古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:映画

 古村治彦です。

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 今回は映画『マルクス・エンゲルス』の映画評を掲載します。この映画は副島隆彦先生もご覧になって私に「見に行った方がいいよ」と勧めて下さっていますので、上映されている期間内に映画館で観たいと思います。上映されているのは、東京の神田神保町にある岩波ホールです。

 

※岩波ホールの映画『マルクス・エンゲルス』関連ページへはこちらからどうぞ。




 監督のラウル・ペック(Raoul Peck、1953年生まれ)はハイチ生まれで、ドイツやフランス、アメリカでも生活した経験を持つ人物で、『ルムンバの叫び』、『私はあなたのニグロではない』といった映画で評判になった人物だそうです。

 

 この映画は欧米でも注目された映画らしく、アメリカの政治・外交専門誌『フォーリン・ポリシー』誌にも映画評が出ていました。以下に映画評を掲載します。


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 この映画評を予習がてら読んでみました。映画はマルクスがドイツから逃れてロンドンに腰を落ち着けるまでの若い時代(30代)を描いているようです。若い時代のマルクスのやや自堕落な生活が描かれているようです。マルクスといえばいかめしい写真と難しい著作というイメージですが、若い時代の無鉄砲さや情熱がこの映画では描かれているようです。

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 今年はマルクス生誕200年ということでもあり、是非この映画を見てみたいと思います。

 

(貼り付けはじめ)

 

カール・マルクスをセクシーな人物として描くには(How to Make Karl Marx Sexy

―経済哲学は素晴らしい映画にふさわしいテーマとはならない。哲学と経済学を差し引いたら素晴らしい映画にしやすくなる。

 

ティモシー・シェンク筆

2018年3月5日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2018/03/05/how-to-make-karl-marx-sexy/

 

ある知識人の伝記は映画のテーマとしてふさわしくない。思想家という存在は仕事をきっちりやれば、私生活に関心を持たれることは少ない。彼らの業績の方が興味深いのだ。思想家たちの業績は映画で取り上げ説明するには複雑すぎる。映画監督は、主人公として取り上げた思想家が机の前に座り紙を丸めたり、インスピレーションを受けた時に突然立ち上がり、そして、ノートに一心不乱に何かを書き付けたりするシーンを描くことになるだろう。しかし、こうしたノートは本になって私たちは読むことが出来る。本の主張がよく考えられたものであればあるほど、その内容を映画で表現するのは難しい。

 

新しい映画『ザ・ヤング・カール・マルクス(The Young Karl Marx)』(邦題『マルクス・エンゲルス』)は、マルクス最大の著書『資本論(Capital)』に没頭した年月を描かないことで、この問題を避けることが出来た。映画「マルクス・エンゲルス」は、マルクスが「マルクス主義」を生み出す前の日々をテーマにしている。この期間、マルクスの天才性は彼の仲間たちにとっては自明のことだった。そして、彼は既に重要な著作をいくつか書いていた。しかし、マルクスは学究の道を踏み外し、ジャーナリストとなったが失敗しないように苦闘していた。

 

この苦しい時期、マルクスは大きすぎる自尊心を抱えながら、必ず革命が実現することを確信し続けていた。マルクスの持っていた確信は映画の中で活き活きとした形で描かれており、マルクスと彼の考えは難しいので映画向きではないという懸念も杞憂に終わり、十分に伝わる。当時の服装と過激主義者の生活が良く描かれている。

 

この映画の監督で脚本の共同執筆者ラウル・ペックは、白黒写真に写る顔よりも大きなひげ、革命を主張するサンタクロースというマルクスの一般的なイメージではなく、ギネスバーで議論をしているような無精ひげを生やした明るい20代の若者としてマルクスを描いている。映画の中のマルクスは若くて夜遅くまで酒を飲むことを好み、泥酔した路地裏で吐いてしまい、翌朝早くようやく妻と幼い娘の待つ家にふらふらと帰ってくるような人物だ。

 

