古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:冷戦

 古村治彦です。

 アメリカは冷戦期以降、世界において、2つの大きな地域的非常事態(two major regional contingencytwo-MRC)に即応できるようにする戦略を採用している。簡単に言えば、世界のどこかで2つの大きな戦争が起きてもそれらに対応し、2つの戦争を同時に戦って勝つことができるようにするというものだ。下記の論稿では、「アメリカ軍は連戦気においては、2つの大きな戦争と1つの小さな戦争を同時に戦って勝てると主張していた」ということだ。そのためにアメリカ軍の能力を常に世界最大、最強にしていくということがこれまで当たり前だった。

 しかし、ドナルド・トランプ前大統領が当選して風向きが変わった。世界各地に駐留するアメリカ軍の撤退とNATOをはじめとする同盟諸国の防衛費の引き上げを求める流れになった。「もうアメリカはそこまでのことはできない」ということになった。日本の防衛予算をGDP2%まで上昇させよ(これまでは1%以内ということになってきた)という動きはこのアメリカの動きに連動している。トランプ政権がこうした要求を出して、バイデン政権になっても継続している。アメリカにしてみれば、軍需産業の売上が上がることだし、結構なことだということになる。

 アメリカ軍は既に2つの大きな戦争を同時に戦うことはできない。第二次世界大戦の時のようにヨーロッパとアジアで物量と大量の兵員で押し込んで敵を屈服させるということはできない。1つの戦争だけならばまだ戦えるが、それも厳しいということになる。現在のウクライナ戦争は、アメリカの戦費と武器によって戦われているものであり、アメリカ・ウクライナ連合軍と言っても良いだろうが、国土が荒廃し、将兵がどんどん死んでいくというのはウクライナばかりだ。武器がどんどん消費され儲かるのは軍需産業ということになる。ただ、アメリカ軍は自軍の貯蔵から武器を供与しているが、その補充が間に合っていないということが起きているようだ。

 アメリカ軍が懸念すべき地域としては、東アジア(中国と台湾、朝鮮半島)、中東(イランとイスラエル)、ウクライナ(対ロシア)がある。これらの地域で危機が起きた場合に、アメリカ軍は即応することはできないと下記論稿で述べられている。そのため、同盟諸国に対し防衛費の増額を求めている。そうした中で、ウクライナ戦争が起きた。これを「渡りに船」と各国は防衛費を増額している。防衛費ということになると、不思議なことにジャンジャンお手盛り、「財源は?」などと言う質問ができないようになっている。これは多くの国でも起きている。

 これだけでもアメリカ一極集中の時代は終わりということになる。他の国を巻き込むということになる。日本はどこまでお付き合いするかを決めておかねば、いつの間にか最前線でアメリカの武器を持って、日本の防衛以外の外国での戦争を戦わされることになっている可能性もある。そうした馬鹿げたことにならないように願うばかりだが、どうも雲行きは怪しい。

(貼り付けはじめ)

アメリカは4正面戦争を戦うことが可能なのだろうか? それは現在では不可能だ(Could the US fight a four-front war? Not today

レオナード・ホックバーグ、マイケル・ホックバーグ筆

2021年6月6日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/opinion/national-security/556666-could-the-us-fight-a-four-front-war-not-today/

ジョー・バイデン大統領がイラン核合意の再交渉を模索する一方で、イランのテロリストの代理人であるハマスが、アメリカの同盟国であるイスラエルに戦争を仕掛けてきた。民主党の一部の進歩主義的な人々が、政治的正しさという祭壇の上でイスラエルを犠牲にすることを主張しても、外交政策の専門家たちは、アメリカが信頼性を保つために同盟諸国を守る必要があることを認識している。ハマスの抑制と引き換えに核交渉でイランをなだめる試みは、チグリス・ユーフラテス川流域からシリア、レバノン、ガザを通る三日月地帯の支配を目指すイランの長期戦略に資することになる。

