古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:ネオコン

 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。

 アメリカの外交政策思想には大きく2つの流れがある。それがリアリズム(Realism)と介入主義(Interventionism)だ。アメリカの二大政党である民主党、共和党にそれぞれ、リアリズムを信奉するグループが存在する。介入主義は、民主党では、人道的介入主義(Humanitarian Interventionism)を信奉する人道的介入主義派となり、共和党ではネオコンサヴァティヴィズム(Neoconservatism)を信奉するネオコン派となる。ネオコン派は、ジョージ・W・ブッシュ(子)大統領時代に日本でも知られるようになった。
 介入主義とは、外国に積極的に介入して、外国の体制を全く別のものに転換しようというものだ。ネオコン派の考えは、「アメリカの価値観である、自由主義や人権、民主政治体制(デモクラシー)、資本主義を世界に広めて、世界中の国々を民主体制の自由主義的資本主義国ばかりにすれば、世界は平和になる」というものだ。そのために、アメリカは自身の卓越した力を利用しなければならないし、これに反対する勢力は打ち破るということになる。民主党の人道的介入主義派は、「世界の非民主的な国々では、マイノリティの女性や少数民族、政敵少数者たちが迫害され、命の危険に晒されている。そうした人々を助けるために、アメリカは人道的に外国に介入しなければならない」というものだ。結果として、ネオコン派と同じく、非民主的な国の体制転換(regime change)がなされねばならないということになる。

 リアリズムは、アメリカの力には限界があり、アメリカの力で世界の全ての国を民主体制の国家にすることはできない。ある国の問題はそこの国の国民の解決すべき問題である(災害などの人道支援は行うのは当然だが)。そして、アメリカの重大な国益が侵害されそうな場合を除いて、外国に対して積極的に介入すべきではない、ということになる。下の論文でスティーヴン・M・ウォルトが「抑制(restraint)」と書いているのはまさにこれである。これらのことについては最初の著作『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)に詳しく書いているので是非お読みいただきたい。

 アメリカはこれまで介入主義的な外交政策を実施し、その多くが失敗してきた。結果として、「アメリカ国内問題解決を優先していこう」という公約を掲げた、ドナルド・トランプが大統領に当選した。こうした考えを「アイソレイショニズム(Isolationism)」という。アメリカは超大国であることに疲れ、超大国であり続けるための国力を失っている。そのために、これからは「抑制的」、つまり、リアリズム外交に転換していくことになる。そして、次の世界覇権国は中国である。中国は、覇権交代の歴史を研究し、覇権国は永続的な存在ではなく、いつか、ボロボロになってその座から滑り落ちていくということを分かっているだろう。しかし、中国が覇権国にならねば世界は治まらないということになる。そうした時代の転換点に差し掛かっている。

(貼り付けはじめ)

抑制的なアメリカ外交政策に転換するのに遅すぎることはない(It’s Not Too Late for Restrained U.S. Foreign Policy

-アメリカのグローバル・リーダーシップの復活を求める声が大きくなっている。しかし、それはこれまでと同様に、大きな間違いである。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年3月14日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/14/united-states-realism-restraint-great-power-strategy/

冷戦期間中、アメリカがより控えめな、あるいは抑制的な外交政策を採用するように求める提案は、外交政策エスタブリッシュメント内部で大きな支持を集めることはなかった。確かに、ハンス・モーゲンソー、ジョージ・ケナン、ケネス・ウォルツ、ウォルター・リップマンなどの著名なリアリストたち(Realists)は、アメリカの外交政策における最悪の行き過ぎを厳しく批判していた。連邦政府を縮小しようとしてきたリバータリアンたちもまた、アメリカの海外関与を減少させようとしたが、ソヴィエト共産主義を打ち負かしたいという超党派の願望から、そうした提案は外交政策の外交政策に関する言説の片隅にとどまった。抑制(restraint)や縮小(retrenchment)を求める声は、その後の「一極集中の時代(unipolar moment)」においても同様に歓迎されなかった。アメリカのエリートたちは、歴史の潮流が自分たちの方に流れていると信じ、アメリカの比類ないパワーの慈悲深い腕の下で、全世界を平和で豊かな自由主義秩序(peaceful and prosperous liberal order)に導こうとしたのである。

しかし、この傲慢さが増大した時期がもたらした失敗が積み重なるにつれ、より現実的で賢明な外交政策を求める声が無視できないほどに大きくなった。2014年にマサチューセッツ工科大学(MIT)教授バリー・ポーゼンが『抑制:アメリカの大戦略にとっての新たな基盤(Restraint: A New Foundation for U.S. Grand Strategy)』を出版した。この著作は、他の学者(私自身を含む)による関連著作とともに、重要なマイルストーンとなった。2016年のドナルド・トランプの当選も現実的な外交政策を求める声の高まりに貢献した。トランプの大統領としての行動は、抑制派の提言とはかけ離れたものであったが、アメリカの外交政策を形成する中心的な正統派の多くに対する彼の修辞的な攻撃と、外交政策エスタブリッシュメントに対する明らかな軽蔑は、これらの問題についてよりオープンな議論を行うための空間を作り出した。2019年に「クインシー国家戦略研究所」が創設され、クインシー研究所、「ディフェンス・プライオリティズ」、スティムソンセンターのアメリカ大戦略研究プログラム、カーネギー財団のアメリカ政治研究プログラムでの関連イニシアティヴも、抑制を目指す動きが勢いを増していることを示す追加的な兆候であった。(完全情報公開:私はクインシー研究所の設立以来、非常勤研究員を務めており、昨年から理事会のメンバーに加わった)。

抑制を目指す動きが軌道に乗りつつあることを示す兆候の1つに、アメリカのグローバル・リーダーシップに対する拡大的な考え方や、ほころびつつある自由主義秩序を守りたいという願望に固執する批判者たちからの攻撃があった。こうした攻撃は通常、抑制派が提言していることを誤って伝え、しばしば彼らを「アイソレイショニスト(isolationists)」と誤って描いていた。こうした批評の中には自分たちの立場を有利にしようと誘導的なものもあった。それは、抑制派が提唱する考え方が大きな支持を集め、やがてはアメリカの対外アプローチに大きな変化をもたらすのではないかと、主流派が懸念し始めていることを示唆していた。

それは昔のことで、今は今である。イラク戦争やアフガニスタン戦争の後で、抑制という考え方は否定できない魅力を持っていたが、現在では大国間の対立が最重要課題となっている。中国のパワーは経済的苦境にもかかわらずなお拡大を続けており、アジアの現状を変えたいという欲望は衰えていない。ロシアはウクライナに侵攻し、現在ウクライナを支配している。中国、ロシア、イラン、北朝鮮、その他数カ国による協力体制が強化され、ヨーロッパの防衛力再構築に向けた取り組みは、多くの人が期待していたよりもゆっくりと進んでいる。ガザでは残忍な殺戮が進行中であり、戦争が拡大するリスクは依然として受け入れがたいほどに高い。スーダン、リビア、エチオピア、その他のアフリカ諸国では、内戦とジハード運動が人々の生活を破壊し続けている。1990年代の傲慢さは消え去ったかもしれないが、大国間の紛争は考えられないという信念も同時に消え去った。

これらの状況全てを踏まえても、リアリズムと抑制に基づく外交政策には意味があるのだろうか? アメリカ人は今こそ、深く掘り下げ、再びグローバル・リーダーシップの外套を手に取り、「地政学的ハードランディング」を回避するために奔走すべき時なのだろうか? 抑制の時期は過ぎ去ったのか?

その答えは「ノー」だ。

まずは抑制を目指す動きが何を望んでいるのかを明確にすることから始めよう。何よりも抑制派は、アメリカの極めて重要な利益が関与しない、不必要な「選択の戦争(wars of choice)」を戦うことに反対している。彼らは平和主義者でもアイソレイショニストでもない。彼らは強力な国防を信じている。そして彼らは、状況によってはアメリカが海外で武力行使を厭うことがないようにすべきだと認識している。抑制派は、アメリカは世界から撤退する代わりに、他国で貿易や投資を行うべきであり、他国にも同様の行動を奨励し、排外主義(xenophobia)に駆られて壁を築くのではなく移民を管理された形で受け入れるべきだと考えている。実際、抑制派はアメリカが今よりも積極的かつ効果的に外国に関与すべきであり、外交を第一に考え、武力行使をワシントンの最初の衝動(first impulse)ではなく最後の手段(last resort)とするべきだと考えている。それは何故か? なぜなら、抑制派は軍事力の限界を理解しているからだ。軍事力は場合によっては必要かもしれないが、それは常に多くの予期せぬ結果を生み出す粗雑な手段である。また、重要な利益が関与せず、成功を定義するのが難しい場合、戦争に対する国民の支持を維持することは困難である。特に抑制派は、体制転換(regime change)や軍事占領(military occupation)を行って、自由主義的な価値観を広めようとすることに反対している。なぜなら、そのような取り組みは通常、代償として、深刻な事態の泥沼化(quagmires)や破綻国家(failed states)の出現を招くのが通常からである。

現実的に考えると、抑制派のほとんどは、アメリカは中東から軍事的に手を引き、その地域の全ての国々と通常の関係を持つべきだと考えている。彼らは、NATOの同盟諸国が自国の防衛により大きな責任を負うよう、ワシントンが奨励すべきだと考えている。しかし、共和党のJD・ヴァンス連邦上院議員のようなトランプ大統領気取りとは異なり、抑制派の多くは、外交的解決に向けた献身的かつ柔軟な努力と組み合わせたウクライナへの援助継続を支持している。中国に対する最善の対応策については、抑制派にも賛否両論があり、より強力な封じ込め(containment)の努力を支持する者もいれば、緊張を緩和し、互恵的な妥協点を追求する必要性を強調する者もいる。しかし、アメリカは依然として海外に過剰に関与しており、根本的な政治問題を解決できない軍事的解決策に過度に依存しがちであるという点ではこれらの人々の意見は一致している。

この見解は、10年以上前と同様に、今日でも当てはまる。思い出してみて欲しい。アメリカが現在取り組んでいる問題の多くは、以前の抑制派の警告に耳を傾けていれば、完全に回避できたかもしれないものばかりだ。アメリカが開放的なNATO拡大を強く推し進め、ウクライナを西側の軌道に乗せ、最終的にはNATOに加盟させなければ、ロシアによる2014年のクリミア併合と2022年2月の不法侵攻はおそらく起こらなかっただろう。実際、バイデン政権がロシアの攻撃に先立つ数カ月間にもっと柔軟性を示していれば、2022年春にトルコとイスラエルの調停努力(mediation efforts)をもっと支持していれば、あるいはその秋にウクライナが優勢だった時期に停戦を推進していれば、ロシアとウクライナはまったく戦争をしていなかったかもしれないし、ウクライナがこれほどの損害を被る前に戦争は終結していたかもしれない。もちろん、確かなことを知ることは不可能だが、アメリカ政府関係者たちは、ウクライナが現在負けている戦争を回避するためにできたかもしれないことを全てやった訳ではないことは明らかだ。

