古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:稲田朋美

 古村治彦です。

 今回は『日本会議の正体』という本を皆さんにご紹介します。このブログでは、以前に『日本会議の研究』という本を皆様にご紹介しました。今回の本もまた、日本会議をテーマにしています。私の個人的な感想では、『日本会議の正体』の方が私の興味関心、問題意識を満足させてくれるものでした。私の興味関心は、日本会議を支える宗教界、特に神社本庁の関わりと財政的支援や日本会議の源流となった80年代くらいまでの生長の家の活動や主張などでしたが、これらについて、著者の青木氏は丹念に追っています。『研究』と『正体』を読むと、現在の日本社会と日本政治の状況が掴めると思います。そして、現状は無関心ではいられないと思わせてくれます。


 
 

 日本会議の事務局を支えているのは、生長の家の信者であった椛島有三事務総長をはじめとする人々です。『日本会議の研究』では、椛島有三、安東巖、伊藤哲夫といった生長の家の信者で若い時から草の根保守運動に関わってきた人々について丁寧に描かれていました。『日本会議の正体』では、日本会議を動員や財政面で支える神社本庁の動きについて詳しく描かれています。私が驚くのは、明治神宮の動きです。

 

明治神宮はお正月ともなれば初詣客が押し寄せその数は日本一です。また、神宮球場(東京六大学野球、東都大学野球、東京ヤクルトスワローズの本拠地で恐らく日本で一番忙しい球場でしょう)や明治記念館(結婚式場として有名)といった優良施設を都心に構え、その売り上げが110億円にも上るということです。そして、豊富な資金力や動員力を使って、日本会議や日本会議が行うイヴェントを支えているということです。明治神宮に初詣に行く人や明治記念館で結婚式を行う人の中には、神社本庁や日本会議が目指す改憲に反対の人もいるでしょうが、そうした人たちのお金もこうした運動に使われていることになるということは驚きでした。

 

 この『日本会議の研究』では、生長の家の開祖である谷口雅春の教えや主張についても紙幅が割かれています。「谷口雅春」「生長の家」という言葉は知っていましたが、私が物心つくころには、生長の家は政治から撤退し(1983年、優生保護法の改正で自民党が努力をしなかったことが原因だそうです)、それ以降は、政治とは距離を取り、現在はリベラル寄りで、安倍政権に批判的になっているとのことです。

 

 谷口雅春が書いた本が『生命の實相』で、これはこれまでに約1900万部も出た本だそうです。病気になった人たちがこの本を読んで治ったという体験を持つのだそうで、鳩山一郎元首相も脳出血で倒れ体が不自由になってから読んでいたそうです。生長の家は、出版宗教と呼ばれていたほどで、多くの本やパンフレットを出して布教をしていました。こうなると、ある程度本を読むことができる、慣れている、好きだという人たちが多くなり、インテリが多いとも言われていたそうです(開祖の谷口雅春は早稲田大学中退で、文章がうまかったということです)。

 

 谷口は戦後、GHQから執筆追放処分となりましたが、1969年に『占領憲法下の日本』という本を出しました。推薦文は三島由紀夫が書いています。三島は、自分の祖母も病身で、枕元には『生命の實相』があったとその中で書いています。この本の中で、谷口は次のように書いているそうです。「すなわち『主権は国民にありと宣言し』の原稿占領憲法の無効を暴露する時機来たれりと宣言し、『国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗に承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ』(帝国憲法発布勅語)と仰せられた本来の日本民族の国民性の伝統するところの国家形態に復古することなのである」。

 

 この言葉は、現在、自民党内部でも強硬派と呼ばれる西田昌司議員や稲田朋美議員が述べている、「国民主権が間違っている」「国民の生活が第一なんて政治は間違っている」という発言の源流であることが分かります。そして、彼らはこれまでの人類の発展と進歩の歴史に逆行しようとしています。自民党の片山さつき議員もこうした人々の仲間の1人です。こうした人々が作ったのが「自由民主党憲法改正草案」です。この立憲主義とは何かも理解していない人々が作った文書については、『憲法改正のオモテとウラ』(舛添要一著、講談社現代新書、2014年)と『自民党憲法改正草案にダメ出し食らわす!』(小林節、伊藤真編集、合同出版、2013年)で厳しく批判されていますので、これらをお読みください。




