古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:国際関係論









 

 古村治彦です。

 

 私はインターネット通販のアマゾンで購入することがほとんどです。アマゾンでは本の売り上げの順位が出たり、この本を買った人が他にどんな本を買っているかを本の表紙の写真を並べて表示したりしてくれたりとなかなかサーヴィスが充実しています。ある出版社の方が日本の本の売り上げにおけるアマゾンの占める割合は10%くらいと教えてくれたことがあります。私はそんなものか、もっと大きいんじゃないかなと思いました。

 

それでも私は定期的に本屋さんに行き、書店の棚を見るようにしています。それは立ち読みで面白い本に出会えるし、新刊本の棚で、出版社や書店がどんな本に力を入れて宣伝しているかを見るためです。

 

 中国崩壊論、中国脅威論の本が書店の棚を埋めています。これらの本は異口同音にかつ様々な論点から「中国は大嫌いだ。あんな国は潰れてしまえ」とか「なんで日本の隣にあんな変な国があるんだろう(人間関係では自分が嫌いな相手は自分の姿を映す鏡だなどと言いますが)」と主張しています。

 

しかし、世界は中国について「崩壊するのか、しないのか」という視点では見ていません。「中国はもう大きくなってしまって、崩壊しては困る」、これにつきます。だから、「崩壊しないようにする」ということになります。人口が1100万人のギリシアの債務不履行のためにヨーロッパ各国の指導者たちが集まって、どうする、どうすると額を寄せ合って会議をする時代です。ギリシアの100倍以上の人口を持ち、世界第2位の経済規模を持つ中国がもし崩壊したら、首脳たちが鳩首会議をする暇もなく、各国に致命的な影響が波及していくでしょう。日本で言えば、旅行に来てたくさんの買い物(「爆買い」)をしに来てくれた中国人が来なくなります。

 

日本のテレビが、中国人たちが日本の品物を大量に買って帰る様子を「爆買い」といって報道し、日本の視聴者は「下品だね」と眉をひそめて見ていますが、食べ物を食べたり、バスに乗ったり、品物を買うことでお金を落としてくれるお客さんが一切来なくなるなんてことになったら、どうしようもありません。日本人が中国人の代わりにお金を使うことはありません。

 

 そもそも中国が崩壊するというのはどういうことなのか、というとあまり具体的ではありません。確かにイメージを持つことはできます。人々が中国政府や中国共産党の支配に対して怒り、暴動を起こしてそれが反乱へと発展し、商店や家々を打ち壊したり、略奪したりすること、もしくは株式や不動産の価格が暴落、いわゆるバブル崩壊が起きて、人々が自殺したり、失業者が町に溢れたりということを思い描いているのかもしれません。しかし、中国国内がそうなってしまったら、相互依存関係にある日本もまた無傷ではいられません。その想像したイメージと同じことが日本でも繰り広げられることになる可能性だってあるのです。

 

 世界が求めているのは、「安定」であり、「経済発展」です。その成長センター・エンジンがアジア、特に中国である以上、「中国は汚い」「中国人は野蛮」などといくら言い立ててみても、既に私たちの生活と密接に関わっている(これを相互依存関係interdependenceと英語で言います)以上、もうそんなことも言っていられないのです。

 

 しかし、ここ最近の動きを見ていると、戦後世界において覇権国として、ある程度の安定をもたらしてきたアメリカの力の衰退が起きているようです。そのために世界は不安定になっています。また、アメリカがその衰退を受け入れられずに、じたばたすることで、かえって世界各地に紛争をもたらしていると私は考えます。アメリカの衰退に対して、中国が国力を増進させています。これからの時代は、アメリカから中国へ覇権が移り変わっていく、移行(transition)の時期になっていくと私は考えています。

 

ここで使う覇権国と覇権(hegemony、ヘゲモニー)という言葉は、政治学(Political Science、ポリティカル・サイエンス)、特に国際関係論(International Relations、インターナショナル・リレイションズ)で使われる概念です。政治や国際関係の世界では、どんな人がもしくはどんな勢力が、そしてどんな国が力を持っているのか、そして、それ以外の存在とどのような関係を持っているのかということが重要であり、学問になるとそれを研究します。

 

 「覇権(hegemony)」とは、簡単に言うと、「他からの挑戦を退けるほどの、もしくは挑戦しようという気を起こさせないほどの圧倒的な力を持つこと」が覇権です。そして、国際関係論で言えば、圧倒的な外交力と軍事力と経済力を持ち、他国を自分の言うことに従わせることのできる国のことを覇権国と呼びます。現在の覇権国は言うまでもなくアメリカです。この覇権国が自分の利益になるように、世界のシステムを作り、維持管理する、その恩恵として他の国々は安定とその中で発展することが出来るということになります。覇権国(hegemonic state、ヘゲモニック・ステイト)という言葉は、副島隆彦先生の本を読まれている皆さんには既になじみ深い言葉です。

 

現在の覇権国は、アメリカです。歴史的に見ればスペイン(17世紀)、オランダ(18世紀)、イギリス(19世紀)、アメリカ(20世紀)の各国がそれぞれ歴史の一時期に覇権国として君臨してきました。日本は第二次世界大戦でドイツと共に新旧の覇権国であるアメリカとイギリスに挑戦して敗れ、戦後、アメリカの従属国(tributary state、トリビュータリーステイト)になったというのが世界的な認識です。

 

