古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:属国

 古村治彦です。

  


 今回は少し古い本になりますが、『エコノミック・ヒットマン』という本を皆様にご紹介します。ヒットマンというと、大変物騒な単語ですが、エコノミック・ヒットマンという言葉について、著者ジョン・パーキンスは次のように書いています。

(引用はじめ)

 

 エコノミック・ヒットマン(EHM)とは、世界中の国々を騙して莫大な金をかすめとる、きわめて高収入の職業だ。彼らは世界銀行や米国国際開発庁(USAID)など国際「援助」組織の資金を、巨大企業の金庫や、天然資源の利権を牛耳っている富裕な一族の懐へと注ぎこむ。その道具に使われるのは、不正な財務収支報告書や、選挙の裏工作、賄賂、脅し、女、そして殺人だ。彼らは帝国の成立とともに古代から暗躍していたが、グローバル化が進む現代では、その存在は質量ともに驚くべき次元に到達している(1ページ)

(引用終わり)

 

エコノミック・ヒットマンとは、発展途上国に入り込み、そこで経済近代化計画を売り込みながら、実際には途上国から利益を搾り取るための存在で、経済アナリストやコンサルタントをしています。ヒットマンですが、彼らは実際の武器を振り回すわけではありません。彼らが使うのは経済統計や経済モデル、プレゼンの資料などです。

 

彼らはアメリカの大企業に雇われ、でっち上げの経済近代化計画を発展途上国に持掛け、それを導入させ、結果として、アメリカの大企業に大きな利権をもたらします。その国の人々が豊かになることには関心がありません(表向きは「皆さんのお為ですよ」と笑顔を振りまきますが)。

 

 エコノミック・ヒットマンの裏に気付く発展途上国のリーダーがやはり出てくるのですが、こうしたリーダーたちは、謎の死を遂げたり、政治的に失脚したりします。これを行うのが「ジャッカル」と呼ばれる人たちで、CIAの特殊工作員です。そして、このジャッカルでも手におえない場合は、アメリカ軍がその国を攻撃するということになります。パナマのマニュエル・ノリエガ将軍がその具体例です。

 

 著者のパーキンスはひょんなことからエコノミック・ヒットマンの道に入り、大成功を収めますが、自分のやっていることに疑問が生じ、30代には引退することになりますが、その後もコンサルタントや顧問という形でエコノミック・ヒットマンの世界に関わることになりました。

 

 彼の物語を荒唐無稽の話と切り捨てることも可能です。しかし、南米で1970年代に生まれた「従属理論(Dependency Theory)」や、イマニュエル・ウォーラスティンの「世界システム論(World Systems Theory)」は、こうした現実を説明するための理論です。「発展途上国はどうして発展途上国のままなのか、資源もあって、国民も決して怠惰という訳ではないのに」という疑問に対して、「それは先進諸国が発展党上告をそのままにして利権を貪りたいからだ」ということが答えになります。また、こうした発展途上国には、国内に先進諸国の利権に奉仕する人々が出てきます。こうした人々は「買弁(comprador)」と呼ばれます。こうしたことは、2012年5月に私が出しました『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所)でも詳しく説明しています。

 

 『エコノミック・ヒットマン』では、世界覇権国・世界帝国のアメリカと発展途上国の関係について上記の諸理論でも説明される事象の実際面が詳しく描かれています。それでは、アメリカと日本の関係はどうでしょうか。大きく言えば、「日本はアメリカの属国(client state)である」という点では、この本に出てくるパナマ、エクアドル、インドネシアなどと構造は変わりません。

 

 「日米関係だけは別だ。世界で最も緊密で平等な同盟関係だ」と考え、沖縄やアメリカ国債の問題などが見えない方々には、この本の話は荒唐無稽なおとぎ話ということになるでしょう。

 

(終わり)






 
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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-11-25



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回は最近、インターネット上で見つけた2つの新聞記事を皆様にご紹介したいと思います。1つ目の西日本新聞の記事は秀逸な内容です。評価の高い学術的な研究の結果を用いて、落ち着いた筆致で、岸信介元首相(安倍晋三首相の祖父)がいかにして、ファシスト・A級戦犯からデモクラシーと資本主義の擁護者としてアメリカに「飼いならされ(tamed)」て、「傘下に収められ(cultivated)」ていったかを書いています。このような記事は全国紙で掲載されることはないでしょう。東京新聞(中日新聞)や西日本新聞など、いわゆる地方ブロック紙や地方紙が現在のこうした状況に抵抗して頑張っています。戦前、戦中で言えば信濃毎日新聞の桐生悠々や毎日新聞の新名丈夫を思い出します。

 

 記事の中に出てくる東京国際大名誉教授の原彬久の「独立のために従属」という発言が、属国である日本の悲哀を端的に表現しています。

 

 さて、岸信介の孫である安倍晋三が現在の日本の首相ですが、現状は「独立のための従属」なのか「従属のための更なる従属」なのか、分からないことになっています。岸信介が行った日米安全保障条約の改定後、日本は「独立」を勝ち取ったと言えるでしょうか。確かに日本は独立国です、形の上では。しかし、その実態はどうでしょう。もはや「従属のための更なる従属」という状況だと私は考えます。

