古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:人道的介入主義

 古村治彦です。

 

 2016年の米大統領選挙で民主党の一部から大反発を受け、結局、本選挙でもドナルド・トランプに敗れたヒラリー・クリントンですが、リベラル派であるはずの彼女らしからぬ発言がアメリカで注目を浴びました(少しですが)。

 

 イギリスの高級紙『ザ・ガーディアン』紙とのインタヴューに応じ(インタヴューが行われたのはアメリカ国内)、その中で、ヨーロッパ各国はそろそろ移民流入を止めるべきだ、そうしないと各国のポピュリズム、反移民を掲げる政党がますます台頭して、国内政治を混乱させ続けるし、テロリズムの脅威も増えるという発言を行いました。リベラル派なら、自分の国が大変な状況で出てこざるを得なかった難民の皆さん、大変ですね、いらっしゃい、と言いそうなものですが、それを制限すべきと発言しました。

 

 ヒラリーがどうしてこのような発言をしたのか、いくつかの解釈が出来ると思います。ヒラリーは2020年の米大統領選挙への再出馬を考えているのではないかという報道がアメリカではなされています。まだ諦めていない、ということです。そのために、移民を制限すべき、という発言をして、移民に対して否定的な世論に迎合しているという考えが出来ます。しかし、こんなことをしても、2016年にヒラリーに投票しなかった人たちが、ヒラリーも考えを変えたか、立派立派と彼女に投票するはずもなく、また、リベラル派の重要な主張でもある移民について否定的な考えを示したことで、民主党内での支持を失うということまで考えられます。

 

ヒラリーが本気で、移民制限を主張することで大統領選挙で勝利したいと考えているのなら、政治センスがない、世論の風向きを読めないということで、どんなに頭が良くても、一国の指導者には向かないということになります。「トランプや、私の夫ビルのようにアホで何も考えていないのに大統領になれて、あんなあほな男たちよりもずっと頭が良くて、人格も立派な自分が大統領になれないのはおかしい、女性差別だ」とヒラリー考えているかもしれませんが、この場合、ヒラリーに政治家としてのセンスと能力が欠如していることが問題であるということになります。

 

 また、民主党の内部闘争に目を向ければ、バラク・オバマ前大統領、露骨に言えばミシェル・オバマ夫人の影響力が増大し(次の大統領選挙の民主党候補者にはオバマの支持がある人が良いと考える人が増えつつある)、2016年の大統領選挙で、民主党予備選挙でヒラリーを追い詰めたバーニー・サンダース連邦上院議員をはじめとする、民主社会主義者の勢力も伸びています。民主社会主義者たちは、移民問題について寛容な立場を採ります。これに対して、ヒラリーは自分が「現実主義的な」リベラルであるとアピールして、民主党内での影響力を保持しようと考えているという解釈もできます。

 

 更に、アメリカ外交の潮流にも目を転じれば、ヒラリーは、人道的介入主義派ということになります。人道的介入主義は、戦争や飢餓などが起きている、もしくは非民主的な政治体制で国民が弾圧を受けているそのような国々に対しては、それらの国々の国民を救うという人道的な目的のために、アメリカが軍事力を行使しても良い、いやすべきだ、という考えです。ヒラリーにしてみれば、「バラク・オバマ前大統領のリアリズムも、ドナルド・トランプ大統領のアイソレーショニズムも、シリア問題を解決できずに難民を生み出した。私が大統領になって、アメリカ軍をシリアに派遣しておけば、難民問題なんか起きなかったんだ」ということになります。更に、「世界を一つに、国境などなくそう、全ての国々が民主的政治制度と資本主義的経済制度を採り入れたら理想世界が実現するという私たちの崇高な理念の邪魔になるポピュリズム、ナショナリズムが移民流入のために台頭してきているのは望ましくない」ということを述べていることになります。

 

 ヒラリーが今頃移民制限のようなことをヨーロッパに仮託して述べたところで、結局のところ、アメリカ政治での影響力を回復することもまた増すことはできません。成仏しきれずに悪霊となってさまよい続けるような態度であり続ける限り、ヒラリーに次の機会はありませんし、一番得をするのはドナルド・トランプ大統領ということになります。