 この覇権国の歴史を見てみると、全てがヨーロッパの国々です。現在のような国民国家(nation states)による世界の支配・被支配システムができたのは16世紀くらいからです。このシステムを作ったのがヨーロッパであり、大航海時代(Great Navigation)によって世界はこのシステムの中に組み込まれていきました。しかし、このシステムの埒外にあってヨーロッパに匹敵する力を持っていたのが中国です。これまでの西洋中心主義的な世界史に対して、「グローバル・ヒストリー」という研究分野が出現しています。このグローバル・ヒストリーの研究成果から、中国は1800年の段階で世界のGDPの25%を占めていたということが分かっています。しかし、それ以降は海外列強(powers)の食い物にされてしまいます。中国は、「恥辱(humiliation)の時代(1840年第一次アヘン戦争から始まります)」から150年以上を経て、ようやく、元々いた地位に戻っていく過程にあるということが出来ます。

 

 現在のアメリカは、巨大な軍事力を持つ負担に耐えられなくなっている。アメリカは巨額の国債を発行し、中国や日本、サウジアラビアが買い支えている。他国のお金で巨大な軍事力を維持しているのはおかしな話だ。「アメリカの軍事力があるから世界の平和は保たれているのだ。だからその分のお金を払っていると思えば良いのだ」という主張もある。しかし、他国のお金頼みというのは不安定なものだ。国債を買ってもらえなくなればお金が入ってこなくなる。そんなことになれば世界経済は一気に崩壊するから、あり得ないことだという意見もあるが、不安定な状況であることは間違いない。そして、国債を買ってもらっている相手である中国を敵だと考えるのはおかしな話です。敵が国債を買ってくれて手に入れたお金で敵をやっつけてやると息巻いているという図式は間抜けです。

 

 さて、このように外国からのお金で何とか凌いでいるアメリカですが、これで果たして「覇権国」だと大きな顔をしていられるのでしょうか。他国からお金を貢いでもらえるのだから、立派に覇権国だと言えるかもしれませんが、「将来的に覇権国のままでいられないんじゃないの」と考えてしまう人もいると思います。

 

さて、ここからは、国際関係論の分野に存在する覇権に関する理論のいくつかを紹介します。これまで国際関係論という学問の世界で覇権についてどういうことが語られてきたのかを簡単に紹介します。私の考えでは、国際関係論で扱われる覇権に関する理論は現実追認の、「アメリカはやってきていることは正しい」と言うためのものです。それでもどういうことを言っているかを知って、それに対して突っ込みを入れることは現実の世界を考える際に一つの手助けになるでしょう。

 

まず、覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)という有名な理論があります。これは、覇権国が存在すると、国際システムが安定するという理論です。覇権国は外交、強制力、説得などを通じてリーダーシップを行使するというものです。このとき覇権国は他国に対して「パワーの優位性」を行使しているということになります。そして、自分に都合の良い国際システムを構築し、ルールを制定します。このようにして覇権国が構築した国際システムやルールに他国は従わないといけなくなります。従わない国々は覇権国によって矯正を加えられるか、国際関係から疎外されて生存自体が困難になります。その結果、国際システムは安定することになります。

 

ロバート・コヘイン(Robert Keohane)という学者がいます。コヘインはネオリベラリズム(Neoliberalism)という国際関係論の学派の大物の一人です。ネオリベラリズムとは、国際関係においては国家以上の上位機関が存在しないので、無秩序に陥り、各国家は国益追求を図るという前提で、各国家は協調(cooperation)が国益追求に最適であることを認識し、国際機関などを通じて国際協調に進む、という考え方をする学派です。

 

コヘインが活躍した1970年代、経済不況はヴェトナム戦争の失敗などが怒り、アメリカの衰退(U.S. Decline)が真剣に議論されていました。そして、コヘインは、覇権国アメリカ自体が衰退しても、アメリカが作り上げた国際システムは、その有用性のために、つまり他の国々にとって便利であるために存続すると主張しました。コヘインは、一種の多頭指導制が出現し、そこでは、二極間の抑止や一極による覇権ではなく、先進多極間の機能的な協調(cooperation)が決定的な役割を果たすだろうと考えました。

 

 覇権国が交替する時には戦争が起きるんだ、ということを主張した学者がいます。ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)という人です。ギルピンは、1981年にWar and Change in World Politics(『世界政治における戦争と変化』、未邦訳)という著作を発表しました。ギルピンは、リアリズム(国家は国益の最大化を目的に行動し、勢力均衡状態を志向するとする考え方)の立場から、国際政治におけるシステムの変化と軍事及び経済との関係を理論化した名著、ということになります。アメリカの大学の国際関係論の授業では、この本を教科書として読ませます。国際関係論の分野の古典とも呼ばれています。

 

ギルピンは、覇権安定論(hegemonic stability theory)を主張しました。覇権安定論は、ある国家が覇権国として存在するとき、国際システムは安定するという考え方です。しかし、ギルピンは『世界政治における戦争と変化』のなかで、覇権国の交代について考察しています。

 

『世界政治における戦争と変化』の要旨は次のようになります。歴史上国際システムが次から次へと変わってきたのは、各大国間で経済力、政治力、社会の持つ力の発展のペースが異なり(uneven growth)、その結果、一つの国際システムの中で保たれていた均衡(equilibrium)が崩れることが原因となるとギルピンは主張します。台頭しつつある国が自分に都合がいい国際システムを築き上げるために、現在の国際システムを築き上げた覇権国と覇権をめぐる戦争(hegemonic war)を戦ってきました。台頭しつつある国が勝利した場合、その国が新たに覇権国となり、自分に都合の良い国際システムを構築し、逆に現在の覇権国が勝利した場合、そのままの国際システムが継続することになります。第二次世界大戦について考えてみると、英米が築いた国際システムに勃興していた日独が挑戦したという形になります。

