古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:一帯一路

 古村治彦です。

 

 今回は、中国が文化外交の一環として、中国への留学生増加を図っている、一方で、アメリカは留学生のための予算を削減しているという内容の記事をご紹介します。

 

 戦後、冷戦期、自由主義国ではアメリカ留学、共産主義国ではソ連留学がエリートへの近道でした。アメリカやソ連で最新の学問を学び、同時に人脈を作り、価値観や思想を習得して、母国に帰り、政治、経済、学術などの分野で偉くなる、と言うのがどこの国にもあった出世物語です。

 

 日本でも戦後、フルブライト奨学金を得て、アメリカに留学することはエリートへの近道でした。日本は皆が貧しくて御飯を食べるのが精一杯、という時代に、毎日ステーキを食べ、蛇口をひねればお湯が出るという夢の国アメリカに優秀な若者たちが渡っていきました。日本からのアメリカへの留学生は1990年代後半には3万人を超えましたが、現在までに数を減らし、現在は1万5000人程度にまでなってしまっています。

 

 冷戦期、アメリカは各国の優秀な学生たちを生活費まで保証する奨学金付きでアメリカの大学で学ばせました。そうすることで、親米的なエリート層を形成するという目的がありました。その当時、ソ連の成功で光り輝いていた社会主義計画経済に対抗するための、「近代化理論」の実践のための人材として活用しようと考えていました。アメリカからの資金や技術の援助、そして人材育成によって、発展途上国を近代化し、経済成長させようとしました。

 

しかし、その試みは多くの場合、それぞれの国の事情を無視して行われ、アメリカからの資金援助は有効に使われず、アメリカで博士号を取得したような人材も母国に帰っても働き口がなく、タクシー運転手になるしかないというような状況を生み出しました。

 

 アメリカでは留学生に対する奨学金の予算を削減しています。それに対して、中国はアジアやアフリカの発展途上国、また、一帯一路計画の参加国からの留学生を増やそうと様々な試みを行っています。その成果として中国への留学生が増加しています。今なら、中国に留学して学問を学び、人脈などを広げておけば、母国に帰った時に中国関係の仕事に就くことができるということもあり、その数はどんどん増えているようです。

 

 昔から遅れた国は進んだ国に若者を送り、学問や技術を学ばせてきました。日本でも、遣唐使と一緒に留学生や留学僧を派遣し、勉強させていました。帝国には最新の知識や情報、思想が生まれ、集まります。中国も1970年代末に改革開放を打ち出してから、アメリカに多くの優秀な若者を送り、勉強させてきました。そして、その成果を利用して、現在のように経済発展を遂げてきました。そして、中国がアメリカに追いつき追い越し、世界の中心、世界帝国になるという話が現実味を帯びるまでになってきました。

 

 アメリカの留学生に対する奨学金削減と中国の留学生誘致という現象は、帝国の交代ということを印象付けるものとなっています。

 

(貼り付けはじめ)

 

スタンフォードのことは忘れて、清華に招かれる(Forget Stanford, Tsinghua Beckons

―アメリカは、アフリカとアジア諸国からの留学生を中国に取られている

 

チェン・リー、シャーロット・ヤン筆

2018年10月2日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2018/10/02/forget-stanford-tsinghua-beckons/

 

 

最近中国で放映されたあるテレビ番組の中で、ケニア人の学生たちが中国語で書かれた指示が掲示されている教室の中で、教授の話を聞いている様子が流された。この学生たちはナイロビではなく、中国の最高峰の大学である北京大学で勉強している。ケニア人の学生たちは、自分たちが母国では得られない教育の機会を中国が生活費まで含めた奨学金を支給することで与えてくれたこと、彼らは母国に帰って母国を豊かにするための技術の習得を行うつもりだということを話していた。

 

中国は留学生に対する恩恵をもたらす動きを加速させている。太平洋の反対側に位置する国アメリカは、長年にわたり、世界中で最も賢く、好奇心溢れる学生たちを惹きつけ、留学させてきた。そのアメリカでは中国とは反対の動きが起きている。様々な政策や行動を通じて、トランプ政権は外国の学生たちがアメリカを敬遠するように仕向けている。トランプ政権のスティーヴン・ミラーが進めた留学生数の制限によって、中国からアメリカへの留学生も減少している。中国はこのアメリカで加速している動きを、アメリカとの間にある差を埋める機会だと捉えている。アフリカとアジアの国々において、この変化は既に影響を及ぼしている。外国人学生がアメリカではなく、中国の大学を留学先に選ぶようになっており、これはアメリカのソフトパワーを構成する重要な要素が消え去る危機に瀕していることを示している。

 

高等教育ということになれば、アメリカは今でも世界の中心ということになる。2016年、100万人以上の留学生がアメリカの大学に在籍していた。一方、中国の大学には50万人弱であった。

 

しかし、中国はアフリカとアジア諸国の学生たちにアプローチをしている。特に発展途上の国々で、中国との経済関係を深めている国々へのアプローチを強め、それに成功している。2016年の段階で、60以上のアフリカとアジアの国々がアメリカに向けてよりも中国に向けてより多くの学生を送っていた。その具体例としてラオスを挙げる。ラオスは、中国に9907名の学生を送り出し、アメリカにはわずか91名であった。米中間の大きな差は次の国々でも起きている。アルジェリア、モンゴル、カザフスタン、ザンビアは中国に送り出した学生数がアメリカへの学生数の5倍以上となっている。2014年以降、中国に留学したあふふぃか諸国の学生数の総数はアメリカに向かった学生数の総数を超えた。2016年、中国で6万人以上のアフリカからの留学生が勉強していたが、2000年の時と比べてその数は44倍となっている。