 

(貼り付けはじめ)

 

ヒラリー・クリントンは、ヨーロッパ各国に対して、ポピュリストの台頭を防ぐためという理由で移民受け入れを制限するように求めた(Hillary Clinton calls on Europe to curb migration to halt populists

 

ブランドン・コンラディス筆

2018年11月22日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/news/417989-hillary-clinton-calls-on-europe-to-curb-migration-to-halt-right-wing-populists

 

ヒラリー・クリントン元国務長官はヨーロッパ各国の指導者たちに対して、ヨーロッパ大陸における右派ポピュリズムの脅威が増大する中で、それに対抗するためにより厳格な移民政策を実行するように求めている。

 

クリントンは木曜日に発行された『ザ・ガーディアン』紙に掲載されたインタヴュー記事の中で、「ヨーロッパは移民流入をコントロールする必要がある。なぜなら移民流入が火に油を注ぐことになっているからだ」と発言している。

 

「アンゲラ・メルケルのような各国の指導者たちが採用している、非常に寛大で温かいアプローチについて私は称賛する。しかし、ヨーロッパはもう十分に自分たちのやるべきことをやったと言うことは正確であると私は考える。そして、ヨーロッパは明確なメッセージを送らねばならない。それは、“私たちはこれ以上避難所と支援を与え続けることはできない”というものだ。なぜなら、移民問題についてはある程度のところで線を引いておかねば、それが国家自体を混乱させ続けることになるからだ」。

 

ヒラリー・クリントンの発言は、ヨーロッパ内部における分裂を明示している。ここ数年間の難民の大量流入によって、ヨーロッパ各国の政治状況は分裂的、党派性が強いものとなり、テロリズムの脅威が増大し、過激な主張を行うポピュリズム政党が数多く誕生している。

 

メルケルは、難民流入に関するヨーロッパで行われている議論の中心的存在となっている。メルケルは2015年にいわゆる「開かれたドア」移民政策を税所に実施した。この政策によって、北アフリカと中東から数万の移民がヨーロッパに流入することになった。

 

ドイツ首相であるメルケルは先月、

The German chancellor last month signaled she would be stepping down from her role amid growing unease over the fallout from her policies. ギリシア、ハンガリー、イタリア、スウェーデンなどで反移民を掲げる政党が台頭する中で、メルケルの決心は公表された。

 

ヨーロッパ連合(EU)はまた、イギリスのEU離脱の決定から派生する様々な出来事に対処することに追われている。イギリスのEU離脱の国民投票の結果には、移民に対する恐怖が大きな影響を与えた。

 

ヒラリー・クリントンは2016年の米大統領選挙でドナルド・トランプに敗れた。トランプは反移民的主張で勝利を収めた。トランプの首席戦略官を務めたスティーヴン・バノンは、ヨーロッパにおいて彼の影響力を保持しようとしている。バノンは、ブリュッセルに本部を置く新しい組織を作った。これは、ヨーロッパ大陸にある各国のポピュリズム政党の勢力を伸長させることを目的としている。T

 

ヒラリーはザ・ガーディアン紙とのインタヴューの中で次のように語った。「移民を政治の道具や政権の姿勢のシンボルに使うことで、政治は間違った方向に進んでしまう。移民たちの持つ文化的ヘリテージとアイデンティティ、国民の統合に対する攻撃も強まる。こうしたことは現在、アメリカの政権によって利用されている」。

 

ヒラリーは次のように語った。「移民問題に対する解決策についてだが、なにもメディアや政治的に立場の違う人々を攻撃することではない。また、陪審員を買収することでもないし、自分たちの政党や運動に対しての経済的、政治的支援をロシアに求めることでもない」

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 トランプ政権のアジア外交政策が混乱している、という内容の記事をご紹介します。私に言わせれば、既得権を持つアジア各国の従米エリートたちが混乱しているという方が正確ではないかと思います。特に、日本のエリート層の混乱ぶりはより大きいものではないかと思います。

 

