古村治彦です。

 今回は『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』をご紹介する。著者の加藤哲郎は一橋大学名誉教授であり、政治思想の分野で浩瀚な業績を残している。本書は、タイトル通り、象徴天皇制についての詳細な研究報告である。
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象徴天皇制の起源―アメリカの心理戦「日本計画」 (平凡社新書)

詳細なという言葉では生ぬるいほどで、詳細過ぎる内容だ。そのために、新書版としては「分かりにくい」ものである。新書版はたいていの場合、専門家が分かりやすく読者に研究成果を紹介するものが多いが、本書は詳細な報告になっている。そのために多くの単語や専門用語が説明不足のままで次々と出てくるので読んでいて、何が何やら分からなくなるほどだ。それでも機密指定解除されたアメリカ政府の文書を丹念に

 「象徴天皇制」とは、日本国憲法第1条の「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」を示す言葉である。大日本帝国憲法では天皇の地位は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とされた。戦前、大日本帝国憲法下では天皇は日本国を統治する大権を掌握し、神聖不可侵の存在であった。戦後の日本国憲法下では、日本国と日本国民統合の象徴の存在へと変化した。

オーストラリアやソ連は天皇という存在については廃止すべきと主張していた。一方、実際に日本占領を主導するアメリカ、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥は天皇の維持を決定した。天皇を利用して円滑に日本占領を実行しようという意図があった。天皇も地位を保全するために必死だった。『』(文春文庫)は極東軍事裁判(東京裁判)に向けた弁明の書であり、英語版も存在した。天皇は公式に「象徴」として生き残った。

 本書は象徴天皇制の起源をできるだけ遡ろうという意欲に満ちた本である。しかし、意欲が勝り過ぎてか、分かりにくい本となってしまったが。

象徴天皇制の起源は1942年6月に作成された陸軍情報部心理戦争課が作成した「日本計画」にまで求められる。この計画にはいくつもの下書きと言うか草稿や覚書、メモが存在した。情報調査局の草案、英米共同計画アウトライン、オスカー・N・ソルバート大佐の草稿などがその基になった。

アメリカは一流の自然科学者や社会科学者たちを総動員して敵国を研究させ、その成果を政策に利用していた。原子爆弾の開発や暗号解読がその成果であることはよく知られている。フォン・ノイマンノイマン、ヘルベルト・マルクーゼ、ウォルター・W・ロストウ、ワシリー・レオンチェフ、タルコット・パーソンズ、ジョン・フェアバンクといった戦後も活躍した学者たちが動員されている。

戦争中の日本研究の成果が有名な『菊と刀』だ。これはコロンビア大学の文化人類学者ルース・ベネディクトが行った日本人捕虜からの聞き取り調査の結果である。ベネディクトは日本を訪問したこともなく、日本語を読み書きできず、日本専門家という訳ではないが、文化人類学の方法論(methodology)を使って、日本人の心性(mentality)と行動(behavior)を分析した。

 戦時中の日本研究の成果として、アメリカ軍は「天皇を攻撃(批判)しない」「日本の天皇を平和のシンボルとして利用する」という方針を固めた。これが戦後も続き、日本国憲法に盛り込まれることになった。「象徴天皇制」を準備したのはアメリカ、というのは戦後を生きる私たちにとっては何とも重たい事実だ。

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側