中東での出来事も同様の教訓を与えてくれる。ドナルド・トランプ政権もジョー・バイデン政権も、イスラエルとアラブ近隣諸国との関係を正常化しようとすることに重点を置きながら、右傾化するイスラエル政府から圧力を受けつつあったパレスチナを完全に無視した。抑制派が警告したように、この近視眼的なアプローチは暴発の引き金となり、2023年10月7日の悲劇的な結果を招いたのは間違いない。

ガザにおけるイスラエルの猛攻撃によって、3万人以上のパレスチナ人が殺害され、ガザにある建物の50%から60%を破壊または損害を与え、イスラエルの世界的イメージを(アメリカとともに)大きく損なわせる結果となった。イスラエルは大規模な軍事的優位性を持ち、それを全面的に行使しているが、力だけでは、パレスチナとの対立を継続させている政治的な相違を解決することはできない。ハマスが軍事行動で壊滅することはないだろうし、イスラエルのユダヤ人とパレスチナのアラブ人の正当な願望を受け入れ、両者が安全な生活を送れるようにするにはどうすればいいのかという根本的な問題は、解決されないままである。同じことが、紅海の海運に対するフーシ派による攻撃を、爆弾を落としたりミサイルを撃ったりして止めようとするアメリカの努力にも言える。ガザ地区での停戦を実毛するために影響力を行使するということよりもまずは爆弾を落とすということを英米は選択した。これらの例は、複雑な政治問題は何かを爆破すれば解決できると考える反射的な傾向を示している。このような傾向に対して、抑制派は長年にわたり反対してきている。

抑制派はまた、アメリカのパワーは相当に大きいものデルが、無尽蔵ではないことも認識している。大国間競争(great-power competition)の時代には、明確な優先順位を設定し、主目的が互いに矛盾しないようにすることがこれまで以上に重要である。今日、アメリカはウクライナでロシアを打ち負かすウクライナを支援し、人的被害が出ているが、ハマス一掃を目指すイスラエルの努力を支援し、世界トップクラスの半導体技術やその他のデジタル技術を開発しようとする中国の努力を永久に無力化しようとしている。これは抑制されたアジェンダとは言い難く、その矛盾は自明であると同時に自滅的である。ユーラシアの二大国(中国とロシア)を互いに翻弄する代わりに、私たちは数十年かけて彼らに協力する理由を与えてきた。ロシアを孤立させ、グローバル・サウス(Global South)における中国の影響力を制限する代わりに、イスラエルのガザでの作戦を支援したことで、「ルールに基づく秩序(rule-based order)」の偽善が浮き彫りになり、中国に安っぽいプロパガンダの勝利をもたらした。ジョー・バイデン米大統領が包括的共同行動計画に再参加しなかったことは、イランに核開発を再開させ、さまざまな地域の代理人への支援を強化させ、更にはウクライナにおけるロシアの取り組みを積極的に軍事支援させたという点で、誤ったアジェンダに含まれることになるだろう。

最後に、抑制の擁護者たちは、過剰な軍事的関与と「永遠の戦争(forever wars)」がアメリカ本国を衰弱させる効果を持つことについて長い間警告してきた。過度に野心的な外交政策への支持を維持するため、アメリカの指導者たちは、志願兵だけで構成される軍隊に頼るようになり、それによって有権者の大半をその決定の結果から隔離するようになった。アメリカ陸軍士官学校附属現代戦争研究所によれば、その理由の1つは、アメリカ人が「一世代の軍人が、際限のない戦争に何度も何度も派兵されるのを目の当たりにしたから」だという。アメリカの歴代大統領たちは、増税の代わりに借金をしたり、脅威を膨らませたり、アメリカ国民に何をしているのか一部隠したりすることで、こうした活動のコストを隠してきた。しかし、こうした秘密の活動の一部がやがて明らかになると、公的機関への信頼はさらに損なわれている。建国の父たちが理解していたように、常に戦争状態にある共和国は、その共和国としての性格を危険に晒すことになる。今日のアメリカの民主政治体制が脆弱な状態にあるのは、非現実的でうまくいっていない外交政策が一因であり、それを是正しようと抑制派は努力している。

いかなる外交政策ドクトリンも完璧ではない。抑制という考え方も例外ではなく、その擁護者たちは、新たな情報の出現や新たな出来事の発生に応じて、自らの立場を見直す姿勢を持ち続けるべきである。しかし、今のところ、抑制を支持する意見は、特にワシントン中枢でいまだに支配的な代替案と比較すれば、大いに説得力を持っている。そして、現在の状況をもたらした政策をさらに推進することは、まったく意味をなさないし、効果もないのである。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。今回取り上げるヴィクトリア・ヌーランドについても詳しく書いています。是非手に取ってお読みください。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 アメリカの強硬な対ロシア政策とウクライナ政策をけん引してきた、ヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官(省内序列第3位)が退任することが、上司であるアントニー・ブリンケン米国務長官によって発表された。ロシア政府関係者は「ヌーランドの退任はアメリカの対ロシア政策失敗の象徴」と発言している。まさにその通りだ。ウクライナ戦争に向けて散々火をつけて回って、火がコントロールできなくなったら、責任ある職から逃げ出すというあまりにも無様な恰好だ。ヌーランドは職業外交官としては高位である国務次官にまで昇進した。しかし、その最後はあまりにもあっけないものとなった。

 アメリカ政治や国際関係に詳しい人ならば、ヌーランドが2010年代から、ウクライナ政治に介入し、対ロシア強硬政策を実施してきたことは詳しい。私も第3作『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』(秀和システム)、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)で詳しく書いてきた。ヌーランドは家族ぐるみでネオコンであり、まさにアメリカの対外介入政策を推進してきた人物である。
 ウクライナ戦争はその仕上げになるはずだった。アメリカがロシアを屈服させるために、ウクライナに誘い込んで思い切り叩く、それに加えて経済制裁も行って、ロシアをぼろぼろにするということであった。しかし、目論見はものの見事に外れた。現在、ウクライナ戦争はウクライナの劣勢であり、アメリカが主導する西側諸国の支援もなく、情勢はロシア有利になっている。ヌーランドはまずこの政策の大失敗の詰め腹を切らされた形になる。

 そして、バイデン政権としては、ウクライナ問題で消耗をして、泥沼に足を取られている状態を何とかしたい(逃げ出したい)ということもあり、アジア重視に方針を転換しようとしている。対中宥和派であったウェンディ・シャーマン国務副長官が昨年退任し、国務次官ヌーランドが代理を務めていた。彼女としては、このまま国務副長官になるというやぼうがあったはずだ。しかし、バイデン政権は、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)でインド太平洋調整官(アジア政策担当トップ)を務めていたカート・キャンベルを国務副長官に持ってきた。先月には連邦上院で人事承認も行われた。ヌーランドは地位をめぐる政治的な争いに負けたということになる。また、アジア重視ということで、ヌーランドの重要性は失われて、居場所がなくなったということになる。

 ヌーランドは7月からコロンビア大学国際公共政策大学院で教鞭を執ることも発表された。ヌーランドが国務省j報道官時代に直接仕えた、ヒラリー・クリントン元国務長官がこの大学院の付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めており、ヌーランドは客員教員を務めることになっている。この大学院の大学院長であるカリン・ヤーヒ・ミロはイスラエルで生まれ育った人物で、国際関係論の学者であるが、アメリカに留学する前はイスラエル軍で情報将校を務めていたという経歴を持っている。ネオコンは、強固なイスラエル支持派でもあるということもあり、非常に露骨な人事である。

 ヌーランドがバイデン政権からいなくなるということは、ウクライナ戦争の停戦に向けての動きが出るということだ。アメリカは実質的にウクライナを助けることが難しくなっている。ウクライナ支援を強硬に訴えてきた人物がいなくなるということは、方針転換がしやすくなるということだ。これからのアメリカとウクライナ戦争の行方は注目される。

(貼り付けはじめ)

長年の対ロシアタカ派であるヴィクトリア・ヌーランドが国務省から退任(Victoria Nuland, Veteran Russia Hawk, to Leave the State Department

-仕事熱心な外交官であり、ウクライナ支持を断固として主張してきたヌーランドは、国務省のナンバー4のポストから辞任する。

マイケル・クロウリー筆

2024年3月5日(改訂:3月7日)

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/2024/03/05/us/politics/victoria-nuland-state-department.html

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2021年に連邦上院外交委員会で証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド

国務省で序列4位の高官であり、ウラジーミル・V・プーティン政権のロシアに対する強硬政策を断固として主張してきたヴィクトリア・J・ヌーランドが、30年以上の政府勤務を終えて今月退職する。

アントニー・J・ブリンケン国務長官は火曜日、自由、民主政治体制、人権、そしてアメリカによるこれらの大義の海外での推進に対するヌーランドの「激しい情熱(fierce passion)」を指摘する声明の中で、ヌーランドの国務次官職からの辞任を発表した。

ブリンケンは、ウクライナに関するヌーランドの取り組みを指摘し、それは「プーティン大統領の全面的な侵略に対抗するために不可欠(indispensable to confronting Putin’s full-scale invasion)」であると述べた。

ヌーランドは報道官など国務省の役職を数多く歴任し、ディック・チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副大統領次席補佐官を務めたこともある。しかし、ヌーランドは、プーティンの領土的野心と外国の政治的影響力に対して強い抵抗を組織することを長年主張し、ロシアの専門家として名を残した。

オバマ政権時代には国務省のロシア担当高官として、ウクライナ軍の対戦車ミサイル武装を主張したが失敗したが、バイデン政権ではより多く、より優れたアメリカ製兵器をウクライナに送ることを最も支持してきた。

熟練した官僚的実務家であるヌーランドは、鋭い機知と率直な態度で自分の主張を展開し、同僚から賞賛と恐怖が入り混じった反応を引き出した。ブリンケン国務長官は声明の中で、「彼女はいつも自分の考えを話す」と穏やかな表現を使った。

ヌーランドは2014年、ウクライナ政治に関する電話での通話で、ヨーロッパ連合(European UnionEU)を罵倒するような発言をしたことがきっかけとして、多くの人々に知られるようになったが、その通話は録音され、その録音が流出した。アメリカ政府当局者たちはこの流出をロシアの仕業だという確信を持っている。

バイデン政権下、ヌーランドはアメリカのウクライナ支援に懐疑的な人々の避雷針(lightning rod)となった。テスラの共同創設者イーロン・マスク氏は昨年2月、ソーシャルメディアサイトXに、「ヌーランドほどこの戦争を推進している人はいない」と書いた。

ヌーランドはロシアを弱体化させ、更にはプーティンを打倒しようという共同謀議を企てていると見なされている、ワシントン・エスタブリッシュメントの代理人(化身)としてモスクワで非難された。ロシア政府当局者や露メディアは、2014年初頭にキエフの中央広場で、最終的にクレムリンが支援するウクライナ指導者を打倒した、当時欧州・ユーラシア問題担当米国次官補だったヌーランドがデモ参加者たちに食料を配った様子を常に回想している。