  

 稲田議員は『日本会議の正体』の後半部でインタヴューに応じています。日本会議関係者のほとんどがインタヴューを拒否した中で、自民党政調会長であった稲田氏がインタヴューを受けたことには敬意を表したいと思います。稲田氏は、インタヴューの中で、日本会議や生長の家の元信者(原理主義者たち)とは微妙な温度差を見せています。政教分離であるとか、南京事件に対する評価などでは穏健な考えを示しています。しかし、こうしたインタヴューに答え、原理主義者たちに比べて比較的穏健な考えを述べれば、印象が良くなるという計算もあるでしょうから、言葉を額面通りには受け取ることはできません。

 

 青木氏は『日本会議の正体』の最後で、日本会議の正体について「戦後日本の民主主義体制を死滅に追い込みかねない悪性ウィルスのようなものではないかと思っている。悪デイであっても少数のウィルスが身体の端っこで蠢いているだけなら、多少痛くても多様性の原則の下で許容することもできるが、その数が増えて身体全体に広がりはじめると重大な病を発症して死に至る」と書いています。

 

 体が弱っている時に、そうではない時には何ともないのに、大きな病気を発症することがあります。今、日本は国力を落としながら、先進国としてどう着地しようかと迷っている状況です。1960年代からの奇跡の経済成長時期とバブル崩壊までの時期で日本は相当な国富を貯めこんだはずです。それを少しずつ使いながら、システムを転換させる時期に来ています。しかし、私たちが不安に思っているのは、「貯めこんだ国富が残っているのか」「それを使えるのか」ということです。具体的には、アメリカ国債やカリフォルニア州債に化けている国富を取り戻すことができるのかということです。

 

今、私たちは「昔はよかった」という思いに駆られることが多くあります。日本は衰退しつつあるという現実を痛みを持って受け止めています。これは、人間の体で言えば、体力が落ちている状態と同じです。そうした時に、えてして、排外主義、外国との戦争に活路を見出すという動きが起きてきたことは世界の歴史が証明しています。

 

 今、日本は体力を落として弱っています。経済の低迷と少子高齢化による社会構造の変化といった「体調の変化(年相応の高齢化)」が体が弱っています。その弱った体で菌の均衡状態が崩れてしまっている状況です。それは国会の議席数を見ても明らかです。このような状況を脱し、早く均衡に戻れるようにしなくては、この状況を利用されてしまって、再び外国とぶつけられてしまって、亡国の道を進むということもあり得ます。

(終わり)





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 古村治彦です。

 

 今回はワシントン・ポスト紙が報じた森友学園を巡るスキャンダルの記事をご紹介します。このスキャンダルは籠池氏が宣誓証言をしたことで、彼の発言の重要性が増し、終息には向かわないであろうと書かれています。

 

 また稲田大臣の森本学園とのかかわりを巡る発言の混乱で、辞任を求める声が広がっていることが紹介されています。

 

 このスキャンダルは、今週末にどのような動きを見せるか、具体的には、日本維新の会の党内(大阪ウイングとそれ以外)と党外(対自民党、対公明党)でどのような動きを見せるかで来週に色々と動きが出ることが予想されます。そうなれば、ワシントン・ポスト紙の記事でフィールド記者が書いているように、この問題はすぐには終息しないということになります。

 

(貼り付けはじめ)

 

日本の安倍首相は極右の学校に秘密の寄付をしたと追及される(Japanese Prime Minister Abe accused of giving secret donation to far-right school

 

アンナ・フィールド筆

2017年3月23日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/japanese-nationalist-school-boss-says-prime-minister-gave-him-a-secret-donation/2017/03/23/5d8f5322-0fdc-11e7-ab07-07d9f521f6b5_story.html?utm_term=.97d7be43983d

 