 トランプの政策はアイソレーショニズム(アメリカ国内問題解決優先主義)であり、世界各国の問題には基本的に関与しないというものです。そして、そうした判断は国益にかなうかどうかで行う、というリアリズムです。それらと反対なのが、グローバリズム、インターヴェンショニズムであり、アイディアリズム(理想主義)です。

 

 アメリカ国内の勢力で分けるならば、リアリズムは民主、共和両党にまたがって存在します(国内問題では意見が異なる場合が多い)。リアリズムではない場合には、共和党はネオコン派、民主党は人道的介入主義派です。ネオコン派の第一世代はもともと民主党支持者たちですから、両者は本家と分家という感じです。

 

 アメリカ国内でトランプを批判しているのは、多くの場合、ネオコン派や人道的介入主義派ということになります。しかし、彼らの批判は今一歩、届きません。なぜなら、ネオコン派はアメリカをアフガン戦争とイラク戦争に引きずり込んだ張本人たちであるということから人々から嫌われてそのために2008年の大統領選挙ではリアリズムを掲げるオバマ大統領が当選しましたし、昨年の選挙では人道的介入主義派のヒラリー・クリントンが落選しました。アメリカ国民はグローバリズム(インターヴェンショニズム)とアイディアリズムを拒否する選択をしたということになります。

 

 ここで私たちは、それでは日本はどの様に行動すべきかということを考える必要があります。アメリカの衰退が既に始まっていますが、まだ時間的に余裕があります。GDPの世界に占める割合で見ると、アメリカは約25%、中国は約14%、日本は約6%であり、アメリカ衰退は確かですが、アメリカはまだまだ世界の超大国です。中国に完全に抜かれた、となるまでは後20年から30年かかるでしょう。中華人民共和国建国100年が、2049年ですから、それまではアメリカの優位は動かないものと考えられます。

 

 その中で、日本の世界における立ち位置と国内政策で何を重点とするかということが重要になります。国内で見れば人口減少と高齢化は現実ですから、新しい箱ものや大規模開発は必要ではなく、余裕のあるコンパクトということが重要になって来るのではないかと思います。そうした中で人間一人あたりにかけるお金を増やしていくということがメインになるべきだと考えます。

 

 外交では、日本は海外での武力行使はできないという立場を堅持し、わざわざ普通の国になる必要もなく、復興の時に最大の力を発揮するという方向に向かうべきです。アメリカと一緒に壊しに行くのではなく、破壊からの再生の際に力を発揮すべきです。自分たちも敗戦時には国土の多くが瓦礫となったがそこから立ち直った、それは自国の力もあったが他国の助けもあった、だから破壊を経験した国として、再建の手助けをするということであれば大いに感謝されるでしょう。そして、アジア地域では地域大国として先頭に立たずに二番手の位置をキープするということになるのだろうと思います。

 

 現在の国土以上を求めず、軍事力を求めず、世界と仲良く交易をして生活していく、これ以上のことは望むべきではないし、これ以上何を望むというのでしょうか。

 

 ですから、現在の世界のヒエラルキーが変化していくであろうここ数十年間で、硬直的にアメリカと一緒に心中していくような方向に進むべきではありません。ですから、中国や韓国とも関係を改善し、ロシアとは改善しつつある関係を後退させないようにするということになるのだろうと思います。

 

 変化に合わせて日本も変わっていかなければならない、と思います。

 

(貼りつけはじめ)

 

トランプのアジア政策はこれまで以上に混乱している(Trump’s Asia Policy Is More Confused Than Ever

 

コリン・ウィレット筆

2017年6月12日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2017/06/12/trumps-asia-policy-is-more-confused-than-ever/?utm_content=buffer3b499&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

 

6月3日、ジェイムズ・マティス国防長官は、アジアの同盟諸国やパートナー国に対して、アメリカはこれまでの70年間行ってきたようにこれからも地域を安定させる役割を果たすということを再認識させるために大いなる努力を行った。マティスはアジアの安全と繁栄にアメリカがこれからも関与し続けると雄弁に述べた。また、第二次世界大戦以降のアジアの成功の基盤となってきたルールに基づいた秩序を守るためにアジア・太平洋地域各国と協力するための方法を見つける必要があるとも述べた。残念なことは、マティスの主張が説得力を持たないことで、それは、マティスが代表しているアメリカの政権がこの秩序を損なおうとしているからだ。

