古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:国際システム

 古村治彦です。
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スティーヴン・ウォルト

 今回は国際関係論(International Relations)の泰斗スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt、1955年-、66歳)による米中関係悪化の分析の記事をご紹介する。少し古い記事であるが、国際関係論の学術的成果をどのように応用することができるかについて学ぶこともできる。ウォルトが言及しているのは、国際関係論のリアリズムの大家ケネス・ウォルツ(Kenneth N. Waltz、1924-2013年、88歳で没)だ。ウォルツの著作Man, the State and War: A Theoretical Analysis1959[邦訳『人間・国家・戦争: 国際政治の3つのイメージ]は、国際関係論の必読文献トップ3に入るものだが、非常に難解であり、日本語訳もようやく最近出た(2013年)ほどだ。この著作はウォルツの博士論文が基になっている。大学院在学中に朝鮮戦争に従軍し、その期間に着想を得て、博士論文計画書として提出したが、指導教授たちから「内容は全く理解できないが、何か重要なことのようなので執筆を許可する」ということになって、それが博士論文になり、著作に結びついたものだ。

また、Theory of International Politics1979[邦訳『国際政治の理論 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 3)』(2010年)]も必読書だ。
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ケネス・ウォルツ

 ウォルツは国際関係の分析について、ファーストイメージ、セカンドイメージ、サードイメージと3つのレヴェルに分けている。著作のタイトルにある通り、「人間」「国家」「戦争」の観点から分析できるというものだ。具体的にはファーストイメージの場合には、為政者や指導者たちの心理が国際関係における出来事や事件の理由となるというもので、心理学的な分析を行うことが多い。現在であれば、北朝鮮の金正恩、ロシアのウラジミール・プーチン、中国の習近平、アメリカのバイデンを対象にする分析ということになる。セカンドイメージは、国内の政治機構や圧力団体や政党などの分析を行うことになる。日本で言えば、自民党や連合、農協などの分析となる。サードイメージは国家間の関係や国際システムの観点からの分析ということになる。

 長くなったが、以下のウォルトの論稿では、米中関係の悪化について、サードイメージである国家間の関係と国際システムの観点から分析すべきであって、ファーストイメージとセカンドイメージの分析ではうまくいかないということを述べている。相手国の指導者の性格や国内の政治機構や経済機構の特殊性を関係悪化の理由にすることは簡単だ。しかし、それではその解決策は「相手国の指導者を排除し、国内システムを変更する」というものになる。米中関係でそれが起きてしまうことは大変に危険なことだ。アメリカも中国も共存が、現在の国際システムの中での、両国にとっての根本的な利益となる。枝葉末節の変更は求めるだろうが、そこを根本にして考えていくということがリアリズムということになる。

(貼り付けはじめ)

米中間の冷戦の唯一の理由を全員が誤解している(Everyone Misunderstands the Reason for the U.S.-China Cold War

―左派はその理由はアメリカの傲慢さであると主張している。右派はその理由は中国の悪意であると主張している。2つとも間違っている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2020年6月30日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/06/30/china-united-states-new-cold-war-foreign-policy/

アメリカはここ最近大きく分裂している。しかし、中国が大きな問題だという主張にはほぼ全員が同意しているように見える。トランプ政権は発足一日目から貿易問題について中国と争っている。また、2017年に発表した「国家安全保障戦略」で、中国を「修正主義の大国(revisionist power)」とし、戦略上の主要なライヴァルと規定した。(ドナルド・トランプ大統領は、自分の再選を支援するならば、中国政府にフリーパスを与えようとしているように見える。しかし、それは彼自身の毒舌の表れであり、政権の他の政策と矛盾している。)

民主党の大統領選挙候補者に内定しているジョー・バイデンは、2019年の選挙戦では中国が「我々の昼食を食べる(eat our lunch 訳者註:自分たちの利益を奪う)」ことになるのではないかという懸念を軽視してスタートしたかもしれないが、彼の選挙運動は時間の経過とともにますますタカ派的になっている。

