古村治彦です。
世界覇権国アメリカの衰退が叫ばれて久しい。その間の中国の台頭は目覚ましい。次の世界覇権国は中国だという考えは世界中で広がっている。アメリカを中心とする西側諸国(the West)の凋落も続いている。この中には日本も含まれている。西側以外の国々(the
Rest)の経済成長は堅調である。大きく見ればアメリカを主軸とする西側世界が支配してきた世界構造が変化しつつある。
中国が世界覇権国になるための道筋を地理的に見るならば、太平洋に拡大するか(中国から見て東側に進む)か、ユーラシア大陸に拡大するか(西側に進むか)ということになる。太平洋に向かうとぶつかるのはアメリカである。太平洋は大きく分けて西太平洋と東太平洋に分けられる。現在の太平洋は全体がアメリカの海であり、アメリカは更に「インド太平洋(Indo-Pacific)」という概念を用いて、その支配を維持しようとしている。それに対して、中国は西太平洋、具体的には第二列島線(Second Island Chain)までを中国の海にしたい構えだ。これに対抗するためにできたのがクアッド(日米豪印戦略対話、Quadrilateral Security Dialogue、Quad)だ。
中国が西側に向かうというのがユーラシアであり、その具体的な計画が一帯一路構想だ。そして、その道筋にある国々で結成されているのが上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization、SCO)だ。この一帯一路計画では、ユーラシアの端のヨーロッパと中国がつながり、海路を通じてアフリカにまで到達する。これはインド洋も中国が取るということになる。中国の膨張に対してアメリカは防戦一方となる。中国がユーラシアを抑え、太平洋を抑えることで、アメリカは西半球に封じ込められるということになる。
現在のウクライナ戦争も大きく考えてみると、アメリカを軸とする西側世界と中国を軸とする西側以外の世界の衝突ということになる。米中はそれぞれが直接対決している訳ではないが、ロシアとウクライナによる代理戦争(proxy war)を戦わせているという構図になる。アメリカ当局もこうした中国の戦略や大きな構図を分かっていることは下の論稿で明らかであるが、身動きができない状態になっている。それはアメリカの国力の減退ということがある。中国が嫌い、怖いと感情的になるのではなく、まずはどういう意図を持っているのか、そして世界は大きくはどのように変化しているかを理解して、対策を立てることが重要となってくる。
(貼り付けはじめ)
中国には世界支配への2つの道がある(CHINA
HAS TWO PATHS TO GLOBAL DOMINATION)
-そして、北京がどちらの戦略を選択しているのか、ワシントンが見抜けるかどうかにかかっている。
2020年5月22日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/05/22/china-superpower-two-paths-global-domination-cold-war/
習近平国家主席率いる中国は超大国としての野心を隠していない。ほんの数年前、アメリカの中国専門家の多くはまだ、中国が自由な国際秩序を支える脇役に徹する、もしくは西太平洋におけるアメリカの影響力に対して挑戦を控えるだろうという希望的観測を持っていた。当時の常識は、中国はアジア地域における役割を拡大させ、地域におけるアメリカの役割を縮小させることを目指すが、遠い将来については国際的な野心を持っているというものだった。しかし、現在は、中国はアメリカの世界の指導者としての役割に対して張り合うようになっている。これは間違いないところであり、その張り合う場面は至る所にある。
その一つが海軍力増強、建艦プログラムである。中国は2014年から2018年の間に、ドイツ、インド、スペイン、イギリス各海軍の艦艇数の総計を超える数の艦艇を就航させた。中国政府はハイテク産業を独占し酔うという意図を持っている。ハイテク産業は、将来の経済力、軍事力の配分を決定することになるだろう。中国沿岸部からの重要航路をコントロールする動き、中国から遠く離れた場所に軍事基地と物流拠点のチェインを構築する動きもある。アジア・太平洋地域やそれ以外の地域における経済面での影響力を経済面での強制力に変換するシステム的な努力も行われている。
