古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、以下のアドレスをご覧ください。http://soejimaronbun.sakura.ne.jp/goaisatsu.html 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

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 古村治彦です。

 

 今回はフランシス・フクヤマの最新刊『政治の衰退(上)(下)』をご紹介します。本書は私も翻訳協力という形でお手伝いをいたしました。以下に書評をご紹介します。参考にしていただき、是非お読みください。よろしくお願いいたします。

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フランシス・フクヤマ

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政治の衰退 上 フランス革命から民主主義の未来へ


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政治の衰退 下 フランス革命から民主主義の未来へ


(貼り付けはじめ)

 

『政治の衰退(Political Order and Political Decay』書評:フランシス・フクヤマによる圧巻の政治史の第2巻目

―私たちはこれからも自由主義的民主政治体制の存在を信じていくのか、それとも西洋の最後の危機に瀕した欲望を捨て去る時が来たのか、『歴史の終わり』の著者が問いかけている

 

ニック・フレイザー筆

2014年9月28日

『ザ・ガーディアン』紙

http://www.theguardian.com/books/2014/sep/28/francis-fukuyama-political-order-political-decay-review-magisterial-overview

 

冷戦終結直後、日系アメリカ人の若き政治学者が「歴史の終わり(The End of History?)」というタイトルの人々の耳目を引く論稿を発表した。1992年には『歴史の終わり(The End of History and the Last Man)』というタイトルの本として出版された。多くの評者がフクヤマの浩瀚な警句に富んだ主張を、自由主義的資本主義の大勝利から導き出された傲慢で、誤った結論だと解釈した。しかし、フクヤマにはより緻密な考えがある。フクヤマは、民主政治体制が世界規模で導入されている中で私たち自身が何をすべきかを考えることを求めている。私たちは人類として幸福となるのであろうか?私たちは深刻な不満を抱えないだろうと言えるだろうか?自由主義的民主政治体制は何かに取って代わられるだろうか?

 

フクヤマはネオコンの帝国主義的なプロジェクトを支持するという間違いを犯した。その後、米軍によるイラク侵攻が行われた後、フクヤマは彼が一度は支持した人々を非難する内容の短い書籍を発表した。フクヤマはオバマを支持した。そして、民主政治制度の名においてオバマの敵によって構成された連邦議会の失敗について雄弁に批判した。そして、フクヤマは最終的に彼の人生を賭けた仕事を素晴らしい形で終えることが出来た。彼は世界の政治機構の発展を2冊の本にまとめた。それらの中には叡智と事実が凝縮され、掲載されている。

 

第二巻は19世紀から現在までを取り上げている。しかし、フクヤマの野心的な計画を理解するためには第一巻『政治秩序の起源:人類以前からフランス革命まで』(2011年)を読むべきだ。第一巻は、動物と家族を基盤とした狩猟集団から始まる。それから点在する部族へと続く。そして秩序だった国家が世界で初めて中国に出現した。それからアテネとローマに飛ぶ。機能する官僚制を備えた本物の国家が出現する。カトリック教会は法典の面で予期せぬ革新者となった。デンマーク、イギリス、その後にアメリカ、日本、ドイツといった国々で人々の生活は困難さが減り、寿命も延びていった。現在でも戦争、飢饉、崩壊などが起きているが、人類のおかれている状況の改善は続いている。

 

フクヤマは人々を惹き付け、人口に膾炙する言葉を生み出す才能を持つ。彼は民主政治体制の発展を「デンマークになる」という言葉で表現している。デンマークの特徴として、17世紀に議会が創設される前に存在した財産法、他人には干渉しない複数的な倫理に基づいて運営される議会といったものが挙げられる。フクヤマは、「デンマーク」という言葉を穏健な性質、良好な司法システム、信頼できる議会制民主政治体制、「歴史の終わり」の健全な結末の比喩として使っている。現実の場所として、そして比喩として、デンマークは完璧な成功例ということになる。

 

『政治の衰退』は、一巻目(『政治の起源』)に比べて、良い読み物とは言えない。これは題材のせいだ。この題材は物語にするには、より複雑で、人々の共感を得にくいものだ。19世紀にトクヴィルが行ったように、フクヤマは民主政治体制の特徴を考察している。フクヤマは私たちに対して、私たちの住む世界は改善可能かどうかではなく、存続可能なのかどうかを自問自答するように求めている。

 

現代に近づけば近づくほど、存続可能な世界という単純なことが難しくなっていく。秩序だった方法で前進する代わりに、人類は意識もうろうとした疲れ切ったマラソン走者のように進んできた。人類はフラフラとあちらこちらへ進み、それは時に矛盾を含むものであった。民主政治体制、法律、社会流動性といったレッテルが貼られるものであったが、それらはつまずき、失敗するものであった。そして、どこにも人類のためのゴールラインは設定されていない。

 

本書にはいくつか手抜かりといえる部分がある。近代インドの描写がそうだし、中東に関する記述はおざなりだ。しかし、全体としては素晴らしい出来である。アルゼンチンと日本の近代性についての素晴らしい描写がある。また、イギリス、フランス、ドイツの公務の比較を取り扱った章を読んで私は、こんなつまらないテーマを面白く読ませることが出来るのはどうしてだろうかと不思議に思うほどであった。

 

アメリカ人のほとんどはアメリカ例外主義(American exceptionalism)に敬意を払っている。しかし、フクヤマはそうではない。連邦政府などなくてもアメリカ人は繁栄を作れる、もしくは連邦政府がない方が幸せだ考える人は、本書の中で50ページにわたってち密に描かれているアメリカの鉄道と森林保護の部分を読むべきだ。アメリカの民主政治体制の「拒否権政治システム」(フクヤマが生み出したもう一つの素晴らしい言葉)は、紛れもない事実だ。

 

フクヤマが「世襲主義の復活」は、大富豪や有力な人々が自分たちだけの利益を追求するために民主的な正規機構に適用されている。大富豪と大企業による独占はアメリカ史上、現代が最も大きくなっている。政治における変化なしに、アメリカが衰退に直面していることは明確だ。しかし、フクヤマは、そのような変化がどのようにして起きるかについては何も分からないと率直に述べている。

 

機能する司法システムがなければ民主政治体制は存在しえない。市民が最低限関与していると感じられる国家の創設は重要である。そうした国家の創設には時間がかかり、困難な事業である。効率性のような近代性の一側面を選択する場合、その他の側面を捨てることになる。日本とドイツの近代的な官僚制国家は専制国家に転換したがこれは困難な事業ではなかった。野党や反対勢力が動員できない状態では市民社会は存在できない。フクヤマはこのことを認めている。しかし同時にフクヤマは私たちに対して、ここ数十年の間にいかに自由が過大評価されてきたかを考えるように仕向けている。