地政学的分析の祖といわれるハルフォード・マッキンダーは、『民主政治体制の理想と現実』(1919年)の中で、スエズ運河を支配するイギリスにとって聖なる土地が重要であることを強調した。また、地政学的な観点から、シベリアに鉄道を敷設すれば、ランドパワーが単独または同盟を組んでユーラシア大陸に資源を動員し、シーパワーの覇権に対抗することができることを強調した。2度の世界大戦とその後の冷戦は、マッキンダーの言う「ハートランド」を支配しようとする勢力が、ユーラシア大陸沿岸の国民国家を支配することを阻止するために行われたのである。

今日、マッキンダーの地政学的悪夢が現実のものとなりつつあるように思われる。ロシア、中国、イランという3つの独裁政権が北朝鮮などと連携してマッキンダーのハートランドを占め、ヨーロッパ、インド、極東の自由主義的民主制体制諸国家に大きな影響力を行使している。中国は、「一帯一路」構想の一環として、ユーラシア大陸を経済的、文化的、軍事的に結びつけている。この脅威の領土的範囲は、西はバルト海と黒海から、南シナ海、台湾海峡、東シナ海、ベーリング海にまで及んでいる。

アメリカと同盟諸国は、ユーラシア大陸の環太平洋地域周辺にある複数の紛争地点に直面している。ロシアはクリミア征服を強化するため、ウクライナに脅威を与え続けている。アメリカはウクライナが核兵器を放棄した際、1994年のブダペスト・メモランダムでウクライナの領土保全を保証した。ロシアはその保証の価値の低さを雄弁に物語っている。一方、ロシアはNATO加盟国であるバルト3国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)にも脅威を与えている。NATO加盟国への侵攻が成功すればアメリカの信用は失墜する。

中国は、香港が独立を保ってきた「一国二制度」の原則を否定し、習近平指導者は、必要なら武力で台湾を中国に編入すると宣言している。中国は、台湾を侵略または封鎖する能力を構築しており、先端エレクトロニクスや半導体を台湾に依存し、太平洋における中国の野心を封じ込める港としてアメリカを脅かしている。東シナ海では、中国は日本の尖閣諸島の領有権を主張し、南シナ海では、重要な航路の主権を主張するために人工島を建設している。中国は現在、全ての海洋近隣諸国を脅かしており、ブータンやインドなど陸地の近隣諸国への侵略を始めている。チベットと香港は征服され、占領された領土である。

ならず者的な独裁体制諸国家は脅威を増している。イランはイエメンの反政府勢力フーシを支援し、ペルシア湾岸諸国とイラクのシーア派の不満を煽り、ヒズボラを通じてレバノンとシリアを支配し、ホルムズ湾を通る船舶を脅している。北朝鮮は韓国に対して通常兵器の脅威を与え、その核開発計画はアメリカを標的としている。

上海協力機構(SCO)は、中国が主導し、ロシアが追随する同盟であり、マッキンダーのハートランドを占める独裁的な大国の多くを結び付けている。アメリカはこの30年ほどで初めて、中国という独裁的な競争者と敵対することになった。中国の軍事費は指数関数的な上昇を続けているが、NATOの防衛費は横ばいである。敵の裏庭で戦争をして勝つには、敵が最も強く、私たちが最も弱いところで戦うことが必要である。

冷戦の最盛期、アメリカは2つの大きな戦争と1つの小さな戦争を戦うことができると主張していた。しかし、その軍事力は、敵対国の軍事力に比べ、徐々に低下している。軍事力の低下を示す一つの重要な指標は、アメリカの海軍艦隊の規模である。レーガン政権時代、米国は600隻の海軍を維持することを目指した。レーガン政権時代、アメリカは600隻の海軍を維持しようとしたが、それ以来、アメリカの海軍艦隊の規模は劇的に縮小している。セス・クロプシーによれば、今日、「アメリカ海軍は101隻の艦船を世界中に展開している。アメリカ海軍の艦隊全体では297隻に過ぎない」という。中国沿岸の課題に対応するための艦艇はもちろん、ユーラシア大陸の複数の紛争地点での侵略を抑止するための艦艇も十分ではない。近い将来、中国が台湾への侵攻を表明しているにもかかわらず、アメリカはアジア太平洋地域の第7艦隊の一部として配備された空母を持たなくなるだろう。

