対して次のように語った。「ヘンリー・バーケイは親エルドアン派のマスコミに執念深く追い掛け回されている。トルコ政府関係者は権力者共同謀議説(陰謀論)を覆すために努力しなければならない。しかし、彼らは何もやらないだろう。トルコ政府がこうした主張を行い、それを覆すことはない。そんなことをしても彼らには何の得もないからだ」。

 

本誌はワシントンにあるトルコの駐米大使館にコメントを求めたが、返事はなかった。ウィルソン・センターにもコメントを求めたが返答はなかった。バーケイはコメントを拒否した。

 

学術会議の出席者たちは、トルコのマスコミと当局によるしつこい調査を受けていると言われている。ウィルソン・センターと一緒に会議を主催したグローバル・ポリティカル・トレンズ・センターの部長メンスール・アクガンは最近、トルコ当局によって取り調べを受けた。会議に出席した女性の学者アクガンは教授としての地位は保全されていると会議の出席者の一人は述べている。

 

トルコのマスコミでは、今回のクーデター未遂に関して、スコット・ピーターソンの写真を掲載した。ピーターソンは学術会議に招待され出席したジャーナリストで、クリスチャン・サイエンス・モニター紙に所属している。しかし、トルコのマスコミでは、ピーターソン本人の写真を掲載する代わりに、同姓同名の別人の写真を掲載してしまった。こちらのピーターソンは、2002年に妊娠中の妻レーシー・ピーターソン殺害犯人であって、彼は懲役20年の判決を受け、現在はカリフォルニア州の刑務所に服役している。

 

アトランティック・センターに所属するトルコ学者のアーロン・スタインは「今回の事件における唯一の喜劇的な要素は、スコット・ピーターソンを取り違えた部分で、彼らは、クリスチャン・サイエンス・モニター紙の記者であるスコット・ピーターソンとレーシー・ピーターソン殺害犯を取り違えたのだ」と述べた。

 

トルコ政府は公式には、クーデター未遂事件の首謀者としてフェトフェラー・ギュレンの名前を挙げて非難している。ギュレンはイスラム今日の聖職者で、現在はトルコから離れて事実上の亡命生活を送っており、現在はフィラデルフィア郊外に居住している。しかし、2016年7月15日に発生したクーデター未遂事件以降、トルコのマスコミでは、多くのアメリカ人が権力者共同謀議説(陰謀論)の対象になっている。政府系のイェニ・サファク紙は、CIAと元NATO司令官のジョン・キャンベル大将がエルドアンを追い落とそうとしたのだと非難の論陣を張っている。

 

金曜日に発表した声明の中で、ウィルソン・センターは、シンクタンクに所属する学者たちに対する非難が続くならば、トルコの国際的な評価が傷つけられることになると書いている。

 

声明は続けて次のように述べている。「トルコは学術会議にとって長年にわたって魅力的な場所であり続けてきた。トルコの学術社会と市民社会の質や規模が適していること、自然の美しさと便利な場所が理由である。今回のことで、トルコの国際的な評判に傷がつくこともある。また、世界規模の民主的な市民社会への貢献をトルコの素晴らしい学者たちが価値のある意見交換に参加することで行うことで、トルコ国内で排除されることになりかねないのは憂慮すべきことだ」。

 

(終わり)










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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 トルコと中東をめぐる大きな問題になっているのはクルド人問題です。クルド人は国家を持たない最大の民族と呼ばれており、トルコやイラク、イランにそれぞれ居住しています。今回のご紹介する記事は、クルド人たちはセーヴル条約によって自分たちの国家が作られるはずだったのに、トルコ側についてヨーロッパ列強と戦ったではないかという内容になっています。

 

 しかし、もっと根源的に言うならば、中東、オスマントルコ帝国の地域に国境線を引いてしまったこと自体に問題があったのではないか、と私は考えます。セーヴル条約ではなく、サイクス・ピコ条約によって中東は切り刻まれたのですが、それによって起きた多くの問題は連関し、解決するには複雑な状況になっています。

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サイクス=ピコ条約を忘れよう。セーヴル条約で現在の中東の状況を説明する(Forget Sykes-Picot. It’s the Treaty of Sèvres That Explain Modern Middle East

―95年前の今日、ヨーロッパ諸国はオスマントルコ帝国を分割した。セーヴル条約は1年も持たなかったが、その影響は現在も残っている。

 

ニック・ダンフォート筆

2015年8月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/08/10/sykes-picot-treaty-of-sevres-modern-turkey-middle-east-borders-turkey/