特に、その野心を表向きには隠してきた国がそれを表向きにして隠さない状態になっているのは事実だ。習国家主席は2017年に中国は「新時代」に入った、「世界における中心に位置を占めねばならない」と発言した。その2年後、習主席は、アメリカとの関係悪化について「新しい長征(new Long March)」であると形容した。中国国内から発生した戦略的ショックでさえ、北京の地政学的野心の展示ケースとなった。習近平政権が、自らの権威主義によって悪化した新型コロナウイルス危機を、中国の影響力を誇示し、中国モデルを海外に売り込む好機に変えようとしたことを見ても明らかであろう。
不透明で権威主義的な政権の意図を正確に見抜くことは難しい。また、敵対的な意図を断定的に表明することは、運命論(fatalism)や自己実現的な予言(self-fulfilling
prophecies)につながる危険性がある。安定的で建設的な米中関係が可能かどうかについては、私たち2人は異なる予断を抱いている。しかし、中国が実際に世界の主要国としての地位を確立しようとしているのか(あるいは必然的にそうしようとしているのか)、そしてその目標を達成するためにどのような行動を取り得るのかを問わないのは、故意に知らないふりをしているということになる。アメリカの中国戦略の立案者たちは、いかに本能的に融和的であろうと対立的であろうと、この問題に正面から向き合わなければならないのである。
もし、中国が真の超大国の地位(superpower status)を目指すのであれば、そこには2つの道がある。1つは、これまでアメリカの戦略家たちがこれまで認めてきた中国の世界的野心の範囲を改めて強調する道である。この道は中国がお膝元と言うべき西太平洋をめぐるものだ。この道は、中国がグローバル・パワーへの跳躍台として、地域内での優位性を築くことに重点を置いており、アメリカ自身がかつて通った道とよく似ている。第2の道は、戦略や地政学の歴史的法則に反しているように見えるため、非常に異なっている。このアプローチは、アメリカが西太平洋で揺るぎない強固な地位を築くことよりも、中国の経済的、外交的、政治的影響力を世界的規模で発展させることによって、アメリカの同盟システムと同地域での戦力プレゼンスを減少させることに重点を置いている。
中国がどの道を歩むべきかという問題は、北京の戦略家たちにとって差し迫った問題であり、彼らは今後数年間、何に投資し、どんな戦いを避けるべきかという厳しい決断に迫られることになる。そして、中国がどのような道を歩むかという問題は、アメリカの戦略家たち、ひいては世界の他の国々にとっても深い意味を持つ。
中国が世界的な影響力を確立するためには、まず地域的な覇権を確立することが必要であるというのが、確立されつつある常識である。これは、冷戦時代のソヴィエト連邦のように、近隣諸国を物理的に占領することを意味しない(台湾を例外とする可能性はある)。しかし、それは、北京が西太平洋の第一列島線(first island chain、日本から台湾、フィリピンまで)とそれ以遠の地域で支配的なプレーヤーになること、近隣諸国の安全保障と経済の選択に対して有効な拒否権を獲得すること、この地域におけるアメリカの同盟を破棄させ、アメリカ軍を中国の海岸からどんどん遠ざけていくこと、を意味している。もしこれができなければ、中国がグローバルに力を発揮するための安全な地域的基盤を持つことはできない。中国は、脆弱な海洋周辺部における持続的な安全保障上の課題に直面し、そのエネルギーと軍事資産を攻撃ではなく防御に集中させなければならなくなるだろう。そして、米国が第一列島線に沿った強力な軍事的立場を維持する限り、ヴェトナム、台湾、日本など地域の大国は、中国の台頭を受け入れるのではなく、それに抵抗しようとするだろう。つまり、アメリカの同盟諸国や安全保障パートナー、軍事基地、その他の敵対的諸大国の前線基地に囲まれたままでは、中国は真のグローバル・パワーにはなり得ないということになる。
このシナリオがアメリカ人にとって説得力を持つ理由の1つは、アメリカが国際舞台で優位に立つための道筋に酷似しているからである。アメリカ建国初期から、アメリカ政府高官たちは、北アメリカおよび西半球で戦略的に敵がいない状態を確立するまでは、ワシントンが世界情勢の中で主要な役割を果たすことは考えにくいと理解していた。これは、1820年代のモンロー・ドクトリン(Monroe Doctrine)から1898年のカリブ海戦争でのスペイン勢力打倒まで、数十年にわたる半球からのヨーロッパのライヴァルたちを追い出す作戦の多くの構成要素をつなぐ戦略論理(strategic logic)であった。1904年のルーズヴェルトの系譜(Roosevelt