 

同時に、中国は、国際的な高等教育システムの拡大を図っている。一方、アメリカ政府は国際的な高等教育システムへの財政的関与を縮小している。フルブライト奨学金プログラムは1946年以降、アメリカの文化外交の象徴となってきたが、オバマ政権下から、予算削減に直面している。アメリカ政府が資金を出しているこのプログラムの参加者たちは、後に世界中の国々の学術、政治、シンクタンク、ジャーナリズム、芸術、ビジネスの分野で重要な地位を占めるようになっている。このような輝かしい歴史と成果があるにもかかわらず、トランプ政権は、2019年度の予算計画では71%の予算削減を求めている。

 

アメリカ各地の公立大学は政府からの財政支援削減に直面している。そのために学費の値上がりと教育の質の低下を招いている。2005年から2015年の間に、公立の教育機関での学部教育の学費は34%も値上がりし、私立の教育機関でも26%も値上がりしている。

 

アメリカ人学生のための学費を低い水準に維持するために、多くの大学ではより高い学費を支払える留学生の獲得を目指している。留学生の入学者数の合計は増加しているが、留学生は上流、中流階級出身者に集中するようになっている。これは、中国がターゲットにしているより貧しい国々を見落とすようになっている。2016年から2017年の学事暦において、アメリカの大学に留学している100万の学生のうちほぼ半数は中国とインドからの学生であった。これら2か国を除くと、韓国とサウジアラビアからの学生が多いが、アメリカへの留学生の総数に占める割合が3%以上を占める国はどこにもない。

 

●中国とアメリカのアフリカ・アジア諸国の大学在籍者数

 

STUDENT COUNTRY OF ORIGIN            CHINA    UNITED STATES

Algeria                   992         192

Cambodia                         2,250        512

Indonesia             1           4,714      8,776

Kazakhstan                    13,996         1,792

Kyrgyzstan                     3,247           216

Laos                       9,907           91

Mongolia                         8,508          1,410

Tajikistan                        2,606           204

Tanzania                                                       3,520            811

Thailand                                                 23,044           6,893

Zambia                                                3,428          469

Source: Open Doors 2017, Institute of International Education; International Students in China, 2011-2016, China Power Project, Center for Strategic & International Studies.

 

アメリカにおける学費のコストは上昇し、留学生に対する奨学金の枠が制限されるようになっている。そのために、アメリカの教育システムは、世界の多くの国々の学生たちにとって利用不可能なものとなっている。カナダとオーストラリアは労働ヴィザの制限を緩和し、学費も低く抑えている。しかし、低所得、中間レヴェルの所得の国々からの学生たちにとってはこれら2か国への留学も難しい。対照的に、中国は、アジアとアフリカ諸国からの留学生を惹きつけるための政策と財政援助策を拡大している。

 

中国は高等教育における機会の提供を拡大するための様々な政策を採用している。特に、中国が貿易関係や外交関係を深めつつある地域からの留学生を惹きつけることに注力している。2003年から2016年にかけて、タイ、ラオス、パキスタン、ロシアからの留学生数は10倍以上になっている。中国の一帯一路計画の重要な対象国であるカザフスタンからの高等教育への留学生は65倍に急増している。

 

過去10年、中国は高等教育システムの質を改善することに注力してきた。当時に、留学生に対する政府資金による奨学金を拡大してきた。2017年、留学生の9人に1人は中国政府からの奨学金を得ていた。2000年から2017年にかけて、助成金・補助金の受給者数の総数はほぼ11倍に増えている。英語で授業を行う大学の数は拡大しているし、教育と研究の質を改善するために努力を続けている。中国は、アフリカとアジア諸国に対する貿易とインフラ整備プロジェクトを拡大させている。中国の教育の価値はこれらの国々で上昇している。学生たちは中国に留学し、帰国後に中国に関連した仕事に就くことを求めている。

 

●中国政への留学生の資金種別

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ここ数年、中国政府は一帯一路計画に参加している国々からの学生たち向けの政府が資金を出す奨学金プログラムを拡大させている。2016年に中国政府の奨学金プログラムを受けた留学生の出身国10か国のうち、8か国は一帯一路計画の参加国である。中国政府は、一帯一路計画の参加国だけに向けた様々な教育プロジェクトを実施している。中国政府は名門大学である中国人民大学に付属の「シルクロード・スクール」を発足させた。この学校には一帯一路計画の参加国の学生たちが今年の9月に入学した。この学校の中国政治、経済、文化を学ぶ修士課程に入学する学生たちすべてに学費と生活費をカヴァーできる奨学金を支給することになる。

 

奨学金を得て中国の大学で学位を得ることよりも、自由主義的価値観と政治的な開放性を持つアメリカの大学に行くことの方に魅力を感じる学生がいるのは当然のことだ。ここ数年、中国の大学で、学問の自由が制限されるケースも出ている。しかし、多くの学生たちにとっては、アメリカの価値観や理想は、中国における高等教育よりも魅力的という訳にはいかない。奨学金が充実しているということもあるし、帰国後に中国関連の職に就けるということも大きな魅力になっている。

 

