古村治彦です。
今回は、現在、ジョー・バイデン政権で、国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めるジェイク・サリヴァン(Jake Sullivan、1976年-、46歳)が2020年当時に書いた論稿を紹介する。共著者のジェニファー・ハリス(Jennifer M. Harris、1981年-、42歳)はサリヴァンよりも若く、彼の右腕とも言うべき存在だ。サリヴァンは2011年から2013年まで、バラク・オバマ政権、ヒラリー・クリントン国務長官が率いる国務省で、政策企画本部長(Director of Policy Planning)を務めた。この時、政策企画本部でスタッフとして働いていたのがジェニファー・ハリスだった。
ジェイク・サリヴァンとジョー・バイデン
ジェニファー・ハリス
ハリスはノースカロライナ州にあるウェイクフォレスト大学を卒業後、オックスフォード大学に留学し、修士号を取得した。帰国後にイェール大学法科大学院を修了し、弁護士となった。オックスフォード大学留学、イェール大学法科大学院修了、弁護士という経歴は、ジェイク・サリヴァンと同じだ。
政策企画本部は、国務省の重要な政策や構想(initiative)を担当する、頭脳集団、参謀集団だ。ジェニファー・ハリスはヒラリー国務長官が提唱した「エコノミック・ステイトクラフト」という考えの主要な立案者だった。
バイデン政権では、国家安全保障会議と国家経済会議の2つのホワイトハウスの機関に属する国際経済・労働担当上級部長を務めた。しかし、今年2月に辞任した。国家安全保障会議を主宰するのは国家安全保障問題担当大統領補佐官であり、ここでもサリヴァンは、ハリスの上司となった。ジェニファー・ハリスは、バイデン政権内の「対中強硬派」として知られていた。以下の論文から重要な部分を引用する。
(引用はじめ)
政策立案者たちは、過少投資(underinvestment)が国家安全保障にとって、アメリカの国家債務よりも大きな脅威であることを認識すべきである。ワシントンの内外で毎年開かれる会合で、上級の国家安全保障専門家たちは、国家安全保障上の脅威の筆頭として、いまだに債務を非難している。将軍や提督たちは、定期的に連邦議会でその旨を証言している。しかし、もう議論の余地はないだろう。債務ではなく、長期停滞[secular stagnation](それによって、不安定な金融状況によってのみ満足のいく成長が達成される)の方が、はるかに差し迫った国家安全保障上の懸念なのだ。結局のところ、低成長に直面した緊縮財政と投資不足が、ハンガリーのヴィクトール・オルバンやブラジルのジャイル・ボルソナロのような不安定化する独裁政権を生み出すかを、世界は10年間も実証してきたのだ。
(中略)
産業政策[industrial policy](広義には、経済の再構築を目的とした政府の行動)を提唱することは、かつては恥ずべきことだと考えられていた。40数年の中断にもかかわらず、産業政策は深くアメリカ的である。ヘンリー・クレイのアメリカン・システムから、ドワイト・D・アイゼンハワーの州間高速道路網、リンドン・ジョンソンの偉大な社会(グレイト・ソサエティ)に至るまで、アメリカの歴史を通じて受け継がれてきた伝統である。
産業政策への回帰は、単に数十年前にこの国がやり残したことを取り戻すだけであってはならない。特定のセクターで勝者を選ぶことに注力するのではなく、月に人類を送り込む、ネット・ゼロ・エミッションを達成するといった大規模な使命(ミッション)に政府が投資することに注力すべきだというコンセンサスが生まれつつある。
(中略)
もう一つの理由は、他国、特にアメリカの競争相手がそれを実践していることだ。習近平国家主席が主導している「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025、Made in China 2025)」戦略は、中国を商業と軍事の両分野でテクノロジーと先端製造業のリーダーへと飛躍させることを目的とした、10年間の青写真である。正確な見積もりは難しいが、中国の補助金だけでも数千億ドルに達する。こうした投資は、人工知能、太陽エネルギー、5Gなど、多くの専門家たちが、中国はアメリカと肩を並べるか、既に上回っていると確信している、いくつかの分野で、大きな成果を上げている。