ロシアのセルゲイ・V・ラブロフ外相は昨年、「2014年にウクライナでヴィクトリア・ヌーランド国務次官がテロリストにクッキーを配った後、政府に対するクーデターが起きた」と述べた。ヌーランドさんはクッキーではなくサンドイッチを配ったと語っている。

ヌーランドの辞任は、クレムリン支援の英語ニュースサイトRTによって重大ニューズとして扱われ、トップページに赤いバナーと「ヌーランド辞任」という見出しが掲げられた。

RTはロシア外務省報道官マリア・ザハロワの発言を引用し、ヌーランドの辞任は「バイデン政権の反ロシア路線の失敗」によるものだと述べた。ザハロワは、「ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症(Russophobia)が、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる」と非難した。

ヌーランドは、バイデン政権の最初の2年半の間、国務次官を務めた。その間、国務副長官を務めたウェンディ・シャーマンの退任に伴い、国務副長官代理を兼務して過去1年の大半を費やした。

ヌーランドはシャーマンの後任としてフルタイムで当然の候補者と見なされていた。しかし、ブリンケン長官は、国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)アジア担当トップのカート・キャンベルを国務副長官に抜擢した。キャンベルの国務副長官就任は2月6日に連邦上院で承認された。

ブリンケン長官は、後任が決まるまで国務省のジョン・バス管理担当国務次官が代理としてヌーランドの職務を引き継ぐと述べた。

アナリストの一部は、ロシアのウクライナ侵略がバイデンの外交政策の多くを消耗させたにもかかわらず、キャンベルの選択を、バイデン大統領とブリンケン国務長官がアメリカと中国との関係の管理を最優先事項と考えていることの表れと解釈した。

ヌーランドは先月、人生の何百時間も費やしてきたウクライナの将来について公に語った。

ヌーランドは、ワシントンの戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)での講演で、「プーティ大統領がウクライナで勝利すれば、そこで止まることはないだろうし、世界中の独裁者たちは力ずくで現状を変えようと大胆になるだろう」と警告した。

ヌーランドは、「プーティンは私たち全員を待っていられると考えている。私たちは彼が間違っていることを証明する必要がある」と述べた。

2024年3月7日に訂正:この記事の以前の版ではヴィクトリア・ヌーランドの国務省での序列について誤って記述した。ヌーランドは序列第4位の役職であり、序列3位の外交官である。

※マイケル・クロウリー:『ニューヨーク・タイムズ』紙で国務省とアメリカの外交政策を取材している。これまで30カ国以上から記事を送り、国務長官の外遊に同行している。

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国務省の主要なリーダーであるヴィクトリア・ヌーランドがバイデン政権から離脱(Victoria Nuland, key State Dept. leader, to exit Biden administration

-長年外交官を務めてきたヌーランドはロシアに対する厳しい姿勢で知られていた。クレムリンはヌーランドの反ロシア姿勢を悪者扱いしてきた。

マイケル・バーンバウム筆

2024年3月5日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/national-security/2024/03/05/victoria-nuland-retires/

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2022年、キプロス。記者会見でメディアに対して話すヴィクトリア・ヌーランド

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日、ジョー・バイデン政権の最も強硬なロシア強硬派の1人で国務省序列第3位のヴィクトリア・ヌーランドが数週間以内に退任する予定であり、中東の危機を受けてアメリカ外交のトップに穴が開くと述べた。そしてウクライナでは大規模な大火災が発生する恐れがある。

ヌーランド政治問題国務次官は、以前はバラク・オバマ政権時代に国務省のヨーロッパ担当外交官のトップを務め、国務省の職員たちの間で広く人気があった。時には当たり障りのない態度や用心深さが報われる厳格な官僚制の中で、彼女はありのままの意見とクレムリンに対する厳しいアプローチで際立っており、クレムリンは彼女を悪者扱いした。

ヌーランドはウェンディ・シャーマンの退任後、昨年から7カ月間、国務省序列第2位の役職である国務副長官代理を務めていた。しかし彼女は、先月承認された元ホワイトハウスアジア戦略官トップのカート・キャンベルの国務副長官正式就任を巡る政権内争いに敗れた。バイデン大統領の決定は彼女の辞任の要因の1つであった。今回の人事異動により、国務省の最上級指導者トリオの中に女性は1人も残らないことになる。

ブリンケンは火曜日の声明で、ヌーランドが国務省内の「ほとんどの職」を歴任し、「幅広い問題や地域に関する百科全書的な知識と、私たちの利益と価値観を前進させるためのアメリカ外交の完全なツールセットを駆使する比類のない能力」を備えていたと述べた。

ヌーランドは1990年代にモスクワに勤務し、その後、ヒラリー・クリントン国務長官の下で国務省報道官になるまで、NATO常任委員代表を務めた。2013年末にキエフでクレムリン寄りの指導者に対する抗議活動が発生し、ロシアの不満の焦点となった際、彼女はヨーロッパ問題を担当するアメリカのトップ外交官として、キエフでのアメリカ外交で積極的な役割を果たした。記憶に残るのは、当時の大統領が打倒される前に、彼女がキエフ中心部マイダンでキャンプを張っていた抗議活動参加者たちにクッキーとパンを配ったことだ。

ヌーランドは、ドナルド・トランプが大統領に就任した後の2017年初頭に国務省を離れ、2021年に序列第3位の政治問題担当国務次官として復帰した。

ブリンケンは、ヌーランドの「ウクライナに関する指導層について、外交官や外交政策の学生が今後何年も研究することになる」と述べ、ロシアが2022年2月の侵攻に先立って軍を集結させる中、キエフを支援するヨーロッパ諸国との連合構築の取り組みをヌーランドが主導したと指摘した。

ロシア外務省はヌーランドの退職の機会を利用し、これはアメリカの対ロシア政策が間違っていたことを示す兆候だと宣言した。

ロシア外務省報道官マリア・ザハロワはテレグラムに「彼らは皆さんに理由を教えてくれないだろう。しかし、それは単純だ。バイデン政権の反ロシア路線の失敗だ。ヴィクトリア・ヌーランドがアメリカの主要な外交政策概念として提案したロシア恐怖症は、民主党を石のようにどん底に引きずり込んでいる。」と書いた。

職業外交官で管理担当国務次官を務めるジョン・バスが一時的にヌーランドの代理を務めることになる。

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反ロシア主張で知られる米幹部外交官であるヴィクトリア・ヌーランドが近く退職(High-ranking US diplomat Victoria Nuland, known for anti-Russia views, will retire soon

ブラッド・ドレス筆

2024年3月5日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/international/4509471-victoria-nuland-anti-russia-retire-ukraine/
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2023年1月26日、連邦議事堂にて。連邦上院外交委員会でロシアの侵攻について証言する政治問題担当国務次官ヴィクトリア・ヌーランド(中央)、国際安全保障問題担当国防次官補セレステ・ワーランダー(左)、米国際開発庁(U.S. Agency for International Development)ヨーロッパ・ユーラシア担当副長官エリン・マッキー。

ウクライナへの熱烈な支持と反ロシアで、タカ派の主張で知られるヴィクトリア・ヌーランド政治問題担当国務次官が数週間以内に退任する

アントニー・ブリンケン国務長官は火曜日にこのニューズを発表し、ヌーランドが「私たちの国と世界にとって重要な時期に外交を外交政策の中心に戻し、アメリカの世界的リーダーシップを活性化させた」と称賛した。

ブリンケンは声明の中で、「トリア(ヴィクトリア)を本当に並外れた存在にしているのは、彼女が堅く信じている価値、つまり自由、民主政治体制、人権、そしてそれらの価値観を世界中に鼓舞し推進する、アメリカの永続的な能力のために戦うことへの激しい情熱だ」と述べた。

ヌーランドは30年以上国務省に勤務し、6人の大統領と10人の国務長官の下で様々な役職を務めた。ヌーランドはキャリアの初期に、モスクワの米大使館で働き、モンゴル初の米国大使館の開設に貢献した。

ヌーランドは国務省の東アジア太平洋局にも勤務し、中国の広州に外交官として赴任した。 2003年から2005年まで副大統領(ディック・チェイニー)の国家安全保障問題担当補佐官を務め、その後、NATO常任委員代表を務めた。ヨーロッパ・・ユーラシア問題担当国務次官補を務め、2021年にジョー・バイデン大統領の下で国務次官に就任した。

ヌーランドはおそらく、2014年の事件で最もよく知られている。この事件では、彼女が駐ウクライナ米大使との通話中に「ファックEU」と発言した録音が漏洩し、世界中のメディアの注目を集めた。

ヌーランドのロシアに対する強い主張とウクライナへの支持は、彼女のその後のキャリアを決定付け、その間、キエフで親ロシア派の大統領が追放された後、モスクワがクリミア半島を不法併合した際の紛争で中心的な役割を果たした。

ヌーランドはロシアに対するタカ派的主張を理由に、アメリカの一部の右派から標的にされていた。彼女のコメントは、昨年クレムリンが非武装化されたクリミアに関する彼女のコメントを非難したことも含め、ロシア国内でも厳しい非難を集めた。

それでも、ブリンケンは、自分とバイデン大統領はヌーランドに感謝していると語った。ブリンケンは、彼女が「常にアメリカの外交官を擁護し、彼らに投資し、彼らを指導し、高揚させ、彼らとその家族が彼らにふさわしいもの、そして私たちの使命が求めるものを確実に得られるようにしている」と語った。

ブリンケンは火曜日、声明の中で次のように発表した。「ヌーランドは最も暗い瞬間に光を見出し、最も必要なときにあなたを笑わせ、いつもあなたの背中を押してくれる。彼女の努力は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の全面的なウクライナ侵略に対抗し、プーティン大統領の戦略的失敗を確実にするために世界的な連合を組織し、ウクライナが自らの足で力強く立つことができる日に向けて努力するのを助けるために必要不可欠だった」。

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ヴィクトリア・ヌーランド大使がコロンビア大学国際公共政策大学院の教員に加わる(Ambassador Victoria Nuland Will Join SIPA Faculty

2024年3月6日

https://www.sipa.columbia.edu/news/ambassador-victoria-nuland-will-join-sipa-faculty

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ヴィクトリア・ヌーランド大使は30年以上にわたりアメリカの外交官を務め、最後の3年間は政治問題担当国務次官を務めた。更には2023年7月から2024年2月まで国務副長官代理を務めた。ヌーランドは7月1日付で、コロンビア大学国際公共政策大学院(School of International and Public AffairsSIPA)国際外交実践担当キャスリン・アンド・シェルビー・カロム・デイヴィス記念教授に就任することが決定した。

ヌーランドはまた、国際公共政策大学院国際フェロープログラムの指揮を執る。このプログラムは、国際問題を研究するコロンビア大学の大学院生たちのための学際的なフォーラムを提供するものだ。更には、国際政治研究所(Institute of Global PoliticsIGP)客員教員に加わる。国際政治研究所は、国際政治研究所の使命を推進するための研究プロジェクトを実行する選ばれた学者と実務形で構成されている。

