古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:人道的介入主義派

 古村治彦です。

 ヘンリー・キッシンジャーは100歳となった。キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官、米国務長官を務めてから半世紀ほどが経つ。この50年ほどはコンサルタントというか、ネットワーカーとして活躍し、世界各国の最高首脳たちに具体的な指針を与えている。現在も移動は車椅子であるが、世界各地を飛び回っている。最近では日本を訪問し、岸田文雄首相とも会談している。
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 「キッシンジャーなんてまだ生きているの?」「過去の人でしょ?」「もうそんなに影響力なんてないでしょ」ということを言う人は多い。そして、下の論稿の著者であるスティーヴン・M・ウォルトも「どうしてそんなに評価されるのだろうか」という疑問を持っているようだ。ウォルトに言わせれば、キッシンジャーのキャリアには、学者、政府高官、コンサルタントの3つの場面があるが、学者としての業績(新しい考えや理論の提示)は中途半端で終わり、国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官としての業績は確かにあるが、失敗もある。政府を離れてからのコンサルタント(キッシンジャー・アソシエイツ創設)からの方が50年ほどと最も長いキャリアであるが、政策提言など敗退したことはない、という評価になる。

 キッシンジャーの業績は「裏側(behind the scene)」でこそ発揮される。だから、表に出てくる内容だけで判断するのは、正確な判断ではない。彼の一挙一投足が報道されることはないが、漏れ伝わる動きは世界政治の勘所を抑えている。肝心な場所(ツボ、経絡)に適宜鍼を打つ鍼灸医のようなものだ。東洋医学のように、じんわりと効果が出てくる。それが現在の世界の状況だ。米中関係、米露関係が危険をはらみつつも、最終的な手切れまで進まないのはキッシンジャーの手当てがあるからだ。彼の米国内、海外に張り巡らせた人脈のおかげだ。

 キッシンジャーの抱える弱点は、彼の同程度の力を持つ後任者がいないことだ。キッシンジャーも人間であり、いつかは亡くなる。彼亡き後に誰がキッシンジャーと同じ役割を果たせるだろうか。管見ながら、私には彼の後任となり得る人物は思いつかない。そうなれば、大きく言えば、リアリズム側の力が弱まり、ネオコン(共和党)と人道的介入主義派(民主党)の力が大きくなる。目の上のたんこぶがいなくなり、これら2つの勢力が伸長することで、世界は大規模戦争の危機に直面する。その準備は進められている。NATOのアジアへの伸長はその一例だ。

 キッシンジャーをただの学者やコンサルタントと侮るのは間違いだ。また、「キッシンジャーは日本が嫌いなんでしょ」と訳知り顔に言うのも浅薄な態度である。キッシンジャーはそのような低次元の存在ではない。そもそも日本など世界から相手にされていないのだ。老人ばかりになって、金がなくなっていく日本にどれだけの価値があるのか。せいぜい中国の沿岸にべたっと張り付く空母、基地といったところだ。国際ゲームのプレイヤーではなく、コマ程度の存在だ。そういう認識を持って世界を眺めて、初めてキッシンジャーの凄さが少し分かるようになる。

(貼り付けはじめ)

ヘンリー・キッシンジャーの評判の不思議に関する問題を解決(Solving the Mystery of Henry Kissinger’s Reputation

-元米国務長官は天才だ、しかしそれは読者の皆さん方が考えるような形ではない。

スティーヴン・M・ウォルト筆
2023年6月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/06/09/henry-kissinger-birthday-reputation-foreign-policy/

ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官に関して、この1ヵ月間、ニューヨーク経済クラブやニューヨーク公共図書館でのプライヴェートイヴェントなど、何度も100歳の誕生日のお祝いが開かれ、多くのVIPが出席している。この光景は、キッシンジャー独自のステータスを雄弁に物語るものだ。外交官のディーン・アチソン、ジョージ・ケナン、ジョージ・シュルツはもちろん、生きている間にこれほどの扱いを受けた政治家はほとんどいない。歴代大統領もそうだ。

キッシンジャーについて考える際、誰でも認めることであるが、彼は驚くべき人生を歩んできた。ナチス・ドイツからの難民でありながら、やがてアメリカで権力の頂点に立ち、70年近くもアメリカの外交政策に大きな影響を与え続けてきた。1世紀の時を経て、キッシンジャーはアメリカが生んだ最も偉大な戦略的思想家であると称賛されるようになった。彼の名前は、外交問題評議会や議会図書館のフェローシップ、いくつかの大学の寄付講座や研究センター、そして彼の名を冠したコンサルティング会社にも刻まれている。101歳を迎えてなお、これほどまでに世間の注目を集める人物は他にいない。

しかし、キッシンジャーの素晴らしい人生の中心には、難問がある。 キッシンジャーは、現在、独特の深みと知恵と洞察力を備えた外交政策思想家として常に賞賛されているが、その長いキャリアは、彼の崇拝者たちが考えているほど印象的なものではないように見える。キッシンジャーが恐るべき知性と卓越した業績を持つ人物であることは、彼の最も厳しい批判者たちでさえ認めるところであるが、問題は、1世紀を経て得た評価が十分に正当化されるかどうかである。

これが「キッシンジャーの難問(Kissinger conundrum)」である。なぜ、キッシンジャーは畏敬の念を持たれ、彼自身が世界情勢を掌握し、他の誰よりも優れているかのように扱われるのだろうか?

この謎を理解するためには、キッシンジャーの職業上のキャリアを3つのセクションに分けることが有効である。第1段階は、ハーヴァード大学で1954年から1969年まで教鞭を執った研究者としてのキャリアである。第2段階は、リチャード・ニクソン大統領(当時)の国家安全保障問題担当大統領特別補佐官、ニクソンとニクソンの後継者ジェラルド・フォードの国務長官と国家安全保障問題担当大統領補佐官として、政府で活躍したキャリアである。第3段階は、著者、評論家、有識者としてのキャリアであり、その多くは、政府を離れた後に設立したコンサルティング会社キッシンジャー・アソシエイツの代表として行われたものである。

キッシンジャーは、ハーヴァード大学の学者として、数冊の本と多くの論文を発表し、ネルソン・ロックフェラーや外交問題評議会(CFR)との長いつきあいを開始した。いくつかの著書は広く注目されたが、結局、この時期の彼の学問への貢献は大きなものではなかった。彼の初期の著作はどれも古典という評価に値するものではなく、今日、学者たちに広く読まれ、議論されているものもほとんどない。ハンス・モーゲンソーやケネス・ウォルツのようなリアリストの著作は、国際関係の学術的研究に今なお長い影響を与えているが、キッシンジャーの学術的著作(最初の主著『回復された世界平和(A World Restored)』を含む)は、そうではない。キッシンジャーは核兵器についても多くの著作を残したが(1957年にベストセラーとなった『核兵器と外交政策(Nuclear Weapons and Foreign Policy)』を含む)、グレン・スナイダー、バーナード・ブロディ、アルバート・ウオルシュテッター、トーマス・シェリングの著作は、キッシンジャーの著作よりも核戦略の進化にはるかに大きな影響を与えた。キッシンジャーが後に出版した『選択の必要性(The Necessity for Choice)』(1961年)は評判が良くなく、ナイオール・ファーガソンのようにキッシンジャーに同情的な伝記作家でさえ、NATOに関する後の本『二国間の歪んだ関係――大西洋同盟の諸問題(The Troubled Partnership)』(1965年)は急いで書いたもので、すぐに時代遅れになったと認めている。

確かに、キッシンジャーが学問の世界に力を注いでいれば、もっと大きな影響を与えることができたかもしれない。キッシンジャーは、ウィーン会議でのヨーロッパ秩序の再構築を考察した『回復された世界平和』から続く、世界秩序に関する三部作を書くつもりであったことが現在分かっている。しかし、キッシンジャーは現実の政策課題に取り組むようになり、三部作の完成には至らなかった。そして、アメリカのヴェトナム政策を深く掘り下げるなど、こうした活動が、やがて1968年の政権発足につながった。しかし、事実は変わらない。 学者としてだけ見れば、キッシンジャーは学術界の神殿の一員ではない。

キッシンジャーが国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官として残した記録は、常に論争の的となっている。中国への開放(国交回復)、ソ連との重要な軍備管理協定の交渉、繰り返されるアラブ・イスラエル紛争への対応など、注目すべき業績もある。しかし、これらの成果は、ヴェトナム戦争への支持と、戦争に勝てないという認識にもかかわらず、その長期化に直接関与したこととのバランスを取る必要がある。ニクソンとキッシンジャーはまた、戦争をカンボジアに拡大することを選択し、知らず知らずのうちにクメール・ルージュの大量虐殺支配への扉を開いてしまった。キッシンジャーがチリで起こしたピノチェトの軍事クーデターを支援したことや、1971年のインド・パキスタン戦争への対応についても、厳しい評価を下す価値がある。

これらの出来事(およびその他多くの出来事)をどのように評価するかについては、合理的な人々の間で意見が分かれるところであろう。しかし、キッシンジャーの政治家としての功績が、ディーン・アチソン(第51代国務長官)やジョージ・シュルツ(第60代国務長官)、あるいはハワード・ベイカー(第61代国務長官)の功績をはるかに凌ぐものであると評価することは難しい。これは、キッシンジャーの業績を否定するものではない。就任後の行動が彼を卓越した政治家という評価を得させるものではないことを認めているに過ぎない。

ここからは第3段階についてだ。キッシンジャーは、企業や政府、そして一般市民に対して戦略的な助言を提供するというキャリアで長い経験を持ち、重厚な書籍や新聞コラム、その他様々な形で、めまぐるしい活動をしてきた。キッシンジャーの長いキャリアを振り返って、その実績はどうだろうか?

悪くはないが、あなたが思っているほどでもない。まず、キッシンジャーは政府を去ってから多くの本を出版しているが、3冊の回顧録(邦題は『キッシンジャー秘録1-5』。『ホワイトハウス時代』『激動の時代』『再生の時代』)を除けば、どれも画期的なものではなく、学問への貢献度が特に高いものではない。最も野心的な『外交』(1995年)と『世界秩序』(2014年)は、それぞれのテーマについて長大かつ博識に考察しているが、いずれも斬新な理論的見方や挑発的で新しい歴史解釈は示していない。これに対して、キッシンジャーの回顧録は、アメリカの上級政治家が書いた個人的な記述としては最高のものであり、重要な業績であると私は考えている。アチソンの『アチソン回顧録』(『天地創造[Present at the Creation]』)だけが、それに近い。他の回顧録と同様、著者が在任中に行ったことを強力に擁護しているため、懐疑的な目で読まなければならない。しかし、世界最強の国の外交官であり戦略家である著者が、膨大な不確実性の中で、矛盾する圧力と優先順位をリアルタイムで調整しながら、どのような仕事をしていたかを、間近で見ることができるのである。また、巧みな人物描写と力強いドラマ性に満ちた、魅力的な作品となっている。

キッシンジャーの他の活動についてはどうだろうか? マット・ダスが最近指摘したように、キッシンジャーは、政府機関での勤務を、政府機関から退任後に有利なキャリアに転換させる技術を、発明し、確かに完成させたのである。 キッシンジャー・アソシエイツは、コーエン・グループ、オルブライト・ストーンブリッジ・グループ、ライス、ハドレー、ゲイツ&マニュエル、ウエストエグゼック・アドバイザーズなど、元政府高官の名前、見識、コネを多種多様な(通常は正体不明の)クライアントに提供する会社の家内工業(cottage industry)の手本となったのである。ジョージ・マーシャルのような公僕が、公の奉仕(および他者の犠牲)から利益を得ることは不適切だと考え、自分のキャリアを現金化するための儲け話を断ったが、そんな時代はとっくに終わっており、キッシンジャーはその倫理観を損なうようなことを誰よりもした。特に、これらの元高官が外交政策に関する公的な議論に積極的に参加し続け、場合によっては再び政府に戻る場合、利益相反の可能性は明らかである。問題は、彼らの公的な立場が、私的な収入を強化する(あるいは少なくとも保護する)ことを意図していたかどうかを知ることができないことである。