 

自由主義的民主政治体制の大義の存在を信じるべきだろうか?それとも西洋諸国が世界を作り替えようとして、これまで行ってきた、多くの無駄になった努力を見て、こうした考えを放擲する時期なのだろうか?フクヤマの著作は、弱い立場の人々を守る良い政府と法律は望ましいことではあり、良い政府と法律を求める熱意は政治的な活動がある場所であればどこでも見られるものであり、その熱意は驚くほどに長期にわたり存続するということを私たちに考えさせる。

 

人類全体がデンマークに到達できるかどうかは明確ではない。私たちは到達しようと努力するだろうが、成功の保証はない。衰退は拡散しやすく、その結末は恐ろしいものである。フクヤマの素晴らしい著作二巻を読むことで、私たちは政治が衰退するなどという警告を受けたことなどないとは言えなくなってしまう。フクヤマの著作を読むことで、政治の向かう先は不確実なのだという思いにとらわれるが、そのように考えることこそが許容されるべきであり、かつ、世界を見る上で健全な方法ということになる。

 

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フランシス・フクヤマが教えるアジアの発展に関する3つのレッスン(3 Lessons for Asian Development from Francis Fukuyama

―フランシス・フクヤマの最新作は、アジアの政治発展に関するいくつかの重要なレッスンを教える

 

『ザ・ディプロマット』誌

2014年10月3日

http://thediplomat.com/2014/10/3-lessons-for-asian-development-from-francis-fukuyama/

 

 政治学者フランシス・フクヤマの新著『政治秩序と政治腐敗:産業革命から民主政治体制のグローバル化』は、いかなる書評でもその微妙な部分を捉えることができない傑作である。今回の著作はフランス革命までの政治上の発展を取り上げた前作に引き続き、近現代の政治上の発展を取り上げている。言い換えるならば、フクヤマの今回の著作は、近代国家の成功にとっての必要条件と成功する近代国家の特徴を取り上げている。今回の著作は、政治理論、人類学、歴史、政治機構の特徴についての広範な知識を含んでいる。フクヤマの主張の要旨に関心を持っている人たちは主要な新聞が掲載している書評を読めばよい。しかしながら、現代の政治上の諸問題を巨視的な視点から理解したいと真剣に考えている人たちにとっては、今回の著作は一読する価値がある。本誌の読者のために、私は、フクヤマのアジアに関する考察から3つの興味深い点をご紹介したいと思う。

 

第一に、表面上は無秩序で汚職にまみれた民主政治体制が実は、社会流動に関しては、ある程度人々に利益を与えているということだ。フクヤマは、19世紀のアメリカは、現在の発展途上諸国と同様に、様々な親分子分関係のネットワークによって構成されていたと指摘している。貧困層や移民グループは投票と引き換えに有望な政治家を当選させ、力をつけさせて、支持者たちに地位や利益を与える政治マシーンを構築した。政治マシーンは、貧困層や移民グループを政治システムに取り込み、孤立しがちなこうした人々が公共財やサーヴィスを利用できるようにした。こうしたシステムはインドが採用していることを思い出す。過去20年のインドの政治システムは、民族、地域、カーストを基盤とした諸政党の乱立が特徴である。インドではそうした諸政党の影響力が大きく、汚職や「投票銀行」のような現象が起きている。しかし同時に、諸政党の力は、インド政治において無視されている少数民族やカーストの低い人々が政府の地位に就いたり、公共財やサーヴィスを利用したりすることに貢献している。インドの国家や官僚は機能していないということを考えると、少数民族や低いカーストの人々は国家サーヴィスによって救済されるということはない。フクヤマは、インドにおける汚職ということを考える際に興味深い、新しい視点を私たちに提供している。

 

第二に、国家の効率性の方が、汚職よりも大きな問題なのだという事実を私たちが認めつつあるということを挙げたい。民主政治体制であろうと独裁体制であろうと、効率性の高い、強力な国家は、政府の型にかかわらず、法とサーヴィスを実行している。これが効率性の低い国家にはできないのだ。汚職指数によれば、インドは中国よりも少しだけ汚職の度合いが高く、ロシアよりも汚職の度合いがかなり低いということになる。しかし、こうした国々の間に存在する相違点は、汚職の酷さや政治システムにではなく、国家の強さに存在する。中国の官僚たちは定数を削減されても、それでも彼らは政府の政策を効率よく実行するだろう。これはインドではできないことだ。フクヤマが本書の中で引用しているところによれば、インドの地方で教える教師のうちの48パーセントは学校に出てこないのだそうだ。そんなことが中国で起きることなど想像できない。中国が民主政治体制になってもそんなことは起きないだろう。中国系の人々が大多数を占める台湾やシンガポールのような国々でも質の高いサーヴィスが提供されている。これが国家の強さの証拠となる。

 

最後に、良い知らせとして、効率的な、能力に基づいた公務員制度を確立することで非効率な国家から脱することが出来るということが挙げられる。しかし、悪い知らせはそれを実行するのは東アジア以外では難しいことであるということだ。フクヤマは韓国や日本のような東アジア諸国は、儒教の影響がありながらも、質の高い統治を人々に提供してきたという。日本のような国は政府の権威が社会全体までいきわたるという強力な伝統を持ちながら(この伝統はオスマン帝国よりも強かった)、急速な近代化に成功した。近代化のためには、独裁的な政府を確立するだけでは不十分だ。非効率な政府を持つ独裁政治の下では、そのようなシステムや派閥を通じて、汚職がはびこり、親分子分関係が生み出されるだけで終わってしまう。同様の理由で、強力な官僚制度を持つ民主政治体制を確立することもまた不十分ということになる。インドは巨大な官僚機構を持つ。しかし、あまりにも多くのルールや法令が存在し、その一部しか実際には運用されない。これによって、官僚たちが自分の友人や家族を優遇するために、ルールや法令の恣意的な運用という事態が引き起こされてしまうのだ。

 

イギリスやプロシアのような非アジア諸国は有効に機能する官僚制度を確立することが出来た。その成功の理由は、似たような背景を持つ教育を受けた少数の人々から構成されるグループが存在したことが挙げられる。イギリスやロシアが有効に機能する官僚制を確立したのは民主政治体制に移行する前のことで、国家機構が親分子分関係に依存し、人々に配分することを至上命題する政治家たちに掌握される前に、官僚たちが国家機構を掌握したのである。しかしながら、既に民主政治体制を採用しているインドのような国々にとって参考にすべき最高のモデルは、アメリカを真似るということである。アメリカは20世紀を通じて効率のよい統治制度を確立したがその方法を真似るべきだ。アメリカは、新しい機構を運営するために、やる気のあるテクノクラートたちを動員することが出来た。更に言えば、セオドア・ルーズヴェルトやフランクリン・デラノ・ルーズヴェルトのような強力な大統領の下では、政府は親分子分関係ネットワークの影響を脱し、新しい気候を構築することが出来た。インドのように既に民主体制を採用している国々は、儒教の影響を受けている中国よりもアメリカの成功例を参考にした方が良いのである。

