古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:小沢一郎

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 2015年8月20日に告示される岩手県知事選挙に、自民党と公明党の全面支援を受けての立候補を予定していた平野達男参議院議員(元復興相)が立候補を取り止めると発表しました。今年の4月に平野氏が県知事選挙に立候補すると発表された時は、生活の党代表の小沢一郎代議士の地盤で、「小沢王国」とまで呼ばれた岩手県で、小沢系で現職知事の達増拓也氏が敗北するのではないかとまで言われていました。平野氏は東日本大震災でご家族が亡くなり、ご自宅も大きな被害を受け、政治的には復興大臣となり、復興に取り組みました。その実績もあり、県知事にふさわしいと考える県民も多くいると見られていました。

 

 しかし、先の仙台市議選での自民党の低調に加え、注目を浴びる県知事選挙でも、本日行われている埼玉県知事選挙と岩手県知事選挙で自民党が苦戦すると見られて、敗北を重ねることは政権にとって痛手となるという判断で、平野氏の立候補取り止めが進められたようです。埼玉で敗北、岩手で敗北、平野氏の辞任に伴う参院補選での敗北となれば、大きな痛手となりますので、何とか埼玉での敗北だけにとどめたいと自民党は考えているようです。

 

埼玉県知事選挙はいつも投票率が低く、低投票率の場合は組織を持っていることが有利に働きますし、自民党系の国会議員や地方議員も多くいるにもかかわらず、それでも勝てないということになると、自民党の状況は相当に深刻です。この自民党の退潮の原因は安保法制です。

 

 「地方選挙と国政問題は関係ない」と言いますが、国政問題が直接自分たちの生活に降りかかってくるということになると、それは切り離せない問題になります。そして、そういう問題が起きている時に、国政選挙があれば良いですが、そうではない場合に「意志表示」の手段として地方選挙が使われることになります。

 

 地方選挙では卿佐藤を除く与野党全て相乗りなんてことはよくあることですが、今回の埼玉県知事選挙はちょっと特殊ですが、岩手県知事選挙は与野党対決の構図になるはずでした。岩手県民はそこで投票という形で意思表示ができるはずでした。しかし、与党自民党が逃げ出してしまいました。あれだけ大々的に発表しておきながら。平野氏個人のことを考えると、これで自民党に魂を売って、恩を売ったことにはなりますが、県民を裏切ったことになります。これからの政治生命に大きな傷がついてしまいました。

 

 安保法制に対する国民の不安というものは数カ月で自民党をここまで追い詰めることになりました。自民党は敗北を免れるために、平野氏に出馬取り止めを依頼したそうですが、どちらにしても「負けは負け」です。しかも国会でこれだけの議員数を持つ巨大与党が、しっぽを巻いて国民の前から逃げ出してしまったという恥ずべき醜態を晒してしまいました。この出馬取り止め自体が自民党にとっては大きな痛手となりました。

 

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「岩手県知事選 安保審議の影響避けた自民 「連敗ドミノ」をブロック」

 

産経デジタル 2015年8月8日

http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150808/plt15080801140002-n1.html

http://www.iza.ne.jp/kiji/politics/news/150808/plt15080801140002-n2.html

 

 岩手県知事選(8月20日告示)に立候補を予定していた平野達男元復興相が7日に出馬を断念したのは、全面支援の構えを見せていた自民党が形成不利と見て「不戦敗」を選んだからだ。自民党は、平野氏出馬に伴う参院岩手選挙区の補選、今後の地方選での「連敗ドミノ」を警戒。安倍晋三政権へのダメージや来夏の参院選へ影響を、極力抑えたいとの思惑があった。

 

 「いろいろな方からアドバイスがあったが、最終的に判断したのは私だ」

 

 平野氏は7日、岩手県庁で記者会見し、決断の背景に、自民党側の“事情”があったことをにじませた。その上で平野氏は、「安全保障を争点とした選挙はしたくない」とも述べ、中央政界の与野党抗争に巻き込まれたことを悔しがった。

 

 生活の党と山本太郎となかまたちや民主党の支援を受け、3選を目指す現職の達増(たっそ)拓也氏に対し、自民党が白羽の矢を立てたのが平野氏だった。

 

 生活の党の小沢一郎代表は地元の岩手県に強固な地盤を持っており、自民党は知事選を「『小沢王国』岩手で小沢系の息の根を止める最終決戦」(党幹部)と位置づけ、党本部が中心になって県内の有力団体に支援を要請。公明党岩手県本部も平野氏支持を決めて準備を進めてきた。

 

しかし、この流れに待ったをかけたのが、国会での安保関連法案の審議の遅れだった。今国会の会期が岩手県知事選をまたぐ9月27日まで大幅延長され、知事選の投開票日と参院採決時期が重なる見通しとなったことで状況は変化した。

 

 また、安保関連法案への世論の反発で安倍内閣の支持率は急落。自民党は、昭和62年の参院岩手補選で同党候補が敗れ、当時の中曽根康弘政権が打撃を受けた「岩手ショック」の再来を警戒したのだ。