更に言えば、キッシンジャーは、彼が政府の職から退任して以来、私たちが直面している最大の戦略的問題のいくつかについて、ひどく間違っていた。例えば、彼はNATOの拡大を早くから支持していたが、この決定は、他のオブザーヴァーが、ヨーロッパの永続的な平和ではなく、ロシアとの直接的な衝突をもたらすと正しく予見したものである。また、キッシンジャーは2003年のイラク侵攻を支持したが、これはアメリカ史上最大の戦略的失敗の1つであることは間違いなく、2015年のイランとの核合意には反対した。そして、キッシンジャーは、関与政策によって中国の台頭を助けると、強力なライヴァルの出現を早めることになることを予見できなかった。この盲点が、2011年に出版された『中国――キッシンジャー回想録』が、明らかに両極端な結論に達した理由の一因かもしれない。

キッシンジャーが全てにおいて間違っていたと言っているのではない。現代の出来事を分析するのは難しいことであり、全てを正しく理解する人はいない。私が言いたいのは、評論家としての彼の実績は、日常的に世界情勢を論じる他の人々よりも明らかに優れている訳ではないのに、なぜ多くの人々が彼をアメリカの偉大な戦略家として称賛するのかが理解しがたい、ということだ。

従って、謎は次のようになる。誇大宣伝を無視すると、キッシンジャーは生産的で有名であり続けてきたが、最終的にはそれほど影響力のある学者ではなかった。実際の成功と憂慮すべき失敗の両方を経験した政策立案者である。そして、現代の政策問題のアナリストでもあるが、その実績は他の人よりも際立ったものではない。それでは、彼が今日享受している高い評判についてどのように説明されるだろうか?

その答えの一つは、もちろん、彼が長寿であることだ。もしキッシンジャーが70歳代後半、あるいは80歳代半ばでこの世を去っていたら、その死は多くの人々の注目を集め、アメリカ外交史における彼の地位は揺るぎないものになっただろう。しかし、現在のような象徴的な地位は得られなかっただろう。最後の1人ということは、批評家やライヴァルがほとんどいなくなり、時間の経過によって過去の罪の記憶が曖昧になり、信奉者たちが彼の評判を高める時間が長くなることを意味する。

100点満点の答えには、この説明は間違いなく役に立つが、謎に答えるには、それ以上のことが必要となる。

私は本当の理由は極めて単純だと考えている。キッシンジャーほど、影響力と名声を獲得し、維持するために、これまで、そしてこれからも、より長く努力した人はいないだろう。私はこれまで、驚くほど意欲的で野心的な人物を数多く知っているし、他の人物についてもたくさん本を読んできた。キッシンジャーはそのどれにも当てはまらない。キッシンジャーに関する多くの伝記を何気なく読んだだけでも、その野心が桁外れであること、集中力が抜群で仕事の邪魔をするような趣味がないこと、そしておそらく現代世界がこれまでに見たことのないような偉大なネットワーカーであったことが分かる。彼は、自分の役に立つかもしれない人との間にある橋を焼き切ることはしなかったし、明らかにコンセンサスから外れた立場を取ることもなく、新しい人脈を築く機会を逃すこともなく、侮辱を忘れることもなく、十分にやったと結論づけることもなかった。分かりやすく言えば、キッシンジャーは、他の誰よりも働き、魅力的で、巧みで、人々を出し抜いてきたのだ。そして、何よりも驚くべきことに、彼は今なおその歩みを止めない。

キッシンジャーはまた、影響力が自己強化されることも理解していた。あなたが十分に有名であれば、他の人々は、批判的であるよりも、支持的であり、融和的である方が、より多くの利益を得られると結論付けるだろう。キッシンジャーを追いかけることは、ジャーナリストや大学教授など、広い視野を持たない人であれば、まったく問題ないかもしれないが、外交政策の中枢で大成したいのであれば、賢い戦略とはいえない。彼は既に多くの友人やコネクションを持っていた。彼が大きくなればなるほど、野心的な政策担当者は彼の知恵を疑うよりも、彼の寵愛を求めることを選ぶだろう。

このような大きな野望は計画を狂わせることもあるだろうし、少し怖い気もするが、賞賛に値するものもある。そして、巨大な野望を持つ人々全員がキッシンジャーのようにやれる訳ではない。しかし、キッシンジャーが今受けている賞賛を額面通りに受け取る、もしくは判断に迷った瞬間に目を向けないということをしてはいけない。彼が死ぬなどと言うことは考え難いことだが、完全に無謬であるとは言い難い。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 ジョー・バイデン政権になってから、アメリカ外交はうまくいっていない。アフガニスタンからの撤退がうまくいかず、大きな混乱を引き起こした。その後は、ウクライナ戦争が起きたが、ウクライナ戦争ではロシアに対する経済制裁を主導して、早期にロシアを経済的に屈服させて、あわよくばロシアの現体制を崩壊させようという「捕らぬ狸の皮算用」が見事に失敗した。ウクライナ戦争が長期化する中で、アメリカはウクライナの勝利の可能性はないと分析しているが、戦争を止めることができないでいる。至極当たり前のことだが、ロシアはアメリカの言うことを聞かない。ウクライナとロシアの間を仲介できるのは、中国だけだ。

 更に言えば、中東地域に関しては、中国が得点を挙げた。中国の仲介で、長年の敵同士であったサウジアラビアとイランが国交正常化を行うと発表した。これで中東地域で核兵器を持つ3カ国である、イラン、イスラエル、サウジアラビアのバランスが崩れた。サウジアラビアとイスラエルはアメリカの同盟国としての関係を持っていた。イスラエルとサウジアラビアは共にイランを敵としていた。その関係のバランスが崩れた。イスラエルは孤立することになる。サウジアラビアが西側陣営から離れつつあるというのは、アメリカにとっての大きな痛手となる。産油量を増やして石油価格を下げて欲しいというアメリカの懇願をサウジアラビアは無視した。

 バイデン政権は「デモクラシー」「人権」といった価値観を押し出した外交を展開している。そして、対中強硬姿勢を取っている。これでは転換期の国際政治を渡っていくことはできない。民主政体フェスなるイヴェントにお金を出して、アントニー・ブリンケン米国務長官が出席しているようでは、現実的な外交はできない。「清濁併せ吞む」ということができなければ、新興の「西洋以外の国々(the Rest)」とやり合うことはできない。

 考えてみれば、現在のアメリカ外交を牛耳っているのが、共和党系のネオコン派と民主党系の人道的介入主義派である以上、どうしようもない。リアリストたちが入らねば現状は変わりようがない。国務省の上級幹部たちが入れ替わるためには、バイデンが選挙で落ちて、大統領でなくなるか、バイデンが考えを変えて、自発的に1期目と2期目で人員を入れ替えるかしかない。バイデンとバイデン政権の最高幹部たちはどんな手段を使ってでも今度の大統領選挙に勝利するだろう。なぜならば、そうしないと自分たちの犯罪が明らかにされて逮捕されてしまうからだ。彼らは一蓮托生の犯罪でつながった人々だ。バイデン政権が2期目の4年間も続くということになれば、世界の不幸もまだまだ続くということだ。その間に、ネオコン派や人道的介入主義派が暴発して、最後のひと勝負、大博打をかけるかもしれない。それが核兵器を使用する戦争であったり、米中露での戦争になったりする可能性もある。現状だって既に第3次世界大戦に入っていると言っても過言ではない。悲観的な妄想で済めばそれはそれで良いことだが、それくらいに悲観的になっておく必要がある。

(貼り付けはじめ)

バイデンの国務省にはリセットが必要だ(Biden’s State Department Needs a Reset

-政権の外交は、時間を無駄にする民主政治体制についての議論を除けば、うまくいっていない。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2023年4月1日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/04/01/biden-blinken-state-department-democracy-summit/

アメリカの外交機関、特に国務省(Department of State)がリソース不足に陥っていることは、広く認められている真実だ。この真実は、国務省または米国国際開発庁(United States Agency for International DevelopmentUSAID)の予算を、国防総省または各種情報諜報機関に割り当てられた予算と比較すると特に明らかになる。アメリカの壮大な世界的野望を考慮に入れると、それは更に明白になる。大統領の時間、そしてアントニー・ブリンケン国務長官などの閣僚の時間は、全ての中で最も希少なリソースであることも自明のことだ。

これが事実なら、なぜジョー・バイデン政権は第2回民主政体サミット(Summit for Democracy)に時間を割いたのだろうか? バイデン大統領やブリンケン国務長官ら最高幹部たちが、このトークフェスに費やした時間だけではない。このようなイヴェントを開催することで、他の問題に対処するために使えたかもしれない何百時間ものスタッフの時間が浪費されてしまったのだ。

私がこの問題を提起したのは、外交をアメリカ外交政策の中心に据えると宣言して発足したバイデン政権であるが、その最初の2年余りを振り返ると、外交的成果がほとんどないからだ。プラス面で言えば、アメリカの同盟諸国は、ドナルド・トランプ前大統領やマイク・ポンペオ前国務長官よりもバイデンやブリンケンに親しみを感じており、政権の初期の失態(2021年のAUKUS潜水艦取引でフランスを不必要に無視したことなど)を快く許してくれていることが挙げられる。しかし、そうした外交関係者からの印象が改善されたことを除けば、バイデン政権の外交記録は印象に残るほどの成果を挙げていない。

問題の一部は、バイデンとバイデン政権が受け入れている「民主政治体制対独裁政治体制(democracy vs. autocracy)」という枠組みにある。私は誰よりも民主政治体制が好きだし、一部の人よりもずっと好きだ。しかし、この二項対立(dichotomy)は、アメリカの外交に解決よりも多くの問題を引き起こす。アメリカは、世界の民主政体国家よりも数が多く、大国間の対立が激化すればするほどその価値が高まる独裁的な政府と、より効果的に協力することができないのである。「アメリカは偽善者だ」という非難に晒され、ワシントンの民主的な同盟諸国もあまりやる気を起こさないように見える。その一例を示す。ヨーロッパの指導者たちは、独裁的な中国との経済的利益を守るために北京に足を運び続けているが、これは民主政治体制対独裁政治体制という図式とは大きく矛盾する行動である。同様に、ほぼ民主的なインドのナレンドラ・モディ首相は、ロシアのウラジミール・プーティン大統領の国家安全保障補佐官の1人と会談したばかりだ。

一方、バイデン政権の他の課題は未解決のままだ。バイデンは、前任者が愚かにも放置したイランとの核取引に再び参加すると言って就任した。しかし、バイデンは逡巡し、延期した。結果として、イランの立場は強まり、新たな核取引の実現は不可能であることが明らかになった。その結果はどうか? イランはこれまで以上に核兵器開発能力の獲得に近づいている。そして、バイデン政権も世界も必要としない中東における戦争発生のリスクを高めている。

更に悪いことに、バイデンとブリンケンは、中東の複数の同盟諸国から繰り返し屈辱を味わっている。エジプト政府は、アメリカが提起している人権問題を日常的に無視する一方で、アメリカの経済援助を懐に入れ続けている。バイデンは、反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギを殺害したサウジのムハンマド・ビン・サルマン王太子を失脚させるという選挙公約を覆した。「世界中が目撃した」サウジアラビアとの手打ちをもってしても、サウジにエネルギー価格の緩和に協力させることも、ウクライナ侵攻後のモスクワに圧力をかけるよう説得することもできなかった。さらに不吉なことに、サウジアラビアは中国の習近平国家主席に近づき続けている。今週、サウジアラムコは中国と2つの新しい石油関連投資案(製油所建設を含む)を発表したし、最近のサウジアラビアとイランの緊張緩和(デタント)を仲介したのはアメリカではなく中国だった。中国やサウジアラビアが自国の利益のために行動することを責めるつもりはないが、これらのことをアメリカ外交の勝利と見なすことは難しい。

