古村治彦です。

 

 2016年9月26日東部標準時21時(日本時間では9月27日10時・サマータイム[デイライト・セイヴィング・タイム]のために時差は13時間)に、第1回目の大統領選挙候補者2名による討論会が開催されます(時間は90分間)。場所はニューヨークにあるホフストラ大学です。ホフストラ大学はユダヤ系の大学で、卒業生には、拙訳『バーナード・マドフ事件』の主人公、バーナード・マドフがいます。

 

 いよいよ一対一で、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが対決ということになります。選挙戦、最終盤、マラソンで言えば胸突き坂までほぼ並走してきて、いよいよラストスパート、どちらが抜け出すか、それともこのままトラック勝負になるかというところです。

 

 討論会では、トランプの破天荒さにヒラリーがどう対処するかという点が重要になると思います。トランプはこれまでヒラリーが討論会で相手にしてきた人々とはタイプが全く違います。ヒラリーをアマチュアからプロへと順調に実績を重ねたボクサーとすると、トランプは天性で相手をなぎ倒してきた天才型のボクサーであると言えます。ヒラリーがアウトサイドボクシングで得点を重ねようとしても、トランプの一発でノックアウトという可能性が充分にあります。トランプの戦い方には型がないために、準備も難しいでしょう。これまでの戦い方を参考にしても、それから全く外れた戦い方をしてくる可能性もあります。

 

 今回ご紹介する記事では、トランプに共和党予備選挙で敗れた候補者たちの側近たちから話を聞いて、ヒラリーがトランプに対抗するにはどうしたらよいのかということをまとめています。このような記事が書かれるのは、討論会になったら、トランプが天性の攻撃性でヒラリーを追い詰めるのではないか、そしてその方が盛り上がって面白いと多くの人々が考えている証拠だと思います。

 

 トランプに対して予備選挙で一時的にせよ有効な反撃が出来たのが、カーリー・フィオリーナとテッド・クルーズです。この2人の側近は、それぞれ、自分らしくある、そして、トランプの履歴をよく把握するということをポイントに挙げています。

 

 全体としてまとめると、トランプに対峙することはとても難しいことが分かります。「自分らしくいながら、準備を怠らず、政策の面では強みがあるからそこを押しながら、しかし、それが自慢に見えないようにする」、これらのポイントが、ヒラリーがトランプに対抗するためのポイントになるということですが、これを完璧にこなすことはとても難しいことです。

 

 討論会は3回行われますが、第1回目で選挙戦の流れがどのように動くかが分かると思われます。現在のところ、選挙戦は接戦ですが、世論調査の数字を見ると、ヒラリーが若干リードとなっています。私も現在のところは6対4でヒラリーが有利ではないかと思いますが、討論会で一気に流れが変わるということはあります。討論会が初めてテレビ中継されたのは1960年のジョン・F・ケネディ(民主党)対リチャード・ニクソン(共和党)でした。この時、ケネディが清新さと若さをアピールすることに成功し、ニクソンを破りました。

 

 今年の第1回目の討論会、以下の記事に挙げてあるポイントで、ヒラリーがうまくできたかどうかを採点しながら見ると面白いと思います。

 

(貼り付けはじめ)

 

トランプとの討論会をどのように行うかについて、トランプに敗れたライヴァルたちから学ぶ5つのヒント(Five tips from Trump's fallen rivals on how to debate him

 

ベン・カミサール筆

2016年9月22日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/homenews/campaign/297278-5-debate-tips-for-clinton-from-trumps-gop-rivals

 

予備選挙でドナルド・トランプと対峙した人たちからの教訓を得よう。彼と討論することは容易なことではない。

 

政治の世界の新参者が共和党大統領選挙候補者となったトランプは、討論会のステージ上で予想以上のパフォーマンスを見せて、16名のライヴァルを蹴散らした。トランプは討論会のステージ上で、個人攻撃と批判を引き起こす主張という予想できない攻撃のミックスによって勝利を得たのだ。

 

トランプは、討論会に関しては、民主党大統領選挙候補者ヒラリー・クリントンに比べて、経験が足りない。しかし、過小評価すべきではない。

 

ここからは、トランプと予備選挙を争ったライヴァルたちの側近たちに、トランプとの討論と敗北を通じて学んだことを語ってもらおう。

 

(1)自分らしさを求め、過度に事前準備をしない(Be authentic, not overly scripted

 

カーリー・フィオリーナは、共和党予備選挙でトランプと戦った唯一の女性候補であった。

 

フィオリーナとトランプは激しくやりやった。トランプは、『ローリング・ストーン』誌とのインタヴューにおいて、ヒューレットパッカード社の元CEOであったフィオリーナについて「彼女の顔は次期大統領にふさわしくない」と発言することで、ジャブを放った。

 

トランプは、インタヴュー中に流れていたニュースでフィオリーナの姿が映り、それを見ながら「あの顔を見てみろよ!あんな奴に誰が投票する?」と発言した。

 

