アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、昨日から一部メディアでも報道され始めた、自民党が在京民放各局に対して、文書で「公正な報道」を行うように「要請」したことについて書きたいと思います。

 

 その経緯については、以下の西日本新聞の記事が大変詳しく報じていますので、是非お読みください。

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 萩生田光一代議士(東京24区)

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福井照代議士(高知1区)
 
 

政治と言論の自由・表現の自由、政治家による「言論弾圧」については、副島国家戦略研究所研究員・中田安彦(筆名:アルルの男・ヒロシ)氏の以下の論稿が大変参考になります。是非是非ご一読ください。

 

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「「1340」橋下徹(はしもととおる)大阪市長や一部大阪市特別顧問による「週刊朝日」に対する“言論弾圧”問題について考える。言論の自由が死ぬときとは、デモクラシーが死ぬときである。2012年11月5日」→ http://www.snsi.jp/tops/kouhouprint/1631
 

※論稿へはこちらを押していただければそのページまですぐに移動できます。


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 今回の民放各局への文書について、私は以下の3点の論点について書きたいと思います。

 

①表現の自由を侵害していること

 

 上記の中田安彦氏の論稿を敷衍して考えると、今回の自民党の行動は、「表現の自由と言論の自由に対する圧力である」と私は考えます。中田氏は論稿の中で、藤原弘達(40代以上には懐かしい名前です。私が子供の頃はTBSの「時事放談」に細川隆元と出ていました)の著書『創価学会を斬る』を巡る、公明党と創価学会による出版妨害事件を取り上げた小室直樹博士の著作『田中角栄の大反撃』(光文社、1983年)から一節を引用しています。その引用部分は以下の通りです。

 

(引用開始)

 

 公明党が、藤原弘達(引用者注:政治評論家)著『創価学会を斬る』を闇にほうむり去るために陰謀をたくましゅうしたという記事が『赤旗』(引用者注:日本共産党機関紙)にのったのだ。サア、これから一年、この事件をめぐって、日本国中、ひっくりかえるような大騒ぎになってしまった。

 

 結果は、誰でも思い出すように、弘達側の圧勝、創価学会・公明党の無条件降伏に終わったのであったが、ここで、決して忘れてはならないことがいくつかある。

 

 その一つは、この事件における田中角栄の役割である。この出版の自由妨害劇は、ときの自民党幹事長田中角栄が、直接の関係は何もないのに、竹入公明党委員長に頼まれて、『創価学会を斬る』をほうむるべく、ノコノコと介入してきて、藤原弘達と対面するところから幕開きとなる。

 

角栄は、なんとか出版を思いとどまらしむるべく、せめて配布を制限せしめるために、おどしたり、すかしたり、利益を提供したりしてお得意の手練手管をあらんかぎりをつくして、弘達をかきくどいたのだが、そこは言論の自由の立役者として大見得を切って大向うをうならせたくてウズウズしている弘達にとっては、オットセイの面に水だ。『男角栄一生の借りができる』とまでいうのを断乎としてはねつけたので、大向うの見巧者(みごうしゃ)から「藤原屋ア」と声がかかった、いや、恩師丸山真男教授から絶賛激励の葉書を拝領することにあいなった。(『田中角栄の大反撃』、130-31ページ)

 

(引用終わり)

 

 中田氏によると、小室直樹博士は田中角栄を徹底的に擁護していますが、この出版妨害に関与したことについては、「彼の行為は言論弾圧であり、デモクラシーに反するもので、絶対に許せない」と言っていたということです。(中田安彦氏のブログ「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報」2011年7月5日付記事「松本龍復興大臣の「オフレコ・終わり」発言は憲法問題の可能性」から→http://amesei.exblog.jp/13980322/

 

 当時の田中角栄は自民党幹事長でありました。与党の幹事長であり、次期首相の呼び声も高かかった大政治家(実際にこの数年後には首相になります)で、衆議院議員であった田中角栄が当時の公明党委員長竹入義勝から依頼を受けて、藤原弘達に出版を思いとどまるように「要請」し、「説得」を試みたのですが、失敗に終わりました。この時に藤原弘達の態度こそが言論と表現の自由を守る気概に満ちたものです。今回の自民党の文書は、この言論出版妨害事件によく似た種類のものです。