 

 95年前の今日、ヨーロッパ諸国の外交官たちは、パリ郊外のセーヴルの陶器工場に集まり、オスマントルコ帝国の灰から中東を作り直すための条約に調印した。この計画はすぐに崩壊し、私たちはこの条約についてほとんど記憶していない。しかし、長く続かなかったセーヴル条約は現在においてもその姿を垣間見ることが出来る。セーヴル条約は現在も議論が続いているサイクス・ピコ条約と同じくらいに重要である。この忘れ去られた条約の記念日が過ぎようとしている時、中東やトルコについて考えるべきだと思う。

 

 1915年、イギリス軍はガリポリ半島を通ってイスタンブールまで進軍した。この時、イギリス政府はオスマントルコ帝国の終焉を予期した。それはいささか時期尚早だった。ガリポリの戦いはオスマントルコ帝国が第一次世界大戦で得た数少ない勝利となった。しかし、1920年までに、イギリスの予測は正しいことが証明された。連合国軍の軍隊がオスマントルコの首都を制圧した。そして、戦争に勝利した列強の代表者たちは、オスマントルコ帝国の領土を分割し、それぞれが影響下に置くことになった。セーヴル条約によってイスタンブールとボスポラス海峡は国際管理とされた。一方、アナトリア半島の一部はそれぞれギリシア、クルド、アルメニア、フランス、イギリス、イタリアに割譲された。ヨーロッパ列強がどのようにして、そしてどうして中東の分割計画の実現に失敗したのかをみることで、私たちは、中東地域の現在の国境線について、そして今日のクルド人のナショナリズムと現在のトルコが直面している政治的な挑戦の間の矛盾についてより良く理解できる。

 

 セーヴル条約の締結から1年もしないうちに、ヨーロッパ列強はこの条約によって持たされたものは利益よりも苦痛を与えるものであったのではないかと疑いを持つようになった。外国による占領に抵抗する固い決心の下、オスマントルコ帝国陸軍の将校ムスタファ・ケマル・アタチュルクはオスマントルコ軍の再編に着手し、数年に及ぶ外国軍との厳しい戦闘を経て、セーヴル条約の条項遵守を矯正してきた外国軍を撤退に追い込んだ。その結果、現在のトルコが誕生した。新しい国境線は1923年のローザンヌ条約によって公式に決定された。

 

 セーヴル条約は西側ではその存在はほぼ忘れ去られている。しかし、トルコではその影響が今でも残っている。トルコで起きるナショナリズムに基づいた偏執的な主張が起きるたびにそれを増長させてしまうのがセーヴル条約の存在で、学者たちの中にはこれを「セーヴル症候群」と呼ぶ人たちもいる。セーヴル条約の存在によって、トルコはクルド人による分離独立主義に神経を尖らせることになる。そして、1920年のアナトリアに対する計画を正当化するためにヨーロッパ各国の外交官たちが使ったアルメニア人大虐殺は歴史的に事実かどうかよりも反トルコ共同謀議であるとトルコが考える理由になっている。トルコは植民地支配に対して激しい戦いを続けたが、これがトルコの反帝国主義的ナショナリズムの基礎となった。最初に対イギリス、冷戦期は対ロシア、現在は対アメリカが反帝国主義的ナショナリズムの標的となってきた。

 

 しかし、セーヴル条約の影響はトルコにだけ留まらない。これが中東史においてセーヴル条約をサイクル・ピコ条約に含むべき理由なのである。中東地域の諸問題は全てヨーロッパ列強が白紙の地図に国境線を引いたことから始まっているという広く受け入れられている考えに対して、もう一度考え直す時にセーヴル条約を見ていくことは重要なのだ。

 

 ヨーロッパの列強は彼らがいつでも中東から離れても国益を確保することが出来る国境を作り出したことに満足していたのは間違いない。しかし、セーヴル条約の失敗によって、彼らは満足いく結果を得ることが出来なかった。ヨーロッパ列強の政治家たちがアナトリア半島の分割で国境線を引き直そうとした時、彼らの試みは失敗した。対照的に、中東においては、ヨーロッパ列強は国境線を引くことに成功した。ヨーロッパ列強はその強大な武力を使って抵抗する勢力を排除することが出来た。オスマントルコ帝国陸軍の将校で口髭を生やした、シリア人のナショナリスト、ユセフ・アル・アズマは、アタチュルクの軍事的成功を真似て、マサラムの戦いでフランス軍を破ったが、ヨーロッパ列強によるレヴァント分割計画はセーヴル条約の内容通りに進められた。

