古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:参議院

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

古村治彦です。

 

 安保法制について、米外交誌『フォーリン・ポリシー』誌は詳しく報じています。本日2回目ですが、別の記事をご紹介します。

 

==========

 

議会における激しい争いの後、政治家たちは日本の軍隊にフリーハンドを与えることを可決した(After Brawls in Parliament, Lawmakers Vote to Give Japan’s Military Freer Hand

 

シオバーン・オグレイディ筆

2015年9月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/09/18/after-brawls-in-parliament-lawmakers-vote-to-give-japans-military-freer-hand/

 

 200時間以上の議論の後、木曜日、怒りに震える議員たちが口論や掴み合いをする中で、日本の議会は、日本の軍隊が海外で作戦行動を行う能力を大幅に拡大する歴史的な法案を可決した。

 

 法案は、第二次世界大戦後以降初めて日本の軍隊に対して日本の領土外で戦うことを許すものだ。日本かもしくは密接な関係を持つ同盟国が攻撃される場合、日本に対する攻撃を撃退する手段がない場合に、領土外で戦うことを許すというものだ。

 

 数カ月にわたり数多くの日本国民が東京の街路に出て、法案に対する反対を表明してきた。彼らは「法案が日本の数十年に渡る平和主義的な伝統に矛盾する内容だ」として反対している。議会内では、野党の議員たちが、「法案は、日本の軍隊が将来アメリカが起こす軍事行動に一緒に参加するために海外に出ていくことを許すことになる」と主張した。アメリカが主導する紛争に巻き込まれる恐怖感は、オバマ政権が法案に支持を表明したために増幅された。この法案は日本の平和主義憲法を再解釈するものである。野党・民主党の参議院議員である郡司彰は次のように述べている。「私たちはこのような危険な政府がこのような暴挙を続けることを許すことはできない。安倍首相の安保法制は我が国の法的枠組に対する脅威である」。

 

 日本のナショナリストである安倍首相が強力に推進してきた法案を阻止するための方法はなかった。法案の可決は安倍政権にとって大きな政治的勝利であった。安倍政権は東シナ海の領土争いが起きている島嶼を中国が奪い取ろうとしているという懸念を深めている。今年初め、安倍首相は『ウォールストリート・ジャーナル』紙のインタヴューに答えて、「アメリカ海軍と日本の海上自衛隊の力を合わせれば、1足す1は最終的に2になる」と語っている。

 

 勝利は容易にはもたらされなかった。木曜日、ビジネススーツに身を包んだ議員たちはお互いの上によじ登り、委員長が投票を求めることを妨害しようとした。議員たちは委員長のマイクを確保しようとするために委員長に近づくために押し合いへし合いをし、その中でキックをしたり、突き飛ばしたりした。下にある全く予期されなかった争いの映像を見て欲しい。

 

 

 これだけではなかった。法案は金曜日、148対90で可決された。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 
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2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 本日、2015年9月17日、参議院平和安全法制特別委員会で安保法制の採決が行われ、自民、公明、次世代などの賛成多数で可決されました。現在、参議院本会議が開催されています。

 

 私は70年という数字と翼賛会政治体制ということについて考えてみたいと思います。私は昨日、吉田茂の言葉を借りながら、昭和10年代と平成20年代は、日本政治における「変調」の時期だと書きました。それは国の基礎となる憲法が死文化させられるという現象(天皇機関説排撃と安保法制)によって出現していると主張しました。

 

 私は本日その考えを更に進めてみたいと思います。私はこの2つの変調の時期はそれぞれ大きな革命的変化が起きてそれぞれ約70年経って起きていること、そして、それぞれ憲法の死文化(前回は天皇機関説排撃を取り上げましたが、今回は統帥権干犯を取り上げます)が進んだことで、翼賛政治体制が確立することをそれぞれ指摘したいと思います。

 

 戦前について考えてみたいと思います。戦前、軍は統帥部と軍政部に分かれていました。統帥部(参謀本部・軍令部)を率いるのが参謀総長・軍令部長、軍政部(陸軍省・海軍省)を率いるのが陸軍大臣・海軍大臣でした。統帥とは簡単に言えば作戦、軍政とは軍の予算や編成を司る者でした。この2つを総べるのが統帥権で、統帥権は天皇に属するもので、天皇は参謀総長・軍令部長、陸軍大臣・海軍大臣の輔弼を受けて統帥権を遂行することになっていました。