国務次官として、ヌーランドは地域および二国間政策全般を管理し、とりわけ世界中のアメリカ外交使節団を指導する国務省の複数の地域部門を監督した。

2021年に国務次官に就任する前、ヌーランドは民間のコンサルタント会社であるオルブライト・ストーンブリッジ・グループの上級顧問を務めていた。彼女はまた、ブルッキングス研究所、イェール大学、民主政治体制のための全米基金(National Endowment for DemocracyNED)でも役職を務めた。

国際公共政策大学院長カリン・ヤーヒ・ミロは次のように述べている。「ヴィクトリア・ヌーランド大使を私たちの教員として迎えられることを大変光栄に思う。ワシントンおよび海外での経験を反映した彼女の、苦心して獲得した多様な専門知識は、私たちの教室の教員として、また政策活動のリーダーとしての彼女の貢献をさらに高めることになるだろう。民主党と共和党の両政権の下で勤務した高官として、トリア(ヴィクトリア)は党派間の隔たりを乗り越える能力を実証しており、あまりに分断されている現在の社会を考えると、彼女は生徒たちのモデルとなるだろう。私は国際公共政策大学院コミュニティ全体を代表して、彼女を迎えることができて本当に嬉しく思う」。

ヌーランドの国務省からの退職は、3月5日にアントニー・J・ブリンケン米国務長官によって発表された。ヌーランドはオバマ政権下、国務省報道官(2011年5月-2013年4月)、ヨーロッパ・ユーラシア担当国務次官補(2013年9月-2017年1月)を務めた。国務省報道官時代は、当時のヒラリー・クリントン国務長官に直接仕えた。ヒラリー・クリントンは現在、国際公共政策大学院付属の国際政治研究所教職員諮問委員会委員長を務めている。

ヌーランドは、2005年6月から2008年5月まで、ジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領の下で、アメリカ合衆国NATO常任委員代表を務めた。

ヌーランドは、ロシア語とフランス語に堪能であり、ブラウン大学で学士号を取得した。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『』(徳間書店)を発刊しました。2024年の世界で注目を集める、ウクライナ戦争、パレスティナ紛争、米中関係、アメリカ大統領選挙とアメリカ政治について網羅的にまとめました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 ジョー・バイデン政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官ジェイク・サリヴァンが、シカゴ大学教授ジョン・ミアシャイマーとハーヴァード大学教授スティーヴン・ウォルトを批判している論稿をご紹介する。ジョン・ミアシャイマーについては、最新刊『』でも詳しくご紹介している。スティーヴン・ウォルトは、このブログでもよくご紹介している。両教授は、国際関係論(International Relations)という学問分野の大物であり、リアリズムという学派に属している。また、アメリカとイスラエルとの関係、アメリカ国内の親イスラエル勢力を分析した『イスラエル・ロビー』の著者としても知られている。サリヴァンは、民主党系の外交政策専門家であり、私は1作目の著書『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)でいち早く注目した。
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ジェイク・サリヴァン
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スティーヴン・ウォルト(左)とジョン・ミアシャイマー

 サリヴァンは、両教授それぞれの著作の内容や主張について、反対論を展開している。その反対論の内容は、アメリカが世界の警察官を辞めてしまうのは駄目だ、世界各国の民主化を合法・非合法の手段で推進すべきだ、中国とロシアに対しては厳しい態度で、その権威主義的な政治スタイルの転換を求めるべきだ、アメリカが外交的な力を維持するために、アメリカ軍の規模や世界転換を維持すべきだという内容だ。これらの主張は、民主党のヒラリークリントン系の「人道的介入主義派(Humanitarian Interventionism)」の主張そのものである。著書『アメリカ政治の秘密』で私は、あメリカ外交の潮流を「リアリズム(民主・共和)対共和党系のネオコンサヴァティヴィズム(Neoconservatism)・民主党系の人道的介入主義」の対立と分析した。この論稿の構造も、「ミアシャイマーとウォルト(リアリズム)対サリヴァン(人道的介入主義)」である。

 アメリカの国力や影響力が落ちており、世界の警察官としての役割を維持することはできない。バラク・オバマは大統領在任中にそのことをはっきりと述べている。しかし、民主党系の外交政策コミュニティは、今でも世界中を民主化し、非民主的な体制の国々の体制転換(regime change)を行おうと必死だ。しかし、そのような彼らの目的は既にばれている。そして、彼らの願いと実際の国力や影響力との間の乖離は大きくなるばかりで、その乖離はやがてアメリカに大きな災厄をもたらすことになる。アメリカの力を維持しようとあがけばあがくほどに、アメリカは苦しむことになる。

(貼り付けはじめ)

より多くかより少なくか、あるいは違うことをするか?(More, Less, or Different?

-アメリカの外交政策はどこへ向かうべきか、そしてどこへ向かうべきでないか

ジェイク・サリヴァン筆

2019年1・2月号(発行日:2018年12月11日)

『フォーリン・アフェアーズ』誌

https://www.foreignaffairs.com/reviews/review-essay/2018-12-11/more-less-or-different

2016年11月以来、アメリカの外交政策コミュニティ(foreign policy community)は自己探求の長期的な旅に乗り出し、リベラルな国際秩序の過去、現在、未来、そしてアメリカがどこに向かうのかという関連問題に関する論稿でこのような出版物のページを埋め尽くしている。大戦略(grand strategy)はここから始まる。一般的な感情は、同じことだけを求めるものではない。大きな問題は、ここ何年もなかった形で議論の対象となっている。アメリカの外交政策の目的は何だろうか? 対応するアプローチの変更を必要とする根本的な変化が世界に起きているだろうか?

この真剣で思慮深い会話に、スティーヴン・ウォルトとジョン・ミアシャイマーがそれぞれ新しい本を携えて登場し、それぞれがアメリカ外交政策の失敗についての長年の議論を新たな激しさで展開している。ウォルトの著書は『善意の地獄:アメリカの外交政策エリートと米国の優位性の衰退(The Hell of Good Intentions: America’s Foreign Policy Elite and the Decline of U.S. Primacy)』というタイトルであり、ミアシャイマーの著書は『大いなる妄想:リベラルな夢と国際的な現実(The Great Delusion: Liberal Dreams and International Realities)』というタイトルだ。タイトルは、民主政治体制の促進(democracy promotion)、人道的介入(humanitarian intervention)、国家建設(nation building)、NATOの拡大(NATO expansion)に反対するという、彼らが展開する主張についての明確なヒントを与えている。彼らの主張とは制限とオフショア・バランシング(restraint and offshore balancing)である。

2冊の本はそれぞれ、何か新しいことが含まれている。ウォルトの著書には、外交政策コミュニティに対する広範な攻撃が含まれており、様々な病理に囚われて国を迷わせている聖職者たちの暗い絵が複数の章にわたって描かれている。一方、ミアシャイマーは政治理論に目を向け、リベラリズム、ナショナリズム、リアリズムの関係を探求する。リベラリズムはナショナリズムとリアリズムに変更を加えたり、廃止したりすることはできず、この3つが交わる場合には、後者の2つが前者よりも優先される、と彼は主張している。ミアシャイマーは、アメリカ政治で理解されているようなリベラリズムではなく、古典的な意味でのリベラリズムについて語っていることをわざわざ強調しているが、「ソーシャルエンジニアリング(social engineering)」に対する彼の繰り返しの攻撃は、彼がそれを両方の意味で使っている可能性があることを明らかにしている。ミアシャイマーにとって、 3つの主義(isms)は最終的に、リベラルな覇権戦略(strategy of liberal hegemony)は必ず失敗する、そして実際にアメリカに失敗をもたらしているという結論に達するための代替ルートを提供する。

著者2人は多くの正当な指摘を行っている。しかし、彼らの本には、イラク戦争のような明らかな間違い(clear mistakes)と、外交政策のような面倒なビジネスではよくある不完全な選択肢から生じる欠陥のある結果(flawed outcomes)とを区別できないという問題もある。彼らはまた、あまりにも頻繁に風刺画の誘惑に負けて介入について揶揄し、制度構築(institution building)を軽視するが、これは冷戦後のアメリカのアプローチのより永続的かつ広範な特徴であった。しかし、最大の失望は、どちらの著者も、現在外交政策コミュニティを巻き込んでいる新たな議論や、アメリカの今後の戦略に関するやっかいな疑問に実際には取り組んでいないことだ。

●悪意と集団(BAD FAITH AND THE BLOB

ウォルトとミアシャイマーは、長い間、外交政策論議の中心的存在であった。2007年に単行本として出版されたアメリカ・イスラエル関係に関する2人の共同論争はさておき、2人は言論に不可欠な偶像打破(因習破壊、iconoclasm)を提供し、前向きな外交政策を支持する人々に、議論を研ぎ澄ませ、間違いについて考えさせ、彼らが避けて通りたいような難しい問題に直面させてきた。ミアシャイマーは、この新著を含め、あまりに多くのリベラルな国際主義者たち(liberal internationalists)が、ナショナリズムとアイデンティティの永続的な力と闘うことに失敗してきたことを指摘するのに、とりわけ力を発揮してきた。最近の歴史は、ミアシャイマーがより正しく、アメリカ外交がより間違っていることを証明している。この点や他の多くの点に関して、実務家たちはこれらの学者(そして学界全般)に対して、たとえ最終的に同意することにならなくても、より多くの意見を聞き、より徹底的に検討する義務がある。同じ意味で、これらの学者たち(そして学界全般)は、政策立案者たちに対して、立案者たちがたとえ決定において多くの失敗するにしても、誠意と誠実な奉仕を行う義務がある。

これが、ウォルトの議論の新たな側面を非常に厄介なものにしている理由だ。ウォルトは、彼の軽蔑の対象である「外交政策コミュニティ」を「定期的に国際問題に積極的に関与する個人および組織」と定義している。それより広い定義を思いつくのは難しい。しかしその後、ウォルトは多くの名前を挙げる。彼はシンクタンク、擁護団体、財団、そして「ブロブ(集団、blob)」を構成する特定の個人のリストでページを埋め尽くしているが、この用語はもともとオバマ政権で国家安全保障問題担当大統領次席補佐官だったベン・ローズが作った用語だが、ウォルトは繰り返し受け入れ、引用している。そして、彼の本のタイトルには「善意(good faith)」というフレーズが出てくるが、彼はそれ以外のものを考えている。「外交政策の専門家のほとんどは真の愛国者である」という必須の条件を付けた上で、ウォルトは彼らの意思決定の重要な動機と考えられるものに焦点を当てている。ウォルトは次のように書いている。

「アメリカ政府が海外で忙しくなればなるほど、外交政策の専門家の仕事は増え、世界的な問題への対処に充てられる国富の割合も増え、彼らの潜在的な影響力も大きくなる。外交政策がより抑制的になれば、外交政策コミュニティ全体の仕事は減り、その地位や存在感は低下し、著名な慈善団体の中には、こうしたテーマへの資金提供を減らすところも出てくるかもしれない。この意味で、リベラルな覇権主義と絶え間ないグローバルな活動は、外交政策コミュニティ全体にとっての完全雇用戦略を構成している」。