文化外交の一形態として、教育が外交関係に果たす役割について、中国政府の幹部たちは楽観的な考えを持っている。ある程度、中国はアメリカが撤退しつつある道を進もうとしている。これまでの数十年、特に冷戦期、アメリカの指導者たちは留学生に対する教育、特に将来の指導者に対する教育は、アメリカの価値観を拡散し、革命を伴わない平和的な進化を促進し、他国の発展に対して影響を与えるための有効な手段だと考えていた。しかし、アメリカで学んだ留学生たちが必ずしもアメリカの価値観や理想に対して忠実ではないということが分かり、アメリカの教育における関与は成功とも失敗とも言えないということになり、留学生を通じて世界に影響を与えるという政策に対する信頼は消えつつある。アメリカにおいてポピュリズムが勃興しているが、指導者たちは文化外交よりも国内政策を重視するようになっている。

 

教育に影響を与えるということはゆっくりとしたプロセスであり、教育システムは特にゆっくりとしか変化しない。これからしばらくは、アメリカは高等教育における国際的な基準となり続けるだろう。自由な学問研究と独立した思考、革新的な研究、最新の技術がアメリカの高等教育の長所であり、世界中の羨望の的だ。しかし、アメリカのソフトパワーのレヴェルはアフリカとアジアの発展途上国にどれほど基盤を持てるか、特にそれらの国々に対して、アメリカが教育面で支援をできるかにかかっている。アメリカが外国の学生たちに教育の機会を与える力を失いつつあり、そのために、アメリカが彼らに影響を与える機会もなくなるであろう。経済成長が著しい中国が教育の機会を与えることで、アメリカと張り合っている中で、それに負ければ、アメリカの影響力は減退するだろう。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 中国が発表した「一帯一路」計画については、日本ではあまり報道がなされないようです。話が大きすぎて日本人には理解しづらい面があると思われます。私が子供の頃にNHKで放送された「シルクロード」という番組がありましたが、現代のシルクロードを作るということかな、だけどそれは時代遅れなんじゃないのかという考えもあると思います。


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 一帯一路計画は中国の東岸からヨーロッパ西岸をつなぐ、ユーラシア大陸を横断するためのインフラ建設や整備の一大プロジェクトです。そして、中国はこれを海上輸送、海運、シーレーンにまで拡大しようとしています。具体的には、海上輸送ルートでヨーロッパと中国をつなぐということになります。

 

 中国政府はそのために海運企業コスコとチャイナ・マーチャンツ・ポーツに多額の融資を行い、シーレーンの整備と世界各地の港湾施設の管理運営権を積極的に取得(買収)させています。ヨーロッパの港湾施設の10%は中国の管理下にあるという数字が出ています。

 

 一帯一路計画が進められる中で、日本はどのような立ち位置を取るか、で将来の展望も変わってくるでしょう。太平洋でアメリカとつながり、中国とは至近距離にある日本ですが、アメリカ偏重ばかりでは、世界の半分での活躍の機会を失いかねません。「中国を敵とする」という単純極まりない思考では日本はますます縮小の道を進むことになるでしょう。

 

(貼り付けはじめ)

 

なぜ中国はヨーロッパ各地の港湾施設を買い続けているのか?(Why Is China Buying Up Europe’s Ports?

-中国国有の港湾管理大企業が中国政府の推進する「一帯一路」プロジェクトの最前線で激しく活動している

 

キース・ジョンソン筆

201822

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2018/02/02/why-is-china-buying-up-europes-ports/?utm_content=buffer5fefe&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

 

「一帯一路」計画は中国が何兆ドルもの資金を投入する外交政策の目玉プロジェクトだ。しかし、この計画は実際には何も進んでいない、目に見えない曖昧なものだと揶揄されることが多い。

 

シンガポールから北海までの各港湾は活発に活動している。これらの港で、中国の国有企業が一帯一路計画を現実のものにしている。これらの企業は積極的にこれらの港湾施設を買収している。中国企業による買収によって、世界貿易と政治的な影響力の姿が現実的に書き換えられようとしている。

 

「コスコ・シッピング・ポーツ(中国遠洋運輸集団)」と「チャイナ・マーチャンツ・ポート・ホールディングス(招商局港口控股有限公司)」は資金豊富な中国の巨大企業だ。両社は先を争うようにして、インド洋、地中海、大西洋沿岸の各港湾施設を購入している。先月もコスコはベルギー第二の規模を誇るゼーブルージュの港湾施設の買収の最終合意にこぎつけた。ゼ―ブルージュは北東ヨーロッパにおける中国の最初の橋頭堡となった。

 

これまでも数年間にわたり、スペイン、イタリア、ギリシアといった国々の港湾施設の買収が進んでいた。中国の国有企業は国内市場に縛り付けられていたが、今やヨーロッパの全港湾の10%をコントロールするまでになっている。

 

港湾施設の買収契約は、中国政府の野心的な計画を明確に表すものだ。中国政府は、中国とヨーロッパを海路、道路、鉄道、パイプラインで物理的につなげる計画を持っている。港湾は一帯一路計画における海の半分の基礎をなすものだ。中国がコントロールする港湾は南シナ海からインド洋、スエズ運河を通ってヨーロッパの南半分にまで達している。

 

海事コンサルタント会社ドロウリー社で港湾施設担当上級アナリストを務めるニール・デイヴィッドソンは次のように語っている。「コスコのような企業にとって、港湾施設購入契約は財政的に無理のないものである。そして、中国政府の幹部たちを喜ばせるものだ。それは、中国政府の掲げる一帯一路計画に沿ったものであるからだ。こうした動きの下にあるのは地政学的な思惑だ」。

 