 

 さらに、9日投開票の埼玉県知事選でも自民党県連が支援する新人候補の苦戦が伝えられている。埼玉、岩手と県知事選に2連敗し、平野氏出馬に伴う参院岩手補選でも敗北する事態となれば、野党が勢いづくのは明らか。

 

 そうなれば、9月には安倍晋三首相が再選を目指す党総裁選もあるが、政権のイメージダウンは避けられない。野党優勢の流れが続き、今後の地方選でも負けが込めば、来夏の参院選にも暗雲が立ちこめかねないからだ。

 

 谷垣禎一幹事長は7日の記者会見で「知事選は国政の課題と連動する。そういうことも十分意識して全体の政治スケジュールを作らなければならない」と強調した。(山本雄史、豊田真由美)

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

古村治彦です。

 

このブログでも書きましたが、2014年12月26日に生活の党に山本太郎参議院議員(東京選挙区選出、2019年改選)が参加しました。そして、正式な党名が「生活の党と山本太郎となかまたち」となりました。

 

このことについて、新聞と山本太郎議員のブログでは発表がありましたが、2014年12月30日午後7時の時点で、生活の党のウェブサイトでは何のお知らせもありません。文章でも動画でも何の発表もないのです。党名の変更もなされていないし、ロゴの変更もなされていないのです。2015年になって、山本議員の参加と党名変更についての記者会見があるという情報もありますが、そのことについても何も書かれていません。

 

↓※生活の党のウェブサイトのアドレスは以下の通りです※↓

http://www.seikatsu1.jp/

 

今回の山本議員の参加によって生活の党(と山本太郎となかまたち)は、政党要件を満たし(所属国会議員5名以上、もしくは直近の国政選挙で小選挙区か比例区で得票率2%以上)、政党交付金(約4億円)を受けられることになりました。

 

このような重要な出来事に関し、生活の党の対応は余りにもお粗末で、動きが緩慢です。そのために、要らぬ誤解や憶測を生み出したと言えます。一言で言えば、「自業自得」です。今回の山本議員の合流が起爆剤になるどころか、「どうせカネ目当てだろ」と言われてしまうのは、党からもそして党の代表である小沢一郎代議士(岩手四区選出)からも全く正式な説明がないからです。これは異常なことだと私は思います。有権者に投票用紙に書いてもらうべき政党名をあまりに軽んじている所業ではないかとも思います。

 

山本太郎参議院議員のブログ「山本太郎の小中高生に読んでもらいたいコト」の2014年11月21日付の記事「告白」(記事のアドレスは以下の通りです→http://ameblo.jp/yamamototaro1124/entry-11955101001.html)には、今回の生活の党への合流と党名変更についてのヒントが書かれています。是非お読みください。山本議員の主張は次の通りです。

 

2014年12月14日投開票の総選挙は、余りにも大義がなく、それに対して多くの国民と同じく、山本議員も憤りを感じました(彼は「茶番」だと書いています)。そして、現在は自分1人、無所属であるが、4名の仲間に衆院選で当選してもらって、もしくは数名に当選してもらって、政党、もしくは野党再編につながる政治勢力になりたいと考えました。

 

しかし、問題は先立つもの、お金です。立候補するにはまず供託金が600万円かかります。これは選挙の結果、10%以上の得票率で返ってきますが、まずこれを一括で納めねばなりません。600万円で4名分となると2400万円となります。これに選挙運動資金となると、山本議員と支持者だけではとても賄える金額ではありません。また、政党要件を満たしていない、山本議員が勢力を作り、比例区で戦うには、比例区の定数の2割以上の立候補者を立てねばなりません。これは全国で42名となり、こちらも供託金は1人

600万円ですから、供託金だけで2億5200万円となります。こちらはもう土台無理な話です。ただ、山本議員が当選している東京ブロックであれば4名ですので、2400万円となります。

 

そして、山本議員たちは、この比例に立候補者を出した場合の政治団体の名前を「山本太郎となかまたち」にして(団体の代表者を別にして、更に山本太郎が立候補者にならなければ)、略称を「山本太郎」とすれば、山本太郎と書いてもらえば、この政治団体の立候補者の票として認めてもらえるということを発見しました。「山本太郎」が100万票を獲得すれば3名の当選ということになります。しかし、どうしても先立つもの、お金がネックになってくる、と。

 

そこで、山本議員は考えました。現在、政党要件を満たしている政党と比例統一名簿を作ったらどうかと。「●●党・山本太郎となかまたち」とすれば、全国の比例区で、●●党か山本太郎と書いてもらえれば良いということになります。しかし、選挙前に話を持ちかけてみたが、どこも賛同してくれなかったということです。「政党交付金を貰っている」から、選挙対策は万全なのだろうと山本議員は推測しています。

 

そして、選挙の結果、生活の党は当選者2名で、国会議員数が4名となり、政党要件を満たせなくなりました。そして、今回、山本議員が合流して、「生活の党と山本太郎となかまたち」となりました。