 

 在日米軍のリラックスのための「遊興費」を含む「思いやり予算(Host Nation’s Support)」は年間1900億円になります。日本側はこれを少しでも減らしたいとして交渉していますが、アメリカ側がこんなおいしい話を「分かりました」と言って受け入れてくれる訳がありません。そもそもが米軍が地上戦で「奪い取った」沖縄は彼ら、特に米海兵隊にしてみれば「戦利品」です。そして、日本全体がアメリカの「戦利品」なのです。

 

 先月、安保法制が成立しました。これによってお金だけでなく、自衛隊もアメリカに「貢がれる」ことになりました。「従属のための更なる従属」という状況はこれからも続いていきます。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「「岸信介を傘下に納めた」日米双方の思惑が築いた蜜月関係」

 

西日本新聞 1012()830分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151012-00010001-nishinp-pol&p=1

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151012-00010001-nishinp-pol&p=2

 

 憲法改正を目指し、対米自立を望んだ岸信介元首相は、首相に就任する前から米国の冷戦戦略に取り込まれていた―。そんな認識を示す文書を、日米外交に深く携わった元米国務次官補が残していた。孫の安倍晋三首相の政治姿勢にも強い影響を与えた岸氏だが、背景を探ると、もう一つの顔が浮かび上がった。

 

 文書はワシントン近郊のジョージタウン大図書館にあった。戦前戦後に在日米大使館で勤務し、1960年の日米安保条約改定時には極東担当の国務次官補を務めたグラハム・パーソンズ氏の文書コレクション。パーソンズ氏は、退官後の80年代前半に書いたとみられる未刊行の自伝で、岸氏に関してこう語っていた。

 

 「戦犯(容疑者)だった岸氏は50年代半ば、大使館のわれわれによって傘下に納まった。その後、(自民)党総裁になり、信頼に足る忠実な協力者となった」(「傘下に納まった」の原文は「cultivate」。和訳は文書を見つけたオーストラリア国立大のテッサ・モーリス・スズキ教授と吉見俊哉東大大学院教授の共著「天皇とアメリカ」=2010年刊から)

 

 63年の同僚宛ての手紙にも「われわれは54年、岸を傘下に納めた」。そこには有望な政治家と見なす岸氏を取り込んだ、との視点が鮮明にうかがえる。

 

 55年の保守合同で自民党が誕生する直前の混乱期。保守派リーダーの一人だった岸氏は、米国とどうつながっていたのだろうか。

 

 保守合同前夜の195579日午後、東京の在日米大使館。当時の民主党幹事長だった岸信介元首相は、大使館のジョージ・モーガン参事官に招かれた。「キングサイズのスコッチ・アンド・ソーダ」を片手に約3時間半。モーガン氏の質問に冗舌に答える岸氏の姿があった。

 

 膨大な米公文書の調査などを基に戦後の日米関係を米国側の視点で描いた「『日米関係』とは何だったのか」の著者、米アリゾナ大のマイケル・シャラー教授(68)が90年代に見つけた大使館から本国への報告文書には、その時の様子が詳しく記録されている。

 民主、自由両党の合同はまだ時期が公になっていなかった。民主党を主導する岸氏は、合同が11月ごろになるとの見通し、新党首選びの状況、憲法改正や積極的な反共外交政策の採用、再軍備促進といった新党の政策などについて情報を「提供」(シャラー氏)。社会党の動向に関する推察も伝えた。いずれも米国側が欲していたとみられる。

 

岸氏こそ米国の政策に合致

 

 岸氏は戦前、在日米大使だったジョセフ・グルー元国務次官とじっこんだった。同氏が日本で立ち上げたロビー団体の米誌東京支局長は、民主党幹事長時代の岸氏の英会話の家庭教師。支局長らは米政府に日本の政治状況などを報告、岸氏を売り込んでいたという。

 

 50年代、反共のとりでとして日本に安定した保守政権の誕生を望む米国の思惑をよそに、5412月に退陣した吉田茂首相の後を継ぐ鳩山一郎、石橋湛山両氏はそれぞれソ連との国交回復、日中関係改善を志向。もともと反共・反ソで保守合同の強力な推進者、岸氏こそ米国の対日政策に合致する政治家だった。ロビー団体の人脈などを通じて、米国は岸氏をさらに「磨いた」とシャラー氏は語る。

 

 シャラー氏によると、50年代半ば、在日米大使館員が岸氏と会ったり、酒を飲みに行ったりしたとの記述も文書に散見された。岸氏がモーガン氏と会った当時の首席公使が、岸氏を「傘下に納めた」と記したグラハム・パーソンズ氏。大使館と岸氏とは深い結びつきができていたとみられる。

 

蜜月関係が権力へ導いた

 