 

現在、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という各新興大国の経済発展は進んでいる一方で、先進国である欧米、日本の経済成長はほとんどありません。日本のGDPは中国に既に抜かれてすでに久しい状況です。現在世界最大のGDPを誇るアメリカも10年から20年以内に中国に抜かれてしまうという予測もあります。

 

ギルピンの理論は、世界各国の不均衡な発展は覇権戦争を導くとしているので、理論通りになると、アメリカが既存の覇権国で挑戦を受ける側、中国が新興大国で覇権国に挑戦する側になって戦争が起きるということが予測されます。このギルピンの理論は歴史研究から生み出された理論である。スペインが打ち立てた覇権をオランダが奪い、オランダに移った覇権をイギリスが奪取するが、やがてアメリカに奪われるという歴史を踏まえての理論です。

 

それでは、未来のある時点でアメリカと中国が覇権をめぐって戦争するかと問われると、「ここ数年以内という直近の間では戦争はない」と私は考えます。こう考えるにはいくつかの理由がある。第二次世界大戦での日本とドイツ、冷戦でのソ連とアメリカの覇権に挑戦して失敗した国々を見ていれば、「戦争をして覇権を奪取する」と言うのは危険を伴うということは分かります。だから中国の立場からすると戦争をするのは慎重にならざるを得ません。米中それぞれの軍人たちはスポーツ選手が試合をしたくてうずうずしているように「戦争をしてみたい、手合わせをしてみたい」と思っているでしょうが、しかし、政治指導者たちはそんな危険な賭けをすることは考えにくいです。

 

また中国は、アメリカの覇権下で急激な経済成長をしてきたのだから、今のままの環境が維持されるほうが良いのです。アメリカとの貿易がこれからもどんどん続けられ、輸出が出来る状況が望ましいのです。本当はアメリカが不況で輸入が鈍化すると中国も困ります。だから輸出先を多く確保しておくことは重要だが、アメリカがこのまま世界一の超大国であることは現在の中国にとっても利益となります。ギルピンの理論では自国にとって不利なルールが嫌になって新興大国は、戦争をすることの利益と損失を計算したうえで、戦争を仕掛けるということになっています。現在の中国にとっては、現状維持、アメリカが超大国であることが重要だから、自分から戦争を仕掛けるということはないでしょう。アメリカが短期的にそして急速に覇権国としての地位を失い、経済力を失うことを一番恐れているのは、チャレンジャーと目される中国だと私は考えます。

 

また、イギリスからアメリカに覇権が移った過程を考えると、「覇権国が勝手に没落するのをただ見ているだけ」「覇権国の没落をこちらが損をしないように手伝う」という戦略が中国にとって最も合理的な選択ではないかと思えます。イギリスは「沈まない帝国」として世界に君臨し、一時は世界の工業生産の過半を占め「世界の工場」と呼ばれるほどの経済大国となり、その工業力を背景に強大な海軍力を持ちました。イギリスはアメリカの前の覇権国でした。

 

しかし、ヨーロッパ全体が戦場となった第一次、第二次世界大戦によって覇権国の地位はイギリスからアメリカに移動しました。第二次世界大戦においてはアメリカの軍事的、経済的支援がなければ戦争を続けられないほどになりました。アメリカは農業生産から工業生産、やがて金融へと力を伸ばし、超大国となっていきました。そして、自国が大きく傷つくことなく、イギリスから覇権国の地位を奪取しました。イギリスとアメリカの間に覇権戦争は起きませんでした。外から見ていると、アメリカに覇権国の地位が転がり込んだように見えます。中国も気長に待っていれば、アメリカから覇権が移ってくるということでどっしり構えているように見えます。

 

現在の中国はアメリカにとって最大の債務国です。中国はアメリカの国債を買い続けています。中国にとってアメリカが少しずつ緩慢なスピードで没落することがいちばん望ましいのです。「急死」されることがいちばん困る訳です。覇権国が「急死」すると世界は無秩序になってしまい、不安定さが増すことで経済活動が鈍化します。中国としては自国が力を溜めながら、アメリカの延命に手を貸し、十分に逆転したところで覇権国となるのがいちばん労力を必要とせず、合理的な選択と言えます。

 

「覇権をめぐる米中の激突、その時日本はどうするか」というテーマの本や記事が多く発表されていますし、日本でも「日本はアメリカと協力して中国を叩くのだ」という勇ましいことを言う人たちも多いようです。しかし、その勇ましい話の中身も「日本一国ではできないがアメリカの子分格であれば、中国をやっつけられるのだ」というなんとも情けないものです。

 

もし米中が衝突すると、その悪影響は日本にも及びます。日本は中国や韓国といった現在の「世界の工場」に基幹部品を輸出してお金を稼いでいます。米中が戦争をすることは日本にとって利益になりません。だからと言って、日本が戦争を望まなくても何かの拍子で米中間の戦争が起きるという可能性が完全にゼロではありません。このとき、日本がアメリカにお先棒を担がされて中国との戦争や挑発に加担しないで済むようにする、これが日本の選ぶべき道であろうと私は考えます。そして、大事なことは。「日本は国際関係において最重要のアクターなどではない、ある程度の影響力は持つだろうが、それはかなり限定される。そして、アメリカに嵌められないように慎重に行動する」という考えを持つことだと思います。そう考えることで、より現実的な対処ができると思います。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31