バイデンとブリンケンには、現在のアメリカとイスラエルとの関係の危機に直接の責任はない。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の「司法改革」案がその最大の原因だが、イスラエルに対する彼らの軟弱な態度が、ネタニヤフ首相に「このままでいい」と思わせた可能性がある。バイデンとブリンケンは、最初からイスラエルに愛想を尽かしていた。アメリカ大使館をエルサレムに移転するというトランプ大統領の決定を覆さず、パレスチナ人のための領事館を再開するという再三の約束も果たさず、ヨルダン川西岸を植民地化しようとするイスラエルの継続的な取り組みに「懸念」を表明するいつもの軽い表現しかしなかった。バイデンとブリンケンは、イスラエルがますます懸念を高める行動からアメリカを遠ざけようとしている。そして、その代わりにアメリカのイスラエルに対する「鉄壁の(ironclad)」関与(コミットメント)に関するいつもの決まり文句を繰り返し、二国共存解決という神話上の生き物(mythical creature)を信じ続けていることを表明し続けた。ネタニヤフ首相が、アメリカからの支持を危うくすることなく、イスラエルの民主政治体制に対する論争的な攻撃を進めることができると考えたとしても不思議ではない。今週初め、バイデンがようやく穏やかな批判を口にしたとき、ネタニヤフ首相はすぐに、イスラエルは自分自身で決断を下すと答えた。これこそ、無条件の支持で得られる外交的影響力ということだ。

一方、アメリカは世界の平和の担い手(global peacemaker)としての役割を放棄しつつあるようだ。かつて軍備管理(arms control)を最優先し、エジプト・イスラエル和平条約、ベルファスト協定(Good Friday Agreement)、バルカン戦争の終結を仲介したアメリカは、現在のところ、紛争を終わらせることに関心がなく、たとえ最終的に死や破壊が増え、エスカレートするリスクが続くとしても、自分たちに有利な側を勝たせることに関心がある。クインシー・インスティテュートのトリタ・パルシが先週指摘したように、「アメリカは誠実な平和主義の美徳を諦めてしまったようだ。今日、我が国の指導者たちは、永続的な平和を確立するためというよりも、紛争において『わが方』の立場を有利にするために調停を行っている」と述べている。

アメリカ外交は、中国への対応にも失敗している。2021年にブリンケンが表明した政権の対中政策は、アメリカが「競争的であるべき時は競争的に、協力的であるべき時は協力的に、敵対的でなければならない時は敵対的になる(will be competitive when it should be, collaborative when it can be, and adversarial when it must be)」というものだ。しかし、1番目と3番目の項目が中心となって、共通点を見つけ、ますます激しくなる安全保障上のライヴァル関係を管理する努力は、ほとんど行われていないのが現状だ。もちろん、その責任の一端は北京にあるのだが、この重要な米中二国間関係をどのように管理し、改善していくかについて、創造的な考えを示す兆候はほとんど見られない。

しかし、悪いニュースばかりではない。日本やオーストラリアなど、既存のアジアのパートナーとの関係強化に向けたアメリカの努力は、中国の思慮の浅い主張にも助けられ、うまくいっている。しかし、先端チップの輸出規制やアメリカのデジタル産業への助成を通じて中国を弱体化させようとするバイデン政権の幅広い取り組みは、これらの同じパートナーに大きなコストを課すとともに、近隣での将来の衝突に対するアジアの懸念を高めている。また、バイデン・ティームは、インド太平洋地域で経済的影響力を強める中国への効果的な対抗策を打ち出すことができなかった。トランプ大統領が2017年にTPP(環太平洋経済連携協定)を破棄するという思慮の浅い決断を下したのはバイデンの責任ではないが、その代わりに昨年ようやく打ち出した「インド太平洋経済枠組み(Indo-Pacific Economic Framework)」は、アジアの大部分から小粒だと広く正しく思われている。

バイデン政権の初期の外交的成功の1つは、ジャネット・イエレン財務長官が、多国籍企業に対するグローバルな最低税額を設定するための多国間協定を交渉したことだった。これにより、多国籍企業が低税率のオフショア・ロケーションで利益を申告して税金を回避するのを防いだ。イエレン長官の功績は称賛に値するが、この法案は現在のところ、米連邦議会で瀕死の状態にあり、施行されない可能性がある。そして、バイデン政権のより成功した国内のイニシアティヴ、特にインフレ削減法は、これらの措置がアメリカの国内産業を、自国ではなく同盟諸国の費用で促進していると見なす、アメリカの同盟諸国との間で深刻な摩擦を引き起こした。

「ちょっと待て」という読者の皆さんからの声が聞こえてきそうだ。モスクワの行動を非難する偏った国連総会での投票は言うに及ばず、ロシアの違法なウクライナ侵攻に対する欧米諸国の対応をまとめる上で、アメリカ外交が果たした重要な役割はどうだろうか? それは、アメリカが復活し、外交官たちが完璧に仕事をこなしていることの証明ではないのか?

その答えは「イエスであり、ノーだ」となる。一方では、バイデンと彼のティームは、侵略に対する欧米諸国の協調的な対応を主導してきた。これは必ずしも容易なことではない。しかし、戦争が終わるまではこうした努力を終えることはできないし、この努力の最終結果は不確実だ。ロシアがドンバスの一部または全部を支配し、ウクライナの人口が減少し、大きな被害を受けたまま戦争が長引いたとしても、外交政策上の大きな成果には見えないというのが残酷な現実である。そうならないことを願うのは当然だが、その可能性を否定することはできない。

悲しいことに、バイデン政権は、少なくとも部分的には自作自演(own making)の問題に見事に対処している。ウクライナ戦争の根源はバイデンの大統領就任より前にあったのだが、バイデンもブリンケンも戦争がすぐに起こるとは考えなかった。彼らは、ロシアがウクライナの動向を現実的な脅威と見なしていることを認識せず、戦争を回避するためにできる限りのことをした訳でもない。アメリカ政府関係者(過去と現在の両方)は、アメリカや欧米諸国の政策がこの悲劇を引き起こした、またそのための役割も果たしたということを徹底的に否定してきた。しかし、イギリスの歴史家ジェフリー・ロバーツが『ジャーナル・オブ・ミリタリー・アンド・ストラティジック・スタディーズ』誌で最近述べたように、証拠を冷静に見てみると、そうではないことが分かる。以前にも述べたに、「プーティンは戦争に直接の責任があるが、西側諸国は非難されるべきでないということもない」のだ。

アメリカとヨーロッパの同盟諸国が、ロシアの安全保障上の懸念にもっと真剣に、創造的に対処しようとし、「ウクライナはいつかNATOに加盟する」という頑なな主張を止めていれば、戦争を回避できたかどうか、確実にそうだったとは言えない。私は、ロシアが予防戦争(preemptive war)を始めたこと(国際法上違法な行為)やそのやり方について、非難を免れると主張するつもりはない。しかし、この戦争が世界に及ぼす影響、とりわけウクライナに及ぼす影響を考えると、アメリカがこの戦争を阻止するためにあらゆる手段を講じなかったことは、これまで以上に批判されてしかるべきだろう。

しかし、アメリカの外交官たちの不甲斐なさは、彼らの責任ばかりではないだろう。アメリカの世界的な野望は非常に大きいため、多くの問題は十分な注意を払うことができず、ましてやトップに立つ人々の時間、エネルギー、関与を引き出すことはできないだろう。そして、ワシントンの目標が大きく広がれば広がるほど、それらの間のトレードオフを調整し、明確で一貫した優先順位を維持することは難しくなる。これは、私たちが外交政策の抑制を主張し続ける理由の一つである。アメリカの外交政策は、重要なことをより少なく、よりよく行うことで、より成功するのである。

それでは民主政治体制サミットの話に戻ろう。たとえ出席基準に一貫性がなく、問題のある民主政体諸国(フランス、イスラエル、ブラジル、インド、アメリカなど)が民主政治体制の美徳を讃えるために集まるという特異な構図を見逃したとしても、この努力から何が得られるかは明らかではない。第1回目のサミットでは、20年近く続いている民主政体の下降傾向を覆すことはできなかった。それでは、第2回目のサミットで何を達成できるのだろうか? 1944年のブレトンウッズ会議、1991年のマドリッド会議、2015年のパリ気候会議がそうであったように、有力者が一堂に会することは、何か即効性があり、具体的に実行できることがあれば意味がある。同様に、バラク・オバマ政権が開催した4回の核サミットでは、政権が当初掲げた目標の全てに到達したわけではないにせよ、世界中の核物質の管理を改善し、既存の核物質の備蓄を削減するための様々な合意など、具体的な成果が得られたと言える。

私の知る限り、民主政体サミットはそのようなささやかな成果にすら遠く及ばないだろう。民主政治体制の未来は、話し合いの場を増やすことで救われるものではない。世界の民主政体諸国が、国内外の市民のためにより良い結果を出せるかどうかにかかっている。成功には多くの努力が必要であり、最も裕福な民主政体国家であっても、時間や資源が無限にあるわけではないのだ。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 アメリカの外交を大きく色分けすれば、「介入」と「抑制」となる。介入とは、諸外国が問題を抱えていると判断し、その解決のためにアメリカ政府が干渉をすることである。共和党のネオコン派、民主党の人道的介入主義派が「介入」を推進する勢力である、抑制とは、外国の問題に干渉することを控えることであり、民主、共和両党のリアリズムを信奉する勢力(リアリスト)がその代表的勢力である。バラク・オバマ政権第一期目に関しては少し複雑で、オバマ大統領自身は「ジョージ・HW・ブッシュ(父)大統領の外交姿勢が理想だ」と述べていた。ブッシュ(父)政権の外交政策の舵取りをしたのは、ジェイムズ・ベイカー国務長官であり、彼はリアリストであった。しかし、オバマ政権一期目の国務長官になったのはヒラリー・クリントンだった。「アラブの春」の発生と失敗については拙著『』で書いている。

 アメリカは世界に自分たちのモデルを押し付けるだけの立派なことを国内でしているのか、というのが下記論稿のスティーヴン・M・ウォルトの疑問である。新型コロナウイルス感染拡大に対して、アメリカはうまく対処できなかった。「それはドナルド・トランプ大統領だったからだ」という主張もあるようだが、誰が大統領でも結果はそう変わらなかっただろうというのがウォルトの見解である。

 「自国民にマスクをつけてもらうこともできない政府の言うことを、外国の人々が聞く訳がない」というのがウォルトの主張だ。だから、アメリカが「社会工学的(社会的外科手術的)」に体制転換や国家建設を押し付けてもうまくいくものではないということになる。

 理想主義で物事を推し進める場合、急進的に物事を行い、無理をしてしまって、結局、現実世界を壊してしまうということが起きる。非西洋諸国に、「西洋的価値観が普遍的だ」と言って、何でも押し付けて伝統社会を壊してしまうと、その国が変調をきたしたということはよくあることだ。変化を促すにしても少しずつ、進み具合を見ながら慎重にやっていくという漸進主義こそが成功への近道だ。

 アメリカが体制転換を押し付ける前に、自分たちの体制自体を顧みて、変更すべきは変更するということが出来るようならばまだ希望がある。しかし、それは難しいことだろう。アメリカこそが地上で最高の国という傲慢こそがアメリカの特徴であるから、それが亡くなってしまったらアメリカは存在しえない。しかし、生き残るために変化することが出来なければ結局滅んでいくだけのことだ。We must change to remain the sameという言葉もある。

