古村治彦です。

 今回ご紹介する論稿は2022年1月末に発表されたものだ。プーティンの行動、ひいてはロシアの行動がここ数年で大きく変化したこと、その理由について分析している。行動の変化の理由について、論稿の著者タティアナ・スタノヴァヤは、「(1)負け犬から攻勢可能な強力なプレイヤーへの自己像の変化、(2)シロヴィキ(the silovik)と呼ばれる、治安維持、情報諜報、安全保障に関連する各政府機関の幹部クラスや出身者たちの影響力の増大、(3)ウクライナをロシアの影響下に置かねばならないという信念」の3つを挙げている。

 今回のロシアによる全面的なウクライナ侵攻について予測できた人は数少ない。多くの人々は「まさかそこまでやらないだろう」「ウクライナ東部のドンバス地方まではロシア軍を出すだろうが限定的な行動となるだろう」と考えていたはずだ。それは、「コスト(負担)とベネフィット(利益)を相殺して考えて、利益が大きければ侵攻を実行するだろうが、利益が大きいとはとても言えない」という合理的な(あくまで西側世界で生きる人間として)思考をしていたからだ。プーティンには彼なりの「合理性」に基づいて行動している。

 プーティンと交渉をするためには、彼自身や彼の置かれている状況について知ることがこれからの対応のために重要になってくる。

(貼り付けはじめ)

プーティンについて世界が知っておくべき3つの事柄(3 Things the World Should Know About Putin

-プーティン率いるロシアの特性はこれまでの数年間で劇的に変化してきた。

タティアナ・スタノヴァヤ

2022年1月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/01/27/putin-russia-ukraine-crisis-invasion/

ロシアとウクライナの戦争という重大な事態を前にして、ロシアのウラジミール・プーティン大統領がウクライナに何を望んでいるのかという問題で、欧米諸国のメディアは意見が分かれている。プーティンの思惑は誰にも分からないとし、ロシアの客観的な利益や外交政策のコストとベネフィット(costs and benefits)に注目する論調もある。また、ウクライナや欧米に対するプーティンの真の意図や優先順位について推測を続ける人もいる。クレムリンの論理構成(reasoning)が複雑で予測不可能であるにもかかわらず、現在、西側の言説には少なくとも3つの要素が欠落している。

一点目は、ロシアがNATOの拡大終了(end to NATO expansion)などの問題で西側から拘束力のある保証を求めたとしても、それがロシアを止める保証にはならないということである。いわゆる鉄壁の保証(ironclad guarantees)を西側が仮に提供できたとしても、プーティン政権にとっては決して十分なものではない。2021年12月21日、プーティンはロシア国防省の理事会の拡大会議で、「西側は条約を簡単に脱退するので、西側の制約書でさえ何の保証にもならないのだ」と述べた。これは、文書による約束が事実上の拘束力を持つかどうかをめぐるロシア指導部内の議論を反映したものだ。

これまでの数年間、プーティンが率いるロシアの特性は、その自己像(self-image)と共に大きく変化した。以前は、プーティンは、「より強力で敵対的なプレイヤーたちに囲まれた地政学的に脆弱な国家((geopolitically vulnerable state surrounded by more powerful and hostile players))」のリーダーとして行動していた。「地政学的な正義を求める虐げられた国(aggrieved and oppressed nation seeking geopolitical justice)」、「他者が作り出し、影響を与える状況の人質(hostage of circumstances created and influenced by others)」としてのロシアを演じたのだ。2014年のクリミア併合(annexation of Crimea)のように、西側が自国の問題に立ち入らないタイミングで、あえて優位に立つこともあるかもしれないが、その動きは明確に防御的な論理(overtly defensive logic)に依拠している。

2018年、そうした状況は一変した。シリアにおけるロシアの軍事的成功(Russia’s military success in Syria)、中央アジアにおける独自の役割(its unique role in Central Asia)、アフリカでの存在感の増大(increased presence in Africa)、そして何よりも新たに開発された「特に有効な武器(wonder weapons)」に酔いしれ、プーティンは抑圧されたプレイヤーという感覚から、ロシアの従来の勢力圏を大きく超えて攻勢に転じることができる人物に変身した。ロシア外務副大臣セルゲイ・リャブコフの言葉を借りれば、「鉄壁、防水、防弾、法的拘束力のある保証(ironclad, waterproof, bulletproof, legally binding guarantees)」の要求は、もはや地政学的脆弱性からではなく、逆にロシアが歴史的に正当化されてきた、ルールを書き換える本格的な権利への信念から生じているのである。そこに西側諸国の存在は関係なくなっているのである。

