古村治彦の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:日米安全保障条約

 古村治彦です。

 

 今回は少し遅くなりましたが、日米首脳会談の直前に発表された論稿をご紹介します。

 

ドナルド・トランプ大統領の選挙中の様々な発言、「在日米軍の撤退」「日本の核兵器保有を容認」、といったことで、日本側が、日米関係、日米同盟に関して疑心暗鬼になっている(いた)ことは知られていました。そこで、日本の年金資金と新幹線をアメリカに差し出すことで、トランプ政権の歓心を買おうという決定を行いました。

 

 そして、首脳会談を迎え、トランプの上機嫌な行動に、安倍晋三首相も安心したのか、しまりのないニヤケ顔に終始していました。それはそうでしょう。首脳会談は、国益がぶつかり合う場所であり、厳しい交渉の場所です。掴み合い寸前ということだってあるでしょう。日ソ国交回復交渉の過程で、漁業交渉のためにモスクワのクレムリン宮殿に乗り込んだ河野一郎農水相はブルーガーニンと怒鳴り合いの交渉をしましたが、交渉は成立し、日ソ交渉は進展しました。それなのに、最初から相手が望むものをそのまま持っていて差し出すというガキの使いに対して、「やぁやぁよく来た」と笑顔で対応するのは当然です。子供の頃に近所にお使いに行くと、お店のおかみさんから雨やらジュースやらをもらった経験は多くの皆さんは持っておられるでしょう。安倍首相は対等な交渉相手ではなく、子供のお使いとしか扱われませんでした。

 

 ここまでしたのですが、読売新聞によると、アメリカ政府の高官は日本側に対して、「次はこんなに甘くはないからな」と捨て台詞を吐いたということです。年内のトランプ訪日も決まりましたが、ここではどんなお土産をお持たせしてお帰り願わねばならないのか、恐ろしいほどです。

 

 日米同盟、日米安保条約は、米軍の日本駐留が主目的であって、日本防衛は二の次です。しかし、そうした本質を隠し、「アメリカ軍が日本を守って下さるのだからありがたい、だから様々な嫌なことは甘受しなくてはいけない(しかし、東京の自分たちには見えないようにして地方に押し付けて、金をくれてやればよい)」ということでここ数十年、やってきました。しかし、トランプ政権出現で、これまでの日米同盟が変質してしまうと慌てているのは、日本側です。ここ数十年、金さえ払い続けたら(自分のカネではなく税金)、楽しい良い思いをしていた、自分たちの生活の基盤が脅かされるという感覚に捉われているようです。

 

最近読んだ記事の中でなるほどと思わされたタイトルが、「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」とは、「アメリカの覇権を再び偉大に(Make American Hegemony Great Again)」ではない、というものでした。アメリカが世界の警察官であることを止めるとは、アメリカ軍を世界各地から撤退させるということです。このアメリカの覇権に寄りかかって生きてきた日本側のエスタブリッシュメント(支配者層)は、アメリカの覇権の衰退に慌てていると言えます。

 

 そして、アメリカの経済が持ち直して、アメリカが自身を回復したら、再び覇権主義的な動きを取り戻すのかもしれないということなのか、日本から積極的に投資をして、アメリカの景気を上向かせ、雇用を増大させようということで、年金資金と新幹線を差し出すことになりました。しかし、アメリカ側はそれは当然の貢物として受け取るだけで、日本に何も見返りを与えませんでした。日米安保に関して、これまでと同じ内容を繰り返すだけでした。

 

 アメリカの世界における立ち位置が変化する中で、日本もまた変化していかねばなりませんが、その発想が現在の日本側のエスタブリッシュメントにはないようです。そして、たとえ変化しなくては、という思いはあっても考えつくのは、新発想でもなんでもなくて、昔ながらの従属か、それではなければ自大です。

 

 私は今回の日米首脳会談を見ながら次の言葉を思い出していました。

 

 「狡兎死して走狗烹らる」(必要なときは重用されるが必要なくなればあっさり排除される)

 

 アメリカの立場が変われば、日本はどうなるか分かりません。ですから、弱い立場にある以上、変化を敏感に感じ取って、先回りで変化するくらいでなければ、生き残ることはできません。しかし、その危機を察知するための生存本能に基づいた機能が致命的に欠如してしまっているようです。


 私もまた日本国民として、煮られてしまうのでしょう。私は自民党の候補に投票したことは人生で一度としてありませんでしたが、それでも、日本国民としてこの運命を享受しなければと思っています。ちょっと大きく書き過ぎましたが。

 

(貼りつけはじめ)

 

日米同盟はトランプ大統領の下で生き残れるのか?(Can the U.S.-Japan Alliance Survive Trump?