現代の商業の力を手に入れることは、中国が通常の状態だと考える状態に戻るための方法なのだ。西洋諸国によって与えられた中国の屈辱の世紀、それは中国の各港をヨーロッパ諸国の戦艦によって強引に開港させられたことで始まった。この状態から脱却するためには商業的な力を手に入れることが必要だと中国は考えている。

 

オランダ国際関係研究所の中国専門家フランス=ポール・ヴァンダー・パッテンは「究極的な目的は中国の外国依存を低下させ、世界に対する中国の影響力を強めることだ」と述べている。

 

中国の影響力が増していることはヨーロッパでは驚きをもって迎えられている。中国からの投資は天井知らずの状態になっている。ヨーロッパ各国の指導者たちは、中国の習近平国家主席が中国の経済力を政治的な影響力に転換するのではないかという不安を募らせている。コスコは10億ドルを投じて、ギリシアのさびれた港ピレウスの港湾施設を買収した。これについて、中国政府はギリシアを利用して、ヨーロッパ連合による中国の人権状況と南シナ海の行動への非難を弱めさせようとするのではないかという懸念が出ている。

 

現在、中国の国有企業は地中海を進撃している。そして、同時に中央ヨーロッパと東ヨーロッパへの投資も加速させている。こうした動きに対して、懸念が募っている。

 

HISマークイットで酒井各国の港湾を担当しているターロック・ムーニーは次のように語っている。「一帯一路計画に沿った主要な社会インフラへの投資の規模は、ヨーロッパ諸国における中国の政治的な影響が増大している。これは確かなことだ」。

 

中国の海運と港湾企業は海運分野では小規模であった。海運事業分野はAP・モーラー・マースクやハチソン・ポーツのような大企業によって支配されていた。しかし、2016年、中国政府はチャイナ・オーシャン・シッピング(中国遠洋運輸集団総公司)とチャイナ・シッピング・カンパニー(中国海運集団総公司)を合併させ、コスコを発足させた。コスコは海運、港湾管理、その他の輸送事業を手広く行う巨大企業となった。

 

コスコの進撃は止まらなかった。昨年、コスコは昨年60億ドル以上を投じてライヴァル企業であるオリエント・オーヴァーシーズ・インターナショナルを買収した。これによって海運ビジネスにおける地位を固めることに成功した。現在、コスコは、世界最大級の海運企業(ヨーロッパ以外では最大)と世界で最も忙しい港湾管理企業をコントロールしている。

 

港湾に関して言うと、コスコは最大の中国国営企業という訳ではない。チャイナ・マーチャンツ・ポート・ホールディングスの方がより多くの貨物を取り扱い、海外で活発な動きを見せている。ヨーロッパでの港湾施設の買収に加えて、スリランカ、ジブチ、ブラジルでの拠点づくりを進めている。

コスコとチャイナ・マーチャンツはヨーロッパの競合企業に対して有利な点を持っている。中国企業は低利の資金をふんだんに利用して世界中の魅力的な資産を積極的に買収することができる。コスコとチャイナ・マーチャンツは、中国国有銀行から低利の融資を受けることができる。コスコは、中国開発銀行が提供する一帯一路関連融資で数十億ドル規模の融資を受けることが出来る。

 

「貿易と商業の観点からすると、安い金利の貸付金が利用できることと外交上の支援を受けられることで、中国の港湾管理企業はライヴァルとなる投資家たちに競り勝ち、自分たちが選んだ港湾施設を手に入れることが出来るようになるということを意味する」とムーニーは語った。

 

ある港湾が商業的な価値よりも中国政府にとって戦略的な価値がある場合には、財政的な自由度が増す。中国政府が資金を積極的に融資するようになるのだ。ジブチにおけるチャイナ・マーチャンツ担当部分のカーゴ取り扱い量は、昨年前半、世界的な好景気にもかかわらず、減少した。しかし、ジブチは中国政府にとって死命を決するほどに重要な港である。それは、中国国外唯一の中国人民解放軍の基地が置かれ、中国にとって重要なインド洋のシーレーンにとっての拠点となるからだ。


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ジブチの中国人民解放軍基地
 

ムーニーは次のように語っている。「中国政府にとって戦略的な価値がある場合には、中国の企業は商業的な価値がほとんどない、もしくは全くない資産も買収し、投資し続けることが可能だ」。

 

中国の企業による積極的な買収は地政学的な熱狂だけが理由ではない。

 

2016年に世界の貿易取引量が減少し、海運企業も打撃を受けた。コスコは2016年に売り上げを14億ドルも減少させた。しかし、港湾は利益を出している。ドリューイー・デイヴィッドソンは「港湾と流通基地は利益が出る。しかし、海運ビジネスは飛行機会社のようなもので、利幅が薄いのである」と語った。

 

コスコのような企業は投資を行って、さびれていた港湾を巨大な流通基地に変貌させ、利益が出るようにしたいと考えている。コスコはギリシアのピレウスをさびれた港から、ヨーロッパ、中東、アジアをつなぐ流通基地に変貌させた。コスコは、スペインの港湾ヴァレンシアを西地中海、ゼ―ブルージュを北東ヨーロッパの流通基地に変貌させようとしている。

 

中国の拡大のペースはヨーロッパ経済にとって重要な要素となっている。港湾だけではなく、エネルギー産業とハイテク産業の分野でも重要になっている。ヨーロッパ各国の指導者たちはイライラを隠せないでいる。

 