東京発。日本の首相を巡る政治論争は終息の兆しを見せない。国家主義的な学校の理事長が木曜日、宣誓をした上で、安倍晋三首相が彼に対して9000ドルの寄付をしたと述べた。

 

この嫌疑について安倍首相は強く否定しているが、これまで無敵だと見られてきた首相にダメージを与えている。今回のスキャンダルによって支持率が低下し、来月に解散総選挙をするのではないかという噂話が流れている。

 

今回の論争の中心にいるのは大阪の学校法人である森友学園である。森友学園は幼稚園を運営している。この幼稚園では、園児たちに、日本の近隣諸国に対して強硬な姿勢を撮っている安倍首相を応援させ、「邪悪な」韓国人と中国人と書いた文書を送った。

 

森友学園は小学校開設を計画していた。この小学校はもともと「安倍晋三記念小学校(Shinzo Abe Memorial Elementary School)」という名前を付けられていた。そして、安倍昭恵首相夫人を名誉校長に就任してもらっていた。

 

しかし、今年初め、森友学園が学校用地の土地を大幅な値引きを受けて購入していたことが発覚した。土地の価格は評価額の14%にまで引き下げられた。

 

格安の国有地売却によって、首相のイデオロギー上の同盟者のために好待遇をしたのではないかという疑いが広がった。

 

森友学園理事長籠池泰典氏は木曜日、国会の2つの委員会に出席し、安倍昭恵夫人が夫の代理で自分に寄付をくれたという主張を繰り返した。しかし、今回は籠池氏は宣誓をして発言をした。

 

籠池氏は参議院予算委員会で「安倍夫人は私どもの幼稚園に三回お越しになりました」と述べた。2015年9月の訪問で、籠池氏は安倍夫人と延長室で会ったと述べた。

 

籠池氏は「お付の方に席を外すように言われた後、部屋には私ども2人だけになりました。そこで、夫人は、“どうぞ、これをお取りください。安倍晋三からです”と私に仰って、100万円の入った封筒を寄付として私に下さいました」と述べた。この金額は現在の為替レートでは約9000ドルに相当する。

 

籠池氏は「安倍夫人は寄付を渡したことを否定され、全く覚えがないと仰っているとお聞きしましたが、私どもにとっては大変名誉なことですから、私ははっきりと覚えております」と述べた。

 

安倍首相の最側近である菅義偉官房長官は再び、疑いを否定した。そして、木曜日、安倍夫人に付いていた2人の政府職員は両方とも夫人の側を離れたことはないと否定した。もし2人が離れていれば籠池氏は安倍夫人とだけ会うことができたがそうではないということだ。

 

この問題について安倍昭恵夫人は木曜日夜に沈黙を破り、疑いに対する否定をフェイスブックに反論を掲載した。

 

スキャンダルの渦中、来月開講予定であった小学校開設認可申請は取り下げられ、森友学園は土地の返還を強制される。

 

しかし、籠池氏の証人喚問はいくつかのテレビチャンネルで放送され、疑いが再び明確にされた。これによって今回の論争がすぐに終息するということはなくなったと言える。

 

今回のスキャンダルでは安倍昭恵首相夫人が渦中の人物となっているが、これに加えて、安倍内閣の防衛大臣で超保守派の政治家稲田朋美もスキャンダルに巻き込まれている。

 

稲田朋美大臣は、彼女が弁護士時代、森友学園の代理人であったことを否定した。しかし、先週になって、2004年になって森友学園のために働いていたことを認めさせられることになった。稲田大臣はこのことを忘れていたと述べ、謝罪した。しかし、発言の撤回によって、稲田大臣の辞任を求める声が広がっている。

 

今回のスキャンダルは、安倍政権の支持率の引き下げに重要な影響を与えた。安倍政権の支持率はここ数週間で10ポイント下がった。2012年末に首相になってから最大の下げ幅になった。しかし、保守的な読売新聞の最新の世論調査では、支持率自体は56%と依然高いままだ。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)








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 古村治彦です。

 