Corollary)から、1980年代のドナルド・レーガン政権によるキューバやソ連と同盟関係にあったサンディニスタ・ニカラグアに対する公然の秘密の戦争まで、ヨーロッパ人たちがこの地域に再び足場を築くのを防ぐための100年にわたる努力(その一部は道徳的に曖昧で、深い問題さえある)を前述の考え方が支えたのである。
冷戦時代、アメリカのグローバル・パワーが地域の支配的地位と密接に関係していることは超党派の委員会で明確に述べられている。「アメリカが国際舞台で許容範囲のパワーバランスを管理可能なコストで維持できるかどうかは、陸上国境に固有の安全保障にかかっている」と委員会は述べている。もしアメリカが「国境付近の安全保障上の脅威から防衛」しなければならないとしたら、「恒常的に増大する防衛負担を負わなければならず、その結果、世界の他の場所での重要な公約を削減しなければならなくなる」だろうということだった。
中国がこの論理を身につけたことは確かで、中国の政策の多くが地域の優位性を確立するために計算されているように見える。北京は、アメリカの艦船や飛行機を自国から遠ざけ、近隣諸国とより自由に付き合えるようにするために、高度な防空能力、エンジン音の静かな潜水艦、対艦ミサイル、その他の対接近・領域拒否能力(anti-access/area-denial capabilities)に多額の投資を行ってきた。北京は、南シナ海と東シナ海を中国の湖にすることに重点を置いている。これは、米国がライヴァル国をカリブ海から追い出そうと決意したのと同じ理由であると推測される。
同様に、中国は、アメリカの軍事パートナーや条約上の同盟諸国との関係を弱めるために、誘惑、強制、政治的操作の混合物を使用してきた。中国当局は、「アジア人のためのアジア(Asia for Asians)」という考えを推進してきた。これは、アジア地域はアメリカの干渉を受けずに地域の諸問題を解決すべきだという考えを暗に示している。習近平が「大国間関係の新モデル(New Model of Major-Country Relations)」構想を発表した際、その核心は、米中両国が太平洋の両側に留まれば、仲良くやっていけるというものであった。
最後に、中国人民解放軍は台湾を征服するために必要な軍事力を構築していることを公言しているが、これは一夜にして地域のパワーバランスを崩し、西太平洋におけるアメリカの他のコミットメントに疑問を投げかけることになる。台湾海峡での米中戦争は、今すぐにも、あるいは数年以内に起こる可能性があるとするアナリストたちもいる。これらの政策は全て、アメリカが中国に戦略的に接近することに対する基本的な不安感を示している。そしてもちろん、これらはすべて、地域支配という狭い目標に合致するものである。しかし、これらの政策は、もし北京がアメリカのグローバル・パワーへの道を模倣しようとするならば、予想されることと一致するものでもある。
しかし、もし中国が世界の超大国を目指すのであれば、本当にこのような道を歩むのだろうかと疑問を持つ理由が存在する。国際問題においては、敵対国が私たちと同じように世界を見る、あるいは私たち自身の経験を再現しようとすると仮定する「ミラー・イメイジング(mirror-imaging)」には常に大きな危険が潜んでいる。それは、中国がその周辺地域を支配することは、アメリカにとってよりもはるかに困難であることは、今や北京にとって明白だからだ。
アメリカは、自国の半球(訳者註:西半球)で日本に対峙したことがない。中国から見ると、日本は地域の重要な国であり、更に大きな国(訳者註:中国よりも大きなアメリカ)と同盟関係にある。中国にとって第一列島線を超えるということは日本を超えるということだ。また、インド、ヴェトナム、インドネシアなど、中国の領土や海域に立ちはだかる多くのライヴァルたちに対処する必要もアメリカにはなかった。また、アメリカを単に厄介者、あるいはより差し迫った脅威に対する支援を確保するためになだめるべきライヴァルと見なすのではなく、アメリカを最大の挑戦者とみなす超大国と向き合う必要もない。中国から見ればこれらは全て逆になる。地域支配を目指すと、アメリカが得意とするハイエンドなハイテク軍事競争に戦略的競争を集中させ、中国の近隣諸国を更にアメリカに引き込むことになりかねない。実際、これまでのところ、北京の誘惑と強制の努力は、フィリピンとタイの地政学的志向を変えることに部分的に成功しているが、オーストラリアと日本への対応では裏目に出てしまっている。つまり、こうしたことから、北京が地域的なパワーアップを成功させることができるかどうかは明らかではなく、中国のグローバル・リーダーシップへの第二の道があるかどうかという疑問までが生じてくる。