 

2014年12月15日に政治団体「山本太郎となかまたち」が設立されました。代表者は山本議員の公設秘書で、自身も2011年から2013年にかけて参議院議員(民主党→国民の生活が第一→日本未来の党→生活の党→2014年に離党し無所属)であった、はたともこ氏が就任しています。私は、選挙直後から、生活の党への上記のアイディアの売り込みがあったものと推測しています。

 

私は、はたともこ氏のツイッター(@hatatomoko)を読み、いくつかの記述がとても気になりました。以下に引用します。


 hatatomoko001

hatatomoko002

 

(引用開始)

 

「「生活の党」と「山本太郎となかまたち〈略称:山本太郎〉」は、統一地方選は別個にたたかう。「山本太郎となかまたち〈略称:山本太郎〉」は、次期参院比例代表選を別個にたたかう方針」(2014年12月29日午前8時20分)

 

「山本太郎となかまたち〈略称:山本太郎〉」は、次期参院比例代表選で得票率10%以上、600万票で5議席獲得をめざす。山本太郎議員の東京選挙区得票率11.8%、衆院鹿児島2区補選ありかわ得票率4.6%で、10%以上は達成可能な目標」(2014年12月27日午前6時54分)

 

(引用終わり)

 

はた氏のツイッターの記述は、山本議員の生活の党への合流と党名変更(生活の党と山本太郎となかまたち)の後に行われたものです。これによると、政治団体「山本太郎となかまたち(略称:山本太郎)」は、2015年の統一地方も2016年の参議院議員選挙も、生活の党とは「別個」に戦うと書かれています。そして、2016年の参議院議員選挙での政治団体「山本太郎」の目標を高らかに宣言しています(比例区で得票率10%以上、600万票で5名の当選)。

 

これは一体どういうことでしょうか。山本議員は「党議拘束のない自由度の高い新党」として、「生活の党と山本太郎となかまたち」を立ち上げたと書かれています。しかし、選挙で「別個に戦う」とか「山本太郎で600万票を獲得し、5名の当選を目指す」と言ったことは書かれていません。このはたともこ氏の書きぶりでは、選挙は別でやりますよ、生活の党の比例区の選挙の応援はしませんよ、私たち山本太郎は別で候補者を立てて600万票、5名当選を目指しているんですから、ということになります。

 

これでは、選挙目当てとお金目当てと言われても仕方がないのでではないでしょうか。政党要件をぎりぎりで満たせなかった生活の党に働きかけて、とりあえず政党要件を満たさせておいて、次の選挙では、自分たち(政治団体「山本太郎」)は、政党要件を満たしている生活の党の資格(全国の比例区に候補者を立てることができる、政党交付金の一部を自分たちで利用できる)を利用して、自分たちだけで5名の当選をめざし、政治団体から政党要件を満たす政党になる、という意図が透けて見えます。

 

生活の党側にしてみれば、政党交付金がもらえなくなるのはやはり痛いですから、このような条件を飲むしかなかったのでしょう。恐らく、党内でも今でも反対の人々もいて、調整に手間取っていて、何も正式な発表ができないのでしょう。山本太郎氏側、はたともこ氏の昂揚感あふれる記述と比べてみても、生活の党側が何か暗いというか、違和感が漂います。

 

政治家として晩年を迎えた小沢一郎氏から山本太郎氏が薫陶を受けることは素晴らしいことです。そして、生活の党が政党要件を満たすことができたことについては、山本太郎氏の決断をありがたく思います。しかし、山本氏側の意図が分かりながら、政党要件を満たすために野合し、政党名を変更してしまったというのは、矜持を捨ててしまったように感じられてしまいます。

 

そして、何か小手先の、法の隙間を突いたようなやり方が、果たしていつまで続くのだろうか、という思いもまた拭いきれません。そして、小手先の野合に国民の支持が集まるのだろうか、という思いにも駆られてしまいます。

 

政治団体「山本太郎となかまたち」が「生活の党」を吸収して、タガメのように「生活の党」に残っている少ない養分を吸い尽くして、それに取って代わることができれば、それはそれで良いのかもしれませんが、一抹の寂しさを覚えます。まぁ、生活の党に吸い取るべき養分が残っているのかどうも問題ですが。

 

(終わり)









 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 2014年12月26日、当選以来無所属を貫いてきた山本太郎参議院議員が生活の党に合流しました。生活の党は名称を「生活の党と山本太郎となかまたち」と変更しました。これによって、前日まで、党所属議員が衆議院議員2名(小沢一郎氏、玉城デニー氏)、参議院議員2名(主濱了氏、谷亮子氏)で、政党助成金を受け取るために必要な政党要件である「国会議員(衆議院議員又は参議院議員)を5人以上有する」、「近い国政選挙で全国を通して2%以上の得票を得たもの」を満たしていなかった生活の党は、政党要件を満たして、政党助成金を受け取ることができるようになりました。

 

