古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。よろしくお願いします。

タグ:副島隆彦

 古村治彦です。

 

 今回は、先日ご紹介しました『ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から』を書評します。

 

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ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から

 

 ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」の「今日のぼやき」内(「1978」 『ニーチェに学ぶ 奴隷をやめて反逆せよ! ―まず知識・思想から』(副島隆彦著、成甲書房、2017年6月18日)が発売されます 2017年6月15日 古村治彦(ふるむらはるひこ)記)でも書きましたが、私はニーチェの本を読みとおせなかったことをコンプレックスに感じていました。しかし、本書を読んで私は、再び、ニーチェの本に挑戦してみようと思いました。

 

※ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」のアドレスはこちら↓

 http://www.snsi.jp/tops/kouhou

 

 ニーチェの思想の根幹は、「永劫回帰(Ewig WiederkehrenEternal Return)」と「超人(Ubermenschovermansupermansuper-human)」です。ちなみに、最近話題になっている新興企業のウーバー(Uber)は、この超人の「超」のことです。創始者のトラビス・カラニックはニーチェを意識していたのかもしれません。これらの思想のキー概念については、第6章「闘う予言者ニーチェ」の中で、詳しく説明されています。永劫回帰は、自分の人生を愛し、人生がどんなに苦難に満ちていてもそれを繰り返すことをためらわれないということです。そして、超人とは自分のことを決断する主体は人間であり(神を拒絶)、悲惨な現実を受け入れ、肯定することができる、ということです。

 

 ニーチェは自分にもそして他人にも憐みを持つべきではない、かわいそうだと思ってはいけないと語っています。憐みや悲しみの感情を持つことは人間としては自然なことですが、これに支配されてしまうと、これらの奴隷にされてしまう、そして、こうした感情を利用して人間を支配しようとする人間たちが出てくる、それがキリスト「教団」だと言っているのだと思います。

 

 「生老病死(しょうろうびょうし)」という言葉があります。これは、「人間は、生まれ、老い、病を得て、死ぬという苦しみに溢れているが、これを悲しんではいけない」という意味だそうです。私は、この言葉はニーチェの考えの基本を言い表している言葉ではないかと思います。

 

 人間は生まれながらに原罪(The Sin)を背負って生まれており、その食材のために生涯を費やす、そして天国に行く、天国の扉の鍵を握っているは初代ローマ教皇ペトロで、彼に入れてもらえなければ天国には行けない、地獄行きだということになります。天国を人質にして人々を抑圧するというのは間違っています。

 

日本の仏教もローマ教会のように人々を管理するシステム(人別改帳)は、お墓を人質にして、先祖を人質にして、人々からお金を巻き上げる集金システムになっています。お坊さんは、出家、沙弥、雲水といった別名がありますが、今の彼らのほとんどは、家族を持ち、寺の経営者となって、中にはベンツを乗り回し、歓楽街で遊びまわる僧侶たちがいるということです。このように、教団となると途端に堕落してしまうのは、人類共通のようです。

 

 私が好きなイギリスのロックバンド「コールドプレイ(Coldplay)」の大ヒット曲「Viva la Vida(素晴らしき生命)」の歌詞はヨーロッパの歴史や思想の要素がふんだんに入れられているということは前から言われていました。「For some reason I can’t explain I know St. Peter won’t call my name Never an honest word But that was when I ruled the world (うまく言えないが説明できない 私は聖人ペテロが私の名前を呼ばないだろうことを知っている 率直な正直な言葉などなかった 私が世界を支配していた時に)」の部分はとても示唆的です。ローマ教会を批判しているようにも捉えられるからです。もしかするとニーチェの影響を受けているのではないかと思います。


 

 本書の特徴は、ニーチェの生涯が丁寧に描かれ、特に重要な人物たちとの人間関係に光があてられています。ニーチェはリヒャルト・ワーグナーと親しく交際し、後に絶交しています。ワーグナーがあまりにドイツ至上主義に陥ったためだそうですが、確かに、ナチスを扱った映画を見ると、ヒトラーをはじめとするナチスの幹部たちがワーグナーの歌劇を見たり、レコードを聞いたりして熱狂している姿が描かれています。ワーグナーの息子ジークフリートの妻ヴィニフレートはヒトラーの熱心な支援者で、2人は結婚するのではないかと思われていた時期もあったそうです。この熱狂的なドイツ至上主義が結局、ドイツを破滅に導いてしまった、そしてニーチェはそのことを見通していたということです。

 

 ヨーロッパにはニーチェ思想の潮流があり、それが色々な場面で出てくるのだろうと思います。従って、ヨーロッパを理解するためには、ニーチェを理解することが必要となります。