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新型コロナウイルス感染拡大によって体制転換は永久に不可能になるはずだ(The Pandemic Should Kill Regime Change Forever

-もしアメリカが自国のウイルスを止められないなら、他国を支配しよう試み理由はないだろう。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年7月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/07/08/the-pandemic-should-kill-regime-change-forever-coronavirus-iraq-afghanistan-libya/

数週間前に、私は次のようにツイートした。「ウイルス感染拡大を止めるために自国の市民にマスクをつけてもらえるように説得することができない国が外国の政府を転覆させ、内情をよく理解していない社会全体を作り直そうとするなんてできないことだ」。このツイートに対して、私の通常のツイートに比べて、より多くのリツイートがされ、「ライク」がつけられた。通常の修正、支持、皮肉な返信もあった。私のツイートの論理はかなり明確だ。

しかし、外交政策上の厄介な問題に対して、体制転換(regime change)がすぐに解決策になると考えている著名な人々や組織がまだ存在するため、この議論をもう少し詳しく解いてみる価値がある。

まず、国づくり(nation-building)の側面から見てみよう。「永遠の戦争(forever wars)」が長引くにつれ、皆さん方も何か考えたかもしれないが、過去25年間で、外国から押し付けられた体制転換はなぜうまくいかないのか、かなりのことが明らかになった。まず、外国政府を倒すと、それまで存在していた政治制度(これが介入の目標である)が必然的に損なわれるか破壊される。つまり、旧体制(old regime)がなくなった後に秩序を維持するための有効な現地の能力が存在しない。専制君主とその直属の部下を排除し、下級官僚はそのまま残すという限定的な作戦でさえ、権威と後援の系統を解きほぐし、その国を不確実な領域へと突き落とすことになる。

また、体制転換はその定義として、勝者と敗者を生み出すものであり、後者(通常は旧体制下で特権的地位にあった人々)は、その地位の低下に不満を持つ可能性が高い。彼らは権力と富を失うことに抵抗し、かつての地位を取り戻そうと武器を手にする可能性が高い。民族的、宗教的、宗派的、あるいはその他の重大な分裂が存在する社会では、名声、欲望、野心の組み合わせによって、別々のグループが地位と権力を求めて争うようになる。外国勢力や国際テロ組織は、既存の制度の崩壊とその結果もたらされるであろう混乱に乗じて、様々な形で素早く干渉してくる。

これに対し、最初に介入した国はその国を占領し、新政府が樹立されるまでの間、自国の軍隊を使って秩序を保たなければならなくなる可能性が高い。しかし残念なことに、外国軍の大規模な駐留は、現地の反感を買い、より暴力的な抵抗を助長する。また、このような事態は介入国からある程度離れた国で起こることが多く、高度な輸送システムがない場合もあるため、占領軍に食料や物資を供給し続けるには莫大な費用がかかる。

現地の習慣や価値観を知らない(ましてや、現地語を話せる職員が一定数存在しない)国家建設者は、重要なポストにふさわしい指導者を選ぶことも、現地住民の目にかなうような新しい制度を設計することもできないだろう。経済発展のために現地の制度やインフラを整備しようとすれば、必然的に汚職(corruption)を助長し、予期せぬ大きな結果を生むことになる。

まとめると次のようになる。体制転換と国家建設は、たとえ最良の状況にあっても、非常に複雑な社会工学的行為(act of social engineering)である。要するに、介入する権力者は、背景が異なる何百万人もの人々に、政治や社会に関する核となる信念や規範を変えさせ、根本的な行動を変えさせようとすることになる。外国による体制転換を成功させるためには、大規模でありながら繊細で、知識を蓄え訓練を積んだ人々によって行われる取り組みが必要である。また、費用と時間がかかるため、自国での継続的な政治的支援も必要であろう。そして、運も必要だ。

言うまでもなく、これらの特徴は、アメリカの最近の不運な出来事には全て欠けていた。対反乱作戦理論(counterinsurgency theory)や「心をつかむ(winning hearts and minds)」ことに注目が集まっていたにもかかわらず、アメリカの取り組みは依然として圧倒的に物理作戦(kinetic operations)と「ハードパワー(hard power)」に依存していた。アメリカ国内では、右派の支持者たちやシンクタンクが、アメリカはこのまま行けば成功すると主張し続けた。しかし、政府関係者たちにすれば、決して成功の確信があった訳ではなく、国民に疑念を抱かせないようにし、問題を先送りしてきた(kicked the can down the road)ことを、私たちは現在知っている。

体制転換や国家建設に関するアメリカの不幸な記録は決して特別なものではない。ナショナリズムが世界中に広がって以来、どの大国も帝国(公式、非公式を問わず)を運営したり、遠い外国の地方政治の行方に口を出したりするのが上手にできなくなった。繰り返すが、問題はこのようなことは、裕福な大国にとってさえ、本当に、本当に困難なことである。

ここで、新型コロナウイルスの課題について考えてみよう。特に、人前でマスクを着用させるという一見平凡な課題を考えてみよう。マスクは重量が15キロもある訳ではなく、装着しても痛くなく、位置情報やその他の個人情報を政府やジョージ・ソロス、グーグルに送信することもなく、お金もかからないということを念頭において欲しい。

この場合、アメリカ政府は外国の人々の行動を変えようとしているのではなく、自国の領土で、アメリカが最もよく知っている人々、つまり国民とともに行動している。感染拡大対策には困難な要素も存在するが、基本的な目標は非常に単純で、よく理解されている。感染拡大を食い止めるには、住民の感染率を下げる必要がある。そのためには、人々が社会的距離(social distancing)を取り、マスクを着用し、その他の危険な行動を避けるようにしなければならない。また、ホットスポットを特定し、健康な人から感染者を隔離するための検査と追跡プロセスを確立し、老人ホームなどでは特別な予防措置をとることが有効だ。また、これまで見てきたように、距離を置くことができず、感染の危険性が高い経済や社会の一部を遮断することも必要だ。

これらの対策の中には、広範囲に及び、短・中期的に重大な影響を及ぼすものもあるが、いずれもアメリカ憲法を書き換え、州間の国境を引き直し、政府のあらゆる部門から何千人もの政府関係者を排除し、社会における宗教の役割や女性の地位を再構築し、アメリカ社会の基本的政治価値や社会価値を放棄する必要は全く無いのである。実際、対応が成功すればするほど、感染拡大による長期的な政治的、社会的影響は少なくなる可能性が高い。

私たちは何故そのように知ることができるのか? 外国の介入による体制転換や国家建設とは異なり(誰がやっても成功することはほとんどないが)、多くの国々が新型コロナウイルスへの対応で素晴らしい成果を上げているからだ。ニュージーランドのような比較的小さな国だけでなく、韓国、日本、ベトナム、ドイツ、ギリシャ、その他多くの国々について私は今考えている。

これらの国々に比べれば、ドナルド・トランプ米大統領の責任は重い。「奇跡のように(like a miracle)」ウイルスが消滅すると思い込んでいたために、アメリカの対応は少なくとも1カ月遅れ、ウイルスの拡散を許してしまった。それ以来、政権の混乱した一貫性のない対応、特にトランプ大統領自身がマスクを着用することを拒否し、国をまとめるために叱咤激励することを拒否したことが、事態を限りなく悪化させている。

しかしながら、大統領が違っても、アメリカの対応は必要なものにはほど遠かったかもしれない。右派の評論家や政治家たちは、当初からこの危険を軽視していたが、『ニューヨーク・タイムズ』紙のブレット・スティーヴンス記者のように、トランプ大統領への忠誠心からそうしていた訳ではない。共和党の科学や政治的に不都合な専門家集団に対する敵意は、トランプや新型コロナウイルスに始まったことではなく、むしろそれは共和党のブランドの決定的な部分になっている。彼らは大気物理学者やその他の科学者が気候変動について語るのを聞こうとはしないし、アメリカのイメージ通りにイラクやアフガニスタンを作り変えようとする前に、それを理解する必要があるとは考えなかった。また、新型コロナウイルス感染拡大に対応できる強固な公衆衛生機関を創設して資金を提供しようともせず、外交を国の第一衝動とし、武力行使を最後の手段とする外交政策へのアプローチを採用しようともしない。

アメリカの右派は知識の代わりに、自由をその決定的なテーマとして祭り上げ(もちろん、あなたが女性で中絶を望んでいる場合を除く)、政府の権限のほとんどの要素を本質的に疑わしいものと見なすよう信奉者に奨励している。ニュート・ギングリッチ元連邦下院議長、フォックス・ニューズのロジャー・アイルズ元CEO、ミッチ・マコーネル連邦上院議員をはじめとする多くの人々は、個人の行動が時に他の人々に影響を与えることを国民に思い出させ、例えばアメリカにはスピード違反の禁止法があることを強調する代わりに、主に文化戦争(culture wars)を起こし、彼らの意見と異なる人を悪魔化すること(demonizing)によって、できるだけ多くの不信と分裂を生み出すことを政治の基盤にしてきた。

驚きだ。このような感情は、マスクを着用したり社会的に距離を置いたりすることを要求するルールを、他の人々を危険にさらす憲法上の権利の侵害とみなす、怒れる人々全てを鼓舞しているのである。トランプ大統領がそうであったように(はっきり言えば、彼のこの緊急事態への対処は大失敗だった)、フランクリン・D・ルーズヴェルトやロナルド・レーガンのような優れたコミュニケーターでさえ、この国の分極化(polarization)とそれが育み反映する汚れた情報環境の度合いを考えれば、問題を抱えることになったことだろう。

新型コロナウイルス感染拡大対策は最善の状況においても簡単なことではないが、イラク、アフガニスタン、リビアなど、アメリカ主導の政権交代が行われた国々で安定した民主政治体制を実現することに比べれば、この中心的な仕事ははるかに容易である。だから、自国民にマスクをつけさせることができない国が、外国の人々に自分の命令に従って社会全体を作り直させることができると考え始めてはいけないのである。

もう一つ、このコラムを読んで、もしアメリカがアメリカ人にマスクを付けさせ、新型コロナウイルスを打ち負かす方法を見つけ出すことができれば、自信を持って体制転換ビジネスに戻ることができると結論付けるとしたらそれは的外れだ。体制転換と新型コロナウイルス対策の2つの課題は実際には同じではない。自国の公衆衛生を向上させるという完全に実現可能な目標を達成することができるとしても、アメリカが海外での国家建設というほとんど不可能な課題に取り組むことが可能になる訳ではない。それでも、亜米利加の新型コロナウイルス感染拡大対策の失敗には、時宜を得た警告が含まれている。もしアメリカ政府が、国内では大規模だが比較的簡単な公共政策、たとえば、マスクを着用すべき時に十分な数の人々が着用するように仕向けることができないなら、自国とはまったく異なる社会ではるかに野心的なことを行おうとするのは愚かなことであろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授

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 古村治彦です。

 ウクライナ戦争はロシアが併合した4州に対するウクライナ軍の攻勢が強まっており、泥沼化から抜け出せない状況だ。ウクライナとしてはロシアに併合された地域を奪還すべく戦いを進めているが、この目的を完全に達成するためには年単位の時間と莫大な資金、そして何よりも更なる人的な犠牲が必要となる。そのようなコストは甘受すべきだという考えもあるだろうが、ウクライナ国内で不満も募っていくだろう。ロシア軍は併合した地域を防衛するための拠点づくり、洋裁づくりを進めていくと考えられる。戦争の鉄則の一つとして、攻撃側と守備側では、攻撃側により大きな犠牲が出る、守備側を抜くためには3倍の兵力が必要だ、というようなことが言われている。以下の地図を見ても、ロシアの併合地域を全て奪還することは不可能だと思われる。また、そのようなことをすれば戦争が長引くだけではなく、戦争が拡大する可能性を秘めている。またヨーロッパ諸国はウクライナ戦争の影響によるエネルギー不足と食料価格の高騰で厳しい冬を迎えることになる。