驚くべきことではないが、ジョシュ・ホウリーとマット・ゲイツのような共和党所属の強硬派の連邦議員たちは警告を発している。一方、進歩主義派と穏健派は「新しい冷戦(new cold war)」に警告を発し、米中関係を管理するために新たな対話が必要だと主張している。強硬派、進歩主義派と穏健派がそれぞれ異なった処方箋を主張しているが、全てのグループは、米中関係は極めて重要だと考えている。

残念ながら、米中対立の議論も、支配的イデオロギー、国内制度、特定の指導者の人格など、相手の内的特徴に起因するという、よくある傾向に陥っている。このような傾向は、アメリカでも長い歴史を持っている。第一次世界大戦ではドイツの軍国主義をアメリカが倒し、世界を民主主義のために安全にするために参戦し、その後第二次世界大戦においてファシズムを倒すためにアメリカは戦った。冷戦初期、ジョージ・ケナンの悪名高い「X論文」(「ソ連の行動の源泉」)は、モスクワには執拗かつ内発的な拡大衝動があり、共産党の権威主義的支配を正当化するために外敵を必要とすることによって駆動されていると論じた。宥和政策は通用せず、ソ連の内部体制が「穏健になるまで」封じ込めるしかない、とケナンは主張した。最近では、アメリカの指導者たちは、イラクの問題をサダム・フセインの無謀な悪の野望のせいだとし、イランの指導者たちをイデオロギー的信念だけで外交政策を行う不合理な宗教的狂信者だと定義した。

これらの紛争は、いずれも敵対者の基本的な性質から生じたものであり、彼らが置かれた状況や国際政治そのものの本質的な競争原理から生じたものではない。

そして、現在の中国についても同様だ。HR・マクマスター前国家安全保障問題担当大統領補佐官は、中国が脅威だと主張している。その理由について、「中国の指導者たちは、民主的統治と自由市場経済に代わるものとして、閉鎖的で権威主義的なモデルを推進しているからだ」と述べている。マイク・ポンペオ国務長官はマクマスターの意見に同意している。ポンぺオの見解では、関係が悪化したのは「10年前とは違う中国共産党になってしまったから」だということだ。現在の中国共産党は、西側の思想、民主政治体制、価値観を破壊することに熱心な共産党だ」と述べている。マルコ・ルビオ連邦上院議員は次のように述べている。「中国共産党の権力は、党の支配を強化し、その影響力を世界に広げること以外には何の役にも立たない。中国は、それが国民国家のプロジェクトであれ、産業分野における能力であれ、金融統合であれ、いかなる努力においても信頼できないパートナーである」。マイク・ペンス副大統領は、米中間の衝突を回避する唯一の方法は、中国の支配者たちが「軌道修正し、“改革と開放(reform and opening)”とより大きな自由を求める精神に立ち返ることだ」と述べた。

オーストラリアのケビン・ラッド元首相など、より洗練されたチャイナ・ウォッチャーたちでさえ、中国の主張の攻撃手無し性の強化について、その理由のほとんどを習近平主席の権力集中に起因するとしている。ラッドは中国の行動を「中国が持つシステム特有の漸進的官僚主義に焦り、国際社会がリラックスして快適に、徹底的に慣れてしまった習近平の個人的指導気質の表現」であると見ている。つまり、中国の指導者が違えば、もっと深刻な問題にはならないという意味である。同様に、ティモシー・ガートン・アッシュは、「この新しい冷戦の主な原因は、2012年以降、習近平の下で中国共産党指導部が採用してきた方向性、すなわち、国内ではより抑圧的に、国外ではより攻撃的になったことだ」と考えている。また、ナショナリズムの高まりも、自然発生的なものであれ、政府主導のものであれ、中国の外交政策が強まる重要な要因であると指摘する人々も存在する。

国際関係論を専門とする学者たちは、故ケネス・ウォルツが考え出したカテゴリーに基づき、こうした説明を「ユニットレヴェル(unit-level)」、「還元主義(reductionist)」、「セカンドイメージ(second-image)」など様々な言葉で呼んでいる。この理論には多くのヴァリエーションがあるが、いずれもある国の外交行動を主としてその国が持つ内部の特性の結果として捉えている。それに従うと、アメリカの外交政策は、その民主政治体制、自由主義的価値観、資本主義的経済秩序に起因するとされるが、これは、他の国家の行動は、その国内体制、支配イデオロギー、「戦略文化(strategic culture)」、指導者の性格に由来するとされるのと同様である。