 今回はイギリスの雑誌『ジ・エコノミスト(The Economist)』誌に掲載された、森友学園・塚本幼稚園に関する記事をご紹介します。短い記事ですが、論調は大変に厳しいものです。

 

 まず、ウルトラナショナリスト(ultranationalist)という言葉が重要です。この言葉は以前にもご紹介した『ザ・ガーディアン』紙でも使われています。ナショナリストというと、国家主義者、国家主義的ですが、これにウルトラがつくと、超という言葉をつけることになります。これは、排外主義的、好戦主義的という意味合いが強くなり、大変危険な考えであり、存在だということになります。イギリスのメディアが使っている点も見逃せません。イギリスはインドシナ半島やマレー半島、シンガポールで日本軍と戦いました。そして、多数のイギリス軍将兵が捕虜となり、虐待を受けました。この時のイメージを呼び起させるのが、日本の超国家主義という言葉です。

 

 今回の記事では、このような戦前の軍国主義への回帰を「政府が奨励しているかのように見えることに日本国民は驚いている」と書いています。森友学園に対する超破格値での土地売却は、政府が超国家主義的な考えを広めることを奨励しているという捉え方をしています。そして、この政府を率いているのは、安倍晋三首相なのです。

 

 今回の記事では、稲田朋美氏の名前にも言及されています。安倍首相(と安倍昭恵夫人)と稲田氏は、揃って危険な人物なのだということが言われているのです。

 

 安倍首相とその周辺に向けられる目は厳しいものとなっています。危険人物が率いる日本、というイメージになっていますが、これを払拭することはほぼ不可能ですが、唯一の方法は、安倍首相が退陣することです。

 

(貼り付けはじめ)

 

●「衝撃の学校:日本に存在する超国家主義的な幼稚園(School of shock An ultranationalist kindergarten in Japan)」

 

当惑を覚えるほどに大変驚かされるのは、この幼稚園は総理大臣とのつながりを持っていることだ

 

2017年3月4日 東京発

http://www.economist.com/news/asia/21717996-embarrassingly-it-has-links-prime-minister-ultranationalist-kindergarten-japan?fsrc=scn/tw/te/rfd/pe

 

塚本幼稚園に通う子供たちは毎朝、軍歌に合わせて小さな足を踏み鳴らしながら行進し、天皇の写真に向かって頭を下げ、国家を守るために自分自身を捧げることを力強く誓う。様々な学校行事では、3歳、4歳、5歳の子供たちが、見守っている保護者たちに対して、大きな声で外国の脅威から日本を守るように強く求める。

 

塚本幼稚園の園児の曽祖父母たちが子供時代、同じような教育を受けた。しかし、第二次世界大戦後、公立学校では国家主義的な要素は減少させられた。つい最近まで、私立学校でこのような過度な愛国主義と好戦主義が教えられていたことを認識している日本人は少なった。日本政府がそのような動きを奨励していたかのように考えられることに気付かされ、日本国民は更に驚いた。

 

昨年、塚本幼稚園を運営する学校法人である森友学園は、大阪市内(訳者註:大阪府豊中市内)の公的な土地を破格の値段で購入した。その価格は土地の持つ価値の14%に過ぎないものだった。森友学園は、塚本幼稚園と同じく、超国家主義的な考えを広め、教え込むための小学校を建設し始めた。学校建設の寄付を集める時には日本の首相である安倍晋三氏の名前を前面に押し出した。 安倍首相の昭恵夫人は、塚本幼稚園で講演を行い、名誉校長に任命された。防衛大臣である稲田朋美氏は、籠池氏が戦艦の帰還を歓迎するために、園児たちを港にまで派遣し、自衛隊員の士気向上に貢献したことに対して感謝状を贈った。

 

安倍氏は土地取引に関与したことはないと否定した。そして、もし誰かが関与を証明出来たら辞職するだろうとも述べた。安倍首相は、自分たち夫婦は塚本幼稚園を支援してくれるようにという、籠池泰典園長からの依頼に悩まされていた、籠池氏は、「自分(安倍首相)は何度もそんなことはできない」と言っているのに、自分の名前を使って金を集めていたのだ、と述べている。