完全な開示を行う。ウォルトは間違いなく私にこのグループに分類しているようだ。したがって、私は彼の非人道的な主張を完全に客観的に評価することはできない。しかし、経験と常識から、それはまったく間違っていることが分かる。ウォルトは、国防総省や国務省やシチュエーション・ルームで、積極的な外交政策が国益と国際平和と進歩に関する世界大義にかなうと心から信じている外交官や公務員(もちろん政治任命者たち)と並んで働いたことはない。もしそうなら、彼は何がこれらの当局者を駆り立てているかについての見解を修正するだろうと私は確信している。

政府の行動に偏りがあるのは事実だ。しかし、ウォルトは、実務家たちが直面する決断にどれだけ苦悩しているか、そして何かを増やすか減らすか、あるいは違うことをすることのメリットについてどれほど熱心に議論するかを学ぶことになるだろう。自分の主張に反して、中東からの撤退に関するウォルト自身の考えを含め、非正統的な考えが実際にワシントンで審議されること、そして彼の提案が政策にならないのは、考慮されないからではないということに彼は驚くだろう。ウォルトは、因果関係の連鎖が、彼が想定しているものとは逆の方向に走っているという証拠を見つけるだろう。政策立案者たちは、外交政策が彼らの職業であるため、より野心的なアプローチを主張しない。彼らは、外交政策が野心的なことを達成できると信じているため、外交政策を自分の仕事にする傾向がある。実務家たちが学界にいる批評家たちを風刺することは、何の利益にもならない。逆も同様だ。

ウォルトは、外交政策の専門家たちの意図や動機が、彼らの見解が不変であることを意味し、彼らが学び、適応し、成長することができないという主張は間違いである。

ウォルトは、集団(ブロブ、blob)に悪意があると決めつけることで、2016年以降の外交政策コミュニティの変化を見逃している。彼は、ワシントンの外交政策協議があまりにもしばしば集団思考(groupthink)にとらわれてきたこと、従来の常識がいかに硬化し、そこから逸脱することがいかに困難であるか、地政学的傾向や民主政治体制の生来の魅力に関する多くの基本的前提があまりにも長い間当然のものとされてきたことなどについて、合理的な指摘をしている。しかし、外交政策の専門家たちの意図や動機が、彼らの見解が不変であることを意味し、彼らが学び、適応し、成長することができないというのは間違いである。

ウォルトもミアシャイマーも、ワシントン外交政策のコンセンサスにおける最近の重心の変化を無視している。2018年の討論会の内容は2002年の討論会の内容と同じではない。例えば、アメリカのイラク侵攻に対する彼らの情熱的な主張は、時間が経ったように凍結されているように見える。外交政策コミュニティのほとんどは、中東で再び選択の余地がある紛争が起こることに反対するだろう。現在の議論は、直接的な軍事力への依存を減らし、効果的な対テロ戦略をどのように追求するかについて争われている。国内への投資を重視する必要があるという彼らの主張にも同じことが当てはまる。2016年以来、リベラルな国際主義者たち(liberal internationalists)は外交政策と国内政策の関係についてより明確に考察するようになった。

●火星出身の政策立案者たち(POLICYMAKERS ARE FROM MARS

政策立案者たちにとって、ウォルトとミアシャイマーをどう扱えばいいのかが分からないことが多い。彼らは、ヨーロッパからの軍事的撤退のような思い切った行動によるバラ色の結果を含め、そのアプローチについて、彼らが描くリベラルな国際主義者(liberal internationalists)の誇張された肖像に似た確信をもって約束する。そして、彼らの議論のスタイルは、現在の問題を煽ることだ。彼らは、あらゆる問題、悲劇、予期せぬ副作用の責任をアメリカの意思決定者たち(U.S. decision-makers)になすりつける一方で、到達した成果や回避された災難はすべて当然だと考える。そのため、意図しない結果につながる行動は、意図しない結果につながる不作為とは異なる扱いを受ける。リビアへの介入は、ヨーロッパにおける難民危機に予期せぬ形で貢献したが、シリアへの介入の欠如もそうだったかもしれない。

これらの断絶が核心的な課題の一因となっている。学者たちの批評に対して政策立案者たちが行う議論は、全て反事実に寄りかからざるを得ない。もしワシントンがNATOを拡大していなかったら、現在ウクライナで起きていることはバルト海沿岸やポーランドで起きていただろうか? もし1990年代に日本から撤退していたら、今中国に対してどのような対応を取ることができていただろうか? 「もっと悪いことが起きていただろう!」というのは、議論の場では決して楽しい主張ではない。戦後のドイツと日本のケースを考えてみよう。ミアシャイマーは彼の著作の中盤でほんの少し言及しただけで、それを軽視している。もしアメリカが1945年にウォルトとミアシャイマーの処方箋に従ってアメリカ軍を撤退させ、ヨーロッパとアジアに自国の問題を自力で解決させていた場合の20世紀後半を想像してみて欲しい。そうであれば、この地域は現在とははるかに違った様相を呈していただろうし、おそらくははるかに暗い様相を呈していただろう。

ウォルトとミアシャイマーの基本的な戦略的前提は、アメリカの撤退はおそらく世界をより危険なものにするだろうが、その地理的条件とパワーを考えれば、アメリカは結果として生じるリスクを回避することも、有利になるように操作することもできる、ということのようだ。この論理の厳しさはさておき、それが正しいかどうかは全く分からない。ウォルトは、20世紀前半のオフショア・バランシング[offshore balancing](ウォルトが好む地域安全保障への手をかけないアプローチ)には「安心できる歴史(reassuring history)」があることの証明として、20世紀前半の例を挙げている。しかし、アメリカを巻き込むことが必至となった2つの破滅的な世界大戦以上に心強いものがあるだろうか。1930年代を成功とするアプローチを受け入れるのは難しい。

政策立案者たちとこの2人の学者の会話が火星と金星のような関係にある理由は他にもある。ウォルトとミアシャイマーは、世界各地からアメリカ軍をアメリカ本国に帰還させ、トラブルが発生したときに再びアメリカ軍を派遣するためにかかる費用をごまかすことができる。ウォルトとミアシャイマーは、イランのような国が核兵器を保有することで生じる不安定性を軽視することができる。一方、政策立案者たちは、地域の軍拡競争やテロリストの手に爆弾が渡る可能性など、最悪のシナリオを考える。アメリカの外交政策からリベラリズム(liberalism)を排除することを主張することはできるが、政策立案者たちは、アメリカの戦略だけでなく、アメリカのシステムがリベラリズムを指し示しているという事実に対処しなければならない。例えば、ニューヨーク・タイムズ紙は中国共産党の汚職調査を止めようとはしないし、パナマ文書の公開はNATOの拡張と同様にロシアのプーティン大統領の怒りを買った。最後に、ウォルトがジョージ・W・ブッシュ大統領、バラク・オバマ大統領、ドナルド・トランプ大統領は外交政策へのアプローチにおいて基本的に見分けがつかないと書くとき、彼は極端な一般性のレヴェルで行動しており、その分析は意味を失っている。

しかし、ある意味、そんなことは気晴らしのようなものだ。現実主義者たち(realists)とリベラルな国際主義者たち(liberal internationalists)の間の戦線(battle lines)は、あまりにもよく描かれており、議論もよくリハーサルされているので、今さら多くを付け加えることは難しい。過去25年間、ワシントンがウォルトとミアシャイマーのアプローチを採用していたら、現在の状況はどうなっていたかをめぐって争うことは、今後25年間、ワシントンが何をすべきかを議論することほど生産的ではない。また、政策立案者たちがいくつかの単純なルールに従いさえすれば、物事を正しく進めるのは簡単だと主張する一方で、ミアシャイマーとウォルト両著者は今日のアメリカ外交の中心的な議論、つまり、集団(ブロブ、blob)が2016年以来格闘している厄介な問題については驚くほど何も語っていない。

第一は、悪化する米中関係をどのように形成し、対立に転じることなく、アメリカの利益を増進させるかである。中国をアメリカ主導の秩序に統合することを前提とした、アメリカの戦略コミュニティにおける「責任ある利害関係者(responsible stakeholder)」たちのコンセンサスは崩壊した。新たなテーマは、ワシントンは中国を見誤ったということであり、今日の合言葉は「戦略的競争(strategic competition)」である(ただし、中国がソ連と違って失敗する運命にある訳ではないと仮定するならば、何のための競争なのかは明確でない)。中国に対する好意的な見方から暗い見方へと、振り子(pendulum)がこれほど速く揺れ動くのを見るのは幻惑的である。このような新しい状況下でどのように行動すべきか、という指針は、驚くほど不足している。

ウォルトは基本的に両手を上げて、「アジアはアメリカのリーダーシップが本当に「不可欠な(indispensable)」唯一の場所かもしれない」と書いている。("indispensable " "leadership "という言葉が大嫌いなウォルトにとって、これは極めて重要な発言である)。もしウォルトが、現代最大の国家安全保障問題に例外を設けなければならないのであれば、彼のアプローチ全体を見直す必要があることを示唆している。流行する前から中国タカ派だったミアシャイマーは、中国に関してはリアリズムと自制は乖離せざるを得ないと主張してきた。しかし、この最新刊では、「リベラルな覇権(liberal hegemony)」を破壊することに固執するあまり、中国の台頭の継続を応援している。国際システムから見た議論としては正しいかもしれないし、そうでないかもしれないが、国益を考えるアメリカの政策立案者たちにとっては特に有益ではない。また、どちらの著者も、政策立案者たちが伝統的な安全保障上の考慮事項と同様、経済、テクノロジー、アイデアに関する新たな分野での競争に備える助けにもなっていない。地政学(geopolitics)がサイバースペース、宇宙、経済、エネルギーなど、拡大する領域にわたって展開される中で、これは彼らの分析における深刻なギャップである。

この欠陥は、第一の問題と表裏一体となった第二の難問につながる。それは、 アメリカの主要な競争相手は、どの程度組織的に非自由主義(illiberalism)を輸出しているのか、そしてアメリカの戦略にとってどのような意味があるのか。アメリカ進歩センター(Center for American Progress)のケリー・マグザメンと共著者たちのような専門家たちは、中国とロシアがともに権威主義モデル(authoritarian models)を維持するという最優先の目的を持っていることをより強調している。ブルッキングス研究所のトーマス・ライトが言うように、中国とロシアは「権威主義にとって世界をより安全な場所にするために、自由で開かれた社会(free and open societies)を標的にするという目的を共有している」のであり、したがって、アメリカの外交政策は、大国間競争(great-power competition)の中で、民主政治体制の擁護を最重要視する必要がある。

ウォルトもミアシャイマーも、アメリカの主要な競争相手は主として現実主義的な考えに従って行動しており、国内政治は主要な要因ではないと仮定している。その結果、ミアシャイマーが言うように、アメリカの「民主政治体制を広めようとする衝動」に対して後ろ向きとなる批判を展開し、ますます野心的で、組織化され、効果的になっていく独裁政権から民主政治体制を守るという課題にはあまり触れていない。外交政策コミュニティの新たな診断は間違っているかもしれないし、誇張されているかもしれないが、もしそうなのであれば、この2人の著者はどちらもその理由を説明していない。アメリカの競争相手がアメリカの経済・政治システムに圧力をかけるために行っている、直接的な選挙干渉(direct election interference)から、影響力を高めるための手段として汚職(corruption)や国家資本主義(state capitalism)を戦略的に利用することまで、さまざまな慣行を扱っていない。そして、現在流行しつつある診断が正しいとすれば、NATOを解体し、ヨーロッパから撤退し、志を同じくする同盟諸国にアメリカからの恩寵を獲得するよう指示するという彼らの望ましい戦略は、本当に論理的な次のステップとなるのだろうか?