 

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政治秩序の利益はいかにして減少していくのか(How the benefits of political order are slowly eroding

 

2014年9月27日

『エコノミスト』誌

http://www.economist.com/news/books-and-arts/21620053-how-benefits-political-order-are-slowly-eroding-end-harmony

 

知識人の世界で良く起こりがちなことは、有名になった知識人が著作などを通じて、知識の質を下げてしまうということだ。言い換えると、作者がより有名であればあるほど、この作者は大ぶろしきを広げたがるというものだ。スーパースターとなった学者たちは、著書を宣伝するツアーで図書館のような地味な場所には見向きもしない。著名なジャーナリストたちは、地道で丹念な取材からではなく、上流階級や著名人たちとの夕食会を通じて情報を得るようになる。スピーチばかりがうんざりするほど繰り返され、本が出過ぎるために真剣に思考をするための時間はほぼ残されないということになる。

 

フランシス・フクヤマはこのようなありがちな出来事の例外である。これは素晴らしいことだ。フクヤマは、1992年の『歴史の終わり』の発表で、世界的な名声を得た。 また、2000年代初頭には、自身が大きな影響を受けたネオコンサヴァティヴ運動に反対する動きを見せ、それによって更なる称賛を得た。しかし、ここ10年で彼の名声を高めたのは、彼が「政治秩序」と呼ぶものの歴史研究をまとめた記念碑的な著作である。このシリーズの第一巻「政治秩序の起源」の中で、フクヤマは人類出現以前から18世紀末までを取り上げている。シリーズ最終巻となる第二巻では現代までを取り上げている。シリーズ二巻の著作には学ぶべき多くのことが含まれている。

 

知的エネルギーの爆発をもたらしたのは、フクヤマがひとたびは祝福した自由主義革命の

中途半端な成功(失敗)である。『歴史の終わり』でフクヤマは、 市場と民主政治体制が唯一の成功の方程式において重要な構成要素であると主張した。しかし、過去20年、私たちが目にしたのは、より抑圧された状況である。中国は国家資本主義と権威主義を混合したシステムを採用している。ロシアと中東諸国のほとんどで民主化は失敗に終わった。フクヤマは、彼が想像したよりも歴史がより複雑に進んでいる理由を、政治機構の質に求めている。機能する国家がなければ、民主政治体制も市場も繁栄することはできない。しかし、そのような国家は、民主政治体制や自由市場に頼らずとも、近代性の価値の多くを生み出すことが出来る。

 

国家建設は難事だ。フクヤマは、ヨーロッパとアメリカはこの難事業の実施において世界を長い間牽引してきたと主張している。欧米諸国は中世以来の強力な法典を受け継いできた。欧米諸国は19世紀に実力に基づく公務員制度を導入した。欧米諸国の多くは、機能的な国家システムを構築した後に、大衆の参政権を導入した。「歴史の終わり」について語っていた人物フクヤマが今では「デンマークになること」について語っているのである。

 

フクヤマは、機能する国家を構築したデンマークの成功と2つのタイプの失敗を比較している。一つ目の失敗は、南米諸国で起きたように、社会変化についていけない政治機能の失敗である。1980年代の短期間で続いた一連の改革の後、ブラジル政府は一流の官庁と情実の習慣の入り混じったものとなった。第二の失敗は、機構全体の失敗である。アラブの春の失敗は、本質的に政府の能力の失敗である。エジプトでは、イスラム同胞団が、選挙で勝利することと全権力を掌握することの違いを理解しておらず、結果として、エジプトの中間層は権威主義的政治に躊躇しながらも、権威主義的政治に再び支持を与えることになった。

 

しかし、これは単純な西洋対それ以外、先進諸国対発展途上諸国という物語ではない。フクヤマは、南ヨーロッパは北ヨーロッパよりも大分遅れていると主張している。ギリシアとイタリアは現在でも情実に基づいて雇用が行われている。しかし、フクヤマがもっと関心を持っているのは東アジアについてである。中国は能力の高い国家機構を備えている。筆記試験によって選抜された優秀な公僕たちが国家機構を担い、国家機関は巨大な帝国で起きる様々な出来事を監視する力を備えている。フクヤマは、私たちが現在目撃している、中国で起きていることは、1世紀に及ぶ崩壊の後に起きた伝統の復活である、と主張している。中国共産党は、西洋の持つ民主政治体制と法の支配の伝統がもたらす利益なしに、能力の高い国家機構を作り出すことが出来るという中国の歴史に立ち戻っているのだ。

 

本書にはいささか不満に思うところもある。フクヤマは読者に対して自身の知識を見せつけ過ぎており、国家と外国の諸機構について書かれた本書の最初の2つの部は長すぎる。その次の2つの部は民主政治体制と政治的後退について書かれているが、これらは反対に短すぎる。しかし、そんなことよりも2つの点がフクヤマのより大きな失敗を構成している。

 

第一点は、彼の知性の質である。フクヤマは、読者が読み進めるのを止め考えるような洞察を数多く本の中に散りばめている。アメリカは、本家イギリスが打ち捨てた、ヘンリー八世治下のイギリスの特徴を長年にわたり保持した。フクヤマは、アメリカが慣習法の権威を重視し、地方自治の伝統を保持し、主権が国家機関で分割され、民兵組織が利用されてきたと述べている。アフリカ諸国では国家建設が不首尾に終わったが、これは、アフリカ大陸が世界で最も人口密集度が低いことが理由の一つとして挙げられる。アフリカ大陸では、ヨーロッパが1500年に到達していた人口密集度に1975年になって到達した。

 

第二点は、現在のアメリカ政治の状況に対する彼の絶望である。フクヤマは、アメリカを近代的な民主国家と存在させている政治機構は、衰え始めていると主張している。権力分立は常に停滞を生み出す可能性を秘めている。しかし、2つの大きな変化によって、この可能性が現実化する方向に進んでいる。政党はイデオロギー上の違いに沿って、分極化し、党派性を強め、利益団体は大きな力を持ち、気に入らない政策に対しては拒否権を行使するような状況だ。アメリカは「拒否権政治体制」へと退化しつつある。こうなると、不法移民や生活水準の低下といったアメリカが抱える深刻な諸問題を解決することはほぼ不可能ということになる。更に言えば、アメリカでは、フクヤマが「ネオ家父長制」社会と呼ぶものが出現しつつある。それはいくつかの名家が有権者の一部をコントロールし、政治の世界のインサイダーが人々に利益を提供する代わりに権力を得るというものだ。