アメリカが直面する危機を評価する上で、国家安全保障の専門家たちはアメリカに敵対する国々が協調して行動する可能性を考慮しなければならない。もしアメリカと同盟諸国が、ウクライナ、台湾、イスラエルに対する4正面同時戦争に直面し、さらに北朝鮮が韓国を攻撃し、核抑止力を活用し、イランがホルムズ海峡を封鎖したらどうだろう。このような攻撃は、おそらくアメリカの金融・物理インフラへのサイバー攻撃と組み合わされるだろう。

アメリカはこのような同時多発的な挑戦に対応する軍事能力を有しているのだろうか? 同盟諸国を守り、条約上の約束を守るために核兵器を使用する準備はできているのだろうか? 厳しい選択を迫られた場合、アメリカはこれらの紛争のどれを優先させるか? 多面戦争を回避するためには、アメリカは同時に複数の場所で通常兵器を使った紛争を戦い、勝利する準備を整え、同盟国の自衛能力を強化するために投資しなければならない。

アメリカの国家安全保障分野のアナリストたちは、あまりにも長い間、マッキンダーの悪夢を生み出してきた地政学を無視してきた。権威主義的な諸大国は、共通の大義を見出し、行動を調整するという強い歴史を持っている。独裁者たちは、立法府の議論なしに決定を下すという贅沢さと呪いを持っている。もしアメリカが、中国、ロシア、イラン、北朝鮮という独裁諸国家枢軸による協調行動を抑止できなければ、これらの大国は必ずや共通の原因を見つけ、多面的な戦争に発展するだろう。

※レオナード・ホックバーグ:「マッキンダー・フォーラム・US」のコーディネイター。外交政策研究所上級研究員。スタンフォード大学をはじめ複数の高等教育機関で教鞭を執った退職教授。彼はまたフーヴァー研究所研究員に任命された。彼は、「ストラットフォー」の前身「ストラティジック・フォーキャスティング・Inc」を共同創設した。

※マイケル・ホックバーグ:物理学者。半導体製造分野と電気通信分野で4つの成功したスタートアップ企業を創設した元大学教授。それらの企業の中には2019年にシスコが買収したラクステラ、2020年にノキアに買収されたエレニオンがある。シンガポール(NRF Fellowship) aとアメリカ(PECASE)で若手科学者にとっての最高賞を受賞。

(貼り付け終わり)

(終わり)

※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


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 古村治彦です。

 初代のアメリカ国務省政策企画本部長(Director of Policy Planning, Department of State)を務め、冷戦期のアメリカによる「ソ連封じ込め」を立案したジョージ・ケナン(George Kennan、1904-2005年、101歳で没)は、現在の状況を予測していたようだ。ケナンが有名になったのは外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』誌1947年7月号に著者名「X」で掲載された。
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ジョージ・F・ケナン
The Sources of Soviet Conduct)」という論文だ。「X論文」と呼ばれている。この論文が冷戦期のアメリカの対ソ戦略「封じ込め(Containment)」の基礎となった。この論文はケナンが1946年2月に当時勤務していた註モスクワ米国大使館から8000語に及ぶ長文の電報でソ連分析と対応に関する文書を送ったことから、「ロングテレグラム(Long Telegram)」とも呼ばれている。「X論文」は『アメリカ外交50年 (岩波現代文庫) 』で読むことができる。

 第二次世界大戦後、ソヴィエト連邦が周辺諸国を衛星国(satellite states)に体制転換することに成功し、共産主義の拡大がアメリカを中心とする、自由主義、資本主義、民主政治体制の西側諸国の懸念となった。そうした中で、対ソ戦略をどのように策定するべきかということ大きな課題となった。世界大戦後でソ連にもアメリカにも直接対決する訳にはいかない。そうした中で、どのようにソ連に対処するべきかということが問題となった。

 ケナンは「ソ連を非軍事的な手段、つまり政治的、経済的手段を用いて、アメリカの死活的な国益にかかわる地域で封じ込めを行うべきだ」と主張した。ケナンは「ソ連邦の膨張傾向に対する長期の、辛抱強い、しかも断固として注意深い封じ込めでなければならない」「はるかに穏健で慎重な態度をとらなければならないように圧力をかけ、ゆくゆくはソヴィエト権力の崩壊かまたは漸次的な温和化」をもたらすことができる」と書いている。