 シャラー氏は「岸氏は米国に取り込まれたというより、むしろ積極的に取り入ろうとしていたと私は考える」。日米安保条約の不平等性の解消を目指した岸氏だが、「米国の信頼を得なければ、それは成し遂げられないし、信頼されれば国内での自身の政治力も増すという計算もあっただろう」とみる。

 

 55年、鳩山政権からの条約改定申し入れを一蹴した米国は、57年の岸政権からの交渉提起には応じ、60年に改定は実現した。

 

 一方でシャラー氏は、岸氏が首相就任後、米中央情報局(CIA)と秘密の資金提供の関係を結んだと著書で明記した。「権力の座に駆け上がる過程で米国と築いた濃密な関係が、資金提供の土壌になったのもまた事実だ」と指摘した。

 

岸氏の戦略「独立のために従属」

 

▼「岸信介証言録」などの著書がある原彬久・東京国際大名誉教授

 「cultivate」の意味について、私は「米国は自分たちの望む方向に動くように岸氏を取り込んだ」というニュアンスに受け取った。米国は岸氏を利用しようとしていた。彼らは岸氏を高く評価していたが、利害関係とは別のところで尊敬したり評価したりはしない。そんな生やさしい世界ではない。一方、岸氏も国内外の共産勢力と戦うため、米国を利用しようとしていた。だから米国の信頼を得るために情報を提供することもあろう。政治家として熟察し、いろんな計算の下で動いていたといえる。

 

 CIAから資金提供を受けることは道義的に問題ありだが、当時は革新勢力も旧ソ連から資金援助を受けていた。強力な保守政権を築き米国から何とかして自立したい、選挙で革新勢力に負けたくない、との思いから岸氏はきわどい政治判断をしたのではないか。

 

 逆説的な言い方だが、米国から独立するために従属する―というのが、皮肉にも岸氏の対米戦略だったと考える。

 

=====

 

●「「思いやり予算」の改定交渉、3回目も日米の溝埋まらず」

 

ロイター 2015/10/12 16:43 ロイター

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20151012-00000011-biz_reut-nb

 

[東京 12日 ロイター] - 在日米軍駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」の改定をめぐる日米交渉は、前週に開いた3回目の協議でも溝が埋まらなかった。不均衡とされてきた日米同盟間の軍事負担が、安全保障法制の成立で是正されるとの立場を取る日本は減額を求めているが、「リバランス(再均衡)」でアジアへの戦力集中を目指している米国との見解に距離があり、調整は難航している。 

 

5年に1度見直しが行われる同予算は、根拠となる特別協定が来年3月に改定期限を迎える。日米は今夏から見直し交渉を開始し、10月5日の週までに3回の協議を開いた。日本が来年度予算案を編成する12月末までに合意する必要があるが、日本の政府関係者は「全く折り合っていない」と話す。

 

日本が減額を求め、米国が反対する構図は5年前と同じだが、今回は今年4月の日米防衛協力の指針(ガイドライン)改定で自衛隊の役割が拡大。9月の安全保障法制成立でその実効性が担保された点が異なる。日本の領域外で米軍が攻撃を受けた場合も自衛隊が防護や反撃ができるようになるほか、米軍に対する自衛隊の後方支援が地理的範囲、内容ともに広がる。

 

1960年に改定された日米安全保障条約は、5条で米国による日本の防衛義務を、6条で日本による基地の提供を定め、米国では片務的な同盟とみなす声が根強い。「米国が持っていた日本に対する不満が解消するレベルに近づく」と、別の日本の政府関係者は言う。「(思いやり予算の)改定協議につなげたい」と、同関係者は減額に期待を示す。

 

思いやり予算は年間およそ1900億円にのぼる。本来は米側が支払うべき在日基地で働く日本人従業員の給与の一部を、円高進行や日本の物価上昇、米財政の悪化を受け、1978年から日本が負担するようになったのが始まり。

 

現在は特別協定に基づく従業員の基本給、米軍の訓練移転費、光熱費に加え、協定外の従業員の福利費、施設整備費も日本が払っている。前回の改定では協定内の負担は減額されたが、その分が協定外で積み増され、全体として現状維持となった。

 

日本は今回、レストランやバーなど基地内の娯楽施設で働く従業員約5000人の給与負担を中心に減らし、整備費も抑えたい考え。

 

一方、世界的に国防費を削減する中で、アジアへのリバランスを進める米国は、イージス艦など日本に配備する装備を増やそうとしている。装備が増加すれば駐留費は膨らみ、米国は日本側が労務費を負担する従業員の上限数を引き上げたり、施設整備費の上積みなどを求めているもようだ。「互いに高い球を投げ合っている」と、日本の政府関係者は言う。

 

米軍駐留経費を含む日本の防衛予算5兆円は、新型輸送機オスプレイや次期戦闘機F35、無人偵察機グローバルホークといった武器の高額化で年々ひっ迫している。沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設工事が本格的に進めば、米軍再編関係費が現在の約1500億円から倍増するとの声もある。「交渉は厳しいだろうが、日本から折れるわけにはいかない」と、別の政府関係者は話している。

 

(梅川崇、久保信博 編集:田巻一彦)

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




 

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