マルクスと一緒に酒を飲みながら議論をしていた友人こそがマルクスよりももっと若いフリードリッヒ・エンゲルスだ。映画のタイトルからは除かれているが(訳者註:邦題には入っている)、マルクスの共著者として以上にスクリーンに多くの時間映っている。三番目に重要な登場人物はマルクスの妻イェニーだ。彼女は配偶者の政治的な支持者であり、貴重な対話者として描かれている。そして、愛し合うパートナーとしても描かれている。これについて、「カール・マルクスが出てくるセックスシーンはいつ出てくるんだ?」という疑問を持つ人には朗報だ。

 

マルクスの性生活の結果は素晴らしいものであった。映画の冒頭で長女が生まれ、映画の終わりで次女が生まれた。ブルジョアの生活をする革命志向の家族という複雑な状況が映画の中で素晴らしい場面を作り出している。マルクスは自分の政治信条と優れた才能に確信を持っている。しかし、マルクスは自分が人生において下した決断によって家族に不安定な生活を強いていることも知っていた。マルクスはいくつもの都市を転々としたが、それぞれの市政府はどこもマルクスに対して敵対的で、マルクスを追放した。31歳になってすぐにロンドンに定住するまで、定まった家を見つけることが出来なかった。

 

彼がこんなことになってしまったのは、マルクスが国際規模の過激主義者の共同体に参加したことが一因として挙げられる。19世紀の左翼の萌芽とも言うべき各グループの間の内輪もめはこれまで出たマルクスの伝記の多くで最もつまらない部分となる。マルクスの最悪の著作の原因となっている。しかし、ペックは人間ドラマを持ち込むことでそれらのシーンを面白くした。『ワンダーウーマン』や『ブラック・パンサー』といった映画がヒットする時代、マルクス主義者たちにとっても、彼らが信奉しているイデオロギーを生み出した人物の生活を今見ているのだと感じられる、彼らのための映画が出てきた。

 

過激な人物の人生を映画を魅力的なものにするためにはどのような形式の映画にすべきかということが問題になる。インタヴューの中で、ペックはマルクスをテーマにした映画を作ること自体が挑戦だと述べている。「観客の皆さんは私に芸術家であることを求め、商業的にリスクの高い映画を私のやりたい方法で撮影することを求めているのでしょうか?そうではありませんね。この映画はそこのせめぎあいだけで十分に複雑なものとなりました」。ペックの懸念は理解できる。「バウアー、君にはうんざりだよ、そして、青年ヘーゲル派も!」という言葉を登場人物が語るような映画はヒットしにくい。

 

しかし、映画を少しでも見やすいものとするため、歴史上の人物たちである登場人物たちはセリフの中で自分の名前をフルネームで言って自己紹介をし、観客の記憶を呼び起こすためにそれぞれが簡単な自叙伝を語るという形式になっている。ピエール=ジョセフ・プルードンが出てきた時、彼が「所有は窃盗だ」という有名な言葉を言うまでわずか数秒だ。映画の中でミハイル・バクーニンが「無政府万歳!」と叫ぶまで時間がかからない。登場人物たちの特徴もまた観客たちに物語を理解しやすくしている。富裕な繊維製造業者の息子であるエンゲルスがアイルランド出身の労働者たちが歌を歌っている騒がしいパブに向かっているシーンが出てくる。このシーンは映画『タイタニック』でタイタニックの船底近くにケイト・ウィンスレットが下りていくシーンを思い出させる。

 

ある個人の人生に焦点を当てた芸術作品は、歴史的な唯物主義を生み出した傑出した人々への賛辞として適切な形なのかどうかという疑問も出てくる。マルクスは演劇、特にシェークスピアに深く傾倒していたが、「様々な映画様式の興亡は、人間に活動を描くことに適しているのかどうか」ということは、マルクスの信奉者たちの間の終わりのない議論のテーマとなっている。マルクスの読者の中で最も思慮深い読者として社会批評家テオドール・アドルノの名前が挙げられる。アドルノは主流の映画について「写真と小説の不適切な結合」だと批判した。

 

マルクスはチャールズ・ティケンズの作品を高く評価していた。『マルクス・エンゲルス』のような映画が直面しがちな障害はあるが、『マルクス・エンゲルス』はそうした中で成功を収めたという点で小さいながらも勝利を収めたと言える。ペックは人間の深い部分を描くために、層になって重なっているマルクスの神話を次々と剥ぎ取っている。映画の中のマルクスは自分の発見したことに忠実だ。マルクスは平等を熱心に主張したが、生まれながらの懐疑主義者でもあった。思慮深い社会理論家であり、頑固な政治活動家だった。マルクスは「無知が栄えたためし(Ignorance never helped anyone)」と唱えた。これはマルクス全集の題辞に書かれている。