 ケナンは冷戦後、NATOが東方拡大路線を取ったことについて、ほぼ引退同然であったが、最後のご奉公として、表舞台に出てきて、これは「致命的な誤り」だと喝破した。以下に貼り付けた論稿の通りだ。ケナンは「NATO拡大の決定は、ロシア世論の民族主義的(nationalistic)、反西欧的(anti-Western)、軍国主義的(militaristic)傾向を煽り、ロシアの民主政治体制の発展に悪影響を与え、東西関係(East-West relations)に冷戦の雰囲気を取り戻し、ロシアの外交政策を明らかに私たちの好みに合わない方向に導くと予想されるからである」と書いている。ケナンの指摘の通り、NATOの東方拡大が現在の状況を生み出したと言える。

(貼り付けはじめ)

論説:致命的な誤り(Opinion A Fateful Error

ジョージ・ケナン筆

1997年2月5日

『ニューヨーク・タイムズ』紙

https://www.nytimes.com/1997/02/05/opinion/a-fateful-error.html

1996年末、NATOをロシアの国境まで拡大することが、どうやらどこかで決定されたような印象を与えることになった。もしくはそのような状況が引き起こされた。1997年6月の首脳会議までにNATOの拡大を正式な決定ができないにもかかわらず、既に拡大が正式決定されているかのようである。

大統領選挙と同時に、ワシントンの有力者が入れ替わるというタイミングで、NATO拡大が報じられたために、外部の人間にとってみれば、どうコメントをすれば良いのかは分からない。また、この決定がたとえ暫定的なものであっても、取り消すことはできないという保証が国民に与えられていることも、外部が意見を促すものではなかった。

しかし、ここには最も重要な点が存在する。そして、おそらく、私一人ではなく、ロシア問題に関して豊富な経験を持ち、ほとんどの場合、より新しい経験を持つ他の多くの人々が共有する見解を明らかにするのに遅くはないだろうと私は確信している。それは、率直に言えば、NATOの拡大は、冷戦後の全時代を通じて、アメリカの政策における最も致命的な誤り(the most fateful error of American policy in the entire post-cold-war era.)となるだろうということだ。

NATO拡大の決定は、ロシア世論の民族主義的(nationalistic)、反西欧的(anti-Western)、軍国主義的(militaristic)傾向を煽り、ロシアの民主政治体制の発展に悪影響を与え、東西関係(East-West relations)に冷戦の雰囲気を取り戻し、ロシアの外交政策を明らかに私たちの好みに合わない方向に導くと予想されるからである。さらに、スタート2協定をロシア下院で批准させ、核兵器の更なる削減を達成することが、不可能ではないにしても、はるかに難しくなる可能性もある。

もちろん、ロシアの行政機構の機能が極めて不透明で、ほとんど麻痺状態にある時、ロシアがこのような挑戦に直面することは不幸なことだ。しかも、その必要性が全くないことを考えると、二重に残念だ。冷戦の終結によってもたらされた希望に満ちた可能性の中で、なぜ東西関係の中心が、架空の、まったく予測できない、最もありえない将来の軍事衝突において、誰が誰と同盟し、暗に誰と敵対するかという問題にならなければならないのか?

もちろん、NATOがロシア当局と協議を行い、ロシアがNATO拡大の考えを容認し、納得できるようにすることを望んでいることは承知している。現状では、こうした努力の成功を祈るしかない。しかし、ロシアの新聞をまじめに読んでいる人なら、国民も政府もNATO拡大案が実現するのを待たずに既に反応していることに気づくだろう。

ロシアは、アメリカが「敵対的な意図はない」と断言しても、ほぼ納得しない。ロシアは、自国の威信[prestige](ロシアにとって常に最重要)と安全保障上の利益に悪影響を及ぼすと考えるだろう。もちろん、軍事的な既成事実(fait accompli)としてNATO拡大を受け入れるしかないだろう。しかし、ロシアはそれを西側からの反撃(rebuff)とみなし、自分たちの安全で希望に満ちた未来の保証を他の場所に求めるだろう。