 

マティスの演説の数日前、大統領国家安全保障問題担当補佐官H・R・マクマスターと国家経済会議議長ゲイリー・コーンは、『ウォールストリート・ジャーナル』紙に論説を発表し、その中で、マティスが守りたいとしている「世界共同体」を明確に否定した。この論説は、これまでの考えを否定し、「独立独歩」政策を宣言したものとなった。この政策では、諸国家はむき出しの国家の力に基づいて、有利な立場と利益を得られるように争うようになり、同盟諸国やパートナー国を混乱させるだけでなく、アメリカの国家安全保障を損なってしまう。

 

この論説が発表される2日前、アメリカ海軍は南シナ海で航行の自由を守るための作戦訓練を実施した。これは、アメリカが、国際法が許す場所であればどこでも飛行し、航行する権利を守るという決意を示すものだ。このような行動の法的根拠は何か?国際社会で同意した国連海洋法条約(しかし、アメリカは批准していない)がそれだ。国連海洋上条約では、全ての国家が国際海洋上における権利と義務を保有しているとしている。国利欲に関係なく、一連のルールを遵守することは全ての国々の利益となるとしている。世界各国が相互に合意した国際ルールには不便であっても意味があるということを受け入れないということになるならば、アメリカ海軍は航行の権利を持つと主張することは、中国政府はアメリカ海軍の航行を阻害する権利を持つという主張となんら変わらないことになってしまう。マクマスターとコーンはこのようは合意や同意に疑問を呈している。

 

マティスが演説した同じ日、国連安全保障理事会は今年に入って9回目のミサイル発射実験を行った北朝鮮に対する政策を拡大することを決定した。どうしてこのような行動を取ることが可能になるのか?それは、「北朝鮮の核開発とミサイル開発プログラムは世界のルール、規範、条約に違反している」という国連という国際共同体による同意があるからだ。各国政府が、それがたとえ実行困難であり苦痛を伴うものであっても国際条約は彼らを縛り、守る必要があるのだという考えを受け入れないとなると、国連による制裁は、各国が意図的に利用しもしくは無視することができる道具となってしまう。

 

航行の自由や制裁だけでアジアの緊急の安全保障に関する問題を解決することはできない。しかし、これら2つは重要な道具である。国際的な連合が支援する場合、これら2つは国際的な規範を破る国々に対する圧力をかけるための重要な道具となる。

 

アジア各国はアメリカの複雑なシグナルから何を見出すであろうか?マクマスターとコーンが述べたように、アメリカは自国の直接的な利益が危機にさらされる場合にのみ国際社会と協力するのだろうか?もしそうであるならば、アメリカはアジア各国がアメリカに協力する理由を与えられないということになる。

 

北朝鮮、公海上の航行の自由、軍縮といった諸問題は、アジア諸国の多くにとって、現実的な生活にとって、さほど重要な意味を持たないものとなっている。これらの諸問題への対処のために協力することはコストがかかり、技術的に難しいものであり、時間だけを浪費することになる。しかし、ほとんどの国々が努力をするだろう。それは各国が基盤となっている原理に価値を見出しているからだ。その原理とは、各国の主権と諸権利を守っている国際システムは、自国の利益が危機にさらされていない場合でも各国が責任を果たすことも求めているというものだ。

 

アジアにおける私たちの同盟関係とパートナー関係は一つの考えに基づいて構築されてきた。それは第二次世界大戦後の法と規範のシステムは私たち全員に利益を与え、このシステムを防御するために協力することは、たとえそれが困難であっても、投資をするに値するものだ、というものだ。しかし、アメリカがそのような行動をとらないとなると、他国がそのような行動を取る理由があるだろうか?マティス国防長官はこのことを明確に理解している。しかし、彼が代表しているトランプ政権がこのことに同意しているのかどうかは定かではない。そして、アメリカの友人やパートナーである各国はこの乖離に鋭く気付いていることは疑いのないところだ。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)