国内の性質に基づく説明は、非常にシンプルで分かりやすいので魅力的でもある。平和を愛する民主国家群が平和裏に行動するのは、寛容の規範に基づいている(と思われる)からだ。対照的に、侵略者が攻撃的に行動するのは、支配や強制に基づいているか、指導者ができることに制約が少ないからである。

また、他の国家の内部的な特徴に注目することは、紛争の責任を逃れ、他人に責任を負わせることができるため、魅力的である。もし私たちが天使の側にいて、自分たちの政治システムが健全で公正な原則に基づいているならば、問題が起きたとき、それは悪い国や悪い指導者が悪いことをしているからに違いないということになる。この視点は、解決策も提供してくれる。それは、「悪い国や悪い指導者を追い出せてしまえ!」ということだ。また、国際的な問題に直面したとき、国民の支持を得るために相手を非難することは、古くから採用されてきた手法だ。この方法を成功させるには、相手の行動を引き起こしているとされる良くない、ネガティヴな性質を強調することが必要となる。

残念なことだが、紛争の責任の大半を相手国の国内事情に押し付けることもまた危険だ。まず、紛争の主な原因が相手国の体制にある場合、長期的な解決策はその体制を転覆させることである。和解(accommodation)、共存(coexistence)、相互の利益のための広範な協力はほとんどの場合排除される。破滅的な結果を招く可能性がある。競争している国々が相手国の性質それ自体を脅威とみなす場合、闘いが唯一の選択肢となる。

ユニットレヴェルの説明を使ってしまうと、米中間の対立を不可避にしているより大きな構造的要因が見落とされるか、軽視されることになる。第一に、国際システムにおいて最も強力な二国は、対立する可能性が圧倒的に高くなる。それぞれが相手にとって最大の潜在的脅威となるため、必然的にお互いを警戒する。自国の核心的利益を脅かす相手国の能力を相当程度まで低下させるためにあらゆる努力を傾ける。相手国が自国より優位に立つことがないことが確実な状況であっても、自国が優位に立つ方法を常に模索する。

仮に可能であったとしても(あるいはリスクを負う価値があったとしても)、アメリカにしても中国にしても、両国の国内の変化によってこうしたインセンティヴがなくなることはないだろう(少なくともすぐにはない)。米中両国は、相手国が自国の安全、繁栄、あるいは国内の生活様式を脅かすような立場になることを避けようと、その技術や成功の程度に差はあるにせよ、努力している。そして、どちらも相手国が将来何をしでかすか分からないからこそ、近年のアメリカの不安定な外交政策方針がよく示しているように、様々な領域で力と影響力を求めて積極的に競争しているのである。

米中関係は、地理的条件と前世紀の遺物に由来する、それぞれの戦略目標の両立しがたい不一致(incompatibility)によって、更に悪化している。アメリカが西半球においてモンロー・ドクトリンを策定し、最終的に実施したのと同じ理由から、中国の指導者たちはできるだけ安全な地域に住みたいと考えていることは十分に理解できることだ。中国政府は、その周辺諸国に対して、一党独裁の国家資本主義体制を押し付ける必要はない。中国政府はただ、近隣諸国全てが自国の利益に配慮することを望み、どの国も自国にとって大きな脅威となることを望まないだけのことだ。その目的のために、アメリカを東アジア地域から追い出して、アジアの軍事力を心配する必要がなくなり、近隣諸国がアメリカの助けを当てにできなくなるようにしたいのだ。この目標は、神秘的でも非合理的でもない。もし、世界で最も強力な国が自国の近くに大規模な軍隊を配置し、多くの近隣諸国と密接な軍事同盟を結んでいたら、どの大国もそれを喜ぶだろうか?