もし、中国が地域覇権に焦点を当てた後に世界覇権を検討するのではなく、逆に物事に取り組むとしたらどうだろうか? この第二の道は、中国を東よりも西に導き、ユーラシア大陸とインド洋に中国主導の新たな安全保障・経済秩序を構築するとともに、国際機関における中国の中心的地位を確立するものである。このアプローチでは、中国は、少なくとも当面の間、アメリカをアジアから追い出すことも、アメリカ海軍を西太平洋の第一列島線の外に押し出すこともできないことを不承不承のうちに受け入れることになる。その代わりに、世界の経済ルール、技術標準、政治制度を自国に有利なように、また自国のイメージ通りに形成することにますます重点を置くようになるであろう。
この代替アプローチの主要な前提は、グローバルなリーダーシップを確立するには、伝統的な軍事力よりも経済力と技術力が基本的に重要であり、東アジアに物理的な勢力圏を持つことは、そうしたリーダーシップを維持するための必要条件ではない、というものになるだろう。この論理に従えば、中国は、西太平洋における軍事バランスを維持し、対接近・領域拒否の原理によって、自国の周辺地域、特に領有権主張に注意を払い、戦力の相関関係をゆっくりと自国に有利な方向に変化させながら、他の形態のパワーによって世界支配を追求すればよいということになる。
ここで北京は、アメリカのアナロジーの異なるヴァリエーションを考えるだろう。第二次世界大戦後に形成され、冷戦終結後に強化された国際秩序における米国のリーダーシップは、少なく
とも3つの重要な要因に依存していた。第一は、経済力を政治的影響力に変換する能力だ。第二は、世界に対する技術革新の優位性を維持することだ。そして第三は、主要な国際機関を形成し、世界の主要な行動規範を設定する能力である。中国は、この第二の道を歩むにあたり、これらの要素を再現することを目指すことになるだろう。
これは、ユーラシアとアフリカにまたがる「一帯一路構想(Belt Road
Initiative)」の野心的な拡大から始まるだろう。物理的なインフラの建設と資金調達により、中国は複数の大陸にまたがる貿易・経済リンクの網の中心に位置することになる。また、この取り組みのデジタル要素である「デジタル・シルクロード(Digital Silk Road)」は、中国の基盤技術を展開し、国際機関における標準設定を推進し、中国企業の長期的な商業的利点を確保することで、「サイバー超大国(cyber-superpower)」になるという2017年の中国共産党大会で中国が表明した目標を前進させるものだ。中国は、新型コロナウイルスからの回復で先行したことを利用して、競合他社が一時的に低迷している主要産業で更なる市場シェアを獲得し、この課題を推進しているとの見方もある。積極的な対外経済政策と技術革新に向けた国家主導の大規模な国内投資とを組み合わせることで、中国は人工知能から量子コンピューター、バイオテクノロジーに至る基盤技術のリーディングプレーヤーとして台頭してくる可能性がある。
中国はこうした取り組みを通じて経済力を高めると同時に、その力を地政学的な影響力に転換させる能力を磨いていくだろう。カーネギー国際平和基金研究担当副会長エヴァン・ファイゲンバウムは、中国が「政治的・経済的選好を固定化」するために利用できるレヴァレッジには、潜在的・受動的なものから積極的・強制的なものまで、複数のタイプがあると指摘する。ファイゲンバウムは、北京が、韓国、モンゴル、ノルウェーなど多様な国々との間で、これらの手段をフルに活用する「ミックス・アンド・マッチ(mix and match)」戦略を磨き続けるだろうと分析している。最終的に中国は、より体系的なエスカレーションのハシゴを採用し、好ましい結果をもたらすようになるかもしれない。
アメリカが戦後の重要な制度を自らの政治的イメージで構築したように、この第二の道は中国を国際秩序の中心的な政治的規範の再構築に向かわせるだろう。多くの研究が、北京が国連システム全体で、中国の狭い範囲の利益を守るため(台湾の国連での地位の否定、中国への批判の阻止)と、国家主権が人権に勝るという価値観を強化するために、全面的に圧力をかけていることを記録してきた。また、オーストラリア、ハンガリー、ザンビアなどの民主主義国家において、中国が政治的言論に影響を与えるために行っている介入的な取り組みを「シャープ・パワー(sharp power)」という言葉で表現することが一般的になっている。また、北京は急速に外交力を高め、世界各地の外交官ポスト数でアメリカを抜き、多国間金融機関、国際気候変動・貿易機関、その他の重要なルール設定機関においてその影響力を持続的に拡大させている。ブルッキングス研究所のタルン・チャブラは、北京のイデオロギーに対するアプローチは柔軟かもしれないが、その累積的効果は権威主義の余地を拡大し、透明性と民主的説明責任の余地を狭めるものだと的確に指摘している。