 

映画『マルクス・エンゲルス』は、マルクスの反対者たちが活躍する場面も描いている。プルードンは、若く優秀な友人マルクスに対して、マルティン・ルターのようになるなと忠告した。ルターのように、ある偏狭な教義を取り除くために別の偏狭な教義を持ってくるようなことをするなと述べた。プルードンの忠告は、マルクスの持つ重要性への擁護を示している。マルクスは社会主義の詳細な点について誤解をしているにしても、国際資本主義に関して予言者的な分析ができる人物であった。

 

マルクスに興味を持つ映画の観客たちにとって考えるべき問題がある。ペックは次のように語る。「私が考えたのは、現在の若い人たちに向けた映画を作るということだった」。エンドロールが流れる背景には、マルクスの時代から現代までの1世紀半の歴史が描かれている。その中には、株式が暴落している時のウォール街のトレイダーたちの厳しい表情の写真がふんだんに使われている。

 

マルクスの生きた時代と現代をつなぐために、ペックもまた神話づくりを行っている。映画『マルクス・エンゲルス』は1848年の時点で終わっている。マルクス、エンゲルス、イェニーが出版間際の『共産党宣言』を朗読している場面がラストシーンだ。ラストシーンに出てくる説明文では、『共産党宣言』によってヨーロッパ各地で革命が起きた、また、マルクスは死の直前まで『資本論』の執筆に取り組んでいたと書かれている。しかし、ヨーロッパを席巻した革命を志向するうねりは『共産党宣言』が出版されたからではなかった。『共産党宣言』が恐るべき影響力を発揮したのはそれから数十年後のことだ。マルクスについて言えば、彼は市の5年前に『資本論』執筆を止めた。第二巻と第三巻は遺作として出版された。エンゲルスが彼の友人マルクスが遺した膨大なノートから要点を選び出して何とかまとめることが出来た。マルクスは革命を諦めてはいなかったが、若い時に持っていた自信はそれから数十年して消え去ってしまった。

 
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マルクス・エンゲルス 共産党宣言 (岩波文庫)


マルクスの青年時代に関心を限定することで、ペックは悩ましい事実を無視することが出来た。また、ペックはマルクスの生涯において最も痛みを伴う時期を無視することも出来た。最も悩ましい事件は、家族のお手伝いであったヘレーネ・デムートとの関係であった。デムートは10代の頃からイェニーに仕えていた。映画の中にも少しだけ登場するが、1851年に男の子を出産した。エンゲルスがこの男子の親権を取得し、フリードリッヒと名付けられた。これは彼の実父の名前だ。


映画で描かれるマルクスは、「偽善、愚かさ、暴力的な権威」に対する敵だから魅力があるのではない。しかし、20代という時代が輝いていない人間など存在しないのではないだろうか?この映画でのマルクスは魅力的な反逆者として描かれ、銅像となっているマルクスよりも私たちには身近に感じられる存在になっている。マルクスは歴史と自分自身に失望できるまで生きることができた。マルクスはこの時に若さを失ったのだ。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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今の巨大中国は日本が作った


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真実の西郷隆盛

 
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迫りくる大暴落と戦争〝刺激〟経済
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 古村治彦です。

 


 舞台は1980年の東北地方の寂れた廃村。この村は満洲引揚者が戦後に入植してできただ。無償提供された土地は農耕に適していなかったために、入植後約30年が経ち、村に残ったのは、主人公のユミエ(大竹しのぶ)と娘のエミコ(伊藤歩)だけだった。夫は東京に出稼ぎに行き、そのまま蒸発してしまった。他の家族は、村を捨てて出て行ったり、一家心中をしたりした。

 