 

(終わり)

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 古村治彦です。

 

 今回は、2017年6月17日に発売となる『ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ!」ーまず知識・思想から』(副島隆彦著、成甲書房、2017年)をご紹介します。

 

 フリードリヒ・ニーチェ(Friedrich Nietzsche、1844―1900年)は、大思想家として日本でも有名です。『ツァラトゥストラはかく語りき』(1885年)、『アンチクリスト』(1888年)といった本も有名です。

 

 私はキリスト教に喧嘩を売った人、「神は死んだ」と言った人くらいの認識しかありません。本も手に取ってみたことはありましたが、難し過ぎて読破できませんでした。カントとニーチェを読破できなかったので、自分は頭が悪い人間なのだろうと思いながら、それがコンプレックスになっています。

 

 しかし、何を言った人なのか、と言うことは良く知りません。それでも『超訳 ニーチェの言葉』という本が10万部以上の売り上げを記録し、適菜収氏のニーチェの訳本や解説本がベストセラーになりました。こうしたことから、ニーチェは「何を言っているのか難し過ぎて分からないけど、何を言っているのか知りたい人」ということになります。

 

 ニーチェについてこうだ、ということを知るために、今回の『ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ!」ーまず知識・思想から』が出されました。これを読んで、それからもう一度、原典にアタックしてみようかと私は考えています。

 

 どうぞよろしくお願い申し上げます。

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ニーチェに学ぶ「奴隷をやめて反逆せよ! 」―まず知識・思想から

 

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はじめに ―― ニーチェの「この人を見よ」の本当の意味を知らない日本知識人

 

「この人を見よ」“ Ecce homo(エッケ ホモ) という言葉が非常に重要だ。この「エッケ・ホモ(この人を見よ)」は、1888年末、ニーチェがまだ正気だった年に出た。だからニーチェの脳がすり切れながら、狂躁(きょうそう)的な走り書きで書かれた本だ。

だから、この(12)『この人を見よ(エッケ・ホモ)』を序文とする(10)『アンチクリスト』こそはニーチェ思想の集大成である。(6)『ツァラトゥストラ』なんか読むな。どうせ誰も訳(わけ)が分かりませんから。これを聖書(キャノン)にしてはいけない。それよりも、こっちだ。「エッケ・ホモ」のhomo(ホモ)は「人間」で、Ecce(エッケ)は「見よ、見てみろ」だ。「この男、この哀れな(私という)人間を、見よ、見てみろ」という意味だ。繰り返すが、ニーチェは、この(12)『エッケ・ホモ』と(10)『アンチ(反[はん])クリスト』を、1888年、発狂する間際に書いた。44歳のときだ。

 

 日本のインテリだったら、ニーチェが『この人を見よ』を書いている、ぐらいは知っている。そんなことは知っているよ、と言う。だが、ほとんど誰も読んでない。書名を知っているだけだ。読むと、何だ、このヘンな男は。と思ってしまう。

 

「エッケ・ホモ」とは、ヨーロッパ知識人の間では、共通理解として、前ページの絵のとおりなのである。オランダの偉大なるルネサンス時代の画家ヒエロニムス・ボッシュの絵である。

 

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 本書では、ニーチェの主要な著作について、43ページの一覧のように番号をふる。

 

=====

 

目次

 

はじめに ――ニーチェの「この人を見よ」の本当の意味を知らない日本人知識人

 

第1章 これだけは知らねばならないニーチェ思想の骨格

今こそ、ニーチェの思想を大きく理解しよう 012

人生は各人の快楽を追求するためにこそある 021

「ディオニュソスからアリアドネーへ」 023

 

第2章 日本人が分からない本当のニーチェ

この惨めな日本でニーチェを理解するということ 032

家畜のような人間ばかりになった日本 035

「ディオニュソス的」対「ローマ教会キリスト教」の闘い 044

「この人を見よ」の本当の意味を知らない日本知識人 051

本当のイエスは「自分を拝め」と言っていない 058

 

第3章 邪教としてのキリスト教と闘ったニーチェ

ローマ教会キリスト教は精神病院 068

原文忠実訳ではニーチェは分からない 077

ドストエフスキー、マルクス、ヴァーグナー、ニーチェという人間の環 083

キリスト教も社会主義も理想社会の実現に失敗した 094

キリスト教の敵は「現実」 101

イエスに「この世」を否定する理由はない 105

キリスト教=人類最大の不幸=悪そのもの 110

私は適菜収訳の『アンチクリスト』に最大限の敬意を払う 122

 