 

 もし中東にまた違った国境線が引かれていたら、中東はより安定したか、より人々に対する攻撃は少なかっただろうか?必ずしもそうとは言えない。セーヴル条約のレンズを通して歴史を見てみると、ヨーロッパ列強の引いた国境線と中東の不安定さとの間には因果関係があるという以上の視点を得ることが出来る。ヨーロッパ列強によって強制された国境線を引かれた地域は、植民地支配に対して抵抗するには脆弱になったり、組織化できなくなったりする。トルコはシリアやイラクに比べてより豊かにもそして民主的にもなれなかった。それは、トルコが正しい国境線を得るという幸運に恵まれたからだ。トルコがヨーロッパ列強の計画の実施を阻止することに成功した諸要素、オスマントルコ帝国から継承した軍隊と経済的インフラは、トルコが強力で中央集権的なヨーロッパ様式の国民国家を建設するための要素ともなった。

 

 当然のことながら、クルド人のナショナリストたちのほぼ全員がトルコの現在の国境線は間違っていると主張するだろう。実際、クルド人が国家を持てなかったことはオスマントルコ帝国滅亡後の中東地域に引かれた国境線における致命的な失敗だと主張する人々もいる。しかし、ヨーロッパの帝国主義者たちはセーヴルでの会議でクルド人国家建設を試みたが、クルド人の多くはアタチュルクと一緒にセーヴル条約の履行阻止のために戦った。私たちが今日認識しているように、政治的な忠誠心は国家アインでティティを乗り越えることが出来るということは記憶されるべきだ。

 

 セーヴル条約で建国されるはずであったクルド国家はイギリスのコントロール下に置かれたことは間違いないところだ。クルド人のナショナリストの中には、これに魅力を感じた人々もいたが、他の人々は、イギリスの支配を受けながらの「独立」は問題だらけだと考えた。従って、彼らはトルコのナショナリズム運動と共に戦った。信仰心の厚いクルド人たちにとって、キリスト教国による植民地化よりも、トルコやオスマントルコ帝国の支配が続いた方がましだと考えた。その他のクルド人たちは、より現実的な理由から、イギリスが家と土地を奪われたアルメニア人たちの帰還を支援するのではないかと憂慮した。クルド人の中には、彼らが建国のために戦った国が期待に反してよりトルコ的で、より世俗的になると分かった時に後悔した人々もいた。一方、様々な圧力を受けて、新国家が提供するアイデンティティを受け入れることを選ぶ人たちもいた。

 

 トルコ人のナショナリストたちの多くは、セーヴル条約によってオスマントルコ帝国が解体された過程と同じ道筋で現在のトルコが解体されるのではないかという恐怖心を持っている。一方で、クルド人のナショナリストたちの多くは現在でも自分たちの国家を実現することを夢見ている。同時に、現在のトルコ政府は、オスマントルコ帝国が持っていた寛容と多文化主義を排除している。一方、クルド人の分離主義の指導者アブドラ・オカランは、獄中にある時に社会学者ベネディクト・アンダーソンの著書を読み、国家は全て社会的に構成されたものに過ぎないという考えに行きついたと述べている。トルコの与党である公正発展党(AKP)と親クルド派の国民民主主義政党(HDP)はそれぞれここ10年の間、クルド人有権者たちに対して「我が党への投票は平和のための投票になる」と訴えてきた。両党は、どちらの党がより安定したそして包括的な国家を作ることで長年にわたり続いた衝突を解決できるかを争っている。つまり、アメリカ人の多くが中東におけるヨーロッパが作った「人工的な」国家について議論している時、トルコは一世紀に渡って存在してきた「人工的な国家」が現実のものであることを証明しようという欲望を乗り越えようとしている。

 

 言うまでもないことだが、ここ数週間にトルコで起きた暴力は、ナショナリズム後の合意の壊れやすい要素の崩壊の危険をはらんでいる。公正発展党はクルド人政治指導者たちと警察官たちを銃撃したクルド人ゲリラの逮捕を要求している。興味深いのは、トルコ人ナショナリストとクルド人ナショナリスト双方は、よく似たしかし相容れない立場に立つようになっている。95年にわたり、トルコはセーヴル条約に対する勝利によって政治的、経済的利益を得た。しかし、この成功を続けるにはより柔軟な政治モデルを必要とする。この政治モデルは国境線と国家アイデンティティを巡る戦いをつまらないものにすることに貢献することが出来る。

 

(終わり)








 

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