古村治彦です。

 2021年5月29日に最新刊『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』が発売になりました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める

 先週のG7会合はイギリス南部のコーンウォール半島で開催された。対中政策、インド太平洋地域における中国の動きを以下にけん制するか、ということが話されたが、拙著『悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める』で書いている通り、中国は着々と準備を進めている。この対中強硬路線を推進しているのは、「バイデン政権のアジア政策のツァーリ(Asia Tsar)」と評されるカート・キャンベル国家安全保障会議インド太平洋調整官である。そして、バイデン政権の対中強硬姿勢の中心にいるのは、アントニー・ブリンケン国務長官である。

 しかしながら、バイデン政権は対中強硬一辺倒ではない、というのが私の見立てだ。それは、対中強硬ではない、ジェイク・サリヴァンが国家安全保障問題担当大統領補佐官として政権内に入っているからだ。サリヴァンは中国との競争は破滅に向かわない方向で行うべきという論文も書いている。

 そして、重要なのは、サリヴァンが「産業政策(industrial policy)」に注目している点だ。日本では経済産業省が2021年6月4日「経済産業政策の新機軸」という構想を発表したが、その中にサリヴァンの発言も引用されている。今回のG7会合で、「コーンウォール・コンセンサス」メモという文書が配布されたそうだが、この肝いりはサリヴァンであり、日本の経産省からの人員もメモ作成にかかわったと考えられる。国家とビジネスの関わるの部分はそのまま産業政策のことを示唆している。

 産業政策研究と言えば、古典的業績であるチャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson、1931-2010年、79歳で没)の『通産省と日本の奇跡-産業政策の発展 1925-1975(MITI And the Japanese Miracle: The Growth of Industrial Policy, 1925-1975)』(1982年)だ。新自由主義が隆盛となったここ30年ほど、産業政策について顧みられることはなかった。しかし、時代は産業政策の時代となりつつあるようだ。

 チャルマーズ・ジョンソンについては拙著『アメリカ政治の秘密 日本人が知らない世界支配の構造 (四六判上製)』(2012年)で詳しく取り上げたが、チャルマーズ・ジョンソンに再びスポットライトが当たる日が来るのかもしれない。

(貼り付けはじめ)

「コーンウォール・コンセンサス」はこちらです(The ‘Cornwall consensus’ is here

G7で集まっている世界の首脳たちはグローバライゼーションが効率性と同時に脆弱性も生み出しているという主張を受け入れている。

ジリアン・テット筆

『フィナンシャル・タイムズ』紙

2021年6月11日

https://www.ft.com/content/aa45eccb-5e0e-477a-8278-db7df959e594

 

30年前、イギリス人の経済学者ジョン・ウィリアムソンは「ワシントン・コンセンサス(Washington consensus)」という言葉を作り出した。この言葉は、自由市場、グローバライゼーション推進に基づく様々な考えの集合体である。これらの考えをアメリカの指導者たちをはじめ世界各国の指導者たちは世界中で促進していた。

しかし、現在、新しい言葉が出てきている。それは「コーンウォール・コンセンサス(Cornwall consensus)」だ。

笑わないで聞いて欲しい。この言葉は、金曜日のコーンウォールでのG7各国の指導者たちによる会合に先立ち、アドヴァイザリーメモとして配布された文書のタイトルなのである。これは本当だ。7か国の学者と政策担当者たちが集まってつくられた委員会によって書かれた文書で、「新型コロナウイルス感染拡大からより良い未来を構築するための野心的な政策集」とされている。

このメモの内容はいささか曖昧で、大袈裟な考えを含んでいる。「世界規模の衛生上の問題についての対応におけるより広範な平等と団結」といった大仰な言葉が使われている。しかし、より詳細な提案も同時になされている。例えば、「金融安定理事会(Financial Stability Board)」と同様の「データとテクノロジー理事会(Data and Technology Board)」を創設し、世界規模でインターネットを監視すること、気候関連テクノロジーに関連する「ヨーロッパ原子力研究組織(CERNEuropean Organization for Nuclear Research)」の創設などが提案されている。

どちらにしても、このメモが示しているのは、「G7諸国は企業法人税を巡り一致協力して動く」という細心の動向が、新しいイデオロギーに沿って、西洋諸国が協力するという新しい段階に入ったということである。

投資家たちはどのように結論付けるだろうか?投資家の多くは冷ややかな笑いを送るだろう。結局のところ、G7での様々な会合は儀式の枠から出るものではなく、そこで出されるメモも儀式的な省庁の意味しか持たない。そして、「コーンウォール・コンセンサス」提案は、何かしら意味があるように思われるが、これからすぐに採用されるということもない。