 私は生活の党が政党要件を失ったというニュースを受けて、誰か無所属の議員が入党してくれないものかと思っていました。政治にはどうしてもお金がかかるものですし、生活の党には存在感を出してもらうためにも何とか存続できるところまで頑張ってもらいたいと思っていました。これが壊滅的であればそう思いませんが、4名という数字を聞いて、「後1人、誰か何とか入党してもらえないか」と思っていました。

 

 ですから、山本太郎参議院議員が入党したことは嬉しいことですし、良く決断された、して下さったとありがたく思います。しかし、問題は党名です。「生活の党と山本太郎となかまたち」です。政党名に個人名が入ることは党首名や比例区の立候補者名でない限りは問題ないのだそうですが、これはあんまりではないか、ふざけているのではないかと思いました。

 

 名は体を表す、ですが、政党名はその正統の理念を表現するものです。「自由民主」党とは、今では全くもってふざけた名前で、「自由」「民主」という言葉に謝って、「翼賛独裁」党や「米政翼賛」党と名前を変更したら、理念と実際の行動が一致してよいのではないかと思います。それでもまぁ結党の時はその理念も少しはあったのでしょう。

 
 「生活の党」は、元々が民主党にいた方々で、当時の執行部が弊履の如く放棄した「国民の生活が第一」という21世紀の日本政治で最も偉大な路線を堅持すべく、民主党を離党した方が「国民の生活が第一」を党名にしてスタートした政党です。

 

 途中で、「日本未来の党」への合流のために解党となりましたが、これが大失敗であったということは敢えてここでは繰り返しません。日本未来の党の結成から分裂までの過程は、大失敗であったと思います。そして、現在の状況を見ると、民主党からの分裂もなんだったのかという気持ちになります。しかし、それらは既に終わったことですし、現在のことの方が重要です。

 

 生活の党は、「国民の生活が第一」が理念なのですし、元々がこの理念を党名にしていたわけです。その略称が「生活」「生活の党」であって、諸事情で、党名を昔のものに戻せないから、正式な党名を現在は「生活の党」にしているのでしょう。私はこの党名も理念が詰まった素晴らしいものだと思いますし、これ以上、「何も足さない、何も引かない」(ウィスキーのコマーシャルでしたかね)で済むものであると思います。

 

 それにわざわざ夾雑物を入れて、「生活の党と山本太郎と仲間たち」とする必要がどこにあるのでしょうか。生活の党が政党要件を満たすために、党名を売り渡したと思えて仕方がありません。現在、野球場やサッカー場はネーミングライツ売買が盛んです(ヤフードームとかクリネックススタジアムとか)。これは、党名のネーミングライツ(命名権)の売買じゃないかと私は昨日、ニュースを聞いて最初に思います。どうして理念を示す党名に個人名を入れる必要があるのでしょうか?

 

 個人の名前が入った政党名には何の理念も感じませんし、個人の宣伝、顕示欲から出たものではないにしても、私には全く支持する気は起きません。また、そんなことは毛頭ないとは思っていますが、個人崇拝のように感じられて、気持ちが悪いのです。また、蛇足とも言うべき表現をくっつけているのは、山本太郎氏を特別扱い、お客様扱いしているからなのでしょうか。

 

こうした意見は、「社会の発展を阻害する良識派」からの「退嬰的な阻害」として切って捨てられつてしまうようです。しかし、政党である以上、多くの有権者の方々に支持をしてもらって、候補者名や政党名を書いてもらって議席を得て、議政壇上に堂々と論戦を戦わせる必要があります。投票所に行けば、政党名の一覧が貼り出してあります。そこに「生活の党と山本太郎となかまたち(略称:生活の党)」と書かれている訳です。それで、一般の有権者が「この名前に理念を感じるな」と思って一票を投じてくれると思っているようなら、残念ですが、生活の党は浮世離れした集団ということになります。

 

 このニュースの発表後、党名に対する賛成、反対それぞれの意見がインターネット上のソーシャルネットワークサーヴィス(SNS)で沸き起こりました。それだけ注目されるニュースであったと言えます。まぁ冗談やちゃかしの対象にもなっていましたが、それは置いておくとして、生活の党関係者は、ひたすら賛意の意見ばかりに反応し、違和感を表明したり、反対をしたりしている意見に関して、「叩く」「disる(disrespect)」といった表現で切って捨てていたことに愕然としました。

 

 「突然のことで、驚かせてしまってごめんなさい。びっくりしますよね。理解できます。今回のことはですね、・・・・・」と経緯と理由を丁寧に説明し、違和感や反対を受け止める、和らげるといった作業がほとんど行われず、「ついてこられない者は今日から支持者ではない、敵だ」「何でも賛成する者のみが支持者で仲間だ」という態度に終始しているように感じました。寛容さも受容性も全くない、硬直したレーニン主義的、上意下達構造になっているのではないかと感じました。

 