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  古村治彦です。

 

 今回は、スーパーチューズデー以降のアメリカの政治の動きについて考えたことを書きたいと思います。大体のことは前回に書いたのですが、そこからさらに考えたことを書きたいと思います。

 

 アメリカには民主、共和両党以外にも実はたくさんの政党があります。しかし、この2つ以外の政党から大統領が出るとか、連邦議会で過半数を取るというようなことはありません。たまに無所属の議員が出ることはありますし、バーニー・サンダース連邦上院議員も民主党所属ではなくて、無所属(ヴァーモント州の地域政党)で、連邦議会では民主党の会派に入っているということになります。

 

 国政レヴェルの政治に参加するということになると、どうしても民主、共和両党に所属するということになります。1955年から1993年の日本で続いた「55年体制」(自民党が国会で常に過半数を維持し、社会党が3分の1前後を維持して改憲を防ぐ)の下の自民党もそうでしたが、そうなると、様々な考えや主張の人たちが1つの政党に所属することになります。アメリカの民主、共和両党にも多くのグループがあります。それを分かりやすく説明しているのが、副島隆彦著『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』(講談社+α文庫、1999年)です。この本は20年近く前に書かれた本ですが、人の入れ替わり(亡くなったり、引退したり)はあっても、基本的には本で書かれたアメリカ政治の形は変わっていません。ですから、今のアメリカ政治を理解する上でも重要な本です。

 

 この本の中には以下のような図があります。これは今のアメリカ政治、特に現在起きている現象を理解する上で重要です。この図は、『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』に入っているものです。

 

seven-party

 ここで重要なのは、ネオコン派です。この図では、「(こうもり集団)」と書かれています。これについて説明します。ネオコン派とは、ジョージ・W・ブッシュ前政権で外交・安全保障政策の分野で政策を推進した人々です。彼らは911同時多発テロ事件を受けて、アフガニスタンとイラクに対して軍事力を行使しました。そして、これらの政策は大失敗であったという評価になっています。ネオコン派は元々、民主党系でジョン・F・ケネディ大統領を支持していた理想に燃える若者たちでした。ジョン・F・ケネディ大統領と言えば、日本でもイメージの良いアメリカ大統領として今でも有名ですが、彼は反共主義者として、キューバ侵攻(ピッグス湾事件)からキューバ危機を起こしたり、ヴェトナムに介入したりと、結構攻撃的な人でした。彼が暗殺された後大統領になったリンドン・ジョンソン大統領もその路線を踏襲しました。

 

 しかし、ジミー・カーター大統領になって穏健路線に転換し、これに対して、ネオコン派の人々は失望し、集団的に脱党、共和党支持に転換しました。ネオコン派を英語では、NeoconservativesNeoconと書きますが、ここで、ニュー(New)ではなく、ネオ(Neo)という言葉が使われているのが重要です。英語でNeoが使われる場合は、偽物やまがい物という意味が含まれます。ネオナチなどという言葉を思い出していただければわかると思います。彼らは、共和党に移っても、保守本流の人たちからは「あいつらは転向してきた、偽物だ」ということで、Neoが付けられたということになります。

 

 保守本流や上の図にあるリバータリアンの人たちからすると、ネオコン派は信用できない人たちということになります。また、最近で言えば、ジョージ・W・ブッシュ政権の外交、安全保障政策の失敗、更には民主党のバラク・オバマにホワイトハウスを奪われた責任者たちということにもなります。

 

 ここからは、2012年に出した拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)に書きましたが、アメリカの外交政策の大きな流れとしてリアリズム(現実主義)とアイディアリズム(理想主義)があります。そして、民主、共和両党にそれぞれリアリズムと理想主義の流れがあります。リアリズムとは、外交において理想に走らずに、国益(国家の生存)実現を第一にするというものです。リアリズムの特徴は無理なことはしないし、穏健な方法を模索するということです。もちろん武力行使をしないということではありませんが、理想の実現やある状態を劇的に変化させることを目的にすることはありません。