ミアシャイマーは、「海外でのリベラリズムの追求は、国内でのリベラリズムを弱体化させる」と主張している。しかし、国内での影響(盗聴、政府機密、「ディープ・ステート」)に関する彼が提示する現代の例は、テロとの戦いに関するものであり、リベラルなプロジェクトとは言い難い。このことは、3つ目の難しい問題を提起している。テロリズムがもたらす客観的な脅威と、アメリカ国民が感じる主観的な脅威とのギャップに、意思決定者はどのように対処すべきなのか? ウォルトもミアシャイマーも、より平和主義的な国民を対外的な軍事的冒険に引きずり込む、血に飢えた外交政策共同体の精巧な風刺画を描いている。しかし、海外でのテロとの戦いとなると、リベラルな国際主義(liberal internationalism)に懐疑的な政治家たちに後押しされた国民は、テロリズムを軍事力の行使を必要とする緊急の、さらには存亡にかかわる優先事項であると考える。外交政策コミュニティは、そのような要求を推進するというよりも、むしろそれに応えつつある。

オバマのイラクでの経験について考えてみよう。2011年、オバマはウォルトとミアシャイマーの脚本を参考に、アメリカ軍を残らず撤退させた。そして2014年夏、ISIS(イスラム国)がモスルに押し寄せ、アメリカ国民の意識の中心に躍り出た。オバマ大統領の国家安全保障ティームにいた私たちは、アメリカ軍の武力で対応すべきかどうか、どのように対応すべきかについて活発な議論を交わした。2人のアメリカ人ジャーナリストが斬首された後、国民はISISを封じ込めるためではなく、ISISを打ち負かすための迅速かつ決定的な行動を求めた。ISISを封じ込めるためではなく、ISISを打ち負かすための、迅速かつ決定的な行動を求めた。しかし、テロ問題の政治的側面と、扇動者に影響されやすいという性質は、政策立案者がテロを他の国家安全保障上の課題とは異なるカテゴリーに位置づけなければならないことを意味し、脅威の客観的尺度には限界があるということである。今後数年間の戦略や資源に関する議論では、このダイナミズムをいかに管理するかが重要になる。ウォルトにとってもミアシャイマーにとっても、これは盲点(blind spot)である。

もう1つの盲点は、政策立案者たちが現在取り組んでいる4つ目の問題だ。それは、国家間の地政学的な競争が激化し、各国から力が拡散していく中で、政策立案者たちは、全ての国家が共有する主要な脅威に対処するための効果的なメカニズムをどのように設計すればよいのだろうか? 気候変動、疫病の流行、大量破壊兵器の拡散、そして再び世界的な経済危機が起こるリスクに対処するためには、協力が必要である。少なくとも、このような集団行動を動員するという文脈においては、ミアシャイマーは、外交政策コミュニティの多くの人々の動機となる理論が、古典的自由主義よりも、制度(institutions)、相互依存(interdependence)、法の支配(rule of law)を重視する古典的共和主義(classical liberalism)に近いかもしれないことを見逃している。また、ウォルトもミアシャイマーも、アメリカのリーダーシップなしには、あるいは健全な制度に根ざした健全なルールなしには、あるいは非国家主体や準国家主体の役割を考慮することなしには、このような協力がどのように実現するかについて説得力のある説明をしていない。

ウォルトとミアシャイマーは共に、効果的な外交に敬意を表しているが、どちらもアメリカの大幅な縮小がアメリカの外交遂行能力を損なうことはなく、どのように強化するのかについて、信頼できる説明を与えていない。例えば、ウォルトはイラン核開発に関する合意を気に入っているようだが、壊滅的な制裁と軍事力による確かな脅威が合意の実現に果たした役割についてはほとんど評価していない。外交における安心感と決意を示すことは、アメリカ軍を世界規模に展開することの重要な利点であり、それがウォルトにとって、リビアのような間違いを犯しにくくすることと、成功した外交に従事しやすくすることのどちらをより重視するのかという疑問を生む。イランとの交渉のような外交の成功とは何を意味するのか?

ウォルトとミアシャイマーが指針を示さなかった最後の分野は、人道的介入(humanitarian intervention)の将来についてである。これは驚くべきことだ。過去25年間を経て、ワシントンは、人道的な理由によるアメリカの軍事介入に必要な条件があるとすれば、それは何なのかという問いに取り組んでいる。過去の介入を批判することは、リベラルな国際主義に反対する両学者にとって中心的な柱となっている。しかし、両者ともそのような介入は決して試みるべきではないと言い切ってはいない。ミアシャイマーのリビア作戦に対する批判は、大虐殺を止めるためにアメリカが介入すべきではなかったというものではない。それどころか、虐殺の脅威は「偽りの口実(false pretext)」、つまり全てでっち上げだったと断じている。これは彼にとって、本当の問題を避けるための都合のいい方法である。

ウォルトに関しては、「戦争を防止し、大量虐殺を食い止め、他国を説得して人権パフォーマンスを向上させる」ためにアメリカの力を行使することには、驚くほど肯定的である。実際、彼は「(1)危険が差し迫っており、(2)アメリカに予想されるコストが控えめで、(3)アメリカの人命に対する外国の人命の重要度が高く、(4)介入が事態を悪化させたり、無制限の関与につながったりしないことが明らかな場合には、大量殺戮を阻止するために武力を行使することを容認する」という。これらは、過去四半世紀にわたってアメリカが追求してきた人道的介入のそれぞれに、政策立案者たちが適用してきたのと同じ基準である。(イラクは人道的理由による戦争ではなかったので別のカテゴリーに属する)。冷戦後の様々な介入は、主として最初の3つの基準を満たすものであった。ウォルトは4つ目の基準について、これ以上の指針を示していない。この基準は、行動すべきか(リビア)、行動すべきでないか(シリア)をめぐる議論の大半を占め、困難なトレイドオフの大半はここにある。人道的介入にも戦略的動機がありうることを、どちらの学者も考慮していないという問題もある。シリアを焼け野原にすることは、大量の人命を失う危険性があるだけでなく、ウォルトとミアシャイマーが重要と考えている1つだけでなく2つの地域(ヨーロッパとペルシャ湾)を不安定化させる危険性もある。

●新たな収束(THE NEW CONVERGENCE

これら難問のリストは、全てを網羅しているとは言い難い。トランプ時代は、より広範な国際環境の変化とともに、多くの仮定を再び議論の対象としている。特にウォルトは、進歩主義者、自由主義者、そしてアカデミックな現実主義者が、リベラルな国際主義者を打ち負かすために力を合わせる絶好の機会だと考えている。実際の潮流は別の方向に進んでいるようだ。ヴァーモント州選出のバーニー・サンダース連邦上院議員やマサチューセッツ州選出のエリザベス・ウォーレン連邦上院議員による外交政策論評をはじめ、最近の多くの論考は、左派と中道の一種の収束への道を指し示している。この収束は完全なものとは言い難いが、いくつかの共通の優先事項が明らかになりつつある。国際経済政策の分配効果に対する関心の高まり、汚職や泥棒政治(クレプトクラシー、kleptocracy)、ネオファシズムとの闘いへの集中、軍事力行使よりも外交の重視、民主的同盟国への永続的な関与などである。おそらく最も重要なことは、左派と中道が、リベラル・プロジェクトの多くの成功が、世界的な貧困と疾病に対する進歩や、フランスとドイツの間の永続的な平和のように、競争する運命にあるのではなく、ヨーロッパ連合(EU)を形成するという、深遠なものであったという事実に対する認識と、この認識を共有しつつあることである。

このことは、ウォルトとミアシャイマーが今後の議論において果たすべき役割を否定するものではない。第一原則を重視する彼らの姿勢は、多くのことが争点となっている現在、特に重要である。異なる考え方をするようにという彼らの忠告は、変化の激しい時代には有益である。政策立案者たちはこれらの本を読み、彼らの主張を慎重に検討すべきである。そして、ウォルトとミアシャイマーは、誠意と好意を持って、この先数十年にどのように取り組むべきかについて、政策立案者たちと難問に取り組む機会を歓迎すべきだ。

※ジェイク・サリヴァン:カーネギー国際平和財団上級研究員。2011年から2013年まで国務省政策企画本部長、2013年から2014年まで国家安全保障問題担当米副大統領補佐官を務めた。

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 古村治彦です。

 ヘンリー・キッシンジャーは100歳となった。キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官、米国務長官を務めてから半世紀ほどが経つ。この50年ほどはコンサルタントというか、ネットワーカーとして活躍し、世界各国の最高首脳たちに具体的な指針を与えている。現在も移動は車椅子であるが、世界各地を飛び回っている。最近では日本を訪問し、岸田文雄首相とも会談している。
henrykissinger101

 「キッシンジャーなんてまだ生きているの?」「過去の人でしょ?」「もうそんなに影響力なんてないでしょ」ということを言う人は多い。そして、下の論稿の著者であるスティーヴン・M・ウォルトも「どうしてそんなに評価されるのだろうか」という疑問を持っているようだ。ウォルトに言わせれば、キッシンジャーのキャリアには、学者、政府高官、コンサルタントの3つの場面があるが、学者としての業績(新しい考えや理論の提示)は中途半端で終わり、国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官としての業績は確かにあるが、失敗もある。政府を離れてからのコンサルタント(キッシンジャー・アソシエイツ創設)からの方が50年ほどと最も長いキャリアであるが、政策提言など敗退したことはない、という評価になる。

 キッシンジャーの業績は「裏側(behind the scene)」でこそ発揮される。だから、表に出てくる内容だけで判断するのは、正確な判断ではない。彼の一挙一投足が報道されることはないが、漏れ伝わる動きは世界政治の勘所を抑えている。肝心な場所(ツボ、経絡)に適宜鍼を打つ鍼灸医のようなものだ。東洋医学のように、じんわりと効果が出てくる。それが現在の世界の状況だ。米中関係、米露関係が危険をはらみつつも、最終的な手切れまで進まないのはキッシンジャーの手当てがあるからだ。彼の米国内、海外に張り巡らせた人脈のおかげだ。