 

ローラ・ローゼンバーガー筆

2017年2月9日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2017/02/09/can-the-u-s-japan-alliance-survive-trump/

 

懸念、不安、混乱、困惑。先週、これらは、私が東京で日本政府関係者と専門家たちと会って言われた言葉だ。彼らはトランプ政権の外交政策に対する姿勢とそれが日本にとってどのような影響を及ぼすかを理解しようと努めていた。

 

彼らはドナルド・トランプ大統領の選挙期間中、もしくは過去30日間の発言内容について懸念を持っている。トランプはアメリカと各国の同盟関係と日本を批判した。日本政府関係者と専門家たちは、トランプが同盟の価値を理解できるかどうか、疑問を持っている。

 

日本政府関係者と専門家たちは、トランプの取引を基礎とする姿勢に懸念を持ち、トランプが経済と貿易の問題を安全保障を結びつけるだろうという恐怖心を持っている。同盟関係を人質にし、アメリカが日本の安全保障に参加するかどうかをはっきりさせないのではないかと考えている。

 

日本政府関係者と専門家たちは、トランプの「アメリカ・ファースト!」が何を意味するのか、特にアジア・太平洋地域におけるアメリカの関与にとってどういう意味を持ち、影響を与えるのか、アメリカの指導力と存在がこれからも継続するのかどうか、について憂慮している。

 

日本政府関係者と専門家たちは、アメリカは、世界の安全保障、繁栄、安定を長年支えてきた国際秩序と海洋法に対する関与を止めてしまうのではないかと心配している。現在、安倍首相は既存の国際秩序と海洋法の維持のために大きな投資をしているが、これは中国の台頭に備えるためでもあるのだ。

 

日本は、アメリカの撤退後に残された空白を埋めるために中国が進出してくることを懸念している。中国の習近平国家主席は世界経済フォーラムで行った演説で、中国をグローバライゼーションが進んだ世界における指導者だと形容した。

 

アメリカの核の傘によって提供されている日本も覆われている抑止力や共通の敵に対する抑止力を含む、日米両国の協力と信頼についての明確な理解に基づいて日米同盟は存在している。しかし、トランプ政権がこうした理解を持っていないために予測不可能な動きをするのではないかと日本側は懸念を持っている。トランプのツイッターでの発言に困惑している。

 

彼らは、トランプ政権の内部で誰が力と影響力を持っているのか、誰の発言が重要なのかということを知りたがっている。

 

日本で話をした人々に対して、安心させる言葉や説明をするための言葉を私は持ち合わせなかった。彼らはトランプの型破りな外交姿勢に困惑していた。トランプは、政権の目的や戦略を明確にする前に「一つの中国」政策を放棄するという脅しをかけたし、オーストラリアのターンブル首相との間で不必要ないさかいを起こしたりした。

 

しかし、日本にとっての唯一の選択肢は、日米同盟を機能させようとすることだ。アメリカとの同盟は、日本が大きな脅威だと考えている、攻撃的な、台頭しつつある中国に対する防波堤となる。他方、日本にとっての最大の脅威は、アメリカが日本を見捨てて中国と交渉をしてしまうことだ。トランプの対中姿勢はいまだに明確になっていない。また、日本政府関係者の多くは、トランプが台湾を交渉材料にするという考えを気軽に実行するかもしれないと憂慮している。しかし、トランプが経済問題について強硬な姿勢を取り、タカ派的である点は、日本政府を安心させ、「中国の攻勢に対して、日米同盟に基づいてアメリカがそれを押しとどめる役割を果たしてくれるかもしれない」という希望を持たせている。

 

現在のところ、日本政府は疑いつつの楽観主義を採っている。彼らは、安倍晋三首相がトランプとの間で個人的な信頼関係を形成し、トランプが長年持ってきた日本に対するマイナスの考えを払拭することができるに違いないと考えている。そして、トランプに対して、事実と数字を使って日米同盟の重要性を説明すれば、トランプを納得させられるという希望を持っている。

 

ジェイムズ・マティス国防長官が2月の第一週の週末に日本を訪問した。日本政府は、アメリカが引き続き日米安全保障条約に基づいて日本の防衛に関与してくれることを確認し安堵した。アメリカの関与には、日本が施政権を持ち、中国が領有権を主張している(Japanese-administered, Chinese-claimed)尖閣諸島への日米安保条約の適用や地域に対するアメリカの関与を維持するといったことが含まれる。しかし、これは最低限のラインに過ぎない。マティスの訪問と発言は重要な出来事であったが、多くの日本人はマティスはトランプの考えを述べたものなのか、疑問に思っており、金曜日からの日米首脳会談がより重要さを増している。