もしワシントンが民間部門の研究開発に大きく依存し続ければ、その研究開発は長期的な革新的な進歩ではなく、短期的な利益を生む応用に向けられているので、アメリカ企業は中国企業との競争で負け続けることになるだろう。そして、危機の際に、軍事技術からワクチンに至るまでの必需品を生産するのに必要な製造基盤が欠如すれば、アメリカは更に不安定を増すだろう。(翻訳は引用者)
(引用終わり)
サリヴァンとハリスは、政府が産業政策を通じて巨額の投資を行うべきこと、そして、中国が産業政策を行っているのだから、競争に勝つためには、アメリカも産業政策を実施すべきであることを訴えている。サリヴァンは国家安全保障問題担当大統領補佐官であり、ハリスは、国家安全保障会議と国家経済会議の両方に所属する、国際経済・労働担当上級部長を務めた。これは、ジェイク・サリヴァンをはじめとする、バイデン政権の最高幹部たち産業政策の実施が、経済対策や景気対策の域を超えて、安全保障の問題であると考えていることを示している。
(貼り付けはじめ)
アメリカは新しい経済哲学を必要としている。外交政策の専門家たちがそれを助けることができる(America Needs a New Economic Philosophy. Foreign Policy Experts Can
Help.)
-アメリカは、経済政策を誤れば、大戦略を正しいものにすることはできない。
ジェニファー・ハリス、ジェイク・サリヴァン筆
2020年2月7日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/02/07/america-needs-a-new-economic-philosophy-foreign-policy-experts-can-help/
アメリカの外交政策立案者たちは今、力がますます経済的な尺度で測定され、行使される世界に直面している。権威主義的資本主義(authoritarian capitalism)が、主流モデルになっている市場民主政治体制(market democracy)として挑戦しており、技術的混乱、気候変動、格差が政府と国民の間の結びつきを緊張させている。このような世界では、少なくとも他の何よりも経済が、地政学(geopolitics)におけるアメリカの成功と失敗を左右する。
ソヴィエト連邦が享受したことのないレヴェルの経済力と影響力を既に獲得している中国への対応となれば、なおさらだ。軍事力が重要であることに変わりはないが、米中間の新たな大国間競争は、結局のところ、それぞれの国がいかに効果的に自国の経済を管理し、世界経済を形成するかにかかっている。
共和国成立の初期から第二次世界大戦後までのアメリカの歴史を振り返って見ると、大戦略(grand
strategy)の変化により、重商主義(mercantilism)から自由放任絶対主義(laissez-faire absolutism)、ケインズ主義(Keynesianism)から新自由主義(neoliberalism)へ、経済哲学(economic philosophy)の変化が時々必要となった。その変更を確実な者にするため、国家安全保障(national security)に関する議論が重要であることが証明されている。アメリカが新たな大国間競争(great-power competition)の時代に入り、格差、テクノロジー、気候変動などの強力な要素と闘っている今日も同様である。
これまでと同様、アメリカは過去数十年間に拡大した経済イデオロギー(不完全に新自由主義と呼ばれることもある)を超えて、経済の運営方法、経済が果たすべき目標、そしてそれらの目標を達成するために経済をどのように再構築すべきかを再考する必要がある。
そしてこれは経済的であると同時に地政学的な義務でもある。そしてこれまでと同様、国家安全保障と外交政策のコミュニティは、この国内経済政策の議論において積極的な役割を果たし、必要な改革を提唱し実現を支援すべきである。
