古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:ファシズム

 古村治彦です。

 今年、アメリカは中間選挙を迎える。現在のところ、共和党優勢(※誤字がありました。お詫びして訂正いたします)が伝えられている。総合政治サイト「RealClearPolitics」の集計によると、連邦上院(100議席、過半数は51議席)では34議席が改選となり、今のところ共和党獲得議席が47議席、民主党が46議席、残り7議席は激戦ということだ。一方、連邦下院(435議席、過半数は218議席)は、共和党が223議席、民主党が180議席、残り32議席は激戦ということだ。連邦上下両院で共和党が過半数を占める可能性が高いと見られている。バイデン政権への支持率の平均は支持が39.6%、不支持が56.1%となっている。新型コロナウイルス対策では一定の評価を得たものの、景気回復やアフガニスタンからの撤退での混乱では不支持が多くなり、昨年からのアメリカ国内のインフレーションで更に不支持が多くなっている。

 このブログでも何度かご紹介してきたが、共和党内ではドナルド・トランプ前大統領の人気が高い。トランプからの支持を得ようとする連邦議員たちは多い。一方でトランプを批判する共和党所属議員たちは支持者たちからの批判を受け、予備選挙で苦戦するということも起きている。トランプの影響力はいまだに大きい。2024年の大統領選挙に出馬する可能性まで取り沙汰されている。

 アメリカ政治におけるドナルド・トランプとは何だったのか、ということをここで改めて考えてみたい。私は拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』で、「トランプがアメリカの分断を生み出したのではなく、アメリカの分断がトランプを生み出した」と書いた。この考えは今も変わっていない。トランプを支持した人々は学歴の高くない、元は民主党を支持していた、組合に入っていたような白人の労働者たちだと言われている。彼らは既存のアメリカ政界に異議を申し立てた。それがトランプ大統領誕生へとつながった。これを「ポピュリズム」と言う。ポピュリズムは、既存の政治に対しての一般国民からの異議申し立て、反対ということになる。

 トランプという異分子に対しては様々な悪罵が投げつけられた。そうした悪罵の中に、下記のような記事もあった。トランプがイタリアのベニート・ムッソリーニのようだというものだ。ムッソリーニがこのような悪罵に登場する場合には、ドイツのアドフル・ヒットラーと並べて世紀の大悪人ということで使われている。しかし、ムッソリーニを一面的に見ることは全体を理解することにはつながらない。ムッソリーニもトランプも人々によって押し上げられた指導者であることを忘れてはいけない。

ファシズムを賛美する意図はない。ただ、人々はファシズムを選んだという言い方はできると考える。一般の人々が既存の政治に異議を唱え、力強いリーダーを求める、こうした動きは確かに危険である。しかし、既存の政治がどれほど酷く堕落しているかということを明らかにし、反省を促し、少しは浄化されるように進む、そのために大きな意義があると私は考える。

(貼り付けはじめ)

アメリカの権威主義者(An American Authoritarian

―共和党の大統領選挙候補者ドナルド・トランプはファシストではない。しかし、トランプ陣営はイタリアの独裁者ベニート・ムッソリーニの支配との共通点を持っている

ルース・ベン=ジアット筆

2016年8月10日

『ジ・アトランティック』

https://www.theatlantic.com/politics/archive/2016/08/american-authoritarianism-under-donald-trump/495263/

アメリカ大統領選挙の共和党候補者にドナルド・トランプが選ばれた際、ファシズム(Fascism)という言葉がアメリカのニュースに再び登場することになった。「自分は白人の代弁者だ」というポピュリスト的主張(populist claim)と、威嚇的なリーダーシップのスタイルは、バラク・オバマ大統領がトランプについて述べたように、「アメリカ国内で大きくなった権威主義者(homegrown authoritarian)」トランプと外国の独裁者たちとの比較をもたらしている。