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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は古い記事ですが、国際関係論(International Relations)の諸理論で恋愛関係(人間関係)を説明する論稿をご紹介します。

 

 国際関係論は、大変に「人間臭い」学問分野であると言えます。心理学や人類学、社会学の成果を取り入れて発展してきました。ですから、その理論も人間関係論(human relations)に応用できるのは当然のことと言えると思います。

 

 ホワイトデーが普通の日である私は、もっときちんと国際関係論を学んでおけばと後悔しておりますです(涙)。

 


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恋人たちのための国際関係論理論:ヴァレンタイン・デーのための手引き(IR theory for lovers: a valentine’s guide

 

スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2009年2月13日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2009/02/13/ir-theory-for-lovers-a-valentines-guide/

 

明日はヴァレンタイン・デーだ。人々への奉仕として、私は『フォーリン・ポリシー』誌の読者の方々に対して、国際関係論の理論が現在恋愛中である人々に役立つ、いくつかの重要な洞察を与えてくれることをお知らせしたいと思う。

 

まず、いかなるロマンティックなパートナー関係も本質的に同盟関係(alliance)である。同盟関係は国際関係論において中核をなす概念である。同盟関係は構成員に対して多くの利益をもたらす(そうでなければどうして私たちは同盟関係を結ぶだろうか?)。しかし、私たちが知るように、同盟関係は時に非合理的な情熱を反映し、構成員の自律性を不可避的に制限してしまう。国際関係論分野の理論家の多くは、同盟関係の制度化は同盟関係をより効果的にし、長続きさせるが、同時に制度化によって関係がより甲的なものとなることは、より慎重に考慮することを要する重要なステップともなると確信している。

 

 もちろん、国際関係論分野の理論家たちは、同盟の構成員たちが、放棄(abandonment)と罠(entrapment)の2つの危険に直面することを警告している。つまり、私たちはパートナーが私たちを見捨てるかもしれないと恐怖を覚えれば覚えるほど(放棄)、私たちは最初に予測できなかったような形の義務をお互いに課そうとする(罠)。読者の中には、自分のパートナーの高校の同窓会に出席したり、義理の親族たちとの感謝祭の夕食会に毎年出席したりしている人も多くいると思うが、そういう皆さんなら私が言っていることは理解できるだろう。

 

リアリストは長い間、二極(biploar)が最も安定すると主張してきた。従って、恋人がいるのに更に主要なアクターをシステムに加えようと考えている方がいらっしゃったら、是非再考されるようにお勧めしたい。私たちのほとんどが痛い目に遭いながら学んだように、多極的(multipolar)にロマンティックな関係を処理しようとすると、危機をもたらすことになる。更に、時に戦争にまで事態が悪化してしまうこともある。これは同盟関係の安定にとって良いことではない。

 

国際関係論の理論は私たちに対して、勢力均衡(balance of power)の変化は危険であると警告している。明確な警告は次のようになる。パートナーの地位や力が急速に変化する場合、関係は悪くなる。従って、貴方かパートナーが会社内で出世してそれを2人でお祝いするのは素晴らしいことなのだが、出世することで相手に対する期待の内容が変わり、2人はそれに慣れていかねばならない。もしどちらかが解雇された場合も同じことが言える。二人の関係において勢力均衡に大きな変化が起きた場合、忍耐と愛が必要となる。

 

最高の関係であっても時に波風が立つこともある。それは仕方がないことだ。それは、どんなに深く愛し合っている人間同士でも、相手が何を望んでいるのか、どうしてそういう行動を取るのかを理解できないことがあるからだ。国際関係論の理論家たちは、誤解について多くの優れた論稿を欠いてきた。その中のいくつかの内容は覚えておいて損はない。私たちは、私たち自身の行動は周囲の環境によって制限されていると考える傾向にある。一方、他の人の行動はその人の思い通りに行動しているのだと考えるものだ。「私がこれをやっているのはそれをしなければならないからだ。しかし、彼はこんな行動をしている、それは彼がそうしたいからだ!」と考えるものなのだ。この種の認識上の偏り(bias)は、争いのスパイラルにとっての大きな原因となる。国際関係論の理論家たちは長年にわたりこれについて警告を発してきた。小さな不動が起きる場合、それぞれの人たちは自分の立場を守ろうとするが、それが積極的かつ道理の通らない行動のように見えてしまうのだ。そして、私たちは国際関係論の分野におけるもう一つの重要な概念を思い出すのだ。それこそがエスカレーション(escalation)である。

 

私は数人の読者の方々がこの点について同意して頷いておられるだろうと思っている。

 

国際関係論の理論の中で特に役立つ概念が私の頭の中に思いついている。それは、宥和(appeasement)である。この概念は第二次世界大戦直前のミュンヘン会議以降不当に貶められてきた。しかし、ロマンティックな関係を維持するためには重要な戦略である。そして、もし読者の方々が私を信用しないなら、是非私の妻にお尋ねいただきたい。私の妻がこの段落を文章の中に入れさせた人物なのである。

 

国際関係論の理論のいくつかを学ぶことで、実際の恋愛関係や夫婦関係に役立つことがあるかもしれない。また、あなたは適切な人を選ぶという幸運に恵まれるだろう。そして、結婚という形で関係を制度化したいと望むこともあるだろう。もちろん、この記述は読者である貴方が異性愛者であること、もしくは同性愛者同士の結婚する権利を認めている世界の一部地域に住む幸運に恵まれた人であることを前提としている。

 