 これでどうやって支持を広げていくのでしょうか。一般的に小沢一郎代表の印象は、「怖くて、悪いことをやった人」というものです。そうではないことは自明のことなのですが、多くの一般有権者はそう思っています。そうしたマイナスのスタートからなのに、そうした排他的な、批判を許さないところを見て、「あそこの党はやはりおかしい、批判や懸念を表明したら攻撃される、小沢一郎信者の政党なんだ、危ないんだ」「小沢氏もついにおかしくなったのか、山本太郎なんかと組んじゃって、政治生活も終盤に来て憐れだな」と思われてしまうと私は考えます。

 

 私はこの前の総選挙の前にこのブログで「今回の総選挙は小沢氏にとって城山だ」と書きました。最後の戦いに臨んで、一矢報いるのだが、同時にうまく戦ってくれて野党再編につながる勝利を得てくれるという期待を込めて書きました。しかし、結果は惨敗でありました。私は城山の意味を今はこう言いたいと思います。「アホで間抜けな、政治家に向かない不肖の弟子たちをひとまとめにして、自分が一緒に戦って死んでいく役割を小沢氏が引き受けた」のだと。

 

 SNS上では穏やかなやり取りもあり、このような文章を書くこともないかと思いました。お目汚しである点はお詫びしたいと思います。しかし、私は今でも「生活の党と山本太郎となかまたち」という党名には違和感を感じますし、こうした党名変更には反対です。それで党勢拡大から野党再編への軸になっていく、とはどうしても思えないのです。次の国政選挙は2016年の参議院議員選挙ですが、ここで2名以上の当選者か、2%以上の得票率を得なければ政党要件を再び失ってしまうことになります。

 山本太郎氏が入党したことで、全国にいる山本太郎氏支持者が生活の党に投票してくれるかもしれません。その数はどれほどのものか分かりませんが参院選の東京ブロックで50万以上を集めたことを考えると、100万近くあるのかと思います。しかし、同時に私のように驚いて、幻滅して支持をしないという人たちも出てくることも考えねばなりません。そうなると、どこまで支持が拡大して、それが一般的なところまで浸透するのか疑問を持たねばなりません。端的に言って、これで次の国政選挙である参院選で2名以上の当選者が出なければ、残念ながら失敗であったと言うしかなくなるのです。

 こうした考えに対して、俗論だ、多数派の意見だという批判をいただきました。確かにそうかもしれません。つまらない考えであると思います。立派な意見を言えずに申し訳なく思います。しかし、世の中とは俗論が大きな存在を占め、多くの方々はそれ以上の考えを持てないのではないかと思います。そうした中で、理解されるように努力することなく、「俗論だ、多数派の意見だ」と言っているのは、追い詰められた宗教団体や過激派の論理です。最初から多数の一般庶民に浸透することを拒み続け、最後には暴発して自滅するということは歴史上繰り返されてきました。「自分たちは常に正しいが少数派で弾圧されている」と考えて、カタルシスに恍惚となるのは仲間内では楽しいですが、外から見れば、危なっかしく見えます。

 山本太郎氏の参加はそれだけで大きな話題になったであろうに、党名変更までする必要があったのか、しかも蛇足の(と私には思われる)ものをくっつける方向に、生活の党側の姿勢に私は疑問を持ちっています。それなら合流していただかなくてもいいです、と言える人はいなかったかと私は残念に思っています。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「生活に山本氏 党名「生活の党と山本太郎となかまたち」」

 

朝日新聞デジタル 1226()2140分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141226-00000046-asahi-pol

 

 生活の党は26日、無所属の山本太郎参院議員と合流し、名称を「生活の党と山本太郎となかまたち」と変更した。「国会議員5人以上」という政党要件を満たしたことで、来年の政党交付金を受け取れることになった。代表は引き続き小沢一郎氏が務める。

 

 生活の党は、14日の衆院選での当選者が2人にとどまった。衆参あわせての国会議員が計4人になり、政党要件を失った。政党交付金は1月1日を基準日として算出されるため、年内に国会議員を再び5人にすることを目指して、無所属議員の勧誘を続けていた。山本氏は昨年参院選で初当選して以来、無所属で活動していた。

 

●「山本太郎議員、生活の党に入党…政党要件復活」

 

読売新聞 1226()2117分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141226-00050100-yom-pol

 

 無所属の山本太郎参院議員が生活の党に入党した。

 

 これを踏まえ、同党は26日、政治資金規正法に基づき、「国会議員5人以上」の政党要件を満たしたとの届け出を総務相に提出するとともに、党の名称を「生活の党と山本太郎となかまたち」に変更した。党代表は小沢一郎衆院議員が引き続き務める。

 

 生活の党は、先の衆院選で惨敗した結果、所属する国会議員が4人(衆院2人、参院2人)となり、政党要件を失っていた。要件を満たしたことで政党交付金を受け取ることができるようになる。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

(終わり)








 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 

 古村治彦です。

 

 2014年11月21日午後、衆議院が解散されました。2014年12月14日の投開票に向けて、各党が一斉に準備に入りました。

 