しかしながら、アメリカがアジアに留まる理由は十分にある。ジョン・ミアシャイマーと私が別のところで説明したように、中国がアジアで支配的な地位を確立するのを防ぐことは、中国にもっと自国に近い地域に注意を向けさせ、世界の他の地域(アメリカ自身に近い地域を含む)で中国が力を誇示することを難しくする(もちろん不可能ではないが)ことによって、アメリカの安全を強化することになる。中国が自由化しても、アメリカが中国型の国家資本主義を導入しても、この戦略的論理は変わらない。その結果、残念ながら、ゼロサム型の対立が生まれる。どちらの側も、他方から奪うことなく、自分の欲しいものを手に入れることはできないのだ。

従って、現在の米中対立の根源は、特定の指導者たちや政権のタイプに関係するというよりも、両国が追求する力の配分と特定の戦略に関係するものである。指導者たちの中には、よりリスクを受け入れることができる人、もしくはしにくい人もいる。アメリカ国民は現在、無能なリーダーシップがもたらす害悪をまた痛感させられている。しかし、より重要なことは、新しい指導者の登場や国内の大きな変化があっても、米中関係の本質的な競争力を変えることはできないということである。

この観点からすると、米国の進歩主義派も強硬派も、どちらも間違っていることになる。進歩主義派は、中国はアメリカの利益にとってせいぜい小さな脅威であり、融和と巧みな外交を組み合わせれば、全てではないにしても、ほとんどの摩擦をなくし、新たな冷戦を回避することができると考えている。私は、巧みな外交には賛成だが、それだけでは、主として力の分配に根差した激しい競争を防ぐことはできないと考えている。

トランプ大統領が貿易戦争について語ったように、強硬派は中国との競争は 「いいとこ取りで簡単に勝てる」と考えている。彼らの考えでは、制裁の強化、米中経済のデカップリング、アメリカの国防費の大幅増、志を同じくする民主主義国のアメリカ側への結集が必要であり、最終目標は中国共産党による支配を終わらせることであるとする。このような行動のコストとリスクは別として、この見解は中国の脆弱性を過大評価し、米国のコストを過小評価し、反中国のために結集する十字軍に参加する他の国々の意欲を大幅に誇張している。中国の近隣諸国は、中国に支配されることを望まず、アメリカとの関係を維持することを望んでいる。しかし、米中間の激しい紛争に引きずり込まれることは望んでいない。そして、中国がよりリベラルになったとしても、自国の利益を守ることに関心を持たず、アメリカに対して永続的な劣等感を受け入れるようになると考えることができる理由はほとんど存在しない。

では、この状況をより構造的に捉えた場合、どのようなことが言えるだろうか?

第一に、構造的に捉えた場合、長期的な視点でとらえることを教えてくれる。米中対立は、賢明な戦略や大胆で天才的な一撃をもってしても、一挙に解決できるものではない。

第二に、米中関係は重要なライヴァル同士であり、アメリカは中国に対して真剣な考慮に基づいた方法で行動すべきということだ。野心的な競争相手に対して、素人集団がその担当となったり、国家的な諸課題より個人の課題を優先させる大統領を相手にしたりすることは通常はありえない。そのためには、軍事面に対する賢明な投資が必要なのは確かだが、知識が豊富でよく訓練された官僚群による大規模な外交努力も、同等かそれ以上に重要となる。アメリカがアジア地域で影響力のある国であり続けるためには、地域内の多くの国々からの支持を得なければならない。そのためにはアジア諸国との健全な同盟関係を維持することが重要である。肝心なのは次のようなことだ。アメリカは、そのような関係の維持・管理を、選挙資金の大口提供者や資金集めパーティーの参加者、お調子者などに任せてはならないのである。

第三の、そしておそらく最も重要な点は、米中両国は不必要な衝突を避け、両国の利益が重なる問題(気候変動、新型コロナウイルス感染拡大防止など)での協力を促進するために、ライヴァル関係を衝突にまで至らないように一定の境界内に留めるようにすることに本当のかつ共通の関心を持っているということだ。全てのリスクを排除し、将来の危機を防ぐことはできないが、ワシントンは自国の超えさせない一線(レッドライン)を明確にし、中国のレッドラインについても理解するようにしなければならない。ここで、ユニットレヴェルの要素が重要になってくる。米中ライヴァル関係は今日の国際システムに組み込まれているかもしれないが、それぞれの国がその競争にどう対処するかは、誰が責任者であるか、そして国内制度の質によって決まる。私は、アメリカの指導者と国内制度の質が落ちると決めつけることはしないが、満足することもないであろう。