そして、2人が自分たちの結合したリソースを動員し、同盟関係を深化させると決心すると、伝統的な方法もしくは養子という形式で、子供を持つことになる。そうなると、新たな国際関係論の諸理論である抑止(deterrence)、強制(coercion)、敵対する勢力を殲滅または懐柔によって少しずつ滅ぼしていくサラミ戦術(salami tactics)、越権行為(overcommitment)について学ばねばならない。しかし、更なる一連の問題も出てくる。それらについては今年の父の日に明らかにすることになるだろう。

 

(終わり)







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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 今回はハーヴァード大学のスティーヴン・ウォルト教授の国際関係論(International Relations)に関する論稿をご紹介します。

stephenwalt001
スティーヴン・ウォルト

 お読みいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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5分間だけで国際関係論の学士号を取得するには(
How to Get a B.A. in International Relations in 5 Minutes

 

ゼミに出たり学生ローンを借りたりしなくも大丈夫。ここに大学卒業後に卒業生たちが覚えていることが全て書かれている。

 

スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆

2014年5月19日

フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌

 

http://www.foreignpolicy.com/articles/2014/05/19/how_to_get_a_ba_in_international_relations_in_5_minutes

 

 私が住むニューイングランド地方は遅い春を迎えている。この時期は多くの大学で卒業シーズンということになる。子供たちの卒業を誇りに思う親や卒業できてホッとしている学生たちはお祝いに忙しい。私は、そうした学生たちの多くが卒業に際して後悔の念をひそかに持っていると考えている。それはどうしてか?それは、彼らの多くが国際関係論の分野の授業を十分に履修することなく卒業してしまうことに忸怩たる思いを持っていると考えるからだ。コンピューターサイエンス、生物学、経済学、応用数学、工学は全て素晴らしい学問分野である。歴史学、英文学、社会学も素晴らしい。しかし、これらの学問分野で、私のような人間を研究に駆り立てる世界情勢、グローバライゼーション、外交政策、その他の刺激的なテーマについてどれほど教えてくれるだろうか?

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 恐れるなかれ。私には解決策がある。数十年前、CBSの人気番組「サタデー・ナイト・ライヴ」に出演していたファーザー・グイド・サルダッチ(別名・ドン・ノヴェロ)は「5分間の大学(Five Minute University)」というコーナーを持っていた。このコーナーは素晴らしいほどに単純なものであった。サルダッチは、5分間で大学の卒業生が卒業して5年後に覚えていることを教えるとした。たとえば次のように。「経済学?簡単だよ。需要と供給さ。これで終わり」「神学?神はお前を愛している」などとサルダッチは語った。

 

 あなたが金融についての学位を取ることにかまけて、本当に面白い授業を取らなかった、つまり、時間を無駄にしたとしても、大丈夫、私が国際関係論の「5分間の大学」をやってあげる。私の「5分間の大学」では国際問題が山積する世界についてあなたが知る場合に必要となる5つの基本的な概念を教える。あなたが字を読むのが苦手でゆっくりとしか読めないという人でなければ、全部を読み切るのに5分もいらないだろう。

 

①アナーキー・無政府(Anarchy

 

 国際政治と国内政治との間にある違いは、中央的な権威が存在しないことにある。あなたはリアリストにならなくてもこのことを認識できるはずだ。国際政治には警察官はいないし、国家がアピールすることができる裁判官はいないし、法廷もないし、何かトラブルに巻き込まれた時にかける緊急電話といったものもない(この問題についてはウクライナ、レバノン、ルワンダの人々に質問してみたらよく分かる)。中央的な権威の欠如の中で、それぞれの国家が自国の安全を守るために、諸大国は自国の安全を守ると同時に世界でトラブルが起きないように監視しなければならない。こうした状況下では、協力や利他主義に基づいた行動といったものは起きないと考えられる。ここまで見てくると、安全な状態というのは貴重なものであり、恐怖は国際情勢全体に大きな影響を与えていることが分かる。アナーキーは「諸国家が作り出している」ものかもしれないが、諸国家が作り出しているのはたいていの場合、トラブルである。

 

②勢力均衡(The Balance of Power)・もしくはさらに専門的な概念として脅威の均衡(the balance of threats

 

 アナーキーの中にいると、諸国家はどの国家が自分よりも強いのか、どの国家が自分に追いつきつつあるのか、もしくは国力を落としているのかを気にする。そして、どのようにすれば永続的な劣勢状態を避けることができるのかを考える。勢力均衡という概念は私たちに、諸国家がどのようにして潜在的な同盟関係を認識するのか(どの国が味方になりどの国が敵となるのか)、そして、戦争が起きる可能性が高いのかそれとも低いのかということを教えてくれるのだ。勢力均衡の大きな変更はたいていの場合危険である。それは、台頭しつつある大国は現状維持に挑戦し、すでに大国である諸国家は現状維持の変更を阻止するために予防的な戦争を起こすからであるし、単純にどの国がより強くなるのかを知ることは難しいので計算間違いが起きやすくなるからでもある。勢力均衡の正確な意味についての議論は長年にわたり続けられてきたが、勢力均衡に言及することなしに国際関係論を理解しようとすることは、バットを持たずに野球をやろうとするようなものであり、バックビートなしにブルースを演奏しようとするようなものである。

 

③比較優位(Comparative Advantage)・別名「貿易から生み出される利益(gains from trade)」

 