 

 また、今回の出来事は、少なくとも2名の国会議員が憲法違反を犯したという可能性が高いものです。まずは日本国憲法の以下の条文をお読みください。

 

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第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

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 国会議員は特別職公務員であり、その行動は24時間人々の目に晒され、プライヴァシーもかなりの制限を受けます。それは彼らが選挙で有権者の審判を仰ぐ立場にあり、有権者にはあらゆる情報が判断材料として与えられていなければならないのです。そうしたことが嫌ならば、誰にも強制されていないのですから国会議員を辞めればよいだけの話です。萩生田光一衆議院議員(東京24区)と福井照衆議院議員(高知1区)は、上記2つの憲法の条文に違反しているとさえ言えると思います。それは、「憲法に定められた表現の自由に対して、憲法遵守義務がある衆議院議員2名が圧力を加えた」ということになるからです。

 

「公務員による言論弾圧」という批判に対しての備えなのか、自民党の文書には「筆頭副幹事長 萩生田光一 報道局長 福井照」と名前と政党での役職名が記されています。「一政党(政治結社)である自民党が民放各局にお願いをしているだけなのです。言論弾圧なんてとんでもないです」という反論ができるように意図してのことでしょう。

 

②日本特有の「要請」が充分に圧力になっていること

 

 「一政党である自民党」からの「要請」と言うと、一見、「お願い」のようです。体裁は確かにその通り、「このようにしてもらえませんか」となっていますが、実際は「圧力(命令ではないにしても)」です。自民党は2014年11月11月28日に衆議院が解散されるまで294議席、参議院では現在も114議席を有する第一党です。行政府の長である内閣総理大臣をはじめ閣僚の大多数を占め、国会においても各委員会の委員長の多くを占めています。

 

 与党である自民党がその影響力と力を背景にしながら、「要請」することが果たして、ただの「要請」で済むでしょうか。日本政治研究、特に海外での場合においては、行政府による民間に対する「行政指導」や「要請」は実質的に「命令」であったことは明らかにされています。こうした「命令」に従わねば、直接、間接で嫌がらせや妨害活動をされ、最悪の場合、民間企業は倒産してしまうこともありました。こうした状況下、権力側からの「要請」「指導」という言葉は「命令」と捉えられることになりました。

 

 今回の文書による「要請」もやはり「命令」の意味が濃いものと捉えられます。自民党の意向に沿わねば、どういう報復があるかという思いが民放側にあったことでしょう。そんな中で、「こんなものは言論に対する圧力であるから受け取りを拒否します」と毅然と対応できなかったのは、大変に残念なことです。日本における「国家と社会の関係」はまだまだ国家側に大きく傾いているということを改めて実感させられました。

 

③番記者と記者クラブ制度の抱える問題を含んでいること

 

 以下の西日本新聞の記事は、今回のことについて詳しく報じています。この記事の中で、「文書は衆院解散前日の20日付で、自民党総裁特別補佐の萩生田光一筆頭副幹事長が自民党記者クラブに所属する各局の責任者(キャップ)を個別に呼び出し、手渡していた」という記述があります。

 

 自民党が民放テレビ各局の報道姿勢について真剣に疑義を持ち、公正ではないと考えるのなら、文書を各局の上層部、社長や役員レヴェルに届けようとするでしょう。自民党の幹部が民放各局にこの旨を伝えるために出向いた場合、各局も幹部社員を出して対応することになるでしょう。または、内容証明付きの郵便を利用するでしょう。そしえt、こうした行動を取ったことをきちんとウェブサイト等で広報するでしょう。

 

 しかし、そのような行動ではなく、自民党本部にある記者クラブに詰めている記者を一人一人に対して、文書を手渡しています。これでは民放各局の責任のある立場の幹部社員にきちんと届くのかどうかわかりません。今回の文書はその程度のものです、と自民党側は言うのかもしれませんが、内容を見れば、事細かに報道の仕方に対する要請(注文)を行っています。

 

 自民党記者クラブに詰めている記者の中の責任者(キャップ)の姿勢にも疑問が残ります。これは重要な文書ですから、私ではなく、本社の幹部社員に直接渡してください、私はメッセンジャーボーイではないし、このような文書を扱う権限はありませんとはっきりと言って、このようなことがありましたと報道するか、これは言論と表現の自由に対する圧力になる可能性がある文書ですから、受け取りを拒否しますと対応すべきかではないかと思います。