今日、国内政策の穏健な専門家たちは、経済学者たちが多くのことを間違えており、重大な修正が必要であることを受け入れ、真の清算を経験している。その結果、労働者の力、資本への課税、独占禁止政策、公共投資の範囲などに関する議論に著しい変化が生じている。対外政策の専門家たちは、アメリカの競争力を強化するために何が必要かをより重視し始めたが、同じような基本的な清算はしていない。外交政策の専門家たちは、国内外を問わず、自国の経済前提において何を変える必要があるのか、より鋭く体系的な感覚を養うべき時が来ている。
過去3年間、ドナルド・トランプという国家的緊急事態(national
emergency)に対処するため、外交政策に取り組む民主党と反トランプの共和党が団結して、同盟、価値観、制度に関する一連の重要な提案の中核を擁護してきた。そうすることで、経済に関する難しい質問についての意見の相違を無視したり、回答を避けたりする傾向があった。そして過去30年にわたり、外交政策の専門家たちは経済学に関する質問を国際経済問題を担当する小さな専門家コミュニティにほとんど丸投げしてきた。
その理由の1つは、経済学と外交政策は異なるものであるべきだという考えからきている。あたかも両者を混ぜ合わせると、長い間客観的な科学として扱われてきた経済学が、地政学の利己的な影響によって汚されてしまうからと考えられた。また、外交政策のエリートたちが、アメリカ社会の他の多くの人々と同じように、この経済学の正統性を内面化し、委任が単なる便宜的な問題であるかのように信じ込むようになったことも一因である。例えば、バラク・オバマ政権とジョージ・W・ブッシュ政権が、国内経済政策ではこれほど異なるアプローチを採用していたのに、環太平洋経済連携協定(TPP)から国際通貨基金(IMF)に至るまで、対外経済政策ではほぼ同じアプローチをとっていたのはこのためだ。
しかし、外交政策の専門家は、新たな経済政策論争を傍観する必要はないし、むしろ傍観すべきではない。過去において、アメリカの大戦略はその時々の経済理論に基づいて構築されてきた。例えば、アメリカは建国当初、重商主義(mercantilism)に基づく帝国を退けていた。フランスやイギリスのような既成勢力に勝てないことは百も承知だったが、アメリカは重商主義を否定し、代わりに自由貿易モデルを採用し、その普及に貢献した。実際、アメリカがアダム・スミスやデイヴィッド・リカードに早くから傾倒していたのは、地政学的に生き残るためでもあった。
冷戦時代にも似たようなことがあった。アメリカ政府は、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズによって提唱された処方箋を用い、第二次世界大戦後の数十年間、ソ連経済が太刀打ちできないペースで経済成長を達成した。これは、公共投資(public investment)と、完全雇用(full employment)を優先する金融政策によって、消費者需要と工業生産を刺激するというものだった。歴史は、当時のケインズ主義の台頭を、世界大恐慌(Great Depression)と世界大戦に対する明白で必然的な対応として解釈する傾向があるが、冷戦の初期には、このアプローチが正統派として定着することは明確ではなかった。
1933年から1944年まで国務長官を務めたコーデル・ハルや、ヴェテランの外交官ジョージ・ケナンのようなアメリカの国家安全保障の専門家を含むさまざまな人物たちが、ソヴィエトに打ち勝つには、大恐慌前の数十年間に主流だった自由放任主義の経済哲学を捨てることが必要だと主張したからである。ケナンは冷戦初期に、より拡張的な経済学を主張する際に、1930年代の外交政策の惨状は、1920年代の「失われた機会(lost opportunities)」に起因すると主張した。
歴史は再びノックを鳴らしている。中国との競争の激化と国際政治・経済秩序の変化は、現代の外交政策当局に同様の本能を呼び起こすはずだ。今日の国家安全保障の専門家たちは、過去40年間主流だった新自由主義経済哲学を乗り越える必要がある。この哲学は、個人の自由と経済成長の両方を最大化する最も確実な道としての競争市場に対する反射的な信頼と、それに対応する政府の役割は、財産権の行使を通じて競争市場を確保することに限定されるのが最善であり、市場の失敗という稀な事例にのみ介入するという信念に要約される。