トランプはファシストではない。彼は一党支配国家(one-party state)の樹立を目的としていない。しかし、トランプは一人の人間が主導する政治運動(one-man-led political movement)を構築した。この政治運動は伝統的なアメリカ流の政党構造に連なるものではない。また、アメリカ政治の伝統とは異なる行動を取っている。これはファシズムが始まる時に出てくる現象だ。

トランプ出現から1世紀前、ベニート・ムッソリーニはイタリア政界に華麗に出現した。イタリア政界のエスタブリッシュメントは、ムッソリーニの異端的な教義と戦術、彼の型破りな個性のために、慌てさせられ、右往左往することになった。

第一次世界大戦後に元社会党員ムッソリーニが「反政党(anti-party)」としてファシズムを生み出した時、イタリア国民の多くは何がムッソリーニの思想と行動を作っているのかを理解していなかった。彼の始めた政治運動はアウトサイダーの運動であった。「自由主義や社会主義などを前提とした、エスタブリッシュメントが作っている既存諸政党は破綻し、イタリアに深刻な脅威を与えている」という考えがムッソリーニの運動の基礎となる考えだった。

ムッソリーニは、気まぐれな熱血漢(mercurial hothead)で、政治的破壊者としての役割を楽しんでいた。ムッソリーニは、社会主義者と民族主義者を混同し、矛盾と逆説を利用して、政治に対する伝統的な考え方に挑戦し、危機を煽った。「ファシズムは国家の再建を目指すのか、それとも破壊を目指すのか? 秩序か無秩序か?」と、首相就任の6カ月前に印刷物でイタリア人を煽った。

ムッソリーニの草の根の信奉者たちは、より直接的に、支配権を主張するための前段階として、イタリアの上層部を恐怖に陥れた。ムッソリーニの扇動的なレトリックを真に受け、黒シャツ隊(blackshirts)は集会や列車、店、学校、居酒屋で、司祭を含む何千人もの政敵を殴り、処刑した。日常的な暴力が、この国を例外的な結果へと導いたのである。1922年、ムッソリーニはローマに進軍し(march on Rome)、恐怖に怯える国王に首相の座を要求した。

1920年代にイタリア人が学んだことを、アメリカ人は2016年に学んでいる。政治的な地位を求めるカリスマ性を備えた権威主義者たちについて、伝統的な政治の枠組みを通じて理解することはできない。彼らは既成の方式やプロトコルに関心を持たず、忍耐力もない。彼らは自分の家族、あるいは既に支配している人たち以外をほとんど信用せず、協力や関係構築を困難にすることが多い。彼らは別の脚本に基づいて行動し、彼らと対決しようとする者もまた同様でなければならない。

権威主義者たちの戦略は、そのような個人が信奉者たちと持つ特定の関係によって定義されている。その戦略とは、たとえその権威主義者が政権の座に就いたとしても、党の上に立つ一個人の権威への服従に基づく愛着である。ジャーナリストとしての訓練を受けたムッソリーニは、メディアを見事に利用してイタリア国民との直接的な結びつきを育み、政党やその他の権威構造を混乱させ、彼の時代は18年間も続いたのである。

トランプはまた、共和党への忠誠心をほとんど後回しにし、有権者と個人的な絆を育んでいる。そのため、彼はイヴェントで感情的な内容を強調し、「愛を感じる」、あるいは「自分を嫌う人間たち」を撃退するのである。大統領選挙の選挙戦の初期には、民主政治体制国家よりも独裁国家でよく見られる儀式を導入した。それは、彼自身への支持を誓う宣誓と、腕をまっすぐ伸ばす形の敬礼である。この個人的な絆の確保は、今後の権威主義的行動の成功の必要条件である。なぜなら、トランプと同様、指導者たちは自分が民衆の声と意志を体現していると主張することができるからである。