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 今回のウクライナ戦争は「西側諸国(主にアメリカ)が支援するウクライナ対(VS)西側以外に国々が間接的に支援するロシア」という構図になっている。西側諸国からは「ウクライナ戦争は民主的な政治を独裁政治から守る戦いだ」という声も聞かれる。この主張の根底にあるのは、「自分たちが信奉し、守っている価値観である自由や人権、平等という考えとそれらを実現するための政治制度である民主政治体制こそが最良のものだ」という考えだ。

 拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』『アメリカ政治の秘密 』で書いてきたように、アメリカの共和党系のネオコン、民主党系の人道的介入主義派は、こうした考えに基づいて、「こうした価値観や民主政治体制を世界中に拡散すれば世界は安定し、平和になる」ということになり、世界の独裁政治体制国家や非民主政治体制国家の体制転換(regime change)を行うという結論に至る。このような押し付けがましい考えがアメリカの外交政策の柱になってきた。

 今回のウクライナ戦争では西側諸国はいち早くロシアに対して制裁を科した。「ロシアを素早く敗北に追い込んで、プーティンを引きずり下ろす」という目論見であったが、それは成功しなかった。そして、戦争は泥沼状態になっているが、アメリカは武器をウクライナに送り、ヨーロッパには自国産の高い天然ガスを売りつけて設けるという構図を作り上げている。ロシアの体制転換には失敗したが、転んでもただは起きぬ、とばかりに戦争を利用して金儲けをしている。

 ウクライナが戦争に勝利することでロシアの体制転換を引き起こし、「アメリカの掲げる諸価値と政治体制の優越性」を宣伝し、世界覇権国として、崩れつつあるアメリカ主導の世界秩序の箍(たが)を締めなおすということをアメリカは目指している。しかし、時代は転換点を迎えつつある。体制転換と民主政治体制の構築は各国の国民の意思に基づいて、下から行われるべきであり、上からしかも外国から行われるべきものではない。そして、急激に行うべきものでもない。

 アメリカをはじめとする西側諸国は自国の価値観や政治体制を誇るあまりに傲慢になって、くだけた表現を使えば「上から目線のお説教」をこれまで繰り返してこなかったかを反省しなければならない。そういう時代はもう終わった。ウクライナ戦争後はこのことをよくよく考えねばならない。

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ロシアの敗北はアメリカにとっての問題となるだろう(Russia’s Defeat Would Be America’s Problem

-ウクライナでの勝利はワシントンの傲慢さを意味することになる。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年9月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/09/27/russia-defeat-ukraine-america-problem-hubris/

紀元前431年、スパルタに対する宣戦布告のためにアテネ市民たちを説得するペリクレスの演説の最後に、ペリクレスは、自分は「敵方の装備よりも自分たちの大失策をより恐れている」と明言した。特に、傲慢さ(hubris)と「新たな征服の計画と戦争の遂行(schemes of fresh conquest with the conduct of the war)」を結びつける危険性を戒めた。しかし、彼の警告は聞き入れられず、彼の後継者たちは結局アテネを悲惨な敗北に導いた。

数世紀の後に、イギリスが革命派フランスとの戦争に向かったとき、エドマンド・バークがイギリスの国民に同じような警告を発している。1793年に彼が書いたように、「私は自分たち自身の力と野心(our own power, and our own ambition)に恐れをなしている。つまり、私たちは、この驚くべき、そしてこれまで聞いたこともないような力を乱用することはないと言うかもしれない。しかし、他のどの国も、私たちがそれを乱用すると考えるだろう。遅かれ早かれ、このような事態が、私たちに対抗する団結を生み出し、私たちを破滅に追い込む可能性があるということになる」。しかし、バークの予言は、フランスが敗北した後も、イギリスの野心が限定的であったこともあり実現しなかった。

この2つの暗い予言に触れたのは、アメリカとその西側同盟諸国がウクライナ戦争で明確に勝利する可能性があるからだ。西側諸国がもっと先見の明のある国家運営をしていれば、そもそも戦争は防げたかもしれないし、ウクライナがロシアの手によって被った甚大な破壊を免れたかもしれない。しかし、ロシアの誤算と軍事的な無力、ウクライナの抵抗、西側諸国による強力な軍事・情報支援、モスクワへの強力な制裁が相まって、最終的にはキエフと西側の支援諸国が勝利を収める可能性がある。戦闘がこれ以上拡大せず(その可能性は否定できない)、ウクライナが最近の戦場での成功を継続すると仮定すれば、ロシアの力は今後何年にもわたって大きく低下することになる。ウラジミール・プーティンがモスクワの権力の座から追われる可能性さえある。ロシアが決定的な敗北を喫した場合、「西側諸国の衰退は避けられない」という警告は時期尚早と言わざるを得ないだろう(the inevitable decline of the West will seem premature at best)。

核兵器が使われず、ウクライナが失った領土をほぼ全て取り戻せると仮定すれば、道徳的にも戦略的にもこの結果には多くの好感が持てる。だから、私はこの結果を間違いなく応援している。しかし、その後はどうだろうか。西側諸国、特にアメリカはこの勝利をどう生かすべきか? そして何より、勝利の果実を無駄にしないために、どのような手段をとるべきか?

ウクライナの最終的な結末が不透明である以上、こうした問題を提起するのは時期尚早と思われるかもしれない。しかし、勝利の瞬間が訪れた時のことを考え始めるべきだろう。前回、アメリカが地政学的に大勝利を収めた時(ソ連帝国の平和的崩壊)は、ペリクレスが警告したような傲慢さに陥り、より永続的で平和な世界を構築する機会を無駄にしてしまったのである。もし次の機会があれば、失敗から学び、今度はより良い仕事ができるはずだ。

ここで懸念が出てくる。ウクライナでの成功は誰もが望むところだが、単極支配時代(unipolar era)の逆行する行き過ぎを生み出したアメリカ国内の政治勢力を強化する可能性がある。ウクライナでの勝利は、民主政治体制の本質的な優位性についての主張を強化し、それを海外に広めるための新たな努力を促すだろう。反省しないネオコンサヴァティヴたちと野心的なリベラル派の十字軍は、「30年間も失敗が続いたが、ようやく成功を収めた」と喜ぶだろう。この戦争で大儲けした軍産複合体(military-industrial complex)は、更に何百万ドルも使って、無思慮なアメリカ人たちに、世界を守備範囲に入れ、次の7、もしくは9カ国を合わせたよりも多くの防衛費を使うことでしか安全を確保できないと説得することができるようになる。ロシアはウクライナでやい卜することで、大きく衰退し、経済不況が迫るため、ヨーロッパの防衛力を高めるという現在の公約は効力を失い、アメリカのNATO同盟諸国は、アンクルサム(イギリス)に保護を頼ることに戻るだろう。過去の多くの失敗にもかかわらず、自由主義的覇権(liberal hegemony)の支持者たちは、少なくとも一時的には正当性を主張するだろう。

それの何が問題なのだろうか?

まず、ウクライナ戦争から得た重要な教訓のいくつかを無視することになる。教訓その1は、ある大国が重要な利益と考えるものを脅かすことは、たとえその意図が崇高で良いことであっても危険であるということだ。NATOの開放的な拡大もそうであった。様々な外交専門家たちが、この政策はトラブルを招くと繰り返し警告してきたが、ウクライナ危機が始まった2014年2月以降、その警告を無効とするものは何もなかった。回避できたかもしれない戦争で勝利をもぎ取ることは、同じ過ちを再び繰り返すことの論拠にはならない。私は宥和政策(appeasement policy)を主張しているのではなく、他の大国が重要な利益とみなすものを無視することは本質的に危険であると警告している。

教訓その2は、脅威を誇張することの危険性だ。ウクライナ戦争は、ウクライナが西側諸国の軌道に乗るのを阻止するためにロシアが仕掛けた予防戦争であると理解するのが最も妥当だ。予防戦争(preemptive war)は国際法上違法だが、プーティンは、アメリカが主導するウクライナの武装化と訓練により、モスクワがキエフの地政学的再編(geopolitical realignment)を阻止することが最終的に不可能になると考えた。ヴェトナム戦争でアメリカの指導者たちがドミノ倒し(falling dominos)の危険を誇張し、2003年にサダム・フセインのイラクがもたらした脅威を意図的に誇張したように、プーティンはおそらくウクライナの「喪失(losing)」がロシアにもたらす実際の危険を誇張しすぎていたのだろう。 ロシアの指導者たちは、この結果を「存在を脅かす脅威(existential threat)」、つまり、それを防ぐために戦争をする価値があると繰り返し述べているが、NATOの侵攻や「カラー革命(color revolutions)」がいずれロシアに広がるかもしれないというロシアの指導者たちの懸念は、おそらく誇張されていた(彼らが正直ではなかったと言う訳ではない)。 もしそうだとすれば、この判断ミスがモスクワを高いコストを伴う泥沼(costly quagmire)に導くことになったのだ。私が言いたいのは、脅威を誇張することは、それを軽視することと同じくらいに国家を窮地に陥れるということだ。だからこそ、ドイツのオットー・フォン・ビスマルクは、予防戦争は「死を恐れて自殺する(committing suicide for fear of death)」ようなものだと警告した。アメリカの将来の政策立案者たちは、このことを心に留めておく必要がある。

教訓その3は、プーティンは無視したようだが単純だ。もしあなたが外国を侵略したら、友好的な歓迎を期待してはいけない。それどころか、外国からの侵略者は、それまで分裂していた社会を団結させ、獰猛で非常に効果的な抵抗を鼓舞するのが普通である。ウクライナはその典型であり、戦争犯罪やその他の残虐行為を行う軍隊は歓迎されないということを、この戦争は教えてくれている。この教訓も前面に押し出しておくとよいだろう。

4の教訓は、プーティンはこれを軽視したようだが、明白な侵略は他国を警戒させ、それに対抗する措置を取らせるということだ。もしロシア大統領が、2014年のクリミア奪取に対する比較的穏やかな反応から、2022年の侵略に対して外部勢力はほとんど反対しないと考えたとしたら、彼は、アドルフ・ヒトラーが1939年3月にチェコスロヴァキアの一部を奪取し、その数ヵ月後にポーランドを追ったときと同じ誤りを犯したことになる。バランスを重視する行動は時に非効率的であり、国家はしばしば他国にその責任を転嫁しようとするが、直接的な侵略に直面した場合、効果的なバランスを重視する行動ははるかに起こりにくくなる。一極集中時代のアメリカの冒険主義(adventurism)が、ある国によるソフトバランシング(soft balancing)と他の国によるハードバランシング(hard-balancing)を引き起こし、こうした力学(dynamics)がアメリカの大きな野望を阻止するのに役立ったことを考えれば、私たちはこのことを理解しなければならない。私たちはこの教訓も覚えておくのが賢明であろう。

これら4つの教訓を総合すると、ウクライナで勝利しても、アメリカが世界秩序を思い通りに再構築できる状況にはないことが分かる。中国の台頭、ヨーロッパの経済的脆弱性、発展途上の多くの国々のアメリカに対する二律背反的な態度などを考慮すると、そのような目標は一極支配の最盛期には手の届かぬものであり、全体としての条件は不利なものとなっている。もしアメリカの政策立案者たちがウクライナの勝利を世界規模のリベラル派の聖戦の新たな機会として捉えるならば、再び失敗する運命にある。