欧州委員会委員長ジャン=クロード・ユンケルは、中国という名前は出していないが、港湾のような資産の外国による買収について懸念を表明している。欧州委員会は、国家の安全にかかわるような微妙な分野における外国からの投資を精査するための新しい方策の導入を検討中である。

 

フランス大統領エマニュエル・マクロンは、先月の中国の公式訪問の中で更なる表現を使った。マクロンは中国政府によるヨーロッパ各国の重要なインフラの買収について特に言及し、ヨーロッパ各国の団結によって対処することを呼びかけた。ロイター通信は、マクロンが「中国は、ヨーロッパ諸国の中で中国に門戸を開いている国がある場合に、ヨーロッパ大陸と力に敬意を払うつもりはないだろう。」と発言したと報じている。

 

中国はヨーロッパ各国の成長が期待できる各企業を買収しているが、これには反発もある。2016年に中国はドイツのロボットメイカー・クカを買収した。これは、ヨーロッパ経済が成長するために必要な最新技術を中国が横取りするのではないかという懸念を引き起こした。

 

オランダ国際関係研究所のヴァンダー・パッテンは、中央ヨーロッパと東ヨーロッパにおける一帯一路計画に沿った港湾契約やその他のインフラ計画は、既にガタガタになっているヨーロッパ連合から政治的に弱い加盟諸国が離脱する危険を伴うものだ、と述べている。

 

ヴァンダー・パッテンは次のように語る。「現在、中国からの投資によって政治的な影響を受けるのかどうかということがより議論されるようになっている。大きな違いは、地中海沿岸諸国は中央ヨーロッパ諸国に対する中国の投資が、これらの国々の中国に対する姿勢に影響を与えるであろうということがすでに議論の前提になっているということだ」。

 

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(終わり)

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 古村治彦です。

 

 今回は、5月中旬以降の世界の動きを紹介した記事をご紹介します。この記事では、大事なイランの大統領選挙(2017年5月19日)について書かれていませんが、それ以外は書かれていると思います。イランの大統領選挙では現職で穏健派のロウハニ大統領に対して、対米強硬保守派がライシ元検事総長に一本化したので、ロウハニ氏が落選する可能性が出てきています。アメリカとイランとの間で核開発に関する合意が結ばれましたが、この先行きが不透明なために、ロウハニ大統領がこの合意を成功とアピールできないという事情があります。

 

 今週はトランプ大統領がトルコのエルドアン大統領やコロンビアのサントス大統領をホワイトハウスに迎え、その後、大統領就任後初の外遊に出かけます。イスラエルとサウジアラビアと中東の同盟諸国を訪問し、その後、ヴァティカンを訪問します。現在のローマ法王はトランプに対して批判的ですが、どのような会談になるかどうか重要です。

 

 G7では、トランプ大統領がG7の枠組み自体を問題にするという可能性もあるそうです。中国とロシアが入っていない会議では意味がないということだそうで、日本にとっては、地位低下、アジア唯一のG7参加国というステータスの喪失ということになります。

 

 これからしばらくの世界情勢について考える上で参考になりますので是非お読みください。

 

(貼り付けはじめ)

 

中国の道、ドイツの選挙、そして、トランプの訪問者たち(China’s Road, German Elections, and Trump’s Visitors: The Weekend Behind, the Week Ahead

 

エミリー・タムキン筆

2017年5月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/05/15/chinas-road-german-elections-and-trumps-visitors-the-weekend-behind-the-week-ahead/

 

北朝鮮が再びミサイル発射に忙しくしていた時、中国は、「一帯一路」フォーラムを主催していた。中国の習近平国家主席の提唱した同名の貿易イニシアティヴを中心に会議が開催された。

 

各国の指導者の中には、この中国が開いた外交上の大宴会に欠席した人々もいたが、喜んで参加した人々もいた。インドのナレンダ・モディ首相は欠席した。インドは、一帯一路イニシアティヴについて、国家主権を損なうと主張している。会議に出席したチェコ大統領のミロシュ・ゼマンはロシア大統領ウラジミール・プーティンに対して、ジャーナリストたちは全員追い出すべきだとジョークを言った。プーティンはこれに対して、いや追い出す必要はないが、数は減らすべきだと答えた。また、プーティンはピアノの弾き語りを披露した。

 

ロシアに目を移すと、ソ連時代に建設されたモスクワの高層アパート群の取り壊しに対して多くの人々が抗議のために集まった。抗議に集まった人々はこれまで政治的な活動をしたことなどない人々だ。参加者の中の例外は野党の指導者アレクセイ・ナヴァルニーだ。ナヴァルニーは抗議活動を組織した訳ではなかったが、ナヴァルニーは妻と息子と共に、警察によって抗議活動の中から排除された。

 

ロシアから少し西に目を移すと、エマニュエル・マクロンが正式にフランシス・オランドに代わってフランス大統領に就任した。マクロンは就任演説の中で、公約から後退することなく、大統領としての責務をきちんと実行すると誓った。

 

他のヨーロッパの国の政治ニュースを見てみると、ドイツ首相アンゲラ・メルケル率いる中道右派キリスト教民主同盟(CDU)は、北ライン・ウェストファリア地域での選挙で、マルティン・シュルツ率いる社会民主党(SPD)を破った。社会民主党の首相候補であるシュルツは、この秋に行われる連邦総選挙の前哨戦だと述べていた。彼の主張が正しいとすると、前哨戦の結果はシュルツにとって不吉な結果となった。キリスト教民主同盟の州レヴェルでの勝利は、メルケル時代が続くことを予期させる。さらに注目すべきは、極右政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」は16州で行われた州議会選挙のうち、13州で勝利を収めている。

