古村治彦です。

 アメリカの外交を大きく色分けすれば、「介入」と「抑制」となる。介入とは、諸外国が問題を抱えていると判断し、その解決のためにアメリカ政府が干渉をすることである。共和党のネオコン派、民主党の人道的介入主義派が「介入」を推進する勢力である、抑制とは、外国の問題に干渉することを控えることであり、民主、共和両党のリアリズムを信奉する勢力(リアリスト)がその代表的勢力である。バラク・オバマ政権第一期目に関しては少し複雑で、オバマ大統領自身は「ジョージ・HW・ブッシュ(父)大統領の外交姿勢が理想だ」と述べていた。ブッシュ(父)政権の外交政策の舵取りをしたのは、ジェイムズ・ベイカー国務長官であり、彼はリアリストであった。しかし、オバマ政権一期目の国務長官になったのはヒラリー・クリントンだった。「アラブの春」の発生と失敗については拙著『』で書いている。

 アメリカは世界に自分たちのモデルを押し付けるだけの立派なことを国内でしているのか、というのが下記論稿のスティーヴン・M・ウォルトの疑問である。新型コロナウイルス感染拡大に対して、アメリカはうまく対処できなかった。「それはドナルド・トランプ大統領だったからだ」という主張もあるようだが、誰が大統領でも結果はそう変わらなかっただろうというのがウォルトの見解である。

 「自国民にマスクをつけてもらうこともできない政府の言うことを、外国の人々が聞く訳がない」というのがウォルトの主張だ。だから、アメリカが「社会工学的(社会的外科手術的)」に体制転換や国家建設を押し付けてもうまくいくものではないということになる。

 理想主義で物事を推し進める場合、急進的に物事を行い、無理をしてしまって、結局、現実世界を壊してしまうということが起きる。非西洋諸国に、「西洋的価値観が普遍的だ」と言って、何でも押し付けて伝統社会を壊してしまうと、その国が変調をきたしたということはよくあることだ。変化を促すにしても少しずつ、進み具合を見ながら慎重にやっていくという漸進主義こそが成功への近道だ。

 アメリカが体制転換を押し付ける前に、自分たちの体制自体を顧みて、変更すべきは変更するということが出来るようならばまだ希望がある。しかし、それは難しいことだろう。アメリカこそが地上で最高の国という傲慢こそがアメリカの特徴であるから、それが亡くなってしまったらアメリカは存在しえない。しかし、生き残るために変化することが出来なければ結局滅んでいくだけのことだ。We must change to remain the sameという言葉もある。

(貼り付けはじめ)

新型コロナウイルス感染拡大によって体制転換は永久に不可能になるはずだ(The Pandemic Should Kill Regime Change Forever

-もしアメリカが自国のウイルスを止められないなら、他国を支配しよう試み理由はないだろう。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年7月8日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/07/08/the-pandemic-should-kill-regime-change-forever-coronavirus-iraq-afghanistan-libya/

数週間前に、私は次のようにツイートした。「ウイルス感染拡大を止めるために自国の市民にマスクをつけてもらえるように説得することができない国が外国の政府を転覆させ、内情をよく理解していない社会全体を作り直そうとするなんてできないことだ」。このツイートに対して、私の通常のツイートに比べて、より多くのリツイートがされ、「ライク」がつけられた。通常の修正、支持、皮肉な返信もあった。私のツイートの論理はかなり明確だ。

しかし、外交政策上の厄介な問題に対して、体制転換(regime change)がすぐに解決策になると考えている著名な人々や組織がまだ存在するため、この議論をもう少し詳しく解いてみる価値がある。

まず、国づくり(nation-building)の側面から見てみよう。「永遠の戦争(forever wars)」が長引くにつれ、皆さん方も何か考えたかもしれないが、過去25年間で、外国から押し付けられた体制転換はなぜうまくいかないのか、かなりのことが明らかになった。まず、外国政府を倒すと、それまで存在していた政治制度(これが介入の目標である)が必然的に損なわれるか破壊される。つまり、旧体制(old regime)がなくなった後に秩序を維持するための有効な現地の能力が存在しない。専制君主とその直属の部下を排除し、下級官僚はそのまま残すという限定的な作戦でさえ、権威と後援の系統を解きほぐし、その国を不確実な領域へと突き落とすことになる。