戦後およびポスト冷戦時代における米国のリーダーシップのもう1つの重要な原動力は、もちろん、強固で弾力的な同盟システムであった。これは、北京にとって資産として利用しにくい。それにもかかわらず、中国の指導者たちは、ジブチを皮切りに、中国の国外に潜在的な軍事基地ネットワークを構築し始めている。また、中国は自国の同盟の欠陥を補うために、西側の同盟構造を弱め、分裂させる戦略に着手し、東欧諸国を育成し、アメリカとアジアの同盟国の間の絆を緩めさせようとしている。
これらの努力は全て、アメリカが秩序の保証人としての伝統的役割から一歩後退した時期に行われたものである。そして、これこそが最も重要な要素なのかもしれない。
ドナルド・トランプ米大統領は、アメリカがアジアの実際の大国としての役割を維持するための伝統的な軍事・安全保障投資を重視し続けている。しかし、中国がもたらすグローバルな課題に、少なくとも首尾一貫した方法で対応することについては、そこまで関心を示していない。新型コロナウイルスに対するアメリカの対応は、悲しいことに、その象徴的なものとなってしまった。ウイルスが中国に由来することを世界に認識させるための不器用な努力と無能な国内対応とが組み合わさって、本来であればアメリカの優位性を示す最高の広告塔であった原則的国際リーダーシップが、相対的に欠如している。かつては、アメリカが経済刺激策と世界的な公衆衛生対策を調整する国際的な取り組みの先頭に立つことを期待できたかもしれない。確かに、連邦政府が国家的な対応策を練り、正確な情報を発信する上でこれほどまでに失敗するとは思っていなかっただろう。大国間競争が叫ばれる中、中国がアメリカの空白を徐々に埋め、他の国々は有力な代替手段がない中で、中国の力が増大する世界に順応していくというシナリオは、もっともな話である。
もちろん、世界的に卓越した中国が、海洋周辺部の支配大国(dominant power
on its maritime periphery)であるアメリカを永久に受け入れるとは思えない。しかし、グローバル・リーダーシップを目指すことは、単に西太平洋におけるアメリカの立場を出し抜くことであり、政治的・軍事的圧力や対立ではなく、経済的・外交的影響力の蓄積によって、アメリカの立場を維持できなくすることであるとも考えられる。
確かに、この方法にも問題がある。中国はアメリカよりもグローバルな公共財を提供する能力が低いかもしれない。その理由は、中国の国力が低いことと、権威主義的な政治システムのために、アメリカの優位性を際立たせてきた比較的賢明な、相互にとって利益を出す(positive-sum)のリーダーシップを発揮することが困難であることの2つがあるためだ。新型コロナウイルスの危機は、この点で双方向に作用している。アメリカの緩慢な対応は、アメリカの能力と信頼性に対する世界の懸念を増幅させたことは確かであるが、同時に、世界的な感染拡大を助長するような初期の発生の隠蔽、アメリカ発のウイルスに関する不合理な話のでっち上げ、深刻な問題を抱える国への欠陥検査の販売など、中国の無責任で攻撃的な振る舞いを示すものでもある。ドイツなどヨーロッパの主要国の政府は、北京の略奪的な貿易慣行、主要産業の支配努力、人権慣行への批判を封じ込め、民主政治体制世界の言論の自由を抑圧しようとする動きにすでに嫌気がさしている。新型コロナウイルス問題は、中国モデルの暗黒面を示すことで、北京のグローバルな野心に対する抵抗力を更に高めることになるかもしれない。
最後に、中国の指導力にはイデオロギーの壁が存在する。中国の台頭をめぐる緊張は、単に経済的・地政学的な利害の衝突から生じるものではない。民主政治体制国家の諸政府と強力な権威主義政権の関係をしばしば苦しめる、より深く、より本質的な不信感をも反映している。北京の政治的価値と世界の民主政治体制国家の価値との間にあるこの溝は、ヨーロッパをはじめとする多くの国々が、世界情勢における中国の役割の増大に対して不安を持ち始めていることを意味する。しかし、このことは、北京がまだこの道を歩もうとしないことを意味しない。この道は、アメリカが民主国家群との関係を悪化させ、威信を低下させるにつれて、より広く、より魅力的になっていくように思われる。
「二つの道」を分析する場合、明白な疑問に直面することになる。もし、その両方であったら、あるいはどちらでもなかったらどうなるのだろうか?