 キッシンジャーの抱える弱点は、彼の同程度の力を持つ後任者がいないことだ。キッシンジャーも人間であり、いつかは亡くなる。彼亡き後に誰がキッシンジャーと同じ役割を果たせるだろうか。管見ながら、私には彼の後任となり得る人物は思いつかない。そうなれば、大きく言えば、リアリズム側の力が弱まり、ネオコン(共和党)と人道的介入主義派(民主党)の力が大きくなる。目の上のたんこぶがいなくなり、これら2つの勢力が伸長することで、世界は大規模戦争の危機に直面する。その準備は進められている。NATOのアジアへの伸長はその一例だ。

 キッシンジャーをただの学者やコンサルタントと侮るのは間違いだ。また、「キッシンジャーは日本が嫌いなんでしょ」と訳知り顔に言うのも浅薄な態度である。キッシンジャーはそのような低次元の存在ではない。そもそも日本など世界から相手にされていないのだ。老人ばかりになって、金がなくなっていく日本にどれだけの価値があるのか。せいぜい中国の沿岸にべたっと張り付く空母、基地といったところだ。国際ゲームのプレイヤーではなく、コマ程度の存在だ。そういう認識を持って世界を眺めて、初めてキッシンジャーの凄さが少し分かるようになる。

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ヘンリー・キッシンジャーの評判の不思議に関する問題を解決(Solving the Mystery of Henry Kissinger’s Reputation

-元米国務長官は天才だ、しかしそれは読者の皆さん方が考えるような形ではない。

スティーヴン・M・ウォルト筆
2023年6月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/06/09/henry-kissinger-birthday-reputation-foreign-policy/

ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官に関して、この1ヵ月間、ニューヨーク経済クラブやニューヨーク公共図書館でのプライヴェートイヴェントなど、何度も100歳の誕生日のお祝いが開かれ、多くのVIPが出席している。この光景は、キッシンジャー独自のステータスを雄弁に物語るものだ。外交官のディーン・アチソン、ジョージ・ケナン、ジョージ・シュルツはもちろん、生きている間にこれほどの扱いを受けた政治家はほとんどいない。歴代大統領もそうだ。

キッシンジャーについて考える際、誰でも認めることであるが、彼は驚くべき人生を歩んできた。ナチス・ドイツからの難民でありながら、やがてアメリカで権力の頂点に立ち、70年近くもアメリカの外交政策に大きな影響を与え続けてきた。1世紀の時を経て、キッシンジャーはアメリカが生んだ最も偉大な戦略的思想家であると称賛されるようになった。彼の名前は、外交問題評議会や議会図書館のフェローシップ、いくつかの大学の寄付講座や研究センター、そして彼の名を冠したコンサルティング会社にも刻まれている。101歳を迎えてなお、これほどまでに世間の注目を集める人物は他にいない。

しかし、キッシンジャーの素晴らしい人生の中心には、難問がある。 キッシンジャーは、現在、独特の深みと知恵と洞察力を備えた外交政策思想家として常に賞賛されているが、その長いキャリアは、彼の崇拝者たちが考えているほど印象的なものではないように見える。キッシンジャーが恐るべき知性と卓越した業績を持つ人物であることは、彼の最も厳しい批判者たちでさえ認めるところであるが、問題は、1世紀を経て得た評価が十分に正当化されるかどうかである。

これが「キッシンジャーの難問(Kissinger conundrum)」である。なぜ、キッシンジャーは畏敬の念を持たれ、彼自身が世界情勢を掌握し、他の誰よりも優れているかのように扱われるのだろうか?

この謎を理解するためには、キッシンジャーの職業上のキャリアを3つのセクションに分けることが有効である。第1段階は、ハーヴァード大学で1954年から1969年まで教鞭を執った研究者としてのキャリアである。第2段階は、リチャード・ニクソン大統領(当時)の国家安全保障問題担当大統領特別補佐官、ニクソンとニクソンの後継者ジェラルド・フォードの国務長官と国家安全保障問題担当大統領補佐官として、政府で活躍したキャリアである。第3段階は、著者、評論家、有識者としてのキャリアであり、その多くは、政府を離れた後に設立したコンサルティング会社キッシンジャー・アソシエイツの代表として行われたものである。

キッシンジャーは、ハーヴァード大学の学者として、数冊の本と多くの論文を発表し、ネルソン・ロックフェラーや外交問題評議会(CFR)との長いつきあいを開始した。いくつかの著書は広く注目されたが、結局、この時期の彼の学問への貢献は大きなものではなかった。彼の初期の著作はどれも古典という評価に値するものではなく、今日、学者たちに広く読まれ、議論されているものもほとんどない。ハンス・モーゲンソーやケネス・ウォルツのようなリアリストの著作は、国際関係の学術的研究に今なお長い影響を与えているが、キッシンジャーの学術的著作(最初の主著『回復された世界平和(A World Restored)』を含む)は、そうではない。キッシンジャーは核兵器についても多くの著作を残したが(1957年にベストセラーとなった『核兵器と外交政策(Nuclear Weapons and Foreign Policy)』を含む)、グレン・スナイダー、バーナード・ブロディ、アルバート・ウオルシュテッター、トーマス・シェリングの著作は、キッシンジャーの著作よりも核戦略の進化にはるかに大きな影響を与えた。キッシンジャーが後に出版した『選択の必要性(The Necessity for Choice)』(1961年)は評判が良くなく、ナイオール・ファーガソンのようにキッシンジャーに同情的な伝記作家でさえ、NATOに関する後の本『二国間の歪んだ関係――大西洋同盟の諸問題(The Troubled Partnership)』(1965年)は急いで書いたもので、すぐに時代遅れになったと認めている。

確かに、キッシンジャーが学問の世界に力を注いでいれば、もっと大きな影響を与えることができたかもしれない。キッシンジャーは、ウィーン会議でのヨーロッパ秩序の再構築を考察した『回復された世界平和』から続く、世界秩序に関する三部作を書くつもりであったことが現在分かっている。しかし、キッシンジャーは現実の政策課題に取り組むようになり、三部作の完成には至らなかった。そして、アメリカのヴェトナム政策を深く掘り下げるなど、こうした活動が、やがて1968年の政権発足につながった。しかし、事実は変わらない。 学者としてだけ見れば、キッシンジャーは学術界の神殿の一員ではない。

キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官として残した記録は、常に論争の的となっている。中国への開放(国交回復)、ソ連との重要な軍備管理協定の交渉、繰り返されるアラブ・イスラエル紛争への対応など、注目すべき業績もある。しかし、これらの成果は、ヴェトナム戦争への支持と、戦争に勝てないという認識にもかかわらず、その長期化に直接関与したこととのバランスを取る必要がある。ニクソンとキッシンジャーはまた、戦争をカンボジアに拡大することを選択し、知らず知らずのうちにクメール・ルージュの大量虐殺支配への扉を開いてしまった。キッシンジャーがチリで起こしたピノチェトの軍事クーデターを支援したことや、1971年のインド・パキスタン戦争への対応についても、厳しい評価を下す価値がある。

これらの出来事(およびその他多くの出来事)をどのように評価するかについては、合理的な人々の間で意見が分かれるところであろう。しかし、キッシンジャーの政治家としての功績が、ディーン・アチソン(第51代国務長官)やジョージ・シュルツ(第60代国務長官)、あるいはハワード・ベイカー(第61代国務長官)の功績をはるかに凌ぐものであると評価することは難しい。これは、キッシンジャーの業績を否定するものではない。就任後の行動が彼を卓越した政治家という評価を得させるものではないことを認めているに過ぎない。

ここからは第3段階についてだ。キッシンジャーは、企業や政府、そして一般市民に対して戦略的な助言を提供するというキャリアで長い経験を持ち、重厚な書籍や新聞コラム、その他様々な形で、めまぐるしい活動をしてきた。キッシンジャーの長いキャリアを振り返って、その実績はどうだろうか?

悪くはないが、あなたが思っているほどでもない。まず、キッシンジャーは政府を去ってから多くの本を出版しているが、3冊の回顧録(邦題は『キッシンジャー秘録1-5』。『ホワイトハウス時代』『激動の時代』『再生の時代』)を除けば、どれも画期的なものではなく、学問への貢献度が特に高いものではない。最も野心的な『外交』(1995年)と『世界秩序』(2014年)は、それぞれのテーマについて長大かつ博識に考察しているが、いずれも斬新な理論的見方や挑発的で新しい歴史解釈は示していない。これに対して、キッシンジャーの回顧録は、アメリカの上級政治家が書いた個人的な記述としては最高のものであり、重要な業績であると私は考えている。アチソンの『アチソン回顧録』(『天地創造[Present at the Creation]』)だけが、それに近い。他の回顧録と同様、著者が在任中に行ったことを強力に擁護しているため、懐疑的な目で読まなければならない。しかし、世界最強の国の外交官であり戦略家である著者が、膨大な不確実性の中で、矛盾する圧力と優先順位をリアルタイムで調整しながら、どのような仕事をしていたかを、間近で見ることができるのである。また、巧みな人物描写と力強いドラマ性に満ちた、魅力的な作品となっている。

キッシンジャーの他の活動についてはどうだろうか? マット・ダスが最近指摘したように、キッシンジャーは、政府機関での勤務を、政府機関から退任後に有利なキャリアに転換させる技術を、発明し、確かに完成させたのである。 キッシンジャー・アソシエイツは、コーエン・グループ、オルブライト・ストーンブリッジ・グループ、ライス、ハドレー、ゲイツ&マニュエル、ウエストエグゼック・アドバイザーズなど、元政府高官の名前、見識、コネを多種多様な(通常は正体不明の)クライアントに提供する会社の家内工業(cottage industry)の手本となったのである。ジョージ・マーシャルのような公僕が、公の奉仕(および他者の犠牲)から利益を得ることは不適切だと考え、自分のキャリアを現金化するための儲け話を断ったが、そんな時代はとっくに終わっており、キッシンジャーはその倫理観を損なうようなことを誰よりもした。特に、これらの元高官が外交政策に関する公的な議論に積極的に参加し続け、場合によっては再び政府に戻る場合、利益相反の可能性は明らかである。問題は、彼らの公的な立場が、私的な収入を強化する(あるいは少なくとも保護する)ことを意図していたかどうかを知ることができないことである。

更に言えば、キッシンジャーは、彼が政府の職から退任して以来、私たちが直面している最大の戦略的問題のいくつかについて、ひどく間違っていた。例えば、彼はNATOの拡大を早くから支持していたが、この決定は、他のオブザーヴァーが、ヨーロッパの永続的な平和ではなく、ロシアとの直接的な衝突をもたらすと正しく予見したものである。また、キッシンジャーは2003年のイラク侵攻を支持したが、これはアメリカ史上最大の戦略的失敗の1つであることは間違いなく、2015年のイランとの核合意には反対した。そして、キッシンジャーは、関与政策によって中国の台頭を助けると、強力なライヴァルの出現を早めることになることを予見できなかった。この盲点が、2011年に出版された『中国――キッシンジャー回想録』が、明らかに両極端な結論に達した理由の一因かもしれない。

キッシンジャーが全てにおいて間違っていたと言っているのではない。現代の出来事を分析するのは難しいことであり、全てを正しく理解する人はいない。私が言いたいのは、評論家としての彼の実績は、日常的に世界情勢を論じる他の人々よりも明らかに優れている訳ではないのに、なぜ多くの人々が彼をアメリカの偉大な戦略家として称賛するのかが理解しがたい、ということだ。

従って、謎は次のようになる。誇大宣伝を無視すると、キッシンジャーは生産的で有名であり続けてきたが、最終的にはそれほど影響力のある学者ではなかった。実際の成功と憂慮すべき失敗の両方を経験した政策立案者である。そして、現代の政策問題のアナリストでもあるが、その実績は他の人よりも際立ったものではない。それでは、彼が今日享受している高い評判についてどのように説明されるだろうか?