また、体制転換はその定義として、勝者と敗者を生み出すものであり、後者(通常は旧体制下で特権的地位にあった人々)は、その地位の低下に不満を持つ可能性が高い。彼らは権力と富を失うことに抵抗し、かつての地位を取り戻そうと武器を手にする可能性が高い。民族的、宗教的、宗派的、あるいはその他の重大な分裂が存在する社会では、名声、欲望、野心の組み合わせによって、別々のグループが地位と権力を求めて争うようになる。外国勢力や国際テロ組織は、既存の制度の崩壊とその結果もたらされるであろう混乱に乗じて、様々な形で素早く干渉してくる。

これに対し、最初に介入した国はその国を占領し、新政府が樹立されるまでの間、自国の軍隊を使って秩序を保たなければならなくなる可能性が高い。しかし残念なことに、外国軍の大規模な駐留は、現地の反感を買い、より暴力的な抵抗を助長する。また、このような事態は介入国からある程度離れた国で起こることが多く、高度な輸送システムがない場合もあるため、占領軍に食料や物資を供給し続けるには莫大な費用がかかる。

現地の習慣や価値観を知らない(ましてや、現地語を話せる職員が一定数存在しない)国家建設者は、重要なポストにふさわしい指導者を選ぶことも、現地住民の目にかなうような新しい制度を設計することもできないだろう。経済発展のために現地の制度やインフラを整備しようとすれば、必然的に汚職(corruption)を助長し、予期せぬ大きな結果を生むことになる。

まとめると次のようになる。体制転換と国家建設は、たとえ最良の状況にあっても、非常に複雑な社会工学的行為(act of social engineering)である。要するに、介入する権力者は、背景が異なる何百万人もの人々に、政治や社会に関する核となる信念や規範を変えさせ、根本的な行動を変えさせようとすることになる。外国による体制転換を成功させるためには、大規模でありながら繊細で、知識を蓄え訓練を積んだ人々によって行われる取り組みが必要である。また、費用と時間がかかるため、自国での継続的な政治的支援も必要であろう。そして、運も必要だ。

言うまでもなく、これらの特徴は、アメリカの最近の不運な出来事には全て欠けていた。対反乱作戦理論(counterinsurgency theory)や「心をつかむ(winning hearts and minds)」ことに注目が集まっていたにもかかわらず、アメリカの取り組みは依然として圧倒的に物理作戦(kinetic operations)と「ハードパワー(hard power)」に依存していた。アメリカ国内では、右派の支持者たちやシンクタンクが、アメリカはこのまま行けば成功すると主張し続けた。しかし、政府関係者たちにすれば、決して成功の確信があった訳ではなく、国民に疑念を抱かせないようにし、問題を先送りしてきた(kicked the can down the road)ことを、私たちは現在知っている。

体制転換や国家建設に関するアメリカの不幸な記録は決して特別なものではない。ナショナリズムが世界中に広がって以来、どの大国も帝国(公式、非公式を問わず)を運営したり、遠い外国の地方政治の行方に口を出したりするのが上手にできなくなった。繰り返すが、問題はこのようなことは、裕福な大国にとってさえ、本当に、本当に困難なことである。

ここで、新型コロナウイルスの課題について考えてみよう。特に、人前でマスクを着用させるという一見平凡な課題を考えてみよう。マスクは重量が15キロもある訳ではなく、装着しても痛くなく、位置情報やその他の個人情報を政府やジョージ・ソロス、グーグルに送信することもなく、お金もかからないということを念頭において欲しい。

この場合、アメリカ政府は外国の人々の行動を変えようとしているのではなく、自国の領土で、アメリカが最もよく知っている人々、つまり国民とともに行動している。感染拡大対策には困難な要素も存在するが、基本的な目標は非常に単純で、よく理解されている。感染拡大を食い止めるには、住民の感染率を下げる必要がある。そのためには、人々が社会的距離(social distancing)を取り、マスクを着用し、その他の危険な行動を避けるようにしなければならない。また、ホットスポットを特定し、健康な人から感染者を隔離するための検査と追跡プロセスを確立し、老人ホームなどでは特別な予防措置をとることが有効だ。また、これまで見てきたように、距離を置くことができず、感染の危険性が高い経済や社会の一部を遮断することも必要だ。

これらの対策の中には、広範囲に及び、短・中期的に重大な影響を及ぼすものもあるが、いずれもアメリカ憲法を書き換え、州間の国境を引き直し、政府のあらゆる部門から何千人もの政府関係者を排除し、社会における宗教の役割や女性の地位を再構築し、アメリカ社会の基本的政治価値や社会価値を放棄する必要は全く無いのである。実際、対応が成功すればするほど、感染拡大による長期的な政治的、社会的影響は少なくなる可能性が高い。