 

 一方、理想主義的な流れを代表しているのが、民主党では人道的介入主義派であり、共和党ではネオコン派ということになります。人道的介入主義とは、女性やマイノリティなどの人権侵害などがある国で起きた場合、それらの人々を守るために、米軍による攻撃も辞さないというものです。現在、民主党の大統領選挙予備選でリードしている、ヒラリー・クリントン前国務長官は人道的介入派の代表格です。

 

民主党:リアリズム⇔人道的介入主義

共和党:リアリズム⇔ネオコン

 

 人道的介入主義派とネオコン派の外交、安全保障政策はほぼ同じです。ネオコン派は、反共的な立場からスタートしましたが、その後、ソ連の崩壊後には、「世界中の国々を民主化すれば、世界は平和になる。何故なら、民主国家同紙は戦争をしないからだ」という考えに基づいて、世界各国の民主化を理想に掲げました。

 

 前の方で書きましたが、ネオコン派は元々が民主党にいた人々です。ですから国内政策ではリベラルであり、これがまた共和党の保守本流の人々をイライラさせます。

 

 ここまで説明したことと現在のアメリカの政治状況を重ねて見ていきたいと思います。現在、共和党の大統領選挙予備選挙ではドナルド・トランプが大きくリードしています。トランプ旋風に対して、共和党のエスタブリッシュメントは慌てています。何とか、この旋風を抑えようとしています。それは、トランプ現象が、ポピュリズムを基礎にして起きているからです。ポピュリズムとは大衆迎合主義という側面もあります。しかし、それ以外に、「民衆がワシントンで行われている政治が余りにも自分たちの考えとかけ離れていると感じて、それに対して怒りを爆発させて、自分たちの代表者にふさわしい人物を押し立てて、ワシントンを攻撃する」という面もあります。アメリカのポピュリストとして有名なのは、1930年代に活躍したヒューイ・ロングです。フランクリン・D・ルーズヴェルト大統領が「最も危険な男」と呼んだ人物です。今回のトランプ現象は、このポピュリズムが起きているために起きている現象なのです。

 

 人々が何について怒っているのかについては、このブログで前回書きましたので、ここでは繰り返しません。簡単に言ってしまえば、「アメリカらしさの喪失」に対して怒っているのです。そして、「大統領選挙で勝てなくても良いから、自分たちの怒りや不満を全身で受け止めて表現している人物であるトランプに投票する」ということになっています。

 

 彼らは共和党の支持者でありながら、共和党が大統領選挙で勝利することを求めていません。これは、党内の政治家たちを中心とするエスタブリッシュメントにとっては衝撃です。これでは政党の存在意義すら否定することになるではないか、ということになります。

 

 私が翻訳した『アメリカの真の支配者 コーク一族』(ダニエル・シュルマン著、講談社、2015年)の主人公であるコーク兄弟、チャールズ・コーク、デイヴィッド・コークは、多額の政治資金を投入することで政治に大きな影響力を行使しようとしています。彼らは、ドナルド・トランプからは目の敵にされ、彼らからお金をもらう候補者たちはトランプから侮蔑的な言葉をかけられました。

 

 共和党エスタブリッシュメントに属する富豪たちは、トランプ現象を阻止するために動こうとしています。しかし、コーク兄弟は、自分たちの政治資金をトランプ阻止のために投入しないと発表しました。これは、間接的なトランプ支持、ということが言えます。

 

 コーク兄弟の狙いを忖度すると、それは、「共和党をぶっ壊す」ということではないかと思います。そして、より具体的には、「ネオコン派を叩き出す」ということだと思います。そして、破壊の後に再生ということで、共和党を昔のように戻す、ということなのだろうと思います。ネオコン派の外交専門家たちが、トランプに対して不支持を表明する公開書簡を出しましたが、これは、こうした動きを察知しての反応だと思われます。

 

 トランプ現象をただ人々が不満をぶつけているだけと捉えるのは表層的だと思います。そこには政治思想やアメリカ自体の変容が大きく絡んでいると私は思います。

 

(終わり)




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