「世界は変わった。現状はもはや正当ではない。国際機関やルールは破綻した。伝統的な意味での外交はもう存在しない。誰も可能な範囲で事態に適応する。公的な発言や立場の価値は崩壊した」という公式・非公式のメッセージがモスクワから常に発信されている。

ロシアは、サイバー攻撃、攻撃的なメディア政策、地政学的な攻撃、軍事介入などを通じて、その結果生じる損害についての警告にかかわらず、自ら進んで他者が設定するレッドラインを越え始めている。今日のロシアの外交政策は、西側の意向だけでなく、しばしば西側とは直接関係のないロシア自身の地政学的利益についても考えるようになった。そして、いかなる安全保障に関する保証もそれを変えることはできないのである。つまり、仮に協定が結ばれたとしても、ロシアは西側諸国に対して、自らの攻撃戦略(raiding strategy)を控えることを保証できないし、するつもりもないということになるのだ。

ロシアは、サイバー攻撃、攻撃的なメディア政策、地政学的な攻撃、軍事介入などを通じて、その結果生じる損害についての警告にかかわらず、自ら他者が設定したレッドラインを越え始めている。今日のロシアの外交政策は、西側だけでなく、しばしば西側とは直接関係のない独自の地政学的利益についても考えるようになった。そして、いかなる安全保障もそれを変えることはできない。つまり、仮に協定が結ばれたとしても、ロシアは西側諸国に対して、自らの攻撃戦略を控えることを保証できないし、するつもりもない。

その結果、ロシアは防衛的外交政策から攻撃的外交政策へと移行した。プーティンによれば、この新しいアプローチは有効であることが証明されており、今後はより広く使用されることになる。2021年11月、プーティンは「最近の警告は一定の効果があった(Our recent warnings have had a certain effect)」と述べ、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に西側諸国の緊張状態を維持させるよう求めた。プーティンは「できるだけ長く、西側諸国は私たちの西側の国境において何らかの紛争を起こすことを思いつかせないようにさせるのだ。西側との紛争を今のところ私たちは必要としていない」と述べた。この攻撃的な戦略に味をしめたモスクワは、防衛的な動きよりも顕著に国際情勢に影響を及ぼしてきた攻撃的な路線を放棄することはないだろう。

こうした動きは全て、安全保障機関や治安維持機関であるシロヴィキ(siloviki 訳者註:ロシアの安全保障・治安・諜報諸機関の構成員や出身者たちの総称)が2014年以降、ロシアの内政・外交の両面で、意思決定においてより重要な役割を徐々に果たし始めたことと重なる。外交官とシロヴィキの間には、ロシアとアメリカの協力の可能性に対して、重要なイデオロギー面での相違がある。外交官はアメリカとロシアについて歴史的な責任を負う大国と見ているが、シロヴィキは米露両国について、「国際法に度々違反し、ルールの外で行動するギャンブラーだ」と考えている。彼らにとっては「力こそ正義(might is right)」なのだ。だからこそ、対立の激化や制裁措置はシロヴィキを脅かすものではなく、逆に彼らにとってはより多くのチャンスの扉を開くものになるのだ。

シロヴィキはプーティンのアメリカおよび西側諸国全体に対する不信感の主な原因であることに変わりはない。しかし、最悪の場合でも、西側諸国に対して、ロシアにより現実的に対処するよう強要し、双方の安全保障機関同士の連携を深め、関係をより冷静に、イデオロギー的にしない(つまり民主政治体制についてロシアにこれ以上はお説教をしない講義)ことができるのだ、シロヴィキはプーティン大統領を説得し、プーティンはそうした確信を持つようになっている。加えて、バイデン政権におけるサイバー安全保障の重要性を考慮すると、モスクワは現在、ワシントンに協力を強要するための論拠を得たと考えている。厳しい制裁措置と、二国間の諸問題における散発的だが実りある交流とが、今日最も優勢なロシア人エリートの一部にとって最も快適な状態であるように思われる。

現在見過ごされている第二の問題は、ウクライナに対する軍事作戦や欧米諸国との対立が激化した場合、ロシアの政権(regime)はより強固になり、社会はこれまで以上に抑圧されることになるということだ。戦争は、少なくとも中期的に見て、抗議行動を引き起こしたり、反対運動を起こしたり、政権を弱めたりすることはない。