ローリング・ストーンズ誌は、「彼女は女性だし、悪口を言うつもりはないんだ。しかし、みんな見てみろよ。あんな奴が出るなんてまともじゃないだろ?」というトランプの発言を引用していた。

 

トランプの発言は、フィオリーナの外見に関する女性差別主義的な攻撃だと見られた。そして、フィオリーナ陣営は討論会でこのことが取り上げられることになると分かっていた。

 

フィオリーナ選対は、「事前に対応の準備をしなかった、彼女の心からの反撃を信頼していた」と選対委員長だったフランク・サドラーは述べた。

 

討論会で、司会者のCNNのジェイク・タッパーが、トランプのローリンス・ストーンズ誌のコメントについて質問した時、フィオリーナは人々を失望させなかった。

 

CNNが落ち着いたフィオリーナとイライラとして落ち着かないトランプを一緒に映し手いる時、フィオリーナは「トランプ氏の発言の真意についてアメリカ全土の女性たちがしっかりとつかんでいると思います」と反撃した。

 

フィオリーナは討論会のパフォーマンスについて高い評価を受け、短期間だが世論調査の数字が良くなった。これが示しているのは、少なくとも自分らしく振舞い、トランプに対して厳しく対峙することが重要であるということだ。

 

サドラーは「私たちは、最も有効な攻撃は、カーリーがカーリーらしくあることだと確信していました。もし事前に準備をしていたら、うまくいかなかったでしょう」と述べた。

 

サドラーは、「ヒラリーの場合も、彼女らしくあるべきでしょうね。もしトランプに対して事前準備をしたら、うまくいかないでしょうね」とも述べた。

 

事前準備をしないということはヒラリーにとっては容易なことではないだろう。ヒラリーは、公務の「公」の部分について落ち着かないということを認めている。

 

同時に、ヒラリーは素晴らしい討論者であることをこれまで示し続けてきた。彼女が初めて連邦上院議員選挙に出た時、対立候補であった共和党のリック・ラジオは彼女の個人生活について色々と発言したが、ヒラリーは冷静に対応し、政策に特化した発言を続けた。

 

(2)反撃をする、しかし泥沼にはまらないようにする(Push back, but don’t get down into mud

 

予備選挙の討論会で明らかになったのは、トランプは傷つき、泥沼にはまることを恐れないということだ。

 

トランプの放った侮辱の言葉のために、ライヴァルたちは傷つき、反撃するのに苦労した。

 

ニュージャージ州知事クリス・クリスティの長年の側近マイク・ドゥハイムは、トランプがジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事に対して放った、有名な「活力がない」というジャブを取り上げた。この攻撃に対して、ブッシュは反撃することに苦労した。

 

ドゥハイムは、「この種の攻撃に対しては即座にそして直接的に対峙しなくてはいけない」と語った。

 

ヒラリーの場合、彼女の配偶者の不貞行為や彼女自身の健康、更には長年にわたる疑惑に関連した攻撃がなされるだろう。もしくは別のサプライズがあるかもしれない。

 

ドゥハイムは「トランプは誰も言わなかった、ヒラリーの顔のことについて何か言うでしょう。人々は彼女の顔について裏で何か言うことはあるでしょうが、トランプは数千万人の視聴者の前で言うでしょう」と語った。

 

サドラーは、ヒラリーは反撃できる能力を持っていることを見せなくてはならないと語った。

 

サドラーは次のように述べた。「反撃のパンチを繰り出す能力を示すことは、ドナルド・トランプに対する大変有効な戦術です。もし、ヒラリーに対するトランプのコメントが、カーリー・フィオリーナに対するコメントと似たようなものとなれば、それはヒラリーにとって有利なものとなります。そうした発言はアメリカ国民にとっては不快なものとなるでしょうから」。

 

アーカンソー州元知事マイク・ハッカビーの許で働いた後、テッド・クルーズ連邦上院議員(テキサス州選出、共和党)の大統領予備選挙でクルーズのアドヴァイザーを務めたアリス・スチュワートは、トランプに対峙する最も良い方法は、罵詈雑言で返さないようにすることだ、と語っている。トランプは悪口合戦になると勝利する可能性がぐんと上がる。

 

「討論会の場で彼を罵倒しないことです。諸問題に関して、トランプと対照的な態度を取りながら、個人的な悪口を言わせないようにしなくてはいけません。この方法で、テッド・クルーズは成功しました」とスチュワートは語った。

 

スチュアートは、クルーズがトランプを打ち破ったのは、ウィスコンシン州の予備選挙前の3月初めの討論会で、クルーズが移民に関してトランプと同じように厳しいことが言えるのかという疑問から、トランプが過去にヒラリーやその他の民主党の政治家たちに献金をしていたという事実に対する批判に焦点を移すことが出来たからだと考えている。

 

スチュアートは次のように語った。「テッド・クルーズはトランプの履歴についてよく知っていました。そして、絶好の機会をとらえて、トランプを保守派としての行動をしてこなかった人物と呼んだのです」。

 

クルーズはウィスコンシン州の予備選挙でトランプを破ることが出来た。

 

(3)政策の強みを押し出す(Lean on your policy strength

 