第4章 ニーチェが生きた西欧19世紀という時代

人間は大なり小なり惨めな生き物 128

思想家ニーチェの始まりは『悲劇の誕生』 130

オペラはギリシア古典劇の正当な嫡子 135

『カルメン』がニーチェに与えた衝撃 142

バーゼル大学就職の隠された背景 146

ニーチェが目指した愛の共同生活は失敗 156

ヴァーグナーは国際指名手配の破壊活動家だった 161

ドイツが隆盛する一番いい時代を生きたニーチェ 171

ヴァーグナーがドイツを誤らせた 179

日本人が理解していないキリストの復活と再臨 185

 

第5章 炎の文献学者ニーチェ

三島由紀夫もニーチェに大きな影響を受けた 194

生まれと幼年時代、青春時代 196

文献学者として出発 ――『悲劇の誕生』に至るまで 200

LGBT(同性愛系)だったヴァーグナーとニーチェ 208

バーゼル時代――実は哲学者、そして文化批判者 219

 

第6章 闘う予言者ニーチェ

病気とイタリアへの出奔 232

計画的に旅をしたニーチェ――放浪したわけではない 241

永劫回帰の思想 250

完成しなかった〝突き抜けた男女の共同体〟256

シルス=マリアでの啓示 268

「神は死んだ」 271

「善」が悪で、「悪」が善だ 276

ニーチェは反ユダヤ主義者ではない。反対だ 278

 

第7章 「狂気の破壊者」と見られて死んだニーチェ

多作な孤独者 286

発狂、廃人、そして終焉 295

 

ニーチェ年譜 304

あとがき 308

 

=====

 

あとがき

 

 こうやって「私のニーチェ本」が仕上がった。丸3か月、苦心惨憺(さんたん)して、のたうち回ったあとの「私のニーチェ本の悲劇的誕生」である。地獄の底(ここも煉獄[プルガリオ]か)を這(は)い回った気がした。そして、やれやれ遂(つい)に終わったよ、とその場にへたれ込む感じだ。

 

 この本は、フランス語とドイツ語が本当によく出来る編集者と、私との共同合作によって出来た本である。多大の重荷と負担をお掛けした。

 

「だがしかし。それでもなお」(ニーチェの名言)、何があろうとも、大思想家フリードリヒ・ニーチェ思想の本髄(ほんずい)を日本国民に教えるために、ここで私が、徹底抗戦しなければいけない、と思った。「ニーチェ思想の本当の大きな部分を私が日本人に教えてやるよ。ほら、喰べなさい」という感じだ。

 

 この本を出しておけば、ニーチェ無理解が続いたこの150年間を、一気に縮(ちぢ)めることができる。適菜収(てきなおさむ)氏による『キリスト教は邪教です! 現代語訳「アンチクリスト」』(2005年、講談社+α新書刊)に続く、真実のニーチェ理解の第2波攻撃がこれで敢行された。この世(人間世界)に棲(す)む悪の権化(ごんげ)たちよ、怖れ慄(おのの)くがいい。お前たち“人類の諸悪の根源”の正体を、正面から暴き立て突撃したニーチェの跡(あと)を継いで、さらに世界各国の思想戦闘員(ソート・コマンドウ)による波状攻撃が続く。私は日本という自分の持ち場で戦う。今こそ2千年に渡る人類の敵どもを索敵して、完膚(かんぷ)なきまでに打ち破らなくてはならない。

 

 何のこっちゃ、と戸惑(とまど)い訝(いぶか)しく思う人が大半だろう。だが、そのうち分かる。ひとりひとりの人間が、その人の頭(おつむ)の理解力に合わせて、少しずつ分かってくれればよい。大きな構図で、人類史の巨大な真実が露(あら)わになってゆく。そのために時間がこのまま経(た)ってゆく。それはそれで致(いた)し方ない。

 

 この本は本当に担当編集者のズバ抜けた言語能力に多大に負って完成された本だ。大型書店さえが、そして出版社も、「もう世の中に必要ない(需要[デマンド]がない)」として次々に潰(つぶ)れてゆく時代の変化の荒波の中に「日本ニーチェ真実丸(まる)」の一艘(そう)の船は進水する。どんな苦しみにも耐えてみせる。

 

 この本を作る上で甚大(じんだい)な知能労力を提供してくれた小笠原豊樹編集長に衷心から感謝を申し上げる。

 

二〇一七年五月二五日

                                       

副島隆彦

 

(貼りつけ終わり)

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キリスト教は邪教です! 現代語訳『アンチクリスト』 (講談社+α新書)

 