ムッソリーニの権力獲得は、今回の選挙戦でアメリカが見たもう一つの権威主義の特徴を例証するものでもある。カリスマを持つ指導者は、一般大衆、報道機関、政治家たちが許容できる限度を試しながら進む。この試みは早くから始まり、物議をかもすような行動や、グループや個人に対する脅迫的、屈辱的な発言によって達成される。これは、言葉や身体による暴力や、警察やその他の領域における非合法的な手法の使用に対する集団的な欲求と許容度を測るためのものだ。エリートやマスコミが境界線の押し広げの例に対してどのように反応するかによって、その指導者の将来の行動、そしてその支持者の行動の基調が決まる。

ムッソリーニが暴力によってイタリア人を試したことは、支配的な政治体制の弱さを示している。恐怖心、日和見主義、そしてイタリアの強力な左翼を打ち負かしたいという願望が混ざり合い、多くのリベラル派はムッソリーニを支持した。ほとんどのイタリア国民はムッソリーニを嫌っていたが、ある程度の権力を与えれば、主流派に転じるか、宥めることができると考えていた。ムッソリーニが首相になった後も暴力は収まらなかった。しかし、哲学者のベネデット・クローチェや元首相のアントニオ・サランドラなど、リベラル派の主要な発言者は彼を支持し続けた。

そしてついに、ファシスト勢力は行き過ぎた行動に出た。1924年6月、彼らは社会党の人気政治家ジャコモ・マッテオッティを、自分たちの選挙違反を告発した廉で暗殺した。ムッソリーニは、反対派のマスコミからその責任を追及され、政治生命をかけた最大の危機に直面する。12月になると、多くのリベラル派がムッソリーニに反旗を翻した。

彼らは、支持を撤回するのに時間がかかりすぎた。1925年1月3日、ムッソリーニはイタリアにおける民主政治体制の終焉を宣言した。ムッソリーニは議会において次のように述べた。「起こったこと全ての政治的、道徳的、歴史的責任は私一人が負う。もしファシズムが犯罪結社であったなら、私はその犯罪結社の長なのだ」。

暴力的な言動は、ファシズムが誕生して以来、その特徴となっていた。しかし、この衝撃的な演説は、「ムッソリーニは狼の皮をかぶった羊であり、いったん権力を握れば革命ではなく改革を受け入れる」という、イタリア人の多くが自らに言い聞かせていた慰めの言葉を台無しにした。1月3日とそれに続く一連の弾圧の後、イタリアのエリートたちが長年試みてきた、政治家と行動隊(the squadtist)を切り離すことは困難となった。

この1年以上、トランプはアメリカ人とアメリカの民主政治体制に類似のテストを課してきた。多くの人が不合理と見なす行動も、この枠組みのもとで考えれば冷静に納得できる。人種差別的なツイートやリツイートの数々は、トランプ陣営がその後間違いであったと宣言している。ニューヨークの五番街で誰かを撃っても支持者を失わないという彼の初期の宣言、ポール・ライアンやジョン・マケインといった有力政治家への屈辱的な発言、アメリカの選挙プロセスの正当性に疑問を投げかけたこと、ヒラリー・クリントンが裁判官を任命するという潜在的な問題を、「アメリカ合衆国憲法修正第二条を支持する人々」がおそらく彼女を射殺することで解決できるかもしれないという彼の脅迫、この最後の発言は、トランプが、アメリカ人と共和党がどれだけ自分を許してくれるのか、そして、いつ 「もうたくさんだ」と言い出すかを確かめるために、勇み足をしている証拠であろう。