 2人は誰からも見捨てられ、生活は困窮し、餓死寸前にまで追い込まれる。そこで、二人は身なりを整え、「客」を取ることにした。それから次々と男たちがやってくる。最初は山の向こうのダム建設現場で働く、東京からの出稼ぎ者(木場勝己)であった。彼は2万円払い、ユミエと寝る。そのアフターサービスに出されたのが、猛毒入りの焼酎。一気飲みした彼はそのまま泡を吹いて死亡する。母娘は死体を一輪車に乗せて外に運び出す。喜納昌吉&チャンプルーズが1980年に発表した『花〜すべての人の心に花を〜』を歌いながら。

 

 2人目は、電気代を支払ったので、電気再開のためにやってきた技師(六平直政)。電気を復活させた後、ユミエの客となる。3人目はこちらも代金を払ったために確認にやってきた水道職員(田口トモロヲ)。4人目は1人目の客となったダム工事の現場監督の助手(柄本明)。彼は行方不明になった男を探しにやってきた。5人目は、電気技師の上司(魁三太郎)、6人目は、ダム工事の監督(原田大二郎)。前半部は「語り→セックス→死(殺害)」の繰り返しであった。それをずっと見ていたのは、森に棲むふくろうであった。

 

後半部になると、とたんにシリアスな話になっていく。前半部は「語り→セックス→死(殺害)」の繰り返しであったが、警察官、県の職員である引揚者援護課の男、エミコの幼馴染が出てきてからは、大変シリアスな話になる。彼らもまた死を迎える。ユミエとエミコは全てを片付けて、朗らかに村を出る。

 

 私がまず思ったのは、1980年の日本でこのような困窮者が存在するんだろうか、警察が月に1度巡回して、その生活の困窮ぶりを見ている訳だから、生活保護なり、他の手段なり、行政が何らかの手段を講じるのではないか、という点が疑問に残った。野暮なことは言いっこなし、あくまで芸術だからと言われてしまえばそうなのだが。電気を止められ、水道まで止められてしまって、木の根を食べるというのはどうかと思うが、この村が戦後の入植地であり、本村から七曲りの峠を登ってこなければならないということになると、親戚はいないだろうし、地元の人たちからすればヨソモノであって、心配をしてやる必要なんかあるものかということもあったかもしれない。

 

 映画の中で「リストラ」という言葉を使っていたが、この言葉が1980年に人口に膾炙し、寂れた寒村に住むような主婦や少女に理解できたとは思えない。1980年と言えば、私は6歳であったが、そのような言葉が「会社からの解雇」の意味で使われていたという記憶はない。「レイオフ」とか「解雇」という言葉ならあったように思う。

 

 前半部の登場人物たちは、ほとんどがセックスをして、その余韻の中で死んでいくのだが、それぞれのスケッチでは、登場人物たちの人生と日本の戦後史が語られていく。この点が重要なのではないかと思う。

 

 後半部は、停滞した物語を終わりに向かわせるために、急に動きが早くなる。それは物語を終わりまで運ぶために取ってつけたような感じになりかけるが、最後にユミエとエミコが朗らかに村を出る決心をするところで、それもまたよしだなぁと思わされた。主人公のユミエ役の大竹しのぶは怪演と言ってよいくらいに様々な表現をしていた。その他のキャストも十分に素晴らしい演技であった。監督の要求に応えているのだろうと思う。

 

 私は映画をほとんど見ない。詳しくない。だから、映像がどうとか、俳優がどうとかということは分からない。難しいことは分からない。しかし、この映画は面白かった。こんな話はあり得ないよ、だって連続殺人で出てくる主要な男性キャストはほとんど殺害されるんだよ、しかも、殺害した母娘が捕まらないんだし、と思った。しかし、そんな無粋なつっこみを跳ね飛ばすだけの力があった。

 

 この映画が公開されてヒットしなかっただろうし、興行収入も低かったんじゃないかと思う。舞台はほぼ家の中だけだし、俳優陣は豪華だったけど、そんなにお金がかかっていなかったことは素人でも分かるから、赤字になることはなかっただろう。

 

 このような不思議な映画が出てくるところに、日本映画全体が持っている力があるのではないかと思う。日本映画はつまらない、面白くないと言われていて、映画に疎いので、「そんなものなのかな」と思っていた。しかし、面白い作品があるではないかという気持ちにさせられた。こうした映画を生み出せるのだから、全体として日本映画は調子は悪いのかもしれないが、死んでいる訳ではないと思う。

 


(終わり)





 
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