 

フクヤマがこの浩瀚な著書の中で訴えた中心的なメッセージは、人々を沸き立たせた『歴史の終わり』の中で書いた中心的なメッセージと同様に憂鬱なものである。最初はゆっくりと、しかし、だんだん政治の衰退は政治秩序がもたらした大いなる財産を減少させていくことになる。その大いなる財産とは、安定し、繁栄し、人々が協調して生活する社会である。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2015-12-09




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




 古村治彦です

 

 今回は、私が翻訳を致しました、ダニエル・シュルマン著『アメリカの真の支配者コーク一族』(講談社、2015年)を皆様にご紹介いたします。

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デイヴィッド・コーク(左)とチャールズ・コーク

 この本は、アメリカ政界において、その資金力で大きな影響力を持っている、チャールズ・コーク、デイヴィッド・コーク兄弟を中心としたコーク一族を日本で初めて紹介する内容となっています。

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チャールズ、デイヴィッド・コークが形成する政治ネットワーク

 

 以下に、欧米メディアに掲載された書評記事や紹介記事を掲載します。これらを参考にして、手に取っていただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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コーク兄弟はいかにしてアメリカの政治の風景を変えたか(How The Koch Brothers Remade America's Political Landscape

 

2014年5月21日

全米公共ラジオ(NPR National Public Radio

http://www.npr.org/2014/05/21/314574217/how-the-koch-brothers-remade-americas-political-landscape

 

チャールズ・コーク、デイヴィッド・コークの兄弟は、新刊『ウィチタの息子たち:コーク兄弟はいかにしてアメリカで最も強力なそして一族の王朝を作り上げたか』のテーマになっている。著者のダニエル・シュルマンは、コーク兄弟がアメリカの政治の風景を変えるために莫大なお金を投入してきた様子を描いている。彼らはリバータリにアニズムをアメリカの主流に押し上げようと努力してきた。

 

 コーク兄弟は自分たちの考えを支持する個々の候補者たちを支援するだけでなく、リバータリアン党でおいて重要な役割を果たし、ティーパーティー運動の立ち上げにも深く関わった。コーク・インダストリーズの創設者である彼らの父フレッド・コークは、極右団体ジョン・バーチ協会の創設メンバーであった。

 

 コーク・インダストリーズは全米で第二位の規模を誇る非上場企業である。年間1150億ドルの売り上げを誇り、全世界60カ国に展開している。チャールズとデイヴィッドは全世界で第6位にそれぞれランクされている大富豪である。

 

 ダニエル・シュルマンは左翼誌『マザー・ジョーンズ』のワシントン支局の上級編集者であり、同誌の調査報道ティームの創設メンバーである。シュルマンは全米公共ラジオの番組「フレッシュ・エアー」の司会者テリー・グロスに、コーク兄弟が現在の政治風景に如何に影響を与えているかを語っている。

 

●コーク兄弟の政治スタンスについて

 

 コーク兄弟の信奉するイデオロギーはリバータリアニズムである。彼らは現在、共和党におけるキングメイカーであると考えられているが、しかし、彼らの哲学は共和党の主流派と合わない部分が多い。例えば、コーク兄弟は戦争に反対している。彼らは市民生活においてはリバータリアンである。彼らは社会的に保守派ではない。デイヴィッド・コークは、同性愛結婚に賛成している。彼らは女性の性と生殖に関する権利(中絶など)に反対していない。コーク兄弟と現在の共和党で一致する点は経済問題についてである。彼らは経済的には保守派である。おそらく共和党主流派よりもより強硬な考えを持っているであろう。チャールズは過去に、政府の役割について、私的な所有権を守り、需要と供給の法則を維持するためだけに存在する、夜警国家であるべきだと発言している。

 

●コーク兄弟の政治的影響について

 

 オバマ政権下、コーク兄弟は政治的ネットワークを急速に拡大させていった。この拡大の理由の一つはオバマ大統領に対する保守派からの大規模な反撃が起きたことであった。コーク兄弟はこれをうまく利用したのだ。またもう一つの理由は、民主党はコーク兄弟を悪しざまに批判したことであった。これによって、多くの共和党の政治家たちがコーク兄弟の許に走ることになった。

 

 コーク兄弟と共和党との関係は良好なものではない。また、伝統的にそうであった。それは、コーク兄弟の政治スタンスは共和党と一緒ではないからだ。コーク兄弟はリバータリアンであり、共和党の政策に関しては少ししか同意できるものがない。しかし、民主党がコーク兄弟を悪しざまに罵ることで、彼らは保守派の中で知名度を上げていったのである。

 

●コーク・インダストリーズの規模について

 

 コーク・インダストリーズは巨大企業である。元々石油と肉牛牧場帝国からスタートした。しかし、そこから規模を急速に拡大していった。コーク・インダストリーズは石油化学企業である。世界第3位の実物資源の取引業者である。ジョージア=パシフィック社を所有しており、身近なブランドであるバラウニー、アンジェルソフトトイレットペーパー、ディクシー紙コップはコーク・インダストリーズの子会社が作っていることになる。ほとんどのアメリカ人はコーク・インダストリーズの名前を知らないであろう。アメリカ人のほぼ全ては毎日、彼らの作った製品に接していることもまた知らないのである。

 

●コーク兄弟の気候変動に対する立場について

 

 コーク兄弟はどんな規制にも全面的に反対している。彼らはこれまで規制というものを全く好まないでここまで来た。気候変動に対する政策について、彼らはその存在に疑義を呈するグループや組織に資金を提供してきている。彼らは気候変動とそれに関する規制について、彼らのビジネスモデルに対する大きな脅威である考えている。彼らは石油と石油化学の分野でビジネスを行っており、そうした規制は彼らのビジネスに大きく関わっているのである。彼らは気候変動の存在に疑義を呈しようとするグループに資金を出しているのである。

 

 デイヴィッドは科学的な人物である。私は、チャールズもそうだと考える。チャールズはMITで2つの修士号を所得した。1つは原子量工学の修士号だ。彼らは反科学的ではない。それでも、彼らは気候変動の存在を否定するために多額の資金を投入している。気候変動については化学的なコンセンサスが既に存在しているのであり、それに反対するために資金を投入することは間違っていると私は感じている。

 

●ティーパーティー運動創設におけるコーク兄弟の役割について

 