NATOの同盟国16カ国が既に下した、あるいは黙認している決定を変えるのは、明らかに容易ではないだろう。しかし、この決定が最終的に下されるまでに数カ月かかる。おそらくこの期間を利用して、ロシアの意見や政策に既に与えている不幸な影響を緩和する方法で、提案されているNATO拡大を変更することができるだろう。

この記事は、1997年2月5日に全国版のセクションA、23ページに掲載された。

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●「(ひもとく)なぜウクライナか ロシアが侵す、宗教の断層線 下斗米伸夫」

朝日新聞 2022226 500

https://www.asahi.com/articles/DA3S15216118.html

 ロシア軍が24日、ウクライナに侵攻した。首都キエフなど各地を攻撃している。四半世紀前、米クリントン政権時代に始まったNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大問題は、最悪の結果を生みつつある。

 ■同盟拡大に警告

 米国内の論調は一枚岩ではなかった。2014年、ウクライナで、NATO加盟推進派が右派民族勢力と組んで治安部隊と衝突し、ヤヌコビッチ大統領が亡命するマイダン革命が起きた。当時のロシア大使マイケル・マクフォール氏ら早期加盟派は、プーチン大統領を批判する(『冷たい戦争から熱い平和へ』上・下、松島芳彦訳、白水社・各3960円)。他方、ソ連崩壊期の大使ジャック・マトロック氏や、ロシア大使経験のあるウィリアム・バーンズ中央情報局長官は慎重論を唱えていた。

 同盟拡大はロシアを挑発すると警告したのは、ソ連代理大使も務めた晩年のジョージ・ケナン氏だ。プーチンにはソ連を再建する意図はない、とクリントンのブレーン、ストローブ・タルボット国務副長官(当時)に説いた。ケナンの遺志を継ぐ歴史家アンドリュー・ベースビッチ氏は、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長の側近が「我々は、米国にとっての敵でなくなるという恐ろしいことをやる」と語ったと書いた(『幻影の時代 いかに米国は冷戦の勝利を乱費したか』未邦訳)。今の米ロ対立は、元ロシア大使間の米米対立でもある。

 だが、東西和解の合意に抗して、クリントン政権が選んだのは同盟拡大というロシアを凍らせる選択だった。東欧移民票を自らの大統領選に利用するという短慮も今日の状況を招いた。

 ひ弱なロシアの民主化派が退潮すると、エリツィン大統領が後継者に選んだのは元NATO担当の情報将校だった。春秋の筆法で言えば、クリントンがプーチン政権を誕生させたのだ。

 実際、14年のマイダン革命は誰の得にもならない悲劇となった。比較政治の松里公孝は『ポスト社会主義の政治』で、西側がしかけた革命が暴力化することはわかりきっており、「憲政史に拭いようのない汚点」を残したと指摘する。プーチンはクリミア半島を併合、フルシチョフが渡した失地を回復したが、戦後ヤルタ体制=英米ロ関係を毀損(きそん)した。

 ■約30年前の予言

 なぜウクライナなのか。冷戦後、イデオロギーにかわって宗教が甦(よみがえ)る。同国は東方正教・イスラムと西欧キリスト教との断層線上だ。その線上で紛争がおこることを1993年に予言したのは、サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』だ。北米の東欧ディアスポラ(離散した民)が紛争の触媒となると述べていた。米国務省に、ビクトリア・ヌーランド次官らロシア帝国移民系のネオコンが多いのは偶然だろうか。

 トルコなどイスラム要因も絡む。アフガニスタンは米ソ超大国の墓場となり、ユーラシアでは地殻変動が続く。1月には危機がカザフスタンに飛び火、ナザルバエフ体制が崩壊した。熊倉潤『民族自決と民族団結』は、ソ連の下で同国が疑似国民国家を懐胎してきたと指摘するが、腐敗体質が暴動を誘発した。ロシアやトルコなど地域大国が復活、その権威主義化が米国流の民主化革命の限界を示す。