むしろ、ウクライナでの成功は、過去50年以上にわたるアメリカの大戦略(grand strategy)を注意深く振り返り、どのアプローチがうまくいき、どのアプローチがうまくいかなかったかを明らかにするきっかけとなるはずである。以下、簡単に振り返ってみよう。 

アメリカの軍事力は、冷戦時代にヨーロッパや北東アジアで行われたように、真の大国のライヴァルに対して強力な抑止態勢を構築するために用いられた場合に有効であったが、「巻き返し(rollback)」や政権交代を目的としたあからさまな努力は避けなければならなかった。このような努力は、強力で有能、かつ正当なパートナーがいる場合には成功したが、不人気で弱く、無能な従属国(client)を支えようとする場合には、あまりうまくいかなかった。アメリカの軍事力は、1991年の湾岸戦争や今日のウクライナのように、いわれのない不法な侵略に対抗する場合には効果的な手段であった。しかし、外国政府を倒し、銃口を向けて民主政治体制を押し付けるために使われた場合は、特に信頼できる現地パートナーがいない場合には失敗した。そのような取り組みが短期的には成功しても(1953年のイラン、2001年のアフガニスタン、2003年のイラク、2011年のリビアなど)、長期的な結果はほとんど常に否定的であった。

より広く言えば、アメリカの外交政策が最も良く機能したのは、国家の相違を認め、地球上の全ての国家がアメリカの政治的価値を受け入れなければならないと主張せず、主として他の国々がそれぞれのペースで、それぞれの方法で具体例を示すことによって民主政治体制を推進した時であった。アメリカの指導者たちが、アメリカ流の自由民主政治体制(liberal democracy)を政治的・経済的成功のための魔法の公式(magic formula)と考え、全ての人間が他の全ての価値よりも自由と解放を切望すると仮定し、アメリカとは大きく異なる国々で「国家建設(nation-build)」を行う方法を知っていると自負していた時には、失敗したのである。

アメリカの対外経済政策は、社会的・経済的安定に十分配慮しつつ、より大きな開放性を奨励しようとした時に成功した。故ジョン・ラギーが古典的な論文で示したように、第二次世界大戦後の「埋め込まれた自由主義(embedded liberalism)」という妥協案は、貿易と成長を奨励する一方で、国内の人々をグローバル化の最も深刻な影響から隔離し、そうした政策の成功例の1つであった。アメリカの対外経済政策は、1930年代のように保護主義(protectionism)に逆戻りした時、あるいは超グローバリズムの新自由主義戦略のように、市場を他の全ての考慮事項より優先させた時に失敗したのだ。後者の場合、政治的に爆発的な不平等が生じ、大規模な金融危機が発生し、サプライチェインは予期せぬショックに対しては脆弱であることが証明された。

アメリカの外交政策は、マーシャル・プランの策定、ヨーロッパとアジアにおける印象的な同盟システムの構築、エジプトとイスラエルの和平交渉、経済パートナーとの貿易取引の成立、敵対国との安定的な軍備管理協定の追求など、外交を優先させることでより多くの成果を上げることができた。アメリカの交渉努力は、他国にも自国の利益があり、成功する取引は全ての参加者にとって価値あるものでなければならないことをアメリカの指導者たちが認識したときに成功する。これとは対照的に、アメリカが真の外交を放棄し、取るか取られるかという単純な思考で交渉する場合、アメリカの努力は失敗してきた。最終通告を行い、制裁を強化するような場合、相互の有益な妥協を否定することになる。

ウクライナでの勝利は、それが実際に起こると仮定しても、旧ソ連帝国の崩壊のような重大な出来事にはならないだろう。なぜなら、中国は1990年代よりもはるかに強くなっており、ウクライナ戦争もその事実を変えることはないからだ。ウクライナの勝利は、アメリカ国内の政治的分極(political polarization)の機能不全を解消するものではない。むしろ、より穏やかな外部環境は、国内での分断を助長し、アメリカが多様で複雑な世界のあらゆる地域の政治を管理・指導する能力を魔法のように手に入れることはないだろう。

実際、ウクライナと西側諸国が勝利した場合、ロシア軍がウクライナ国境を越える前と同じ外交政策上の課題リストに直面することになる。それらの課題とは、(1)破滅的な気候変動の回避と既に顕在化している深刻な影響への対処、(2)中国とのバランスと関与、(3)イランの核武装阻止、(4)低迷する世界経済の管理、(5)次のパンデミックに対する世界の備えなどである。これらの重要な目標を達成するためには、明確な優先順位を設定し、奇想天外な聖戦(quixotic crusades)を避けることが必要である。ウクライナのタカ派が勝利の階段を上るのを止めることはできないが、彼らが西側諸国を過去の過ちの繰り返しに導かないようにすることが肝要である。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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 古村治彦です。

 ネオコンという言葉はジョージ・W・ブッシュ(子)政権(2001-2008年)時代に日本でも知られるようになった言葉だ。私の師匠である副島隆彦先生が『現代アメリカ政治思想の大研究 <世界覇権国>を動かす政治家と知識人たち』(筑摩書房)でネオコンについて日本でほぼ初めて紹介したのが1995年で、2000年代に入ってネオコンという言葉が日本のマスコミで使われるようになって「何を今更」の感があった。今回のロシアによるウクライナ侵攻について、アメリカのネオコンの動きがあったということで、ヴィクトリア・ヌーランドの名前を挙げて説明している論稿もあるが、こちらもまた「何を今更」である。私は2012年に出した『アメリカ政治の秘密』でネオコン(共和党)とカウンターパートとして「人道的介入主義派(humanitarian interventionists)」(民主党)について詳しく説明した。ネオコンだけではなく、人道的介入主義派も危険だということは早い段階で指摘した。

 アメリカ政治に詳しい方なら「ネオコンは共和党のジョージ・W・ブッシュ政権の時にアメリカの外交政策と軍事政策を牛耳った人々ではないか。それが民主党のジョー・バイデン政権で重要な政策決定に関与できるのか」という疑問を持つだろう。だから大事なのは、民主党内のネオコンのカウンターパートである、人道的介入主義派なのである。今度は人道的介入主義派の出番ということになるのだ。ネオコンと人道的介入主義派は立場が近い。ネオコンの論客ロバート・ケーガン(共和党員)は2016年の大統領選挙で、ドナルド・トランプ当選を阻止したいと考え、民主党のヒラリー・クリントンの政治資金集めのためのパーティを計画したことがあった。アイソレイショニズムのトランプよりも党は違うヒラリーの考えの方が近いということになるのだ。

 昨年出版した『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』について、ありがたいことに最近になって評価をして下さる方が少しずつであるが増えてきている。私の主張や思考はとにかくシンプルで、バイデン政権とはヒラリー政権が4年遅れでやって来た存在に過ぎず、ヒラリーが当目である人道的介入主義派が多く政権に入ればそれだけ危険だということから思考を組み立てている。私のこれまでの著作を是非お読みいただきたい。

 バイデン政権はウクライナ戦争が勃発してから武器や物資の供与は行うがアメリカ軍が直接関与することは回避している。ウクライナの国土とウクライナ人の生命と財産が失われる状況でアメリカの軍需産業は大儲けをしている。その原資はアメリカ国民の血税であるが、日本人もまた高みの見物ということはできない。日本もまた相応の負担を強いられることになる。急速に進んだ円安とエネルギーコストの急上昇によって生活が苦しくなる一方であるが、それに加えて戦争税が課されることは間違いない。

 アメリカ国内でもアメリカ軍の直接的な関与を求める声が高まっている。そのためのキーワードが「戦争犯罪(war crime)」だ。ロシアによる戦争犯罪を裁く、もしくはウラジミール・プーティンを権力の座から引きずり下ろすためにはアメリカ軍が出張っていってロシア軍を破らねばならない。しかし、そんなことをすれば戦争は拡大し、エスカレートし、その行き着く先がどうなるか予想ができない。核戦争の可能性が大いに高まる。アメリカ国内も安全ということはなくなる。ネオコンと人道的介入主義派の動きは非常に危険だ。私たちは感情と思考を区別して置かれた状況でより賢い選択をするという思考ができるようにしなければ大きく騙されて大事な生命と財産を危険に晒すことになる。

(貼り付けはじめ)

バイデンにとっての最大のウクライナ問題はプーティンではない。それは戦争マシーンだ(Biden’s Biggest Ukraine Challenge Isn’t Putin, It’s the War Machine

-ウクライナ国境で軍事紛争が起きる場合、バイデン政権はアメリカによる介入を煽る応援団に抵抗しなければならない。

マイケル・トマスキー筆

2022年2月16日

『ニュー・リパブリック』誌

https://newrepublic.com/article/165380/ukraine-russia-neocon-media-war

ウラジミール・プーティンは手を引きつつあるのか? 火曜日の朝の『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ワシントン・ポスト』紙、『フィナンシャル・タイムズ』紙の見出しは、ロシアがウクライナ国境からいくつかの部隊を撤退させ、他の軍事演習が続いている間にも、そのことを伝えている。プーティンは今日、ドイツのオラフ・ショルツ首相と会談している。ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は、侵攻は水曜日に行われると一見警戒しているように見えたが、メディアを通過する際に訳がわからなくなった皮肉な発言であったことが判明した。とはいえ、アメリカ政府は一時的に米国大使館をキエフからより安全な西のリヴィウに移した。

このようにまだ明らかになっていないことは多いが、バイデン政権にとっての明確な最低ラインは明確になっている。それは、「戦争に行くな、以上(Don’t go to war. Period.)」だ。

今日のニュースが一時的な休息、あるいは策略であることが判明し、ロシアが侵攻した場合、ケーブルニュースは少なくとも数日間は侵攻の映像を流し続けることになる。ロシアの残虐行為やウクライナ市民の死が強調されることになるだろう。アメリカのネオコンとその一部の上院議員、特に民主党のロバート・メネンデスと共和党のマルコ・ルビオは、ドナルド・トランプの犯罪を謝罪していない時に侵略が進む場合、多くの放送時間を得るだろう。ちなみに、この最後の点は、主流メディアが民主政治体制(democracy)を失敗させている重要な点の一つである。外交政策について優れた演説ができる人物は、たとえ10年か20年の間全てを間違っていたとしても、テレビはその人物を専門家として任命する。

太鼓が鳴り、衣服が裂け始めるだろう。これを見よ! スターリンが再びやって来るぞ!これは民主政治体制の死だ。バイデンを見てみろ、何もしていない! アフガニスタン、そし

て今はウクライナ。そして、この展開を見ている中国が何を考えているか想像してみよう。

しかし、バイデンはこれら全ての誇大広告に対して毅然とした態度で臨まなければならない。バイデン政権はこれまで、ウクライナでいかなる状況が起きてもアメリカ軍を駐留させないという、見事なまでに明確な態度を示してきた。これは良いスタートだ。しかし、プーティンが引き金を引くようなことがあれば、政権も踏ん張らなければならない。

バイデン政権の立場は変わらないと思う。しかし、私は少しばかり神経質になっている。バイデンは連邦上院議員時代、ウクライナをNATOに加盟させることを支持していたが、私はいつもそれを恐れていた。バルト三国の場合はそうだろうが、そこでも私は疑問に思った。アメリカ国民の何%が、聞いたこともないエストニアの町(ナルヴァ)を守るためにアメリカ人の命が失われることを喜んで支持するのだろうか? 世論が外交政策を左右するべきだというわけではない。少なくともヒトラーが宣戦布告をするまでは、ほとんどのアメリカ人は第二次世界大戦でドイツと戦うことに反対していた。しかし、民主的に選ばれた指導者は、ある状況がなぜアメリカの介入を必要とするのか、アメリカ国民に説明しなければならない。ウクライナの場合、それは無理な話だ。