 

 それなのに、唯々諾々と受け取っておいて、そのことをすぐに報道しないということは、記者クラブも記者クラブに詰めている記者たちも、民放各局に所属していながら、実際には半分は自民党の広報部員のような気持ちでいるのだと思います。このような、なぁなぁの姿勢で、現在の与党に対して厳しい報道ができるでしょうか。

 

 日本特有の精度である記者クラブ制度と番記者制度についてはこれまでも問題点が色々と指摘されてきました。今回の文書手渡しも、これらの制度が持つ問題点を浮き彫りにしています。政治家たちとマスコミの記者たちが必要以上に接近し(懐に飛び込むという表現があり、これが賞賛されているようです)、馴れ合いが起き、結果として厳しい報道ができないし、言論に対する圧力にも鈍感になっていると私は考えます。

 

 自民党が民放各局に対して出した文書の問題は、①公務員による言論に対する圧力、②表向きは「要請」であるが、実際には「圧力」であること、③記者クラブと番記者制度も大いに問題である、ということになると思います。

 

 今回のことは、衆議院解散の日に、安倍晋三総理大臣が出演したテレビ番組で、アベノミクスに対して批判的な一般の人々のインタヴュー映像が多く流されたとして、安倍氏が感情的になって、「悪く言うインタヴューばかり選んだのでしょう」と発言したことを受けてのことであったと言われています。

 

 このような安倍晋三自民党総裁の「安倍氏らしさ」も有権者にとって重要な判断材料になります。「あんなにすぐに感情的になるのは政治家としてどうなのだろうか、一国の首相として厳しい国際交渉などできるのだろうか」「あんなに余裕もなくむきになるというのは、アベノミクスが本当はうまくいっていないのではないか」と私は考えます。それを覆い隠そうとする自民党、自党に対する批判に耐えられない自民党はデモクラシーに逆行する動きをしようとしています。そういうことをすればするほど、国内的にも、国際的にも自分で自分の首を絞めることになります。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「自民、選挙報道に注文 テレビ各局に異例の文書」

 

西日本新聞 2014年11月28日

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/article/129850

 

 自民党が在京テレビ各局に「選挙時期に一層の公平中立な報道」を求める文書を出していたことが27日、分かった。文書は衆院解散前日の20日付で、自民党総裁特別補佐の萩生田光一筆頭副幹事長が自民党記者クラブに所属する各局の責任者(キャップ)を個別に呼び出し、手渡していた。自民党幹事長室は西日本新聞の取材に「こうした文書を出すのは恐らく初めてだ。圧力をかけるつもりはない」と説明したが、「報道への圧力」と批判が出ている。

 

 文書は萩生田氏と福井照自民党報道局長の連名で、各局の編成局長と報道局長に宛てた。「衆院選挙は短期間であり、報道の内容が選挙の帰趨(きすう)に大きく影響しかねない」とし、番組出演者の発言回数や時間、ゲスト出演者の選定に公正を期し、街頭インタビューや資料映像も一方的な意見に偏らないように求めている。

 

 さらに「あるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題となった事例も現実にあった」と言及。1993年に当時のテレビ朝日報道局長が「反自民連立政権を成立させる手助けになるような報道をしよう」などと述べ、放送免許取り消し処分が検討された経緯を指したとみられる。

 

 文書について複数の関係者は、安倍晋三首相が解散を表明した18日、TBSの「NEWS23」に出演し、強い不快感を持ったことがきっかけと証言している。 番組は景気回復の実感を街頭の市民にインタビューし、放送された5人のうち4人が「全然恩恵を受けていない」などと疑問視する趣旨の発言をした。首相はすかさず「街の声ですから、皆さん(TBSが)選んでおられると思います。おかしいじゃないですか」と局側を批判した。

 

 TBS広報部は「放送内容に問題があるとは思っていない。これまでと同様、公正中立な報道に努める」と話した。日本テレビ、フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京も文書を受け取ったことを認め「これまで通り公正中立な報道を行う」などとコメントした。NHKは「文書を受け取ったかどうかを含め、個別の件には答えられない」としている。(東京政治取材班)

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)