その答えの一つは、もちろん、彼が長寿であることだ。もしキッシンジャーが70歳代後半、あるいは80歳代半ばでこの世を去っていたら、その死は多くの人々の注目を集め、アメリカ外交史における彼の地位は揺るぎないものになっただろう。しかし、現在のような象徴的な地位は得られなかっただろう。最後の1人ということは、批評家やライヴァルがほとんどいなくなり、時間の経過によって過去の罪の記憶が曖昧になり、信奉者たちが彼の評判を高める時間が長くなることを意味する。

100点満点の答えには、この説明は間違いなく役に立つが、謎に答えるには、それ以上のことが必要となる。

私は本当の理由は極めて単純だと考えている。キッシンジャーほど、影響力と名声を獲得し、維持するために、これまで、そしてこれからも、より長く努力した人はいないだろう。私はこれまで、驚くほど意欲的で野心的な人物を数多く知っているし、他の人物についてもたくさん本を読んできた。キッシンジャーはそのどれにも当てはまらない。キッシンジャーに関する多くの伝記を何気なく読んだだけでも、その野心が桁外れであること、集中力が抜群で仕事の邪魔をするような趣味がないこと、そしておそらく現代世界がこれまでに見たことのないような偉大なネットワーカーであったことが分かる。彼は、自分の役に立つかもしれない人との間にある橋を焼き切ることはしなかったし、明らかにコンセンサスから外れた立場を取ることもなく、新しい人脈を築く機会を逃すこともなく、侮辱を忘れることもなく、十分にやったと結論づけることもなかった。分かりやすく言えば、キッシンジャーは、他の誰よりも働き、魅力的で、巧みで、人々を出し抜いてきたのだ。そして、何よりも驚くべきことに、彼は今なおその歩みを止めない。

キッシンジャーはまた、影響力が自己強化されることも理解していた。あなたが十分に有名であれば、他の人々は、批判的であるよりも、支持的であり、融和的である方が、より多くの利益を得られると結論付けるだろう。キッシンジャーを追いかけることは、ジャーナリストや大学教授など、広い視野を持たない人であれば、まったく問題ないかもしれないが、外交政策の中枢で大成したいのであれば、賢い戦略とはいえない。彼は既に多くの友人やコネクションを持っていた。彼が大きくなればなるほど、野心的な政策担当者は彼の知恵を疑うよりも、彼の寵愛を求めることを選ぶだろう。

このような大きな野望は計画を狂わせることもあるだろうし、少し怖い気もするが、賞賛に値するものもある。そして、巨大な野望を持つ人々全員がキッシンジャーのようにやれる訳ではない。しかし、キッシンジャーが今受けている賞賛を額面通りに受け取る、もしくは判断に迷った瞬間に目を向けないということをしてはいけない。彼が死ぬなどと言うことは考え難いことだが、完全に無謬であるとは言い難い。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

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 古村治彦です。

 日本では大型連休に入って、多くの人出があり、すっかり穏やかな日々となっているが、アメリカではファースト・リパブリック・バンクの経営破綻、債務上限引き上げ問題(6月1日が期限、所得税収入が予想よりも少なくて早まった)があり、モスクワではクレムリンに対して無人機攻撃があった。当たり前のことだが、世界は日本の大型連休など関係なく動いている。日本など世界の動きから隔絶して、人出が多い、渋滞が凄いということが報道の中心になっていても何も困らない。その程度の国である。

 クレムリンに対する攻撃については、(1)ウクライナによる攻撃、(2)ロシアによる自作自演攻撃、(3)ロシア国内の反プーティン勢力による攻撃(外国からの協力もあり)というシナリオが取り沙汰されている。事件発生直後、アメリカのシンクタンク「戦争研究所」が即座に、ロシアによる自作自演だと発表したことで、「ああ、これはウクライナ戦争の継続を望む(停戦を望まない)勢力、アメリカ国内で言えばネオコンが起こしたものだな」と考えた。

 アメリカでは国防総省(ペンタゴン)の機密文書がリークされて、その中ではウクライナに関して悲観的な評価が並べられていた。国防総省はウクライナが勝てない、不利だという評価を行っている。ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領が主張するような、クリミア半島を含むウクライナ東部の奪還など夢のまた夢、ということだ。それでも5月に入って、ウクライナ側は「春季大攻勢、反転大攻勢をかける」と勇ましく述べている。

 私はまずこのウクライナの動きについて、ブラフなのか、太平洋戦争末期の日本の基本方針となった「一撃講和論」のようなものかと考えた。そもそも、本当に反転大攻勢で大反撃に出て、ロシア側を大きく押し返すということをしたいならば、「予告」などするはずがない。相手のスキや意表を突いて、一気に押し返すのが定石だ。そんな予告をすれば、相手も備えるに決まっている。備えているところに飛び込んでいっても犠牲を増やすだけのことだ。日本でもさんざん「反転大攻勢」という言葉が報道されている。ロシア側ももう分かってしまっている。それでは反転大攻勢にならない。

 だから、私はこの反転大攻勢は一種のブラフではないかと考えた。もしくは「ロシアに大きな打撃を与えて怯(ひる)ませておいて、停戦交渉で有利な条件を引き出す」ことで、ウクライナ国民を納得させようということではないかと考えた。これは太平洋戦争末期に日本が模索したシナリオである。結局、一撃を与えることはできず、逆に日本側が完膚なきまでに叩きのめされた。しかし、それならば、大攻勢を「予告」してしまったら効果はない。繰り返しになるが、相手に準備をさせてしまうことになるからだ。

 ゼレンスキー大統領は中国の習近平に呼びかけを行うなど、停戦に向けた動きを行っている。最大の支援国であるアメリカもウクライナ不利と見ているので、停戦は歓迎するだろう。しかし、このウクライナ戦争が続くことが喜ばしい、自分たちの利益になると考える勢力にとって、停戦は望ましいことではない。イギリスとアメリカ国内の狂信的な好戦勢力(共和党内のネオコンと民主党内の人道的介入主義派)にとっては戦争継続こそが望ましい。そのための「カンフル剤」として、戦争が膠着状態に入ってダレている状況で、「活気づける」ために今回の攻撃を行ったということになる。ウクライナにとってもロシアにとっても得にはならないことを外部勢力がやった、しかもそれはアメリカ政府の正式な意向ということでもない。国務省内のヴィクトリア・ヌーランド国務次官アタリが画策したのではないかと私は考えている。

 ウクライナ戦争開戦後、戦争についての分析を一手に担っている戦争研究所の所長はキンバリー・ケーガンである。キンバリーの夫はフレデリック・ケーガンという。フレデリックの兄はロバート・ケーガンだ。ロバートとフレデリックの父ドナルド・ケーガンはネオコンであり、息子たちもネオコンだ。ロバートの妻がヴィクトリア・ヌーランドである。一家揃ってネオコンの名士であり、ケーガン家はネオコン内の「王朝(dynasty、ダイナスティ)」だ。ケーガン家の「嫁連合」であるヴィクトリア・ヌーランドとキンバリー・ケーガンが協力体制でウクライナ戦争を煽っているというのは何とも恐ろしい話である。

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ワールド

20235410:44 午後18時間前更新

ロシア、クレムリン無人機攻撃「背後に米国」 非難の矛先変更

ロイター編集

https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-russia-kremlin-may4-idJPKBN2WV14T

[4日 ロイター] - ロシアは4日、プーチン大統領殺害を目的としたクレムリンへのドローン(無人機)攻撃について、背後に米国の存在があると指摘した。証拠も示さないロシアの主張に、米政府はすかさず否定した。

ロシアは前日、ウクライナが夜間にドローンを使ってプーチン大統領殺害を図ったものの未遂に終わったと表明。これに対しウクライナのゼレンスキー大統領は最大の関心はロシアの侵攻から自国を守ることだとし、関与を否定していた。

ロシア大統領府のペスコフ報道官は4日、「このような行動やテロ攻撃に関する決定は、キエフでなくワシントンで下されることを、われわれはよく知っている」と述べ、米国が攻撃の背後にいることは「間違いない」と述べた。

これに対し、米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官はMSNBCテレビに対し、ロシアの主張は虚偽であり、ワシントンはウクライナに対し国外への攻撃を促すことはなく、そんなことはできないと述べた。

ドローン攻撃があった時、プーチン大統領はクレムリンにおらず無事だったが、ロシアは報復を示唆。メドベージェフ安全保障会議副議長は、ゼレンスキー大統領とその「一派」を「排除」する以外の選択肢はないと述べている。

ペスコフ氏は、ロシアがゼレンスキー大統領を正当な標的として見ているか、明言を避けた。

プーチン氏は4日はクレムリンに滞在しており、職員は通常通り勤務しているという。

=====

クレムリン“ドローン”攻撃 「ロシアの自作自演」米研究機関が分析 戦争への動員が狙いか
FNN
プライムオンライン

国際取材部

202354日 木曜 午後2:35

https://www.fnn.jp/articles/-/523741

アメリカの研究機関は3日、ロシア政府が発表した、クレムリンに対するウクライナのドローン攻撃を、ロシアによる自作自演だとする分析を発表した。

アメリカの「戦争研究所」は3日、クレムリンが、ウクライナのドローン2機による攻撃を受けたというロシア大統領府の発表について、「戦争を国民に身近に感じさせ、動員するための条件整備」を目的とする自作自演との見方を示した。

具体的な理由として、ドローンがモスクワ周辺の厳重な防空網を突破し、クレムリン上空で映像が鮮明に撮影される状況は「可能性が極めて低い」と指摘した。

また、ロシアの整然とした対応について「内部で演出されたものでなかったら、公式反応はもっと無秩序なものであった可能性が非常に高い」とした。

さらに戦争研究所は、ロシア政府が第二次世界大戦に勝利した、「59日の戦勝記念日に近い時期にこの事件を演出した」との分析も示した。

今後、ウクライナ側が指摘する大規模な反転攻勢を前に、ロシア側が自作自演による作戦や、偽情報を増やす可能性にも言及した。(画像:「Ostorozhno Novosti」)

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