 彼らの思想の系譜を遡るとジョン・バーチ協会に行き着く。兄弟の父フレッドはジョン・バーチ協会の創設メンバーであり、チャールズも会員だったことがある。ジョン・バーチ協会は政府の全ての活動が社会主義につながるものだと考えた。そして、この思想の系譜はオバマ政権下でも姿を現した。これは何も突然にしかも偶然に起きたものではない。コーク兄弟は様々なシンクタンクに資金援助をすることで、知的な面での社会資本を長年にわたり整備してきた。そして、ティーパーティー運動の組織化と資金提供に関して言うと、コーク兄弟と深いつながりがある政治活動団体アメリカンズ・フォ・プロスペリティがティーパーティー運動組織化の最前線に立ち、運動を牽引したのである。従って、私はコーク兄弟がティーパーティー運動について重要な役割を果たしたと主張する。彼らが自分たちの関与を否定することは分かっている。

 

●チャールズ・コークがリバータリアニズム運動の創設者の一人であることについて

 

 私たちがリバータリアニズムについて語っている理由、そしてリバータリアニズムが人々の間で人気のあるイデオロギーになっている理由に、チャールズ・コークの存在が挙げられる。彼がリバータリアニズムに対してお金を使いだしたのは1960年代からで、その時から機関や組織を建設するという方法を継続してきた。

 

 1977年、チャールズ・コーク財団はケイトー研究所に代わった。ケイトー研究所は現在のリバータリアニズム運動における重要なシンクタンクとなっている。しかし、ケイトー研究所は、デイヴィッド・コークが兄チャールズのイデオロギー上のプロジェクトに参加するまではそうではなかった。本書執筆のために調査をして分かったことは、デイヴィッドとチャールズの慈善事業活動には大きな違いがあるということだ。デイヴィッドは文字通りの慈善事業家なのである。彼は医学研究や科学に資金を提供しているし、芸術分野でも多額の寄付を行っている。チャールズの人生をかけた目標はアメリカの政治文化を変え、リバータリアニズムを主流の思想にすることであり、そのために50年以上も活動を続けてきたのである。

 

●シュルマンがこの本を書こうと思った理由について

 

 2010年、コーク兄弟に対して公然と激しい批判が巻き起こった。私は彼らの出自、彼らの育てられ方、会社の起源、彼らの信奉するイデオロギーの起源を知りたいと思った。コーク家の物語を深く掘り下げていくにつれて、壮大な物語を、時には悲劇も含まれるが、発見した。そして、コーク家は多くの人々が考えているよりも重要な存在であること、彼らの影響力は将来にわたって続いていくであろうことを書きたいと思った。

 

(終わり)

 

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コーク兄弟に関する伝記、ダニエル・シュルマン著『ウィチタの息子たち』の書評

 

マティア・ゴールド(Matea Gold)筆

2014年5月24日

ワシントン・ポスト紙

http://www.washingtonpost.com/opinions/book-review-sons-of-wichita-by-daniel-schulman/2014/05/23/4bdbd3d4-e1e1-11e3-810f-764fe508b82d_story.html

 

 ダニエル・シュルマンは、コーク家に関する興味深い伝記を書き上げた。その書き出しは暴力に関する描写からである。1950年代のウィチタで、十代の少年である双子デイヴィッドとビルは田舎道の側で怒りにまかせてパンチの応酬を行った。

 

 このような家族間の暴力は『ウィチタの息子たち:コーク兄弟はいかにしてアメリカ国内最大の家族所有の大企業を作り上げ、有力な一族となったか』の中に繰り返し出てくる。このサブタイトルにもかかわらず、本書『ウィチタの息子たち』はコーク兄弟の企業複合体と政治ネットワークの分析よりも、四兄弟の間で起きた醜い争いに焦点を当てている。この争いのせいで、コーク家は20年にわたり分裂し続けた。

 

 シュルマンはリベラル系の雑誌『マザー・ジョーンズ』で働いている。彼は同誌のワシントン支局の上級編集者である。左派の多くの人々はコーク兄弟について悪意に満ちた人形使いだと漫画のキャラクターのように描き出している。しかし、シュルマンはコーク兄弟をそのようには描いていない。その代り、彼はコーク兄弟について深く調査し、洞察に溢れる描写を行っている。そして、彼らを形作っている個人的、政治的な力を明らかにしている。

 

 シュルマンは、コーク兄弟に最も大きな影響を与えているのは彼らの父親フレッド・コークだと書いている。フレッドは反共産主義を標榜しているジョン・バーチ協会の初期の指導者であった。フレッドは子供たちに厳しく接し、感情的なつながりなど持たなかった。フレッドは、スターリン時代のソ連でビジネスを行った経験から、熱心な反共主義者となった。フレッドのイデオロギーは子供たちにも伝わった。それがリバータリアニズムである。

 

 シュルマンは単刀直入な文体で、コーク帝国の起源について素晴らしい物語を紡いでいる。彼は、テキサス州クワナ生まれの若きフレッド・コークが、石油資源が豊かなカンザス州でエンジニアとして働き始めたところから物語を始めている。オランダ移民の子フレッドはある会社の株式を300ドルで購入し、その会社を石油精製企業に育てた。彼は賢い投資を行ったことで、莫大な富を作り上げた。フレッドはウィチタの上流階級の令嬢であったメアリー・ロビンソンと結婚したことで社会的地位を上昇させた。彼は新妻メアリーを7カ月に及ぶ世界一周の新婚旅行に連れ出した。

 

 フレッド・コークは健康問題を抱えていた。それでも彼は「カントリークラブにたむろする道楽息子たち」にしないと固く決心していた。

 

 シュルマンは次のように書いている。「彼は息子たちに乳牛の乳搾り、糞の掃除、溝の清掃、草刈りなどありとあらゆる仕事をさせた。この終わりのない仕事の連続は夏の時期には拷問のようであった。ウィチタの上流階級の子供たちは午後になればカントリークラブに行って遊んでいた。彼らの歓声が13番街の通りを隔ててコーク家の屋敷まで聞こえてきた」

 

 子供のころから、四兄弟は競争をさせられ、父フレッドに対しては全く違った対応をした。長男フレデリックは母と同じく芸術を愛好し、父からはすぐに疎まれ、後月の地位からは早々に脱落した。二番目の息子チャールズは10代の頃は悪ガキであったが、最終的には落ち着き、家族のビジネスを継いだ。双子であるデイヴィッドとチャールズは、父からけしかけられて子供のころから争い続けてきた。彼らは子供の時からボクシングのグローヴを着けて殴り合いをしていた。

 

 『ウィチタの息子たち』ではそのかなりの部分を使って、兄弟間のコーク・インダストリーズの支配権を巡る20年に渡る法廷闘争について丹念に描き出している。チャールズとデイヴィッド対ビル、時にフレデリックという構図であった。両方の争いは余りにも醜くなり果て、ある時には兄弟たちは私立探偵を調査員として雇い、お互いの生活についてほじくり合った。ビルが雇った調査員たちは「掃除人とごみ収集車の人たちにお金を渡して、チャールズ、デイヴィッド、そして彼らの雇った3名の弁護士たちの事務所と自宅のごみ箱を漁った」とシュルマンは書いている。