 小沢一郎代議士が代表を務める生活の党は、小沢氏以外が民主党に合流するという報道が出ていましたが、鈴木克昌幹事長と小宮山泰子国対委員長が民主党に合流し、その他の政治家たちは生活の党として選挙戦を戦うことになりました。選挙区からは14名、比例区からは1名の計15名が第一次公認候補者となりました。その名簿は以下の通りです。


 

(貼り付けはじめ)

 

《 生活の党 第47回衆議院総選挙 第1次公認候補者 》

 

【選挙区】          

 

≪岩手県第2区≫             

畑 浩治 (はた こうじ)           1963928日 51歳 現2

 

≪岩手県第4区≫             

小沢 一郎 (おざわ いちろう)              1942524日 72歳 現15

 

≪千葉県第2区≫             

黒田 雄 (くろだ ゆう)           1959322日 55歳 元1

 

≪千葉県第3区≫             

岡島 一正 (おかじま かずまさ)           1957113日 57歳 元2

 

≪千葉県第11区≫           

金子 健一 (かねこ けんいち)              1957112日 57歳 元1

 

≪神奈川県第1区≫          

岡本 英子 (おかもと えいこ)              1964919日 45歳 元1

 

≪神奈川県18区≫           

樋高 剛 (ひだか たけし)       19651124日 48歳 元3

 

≪東京都第10区≫           

多ヶ谷 亮 (たがや りょう)    19681125日 45歳 新

 

≪東京都第12区≫           

青木 愛 (あおき あい)           1965818日 49歳 現3

 

≪新潟県第5区≫             

森 ゆうこ (もり ゆうこ)       1956420日 58歳 新(参2

 

≪大阪府第6区≫             

村上 史好 (むらかみ ふみよし)           1952610日 62歳 現2

 

≪奈良県第2区≫             

中村 哲治 (なかむら てつじ)              1971724日 43歳 元2(参1

 

≪長崎県第4区≫             

末次 精一 (すえつぐ せいいち)           1962122日 51歳 新

 

≪沖縄県第3区≫             

玉城 デニー (たまき でにー)              19591013日 55歳 現2

 

【比例区】          

≪北関東ブロック≫ 単独             

松崎 哲久 (まつざき てつひさ)           1950414日 64歳 元2

 

http://www.seikatsu1.jp/activity/party/20141121generalelection.html

 

(貼り付け終わり)

 

 この15名を見ると、生活の党はなかなかよく考えて(当たり前のことではあるんですが)、立候補者を選定していることが分かります。また、鈴木氏と小宮山氏が民主党に合流したのも奏功するかもしれないと思われます。

 

 小選挙区で当選する可能性が高いのはまずは小沢氏です。今回当選すると16回連続当選となります。年齢を考えると最後の選挙ということはあり得ます。沖縄の玉城デニー氏は先日の沖縄県知事選挙で翁長氏を当選させた「オール沖縄」方式の支援を受けて選挙区で当選する可能性が出てきました。新潟の森ゆうこ氏は参議院議員として活動した実績と全県的な知名度を持ちますが、今回は田中真紀子氏の地盤であった新潟五区からの出馬です。田中氏が出馬しないということになると、ここでも当選の可能性が、小沢氏と玉城氏ほどではなくても高くなります。

 

 後の方々は正直に言うと、民主党や維新の党の動きを見ないと分かりません。しかし、2012年のあの厳しい選挙で東北ブロック、北関東ブロック、東京ブロック、東海ブロック、近畿ブロック、九州ブロックで比例当選者を出していることを考えると、今回も同程度の結果を残せるように、小選挙区での勝利に向かいながら戦いながら、比例票の獲得にも力を注ぐ必要があります。特に南関東ブロックは前回は比例当選を出せなかったのですから、ここは力を注ぐ必要があります。また、鈴木克昌氏が抜けた東海地方に一人、前職、元職で知名度のある人が出てくると良いのではないかと思います。

 

 生活の党はうまくいけば9名ほどの当選が見込めるのではないかと思います。鈴木氏と小宮山氏が現職の強みで当選すると生活系は11名の当選は見込めると思います。

 

民主党内部には小沢氏に対する敵意、アレルギーを持つ人たちがいます。菅、野田、岡田、枝野、長島といった、自分たちは何の苦労もしないで美味しいところだけ持っていくことしか能がない、自民党と同じ穴のムジナの皆さん方です。彼らが小沢氏たちを追い出してしまいました。しかし、民主党内には小沢氏に対してそこまでアレルギーがない人たちもおり、そうした人たちが今回の選挙で復活してくるでしょうから、そうなれば、小沢氏の代表時代の民主党が「国民の生活が第一」が復活し、自民党と同じ人たちを抑えることができるようになるでしょう。これはほぼ願望であり、希望で、評論でも分析でもなんでもないのですが、ここに書いておきたいと思います。

 