 バイデン米大統領は、経済制裁の枠内で外交による解決を主張してきたが、事態はここに至った。米国のINF(中距離核戦力)条約破棄で、東西双方から見捨てられたゴルバチョフだが、彼の至言「核戦争に勝利者はない」が、交渉の原点に据えられたのは救いだ。危機はウクライナからヨーロッパへと広がりかねない。ロシアは停戦の上、再浮上したウクライナの国是である中立化などの外交交渉につくべきだ。

 ◇しもとまい・のぶお 神奈川大学特別招聘教授(ロシア・ソ連政治) 48年生まれ。近著に『ソ連を崩壊させた男、エリツィン』。

(貼り付け終わり)

(終わり)


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 古村治彦です。

 今回は第二次世界大戦と冷戦を比較し、戦後処理の成功と失敗の対照が現在の状況を生み出したという興味深い分析記事をご紹介する。第二次世界大戦は連合国(アメリカ、イギリス、ソ連、中国など)と枢軸国(日本、ドイツ、イタリアなど)の間で戦われ、枢軸国側が敗れた。ドイツと日本はアメリカ軍によって物理的な占領を受けたが、その後、ドイツと日本はアメリカにとっての重要な同盟国となった。第二次世界大戦戦後処理は、第一次世界大戦の戦後処理の失敗が第二次世界大戦を導いたという反省の下、抑制的だったと著者のハーシュは分析している。

 冷戦は第二次世界大戦終結後、世界が東側(ソヴィエト連邦が主導)と西側(アメリカが主導)に分かれて争ったものだ。大規模な戦争としては朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、アフガニスタン戦争などがあり、最終的にはソヴィエト連邦が崩壊し、西側の勝利となった。西側の勝利の「高揚感」はすさまじく、東側に一気に自由化、民営化、法の支配、民主政治体制を押し付けた。「資本主義と民主政治体制が最終的に勝利し、歴史の終わりとなった」ということで、東側諸国に対して侮蔑的な扱いで、改革を押し付けることになったとハーシュは分析している。それがロシア、そしてプーティンの屈辱感を醸成し、大ロシアの復活を目指し、今回のウクライナ侵攻を導き出したというハーシュの分析である。

 第二次世界大戦と冷戦を比較対象とするというのは粗雑の印象は免れないが、「戦後処理」という点で、「買った方の負けた方に対する態度」で次の結果が導き出されるというのは興味深い分析である。「歴史の終わり」の高揚感と共に、アメリカは世界中に資本主義とデモクラシーに過剰な自信をもって押し付けて回るようになった。その理論的勢力がネオコン(共和党)であり、人道的介入主義派(民主党)だ。詳しくは拙著『アメリカ政治の秘密』『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』をお読みいただきたい。
 ネオコンや人道的介入主義派がアメリカの外交政策を主導する時代が2000年代から続いた。その間に起こったことは中露との対立構造だった。これらの国々と共存し、もしくは共同して世界管理を行うということができず、対立を激化させる方向で進んでいったことが現在の状況を生み出したとも言えるだろう。アメリカの危険な理想主義(「世界すべての国々を民主政治体制で資本主義体制にする、そうすれば戦争は起きない」)が世界を壊したということも言えるだろう。

(貼り付けはじめ)

先の大戦争が今回の大戦を引き起こしたかもしれない理由(Why the Last War May Have Triggered This One

-第二次世界大戦後、日本とドイツはアメリカの堅固な同盟国となった。冷戦が同様の方法で終わらなかったのは何故か?

マイケル・ハーシュ筆

2022年2月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/02/25/russia-ukraine-invasion-nato-allies-cold-war/

第二次世界大戦後、アメリカはドイツと日本という2つの強力な侵略国家を永続的かつ平和的な同盟国に変えることに成功した。しかし、冷戦後、アメリカは、ウラジミール・プーティン大統領のウクライナ侵攻に代表されるように、ロシアを永続的かつ苛烈な敵対国に変貌させる一連の政策を採用した。

プーティンの侵略にどう対処するか、西側諸国が頭を悩ます中、なぜこの2つの戦争(第二次世界大戦と冷戦)が正反対の結末を迎えたかを検証することは価値があるかもしれない。