 あなたが国際経済学の授業を履修しなかったにしても、自由貿易に関する自由主義的な理論の基礎となる比較優位に関する基本的な考え方を理解しなければならない。比較優位という考えは単純だ。それぞれの国家が有利に生産できる製品に特化し、そのように生産された製品を交換するというものだ。ある一つの国が全ての製品を有利に生産できる場合(全てに絶対優位を持っている)でも、比較効率性がいちばん高い製品をそれぞれの国が生産することがうまくいくのである。この主張の論理は否定できないものだ。しかし、この比較優位という概念が広く受け入れられるまでには2、3世紀かかった。重商主義(かその一部)の否定とより開かれた貿易の受容は、現在のグローバライゼーションの起源であり、2世紀前に比べて現在の世界がより繁栄していることの理由である。そして、あなたが比較優位というこの基本的な現実を把握していなければ、巨大で繁栄した国際的な商業ネットワークを理解することはできないのである。

 

④誤った認識と計算間違い(Misperception and Miscalculation

 

 私の友人に賢い人がいる。その人は「国際政治のほとんどは3つの単語でまとめることができる」と言いたがる。その3つの単語は、恐怖(fear)、強欲(greed)、そして愚かさ(stupidity)である。私は最初の2つについては既に述べた(アナーキーと勢力均衡は恐怖についてであり、自由貿易とは強欲のプラスの効果についてである)。しかし、3番目の愚かさもまた同じくらいに重要なのである。国家指導者たち(時には国全体)はよくお互いを誤解し、馬鹿なことをするということを認識せずに、国際政治と外交政策を本当に理解できない。ある国は脅威を感じ、防衛的な対応をする。他国はこの行為を見て、その国が巨大で危険な野心を抱いているので、対決しなければならないと誤った結論を出す。しかし、また別の対応を引き出すこともある。侵略の意図を持っている国がその野心が制限的なものだと他国を欺くこともある。もしくは利己的に行動し、過去についてきれいごとしか言わない(私たちは他国に対して何も悪いことをしたことがないが、敵国は常に過ちを犯している)ということもある。そして、他国が歴史を全く違うように見ているということに驚いてしまうのである。

 

 国際関係論を専攻して大学を卒業した人たちは、「国家指導者たちは物事をパーにすることがよくある。彼らの周りに訓練されたアドヴァイザーが多数いて、巨大な政府機関や情報機関の支援を受けている場合であっても、馬鹿なことをする」ということを知って卒業していなければならない。それはなぜか?それは情報が完璧ではなく、他国ははったりをかましたり、うそを言ったりするからだし、官僚や政策アドヴァイザーたちは人間が共通して持つ欠点(臆病さ、出世第一主義、そして不完全な合理性)を持っているからだ。貴方はこれらについて細かいことを5年後まで覚えていることはないだろうが、これだけは覚えておいて欲しい。責任ある立場にある人々はたいていの場合、自分たちが何をやっているか分かっていない。

 

⑤社会構成主義(Social Construction

 

 私は社会構成主義者ではない。しかし、私は国家間の相互作用や人間社会は規範とアイデンティティの変化によって形作られる。そして、これらの規範とアイデンティティは神聖なものでもなく、固定されたものではない。その反対に、そうしたものは人間の相互作用の産物である。私たちの日常生活での行動だけでなく、話すことや書くことが考えや信条を進化させるのである。社会的な現実は物理的な、物質的な実際の世界とは違うということを理解することなしに、ナショナリズム、奴隷制の廃止、戦争法規、マルクス=レーニン主義の興亡、同性愛結婚に対しての人々の姿勢が変化していることやその他の重要な世界規模での現象を理解することはできない。社会的な現実は、人々が行動し、話し、考えながら作り出され、作り直されていくものだ。私たちは、人々の態度、規範、アイデンティティ、信念がどのように進化していくかを予測することはできない。しかし、国際社会のこの側面に注意を払うことで、全く揺るぎもしないと考えられていた、正統とされる考えが完全に消え去ってしまって途方に暮れるということはなくなるのだ。

 

 これで「5分で分かる国際関係論」を終わりにしたい。国際関係論の分野全体にはまだ話さねばならないことがたくさんあるが、終了時刻になってしまったようだ。あなたがこれら5つの概念をきちんと理解できたら、卒業して5年後の学部レベルで国際関係論を専攻した人々(彼らが卒業後に生活費を稼ぐために忙しくて勉強を何もしていないとすると)と同じことを知っているということになる。

 

 はっきりさせたいのは、これら5つの概念だけで国際関係論の分野全体を網羅できると主張しているのではない。国際関係論分野の真の専門家になるためには、抑止力と強制力、機構、選択効果、民主平和理論、国際金融、その他の主要な概念について知る必要がある。国際的な歴史についての有用な知識もまた専門家になるためには有効である。また、特定の政策分野の詳細な経験なども必要だ。

 

 しかし、このレベルの知識を得るには、大学院レベルの訓練を受けることを考えねばならない。そのために更に少なくとも5分間が必要になる。とにかく、あなた(もしくはあなたの子供)が今年大学を卒業することに関して、私は心からの祝意を表したい。そして、あなたが国際関係分野で学位を取得し、国際関係分野で働くことを計画しているのなら、「心配しないで」と申し上げたい。私が所属する世代は、あなたたちが取り組むべき理論上の諸問題をたっぷりと残しているし、あなたたちは私たちよりもうまくやってくれるだろう。

 

(終わり)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 古村治彦です。


 今回は、前のブログに掲載した文章を再掲したいと思います。これから自分にとって大切な文章を引越しした新しいブログに掲載していきたいと思います。その第一弾として、先月前のブログに掲載した覇権国に関する文章を掲載したいと思います。宜しくお願い申し上げます。今回掲載する文章は2013年10月17日に発表したものです。