権威主義者たちは通常、彼らの意図を明確に表明する。ムッソリーニは実際にそうした。トランプは彼の政策と大統領に当選した場合に攻撃対象とするグループを明確にした。大統領選挙候補者受諾演説の中で、トランプは次のように宣言した。「現在アメリカを苦しめている犯罪と暴力は、すぐに終わることになるだろう。2017年1月20日から、安全は回復されるのだ」。このようなレトリックの危険性を見極めるのに、トランプにファシストのレッテルを貼る必要はない。トランプがアメリカの良識とアメリカの民主政治体制の強さを試していることを認識するために、独裁への軌跡を見る必要はない。ムッソリーニの台頭の歴史は、イタリア版共和党(Italy’s version of a Grand Old Party)とも言えるものだった。共和党内におけるトランプの台頭は、統一以降のイタリアを支配してきた自由主義派閥の没落と重なる。彼らは総統(Duce、ドゥーチェ)への屈服から立ち直ることができなかった。共和党がこれまでのトランプ大統領の経験から得られる多くの教訓の中で、これは最も貴重なものになるかもしれない。

(貼り付け終わり)

(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-07-29

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






 

 古村治彦です。

 

 昨日夜、橋下徹大阪市長・維新の党最高顧問と安倍晋三首相が都内で3時間にもわたり会談を行いました。恐らく食事を挟んでのことでしょうが、それでも現職総理がこれだけの時間を割くというのは、それだけ橋下氏を重視しているということがよく分かります。この会談には松井一郎大阪府知事・維新の党顧問と菅義偉官房長官も同席していたということです。また、この会談の前、橋下氏は、維新の党代表の松野頼久代議士、同党幹事長の柿沢未途代議士とも会談しました。会談後、経験が浅くお調子者の柿沢幹事長は、「自民党でも、民主党でもない維新の党の立場を明確にする」旨の発言を行いました。

 

 与党でも、野党でもない、「ゆ党」と揶揄される立場は大変危険なものです。「是々非々」「現実的な対応」と口で言うのは簡単ですが、どっちつかずの姿勢では支持を拡大することはできません。野党の中では共産党はやや孤高を守る姿勢を見せますが、それでも野党協力が必要な場面では協力しますし、自民党、特に現在の自民党と妥協することはありません。維新の党もまた「独自の立場」を標榜している訳ですが、実態は自民党の追従性力、別働隊になっています。ですから、維新の党を「野党」だと考えると混乱するので、あれは「自民党の別動隊で、野党を攪乱するために存在する」と考えればすっきりしますし、判断を間違うこともありません。

 

 維新の党の野党陣営攪乱方法は、「民主党との協力から野党再編」という甘言を弄することです。このような甘い言葉で民主党をふらつかせておいて、打撃を与えようとしている訳です。ただ、維新の党には前回の選挙で、小沢一郎代議士の指導を受けた、民主党、生活の党出身の代議士たちが加入しました。彼らが幹事長室の役員となり、野党再編(野党再建)への道筋が開けるかと思えました。私が前書きましたように、その結果として、維新の党は大阪ウイング、東京ウイング非小沢系、東京ウイング小沢系に分裂しています。そして、東京ウイング小沢系の力をそれ以外の2つのグループが抑えにかかっているように見えます。橋下氏が上京してきたことはそれを象徴しています。

 

 歴史を学び、それを通して現在の状況を見ると理解しやすくなります。ある物事を別の物事に引きつけて理解することをアナロジー(analogy)と言います。このアナロジーについては、副島隆彦・佐藤優著『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(日本文芸社、2015年5月)を是非お読みください。このアナロジーを使うには、知識と経験が必要です。安易にアナロジーを使うと、間違った場合にはとても間抜けになります。


 私は現在の政治状況と1930年代のそれとを比べてみたいと思います。そのために私が勉強したのは、坂野潤治氏の著作です。このブログでもご紹介しましたので、是非お読みください。1930年代、日本の政党政治は終末を迎えていました。そうした状況下、立憲政友会、立憲民政党の2大政党と新興勢力の合法的無産政党である社会大衆党が存在していました。社会大衆党は戦前に行われた最後2回の総選挙で勢力を伸張させていました。彼らは労働者の待遇改善や今で言うところの過大な格差の是正を訴えていました。一方、二大政党、特に民政党は格差の是正には冷淡でした。一方、対外政策を見てみると、民政党は国家財政に過大な負担となる戦争に反対でしたが、社会大衆党は対外戦争を支持しました。