※スティーヴン・ウォルト:ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー記念国際関係論教授

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 

 私はインターネット通販のアマゾンで購入することがほとんどです。アマゾンでは本の売り上げの順位が出たり、この本を買った人が他にどんな本を買っているかを本の表紙の写真を並べて表示したりしてくれたりとなかなかサーヴィスが充実しています。ある出版社の方が日本の本の売り上げにおけるアマゾンの占める割合は10%くらいと教えてくれたことがあります。私はそんなものか、もっと大きいんじゃないかなと思いました。

 

それでも私は定期的に本屋さんに行き、書店の棚を見るようにしています。それは立ち読みで面白い本に出会えるし、新刊本の棚で、出版社や書店がどんな本に力を入れて宣伝しているかを見るためです。

 

 中国崩壊論、中国脅威論の本が書店の棚を埋めています。これらの本は異口同音にかつ様々な論点から「中国は大嫌いだ。あんな国は潰れてしまえ」とか「なんで日本の隣にあんな変な国があるんだろう(人間関係では自分が嫌いな相手は自分の姿を映す鏡だなどと言いますが)」と主張しています。

 

しかし、世界は中国について「崩壊するのか、しないのか」という視点では見ていません。「中国はもう大きくなってしまって、崩壊しては困る」、これにつきます。だから、「崩壊しないようにする」ということになります。人口が1100万人のギリシアの債務不履行のためにヨーロッパ各国の指導者たちが集まって、どうする、どうすると額を寄せ合って会議をする時代です。ギリシアの100倍以上の人口を持ち、世界第2位の経済規模を持つ中国がもし崩壊したら、首脳たちが鳩首会議をする暇もなく、各国に致命的な影響が波及していくでしょう。日本で言えば、旅行に来てたくさんの買い物(「爆買い」)をしに来てくれた中国人が来なくなります。

 

日本のテレビが、中国人たちが日本の品物を大量に買って帰る様子を「爆買い」といって報道し、日本の視聴者は「下品だね」と眉をひそめて見ていますが、食べ物を食べたり、バスに乗ったり、品物を買うことでお金を落としてくれるお客さんが一切来なくなるなんてことになったら、どうしようもありません。日本人が中国人の代わりにお金を使うことはありません。

 

 そもそも中国が崩壊するというのはどういうことなのか、というとあまり具体的ではありません。確かにイメージを持つことはできます。人々が中国政府や中国共産党の支配に対して怒り、暴動を起こしてそれが反乱へと発展し、商店や家々を打ち壊したり、略奪したりすること、もしくは株式や不動産の価格が暴落、いわゆるバブル崩壊が起きて、人々が自殺したり、失業者が町に溢れたりということを思い描いているのかもしれません。しかし、中国国内がそうなってしまったら、相互依存関係にある日本もまた無傷ではいられません。その想像したイメージと同じことが日本でも繰り広げられることになる可能性だってあるのです。

 

 世界が求めているのは、「安定」であり、「経済発展」です。その成長センター・エンジンがアジア、特に中国である以上、「中国は汚い」「中国人は野蛮」などといくら言い立ててみても、既に私たちの生活と密接に関わっている(これを相互依存関係interdependenceと英語で言います)以上、もうそんなことも言っていられないのです。

 

 しかし、ここ最近の動きを見ていると、戦後世界において覇権国として、ある程度の安定をもたらしてきたアメリカの力の衰退が起きているようです。そのために世界は不安定になっています。また、アメリカがその衰退を受け入れられずに、じたばたすることで、かえって世界各地に紛争をもたらしていると私は考えます。アメリカの衰退に対して、中国が国力を増進させています。これからの時代は、アメリカから中国へ覇権が移り変わっていく、移行(transition)の時期になっていくと私は考えています。

 

ここで使う覇権国と覇権(hegemony、ヘゲモニー)という言葉は、政治学(Political Science、ポリティカル・サイエンス)、特に国際関係論(International Relations、インターナショナル・リレイションズ)で使われる概念です。政治や国際関係の世界では、どんな人がもしくはどんな勢力が、そしてどんな国が力を持っているのか、そして、それ以外の存在とどのような関係を持っているのかということが重要であり、学問になるとそれを研究します。