外交政策の専門家たちが次の経済哲学を考え出す必要はない。その任務はより限定的であり、新自由主義の後に何が起こるべきかについて展開中の議論に地政学的視点を提供し、その後、新たなアプローチが出現したときに国家安全保障を主張することである。
この目的を達成するために、外交政策コミュニティは多くの古い思い込みを捨てる必要がある。経済学の主流派からは、従来のアプローチの最も有害な要素が捨て去られつつあるが、外交政策の会話には、ある種の決まり文句がまだ残っている。
第一に、政策立案者たちは、過少投資(underinvestment)が国家安全保障にとって、アメリカの国家債務よりも大きな脅威であることを認識すべきである。ワシントンの内外で毎年開かれる会合で、上級の国家安全保障専門家たちは、国家安全保障上の脅威の筆頭として、いまだに債務を非難している。将軍や提督たちは、定期的に連邦議会でその旨を証言している。しかし、もう議論の余地はないだろう。債務ではなく、長期停滞[secular stagnation](それによって、不安定な金融状況によってのみ満足のいく成長が達成される)の方が、はるかに差し迫った国家安全保障上の懸念なのだ。結局のところ、低成長に直面した緊縮財政と投資不足が、ハンガリーのヴィクトール・オルバンやブラジルのジャイル・ボルソナロのような不安定化する独裁政権を生み出すかを、世界は10年間も実証してきたのだ。
これはなにも、借金や赤字が決して問題ではないということではない。むしろ、それは良い借金と悪い借金の区別を強調することであり、この点は現在経済界で広く受け入れられている。アメリカの国家安全保障コミュニティは、当然のことながら、中国に対するアメリカの長期的な競争力を決定するインフラ、テクノロジー、技術革新、教育への投資を主張し始めている。成長、インフレ、金利が全て遅れているため、政策立案者たちは、アメリカにはこれらの投資を行う余裕がないというシンプソン・ボウルズ委員会に遡る(そして2021年に民主党が大統領に就任すれば戻る可能性が高い)議論に怯えるべきではない。
しかし、悪い借金は中長期的な成長の可能性を高めることなくリスクを生む。トランプ政権の2018年税制法案は、1兆5000億ドルから2兆3000億ドル(2009年の景気刺激策の2倍から3倍)の値札を掲げており、高価な教訓となっている。企業やアメリカの富裕層に対するトリクルダウン減税を、アメリカの低・中所得層から富裕層へ何兆ドルも再分配するゾンビ・イデオロギーとしか見なせないほど、棺桶に釘が刺さりすぎている。
企業やアメリカの富裕層へのトリクルダウン減税という考えは信用できない。それは単に、アメリカの中低所得層から富裕層へ何兆ドルも再分配するものであり、外交政策専門家たちはそれを否定すべきである。
第二に、産業政策[industrial policy](広義には、経済の再構築を目的とした政府の行動)を提唱することは、かつては恥ずべきことだと考えられていた。40数年の中断にもかかわらず、産業政策は深くアメリカ的である。ヘンリー・クレイのアメリカン・システムから、ドワイト・D・アイゼンハワーの州間高速道路網、リンドン・ジョンソンの偉大な社会(グレイト・ソサエティ)に至るまで、アメリカの歴史を通じて受け継がれてきた伝統である。
産業政策への回帰は、単に数十年前にこの国がやり残したことを取り戻すだけであってはならない。特定のセクターで勝者を選ぶことに注力するのではなく、月に人類を送り込む、ネット・ゼロ・エミッションを達成するといった大規模な使命(ミッション)に政府が投資することに注力すべきだというコンセンサスが生まれつつある。
産業政策に立ち返るべき最大の地政学的理由は気候変動だ。炭素に課税するだけでは気候変動に対処できない。それには、研究開発、新技術の展開、気候に優しいインフラの開発を通じて脱炭素アメリカ経済(post-carbon U.S. economy)への移行を裏付ける、計画的かつ方向性のある公共投資の急増が必要となる。