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 今回は、覇権国(
hegemonic state、ヘゲモニック・ステイト)について考えてみたい。副島隆彦先生の本を読まれている皆さんには「世界覇権国」という言葉はお馴染みだ。これは現在で言えばアメリカのことを指す。歴史的に見ればスペイン(17世紀)、オランダ(18世紀)、イギリス(19世紀)、アメリカ(20世紀)の各国がそれぞれ歴史の一時期に覇権国として君臨してきた。日本は第二次世界大戦でドイツと共に新旧の覇権国であるアメリカとイギリスに挑戦して敗れ、戦後、アメリカの従属国(tributary state、トリビュータリーステイト)になったというのが世界的な認識である。

覇権国と覇権(hegemony、ヘゲモニー)というのは政治学(Political Science)、特に国際関係論(International Relations)で使われる概念だ。簡単に言うと、「他からの挑戦を退けるほどの、もしくは挑戦しようという気を起こさせないほどの圧倒的な力を持つこと」が覇権である。国際関係論で言えば、圧倒的な外交力と軍事力と経済力を持ち、他国を従わせることのできる国のことを覇権国と呼ぶ。現在の覇権国は言うまでもなくアメリカである。歴史上、覇権国は交代してきたが、アメリカの次は中国が覇権国なるという見方も出てきている。これまでの歴史を考えると覇権国の地位はある程度の期間で交代しており、アメリカが永久に覇権国であるとは言えない。

 現在のアメリカは景気が低迷し、巨大な軍事力を持つ負担に耐えられなくなっている。アメリカは巨額の国債を発行し、中国や日本、サウジアラビアが買い支えている。他国のお金で巨大な軍事力を維持しているのはおかしな話だ。「アメリカの軍事力があるから世界の平和は保たれているのだ。だからその分のお金を払っていると思えば良いのだ」という主張もある。しかし、他国のお金頼みというのは不安定なものだ。国債を買ってもらえなくなればお金が入ってこなくなる。そんなことになれば世界経済は一気に崩壊するから、あり得ないことだという意見もあるが、不安定な状況であることは間違いない。

 現在、アメリカの政府機関は閉鎖状態にある。これは、アメリカ連邦議会が2013―2014年度の連邦予算を可決していないためである。現在、アメリカ連邦上院は、民主党(Democrats)が過半数を占め、一方、連邦下院は共和党(Republicans)が過半数を占めている。日本風に言えば、「ねじれ国会」の状態にある。民主党側と共和党の一部は予算を通したいのだが、共和党の中にいるティーパーティー系の議員たちがオバマ大統領の推進した健康保険政策(オバマケア)の廃止を目論んで、民主党と対立している。また、上院と下院の間でも対立が起きている。これに加えて、アメリカ国債の上限問題も再燃し、2013年10月17日までに予算の執行と国債の上限が引き上げられないと、アメリカは国債の償還に応じられない、デフォルトに陥ってしまう。こうなると、アメリカ発の世界規模での景気後退が発生してしまう懸念もある。このように、アメリカの覇権国としての地位も危ういものであることが今回露呈された。

ここからは、国際関係論の分野に存在する覇権に関する理論のいくつかを紹介する。これまで国際関係論という学問の世界で覇権についてどういうことが語られてきたのかを簡単に紹介する。私の考えでは、国際関係論で扱われる覇権に関する理論は現実追認の、「アメリカはやってきていることは正しい」と言うためのものでしかない。それでもどういうことを言っているかを知って、それに対して突っ込みを入れることは現実の世界を考える際に一つの手助けになると私は考える。

まずは覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)という有名な理論がある。これは、覇権国が存在すると、国際システムが安定するという理論である。覇権国は外交、強制力、説得などを通じてリーダーシップを行使する。このとき覇権国は他国に対して「パワーの優位性」を行使しているのである。そして、自分に都合の良い国際システムを構築し、ルールを制定する。このようにして覇権国が構築した国際システムやルールに他国は従わざるを得ない。従わない国々は覇権国によって矯正を加えられるか、国際関係から疎外されて生存自体が困難になる。その結果、安定的な国際システムは安定する。

ロバート・コヘイン(Robert Keohane)という学者がいる。コヘインはネオリベラリズム(Neoliberalism)という国際関係論の学派の大物の一人である。ネオリベラリズムとは、国際関係においては国家以上の上位機関が存在しないので、無秩序に陥り、各国家は国益追求を図るという前提で、各国家は協調(cooperation)が国益追求に最適であることを認識し、国際機関などを通じて国際協調に進むという考え方をする学派である。

コヘインが活躍した1970年代、アメリカの衰退(U.S. Decline)が真剣に議論されていた。そして、コヘインは、覇権国アメリカ自体が衰退しても、アメリカが作り上げた国際システムは、その有用性のために、つまり他の国々にとって便利であるために存続すると主張している。コヘインは、一種の多頭指導制が出現し、そこでは、二極間の抑止や一極による覇権ではなく、先進多極間の機能的な協調(cooperation)が決定的な役割を果たすだろうと書いている(機能主義)。

ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)は、1981年にWar and Change in World Politics(『世界政治における戦争と変化』、未邦訳)という著作を発表した。リアリズムの立場から、国際政治におけるシステムの変化と軍事及び経済との関係を理論化した名著だ。本書は国際関係論の古典の一つともなっている。本書の要旨は次の通りである。歴史上国際システムが次から次へと変わってきたのは、各大国間で経済力、政治力、社会の持つ力の発展のペースが異なり(uneven growth)、その結果、一つの国際システムの中で保たれていた均衡(equilibrium)が崩れることになる。台頭しつつある国が自分に都合がいい国際システムを築き上げるために、現在の国際システムを築き上げた覇権国と覇権をめぐる戦争(hegemonic war)を戦ってきた。台頭しつつある国が勝利した場合、その国が新たに覇権国となり、自分に都合の良い国際システムを構築する。逆に現在の覇権国が勝利した場合、そのままの国際システムが継続する。