確かに、2つの大戦争の間には大きな違いがあった。第二次世界大戦末期、フランクリン・ルーズヴェルトとハリー・トルーマン両大統領は、無条件降伏と占領政策を採用し、ドイツと日本の軍国主義者を完全に駆逐し、両国を根底から変革させた。その過程で多くの失敗があったが、ワシントンのアプローチは、ほとんどの場合、寛容で、政治的、文化的な相違に敏感であった。

冷戦終結後、アメリカ軍もしくは欧米の同盟諸国軍による旧ソ連への物理的な占領は行われなかった。その代わり、一種の心理的な占領が行われた。「歴史の終わり」が目前に迫っており、民主政治体制資本主義が唯一の道であるという考えに熱狂した西側諸国は、勝利の感覚を持ちながらロシアにアプローチした。経済と政治の2つの側面から、西側諸国は一連の傲慢な政策を追求し、ロシアの支配層の間に深い不信感を抱かせ、プーティンの権力獲得と大ロシアの復活を目指す彼の基盤を作ったのである。

経済面で見ると、アメリカ政府当局は、法の支配と新しい制度を欠いた旧共産主義帝国ロシアが、民主政治体制資本主義への迅速な転換の準備ができていない可能性があることを認識し損ねた。ハーヴァード国際開発研究所や国際通貨基金の自由市場担当コンサルタントたちは、旧共産圏の生産システムの急速な民営化、いわゆるショック療法(shock therapy)を推し進めた。しかし、民営化は、ロシア人が苦いユーモアとともにプリフバティザツィヤ(prikhvatizatsiya)、すなわち「グラブ化(grabification)」と呼ぶ、党の幹部からオリガルヒに転じた者による旧国有企業の不公平な接収に急速に堕落していったのである。

その結果、ロシアから大量の資本逃避(capital flight)が起こった。そして、超富裕層のオリガルヒが、現在もロシアの後進国経済(underdeveloped economy)を支配している。世界銀行(World Bank)の元チーフエコノミスト、ジョセフ・スティグリッツは、「市場経済が発展するための制度的社会資本(インフラ)に十分な注意を払わず、ロシアの内外への資本の流れを緩和することによって、国際通貨基金(IMF)とアメリカ財務省はオリガルヒによる略奪の基礎を作ってしまった」と書いている。プーティンが最初に権力を握ったのは、当然ながら、オリガルヒの支配を糾弾するためだった。

政治の世界で見ると、傲慢さと強引さが支配的であった。ソ連の崩壊が始まると、当時のジョージ・HW・ブッシュ米大統領らは当初、核拡散(nuclear proliferation)を懸念して旧ソ連の解体に慎重な姿勢を示していた。1991年8月、ウクライナで行った演説では、ソ連からの脱退を問う国民投票を目前に控え、「自殺的ナショナリズム(suicidal nationalism)」の出現を戒めた。『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニスト、ウィリアム・サファイアは、ブッシュの発言を「チキン・キエフ(Chicken Kiev)」演説と揶揄した。ブッシュの後継者であるビル・クリントン、そしてジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマの歴代の米国大統領の下でアメリカは方針を転換し、旧ソ連圏の全ての国を受け入れるためにNATOを積極的に拡大することを推し進めるようになった。ポーランド、ハンガリー、チェコ共和国から始まり、エストニア、ラトヴィア、リトアニアのバルト三国、ブルガリア、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニアと続いた。

NATOは2008年のブカレスト首脳会議で、ウクライナとグルジアをいずれ同盟に招き入れると約束し、さらに前進した。ジョージ・W・ブッシュは両国にNATO加盟への第一歩である加盟行動計画を直ちに提示しようとしたが、ドイツとフランスはロシアとの対立を懸念して慎重姿勢を取った。

同時にワシントンは、2014年に録音された恥ずべき会話から、当時のヴィクトリア・ヌーランド国務次官補(その後、ジョー・バイデン米大統領の国務次官に昇進)がウクライナ国内での欧米式の政府樹立に従事していることが明らかになったように、ウクライナの政治操作に露骨に取り組み始めた。アメリカ政府関係者は、核武装したロシアを三流の大国(third-rate power)、あるいは2014年にプーティンのクリミア併合への軽率な対応を問われたオバマが言ったように、単なる「地域大国(regional power)」と見下すようになった。