もう一つの理由は、他国、特にアメリカの競争相手がそれを実践していることだ。習近平国家主席が主導している「中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025、Made in China 2025)」戦略は、中国を商業と軍事の両分野でテクノロジーと先端製造業のリーダーへと飛躍させることを目的とした、10年間の青写真である。正確な見積もりは難しいが、中国の補助金だけでも数千億ドルに達する。こうした投資は、人工知能、太陽エネルギー、5Gなど、多くの専門家たちが、中国はアメリカと肩を並べるか、既に上回っていると確信している、いくつかの分野で、大きな成果を上げている。
もしワシントンが民間部門の研究開発に大きく依存し続ければ、その研究開発は長期的な革新的な進歩ではなく、短期的な利益を生む応用に向けられているので、アメリカ企業は中国企業との競争で負け続けることになるだろう。そして、危機の際に、軍事技術からワクチンに至るまでの必需品を生産するのに必要な製造基盤が欠如すれば、アメリカは更に不安定を増すだろう。
第三に、政策立案者たちは、あらゆる貿易協定が良い貿易協定であり、より多くの貿易が常に解決策であるという通念を乗り越えなければならない。細部が重要なのだ。TPPをどう考えるにせよ、国家安全保障コミュニティは、その実際の中身を探ることなく、疑うことなくTPPを支持した。アメリカの貿易政策は、長年にわたってあまりにも多くの過ちを犯してきた。
ノーベル賞受賞者で経済学者のポール・クルーグマンは最近、中国の世界貿易機関(WTO)加盟がアメリカ国内の地域社会に与える影響について、「物語の重要な部分を見逃していた」と指摘し、この問題について謝罪の意を表明した。彼は、デイヴィッド・オーサー、デイヴィッド・ドーン、ゴードン・ハンソンらによる、アメリカの雇用が中国に奪われ、1990年代後半の議論では伝統的な経済学者たちによって否定されていた、劇的な雇用の喪失を記録した研究に、部分的に反応したのである。
新しい思想家たちはまた、個々の合意を超えて、今日の経済に適用される貿易理論の基本前提の一部に疑問を投げかけている。例えば、原則として損失者が補償される限り、貿易は必然的に双方の生活を豊かにするという考えは、経済学の分野で当然の圧力に晒されている。これは、法人税を広範囲に分配するどころか、そもそも法人税を徴収することでその利益を利用してきたアメリカの恐るべき実績を考えると特に当てはまる。
貿易に対するより良いアプローチは、貿易から得られる理論的利益の多くを損なうタックスヘイブン(租税回避地)や抜け穴をより積極的に標的にすることである。また、企業投資のために世界を安全にするのではなく、アメリカ国内の賃金を向上させ、高賃金の雇用を創出することに焦点を当てるべきである。例えば、ゴールドマン・サックスのために中国の金融システムを開放することが、なぜアメリカの交渉の優先事項なってしまうのか?
また、対外貿易政策を労働者や地域社会への国内投資と結びつけ、貿易調整を中途半端な約束に終わらせないようにすべきである。
うまく行けば、別のコースで経済的利益だけでなく、戦略的利益も得られるはずだ。ほんの一例を挙げると、TPPには存在しない為替操作(currency manipulation)に関する規定は、アメリカの中産階級を助けるだけでなく、複数の大陸にわたって中国の力を強化するために設計された一連のインフラプロジェクト、中国が進める一帯一路構想(Belt and Road Initiative、BRI)のような取り組みに資金を提供する能力を制限することによって、アメリカの戦略的地位をも助けるだろう。中国は一帯一路の資金の多くを外貨準備の備蓄を通じて賄ってきた。この外貨準備は、輸出の競争力を高めるため、自国通貨の価値を下げるために外国為替市場に何年も大規模な介入を行って蓄積したものである。
第四に、外交政策の専門家たちは、アメリカを拠点とする多国籍企業にとって良いことが、必然的にアメリカにとっても良いことであるという考えを捨てなければならない。アメリカの外交官は納税者の金で世界中を飛び回り、アメリカ企業が外国で契約や取引を勝ち取るよう働きかけている。しかし、こうした契約や取引によって創出される雇用は、アメリカ国内ではなく海外で創出されることがあまりにも多く、利益の全てまたは大部分は、アメリカの労働者や地域社会ではなく、投資家にもたらされる。