 

ドナルド・トランプにとってはどうだろうか?彼はこれから外国からの賓客を迎える。アブダビのムハマンド・ビン・ザイード・アルニュハヤン皇太子、トルコ大統領レセプ・タイプ・エルドアン、コロンビア大統領ホアン・マニュエル・サントスがホワイトハウスを訪問する。

 

一連の賓客を迎えた後、トランプ大統領は大統領として初めての外国訪問に出発する。イスラエル、サウジアラビア、ヴァティカンを訪問し、シシリー島でのG7、ブリュッセルでのNATO首脳会議に出席する。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)



アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22



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 古村治彦です。

 

 アメリカのネオコンの拠点の1つである、戦略国際問題研究所(CSIS)が毎年発表しているグローバル予測の最新版から、所長のジョン・ハムレとジャパン・ハンドラーズの1人マイケル・グリーンの論稿をそれぞれ紹介します。ネオコン派がどのように考えているかが分かるものとなっています。

 

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2016年グローバル予測(2016 GLOBAL FORECAST

 

クレイグ・コーエン(CRAIG COHEN)、メリッサ・G・ダルトン(MELISSA G. DALTON)編

 

戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS

http://csis.org/files/publication/151116_Cohen_GlobalForecast2016_Web.pdf

 

 

アジアへの再接続(Reconnecting of Asia

 

ジョン・J・ハムレ(JOHN J. HAMRE)筆

 

400年前、人類史上初めての純粋に国際的な国家間システムが出現した。この時以前、中国の各王朝と近隣諸王国との相互交流のような地域的な地政学システムはいくつか存在した。しかし、純粋に国際菜的な国家間システムは存在しなかった。国民国家が出現した際のウェストファリア体制は極めて斬新なものを生み出した。個人の忠誠心は王に対する忠節から国民としての意識と国家への同一化へと変化した。この時期、制限責任企業のような組織に関する新しい概念が生まれた。制限責任企業は幅広く資本を集め、対象となる商業的な冒険的試みに大量の資本を投入できるようになった。

 

 これらのヨーロッパの国民国家は、大都市の発展を支えた大富豪を生み出すための世界規模の帝国を創設しようとして相争った。ヨーロッパを中心とする国際的な地政学的システムが生み出された。このシステムは、操作法則として力の均衡(balance of power)を基礎とし、商業主義的な諸原理によって動くものであった。

 

 しかし、この発展には副作用も伴った。ヨーロッパの各帝国は世界各地に商業拠点を獲得しようと躍起になった。この世界システムの経済的ダイナミズムによって、アジアとアフリカの沿岸部にヨーロッパから企業家精神に溢れた人々が押し寄せるようになった。海上輸送が世界的な商業の基礎となった。アジア各地の沿岸部と主要航路沿いに巨大な都市が次々と誕生した。それから400年間、アジアにおいて地政学的に重要であったのは沿岸部であった。

 

 それ以前、アジアにおける商業と地政学の点で重要であったのはユーラシア大陸内陸部であった。国家間の商業活動は、いわゆる「シルクルート(silk routes、シルクロード)」に沿って行われていた。

 

 400年間にわたりアジアにおいては沿岸部に地政学的な中心が置かれてきたが、その状況は変化しつつある。巨大なユーラシア大陸が内陸部で再接続されつつある。ロシアは、極東とヨーロッパを結ぶ鉄道ネットワークを構築するという野心的な計画を明らかにしている。中国は「一帯一路(One Belt, One RoadOBOR)」構想に基づいて様々なもっと野心的な計画を発表している。この計画は、中央アジアと西アジアを貫く形で輸送ネットワークを劇的に拡大するというものだ。中国はその他にもアジアインフラ投資銀行(AIIB)やシルクルート基金のようなより衝撃的で野心的な計画を実行しようとしている。数十の社会資本建設・整備計画が既に発表され、この計画の方向性はすでに示されている。

 

 一帯一路構想は、様々な議論を引き起こした。懐疑論を唱える専門家たちは、この計画は成長が遅れている中国内陸部の開発を促進するための試みだと述べている。また、個の計画は中国国内で建設ラッシュが一段落している建設業者たちに機会を与えるための経済刺激策だと主張する人たちもいる。更には、中央アジア諸国の中国に対する忠誠心を獲得し、属国関係として固定化するための地政学的な設計図に基づいて行われていると主張する専門家たちもいる。

 

一帯一路構想はアメリカにとってどのような意味があるものなのだろうか?これからの数十年間、中国はこの計画にエネルギーを使い、結果として東南アジアに対する圧力が弱まることになるのだろうか?それとも、巨大なアジア大陸全体に中国の覇権を及ぼすという究極的な目標を反映したものなのだろうか?一帯一路構想はアメリカにとって良いものなのだろうか、それともアメリカの国益にとって脅威となるのだろうか?