現在、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)という各新興大国の経済発展はすさまじい勢いである。先進国である欧米、日本の経済成長はほとんどなきが如しであり、日本のGDPは中国に既に抜かれた。現在世界最大のGDPを誇るアメリカも10年から20年以内に中国に抜かれてしまうという予測もある。ギルピンの理論は、世界各国の不均衡な発展は覇権戦争を導くとしている。理論通りになると、アメリカが既存の覇権国で挑戦を受ける側、中国が新興大国で覇権国に挑戦する側になって戦争が起きるということが予測される。このギルピンの理論は歴史研究から生み出された理論である。スペインが打ち立てた覇権をオランダが奪い、オランダに移った覇権をイギリスが奪取するが、やがてアメリカに奪われるという歴史を踏まえての理論である。

それでは、未来のある時点でアメリカと中国が覇権をめぐって戦争するかと問われると、「ここ数年以内という直近の間では戦争はない」と私は考える。こう考えるにはいくつかの理由がある。第二次世界大戦での日本とドイツ、冷戦でのソ連とアメリカの覇権に挑戦して失敗した国々を見ていれば、「戦争をして覇権を奪取する」と言うのは危険を伴うということは分かる。だから中国の立場からすると戦争をするのは慎重にならざるを得ない。米中それぞれの軍人たちはスポーツ選手が試合をしたくてうずうずしているように「戦争をしてみたい、手合わせをしてみたい」と思っているだろう。しかし、政治指導者たちはそんな危険な賭けをすることはない。

また中国は、アメリカの覇権下で急激な経済成長をしてきたのだから、今のままの環境が維持されるほうが良い。アメリカとの貿易がこれからもどんどん続けられ、輸出ができればそれで良い。アメリカが不況で輸入が鈍化すると中国も困る。だから輸出先を多く確保しておくことは重要だが、アメリカがこのまま世界一の超大国であることは現在の中国にとっても利益となることである。ギルピンの理論では自国にとって不利なルールが嫌になって新興大国は、戦争をすることの利益と損失を計算したうえで、戦争を仕掛けるということになっている。現在の中国にとっては、現状維持、アメリカが超大国であることが重要だから、自ら戦争を仕掛けるということはない。アメリカが覇権国としての地位を失い、経済力を失うことを一番恐れているのは、チャレンジャーと目される中国だと私は考える。

また、イギリスからアメリカに覇権が移った過程を考えると、「覇権国が勝手に没落するのをただ見ているだけ」「覇権国の没落をこちらが損をしないように手伝う」という戦略が中国にとって最も合理的な選択ではないかと私は考える。イギリスは「沈まない帝国」として世界に君臨し、一時は世界の工業生産の過半を占め「世界の工場」と呼ばれるほどの経済大国となり、その工業力を背景に軍事大国となった。イギリスはアメリカの前の覇権国であった。

しかし、ヨーロッパ全体が戦場となった第一次、第二次世界大戦によって覇権国の地位はイギリスからアメリカに移動した。第二次世界大戦においてはアメリカの軍事的、経済的支援がなければ戦争を続けられないほどだった。アメリカは農業生産から工業生産、やがて金融へと力を伸ばし、超大国となっていった。そして、自国が大きく傷つくことなく、イギリスから覇権国の地位を奪取した。イギリスとアメリカの間に覇権戦争は起きなかった。外から見ていると、アメリカに覇権国の地位が転がり込んだように見える。中国も気長に待っていれば、アメリカから覇権が移ってくるということでどっしり構えているように見える。


現在の中国はアメリカにとって最大の債務国である。中国はアメリカの国債を買い続けている。中国にとってアメリカが緩慢なスピードで没落することがいちばん望ましい。「急死」されることがいちばん困る。覇権国が「急死」すると世界は無秩序になってしまい、経済活動が鈍化する。中国としては自国が力をためながら、アメリカの延命に手を貸し、十分に逆転したところで覇権国となるのがいちばん労力を必要とせず、合理的な選択なのである。

「覇権をめぐる米中の激突、その時日本はどうするか」というテーマの本や記事が多く発表されている。日本でも「日本はアメリカと協力して中国を叩くのだ」という勇ましいことを言う人たちも多い。しかし、その勇ましい話の中身も「日本一国ではできないがアメリカの子分格であれば、中国をやっつけられるのだ」というなんとも情けないものである。

米中が衝突することでその悪影響は日本にも及ぶ。日本は中国や韓国といった現在の「世界の工場」に基幹部品を輸出してお金を稼いでいる。米中が戦争をすることは日本にとって利益にならない。だからと言って、日本が戦争を望まなくても何かの拍子で米中間の戦争が起きるという可能性が完全にゼロではない。このとき、日本がお先棒を担がされて戦争や挑発に加担しないで済むようにする、これが日本の選ぶべき道であろうと私は考える。そして、大事なことは。「日本は国際関係において最重要のアクターなどではない、ある程度の影響力は持つだろうが、それはかなり限定される。そして、アメリカに嵌められないように慎重に行動する」という考えを持つことである。そう考えることで、より現実的な対処ができると思う。

(終わり)

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