そう、そこにネオコンがいるのだ。ありがたいことに、彼らは2002年から2003年にかけてのイラク戦争のときのように電波を支配しているわけではない。昨年12月、フレデリック・ケーガンは『ザ・ヒル』誌に、アメリカは戦争マシーン(war machine)を強化する必要があると書いた。彼は賢いので「戦争」という言葉は使わなかったが、これらの文章はそのポイントを伝えている。そのポイントは次の通りだ。

・本当に問題なのは、西側諸国がこの戦いに対する気概(stomach)を持っていないことだ。

・空軍力だけでは攻勢を止めるのには十分ではない。

・ティーム・バイデンはプーティンがウクライナを攻撃した場合の防衛について不安を払拭しなければならない。

こうした人々は何事も学ばない。もっとありそうなのは、自分たちの世界観から学ぶべきことを学ぶということだ。つまり、もう少し強力な決意と火力があれば、そして宥和派からの干渉がもっと少なければ、今日の軍事介入は大成功だっただろうという風に考えるということだ。

しかし、私には、歴史的な大成功の記憶はない。その代わり、記録にあるのは、ヴェトナムとイラクの悲惨な泥沼(disastrous quagmires)である。また、軍事や情報諜報の観点から「成功」したとされる介入(interventions)も、広い意味では悲惨な結果に終わったものがほとんどである。1954年、私たちはイランで迅速なクーデターを起こしたが、その後どうなったか。私たちは冷酷な親米政権を設立し、イラン国民は1979年についにこれを追放した。この政権は、ネオコンの好戦によって、冷酷な反米政権に取って代わられ、世界的とは言わないまでも、恐らくすぐに核兵器能力を持つ地域大国に変貌することになった。イランが本格的に核開発を始めたのは、ジョージ・W・ブッシュがイランを「悪の枢軸(axis of evil)」の一部と烙印を押した後であることを思い出そう。

私はかつて、当時の流行語であった「人道的介入(human interventions)」というものをアメリカがうまくやってのけると信じたかった。当時、スーザン・ソンタグやクリストファー・ヒッチェンスといった人々が、血と土(blood-and-soil 訳者註:民族主義的なイデオロギーのスローガン)の暴君に対抗するために、西側はまだ始まったばかりの多民族民主主義を支援しなければならないという道徳的説得力を持つ主張をしていた。その中心となったのは1990年代のボスニアだった。当時のベイカー国務長官が議会で「私たちはこの戦いに関与しない」と発言したことに私は愕然とした。

ボスニアは、ある種の軍事介入が正当化されるケースだった。主にNATOの空爆が行われ、最終的には和平合意(peace accords)に至った。しかし、その10年後、ボスニアのような人道的介入になるという理由で、イラク侵攻を主張する人たちがいたことをよく覚えている。何だと? ある国に攻め込んで、その国の隅々まで作り直すことと、大量殺人者が別の国で大量虐殺を行うのを阻止することが、どうして同じことだと言うのだろう?

そう、違うのだ。そして、ウクライナの状況と似たような比較をするような強制は避けるべきだ。教訓は次のようなものだ。歴史的類似性(historical parallels)を安易に使うことには常に注意を払うこと。ウクライナに軍事的に関与するということは、ロシアとの戦争に巻き込まれるということであり、脅威冷戦時代の越えられない一線、核兵器による消滅というを越えることである。プーティンは引き下がるかもしれない。しかし、彼が引き下がらなかったとしても、ここでの戦いはあくまで経済的なものだ。バイデンがかつてウクライナをNATOに加盟させることを熱望していたとしても、彼は今の状況を理解している。もしプーティンが参戦し、好戦派が国を熱狂の渦に巻き込もうとし始めたら、彼は自分の戦争への非関与を貫くべきだ。

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ネオコンたちがウクライナで新たな惨事を引き起こそうとしている(Neocons bent on starting another disaster in Ukraine

-アメリカの外交政策は、明らかに、毒舌で欲張り、そして何よりも無謀なエリート集団の人質となっている。

ジェイムズ・カーデン筆

2021年12月15日

『アジア・タイムズ』紙

https://asiatimes.com/2021/12/neocons-bent-on-starting-another-disaster-in-ukraine/

いずれにしても、ワシントンのネオコンたちは、生き残るための正確な本能を持っている。2001年9月11日のテロ攻撃以来20年間、イラク戦争からリビアとシリアでの大失敗に至るまで、数々の惨事を引き起こしてきたネオコンたちは、失敗の芸術を完成させているようだ。

ハーヴァード大学のスティーヴン・ウォルトは「ネオコンであることは、決して謝る必要がないということを意味する」と述べたことがある。この点でケーガン一族の話は参考になる。

『ワシントン・ポスト』紙のコラムニストであり、ブルッキングス研究所の上級研究員で、『ザ・ジャングル・グロウズ・バック(The Jungle Grows Back)』のような偽史の著者でもあるロバート・ケーガンは、長年にわたってアメリカの軍国主義(American militarism)の主唱者であった。

弟のフレデリックはネオコンが主流派となっているアメリカン・エンタープライズ研究所の常勤研究員である。2021年12月7日付の『ザ・ヒル』にフレデリック・ケーガンが寄稿し、ロシアがウクライナを支配すれば、ポーランドやルーマニアにも存亡の危機が訪れると主張し、それは新しい鉄のカーテン(Iron Curtain)となりうるものだ、アメリカとヨーロッパの地上・空軍を大規模に展開させることによってのみその状況に対応できる、と主張した。

フレデリック・ケーガンと妻キンバリーは戦争研究所を率いている。夫妻は失脚した元CIA長官デーヴィッド・ペトレイアスの側近だった。実際、フレデリック夫妻は、2007年から2008年にかけて、ジョージ・W・ブッシュ政権が追求した米軍増派戦略のブレインとして頻繁に言及される存在だった。

しかし、ケーガン一族で最も有力なのは、フレデリックの兄ロバートの妻で政治担当国務次官であるヴィクトリア・ヌーランドだ。

バラク・オバマ政権で、ヌーランドは米国務省報道官を務めた。彼女は明らかに不適格であり(現報道官の資質を考慮すればなおさらだ)、その後、ヨーロッパ・ユーラシア問題担当国務次官補に就任した。

2014年2月にウクライナで民主的に選ばれたヴィクトール・ヤヌコヴィッチ大統領の転覆を画策し、国連によると1万3000人以上が死亡した内戦(civil war)を招いたのは、ヌーランドがその役割を担っていたからだ。

アメリカがロシアとの戦争という重大なリスクに晒されている理由の一つは、ここまでに至った政策についてほとんど議論されていないが、ワシントンの外交政策が事実上、排他的なサークルによって行われていることだ。

そして、このサークルはケーガン一族のような人々によって独占され、支配されている。

ワシントンの既存メディアは、官僚機構のための永続的なエコーチェンバーとして機能することで、こうした外交政策を永続させる役割を担っているのである。その証拠としては、『ワシントン・ポスト』の社説では、ウクライナ危機が始まった当初から、外交と関与を求める声を軽率に退け、その代わりに、完全な戦争(outright war)を呼びかけている。

その一例が2014年8月21日にワシントン・ポスト紙の社説に掲載された見解だ。

「停戦や、外交交渉につながる何らかの一時的な停止を模索したくなるところだ。しかし、一時停止と外交で何が達成されるだろうか? ウクライナに禍根を残すような交渉は避けなければならない。受け入れられる唯一の解決策は、ロシアのウラジミール・プーティン大統領の侵略を撤回させることだ」。

『ナショナル・インタレスト』誌の編集者ジェイコブ・ヘリブラウンと私が当時次のようにコメントした。「無慈悲な態度とほぼ同程度に悪いのは、率直さの欠如である。ワシントン・ポストは、プーティンの侵略を逆転させるためにどのような提案をするのかについて何一つ実際に説明していない」。

これは現在でも変わらない。ウクライナをめぐってロシアと戦争すると豪語するアームチェア・ウォリアー(安楽椅子に座って戦争を論じる言葉だけお勇ましい人)たちは、そのような「逆転」がどのように行われるのか、更に言えば、米露間の戦争が成功する確率はどの程度なのか、まったく議論していないのだ。

ウクライナ危機が始まった約8年前からあまり変わっていない。2021年12月7日のアメリカ連邦上院外交委員会(SFRC)でヌーランドが行った「米露政策の最新情報」に関する証言について少し考えてみよう。

ヌーランドは次のように証言した。

"ロシアのプーティン大統領がウクライナへの攻撃や政府転覆を決定したかどうかは分からない。しかし、そのための能力を高めていることは確かだ。この多くは、2014年のプーティンの脚本に沿ったものだが、今回は、より大規模で致命的な規模である。したがって、正確な意図やタイミングが不明であるにもかかわらず、私たちはロシアに方向転換を促すとしても、あらゆる事態に備えなければならない」。

ヌーランドは更に、アメリカ政府は2014年以来、ウクライナに24億ドルの「安全保障分野での支援」を行い、本年度分としてこれまで4億5千万ドルがその中に含まれていると指摘した。

この巨額の投資に対して、アメリカはどのような見返りを得たのだろうか?

連邦上院外交委員会のボブ・メネンデス委員長は、ロシアが自国の国境で圧倒的な軍事的優位性を持っていないという印象を抱いているようだ。同様に、民主党のベン・カーディン連邦上院議員は、ロシアがウクライナに侵攻すれば「私たち(アメリカ)にはエスカレートする必要がある」と言い切った。

一方、共和党所属のトッド・ヤング連邦上院議員は、ヌーランドに対して「ロシアの侵略に対抗するために、政権はどのような方策を検討しているのか」と迫り、民主党所属のジャンヌ・シャヒー連邦上院議員は、エストニアの国会議員との対話の中で「ウクライナ問題に関するヨーロッパの結束」の重要性について語られたと述べた。

また、エストニアの国会議員共に、ポーランドなどの東欧諸国の国会議員たちも、「バルト諸国にさらに軍隊を駐留させるか、させないかについて懸念を表明したとシャヒーン議員は述べた。

この日、最も鋭いコメントをしたのは共和党のロン・ジョンソン連邦上院議員だった。ジョンソン委員は外交委員会が珍しく超党派の合意を達成したことに明らかに誇らしげだった。彼はさらに、アメリカはウクライナを支持し、ロシアに対抗するために「団結」しているのだと強調した。

そしてジョンソンの発言内容は全く正しいものだ。外交委員会は、アメリカが何の条約上の義務も負っていないウクライナをめぐる紛争を望むことで完全に一致した。

実際、ヌーランドも連邦上院外交委員会も、アメリカの国益が存在しない場所を見ているようだ。より心配されるのは、制裁と軍事的脅威を組み合わせることで、アメリカから何千キロも離れた場所で起きている紛争の結果を形成する、アメリカの能力、いや、義務に対する盲信のようなものを持っているように見えることである。

今回の連邦上院外交委員会の公聴会が明確に示したことは、アメリカの外交政策が毒と欲にまみれたおり、そして何よりも無謀なエリート集団の人質になっていることだ。そのエリートには、外交委員会の委員たち、公聴会で証言する政府高官たち、外交委員会にブリーフィングするスタッフたち、スタッフが信頼する学者や政策担当者たち、そして「匿名」の政府筋から聞いたことを無批判に書き写す記者やジャーナリストが含まれる。

このように、われわれが直面している最も緊急な問題は、次のようなものだ。手遅れになる前に、良心のあるアメリカ人はどうやって彼らの権力支配を断ち切るか?、である。

※ジェイムズ・W・カーディン:『ザ・ネイション』誌の外交専門記者を6年間務めた。その他に様々な出版物に記事や論稿を掲載してきた。それまでは米国務省の顧問を務めたサイモン・ウィール政治哲学センター理事、アメリカ・ロシア協力アメリカ委員会上級コンサルタントを務めている。

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ネオコンであることは決して謝罪する必要がないということだ(Being a Neocon Means Never Having to Say You’re Sorry

-この人たちはイラクのあらゆる面で間違っていた。なぜまだ彼らの言うことを聞かなければならないのか?