実際、中国の戦略は、現在、両方のアプローチの要素を兼ね備えているように見える。これまでのところ、北京は西太平洋でアメリカと対峙するための手段を蓄積し、地政学的影響力を求めると同時に、より広範な世界的挑戦に向けて自らを位置付けている。また、北京の経済や政治体制が衰えたり、競合相手が効果的に対応したりすれば、最終的にどちらの道もうまく行かない可能性も十分にある。
しかし、いずれにせよ、北京の選択肢を整理することは、3つの理由から有益な作業ということになる。
第一に、今後数年間に中国が直面する戦略的選択と取引(trade-offs、トレードオフ)を明確にすることができる。中国の資源は膨大に見えることが多いが、それでも有限である。空母キラー・ミサイルやエンジン音の静かな攻撃型潜水艦に費やされる1ドルは、パキスタンやヨーロッパのインフラ・プロジェクトに使うことはできない。また、中国のトップリーダーの関心と政治資金も限られている。強大なライヴァルに直面し、なおかつ困難な内的問題に直面している新興国が、資源に過剰な負担をかけず、努力の効果を薄めずに地政学的・地質経済的な課題に取り組めるのは限られた数だけである。したがって、どちらの覇権への道がより有望であるかを見極めることは、中国の戦略家たちにとって一貫した関心事であり、アメリカの対応を決定しなければならないアメリカの当局者にとっても同様であろう。
第二に、2つの道に関する分析は、アメリカが直面している戦略的課題を明確にするのに役立つ。アメリカの有力な国防アナリストの中には、北京がその海洋周辺部での軍事競争に勝たなければ、グローバルにアメリカに対抗することはできないと主張する人たちがいる。この分析は、台湾海峡やその他の地域のホットスポットにおいて、既に傾き始めているパワーバランスを補強するために必要な軍事投資と技術的・運用的革新をアメリカが行うことを重要視しているものである。
これらの投資と技術革新は確かに重要である。しかし、私たちの分析は、アメリカが西太平洋で強力な軍事的地位を維持することができたとしても、中国との競争に敗れる可能性を提起している。5G技術やインフラ投資の代替ソースの提供、グローバルな問題への取り組みにおける有能なリーダーシップの発揮など、よりソフトな競争手段も、中国の挑戦に対処する上でハードな手段と同様に重要であることを思い起こさせる。また、アメリカの同盟やパートナーシップを、中国の影響力買収や情報操作による内部崩壊から守ることは、外部からの軍事的圧力から守ることと同じくらい重要であることを示唆している。また、アメリカ軍に多額の投資をする一方で、外交や対外援助は手薄にし、アメリカのグローバルな関係ネットワークを空洞化させ、国際機関を弱めたり撤退させたりすることは、アメリカが海外で存在するためのハードパワーとなる軍事力を強化しないのと同じくらい危険であることを示す警告を発しているのである。
最後に、中国の覇権への2つの道を考えることは、米中間の競争が冷戦と似ているようでいて異なることを明確にする。当時も現在と同様、米ソ両国が最も直接的に対峙する軍事的な中心舞台が存在した。中央ヨーロッパである。冷戦期には、この戦域からアメリカを排除することの困難さと危険性から、ソ連は側面攻撃(flanking maneuver)を展開した。モスクワは、経済援助、破壊活動、革命運動とのイデオロギー的連帯などを駆使して途上国での優位を探り、暗黙の軍事圧力と政治的干渉によってヨーロッパとそれ以外の地域でのアメリカの同盟関係を空洞化させようとしたのである。
しかし、ソヴィエト連邦は世界経済のリーダーシップの重大なライヴァルでは決してなく、北京ができるかもしれないようなグローバルな規範や制度を形成する能力も、洗練された能力も持ってはいなかった。ソ連のパワーは結局のところ極めて狭い範囲にとどまっており、モスクワの持つ戦略的選択肢は限られていた。アメリカとソ連は、善と悪、勝利と敗北、生存と崩壊という二元論的な言葉で対立を捉えていたが、今日、ますます激しくなる競争と依然として重要な相互依存を組み合わせた関係において、より微妙なニュアンスを持つようになっている。
アメリカは、現在のような自虐的な軌道をたどらない限り、その競争において十二分に力を発揮することができる。しかし、中国が優位に立つためのもっともらしい2つの道筋を持っているという事実は、この競争が、アメリカの最後の大国間競争時代よりも複雑で、より困難なものになる可能性があることを意味している。
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