私たちは何故そのように知ることができるのか? 外国の介入による体制転換や国家建設とは異なり(誰がやっても成功することはほとんどないが)、多くの国々が新型コロナウイルスへの対応で素晴らしい成果を上げているからだ。ニュージーランドのような比較的小さな国だけでなく、韓国、日本、ベトナム、ドイツ、ギリシャ、その他多くの国々について私は今考えている。

これらの国々に比べれば、ドナルド・トランプ米大統領の責任は重い。「奇跡のように(like a miracle)」ウイルスが消滅すると思い込んでいたために、アメリカの対応は少なくとも1カ月遅れ、ウイルスの拡散を許してしまった。それ以来、政権の混乱した一貫性のない対応、特にトランプ大統領自身がマスクを着用することを拒否し、国をまとめるために叱咤激励することを拒否したことが、事態を限りなく悪化させている。

しかしながら、大統領が違っても、アメリカの対応は必要なものにはほど遠かったかもしれない。右派の評論家や政治家たちは、当初からこの危険を軽視していたが、『ニューヨーク・タイムズ』紙のブレット・スティーヴンス記者のように、トランプ大統領への忠誠心からそうしていた訳ではない。共和党の科学や政治的に不都合な専門家集団に対する敵意は、トランプや新型コロナウイルスに始まったことではなく、むしろそれは共和党のブランドの決定的な部分になっている。彼らは大気物理学者やその他の科学者が気候変動について語るのを聞こうとはしないし、アメリカのイメージ通りにイラクやアフガニスタンを作り変えようとする前に、それを理解する必要があるとは考えなかった。また、新型コロナウイルス感染拡大に対応できる強固な公衆衛生機関を創設して資金を提供しようともせず、外交を国の第一衝動とし、武力行使を最後の手段とする外交政策へのアプローチを採用しようともしない。

アメリカの右派は知識の代わりに、自由をその決定的なテーマとして祭り上げ(もちろん、あなたが女性で中絶を望んでいる場合を除く)、政府の権限のほとんどの要素を本質的に疑わしいものと見なすよう信奉者に奨励している。ニュート・ギングリッチ元連邦下院議長、フォックス・ニューズのロジャー・アイルズ元CEO、ミッチ・マコーネル連邦上院議員をはじめとする多くの人々は、個人の行動が時に他の人々に影響を与えることを国民に思い出させ、例えばアメリカにはスピード違反の禁止法があることを強調する代わりに、主に文化戦争(culture wars)を起こし、彼らの意見と異なる人を悪魔化すること(demonizing)によって、できるだけ多くの不信と分裂を生み出すことを政治の基盤にしてきた。

驚きだ。このような感情は、マスクを着用したり社会的に距離を置いたりすることを要求するルールを、他の人々を危険にさらす憲法上の権利の侵害とみなす、怒れる人々全てを鼓舞しているのである。トランプ大統領がそうであったように(はっきり言えば、彼のこの緊急事態への対処は大失敗だった)、フランクリン・D・ルーズヴェルトやロナルド・レーガンのような優れたコミュニケーターでさえ、この国の分極化(polarization)とそれが育み反映する汚れた情報環境の度合いを考えれば、問題を抱えることになったことだろう。

新型コロナウイルス感染拡大対策は最善の状況においても簡単なことではないが、イラク、アフガニスタン、リビアなど、アメリカ主導の政権交代が行われた国々で安定した民主政治体制を実現することに比べれば、この中心的な仕事ははるかに容易である。だから、自国民にマスクをつけさせることができない国が、外国の人々に自分の命令に従って社会全体を作り直させることができると考え始めてはいけないのである。

もう一つ、このコラムを読んで、もしアメリカがアメリカ人にマスクを付けさせ、新型コロナウイルスを打ち負かす方法を見つけ出すことができれば、自信を持って体制転換ビジネスに戻ることができると結論付けるとしたらそれは的外れだ。体制転換と新型コロナウイルス対策の2つの課題は実際には同じではない。自国の公衆衛生を向上させるという完全に実現可能な目標を達成することができるとしても、アメリカが海外での国家建設というほとんど不可能な課題に取り組むことが可能になる訳ではない。それでも、亜米利加の新型コロナウイルス感染拡大対策の失敗には、時宜を得た警告が含まれている。もしアメリカ政府が、国内では大規模だが比較的簡単な公共政策、たとえば、マスクを着用すべき時に十分な数の人々が着用するように仕向けることができないなら、自国とはまったく異なる社会ではるかに野心的なことを行おうとするのは愚かなことであろう。

※スティーヴン・M・ウォルト:ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授

(貼り付け終わり)

(終わり)

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