 

 家族はカンザス州トピーカの裁判所で陪審員たちの前で争った。それは1998年のコーク対コーク・インダストリーズ裁判でのことであった。裁判中、証言台に立ったデイヴィッドは双子の弟ビルが会社の実権を握ろうとして裁判まで起こしたことを残念に思い、涙を流した。チャールズとデイヴィッドが裁判に勝利したのだが、ビルは集まった記者たちに対して控訴すると宣言し、「彼らは詐欺師だ」と怒りをぶちまけた。

 

 兄弟たちは2001年に和解した。兄弟たちはビルが所有するパームビーチの邸宅で夕食を共にし、父親の遺した財産の分割について最終的な合意書に署名した。彼らが夕食を共にしたのは20年ぶりのことであった。

 

 コーク兄弟と彼らの政治活動について関心を持つ人々にとって、本書『ウィチタの息子たち』には、彼らがどのように政治に関与しているかについて大きな発見がないと思うことだろう。しかし、シュルマンはチャールズ・コークの政治的な立場の変遷について丹念に描き出している。彼は父フレッドが始めたジョン・バーチ協会のメンバーであった。彼の友人が家を訪ねた時、アーネスト・ヘミングウェイの『陽はまた昇る』を持っていた。チャールズは、「ヘミングウェイは共産主義者だから」と言って、友人の持っていた本をドアの外に置かせてそれから家に招き入れた。

 

 フレッド・コークは1967年に死去した。その後、チャールズはジョン・バーチ協会とヴェトナム戦争に対する支持を巡って争うようになり、絶縁した。彼はリバータリアニズムを信奉し、リバータリアニズム運動に対して資金援助を始め、1977年には新しいシンクタンクであるケイトー研究所を設立した。ケイトー研究所の設立は、後にコーク兄弟が完成させたシンクタンクと政治家の非営利組織のネットワーク作りの第一歩となった。

「コクトパス」という言葉は、リバータリアン党のある人物が、チャールズが党をカネで動かそうとしていると批判した時に使った言葉である。

 

 チャールズは政治への関与を深めた時、共和党を軽蔑していた。1978年8月に出された『リバータリアン・レヴュー』に掲載された4ページの論稿の中で次のように書いている。「共和党が私たちにとっての唯一の希望と言うことなら、私の未来はない。共和党は“ビジネス”の党であると標榜しているが、それは最悪の意味でのことである。彼らの言う“ビジネス”の党とは、補助金と政府とのつながりを意味するのである」

 

 チャールズは、正統リバータリアニズム思想を1990年代に入り、ますます信奉するようになった。それはこの時期、コーク・インダストリーズは数々の裁判で負け続けたからだ。コーク・インダストリーズの所有するパイプラインからガスが漏れたためにそれに引火して大事故となり、十代の若者が2名亡くなった事件の裁判では記録となる2億9600万ドルの賠償金の支払いが命じられた。

 

 シュルマンは「彼が実際に生きていた世界は彼が望むようなリバータリアニズムの楽園ではなかった」と書いている。それから突然、チャールズはコーク・インダストリーズは「全ての法と規制を1万パーセント守る」という方向に転換した。コーク・インダストリーズは、ロビー活動を活発化させ、ワシントンDCで行われる国政に関与し始めた。

 

 しかし、大きな転換点となったのは2008年の大統領選挙でバラク・オバマが当選したことであった。チャールズ、デイヴィッド、彼らのアドヴァイザーであるリチャード・フィンクは、新大統領が現代版のニューディール政策を推進することに恐怖感を持った。彼らは、オバマと同じ民主党のビル・クリントンがホワイトハウスの主であった時に行われた、コーク・インダストリーズに対する厳しい捜査が再び行われることがないようにしようと躍起になった。

 

 コーク兄弟は、彼らの旗艦とも言うべき政治団体であるアメリカンズ・フォ・プロスペリティを通じて政治への関与の度合いを高めた。アメリカンズ・フォ・プロスペリティはティーパーティー運動を組織し、発展させることに貢献した組織である。

 

 シュルマンはコーク兄弟は最初のうちアメリカンズ・フォ・プロスペリティの活動とは距離を取ろうとしていたと指摘している。コーク兄弟がスポットライトを浴びることになったのは、環境保護団体グリーンピースがコーク兄弟についてのレポートを出したからだ。シュルマンはこのレポートについて、「効果的ではあったが、誤解を招きかねない」ものであったと書いている。このレポートで、グリーンピースはコーク兄弟が右派の組織やシンクタンクに多額の資金を提供し、気候変動の存在そのものについて否定的な立場から議論させようとしていると主張した。

 

 2010年の中間選挙の間、コーク兄弟の名前はマスコミを賑わせた。コークという名前は忌み嫌われ、家族は表舞台に顔を出さないようになった。シュルマンは「コーク兄弟はオバマ大統領が主人公の人形劇の敵役と同じ存在になってしまった」と書いている。

 

 それから4年後、この構図は変わらずに続き、コーク兄弟の存在はアメリカ政治に関する議論の一つのテーマとなっている。

 

 シュルマンは2年以上をかけて「ウィチタの息子たち」について報道し、調査を行ってきた。そして、文書庫に遺されていた数千ページの文書を丹念に調べ上げ、コーク家に近い多くの人々に対してインタヴューを行った。しかし、チャールズとデイヴィッドは彼のインタヴューに答えることはなかった。

 

 本書は372ページの大部で、コーク家に関して細かい点まで言及している。シュルマンは、フレデリックは1959年に同性愛者組織に対して、ヨーロッパにある同性愛者たちが集まるバートレストランのリストを送ってくれるように依頼する手紙を発掘した。コーク家の友人たちはシュルマンに対してフレデリックは同性愛者であると語っているが、彼自身は否定している。シュルマンは、1つの章でメアリー・コークがある美学教授と、夫フレッドの死後の人生の後半生において深い関係になったことを詳細に描き出している。そして、彼はビルがたくさんの女性たちとの恋愛遍歴を細かく書いている。また、あるガールフレンドとの激しいファックスのやり取りをしていたことを具体的に書いている。

 

 しかし、『ウィチタの息子たち』の全体的なトーンは公平で豊富な内容となっている。シュルマンは、注意深く取材され分析された内容を私たちに提供することで、彼らの莫大な資金がアメリカ政治を劇的に作り変えた男たちについての私たちのイメージを刷新させることに成功した。彼は、コーク兄弟たちの目的と行動の理由、更に彼らに付きまとう欲望について明確に描き出している。