 

 新しいシルクルートという話はこれまで長い間流布されてきたものだ。インターネットで、「シルクロード」というキーワードを入れて調べてみると、ヒットするものの半数以上はトルコ発のもので、トルコの商業に関するものである。一帯一路構想が地政学的な側面を持っていることは疑いようのないところだが、その根底にある商業的な大きな動きを見逃すと、分析を間違うことになる。アジアの製造業をヨーロッパの市場に結び付けるための最も効率の良い方法は、海上輸送であると思われてきた。しかし、長距離鉄道網を使えば輸送時間を2倍から3倍も短縮することはたやすい。輸送時間を劇的に短縮することで、投資する資本が何も生み出さない時間を減少させることによって、必要な資本を減らすことが出来るのだ。

 

 アメリカ政府はこの巨大な展開を評価するための能力に欠けている。官僚たちは世界を分割してそれぞれ担当しているが、それによってより明確なビジョンを掴むことが出来ないようになっている。米国務省は世界を4つの地域に分けてそれぞれに、東アジア・太平洋担当、ヨーロッパ・ユーラシア担当、近東担当、南アジア・中央アジア担当という担当部局を置いている。国防総省は太平洋司令部を置いており、中国はそこの担当になっている。しかし、その他のアジアは、中央司令部とヨーロッパ司令部の担当になっている。

 

 官僚主義的な機関は創造的な思考には不向きだ。世界を4つに分割し、それぞれの中で見ていれば、この巨大な流れを見逃すことになる。新しい大きな流れの特徴を古い歴史的なフィルターを通じてみてしまうことになる。

 

 ユーラシアの再接続の重要性を見過ごすことは大きな過ちとなる。そして、この動きをアメリカの脅威としてしまうことは危険なことでもある。この巨大な展開においてアメリカの果たすことが出来る役割は限られている。しかし、それは私たち自身がそのようにしてしまっているためなのだ。私たちはこの大きな新しい流れを客観的に評価し、判断しなくてはならず、それには時間が必要だ。一帯一路構想に対処することは次の大統領の政策課題ということになるだろう。

 

(終わり)

 

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私たちが生きる現代にとって正しい戦略を追い求めて(Seeking the Right Strategy for Our Time

 

マイケル・J・グリーン(MICHAEL J. GREEN)筆

 

 アメリカは現在世界のいたるところで守勢に回っているように見える。中国は南シナ海において侵略的な土地埋め立てと島の要塞化計画を進めている。また、アメリカの同盟諸国への影響力を強めることになる、新しいユーラシア秩序の構築を求めている。ロシアはウクライナとシリアに軍隊を派遣することでNATOを侮蔑している。イランはアメリカとの間で内容の乏しい核開発合意を締結したが、中東各地の代理となる諸勢力に武器を与え、衰えることの野心を見せ、宗教的な統一という目標のために動いている。イスラミック・ステイトは暴力的で抑圧的なカリフ制度を求めて活動している。その活動力は落ちているが、規模を縮小させるまでには至っていない。更には、気候変動に関する国際的な協力は、2015年12月にパリで開催されたCOP21の開催前に既に失敗していた。これは、オバマ政権の成立当初からの目的の達成失敗ということになる。

 

 アメリカにとっての大戦略が必要な時期はこれまでほとんどなかったが、今はまさにそのタイミングだ。しかし、現在のアメリカが大戦略を構築し、それを実行することは可能だろうか?大戦略には様々な脅威と障害についての明確な定義が必要だ。努力を向ける目的の優先順位をつけることと、目的の達成のために外交、情報、軍事、経済といった分野の力を統合することが必要である。トクヴィルが明らかにしたように、アメリカの民主政治制度は、そのような意思決定と権威を一つの政府機関に集権化することを阻害するように設計されている。

 

 民主政治体制は、様々な障害が存在するが、何とかして、重要な事業の詳細を規制し、固定化された設計を保ち、その実行を行っている。民主政治体制では秘密で様々な手段を実行することはできないし、長い時間、忍耐を持って結果を待つこともできない。

 

 それにもかかわらず、アメリカは、共和国としての歴史の中で、これまで何度も大戦略を成功させてきた。アメリカ建国の父たちはヨーロッパ型の機構と策謀に大きな疑念を持ちそれをアメリカのシステムに反映させたが、それでも大戦略が成功したことがたびたびあった。アメリカ政府は、19世紀末までに西半球において自分たちに都合の良い国境を策定することができた。19世紀から20世紀に移行する次期、アメリカは太平洋における主要な大国としての地位を獲得した。第二次世界大戦後、ヨーロッパとアジアの民主諸国家との間で同盟関係を固めることができた。そして、25年前にソヴィエト主導の共産主義体制を流血の惨事を引き起こすことなく打ち倒すことが出来た。これらの大戦略が一人の人物によって実行されたことは少ない。それでもセオドア・ルーズヴェルトとヘンリー・キッシンジャーはそれに成功した。しかし、たいていの場合、アメリカの大戦略は、「目的と手段を効率的ではなく、効果的に結びつける巨大なプロセス」から生み出されたのである。ジョン・アイケンベリーが述べているように、戦後に海外で成功したアメリカの戦略は、アメリカ国内における公開性と諸政治機関の競争性によって生み出された。それらによってアメリカ主導の国際秩序において利害関係を持つ参加者たちの力を増大させ、安心感を与えることが出来たのだ。トクヴィルが致命的な弱点だと考えたものが、実際には大きな長所となった。

 

 しかしながら、現在では、アメリカの民主政治体制の政治過程が、同盟諸国やパートナーに対して、安心感ではなく、より厳しいものとなり、警戒感を与えることになっている。また、アメリカの政治指導者たちが、「アメリカは国際的な諸問題で世界を指導できる能力を持っているのか」という疑念を起こさせている。第一次世界大戦とヴェトナム戦争の後、アメリカは大きく傷ついた。アメリカ国民はこれらの時期、世界に対してアメリカが関与していくことを基礎とする地政学を求める指導者を選んだ。イラク戦争後、アメリカの全体的なムードも同じような流れになった。アメリカの外交政策戦略の主要なテーマが「アメリカの世界的な評価を回復する」ということになった。アメリカ政府は地政学ではなく、国際的な脅威に関心を払うようになった。「戦争」か「関与」かの単純な二者択一で政策を行うようになっている。また、「バカなことはやらない」という考えに基づいて受け身的な事なかれ主義になっている。