 


 無産政党である社会大衆党が対外戦争を支持したのは、彼らが軍部の訴えた「広義国防論」に惹きつけられたからです。この広義国防論は全ての活動を国防に結び付けるものでしたが、生産の場面で言えば、労働者の待遇改善を図ることで、生産性を向上させるというもので、社会大衆党としては、格差是正に冷淡な二大政党などよりも、軍部、特に統制派と呼ばれた永田鉄山らとの方が話をしやすかったのです。また、革新官僚と呼ばれる国家統制を目指す官僚たちも同調しました。その当時のことを簡単にまとめると、軍部や革新官僚と同調した社会大衆党は格差是正を目指しながら、対外戦争支持、民政党は格差是正には冷淡でしたが、対外戦争には反対(その象徴が幣原協調外交)でした。

 

 現在の状況を置き換えると、派遣法改正と安保法制がキーファクターになると思います。それでいくと、1930年代の格差是正に冷淡で、対外戦争支持という姿勢に立つのが、自民党、そして維新の党となります。維新の党は自民党とは別の立場を取ると言いますが、憲法改正や一部議員の安全保障に対する考え方を見れば、自民党と大差はありません。公明党は支持基盤が創価学会であり、これまで平和や格差の問題に取り組んできた実績がありながら、自民党に引きずられているように見えます。「公明党が与党にいるからブレーキ役を果たしている」というのも一面では正しいと思いますが、安倍首相と官邸、一部の自民党議員たちはそうしたブレーキを無視するほど傲岸不遜です。

 

 こうして考えると、「格差是正、対外戦争反対」の勢力が出てこなければなりません。野党である4党、民主、共産、社民、生活がその勢力となります。今は小異と恩讐を捨てて大同に付く時期であり、それは選挙協力や合同を通じて議席を増やす方向に進むです。

 

 この時に維新の党が民主党に近づくかのような言辞を弄してこうした野党協力を攪乱することになるので、「維新の党は野党ではない」ということを明確にしておく必要があります。戦前も他国(フランスなど)では反ファシスト統一戦線が形成されましたが、日本ではそれができませんでした。それは社会大衆党がファシスト勢力(軍部と革新官僚)と結びついていたからです。こうして日本でファシズム化が進み、15年戦争を経て、無残な敗戦を迎えることになりました。現在の日本がそうした状況にならないためにも、野党協力からの野党再建を進め、そのための攪乱要因(要員)に惑わされないようにすることが何よりも大切だと考えます。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「安倍首相、橋下徹氏と会談 安保法案で協力要請か」

 

朝日新聞 20156142242

http://www.asahi.com/articles/ASH6G7D17H6GUTFK001.html

 

 安倍晋三首相と維新の党の橋下徹最高顧問(大阪市長)が14日夜、東京都内で約3時間会談した。首相は橋下氏に対し、今国会の最重要法案の一つである安全保障関連法案への協力を要請したとみられる。菅義偉官房長官と維新の松井一郎顧問(大阪府知事)も同席した。

 

 維新は安保関連法案への対案を今国会に提出する方針を決めており、与党との修正協議に発展する可能性がある。安倍首相としては、法案への世論の反対が根強いことから、維新を修正協議に引き込んで賛成を得ることで、与党だけで採決に踏み切って批判を浴びるのを避けたい考えだ。

 

 首相と橋下氏の会談は、5月の「大阪都構想」の住民投票で反対多数となった結果を受け、橋下氏が政界引退を表明してから初めて。橋下氏は、首相と菅氏が大阪都構想へのエールを送ったことに対して謝意を伝えたとみられる。

 

 橋下氏と松井氏は首相と菅氏との会談に先立ち、維新の松野頼久代表と柿沢未途幹事長と都内で会った。柿沢氏は会談後、記者団に「自民党でも、民主党でもない、維新の党の立ち位置を大切にしようと確認した」と語った。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




 
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