 

※マティア・ゴールド:ワシントン・ポスト紙で経済と政治を担当している。

 



(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

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アメリカの真の支配者 コーク一族
ダニエル・シュルマン
講談社
2015-12-09




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です

 

 今回は、私が翻訳を致しました、ダニエル・シュルマン著『アメリカの真の支配者コーク一族』(講談社、2015年)を皆様にご紹介いたします。

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デイヴィッド・コーク(左)とチャールズ・コーク

 この本は、アメリカ政界において、その資金力で大きな影響力を持っている、チャールズ・コーク、デイヴィッド・コーク兄弟を中心としたコーク一族を日本で初めて紹介する内容となっています。

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チャールズ、デイヴィッド・コークが形成する政治ネットワーク

 

 以下に、欧米メディアに掲載された書評記事や紹介記事を掲載します。これらを参考にして、手に取っていただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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==========

 

コーク兄弟はいかにしてアメリカの政治の風景を変えたか(How The Koch Brothers Remade America's Political Landscape

 

2014年5月21日

全米公共ラジオ(NPR National Public Radio

http://www.npr.org/2014/05/21/314574217/how-the-koch-brothers-remade-americas-political-landscape

 

チャールズ・コーク、デイヴィッド・コークの兄弟は、新刊『ウィチタの息子たち:コーク兄弟はいかにしてアメリカで最も強力なそして一族の王朝を作り上げたか』のテーマになっている。著者のダニエル・シュルマンは、コーク兄弟がアメリカの政治の風景を変えるために莫大なお金を投入してきた様子を描いている。彼らはリバータリにアニズムをアメリカの主流に押し上げようと努力してきた。

 

 コーク兄弟は自分たちの考えを支持する個々の候補者たちを支援するだけでなく、リバータリアン党でおいて重要な役割を果たし、ティーパーティー運動の立ち上げにも深く関わった。コーク・インダストリーズの創設者である彼らの父フレッド・コークは、極右団体ジョン・バーチ協会の創設メンバーであった。

 

 コーク・インダストリーズは全米で第二位の規模を誇る非上場企業である。年間1150億ドルの売り上げを誇り、全世界60カ国に展開している。チャールズとデイヴィッドは全世界で第6位にそれぞれランクされている大富豪である。

 

 ダニエル・シュルマンは左翼誌『マザー・ジョーンズ』のワシントン支局の上級編集者であり、同誌の調査報道ティームの創設メンバーである。シュルマンは全米公共ラジオの番組「フレッシュ・エアー」の司会者テリー・グロスに、コーク兄弟が現在の政治風景に如何に影響を与えているかを語っている。

 

●コーク兄弟の政治スタンスについて

 

 コーク兄弟の信奉するイデオロギーはリバータリアニズムである。彼らは現在、共和党におけるキングメイカーであると考えられているが、しかし、彼らの哲学は共和党の主流派と合わない部分が多い。例えば、コーク兄弟は戦争に反対している。彼らは市民生活においてはリバータリアンである。彼らは社会的に保守派ではない。デイヴィッド・コークは、同性愛結婚に賛成している。彼らは女性の性と生殖に関する権利(中絶など)に反対していない。コーク兄弟と現在の共和党で一致する点は経済問題についてである。彼らは経済的には保守派である。おそらく共和党主流派よりもより強硬な考えを持っているであろう。チャールズは過去に、政府の役割について、私的な所有権を守り、需要と供給の法則を維持するためだけに存在する、夜警国家であるべきだと発言している。

 

●コーク兄弟の政治的影響について

 

 オバマ政権下、コーク兄弟は政治的ネットワークを急速に拡大させていった。この拡大の理由の一つはオバマ大統領に対する保守派からの大規模な反撃が起きたことであった。コーク兄弟はこれをうまく利用したのだ。またもう一つの理由は、民主党はコーク兄弟を悪しざまに批判したことであった。これによって、多くの共和党の政治家たちがコーク兄弟の許に走ることになった。

 

 コーク兄弟と共和党との関係は良好なものではない。また、伝統的にそうであった。それは、コーク兄弟の政治スタンスは共和党と一緒ではないからだ。コーク兄弟はリバータリアンであり、共和党の政策に関しては少ししか同意できるものがない。しかし、民主党がコーク兄弟を悪しざまに罵ることで、彼らは保守派の中で知名度を上げていったのである。

 

●コーク・インダストリーズの規模について

 

 コーク・インダストリーズは巨大企業である。元々石油と肉牛牧場帝国からスタートした。しかし、そこから規模を急速に拡大していった。コーク・インダストリーズは石油化学企業である。世界第3位の実物資源の取引業者である。ジョージア=パシフィック社を所有しており、身近なブランドであるバラウニー、アンジェルソフトトイレットペーパー、ディクシー紙コップはコーク・インダストリーズの子会社が作っていることになる。ほとんどのアメリカ人はコーク・インダストリーズの名前を知らないであろう。アメリカ人のほぼ全ては毎日、彼らの作った製品に接していることもまた知らないのである。

 

●コーク兄弟の気候変動に対する立場について

 

 コーク兄弟はどんな規制にも全面的に反対している。彼らはこれまで規制というものを全く好まないでここまで来た。気候変動に対する政策について、彼らはその存在に疑義を呈するグループや組織に資金を提供してきている。彼らは気候変動とそれに関する規制について、彼らのビジネスモデルに対する大きな脅威である考えている。彼らは石油と石油化学の分野でビジネスを行っており、そうした規制は彼らのビジネスに大きく関わっているのである。彼らは気候変動の存在に疑義を呈しようとするグループに資金を出しているのである。

 

 デイヴィッドは科学的な人物である。私は、チャールズもそうだと考える。チャールズはMITで2つの修士号を所得した。1つは原子量工学の修士号だ。彼らは反科学的ではない。それでも、彼らは気候変動の存在を否定するために多額の資金を投入している。気候変動については化学的なコンセンサスが既に存在しているのであり、それに反対するために資金を投入することは間違っていると私は感じている。

 

●ティーパーティー運動創設におけるコーク兄弟の役割について

 

 彼らの思想の系譜を遡るとジョン・バーチ協会に行き着く。兄弟の父フレッドはジョン・バーチ協会の創設メンバーであり、チャールズも会員だったことがある。ジョン・バーチ協会は政府の全ての活動が社会主義につながるものだと考えた。そして、この思想の系譜はオバマ政権下でも姿を現した。これは何も突然にしかも偶然に起きたものではない。コーク兄弟は様々なシンクタンクに資金援助をすることで、知的な面での社会資本を長年にわたり整備してきた。そして、ティーパーティー運動の組織化と資金提供に関して言うと、コーク兄弟と深いつながりがある政治活動団体アメリカンズ・フォ・プロスペリティがティーパーティー運動組織化の最前線に立ち、運動を牽引したのである。従って、私はコーク兄弟がティーパーティー運動について重要な役割を果たしたと主張する。彼らが自分たちの関与を否定することは分かっている。