 

しかしながら、安倍氏は以前、籠池氏を賞賛していた。安倍首相は、籠池氏について、教育に対する「素晴らしい情熱」を持ち、自分とは「同じようなイデオロギー」を共有していると述べた。追及が進むにつれて、安倍夫人と稲田氏両方に関する見直しが行われる兆候が見られるようになった。稲田氏と安倍夫人に関する記述の一切が塚本幼稚園のウェブサイトから消されたのだ。

 

塚本幼稚園は、ヘイトスピーチ関連の法律違反の疑いで捜査を受けている最中だ。塚本幼稚園は保護者に文書を配ったが、その中で中国人と書くべきところを「支那人(shinajin)」と書いた。この言葉は、「チンク(chink、訳者註:中国人に対する蔑称)」に相当する言葉である。副園長である籠池夫人は、韓国系の園児の保護者に手紙を送り、その中で、自分は差別をしないが、「韓国人と中国人を憎んでいる」と書いている。

 

森友学園は、安倍氏と同様に、苦しみに悶えている。大阪府の職員たちは、工事が完成しても小学校に認可はおりない可能性があると述べている。小学校には、予想よりも少ない入学希望者しか集まっていない。そして、小学校は、予定していた「安倍晋三内閣総理大臣記念小學院(Prime Minister Shinzo Abe memorial school)」というより壮大な名前から、「瑞穂の國記念小學院(Land of Rice memorial school)」に変更することを余儀なくされた。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)










 
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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 昨日、自由民主党の稲田朋美政調会長は、東京裁判に関する検証を行う組織を設置することに言及しました。東京裁判での判決について異議を申し立てる、もしくは間違っていたという結論にはしないとしながらも、裁判の手続き、事後法の遡及適用問題、東京裁判で認定された南京事件の被害者数約20万について、そして占領期のGHQの政策や憲法制定過程について検討を加えるということです。

 

 まず基本的なこととして、裁判では証拠や証言の正当性が認められなければ、被告は無罪となります。違法な手続きで判決を出されたら、それは冤罪となります。東京裁判も裁判である以上、手続きに瑕疵があるとなった以上、「冤罪」となり、戦争指導者たちは既に全員が死亡していますが、「免罪」となります。「戦争は不幸なことであり、被害に遭った人々は不運であったが、満州と中国を侵略し、東南アジアを蹂躙する計画を立てた指導者たちは無罪だ」ということになります。

 

 私はこの冤罪のロジックによって、靖国神社のA級戦犯合祀問題を突破しようと自民党は考えているのではないかと思います。靖国神社にはA級戦犯として処刑された7名の人々が祀られています。彼らが祀られて以降、昭和天皇は靖国神社への参拝を止めましたし、今上天皇も靖国神社への参拝を行っていません。昭和天皇が靖国神社への参拝を止めた理由を「A級戦犯が合祀されたため」とされる「富田メモ」が発見されたことは記憶に新しいところです。

 

 私もA級戦犯と処刑された人々の中にはどうして処刑されねばならなかったのか、と思う人たちはいます。また、東京裁判では天皇に塁が及ばないようにすることが1つの大きな目標でしたから、そのために証拠調べや証言調べが杜撰になった例があるように思います。また「天皇陛下の“醜の御楯”となった点ではA級戦犯も一緒ではないか」という主張も出てくると思います。これをもう一歩進めると、「昭和天皇のためにA級戦犯として犠牲になった人たちは冤罪であり、冤罪であることが分かった以上は、今上天皇陛下には参拝していただく、していただかねばならない」ということになります。

 

 東京裁判の手続きが正しくないとなると、7名のA級戦犯は冤罪であり、彼らの靖国神社への合祀は間違ったことではないとなり、それなら政治家たちが堂々と参拝できるし、天皇陛下にも参拝していただけるではないかということになります。明治維新で薩長側は天皇を「玉」と呼び、玉を抑えた方が勝つということで、偽の詔勅を出すなどの手段で幕府を倒しました。日本政治においては「玉」を取ることが勝ち組に回るために必要なことになります。