(終わり)










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 古村治彦です。

 2017年5月30日に発売となります、副島隆彦先生の最新刊『老人一年生 老いるとはどういうことか』(副島隆彦著、幻冬舎、2017年)を皆様にご紹介します。

 今回の本は、副島隆彦先生が自身の経験を基にして、年齢を重ね、老人になるとはどういうことかを書いています。私はまだ中年入口の年齢ですが、学生時代の友人たちと話すと、体重が増えて、おなかやあごに贅肉がついてきた、健康診断で数値が悪くなった、痛風が出た、血圧が高くなったなどなど、健康の話が多くなります。これが中年になるということか、と実感しています。これに痛みが加わるのか、体の動かなくなるのか、という少し暗い気持ちになりますが、老人になるということを追体験してみたいと思います。

 宜しくお願い致します。

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老人一年生 老いるとはどういうことか (幻冬舎新書)

(貼りつけはじめ)

まえがき

 老人とは何か。それは痛い、ということだ。老人は痛いのだ。

 年(とし)を取ると、あちこち体が痛くなる。毎日生きているだけでも痛い。本当に苦痛だ。人間、体の痛みぐらい嫌なものはない。

 私は半年間、痛風(つうふう)のせいで具合が悪く、足の裏(かかと)が痛くて歩くことが困難だった。トイレに行くだけでも大変だった。杖(つえ)をついたり、足をひきずりながら一歩ずつ歩いた。歩く一歩ずつが痛かった。今はもう治った。あれこれ努力したからだ。

 そして心からしみじみと思う。老人になる、とは体があちこち順番に痛くなることなのだ、と。自分のこの病気はそのうちまた再発するだろう。私はその痛みに耐えながら、やがて70歳になるだろう。そして、80歳になったら。きっともっとあちこちが痛くなるはずだ。

 私はまだ64歳だ。だから前期高齢者だ。75歳から後を、後期高齢者と言う。だから、もう私は初期の老人であり、「老人一年生」である。私はハッキリとこのことを自覚した。

 痛風(つうふう)のために起きる足の一歩一歩ごとの痛みは、小さな痛みだ。だが、それが続くと、もう、「これはたまらん」ということになる。歩きたくなくなる。やがて外に出るのも嫌に、となる。家の中でなんとか体を支えて、摑(つか)める所を摑みながら移動する。歩くと痛いからなるべく歩かなくなる。起きて歩きたくなくなる、ということは、ベッドから起き上がるのがいやになるということだ。ということは、寝たり起きたりで一日を過ごす、ということになる。今はまだなんとかなっている。

 だから、やがて寝込むようになるのだろう。いったん寝込んだら、もう起き上がれない。だから、老人同士は「寝込んだら終わりだよ」と、お互い励まし合いながら、「ちょっとぐらい痛くても起きて歩かなきゃ」と言い合って、元気を出している。これが本当の老人の姿だろう。

 私がこの原稿を書こうと思った理由は、「老人は痛いのだ」「老人というのは、あちこち痛いということなのだ」ということを、何と若い人たちは分かってくれない、という、大きな秘密を明らかにするためだ。老人(になった人間)にとっては当たり前のことが、若い人たちには分からない。若い人たちは本当に、老人の体の痛みのことを分からない。

 若いといっても、40代、50代の人たちだ。なんとつい最近までの私自身だ。自分が元気なときは、老人と障害者と病人の気持ちが全く分からなかった。老人病になって初めて老人の気持ちが分かる。

 自分がその立場になって初めて分かる。私が自分の足の痛みをいくら周りの人に訴えても、家族も弟子たちも、編集者たちも、まったく分かってくれなかった。人は人(他人)のことを理解しない生き物だ。「かわいそうね」という言葉すらかけない。しょせんは他人事(ひとごと)なのである。

 人は他人のことを、そんなに同情したり、憐(あわ)れんだりする生き物ではないということがよく分かった。今の日本人はとにかくウソをつきたくないから、わざとらしく、相手をいたわる言葉など吐かない。わざとらしいウソは必ず相手に見抜かれてバレてしまう。そうすると自分の信用がその分、落ちる。だから、思ってもいないことをわざと口に出して言うことはウソになる。だから相手へのいたわり(同情)の気持ちなど、よっぽどのことがないと口にしない。それが今の日本人である。


老人一年生/目次


●まえがき


第1章 老人は痛い。だから老人なのだ
●若い人は残酷だ
●街中、白髪の老人だらけ
●痛風で、痛みのつらさが初めてわかった
●誰もが老人病になる。それが運命
●医者は「生活習慣病」と言うな。「老人病」だ
●ピンピンコロリは1%もいないだろう
●私の5つの老人病はこれ

