ダニエル・シュルマン
講談社
2015-09-09



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 日経新聞がイギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズ紙が買収しました。このニュースは大きな衝撃をもって迎えられました。この買収に関して、「中国での取材や中国報道で力が落ちるのではないか」という視点からの記事があったのでご紹介します。日本の企業が買収したことで、フィナンシャル・タイムズ紙が中国において不利な立場に置かれるのではないかという考えは荒唐無稽のようにも思えます。しかし、アジアの中心は今や日本ではなく、中国であり、その中国で不利な立場になったら困るというのは心配し過ぎじゃないかと思いますが、現場ではそうではないのだろうと思われます。

 

==========

 

日本企業が所有することになり、『フィナンシャル・タイムズ』紙は中国でどのようになるか?(With A Japanese Owner, How Will the Financial Times Fare in China?

―フィナンシャル・タイムズ紙は中国で大成功を収めている。この状況が変化する可能性が高い

 

アイザック・ストーン・フィッシュ

2015年7月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/07/23/with-japanese-owners-how-will-the-financial-times-fare-in-china/

 

 今朝早く、中国人ジャーナリスト、ジョージ・チェンはある中国メディアの幹部に最新のニュースを伝えた。チェンはまず、米国と同様に中国においても尊敬を集めているフィナンシャル・タイムズ紙が日本のメディアグループである日経新聞に約13億ドルの契約の一部として売却されたと伝えた。この合意は突然のことで、アメリカとヨーロッパのマスコミ関係者たちを驚愕させた。木曜日の朝早く、フィナンシャル・タイムズ紙はドイツのメディアグループであるアクセル・シュプリンガーがフィナンシャル・タイムズ紙の買収にほぼ合意していると報道したばかりであった。日経新聞のフィナンシャル・タイムズ紙買収のニュースは中国においても衝撃を持って迎えられた。フィナンシャル・タイムズ紙の日経新聞への売却は、フィナンシャル・タイムズ紙の中国版で影響力を持つFTチャイニーズだけでなく、フィナンシャル・タイムズ紙の中国取材にも大きな影響を与えることになる。中国はフィナンシャル・タイムズ紙にとって最も重要な取材対象である。チェンは私に衝撃を受け失望したと述べ、「なんてこった」と言いながら、自分の上司に報告するために走って去って行った。

 

 フィナンシャル・タイムズ紙は中国の指導者層と築いてきた良好な関係によって、外国メディアの中で中国報道に関して抜きん出ていたが、日本企業の所有になることで、それに陰りが見える可能性がある。4月中旬、中国政府はフィナンシャル・タイムズ紙に対して独占的に李克強国務院総理のインタヴューを許した。中国の最高指導者たちは西洋のメディアとのインタヴューに消極的であることを考えると、これはまさに快心のヒットであった。 フィナンシャル・タイムズ紙は2009年にも当時の国務院総理であった温家宝のインタヴューに成功している。前日のチェンは次のように語った。「フィナンシャル・タイムズ紙が李総理のインタヴューに成功した後、中国人の多くは、中国政府がフィナンシャル・タイムズ紙は他の西洋のメディアよりも中国に対して友好的だと考えているのだと感じたんだ」。しかし、日経新聞による買収によって、この状況も変わるかもしれないとチェンは言った。この問題は微妙であるために匿名を希望したある中国人のマスコミ関係者は、チェンの意見に同意し、次のように語った。「フィナンシャル・タイムズ紙はこれから中国の政府要人たちとの関係で多くの問題を抱えるようになると思うわ」。

 

 日本と中国は第二次世界大戦終結からほぼ70年の今日でも外交的にいがみ合っている。日本は繰り返し中国の軍人と民間人に対して敵意をむき出しにした対応をしてきた。中国側は日本側が充分な謝罪を行っていないと感じており、9月3日を中国は初めて第二次世界大戦終結を祝う祝日に制定することにしている。日本との緊張関係によって、日系企業は中国国内でたびたび人々の怒りのターゲットにされてきた。2012年末に起きた反日暴動の中で、青島にあるパナソニックの工場は放火され、トヨタの販売店は略奪された。る中国人のマスコミ関係者は私に対して、中国と日本の関係がこれ以上に悪化していくと、中国におけるフィナンシャル・タイムズ紙の立場も悪くなっていくだろうと語った。

 

 北京時間の夜になって日経新聞による買収劇の様子が伝わってきた。このニュースは中国の各新聞やSNSでは大きなニュースとして取り扱われなかった。しかし、中国人経済学者のシャオ・ジァオは中国版ツイッター浪博で「今回の買収は、日本が世界規模でのソフトパワーを増大させることが可能となるので、大きなインパクトを持つことになる」と書いた。フィナンシャル・タイムズ紙の買収に関して、浪博ではいくつかのジョークが書かれていた。フィナンシャル・タイムズ紙の人気企画「ランチ・ウィズ・FT」は、これから日本食が供されることになるだろうと書かれていた。多くの人々は、中国では非「協調的」な新聞を買収したり、創刊したりできないことを嘆いていた。

 

 新しく所有者となった日経新聞がフィナンシャル・タイムズ紙の中国報道に対してどのように影響力を行使するのか、そもそも変化は起きるのかを予測するのは早計だ。フィナンシャル・タイムズ・グループの最高経営責任者ジョン・リディングは、買収交渉の際に、ピアソン側は新聞の編集権の独立は守ってくれるように交渉したと述べた。そして、現在のところ日経新聞がフィナンシャル・タイムズ紙の報道姿勢を変化させたり、中国に対して厳しい姿勢を取るようにさせたりするようになると考える理由はないと述べた。

 

 しかし、中国政府と日本政府との関係は不透明であるために、重要な幹部たちへの取材がしにくくなることで、フィナンシャル・タイムズ紙が中国本土で取材する能力が制限されることになるだろう。中国政府は、中国政府幹部に対するインタヴュー申請を評価する際やジャーナリストに対する処遇を決定する際に、そのメディアの評判と中国に対する友好的な態度を考慮する。『ニューヨーク・タイムズ』紙が中国の最高指導者たちの家族の財産について衝撃的な報道を行ったことがあった。この時、ニューヨーク・タイムズ紙の記者たちは中国に入るためのヴィザの取得に苦労し、中国の官僚たちからは全面的な取材拒否に遭うことになった。

 

 日経新聞による買収はリスクであるが、そのリスクは小さい。これについては新しいオーナーである日経新聞は既に考慮していることだろう。しかし、中国の日本に対する敵意と、中国が自分たちの優先順位と対立することになると感じたメディアに対する圧力のかけ方の激しさは過小評価することはできない。日経新聞による買収が発表された後、フィナンシャル・タイムズ紙の北京支局長を務め、現在はフィナンシャル・タイムズ紙から離れているリチャード・マクレガーはツイッター上で、日経新聞は「日本国内では大きな成功を収めている」が、「果たして外国のメディア文化にうまく対応することが出来るのか?」と書いた。マクレガーはフィナンシャル・タイムズ紙が長年本社を置いてきたイギリスについて書いているのだが、それは中国についても書いているとも言えるのである。

 

(終わり)