 

日本政府は、その重要性が分かっているために、会談に備えて、トランプについて、個人的な面や世界観を含むあらゆる角度から徹底的に研究をしている。彼らは現実的な思考をしており、TPPが既にお流れになっていること、そして、その代わりにトランプの掲げる政策、特にインフラ整備を支えることにある二国間の経済協力に関する提案を行わねばならないことを理解している。日本側は、トランプが日本に更なる防衛面での負担増加を強く求めてくることに対して準備をしている。また、新しい武器システムに関する協力の提案も受け入れる準備をしている。一方で、トランプに対して、日本の貢献と日本の貢献によってアメリカが享受している利益に関する様々な事実を示して理解を促そうとしている。また、彼らは安倍首相がトランプとの個人的な関係を構築するための計画を練っている。その中には、ゴルフも含まれている。

 

しかし、私は彼らの試みに関してその効果を疑問視している。事実や数字でトランプ政権を説得できるか疑問だ。こうした事実を重要視しないかもしれないし、日米同盟について、お金の問題にとどまらず、同盟そのものについての疑問を持ち出すことも考えられる。そして、アメリカが各国との同盟関係から利益を得ているのかという根本的な疑問を持ち出すこともあり得る。そして、首脳同士の個人的な関係があったとしても、同盟諸国を安心させ、敵を抑止するために必要な予測性と明確性を欠いているトランプ政権の同盟に対する取扱いには危険が存在する。

 

こうした逆風の中、日本側が出す最初の一手は効果を発揮する可能性が高い。安倍首相はトランプと個人的な信頼関係を構築することができるかもしれない。ホワイトハウスは、対中政策の達成のためには、強力な日米同盟の存在が必要不可欠であること、日本が大きな貢献をしている日米同盟からアメリカが利益を得ていることに気付く可能性が高い。このように認識することができれば、それはアメリカにとって素晴らしい事となるだろう。

 

しかし、日本政府側では、特定にアメリカの政策や関与についてだけでなく、あらゆる面から疑問を持っている。日本側は、日米関係の性質そのものに疑念を持ち、現在のような日米関係が永続するのかどうかを不安に思っている。アメリカはこれまでの70年間と同じ形の指導者としてこれからも君臨するのだろうか?アメリカは安定のための勢力、海洋法の守護者、友人にとっては頼りになり、敵にとっては恐怖となる、頼りになり行動を予測できる同盟国であり続けるだろうか?2015年、安倍首相はアメリカ連邦議会上下両院合同会議で演説をし、その中で、日米同盟を「希望の同盟」と呼び、日米が「しっかりと手を携えて世界をよりよく、より暮らしやすくするために努力する」と述べた。安倍首相は、同盟について、「常に私たちが共有する法の支配や人権と自由の尊重という価値観を重視する」ものだとも述べた。こうした同盟感をアメリカも持っているのだろうか?

 

日米同盟の根幹となる考え方などは何とか存続するように思われるが、トランプの外交政策のために、日米同盟に関するより広範な戦略的考え方は動揺しているように見える。トランプはアメリカのアジアからの撤退、国際秩序の軽視、国際環境を整えているルールを基盤としたアプローチに対する低評価を掲げている。しかし、より狭い定義を基礎とする同盟関係は、トランプの外交政策が引き起こす混乱によって傷つけられるのだろうか? それとも、アメリカがアジア地域で直面している様々な挑戦についてそれらを明確にすることだけで十分なのだろうか?

 

アメリカは、日本がアジア地域においてより大きな役割を果たすように促すために、大きな投資を行ってきている。しかし、日本のアジアにおける役割とはあくまでアメリカとの関係を基礎としているものであり、それに依存している。アメリカは、北朝鮮の核兵器とミサイル開発プログラムに対峙するために、日本と韓国、それぞれとの強固な関係を必要としている。 韓国内の政治の激動に直面して米韓同盟もまた動揺している面もある。アメリカは、中国に国際ルールを守らせるために、地域的な枠組みや機構を必要としている。そして、南シナ海と東シナ海における中国の攻勢をチェックするためにより同盟関係やパートナー関係を強化しなければならない。そして、アメリカはアジア地域の大国との同盟関係との関係を強化し、中国の攻勢に対して武力で対抗できるようにする必要がある。アメリカが退場した場合、これらの国々の対中姿勢はどの様なものとなるだろうか?