第2章 私の5つの老人病
●私の「痛風」対処法
●痛風の薬は、私にはインテバンが合った
●「前立腺肥大症」は男の生理痛ではないか
●「高血圧(による頭痛)」は放っておいて我慢するだけ
●「腰痛」と「頸痛」がかなり問題だ
●私は自分が「椎間板ヘルニア」と「脊柱管狭窄症」だと信じていた
●「慢性気管支炎」なので私は熱海へ逃げ帰る
●頭痛と眼精疲労も60歳を過ぎて出てきた

第3章 「腰痛と首、肩の痛みは治るようである」論
●腰、首、肩の痛みへの私の対処法
●腰痛の定番の診断名「椎間板(ついかんばん)ヘルニア」「脊柱管(せきちゅうかん)狭窄症(きょうさくしょう)」
●腰痛治療でボルトを入れられてしまった中年女性の話
●腰痛は本当に、背骨からくる神経の痛みなのか?
●筋肉のことを学ばない外科医
●ケネディ大統領の腰痛を治した治療法
●ペインクリニックの「神経ブロック注射」には注意

第4章 痛みをとるのがいい医者だ
●患部の痛みとは何なのか
●痛みには「なんとかなる痛み」と「腐った痛み」がある
●「腰痛は、脳が勝手に作り出した説」はおかしいだろう
●「痛み」の正体が明らかになりつつある
●医者は「当時はそれが最善の治療法だった」と逃げる
●医者は老人病の痛みを軽減してくれればいい
●70代、80代で手術する人は医者の稽古台だ
●手術は素朴なものだけやる
●医者たちも大変な時代になった

第5章 目と歯も大事だ
●私の体の通信簿を載せる
●インプラントは恐ろしい
●歯周病は歯磨きで少し改善した
●歯磨きの大切さが今頃わかった
●レーシック手術も私はやらない

第6章 いい鍼灸師、マッサージ師は少ない
●鍼灸師(しんきゅうし)は3~5人の口コミで確かめる
●柔道整復師(ほとんどのマッサージ師)に気をつけなければならない
●椎間板ヘルニアについて、ある内科医の告白
●形成外科はいいが、整形外科はひどい

●血液&尿検査項目解説

(貼りつけ終わり)

(終わり)





アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2016-01-22
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 古村治彦です。

 2017年5月28日に開催されます、
「第37回 副島隆彦を囲む会主催定例会」をご紹介いたします。よろしくお願い申し上げます。

(貼りつけはじめ)

第37回 副島隆彦を囲む会主催定例会
「ディヴィッド・ロックフェラー死後の世界新秩序“G3”を大予言する」
講師:副島隆彦先生、中田安彦研究員

開催日 2017年5月28日(日曜日)

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会場 「日本建築学会 建築会館ホール」
アクセス
■JR「田町」駅,都営地下鉄「三田」駅(浅草線・三田線)

会場住所 〒108-8414 東京都港区芝5丁目26番20号
TEL:03-3456-2051 FAX:03-3456-2058
※定例会の予定等についてのご質問は、囲む会(メールアドレス:snsi@mwb.biglobe.ne.jp、048-788-1837)へ、お問い合わせをお願い致します。
「日本建築学会 建築会館ホール」へは、交通アクセスについてだけ、お問い合わせ下さい。

【当日の予定】

開場  12:15
開演  13:00
終了  16:30

※開場、開演時間以外は、あくまで予定です。終了時刻等が変更になる場合もございます。
※お席は全て「自由席」になります。お手荷物・貴重品等はお客様ご自身で管理をお願い致します。
※ご入金いただいた参加費は、いかなる事情がありましても、払い戻しできません。ご了承いただきますようお願い申し上げます。

お問い合わせ先:
「副島隆彦を囲む会」
メールアドレス:snsi@mwb.biglobe.ne.jp、048-788-1837

お申込みはこちらから

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アメリカに食い潰される日本経済

(貼りつけ終わり)





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 古村治彦です。  

 『ザ・フナイ』2017年5月号が発売になりました。『ザ・フナイ』は、日本の経営コンサルタントの草分けである故船井幸雄先生が創設した船井本社が発行する月刊誌です。4月号、5月号で、副島隆彦先生、船井勝仁氏との鼎談を掲載していただきました。5月号には鼎談の後半部です。

 宜しくお願い申し上げます。

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 ザ・フナイ 2017年 05 月号 [雑誌] 雑誌 – 2017/4/3

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(終わり)








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