 

 「覇権(hegemony)」とは、簡単に言うと、「他からの挑戦を退けるほどの、もしくは挑戦しようという気を起こさせないほどの圧倒的な力を持つこと」が覇権です。そして、国際関係論で言えば、圧倒的な外交力と軍事力と経済力を持ち、他国を自分の言うことに従わせることのできる国のことを覇権国と呼びます。現在の覇権国は言うまでもなくアメリカです。この覇権国が自分の利益になるように、世界のシステムを作り、維持管理する、その恩恵として他の国々は安定とその中で発展することが出来るということになります。覇権国(hegemonic state、ヘゲモニック・ステイト)という言葉は、副島隆彦先生の本を読まれている皆さんには既になじみ深い言葉です。

 

現在の覇権国は、アメリカです。歴史的に見ればスペイン(17世紀)、オランダ(18世紀)、イギリス(19世紀)、アメリカ(20世紀)の各国がそれぞれ歴史の一時期に覇権国として君臨してきました。日本は第二次世界大戦でドイツと共に新旧の覇権国であるアメリカとイギリスに挑戦して敗れ、戦後、アメリカの従属国(tributary state、トリビュータリーステイト)になったというのが世界的な認識です。

 

 この覇権国の歴史を見てみると、全てがヨーロッパの国々です。現在のような国民国家(nation states)による世界の支配・被支配システムができたのは16世紀くらいからです。このシステムを作ったのがヨーロッパであり、大航海時代(Great Navigation)によって世界はこのシステムの中に組み込まれていきました。しかし、このシステムの埒外にあってヨーロッパに匹敵する力を持っていたのが中国です。これまでの西洋中心主義的な世界史に対して、「グローバル・ヒストリー」という研究分野が出現しています。このグローバル・ヒストリーの研究成果から、中国は1800年の段階で世界のGDPの25%を占めていたということが分かっています。しかし、それ以降は海外列強(powers)の食い物にされてしまいます。中国は、「恥辱(humiliation)の時代(1840年第一次アヘン戦争から始まります)」から150年以上を経て、ようやく、元々いた地位に戻っていく過程にあるということが出来ます。

 

 現在のアメリカは、巨大な軍事力を持つ負担に耐えられなくなっている。アメリカは巨額の国債を発行し、中国や日本、サウジアラビアが買い支えている。他国のお金で巨大な軍事力を維持しているのはおかしな話だ。「アメリカの軍事力があるから世界の平和は保たれているのだ。だからその分のお金を払っていると思えば良いのだ」という主張もある。しかし、他国のお金頼みというのは不安定なものだ。国債を買ってもらえなくなればお金が入ってこなくなる。そんなことになれば世界経済は一気に崩壊するから、あり得ないことだという意見もあるが、不安定な状況であることは間違いない。そして、国債を買ってもらっている相手である中国を敵だと考えるのはおかしな話です。敵が国債を買ってくれて手に入れたお金で敵をやっつけてやると息巻いているという図式は間抜けです。

 

 さて、このように外国からのお金で何とか凌いでいるアメリカですが、これで果たして「覇権国」だと大きな顔をしていられるのでしょうか。他国からお金を貢いでもらえるのだから、立派に覇権国だと言えるかもしれませんが、「将来的に覇権国のままでいられないんじゃないの」と考えてしまう人もいると思います。

 

さて、ここからは、国際関係論の分野に存在する覇権に関する理論のいくつかを紹介します。これまで国際関係論という学問の世界で覇権についてどういうことが語られてきたのかを簡単に紹介します。私の考えでは、国際関係論で扱われる覇権に関する理論は現実追認の、「アメリカはやってきていることは正しい」と言うためのものです。それでもどういうことを言っているかを知って、それに対して突っ込みを入れることは現実の世界を考える際に一つの手助けになるでしょう。

 

まず、覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)という有名な理論があります。これは、覇権国が存在すると、国際システムが安定するという理論です。覇権国は外交、強制力、説得などを通じてリーダーシップを行使するというものです。このとき覇権国は他国に対して「パワーの優位性」を行使しているということになります。そして、自分に都合の良い国際システムを構築し、ルールを制定します。このようにして覇権国が構築した国際システムやルールに他国は従わないといけなくなります。従わない国々は覇権国によって矯正を加えられるか、国際関係から疎外されて生存自体が困難になります。その結果、国際システムは安定することになります。