 

日本政府関係者がこれらの大きな疑問について答えを持っているのかどうか明確ではないし、トランプとの関係を築くことに失敗した場合の次の計画を持っているかどうかも不明だ。アメリカが退場した後に出来る空白を埋め、アジア地域における指導的な役割を果たす準備をしているとも思えない。また、中国と韓国との関係をどのようするのかと伊考えもはっきりしていない。

 

金曜日のトランプ・安倍会談には多くの注目の目が注がれることになるだろうが、私たちは、トランプのこれまでにはない外交政策によって日米同盟は影響を受けることないということが見えた場合でも、今回の首脳会談を「成功」と結論付けることは控えるべきだろう。日米同盟にとっての本当の試練はまだ姿を見せていないのだから。

 

(貼りつけ終わり)

 

(終わり)













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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 今回は、拙い考えですがという前置きを置いて、国の自衛権について考えてみました。私は学部の時は社会史、大学院の時は政治思想や政治学を専攻しましたが、法律の専門教育を受けていません。しかし、日本国民である以上、自衛権について考えてみなければならないと考えました。

 国家に当然備わっている「自然権」として自衛権は存在するという表現がよく見られますが、自然権は個人に使われる表現ではないかと思いますが、そこの点はそのままにして進めていきたいと思います。 

 日本は憲法9条で国際紛争を解決する手段として戦争を放棄し、そのための戦力を持たないと決めています(平和主義)。ですから、領土争いのような問題が起きた時、戦争をすることはできません。戦争をして問題を解決することはできません。日本の防衛(自衛権)は、国境(線)を軍隊で踏み越えて来られたら押し返す、国境線まで相手を追い返すということです。そして、国境線から踏み出すことはできません。そのまま国境線を踏み越えて、他国に侵攻することはできません。

 日本は島国であるために、海で国境を接していますが、海は公海と領海(経済的排他水域もその中には含まれると思いますが)に分かれています。他国の領海に侵入することはできないのは当然として、公海上で戦闘行為をすることは可能なのかどうか、ここは考えや学説が分かれるところではないかと思います。私は、「領土、領空、領海を踏み越えて武力行使をすることは憲法違反」だと考えますので、公海上での武力行使は行うべきではないと考えます。従って、集団的自衛権の名の下にアメリカと共同で他国を攻撃することはできないし、してはならないと考えます。 

 一方、わが日本が安全保障条約を結んでいる同盟国アメリカの防衛、自衛権は、「脅威だと感じたら、国境線を踏み越えられる、踏み越えられない関係なく、他国にまで攻め入ってその国の政府や政治体制を改造する」というものです。国境を踏み越えてきた敵対勢力を追い払うだけでなく、その殲滅までを含めています。このアメリカのパターンの最たる例が太平洋戦争における日本です。また、2001年9月11日の同時多発テロ事件以降の対応でも、同じ事です。アフガニスタンとイラクはアメリカの自衛に加えて、アメリカのおせっかいである「民主国家建設」も行われました。

 現在、多くの議論がなされている集団的自衛権について考えます。アメリカが「危機に感じた、攻撃された、助けてください」となれば、日本はアメリカの防衛に「付き合わねばならない」ということになります。

 古来、侵略的意図を国防、民族の自尊、解放などの美名に隠して行われた戦争は数知れません。私が好きな山本夏彦翁は、「春秋に義戦なし」という言葉を紹介しています。戦前の日本について考えてみれば、日清、日露、第一次世界大戦、ロシア出兵、満州事変、日中戦争、太平洋戦争は全て、日本側から見れば、「正義の戦争」「やむにやまれず」「自衛」の戦争でした。しかし、戦争は常に正義が衝突するものです。

 アメリカの自衛権に「付き合う」ことになると、他国への侵攻を覚悟せねばなりません。今までのアメリカの自衛権行使のパターンを見れば、外敵を自国の領土から追い出す以上のことをやっています。そして、これからもそうするでしょう。「侵攻」と言えばまだ聞こえは良いですが、相手側から見れば「侵略」です。どちらもinvasionということになります。日本は今までのところ、戦闘行為には関与せず、後方支援や戦後の民生支援ですから、そこまで恨みを買ってと思いますが、もしアメリカ軍と一緒になって、「自衛」の名の下に「侵攻(=侵略)」したらどうでしょう。これはアメリカと同じくらいの恨みを買います。アメリカは常にテロに怯えねばならない国となりました。日本もまたそうなる可能性があると私は思います。