しかし、この儀式的な表現を無視するのは、いかなるビジネスや投資家にとっても馬鹿げたこととなるだろう。多くの人類学者が指摘しているように、象徴は重要なのだ。それが「空っぽ(empty)」であったり、現実離れしたりしていても、象徴は、あるグループがどのように機能するかについての前提を反映し、補強しているものなのだ。そのため、今回の「コーンウォール・コンセンサス」メモは、前提がどのように変化しつつあるかを示す、示唆に富むスナップ写真ということになる。

このメモは極めて重要だ。投資家や企業の経営陣の多くが時代精神の絶え間ない大きな変化への対応に苦闘している。こうした人々はワシントン・コンセンサスが隆盛を極めた時代にキャリアをスタートさせた。私たち人類は、常に自分たちを取り巻く文化的環境に影響される生物であり、自分たちの信条を、思考のための「自然な」方法だとして取り扱っている。

ここに5つの取り上げるべき重要な点がある。第一に、今日の指導者たちは、政治上の、予想外の出来事の発生を恐れている。30年前、マーガレット・サッチャーやロナルド・レーガンといった政治上の最重要人物たちは、自由市場に基づいたグローバライゼーションは全ての人間に利益をもたらすと当たり前のように考えていた。今日の指導者たちは、自由市場の果実は人々の間に均等に行きわたらず、そのために人々からの反撃を誘発している(これがポピュリズムだ)。「包摂(Inclusion)」は新しく人々の間で頻繁に使われる言葉になっている。

第二に、G7各国の指導者たちは、グローバライゼーションと自由市場に基づいた競争は公立を生み出すと同時に脆弱性を生み出すということに気付いている。以前であれば、個別の各企業のインセンティヴによって、最適化された国境を越えた供給チェインを作ることができるだろうと指導者たちも考えた。現在では、世界規模のサプライ・チェインは、集合行為問題によって脅威に晒されているということを指導者たちは認識している。ビジネスにおいては、各企業が個別で利益が最大になるようにするため、ある中心点に集中する行動を取る傾向がある。しかし、そうした中心点とシステムが壊れると、大混乱に陥ってしまう。結果として、「回復力(Resilience)」という言葉もまたよく聞かれるようになっている。

第三に、G7での議論は中国の脅威によって活発化させられている。「コーンウォール・コンセンサス」メモの中に中国の名前は直接出ていない。しかし、先進的なテクノロジーのためだけではなく、医療資源と天然資源のためでもある世界規模でのサプライ・チェインの多角化を求める内容がメモには書かれている。遅ればせながら、西洋諸国の各政府は、世界規模でのチップの生産を台湾を中心としたハブに集中させたことが深刻な間違いであったことを認めるようになっている。西洋諸国の各政府はこの間違いを繰り返したくないと考えている。

第四に、微妙だが、根深いものとして、ビジネスと政府との相互関係がリセットされている真っ最中ということがある。ワシントン・コンセンサス隆盛時代、各企業はお互いに競争し合う独立したアクターと見られていた。そこに政府の関与はないとされた。現在は、政府とビジネスの間の「パートナーシップ」について語られている。

政府からの鑑賞が最小限の自由企業体制(Free enterprise)は現在でも重要視されている。しかし、「パートナーシップ」は、現在の社会的に重大な諸問題に対応するための枠組みとなっている。ワクチンの獲得、気候変動対応、中国とのテクノロジー上の競争といったものが現在の重大な問題となっている。

最後に、経済学は、バイデンのホワイトハウスやその他あらゆる場所で、現在再定義の中にある。経済学は狭い範囲の数理モデルに集中してきたが、現在は、「外部性(externalities)」として片づけられてきた諸問題に関心が集まっている。環境、医療衛生、社会的な諸要素がそれらにあたる。

皮肉屋たち(もしくは熱心な自由市場信奉者たち)は、これら全てはアメリカ政治における一時的な左傾化、もしくは新型コロナウイルス感染拡大に対する短期的な反応を反映しているに過ぎないと述べるだろう。

その可能性は否定しない。しかし、私はそうではないと考えている。結局のところ、このイデオロギー上の移行を引き起こしているのは、新型コロナウイルスだけではなく、中国の台頭、気候変動の脅威、そして、ソヴィエト連邦崩壊以降に西洋で蔓延した自由市場に関連する思い上がりの消滅、といった要因である。そして、この新しいシステム構築を目指す人々は政治上のあらゆる立場の人々の中で見ることができる。「コーンウォール・コンセンサス」メモを生み出した諮問グループを組織したのは、保守党が率いるイギリス政府だったのだ。

新しい時代精神(zeitgeist)を好ましいと思うか、よくないと思うか、それはどちらも起きるだろうが、これを無視することは誰にもできない。歴史が示しているのは、知的な前提が変化する場合、それは緩慢に進む。楕円型の振り子は長期間にわたって揺れ続ける。儀式的な人工産物は時に重要性を持つ。「コーンウォール・コンセンサス」メモはそうしたものの一つとなるだろう。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側