 

ロバート・コヘイン(Robert Keohane)という学者がいます。コヘインはネオリベラリズム(Neoliberalism)という国際関係論の学派の大物の一人です。ネオリベラリズムとは、国際関係においては国家以上の上位機関が存在しないので、無秩序に陥り、各国家は国益追求を図るという前提で、各国家は協調(cooperation)が国益追求に最適であることを認識し、国際機関などを通じて国際協調に進む、という考え方をする学派です。

 

コヘインが活躍した1970年代、経済不況はヴェトナム戦争の失敗などが怒り、アメリカの衰退(U.S. Decline)が真剣に議論されていました。そして、コヘインは、覇権国アメリカ自体が衰退しても、アメリカが作り上げた国際システムは、その有用性のために、つまり他の国々にとって便利であるために存続すると主張しました。コヘインは、一種の多頭指導制が出現し、そこでは、二極間の抑止や一極による覇権ではなく、先進多極間の機能的な協調(cooperation)が決定的な役割を果たすだろうと考えました。

 

 覇権国が交替する時には戦争が起きるんだ、ということを主張した学者がいます。ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)という人です。ギルピンは、1981年にWar and Change in World Politics(『世界政治における戦争と変化』、未邦訳)という著作を発表しました。ギルピンは、リアリズム(国家は国益の最大化を目的に行動し、勢力均衡状態を志向するとする考え方)の立場から、国際政治におけるシステムの変化と軍事及び経済との関係を理論化した名著、ということになります。アメリカの大学の国際関係論の授業では、この本を教科書として読ませます。国際関係論の分野の古典とも呼ばれています。

 

ギルピンは、覇権安定論(hegemonic stability theory)を主張しました。覇権安定論は、ある国家が覇権国として存在するとき、国際システムは安定するという考え方です。しかし、ギルピンは『世界政治における戦争と変化』のなかで、覇権国の交代について考察しています。

 

『世界政治における戦争と変化』の要旨は次のようになります。歴史上国際システムが次から次へと変わってきたのは、各大国間で経済力、政治力、社会の持つ力の発展のペースが異なり(uneven growth)、その結果、一つの国際システムの中で保たれていた均衡(equilibrium)が崩れることが原因となるとギルピンは主張します。台頭しつつある国が自分に都合がいい国際システムを築き上げるために、現在の国際システムを築き上げた覇権国と覇権をめぐる戦争(hegemonic war)を戦ってきました。台頭しつつある国が勝利した場合、その国が新たに覇権国となり、自分に都合の良い国際システムを構築し、逆に現在の覇権国が勝利した場合、そのままの国際システムが継続することになります。第二次世界大戦について考えてみると、英米が築いた国際システムに勃興していた日独が挑戦したという形になります。

 

現在、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という各新興大国の経済発展は進んでいる一方で、先進国である欧米、日本の経済成長はほとんどありません。日本のGDPは中国に既に抜かれてすでに久しい状況です。現在世界最大のGDPを誇るアメリカも10年から20年以内に中国に抜かれてしまうという予測もあります。

 

ギルピンの理論は、世界各国の不均衡な発展は覇権戦争を導くとしているので、理論通りになると、アメリカが既存の覇権国で挑戦を受ける側、中国が新興大国で覇権国に挑戦する側になって戦争が起きるということが予測されます。このギルピンの理論は歴史研究から生み出された理論である。スペインが打ち立てた覇権をオランダが奪い、オランダに移った覇権をイギリスが奪取するが、やがてアメリカに奪われるという歴史を踏まえての理論です。

 

それでは、未来のある時点でアメリカと中国が覇権をめぐって戦争するかと問われると、「ここ数年以内という直近の間では戦争はない」と私は考えます。こう考えるにはいくつかの理由がある。第二次世界大戦での日本とドイツ、冷戦でのソ連とアメリカの覇権に挑戦して失敗した国々を見ていれば、「戦争をして覇権を奪取する」と言うのは危険を伴うということは分かります。だから中国の立場からすると戦争をするのは慎重にならざるを得ません。米中それぞれの軍人たちはスポーツ選手が試合をしたくてうずうずしているように「戦争をしてみたい、手合わせをしてみたい」と思っているでしょうが、しかし、政治指導者たちはそんな危険な賭けをすることは考えにくいです。