 

 天皇陛下に参拝していただけない靖国神社は、保守の牙城でありながら、天皇陛下から認められていないという点で、正統性に欠ける存在になってしまいます。ですから、天皇陛下に参拝していただくことを求めています。稲田氏が立ち上げようとしている検証組織は、そのための地ならしをしようと言うことだと思います。
 
 

 検討組織では、南京事件の犠牲者数(東京裁判では約20万と認定)について検証するということです。南京事件(南京大虐殺)については被害者の数は様々に出てきます。どの数字が決定的なのかは分かりません。これからも恐らくわからないでしょう。自民党の検討組織が出した結論が正当であるということもないでしょう。そして、恐らく検討組織では、かなり低い数字が出るでしょう。

 

 しかし、日本兵の残虐行為があったことは日本軍の将官レヴェルでも頭痛の種になっていたことは明らかです。陸軍士官学校でも国際法などの授業はほとんどなかったことは明らかになっていますから、最前線の尉官レヴェルでも捕虜や民間人の取扱いについて知識はなかったのですから、私刑や暴行などが頻発しました。将官たちは「日露戦争までの日本軍の軍規はしっかりしていたのに、どうしてこうなっているのか」と頭を抱えていたことは電機や人気などを読めば分かります。「生きて虜囚の辱めを受けず」で悪名高い戦陣訓も軍規粛清のために作られたものです。

 

 南京事件があった、なかったではなく、数字の問題にすることで、「そこまで酷いものではなかった」ということにするのでしょうが、こうした動きは外から見れば、一見真実を見るための真摯な活動のように見えながら、歴史修正主義的な動きに見られてしまいます。

 

 与党の自民党は、憲法改正と歴史の修正をアメリカと取引しようとしています。それはつまり、「アメリカのための憲法改正でもあるんだから、この際、少しくらいの歴史の修正は認めて欲しい」ということです。ですから、東京裁判の決定に公式に異議は唱えないけれども、少しはおかしいところがあったということは私たちに言わせて欲しいということになります。しかし、アメリカからすれば東京裁判の正当性が損なわれる動きは、アメリカの戦後世界支配の基盤の基礎となる部分を傷つけることになるので、容認しがたいことでしょう。

 

 ですから、自民党側としては、アメリカ側に対して瀬踏みをして、どこが「虎の尾」なのかを探っていることでしょう。しかし、こうした動き自体がアメリカ側の警戒を呼ぶことになります。「属国は黙って属国らしくやっておけ」ということになります。

 

 安倍首相やその周辺は国際環境の変化という言葉を盛んに口にしています。私は、彼らの言う意味での国際環境の変化(中国をやっつけてやる、自衛隊の米軍肩代わり)ではなく、世界は大きく動いており、このままでは日米孤立、しかもアメリカにそそのかされて抗議的な態度を取ることで、現在の北朝鮮のような孤立に追い込まれることまで心配しています。ですから、稲田氏がやろうとしている児戯に等しいことにうつつを抜かしている暇はないと考えます。

 

 

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「稲田氏「東京裁判検証」の党内組織検討…懸念も」

 

読売新聞 89()930分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150809-00050007-yom-pol

 

 自民党の稲田政調会長が戦後の極東国際軍事裁判(東京裁判)などを検証するため、党内組織の設置を検討していることに、与党内から懸念の声が出ている。

 

 検証の内容次第では、国際社会から「歴史修正主義」との批判を招きかねないためだ。

 

 稲田氏は7月30日の記者会見で、「東京裁判で認定された事実関係を日本人自身が検証、反省し、将来に生かすことが出来ていない」と述べ、検証の意義を強調した。

 

 ただ、稲田氏は東京裁判の判決は争わない姿勢は明確にしている。検証対象は、裁判で「戦争犯罪」と認定された事実に関する立証の妥当性などに限る考えだ。

 

 憲法制定過程への連合国軍総司令部(GHQ)の関与など、戦後占領政策も幅広く検証する。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


メルトダウン 金融溶解
トーマス・ウッズ
成甲書房
2009-07-31



 
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