 

 イラク戦争後のこうした流れによって、伝統的な国民国家、勢力均衡、アジア、東欧、中東に出現しつつある地域的な秩序に関する競争の重要性は減退した。中国、ロシア、イランは、アメリカの影響力を小さくし、アメリカの同盟諸国の力を小さくするための強制的な戦略を用いることで、戦争と関与との間にある「グレーゾーン」を埋めている。同じようなことは南米についても言える。しかし、南米で現在の国際システムに異議を唱えている国々の国際的な秩序に与える脅威はより小さいものと言える。アメリカとの間で相互利益がある地域における ロシア、中国、イランの関与はそれぞれの国益にかなうものであるが、この関与を「大戦略」と呼んでしまうと、オバマ政権が「これまでの国際秩序を作り変えようとする諸大国に地域的な秩序作りを任せてしまっている」という印象を世界中に与えることになってしまっている。一方、これらの大国に対して純粋に競争的な戦略を採用すべきと主張しているリアリストたちは、アメリカの同盟諸国やパートナーの置かれている複雑な立場を分かっていない。これらの国々のほとんどは、特にロシアと中国に対して、冷戦期のような立場をはっきりさせるような戦略を採れないような状況にある。アメリカの大戦略は国家間関係の根本的な理解のために地政学を復活させねばならない。しかし、同時に国際社会で指導的な立場に立つには、信頼されるに足るだけの外交的、経済的、軍事的、価値観に基づいた選択肢を提供する必要があることもアメリカは認識しなければならない。世界の国々に近隣の新興大国、既存の国際システムに異議を唱える大国関係を持たないようにさせようとしても無駄である。

 

 言うまでもないことだが、海外で指導的な役割を果たすためには、国内での経済成長を維持することは欠かせない。しかし、それがアメリカの縮小のための言い訳になってはいけない。アメリカは、これから数年の間、競争が激しい世界秩序から撤退し、世界がボロボロになった後に戻ってくる、などということをやってはいけない。実際、多くの国際協定が締結間近であるが、これらは海外におけるアメリカの影響力を強化するだろうが、アメリカの国内経済を大きく動かすことにもなる。環太平洋経済協力協定(TPP)と環大西洋貿易投資協定(TTIP)によって、アメリカの貿易を促進され、ヨーロッパと太平洋地域をアメリカとより緊密に結びつけることになる新しいルールを構築されることになる。より良い統治の促進、女性の地位向上、法の支配、市民社会が強調されることで、諸外国ではより正義に基づいた、安定した、そして繁栄した社会が生み出されることになる。消費は促進され、知的財産権はしっかり保護されることになる。違法行為を終わらせ、保障関係のパートナーシップを強化することで、各企業はよりまともな戦略を立てることが出来、同盟諸国やパートナー諸国との間で新しいシステムと技術に関してより生産的な発展を進めることが出来る。多くの国々がアメリカとの間の更なる経済的、軍事的な協力関係を望んでいるのだ。実際のところ、近現代史を通じて、現在ほどアメリカとの協力が求められている時期はないのだ。ここで大きな問題となるのは、アメリカ政府は、この新しい流れを利用して、経済、規範、軍事の関与に関するあらゆる手段に優先順位をつけ、それらを統合することが出来るのかどうか、ということである。

 

 この問題に関しては、アメリカ国民の考え方ひとつだ。この問題に関して、歴史は大きな示唆を与えてくれる。1920年代初めに行われたギャロップ社の世論調査では、アメリカ国民の大多数が、第一次世界大戦に参戦したことは間違いであったと答えた。1930年代、連邦議会は国防予算を減額し、保護主義的な関税を導入した。1930年代末、日本とドイツがヨーロッパと太平洋の既存の秩序に脅威を与えるようになった。この時期、ギャロップ社の調査で、数字が逆転し、大多数のアメリカ国民が第一次世界大戦にアメリカが参戦したことは正しかったと答えた。フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領は、互恵通商法を成立させ、海軍の再増強に乗り出した。1970年代半ば、アメリカ国民はヴェトナム戦争に反対するようになった。この時、連邦議会は防衛予算を減らし、大統領の外交政策遂行に制限を加えた。それから10年もしないうちに、ソ連が第三世界に対してそれまでにない拡張主義で臨むようになると、アメリカ国民は国防予算を増額し、ソ連の進出を阻止し、冷戦の終結につながる動きを促進する政策を支持した。

 

 最近の世論調査の結果は、アメリカ人の中に国際主義が再び復活しつつあることを示している。国家安全保障は共和党支持者たちにとって最も重要な問題となっている。一方、ピュー・リサーチセンターの世論調査では、大多数のアメリカ国民がTPPを支持している。問題解決は指導者の力量にかかっている。民主、共和両党の大統領候補者予備選挙の始まりの段階では、むちゃくちゃなポピュリズムの旋風が起きている。それでも、国際的な関与を主張する候補者が最終邸には勝利を得られるだろうと考えるだけの理由は存在するのだ。

 

(終わり)

メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31




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