 他国へ侵攻することは、卑近な例で考えると、警察官が個人の家や建物に入ってくることと同じです。これは大変なことです。私たちにひきつけて考えてみると、裁判所の発行した令状がなければ入ってくることはできません。しかし、国家以上の統治機関がない国際社会においては、令状を発行する裁判所は存在しません。だからと言って、入り放題では国際社会は崩壊してしまいます。今のところ、国際連合安全保障理事会のお墨付き(決議)がある場合は、他国への侵攻は許容されます。しかし、アメリカはそうしたものはお構いなしです。そうなると、日本が集団的自衛権なるものを行使するとなると、アメリカにお付き合いするのですから、令状もなしに他国に侵攻するということに加担することになります。これは明らかに日本国憲法違反になると私は考えます。

 「外国が攻めてきたらどうするのか」という主張があります。具体的には北朝鮮や中国が攻めてきたら、という話です。確かに可能性(possiblity)で言えば、それはゼロではありません。しかし、それは「ウガンダが攻めてくる」とか「アメリカが攻めてくる」という話とあまり変わりません。蓋然性(probability)で言えば、高い、低いの話となりますので、アフリカ大陸にあるウガンダや同盟国であるアメリカが日本を攻める蓋然性と、近隣にあり、関係も良くない北朝鮮や中国が日本に攻め込んでくる蓋然性は違いますし、後者の方が蓋然性が高いと言わざるを得ません。しかし、その蓋然性もまたかなり低いと言わざるを得ません。

 中国や北朝鮮が日本を攻めて何が得られるのでしょうか。戦争は何か目的があってなされるものです。この両国が日本に攻め込む、もしくはミサイルを撃ち込むことで一体どんな利益が得られるのでしょうか。まず国際社会からは経済制裁以上の制裁を科されることは間違いありません。それだけで北朝鮮などは体制が崩壊してしまうでしょう。この両国に近い諸国も何もしていない日本を攻撃したとなれば、強い非難をすることになります。中国は世界との交易で経済成長を行っているのに、それができなくなることで、経済成長は止まり、中国共産党の正統性は失われ体制が崩壊してしまいます。そのような危険性が高いのに日本を攻める必要はありません。

 尖閣諸島、竹島、北方四島の国境地帯をめぐる問題でそれぞれ、中国、韓国、ロシアに対する脅威を言い立てる、危機を煽り立てる言論が多くなされます。私は、現在の状況を確定させ、そこから後退しないという姿勢を示すことが重要だと考えます。そして、こういった書き方は不快に思われる方々が多くおられると思いますが、経済的コストも加味して、どこまで相手に求めることができて、こちらも譲ることができるのかということを考えるべきです。日本は暴力(軍事力)を使って国際問題を解決しないと日本国憲法で宣言している国です。 そうした姿勢を貫きながら、多くの要素を加味して、話をするという姿勢を示し続けること、更に現状から後退しないという姿勢を示し続けることが重要であると考えます。

 危機を煽るというのは戦前もありました。ロシアが攻めてくる、ロシアに備えるために朝鮮半島を満州をそして中国北部を手に入れなければならない、もしくは、南進をしなければならない、と軍部は危機を煽り立て、自分たちが煽った危機に自分たちが酔ってしまい、守るべき国民を大量に死なせて戦争は終わりました。今の自衛隊の幹部はどうか分かりませんが、一部の自衛隊幹部出身の政治家や評論家たちの言動を見ていると、そういう要素が完全に消え去ってはいない、連綿として残っているということが分かります。そうした要素の復活を許さないためにも改憲も解釈改憲も必要ないと考えます。

 日本は日本国憲法で戦争をすることはできないのですから、こちらから手を出すことはできません(こちらから手を出したいと思っている方々は多くいるみたいですが)。国連のPKO活動(2003年から2009年までの自衛隊のイラク派遣は除きます)で外国に自衛隊を派遣できますが、戦闘行為は行いません。これは大きな事であるし、この線をこれからも堅持すべきだと私は考えます。

 勇ましい言論、愛国心を煽る言論、日本の特殊性をことさらに称揚する言論が日本を席巻しています。それに呼応するかのように、様々な内容の嫌中、嫌韓本が山積みになっています。そうした状況下で、自衛権について冷静に議論をして決定できるとは思いません。現在の自民党は、不要不急の解釈改憲にご執心ですが、国民生活の改善と安定に同じように熱心に取り組んでいるでしょうか。私にはそう思えません。彼らには国民生活が第一であるという政治の根本要素への理解が全くありません。そこに日本の不幸があると思います。

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