 

 ここで難しいのは、軍の予算は国家予算の一部として内閣が議会に提案して、議会の協賛を得る必要があったということです。統帥部が何がどれだけ欲しいと思っていても、陸軍省と一緒になって交渉した訳ですが、大蔵省の反対や議会の反対があれば実現することはありませんでした。しかし、海軍軍縮のためのロンドン会議あたりから、当時野党の政友会の鳩山一郎議員などによる「統帥権干犯」という言葉が生み出されてしまいました。この魔法の言葉によって、たとえば内閣の外務大臣や大蔵大臣、総理大臣が軍事上のことを尋ねても「統帥権干犯!」の一言で、統帥部が答えを拒否できるようになってしまいました。

 

中国大陸での軍事侵略の時でも、出先の日本の領事館などが平和解決のために日本軍に出向いて話をしようとしても、「統帥権干犯!」として話し合いを拒否されるということもありました。開戦直前でも、軍部はいつ作戦実行するつもりなのか、と東郷茂徳外務大臣が尋ねても、統帥権干犯を楯にして教えることを拒否しながら、それではあまりにかわいそうだと思ったのか、「それじゃぁ教えてやろう、12月8日だ」と軍部は答えました。

 

 統帥権干犯の一言で軍部は政治への介入を強めました。また、近衛文麿がドイツに影響されて一国一党運動を唱えたのに乗っ取り、大政翼賛会を作り、帝国議会を軍部による政治の協賛機関とすることに成功しました。大政翼賛会とは軍部政治翼賛会でした。そして、日本の政党政治と議会は死んでしまったのです。それは明治維新から約70年後のことでした。

 

 現在について考えてみたいと思います。私は安倍政権発足時からこの自公、そして橋本氏率いる維新の党大阪ウイングは米政翼賛会だと主張してきました。アメリカの利益最優先の政治を行う体制になっていると私は指摘しました。

 

 今回の安保法制は無理に無理を重ねた憲法解釈で集団的自衛権を合憲として、安保法制の根幹に据えました。それは何の為でしょう。それは日本がアメリカのお先棒を担ぐためです。このブログでは2015年7月17日に掲載しましたし、山本太郎参議院議員が何度も取り上げた『フォーリン・ポリシー』誌の記事でも書かれていましたが、この安保法制はアメリカにとって「グッドニュース」なのです。何がグッドニュースなのか、それは財政が苦しいアメリカ軍の一部を日本の自衛隊がしてくれること(もちろん日本人の払った税金で)、日本が自衛隊の海外派兵のための装備を揃える際にアメリカの軍需産業の製品を大量に購入すること(もちろん日本人の払った税金で)ということです。

 

 このアメリカ(の一部)の意向を受けての安保法制なのです。だから、日本国憲法を無理やりに解釈し、いわば死文化させ、この法律を通さねばならないのです。このアメリカの意向はアンタッチャブルで誰も抵抗のできないものです。アメリカの意向は現代版の「統帥権干犯」なのです。アメリカの意向に疑義を唱えることや反対を唱えることは「統帥権干犯!」ということになります。そして、本日、日本の国家は大政翼賛会体制ならぬ米政翼賛会に堕し、アメリカの協賛機関に転落してしまったのです。そして、今年は敗戦という革命的な大事件から70年目なのです。

 山本太郎参議院議員は「自民党が死んだ日」としても服を着用してるということですが、私はそんなちいさなものではなく、「戦後日本が死んだ日」と言いたいと思います。 

 

 更に言うならば、戦前の軍部も現在のアメリカ(の一部)も元々はそんなに無理なことは求めてこなかったのです。驕慢さが募りに募って、変質してしまったというところも類似していると思います。これは余談になりますが。

 

 今回の文章は昨日の続きで、更に考えてみた結果です。日本近代史上における2度目の変調の時期を現在は迎えている訳ですが、その先に待っているのが1度目のような悲惨な結果にならないことをただただ祈るのみです。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
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2014-05-23



 
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