製薬業界を例にとれば、アメリカは医薬品開発において誰もが認めるリーダーであり、アメリカの交渉担当者の多くは医薬品を輸出の強みの源泉とみなしてきた。そのため、アメリカの貿易取引では大手製薬企業に対して寛大な条件が提示されている。知的財産(intellectual property)はアメリカが所有しているが、有効成分のほとんどは海外で製造されている。これはグローバル化の当然の事実のように聞こえるかもしれない。しかし、アメリカの医薬品の最大の輸入元は低賃金国ではなく、アイルランドとスイスである。
これは世界資本が低賃金国に移動しているということを示していない。それは税金逃れのために起こっている。カリフォルニア大学バークレー校の経済学者ガブリエル・ザクマンの試算によると、アメリカ企業が利益をアイルランドやスイスなどの税制の緩い管轄区域に移しているため、アメリカ政府は年間700億ドル近くの税収を失っているという。これは毎年徴収される法人税収のほぼ20パーセントに相当する額だ。
その結果、経済学者のブラッド・セッツァーが示したように、現在、アメリカの医薬品貿易赤字は民間航空の黒字を上回っている。実際、アメリカはスマートフォンよりも多くの医薬品を輸入している。アメリカ政府が、アメリカの利益から完全に乖離した業界にこれほど多くの政治資金を投じるべきかどうか、その答えは決して明白ではない。
政府による企業擁護は特権であり、権利ではない。今後のアメリカの政権は、海外で活動するアメリカ企業のために外交的影響力を行使するかどうか、またその方法を決定する際に、税制と歳入を考慮に入れるべきである。
最後に、外交政策の専門家の助けが自ら答えを導き出す中心となる分野がいくつかある。好例の1つは、独占禁止政策(antitrust policy)の再活性化に関して現在進行中の活発な議論だ。経済の集中(economic concentration)が低成長、賃金の停滞、不平等の拡大と関連している証拠を踏まえると、新たな経済的コンセンサスがどのような形で現れても、新たな形の独占禁止法が必要な要素となるだろう。
しかし、例えばアメリカが大規模なテクノロジー・プラットフォームを解体する場合、ワシントンが新たな国際的独占禁止法戦略も導入しない限り、中国のハイテク巨大企業に世界的な市場シェアを譲り渡すだけだと懸念する声もある。特に、戦略的技術の数々が天秤にかかっていることを考えると、外交政策コミュニティは、それらがどこで、どのように生産されるかについて、何か言うべきことがあるはずだ。
より広く言えば、国家安全保障上の懸念によって引き起こされる議論と、それを代弁する指導者たちは、しばしば、どのアイデアに価値があり、どのアイデアが真剣であるとみなされ、どのアイデアがそうでないかを決定する、強力な検証の源である。経済を管理し成長させる方法に関する新しい常識は、外交政策コミュニティがそのケースを説明する手助けをすれば、より容易に定着するだろう。
そして何よりも重要なのは、今日の世界に対する新たな大戦略(grand strategy)は、その背後にある経済哲学と同じ程度のものでしかないということである。過去の思い込みは、とりわけ国内の混乱と、アメリカの対中アプローチにおける弱点や盲点を招いた。今こそそれを捨てる時だ。外交政策界は積極的に新しい経済モデルを模索すべきである。アメリカの国家安全保障はそれにかかっている。
※ジェニファー・ハリス:ルーズヴェルト研究所研究員・ブルッキングス研究所非常勤上級研究員。2008年から2014年にかけて国務省政策企画局局員、2004年から2008年にかけて国家情報会議スタッフを務めた。ツイッターアカウント:@jennifermharris
※ジェイク・サリヴァン:カーネギー国際平和財団非常勤上級員。バラク・オバマ大統領次席アシスタント、2013年から2014年にかけてジョー・バイデン副大統領国家安全保障担当補佐官、2011年から2013年まで国務省政策企画局局長を務めた。
(貼り付け終わり)
(終わり)
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