 解散前に生活の党が小沢氏以外で民主党に合流という報道がなされましたが、結局それは誤報となり、小沢氏を中心に15名で選挙に臨むことになりました。私は一連の報道を見聞きし、今回の選挙は小沢氏にとって、西南戦争の西郷隆盛にとっての「城山」になると感じました。自らを犠牲にして死地に臨むということはなかなかできません。小沢氏は常々、政治家としては西郷よりも大久保利通を尊敬していると述べていますが、人間としてはとても西郷的な人なのだろうと思います。

 

 しかしなかなか心憎いと思ったのは、悲壮な決意がありつつ、戦略としてはうまく人員を配置し、最大の効果を得るということをやっている点です。自民党で選挙の神様と言われた、田中角栄、竹下登両元首相の下で学び、彼らの衣鉢を継ぐと言われた小沢氏らしい戦略です。こうした点ではとても大久保的な頭の冴えを見せるなぁ、と失礼ながら感心しました。

 

 「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」もカッコいいですが、最後の一合戦で目に物見せてくれん、と戦いに臨む姿を小沢氏と生活の党は見せてくれたというのが私の考えです。

 

(終わり)








 

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古村治彦
PHP研究所
2014-01-21




 古村治彦です。



 今回は、2012年12月28日に旧版の「古村治彦の酔生夢死日記」に掲載した文章を再掲します。



 最近、インターネットで未来の党、嘉田由紀子滋賀県知事、飯田哲也氏、そして田中秀征氏といった言葉を目にしたので、「自分も何か書いていたな」と思い、見返してみたところ、この文章を見つけました。


 そして、政治運動、選挙運動とは攪乱要員、傭員、要因との闘いであるということを最近、改めて認識しております。都知事選挙で選挙運動を行っている細川護煕候補の陣営では選挙対策本部から、責任者であった馬渡氏、ネット担当であった上杉氏、共に鳩山邦夫代議士の元秘書という経歴を持つ人たちですが、彼らが退いたということはまさにこのことを示しています。

 今でも説得力があるのかどうか、皆様にご判断いただければ幸いです。



==========



 2012年12月26日、国会では安倍晋三自民党総裁が総理大臣に指名されました。そして、安倍内閣が発足しました。この同じ時期、日本未来の党は、党内不和から分裂の道を選びました。本日、日本未来の党の党首(だった)嘉田由紀子滋賀県知事と、小沢一郎代議士が滋賀県大津市で共同記者会見を行うということです。



(記事貼り付けはじめ)



●「嘉田氏ら「名」を、小沢氏「実」取る…未来分裂」



読売新聞電子版 2012年12月28日



 日本未来の党は27日、党名を「生活の党」に変え、代表を嘉田由紀子滋賀県知事から森裕子参院議員へと変更することを総務相に届け出た。



 「生活の党」は小沢一郎衆院議員ら旧「国民の生活が第一」(現在は国会議員15人)のメンバーで構成される見通しで、嘉田氏と嘉田氏に近い阿部知子衆院議員らは離党することになり、分裂が決まった。嘉田氏らは政治団体として党名を引き継ぐ方向だが、結党1か月にして国会から未来の党の名は消えた。



 小沢氏と嘉田氏は28日に大津市内で共同記者会見を行い、党分裂の経緯などを正式に説明する。



 当初は小沢氏らが離党するとの観測もあったが、離党して新党を結成した場合に受け取れる政党交付金は、未来の党が受け取る予定だった約8億6500万円(現時点での勢力による試算)と比べ、大幅な減額となる。小沢氏に近い議員が「衆院選の選挙資金の多くは、旧『国民の生活が第一』が負担した」などと語る一方、嘉田氏側は、日本未来の党という党名の存続にこだわり、党の「割れ方」を巡る騒動を「カネ目当てと思われたくない」と周辺に語っていた。これが、嘉田氏らが「名」を取り、政党交付金という「実」を小沢氏らが取る格好の決着になったものとみられている。(201212280529 読売新聞)



(貼り付け終わり)



 日本未来の党は名前を「生活の党」にし、党首を嘉田由紀子知事から森裕子参議院議員に変更することになりました。離党するのは、嘉田由紀子知事と阿部知子衆議院議員で、党名は嘉田知事と阿部代議士が引き継ぐということになりました。新しい「日本未来の党」は、政党要件を満たさない、政治団体ということになります。



 2012年11月27日、嘉田由紀子滋賀県知事が新党「日本未来の党」結成を発表し、翌日の11月28日に選管に届け出を行い、日本政治の世界に「日本未来の党」が出現しました。小沢一郎氏が代表をしていた「国民の生活が第一」がすぐに合流を発表しました。また、新党を結成していた亀井静香氏たちも合流し、選挙前に衆議院議員61名、参議院議員8名の政党が誕生しました。私は、この日本未来の党結成時、「どうしてこの時期に、嘉田滋賀県知事が新党を結成し、それに小沢氏たちが合流するのか」という疑問を持ち、「違和感」を持ちました。そして、そのことをブログでも書きました。



 12月16日に実施された総選挙で、日本未来の党は大敗を喫し、所属衆議院議員は9名という結果になりました。その後、党内で人事をめぐり、嘉田代表と所属国会議員たちとの間で対立が起こり、昨日、日本未来の党から嘉田知事と阿部議員が離党ということになりました。