こうした態度は、クレムリンの傷ついたプライドを更に傷つけ、モスクワの長期にわたる反発を促しただけだった。プーティンは旧ソ連圏の領土を少しずつ取り戻し始め、ウクライナの国家独立と領土の一体性に疑問を呈した。グルジアの部分占領と、その離脱地域であるアブハジアと南オセチアのモスクワによる承認は、2014年のクリミア併合、ドンバスの乗っ取り、そして先週プーティンが承認したウクライナのロシア支配の分離主義地域、ルハンスクとドネツクへの前兆に過ぎなかったのである。

冷戦の終結の仕方は、第二次世界大戦よりも第一次世界大戦の失敗に似ているところがある。1918年にベルリンが降伏した後、傲慢で復讐心に満ちたヴェルサイユ条約について、経済学者のジョン・メイナード・ケインズがドイツを貧困と隷属に陥れると正確に予言し、ヨーロッパ最大の国家の国内に怒りの渦を起こし、独裁者アドルフ・ヒトラーを誕生させるに至ったのだ。ケインズは著書『平和の経済的帰結』の中で、「人間はいつも静かに死んでいくわけではない」と不吉なことを書いている。プーティンの出現を完全に西洋のせいにすることはできないが、彼は民族主義的な憤りの産物であることも確かである。プーティンは、事実上、冷戦の終結を蒸し返そうとしているのであり、彼とロシアのエリートたちは、冷戦終結後のロシアに対する扱いは不当であったと考えている。それは、ヒトラーがヴェルサイユ宮殿を再訪する際に、最も暴力的で欺瞞的な方法でドイツを再武装させ、史上最悪の戦争を引き起こしたことと似ている。

インド外務省のソ連デスクでキャリアをスタートさせた元インド上級外交官ゴータム・マコパダヤは次のように語った。「プーティンは、世界がロシアを“過去の人(has-been)”と見下した30年余りの間、この不満と恨みを抱き続け、その間にロシアの復活を目論んできたと私は考える。プーティンに関する限り、西側諸国はロシアを戦略的敵対国(strategic adversary)と見なすという最低限の敬意さえ払ってこなかったのだ」。

繰り返しになるが、第二次世界大戦は対照的だ。連合国軍最高司令官(Supreme Commander for the Allied Powers)ダグラス・マッカーサー大将が、戦時中の日本の天皇である裕仁天皇(昭和天皇)を皇位に留まらせることを決定したことが、最も顕著な例であろう。もちろん、ナチスと日本の軍国主義者の指導者たちが戦争犯罪裁判を通じて粛清されたことも手伝って、ほとんどの不満は驚くべき程度に処理された。最大の違いは、ドイツも日本も戦争で壊滅的な打撃を受けたため、社会の大きな変化を受け入れることができたことだろう。しかし、ヨーロッパの復興を支援したマーシャル・プランのような一連の賢明な政策が、数十年にわたる友好関係を生み出した。占領下での慢心や傲慢さを徹底的に回避した結果、戦後初のドイツ首相であるコンラート・アデナウアーや、日本国憲法に「戦争放棄(total renunciation of war)」を盛り込むことを提案した日本の幣原喜重郎首相など、アメリカと親和性の高い指導者が誕生した。

当時、アメリカの指導者たちは、第一次世界大戦後の過ちを避けようと懸命に努力していた。何故なら、第一次世界大戦の戦後処理の過ちから第二次世界大戦が直接的に生まれたことを、その時点で理解していたからである。1941年、ルーズヴェルトは「1920年代の戦後の世界のように、ヒトラー主義(Hitlerism)の種を再び植え付け、成長させるような世界を受け入れることはできない」と述べた。

今後の問題は、バイデン大統領をはじめとする西側諸国の指導者たちが、最後の大戦争から派生した最新の戦争を終わらせるための公平な方法を見出すことができるかどうかである。

(貼り付けはじめ)

(終わり)

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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