古村治彦です。

 

 今回は、アメリカのドナルド・トランプ大統領がイスラエルの首都をイェルサレムであると承認したことに関する記事をご紹介します。著者はダグラス・フェイスという人物で、ジョージ・W・ブッシュ(子)政権時代に国防次官を務めた人物で、ネオコン派、イスラエル・ロビーに属する人物です。

 

 フェイスの主張は、アメリカがイスラエルの首都をイェルサレムだと承認することで、イスラエルはなくならない、永続的なものだ、という明確なメッセージをパレスチナ、そしてアラブ諸国に伝えることで、彼らに「イスラエルをせん滅する」という考えを放棄させ、交渉のテーブルに着かせることができ、最終的に和平に到達するというものです。

 

 アラブ諸国もイスラエルの存在を公式には認められませんが、実際に戦争を仕掛けてイスラエルを滅ぼすことはもはやできないと考えているでしょう。イスラエルは人口800万の小さな国で、国内に抱えるパレスチナ人と呼ばれるイスラム教徒の数も多く、彼らに国籍を認めて選挙権を認めたら、ユダヤ人の国であり続けることはできないでしょう。ユダヤ教徒の割合は75パーセント、イスラム教徒が16パーセント、キリスト教徒が2パーセントですが、イスラム教徒の人口増加率の高さは脅威となっています。

 

 パレスチナという土地にはもともとユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が混在して住み、近世以降はオスマントルコ帝国の領土内で、平和に暮らしてきました。イギリスの進出と国民国家という概念、更にシオニズムのために、深刻な紛争状態となりましたが、混在して平和共存してきた時代に比べればまだ短いものです。

 

 イェルサレム東イェルサレムが旧市街でキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の歴史的な建造物が密集しており、1967年の第三次中東戦争まではシリアが管理していましたが、これ以降は新興の土地西イェルサレムと一緒になってイェルサレムとなりました。イェルサレム市はイスラエルの管理下に入り、イスラエルの首都とされた訳ですが、イスラム教やキリスト教の聖地が破壊されたり、出入りが禁止されたりしている訳ではありません。そんなことをすれば、イスラエルは近代的な国家として信教の自由を認めない国として糾弾されるでしょう。

 

 今回のアメリカの措置に対して、批判や非難の声明は中東やヨーロッパの国々から出ましたが、大きな事件は今のところ起きていません。現状追認ということで、あまり問題になっていないようです。

 

 アメリカがイェルサレムを首都として承認したことは現状を追認しただけのことで、それでイェルサレム市内のキリスト教やイスラム教の信者や施設が弾圧を受けるということはありません。ですから、テロのようなことは起きる可能性は低いでしょう。

 

 パレスチナとイスラエルとの関係は「二国共存」での和平に関しては一応話がついている訳で、問題はどのような形にするかということになります。1967年以前にイスラエルが支配していなかった場所についてどうするかということでしょうが、現状を追認するしかないでしょう。中東諸国はイスラエルという国家の存在を認められないのが建前でしょうが、本音では現状で満足して和平をしてもらいたい、ということになると思います。しかし、それを表明することは難しいでしょう。

 

 ただこれからも憎しみは続いていくでしょうが、それはまた長い時間のスパンで考えると、どこかで解決するだろうという大陸的な時間感覚で解決されるものかもしれません。日本人は概してせっかちで、早く早く、なんとかしなきゃ、自分の代で解決したい、させたいという感じですが、世界的にはもっと長い時間感覚があるように思います。

 ダグラス・フェイスはネオ͡コンでイスラエル・ロビーですから、イスラエル寄りの言論になりますが、これは親イスラエル派の考えの一つとして参考になります。ただ、彼が考えるように進むとも思えませんが。

 

(貼り付けはじめ)

 

イェサレムを首都に認定することが和平にとって良い理由(Why Recognizing Jerusalem Is Good for Peace

―パレスチナ人たちがイスラエルはここにいてこれからも続くということを認識し、真摯に話し合いを開始するまでは、アメリカ政府にとっての責務は、パレスチナ人たちに対して譲歩するようにシグナルを送り続けることだ。

 

ダグラス・J・フェイス筆

2017年12月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/12/12/why-recognizing-jerusalem-is-good-for-peace/

 

アメリカは正式にイェルサレムをイスラエルの首都と承認した。アラブ諸国やイスラム教国では激しい暴力が発生すると一般に予測されていたが、そんなことは実際には起きていない。しかし、ドナルド・トランプ大統領に対する批判者たちが述べているように、アメリカの承認のために、平和に向けた見込みを大きく後退させ、アメリカの「誠意ある仲介者」としての地位を傷つけるのだろうか、という疑問は残っている。トランプは選挙公約を実行し、変えようのない現実を認めただけでなく、平和の達成の可能性をより高めるのだと宣言した。

 

誰が平和についてより良い主張を行っているのか?トランプ大統領がそうだ。ただ、彼の主張は説得力を持っていないのであるが。

 

イェルサレムに対するイスラエルの主権を認めたことはどのみち平和の実現に対して大きなインパクトを持つものではない。まず、これまで長い間、平和の実現に向けて真剣な外交が行われていない。第二に、紛争はイェサレム以外の問題をめぐって行われているのだ。

 