ロシアのエリートには、大きく分けて2つのグループが存在する。1つは、シロヴィキを含む保守的な意思決定者たち(conservative decision-makers)である。彼らは新たな対立のいかなるコストも負担する覚悟があり、それによって利益を得ることさえできる。彼らは、政策を支配し、プーティンの不安を煽り、緊張を刺激し、エスカレートさせる。2つ目のグループは、政府を支配するテクノクラート(technocrats)で構成されているが、安全保障問題に干渉したり、地政学的な懸念を提起したりする権限はない。彼らは、経済と金融システムを地政学的なショックに対応させることを任務としている。

また、ビジネスエリート(プーティンの側近で、思想的にはシロヴィキよりもタカ派であることが多い)は、何年も前に政治的意思決定(political decision-making)から追い出され、現在では当局と地政学的な議論をする権利も奪われたままである。彼らの最良の戦略は、事態がエスカレートした場合、彼らの忠誠心や愛国心に疑念を抱かせるような当局との衝突を避けるために、完全に存在感を消して沈黙することである。

社会に関して言えば、ロシア人は社会問題を中心に考えており、地政学的な問題には警戒心を示している。戦争が起きても、彼らは抗議しない。最近の世論調査では、ロシアとウクライナの国境での事態のエスカレートについて、ロシア国民の50%がアメリカとNATOを非難し、自国に責任があると答えたのはわずか4%であった。ロシア社会は政治的に低調で活力がなく、抗議行動の可能性は相対的に低いままだ。不満の先頭に立つ可能性のあった反対勢力は完全に壊滅し、戦争への恐怖は日常化しているのが現状だ。

加えて、政権自体がより抑圧的で不寛容になっており(more repressive and intolerant)、地政学的なエスカレートはそうした特徴を更に悪化させるだけである。最悪のシナリオでは、クレムリンはさらに締め付け、政治的統制を強め、反対派、それもほとんど飼いならされた(tame)「体制内(in-system)」の反対派を弾圧することになるだろう。政府はそのための資源と手段全てを保有し、政府内部の抵抗に直面することもない。軍事作戦の費用を大幅に増加させる制裁は、社会経済状況を間接的に悪化させることはあっても、政治的な場ではわずかな影響しか与えないかもしれない。

最後の3つ目は、世界規模の安全保障構造(global security architecture)が根本的に見直されない限り(それは短期間には起きない)、ロシアはウクライナを、どのような犠牲を払っても、モスクワの地政学的監視下に戻さなければならない領土と見なしていることだ。現在、クレムリンはウクライナのNATO加盟を阻止することを目指している。この要求は、ロシアのウクライナに対する意図の核心的問題(core problem)、すなわちウクライナの政治的未来を形成し、クレムリンに受け入れられるウクライナ国内のプレイヤー以外は脇にどかせて傍観させるという問題に対応するものではない。

ロシアの支配エリートたちは、ウクライナのエリートが破産し、ウクライナが破綻国家(failed state)となり、地政学的に無力になるべきだという考えを確固として持ち、領土の崩壊や内部の小競り合いの脅威に伴う激動が避けられないという予想を持っている。今回の事態のエスカレートのずっと以前から、モスクワはウクライナの国家としての破綻に備え、ロシア保守派の一部はその破綻過程を支援することを熱望してきた。軍事攻撃の有無にかかわらず、クレムリンは数年以内にウクライナ国内が混乱し、ロシアがウクライナ領土に直接介入する道を開くことを想定してきた。これは単に時間の問題であり、西側からの安全保障の保証ではそうした動きを止めることはできない。

だからといって、ロシアによる攻撃作戦を阻止するための対話が失敗する運命にある訳ではない。それは時間稼ぎを行い(これはプーティン政権に不利に働く)、そのタカ派的な意図を減退させ、その結果、社会が目を覚ます時間を増やすことになるかもしれない。また、強硬な政策はより疑問視され、分裂を招き、現実的でなくなるだろう。たとえ時間の問題であっても、世界が過去最悪のロシアの姿を見つめているとき、対話を続けるということは、新たな事態の悪化が起こった際に、ロシアが今よりも支離滅裂で自信喪失している可能性が少なくとも存在するということになる。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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