 

また中国は、アメリカの覇権下で急激な経済成長をしてきたのだから、今のままの環境が維持されるほうが良いのです。アメリカとの貿易がこれからもどんどん続けられ、輸出が出来る状況が望ましいのです。本当はアメリカが不況で輸入が鈍化すると中国も困ります。だから輸出先を多く確保しておくことは重要だが、アメリカがこのまま世界一の超大国であることは現在の中国にとっても利益となります。ギルピンの理論では自国にとって不利なルールが嫌になって新興大国は、戦争をすることの利益と損失を計算したうえで、戦争を仕掛けるということになっています。現在の中国にとっては、現状維持、アメリカが超大国であることが重要だから、自分から戦争を仕掛けるということはないでしょう。アメリカが短期的にそして急速に覇権国としての地位を失い、経済力を失うことを一番恐れているのは、チャレンジャーと目される中国だと私は考えます。

 

また、イギリスからアメリカに覇権が移った過程を考えると、「覇権国が勝手に没落するのをただ見ているだけ」「覇権国の没落をこちらが損をしないように手伝う」という戦略が中国にとって最も合理的な選択ではないかと思えます。イギリスは「沈まない帝国」として世界に君臨し、一時は世界の工業生産の過半を占め「世界の工場」と呼ばれるほどの経済大国となり、その工業力を背景に強大な海軍力を持ちました。イギリスはアメリカの前の覇権国でした。

 

しかし、ヨーロッパ全体が戦場となった第一次、第二次世界大戦によって覇権国の地位はイギリスからアメリカに移動しました。第二次世界大戦においてはアメリカの軍事的、経済的支援がなければ戦争を続けられないほどになりました。アメリカは農業生産から工業生産、やがて金融へと力を伸ばし、超大国となっていきました。そして、自国が大きく傷つくことなく、イギリスから覇権国の地位を奪取しました。イギリスとアメリカの間に覇権戦争は起きませんでした。外から見ていると、アメリカに覇権国の地位が転がり込んだように見えます。中国も気長に待っていれば、アメリカから覇権が移ってくるということでどっしり構えているように見えます。

 

現在の中国はアメリカにとって最大の債務国です。中国はアメリカの国債を買い続けています。中国にとってアメリカが少しずつ緩慢なスピードで没落することがいちばん望ましいのです。「急死」されることがいちばん困る訳です。覇権国が「急死」すると世界は無秩序になってしまい、不安定さが増すことで経済活動が鈍化します。中国としては自国が力を溜めながら、アメリカの延命に手を貸し、十分に逆転したところで覇権国となるのがいちばん労力を必要とせず、合理的な選択と言えます。

 

「覇権をめぐる米中の激突、その時日本はどうするか」というテーマの本や記事が多く発表されていますし、日本でも「日本はアメリカと協力して中国を叩くのだ」という勇ましいことを言う人たちも多いようです。しかし、その勇ましい話の中身も「日本一国ではできないがアメリカの子分格であれば、中国をやっつけられるのだ」というなんとも情けないものです。

 

もし米中が衝突すると、その悪影響は日本にも及びます。日本は中国や韓国といった現在の「世界の工場」に基幹部品を輸出してお金を稼いでいます。米中が戦争をすることは日本にとって利益になりません。だからと言って、日本が戦争を望まなくても何かの拍子で米中間の戦争が起きるという可能性が完全にゼロではありません。このとき、日本がアメリカにお先棒を担がされて中国との戦争や挑発に加担しないで済むようにする、これが日本の選ぶべき道であろうと私は考えます。そして、大事なことは。「日本は国際関係において最重要のアクターなどではない、ある程度の影響力は持つだろうが、それはかなり限定される。そして、アメリカに嵌められないように慎重に行動する」という考えを持つことだと思います。そう考えることで、より現実的な対処ができると思います。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31



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