スティーヴン・M・ウォルト筆

2014年6月20日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2014/06/20/being-a-neocon-means-never-having-to-say-youre-sorry/

2001年から2006年のある時点まで、アメリカはネオコンヴァティヴィズムを信奉する人々(ネオコン)が外交政策の中核をなすプログラムに従った。この巨大な社会科学的実験の悲惨な結果(disastrous results of this vast social science experiment)は、これ以上ないほどに明らかである。ネオコンのプログラムは、米国に数兆ドルとアメリカ軍将兵の数千人の死傷をもたらし、イラクとその他の地域に殺戮と混沌をもたらした。

リンドバーグやマコーミックのようなアイソレイショニズムの信奉者たちが、第二次世界大戦で、ディーン・ラスク元国務長官がヴェトナム戦争で疎外されたように、ネオコンたちの信用は永遠に失墜するのではないかと考える人もいるだろう。たとえ、ネオコンが自分たちの愚行が引き起こした失敗にもめげず、自分たちの主張に固執し続けるとしても、合理的な社会は彼らにほとんど注意を払わないだろうと予想される。

しかし、アンドリュー・バセヴィッツ、ジュアン・コール、ポール・ウォルドマン、アンドリュー・サリヴァン、サイモン・ジェンキンス、ジェイムズ・ファローズといった、多くの論客が落胆したように、ネオコンの論客たちは今日も健在である。CNNをはじめとするニュースチャンネルの一般視聴者たちは、ポール・ウォルフォヴィッツ、ディック・チェイニー、ビル・クリストルらの空疎な(vacuous)分析に接しているのである。

より懸念されることは、バラク・オバマ大統領が圧力に屈して、イラクの無能で悩めるマリキ政権を助けるために300人のアメリカ軍顧問団を派遣したと思われることだ。いつものように、オバマ大統領は新たな泥沼を警戒し、アメリカの関与を制限しようとしているようだ。しかし、彼は滑りやすい坂道への第一歩を踏み出し、この最初の動きが成功しなければ、もっとやるようにという追加の圧力に直面することになるだろう。

一体何が起こっているのか? ネオコンの最新の戦争推進キャンペーンの論理を破壊している人々がいる。ネオコンの一連の悪いアドヴァイスに対する強力な再反論は、前述の論客たちの記事を読むとよい。あるいは、バリー・ポーゼンが『ポリティコ』誌に寄稿した、ネオコンのあまりにも有名な妨害行為に対する有効な警告を提供している記事も読んで欲しい。

しかし、過去の失敗を考えると、ネオコンがあらゆるレヴェルの説明責任(accountability)から免れているように見えるのはどうしてだろうか? 一つのグループが、これほど頻繁に、これほど高いコストをかけて間違いを犯しながら、それでもなお、上層部でかなりの尊敬と影響力を維持できるのはなぜなのか? アメリカがネオコンに少しでも耳を傾けることは、ワイリー・E・コヨーテにロードランナーの捕まえ方を聞いたり、故ミッキー・ルーニーに結婚のアドヴァイスを求めたり、バーニー・マドフに退職金の運用を任せたりするようなものである。

私の知る限り、ネオコンが奇妙なほど持続しているのは、相互に関連する4つの要因によるものである。

(1)厚顔無恥(No. 1: Shamelessness

ネオコンサヴァティヴィズムが生き残っている理由として、そのメンバーが、自分たちがどれだけ間違っていたか、あるいは善悪そのものを気にしていないことである。トロツキー派やシュトラウス派のルーツに忠実なネオコンは、政治的目標を達成するために、常に真実を弄ぶことを厭わない。例えば、彼らはイラク戦争を売り込むために、情報を捏造し、とんでもない虚偽の主張をした。そして今日、彼らは現在のイラクの混乱に対する自らの責任を否定し、オバマによって浪費された戦争の大成功を描くために、同様に虚偽の物語を構築しているのだ。そして、この運動全体が先天的に誤りを認めることができず、自分たちが浪費したり取り返しのつかない損害を与えたりした何千人もの人々に謝罪することができないようだ。

著名なネオコンの知識人で、イラク戦争の初期の推進者ロバート・ケーガンが、来月行われるヒラリー・クリントンの選挙資金調達パーティのトップを務めることが、『フォーリン・ポリシー』誌によって明らかにされた。この動きは、クリントン陣営が著名な共和党員と関わりを持とうとする姿勢の変化を示すものであり、ドナルド・トランプ大統領の誕生を阻止するために、共和党の離反者がどこまでやる気があるかを示す最新の兆候である。

つまり、リチャード・ニクソンやシルヴィオ・ベルルスコーニと同様に、ネオコンたちは、自分たちが何度間違っていたかを気にせず、世間の注目を浴びるためならどんなことでもする、あるいは言う、という姿勢でカムバックを繰り返している。また、自分たちの度重なる政策の失敗がもたらす悲劇的な人的結果には、まったく無関心であるように見える。ネオコンであることは、決して「申し訳ございません」と言う必要がないことを意味するようだ。

(2)資金援助(No. 2: Financial Support

ネオコンの生き残りの第二の源泉は資金だ。アメリカの開かれた政策アリーナでは、雇用を維持し、活動するためのプラットフォームと組織を提供する資源さえあれば、ほとんど誰でもプレイヤーになることができる。2003年にアメリカを崖っぷちに追い込んだネオコンは、ベルトウェイ(ワシントンの内部)で疎外されるどころか、『ウィークリー・スタンダード』誌、アメリカン・エンタープライズ研究所、カーネギー財団、外交問題評議会、戦争研究所、ハドソン研究所など、資金力のあるシンクタンク、雑誌などを出す組織から支持され続けている。エリオット・エイブラムスのように何度失敗しても、資金力のある外交評議会の上級研究員になれるのなら、アメリカの政策論議において間違ったアドヴァイスが目立つようになるだろう。

(3)言い分をそのまま受け入れ共感するメディア(No. 3: A Receptive and Sympathetic Media

ネオコンは、主流メディアが彼らに注目し続けなければ、その影響力はかなり小さくなる。彼らは自分たちの雑誌を出版したり、フォックス・ニューズに出演したりすることもできるが、大きな力を発揮するのは、『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ウォールストリート・ジャーナル』紙、『ワシントン・ポスト』紙などのメディアで彼らが注目され続けていることだ。ネオコンは依然として論説ページに頻繁に登場し、外交政策の様々な問題について記者たちからよく引用されている。

このような傾向は、主要メディアの重要なメンバーが、自らネオコンであったり、その基本的な世界観に強く同調していたりすることも一因となっている。ニューヨーク・タイムズのデイヴィッド・ブルックス、ワシントン・ポストのチャールズ・クラウトハマーとフレッド・ハイアット、ウォールストリート・ジャーナルのブレット・スティーヴンスは、いずれもネオコン信奉者で、もちろん当初から戦争推進派では著名な発言者だった。ニューヨーク・タイムズ紙は2005年にクリストルを起用し、論説コラムを書かせたが、それはイラク情勢が既に悪化していた後だった。クリストルの論稿がそれほど退屈で杜撰な内容でなかったなら、彼は今日もまだコラムニストを続けているかもしれない。

しかし、ネオコンが主要な報道機関に存在し続けるということだけが問題ではないのだ。

ネオコンが影響力を持ち続けているのは、アメリカの他のメディアが「バランス」にこだわっているからであり、無頓着な記者たちは、オバマ政権やよりハト派的な声から何を言われても、いつでもタカ派のネオコンの言葉を引用してバランスを取れることを知っているからである。記者が正確さよりもバランスが重要だと考えている限り、新保守主義者は自分たち特有の外交政策に関する当てにならない商品(スネークオイル、snake oil)を売り込む場所をたくさん見つけることができるのだ。

(4)リベラル派の同盟者(No. 4: Liberal Allies

ネオコンの持続性にとっての最後の源泉は、彼らの近いいとこである、リベラル派の介入主義者(liberal interventionists)から継続的な支持を得ていることである。ネオコンは、イラク侵略というアイデアを作り出したかもしれないが、様々な種類のリベラルなタカ派から多くの支持を得ていたのである。前にも述べたように、この2つのグループが唯一意見を異にする主要な問題は、国際機関の役割についてであり、リベラル派は国際機関を便利な道具と見なし、ネオコンはアメリカの行動の自由を妨げる危険な制約と見なしている。つまり、ネオコンはリベラルな帝国主義者のステロイド版であり、リベラルなタカ派は実際にはより親切で優しいネオコンに過ぎないのだ(Neoconservatives, in short, are liberal imperialists on steroids, and liberal hawks are really just kinder, gentler neocons.)。

リベラル派の介入主義者たちはネオコンの計画に加担しているため、ネオコンをあまり批判したがらない。それは、そんなことをしてしまうと、ネオコンの悲惨な計画における自らの過失に注目が集まるからだ。したがって、ピーター・ベイナートやジョナサン・チェイトのようなリベラルなタカ派が、イラク戦争を支持していたにもかかわらず、最近になって、ネオコンの立場を厳しく批判しつつ、イラクをめぐる新しい議論に参加するネオコンを擁護していることは、驚くにはあたらない。

ネオコンとリベラル派の同盟は、事実上、ネオコンの世界観を再正当化し、アメリカ主導の戦争に対する彼らの継続的な熱意を「正常(normal)」に見せているのである。オバマ政権にサマンサ・パワーやスーザン・ライスのような熱心な介入支持者がいて、アン・マリー・スローターのような元オバマ高官が、シリアに武器を送る必要性についてネオコン的な議論をしているとき、ネオコンは米国政策コミュニティの中で完全に立派な一派のように聞こえ、むしろ彼らの考えが実際にはどれほど極端で信用できないものであるかが強調されているのである。

圧倒的な証拠を前にしてもなお、影響力と地位を維持するゾンビのような能力は、F・スコット・フィッツジェラルドが間違っていたことを教えてくれる。アメリカの人生には実際、無限の「セカンドチャンス」があり、アメリカの政治システムにはほとんど、あるいはまったく説明責任がない。ネオコンの持続力はまた、アメリカが無責任な言説から逃れられるのは、それが非常に安全だからだということを思い起こさせる。イラクは大失敗で、アフガニスタンでの敗北への道を開くことになった。しかし、一日の終わりには、アメリカは帰ってきて、おそらくちょうどいい状態になる。確かに、ネオコンの空想に耳を傾けなければ、何千人もの市民が今日も元気に暮らしていただろうし、1993年以降の彼らの処方箋を儀礼的に無視していれば、アメリカ人は海外でもっと人気があり、国内ではもっと繁栄していただろう。何十万人ものイラク人も生きていただろうし、中東の状態もいくらか良くなっていただろう(これ以上悪くなりようがない)。

ネオコンの影響力を適切な次元(つまり、ほとんどゼロ)まで低下させるものがあるとすればそれは何だろうか? もし、この10年間がネオコンの信用を失墜させなかったとすれば、これからどうなるかは明確ではないということだ。モスクワや北京の指導者たちは、この事実から大きな安心感を得ているに違いない。アメリカが危機から危機へ、そして泥沼から泥沼へと転落し続けることを確実にするためのより良い方法はどんなものだろうか? この社会が、確実に間違っている人ではなく、一貫して正しい人の意見に耳を傾けるようになるまでは、私たちは同じ過ちを繰り返し、同じ悲惨な結果を招くだろう。ネオコンはそんなことを気にしないだろうが。

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

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