 思えば、2009年の民主党(と連立相手である社会民主党と国民新党)による政権交代は約3年で変質し、民主党は第二自民党と化し、そして、今回、自民党が総選挙で大勝利を収めることになりました。そこには、有権者の深い失望がありました。そして、強い怒りがありました。



 民主党の変質から、小沢一郎氏と小沢氏を支持する議員の離党、国民の生活が第一の結党、日本未来の党への合流、そして分裂という一連の「ここは決起せよ」「勝負を挑め」という決戦主義、突撃主義がありました。その裏側に「決起に参加せぬ卑怯者、臆病者」という罵倒がありました。また、今回の日本未来の党の分裂に関しては、嘉田知事や小沢代議士、森裕子参院議員に対して、罵詈雑言が投げつけられました。



 こうした一連の動き、日本人の短気さを示していると思います。「早く理想の状態に辿り着きたい」「早く結果を出してほしい」という焦燥が人々を駆り立て、怒りの感情を湧き起こさせ、罵詈雑言を吐いている、このように感じます。



 映画『硫黄島からの手紙』の中で、徹底抗戦で1日でも長く島を死守するという意図を持つ栗林忠道中将に対し、その他の多くの将官が決戦主義を主張し、自決、総攻撃、玉砕の道を選んでいきます。これは日本人の潔さを示すエピソードでありますが、同時に日本人の短気さも示しています。



 また、「日本にとっては自民党がいちばん良いのさ」「何をやっても変わらない」「日本国民は馬鹿ばかりだからな」という諦観と蔑みの感情も、今回噴出しました。自民党を支持している人々からも、それ以外を支持している人たちからもそのような声が聞かれました。これもまた、日本人の短気さ(=一度うまくいかなかったら「潔く」諦める)を示していると思います。



 民主党の変質から未来の党の分裂までの間、大変な罵詈雑言が聞かれました。その対象は、嘉田知事であったり、小沢議員であったり、森議員であったりと様々ですが、どうも見ていると、罵倒している人たちが一番罵倒したいのは、その人たち自身であるように思います。「信じた自分が馬鹿だった」「裏切られた」という気持ちの噴出であると私は見ています。それもこの3年ほどで「理想が実現されなかった」「結果が出なかった」ことに対する焦燥と失望が原因であると考えます。



 この日本人の短気さについては、山本七平がイザヤ・ペンダサンという名前で書いたベストセラー『日本人とユダヤ人』の中でも指摘されていることです。日本人毎年「キャンペーン型稲作農業」で鍛えられ、締切から逆算して行動するという訓練を受けてきたが、遊牧民たちはまた違う時間の流れで生きた、というのが山本七平の書いていることです。そして、日本人は「待つ」ということが苦手で、待つとなるとイライラして待つということになるのだと山本七平は書いています。



 私たちが陥っているのは、まさにこのような状態なのではないかと私は考えます。日本人特有の短気さゆえに、民主党による政権交代から以降の出来事に大きく失望し、怒り、諦めるというようなことになっているのではないかと思います。



 しかし、このような怒りや諦観をいつまでも引きずる訳にはいきません。私は、アメリカ生まれのユダヤ人政治学者マイケル・ウォルツァーの『正義の領分』(山口晃訳、而立書房、1999年)に所収されている「我が身を振り返って―私の特定主義―」という文章を思い出します。



 ウォルツァーはこの文章の中で、ユダヤ人のものの考え方を書いています。その中で、次のような文を書いています。



 「『指おり数え』『終わりを強行する』人々は、繰り返し私たちの人民に災厄をもたらしてきた。それゆえに、数えることと強行することの両方に対してラビの政治があるのである」



 「政治的解放、社会建設、国民形成、立法といった仕事、これらはすべて永続するものである。文字通り継続し、終わることなく更新される」



 「私たちは、最後の詩を書くことを期待すべきではないように、最後の法を制定したり、最後の国家を建設することを期待すべきではない」



 ユダヤ人に対しては、毀誉褒貶様々ありますが、歴史を見れば、自分たちの国家建設のために千年単位かけ、その間にユダ人内部でも激しい対立があったり、迫害にあったりと様々な出来事が起きています。しかし、ユダヤ人は民族として生き延びてきました。迫害や失敗の後に自暴自棄になることなく、また同じことを繰り返していったということが、ウォルツァーの言葉から読み取れます。また、考えや意見の多様性を大事にしていること、これもまた重要なのだろうと思います。このことについては今回は触れません。



 私たちは「決戦主義「突撃主義」で短兵急に結果を求めるのではなく、同じことを繰り返していく、それで良いのだ、と思うことから始めるべきではないかと思います。そこには華々しさはなく、長距離走のように苦しいことばかりがあると思います。しかし、それでも繰り返しをただ繰り返していく。うまくいかなかったら、また最初からやっていく、ということを「気長」にやっていくしかないのではないかと思います。



(終わり)





(終わり)
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