ヒラリーよりも公共政策について知識を持っている人はほとんどいない。この点は、討論会において、彼女がトランプに勝る優位な点である。

 

一対一の雰囲気はヒラリーのこの優位な点を強めるだろうとスチュアートは語っている。スチュアートは、「ヒラリー・クリントンはトランプよりも、政策に関してより包括的な方法で、うまく述べることが出来ます」と語った。

 

ドゥハイムは、「ヒラリーを嫌い」と答える人たちの割合の多さと支持率の関係から考えて、ヒラリーを支持している人たちの多くは、彼女や彼女が候補者であることについて楽観的な見方をしている訳ではないと分析している。しかし、そのような有権者たちは、トランプよりもヒラリーの方が大統領になる準備ができていると考えている可能性があり、討論会はこのような考えを強化する機会となる。

 

ドゥハイムは次のように語っている。「もし人々がヒラリーには投票するが、彼女のことは嫌いだということならば、それは、そういう人々が中身や実質を大事にしているからなんです。より中身を備えた候補者になることによって、ヒラリーの性格などを嫌っている人たちの支持を得ることが出来るようになります」。

 

(4)同時に、お高くとまらないようにする(At the same time, don’t be overly wonky

 

アル・ゴアは、ジョージ・W・ブッシュに比べて威張った感じになった。

 

しかし、2000年の米大統領選挙の共和党候補者ジョージ・W・ブッシュは、その年の大統領選挙本選挙の第一回討論会で、ゴアが大きなため息をついたことで視聴者たちをしらけさせ、ゴアよりも評価を高めた。

 

ヒラリーの側には、トランプに対して、大学教授や友達になりたくないタイプの人のように見られるというリスクがある。

 

ヴィンセント・ハリスはランド・ポール連邦上院議員(ケンタッキー州選出、共和党)の補佐役を務め、トランプ選対で短期間インターネット関係の仕事をしていた。ハリスは次のように語った。「ヒラリーが視聴者に向けてたくさん話そうとすると、空気が読めない人だと思われてしまうでしょう。私たちは平均的な有権者がどのような人なのかということを常に念頭に置いておかねばなりません。平均的な有権者は、選挙で取り上げられる諸問題に関して知識など持っていないのです」。

 

ハリスは続けて次のように語った。「ヒラリー・クリントン元国務長官が“私はまじめで、政治の知識も豊富だ”という形でアピールしようとすると、トランプが彼女について述べた特徴を示すことになって、自分自身にダメージを与えることになるでしょう。トランプがヒラリーについて言った言葉、それは、“システムの生み出した生物”というものです」。

 

(5)相手が弱いと油断したまま準備をしないこと(Don’t prepare for a weak opponent

 

討論会が行われる月曜日の夜には、トランプにとって最高のレヴェルの討論と一対一の政治イヴェントが行われる。そのことは彼にとって不利に働くことになると考える人もいるだろう。しかし、共和党の予備選挙でのパフォーマンスを見て、ライヴァルの側近だった人たちは、生まれながらのショーマンを過小評価することに警告を発している。

 

トランプと予備選挙を戦ったライヴァルたちの多くは、討論会を通じて、トランプは勝利のチャンスを失っていくだろうと考えていた。それは彼を待ち受けていたのは、政治の世界で長年生き残ってきたライヴァルたちで、彼らにコテンパンにされるだろうと考えていたからだ。しかし、そうした予想に反して、トランプは討論会で勝利を収めた。討論会の後、専門家たちはトランプのやり方に首をひねっていた。それでも彼は勝利を収めた。

 

ハッカビーの選対幹部を務め、現在は親トランプのスーパーPACで働くJ・ホーガン・ギドリーは、「私たちは他のスタッフたちに話していたし、ステージ裏で候補者同士が話していたのですが、皆がドナルド・トランプは討論会でうまくやれなかったと考えていました。しかし、有権者のほとんどは彼が勝ったと考えたのです」と語った。

 

トランプが勝利を得たという印象が出来上がったのは、彼がテレビ画面の中でリラックスしていただからだ。

 

クリスティの側近ドゥハイムは次のように語った。「トランプはカリスマ性を備えた人物です。人々の注目を集めたがります。テレビのスポットライトや聴衆の多さにたじろぐことはありません。それどころか、それらのために気分が乗って来るでしょう」。

 

トランプの行動は全くもって予想がつかない。これによってヒラリー側の準備は複雑なものとなる。クリントンの側近は本誌に対して、「彼女は、トランプの“複数の人格”に備えている」と語った。

 

ドゥハイムは、「トランプの“万能ぶり”のために、ヒラリー側は全く“安心”できないだろう」と述べた。

 

ドゥハイムは「トランプは攻撃的になることもできるが、他の討論会では賢く、抑制的に振る舞ったこともありました」と語った。

 

ドゥハイムは最後に次のように語った。「討論会の前に、計画を立て、シミュレーションを行うことが出来ますが、それはたかが知れています。討論会の結果は、候補者自身の力量にかかっているのです」。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)