多くのコメンテイターたちは、当事者たちがどうして今でも戦っているのかということについて全く理解していないのに、どのようにして平和を促進するかということについて自分の考えを述べているのは驚くべきだ。さあ、パレスチナをめぐるアラブとユダヤとの間の理由をはっきりさせよう。そして、この争いがどうして1世紀以上も続いている理由も明らかにしよう。

 

問題の中心にあるのは、「パレスチナ全土がパレスチナを除く中東地域全体と同様に、アラブ人のみが所有できるのであって、アラブ人の土地にユダヤ人が主権を有することは耐えられない、大京の余地がない不正義だ」という確信である。

 

パレスチナ自治区の学校では、アラブの土地全てをアラブ人がコントロールするという最終目的は、受け入れがたい名誉の侵害があろうとも、放棄などできない、と教えている。こうした環境の中で、例えば、ベツレヘムのアイーダ難民キャンプにある、アローワッドというきれいなコミュニティーセンターの建物の壁には全面に次のような文言が書かれた横断幕が掲げられている。このセンターはヨーロッパの進歩派の人々の資金で建てられた。「帰還の権利に交渉の余地はなく、いかなる妥協にも従うことはない」。言い換えると、戦術的に有効な和平協定はまだ許されるが、イスラエルとの恒久的な和平は現状では許されないということになる。これは、パレスチナの共同体で神聖不可侵として受け入れられている宗教とナショナリズムの諸原理を基盤とする哲学的に重要な点なのである。

 

このような思考の一部や要素として、イスラエルは地域に対する外国からの侵略なのだというものがある。イスラエルは「十字軍国家」と呼ばれ、フランス領アルジェリアのようなヨーロッパの植民地主義の出先なのだというたとえがなされている。重要な点は、イスラエル国民に対しては、十字軍や半世紀前のフランス人に対してと同じく、 際限のない暴力的な抵抗によって士気を低下させ、土地を本当の所有者に残して引き上げることにつながる、というものだ。この場合の土地の秦の所有者はアブ人ということになる。フランスがアルジェリアから出ていくまでに130年かかり、聖なる土地から十字軍を追い出すのに200年かかった。この期間中、同じ言葉が繰り返された。また同じ言葉が繰り返されている。「イスラエルを追い出すのに同じくらいの時間がかかるだろうが、その時はやってくるだろう」。

 

紛争を永続的なものとしているのはこうした考え方である。

 

長年にわたって常識とされてきたのは、アラブ・イスラエル問題の核心は1967年にイスラエルが手に入れ、現在入植地となっている領域である、というものだ。しかし、これは明らかに間違っている。エジプト、シリア、ヨルダンはイスラエル側を刺激して1967年の中東戦争を始めたのはどうしてか?実際には、紛争の起源は1967年よりも前にさかのぼることができる。1948年にイスラエルが独立国となった時よりも更にさかのぼることが出来る。

 

アメリカ政府がパレスチナ・イスラエル紛争の終結に貢献できるのは、アメリカ政府が紛争の中身をきちんと把握した時だけだ。現在の常識をそのまま持ち続けるならば、外交上の失敗をこれからも数十年単位で続けることになる。新しい、そしてより根拠に基づいたアプローチを採用するのは今だ。

 

各種世論調査の結果では、イスラエル国民の大部分が、現在イスラエルが支配している土地を分割することを基礎としてパレスチナ人たちと和平を達成したいと望んでいる。パレスチナ側の指導者たちが土地と平和を交換する形で合意を結びたいと望んだら、平和が達成される。2つの大きな障害は概念上のものだ。パレスチナ側の指導者たちは、イスラエルは一時的な存在でいつの日か消滅させることが出来るという確信を放棄しなければならない。そして、パレスチナ側にとって実現可能な最高の合意をもたらすために正義に関する抽象的な概念をとりあえず棚上げすべきだ。

 

1897年に創出されて以降の政治的なシオニズムの歴史の中で、シオニズム運動の指導者たちは正義を主張したことはなかった。彼らはまたユダヤ人たちが持つ権利を持つもの100パーセントを手に入れることは期待していなかった。彼らが権力を握っても妥協を不名誉なものだとはしなかった。彼らは最善の合意を結んだ。彼らは手にできるものを手にした、そして、自由で、繁栄した、平和的な国家を建設した。パレスチナ側の指導者たちもまたパレスチナ人たちに対して同様のことを行うべきだ。

 

この分析が正しい場合、イェルサレムに対するイスラエルの主権をアメリカが承認したことは、平和に貢献することになるだろう。アメリカの承認は有効なメッセージを補強するものだ。そのメッセージとは、「イスラエルはこれからもこの場所に存在する」というものだ。ユダヤ人は歴史的にこの土地と深くつながっている。彼らは外国人でもなく、十字軍でもない。アメリカとイスラエルのつながりは緊密なもので、イスラエルの敵国からの工作によって傷つくものではない。そして、アメリカは、第三者ではなく、イスラエルの友人として、アラブ・イスラエル外交において重要な役割を果たしている。紛争が永続化することで支払わねばならない代償がある。人生は続く、そしてイスラエル国民は新たな現実を生み出し、世界はこの新しい現実に合わせていく。パレスチナ人たちは平和を拒否することで、彼らの地位を向上させていないし、地位を保ってもいない。

 

※ダグラス・J・フェイス:ハドソン研究所上級研究員。2001年から2005年にかけて米国防次官(政策担当)。現在、アラブ・イスラエル紛争の歴史に関する著作を執筆中。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)