 

●チャールズ・コークがリバータリアニズム運動の創設者の一人であることについて

 

 私たちがリバータリアニズムについて語っている理由、そしてリバータリアニズムが人々の間で人気のあるイデオロギーになっている理由に、チャールズ・コークの存在が挙げられる。彼がリバータリアニズムに対してお金を使いだしたのは1960年代からで、その時から機関や組織を建設するという方法を継続してきた。

 

 1977年、チャールズ・コーク財団はケイトー研究所に代わった。ケイトー研究所は現在のリバータリアニズム運動における重要なシンクタンクとなっている。しかし、ケイトー研究所は、デイヴィッド・コークが兄チャールズのイデオロギー上のプロジェクトに参加するまではそうではなかった。本書執筆のために調査をして分かったことは、デイヴィッドとチャールズの慈善事業活動には大きな違いがあるということだ。デイヴィッドは文字通りの慈善事業家なのである。彼は医学研究や科学に資金を提供しているし、芸術分野でも多額の寄付を行っている。チャールズの人生をかけた目標はアメリカの政治文化を変え、リバータリアニズムを主流の思想にすることであり、そのために50年以上も活動を続けてきたのである。

 

●シュルマンがこの本を書こうと思った理由について

 

 2010年、コーク兄弟に対して公然と激しい批判が巻き起こった。私は彼らの出自、彼らの育てられ方、会社の起源、彼らの信奉するイデオロギーの起源を知りたいと思った。コーク家の物語を深く掘り下げていくにつれて、壮大な物語を、時には悲劇も含まれるが、発見した。そして、コーク家は多くの人々が考えているよりも重要な存在であること、彼らの影響力は将来にわたって続いていくであろうことを書きたいと思った。

 

(終わり)

 

==========

 

コーク兄弟に関する伝記、ダニエル・シュルマン著『ウィチタの息子たち』の書評

 

マティア・ゴールド(Matea Gold)筆

2014年5月24日

ワシントン・ポスト紙

http://www.washingtonpost.com/opinions/book-review-sons-of-wichita-by-daniel-schulman/2014/05/23/4bdbd3d4-e1e1-11e3-810f-764fe508b82d_story.html

 

 ダニエル・シュルマンは、コーク家に関する興味深い伝記を書き上げた。その書き出しは暴力に関する描写からである。1950年代のウィチタで、十代の少年である双子デイヴィッドとビルは田舎道の側で怒りにまかせてパンチの応酬を行った。

 

 このような家族間の暴力は『ウィチタの息子たち:コーク兄弟はいかにしてアメリカ国内最大の家族所有の大企業を作り上げ、有力な一族となったか』の中に繰り返し出てくる。このサブタイトルにもかかわらず、本書『ウィチタの息子たち』はコーク兄弟の企業複合体と政治ネットワークの分析よりも、四兄弟の間で起きた醜い争いに焦点を当てている。この争いのせいで、コーク家は20年にわたり分裂し続けた。

 

 シュルマンはリベラル系の雑誌『マザー・ジョーンズ』で働いている。彼は同誌のワシントン支局の上級編集者である。左派の多くの人々はコーク兄弟について悪意に満ちた人形使いだと漫画のキャラクターのように描き出している。しかし、シュルマンはコーク兄弟をそのようには描いていない。その代り、彼はコーク兄弟について深く調査し、洞察に溢れる描写を行っている。そして、彼らを形作っている個人的、政治的な力を明らかにしている。

 

 シュルマンは、コーク兄弟に最も大きな影響を与えているのは彼らの父親フレッド・コークだと書いている。フレッドは反共産主義を標榜しているジョン・バーチ協会の初期の指導者であった。フレッドは子供たちに厳しく接し、感情的なつながりなど持たなかった。フレッドは、スターリン時代のソ連でビジネスを行った経験から、熱心な反共主義者となった。フレッドのイデオロギーは子供たちにも伝わった。それがリバータリアニズムである。

 

 シュルマンは単刀直入な文体で、コーク帝国の起源について素晴らしい物語を紡いでいる。彼は、テキサス州クワナ生まれの若きフレッド・コークが、石油資源が豊かなカンザス州でエンジニアとして働き始めたところから物語を始めている。オランダ移民の子フレッドはある会社の株式を300ドルで購入し、その会社を石油精製企業に育てた。彼は賢い投資を行ったことで、莫大な富を作り上げた。フレッドはウィチタの上流階級の令嬢であったメアリー・ロビンソンと結婚したことで社会的地位を上昇させた。彼は新妻メアリーを7カ月に及ぶ世界一周の新婚旅行に連れ出した。

 

 フレッド・コークは健康問題を抱えていた。それでも彼は「カントリークラブにたむろする道楽息子たち」にしないと固く決心していた。

 

 シュルマンは次のように書いている。「彼は息子たちに乳牛の乳搾り、糞の掃除、溝の清掃、草刈りなどありとあらゆる仕事をさせた。この終わりのない仕事の連続は夏の時期には拷問のようであった。ウィチタの上流階級の子供たちは午後になればカントリークラブに行って遊んでいた。彼らの歓声が13番街の通りを隔ててコーク家の屋敷まで聞こえてきた」

 

 子供のころから、四兄弟は競争をさせられ、父フレッドに対しては全く違った対応をした。長男フレデリックは母と同じく芸術を愛好し、父からはすぐに疎まれ、後月の地位からは早々に脱落した。二番目の息子チャールズは10代の頃は悪ガキであったが、最終的には落ち着き、家族のビジネスを継いだ。双子であるデイヴィッドとチャールズは、父からけしかけられて子供のころから争い続けてきた。彼らは子供の時からボクシングのグローヴを着けて殴り合いをしていた。

 

 『ウィチタの息子たち』ではそのかなりの部分を使って、兄弟間のコーク・インダストリーズの支配権を巡る20年に渡る法廷闘争について丹念に描き出している。チャールズとデイヴィッド対ビル、時にフレデリックという構図であった。両方の争いは余りにも醜くなり果て、ある時には兄弟たちは私立探偵を調査員として雇い、お互いの生活についてほじくり合った。ビルが雇った調査員たちは「掃除人とごみ収集車の人たちにお金を渡して、チャールズ、デイヴィッド、そして彼らの雇った3名の弁護士たちの事務所と自宅のごみ箱を漁った」とシュルマンは書いている。

 

 家族はカンザス州トピーカの裁判所で陪審員たちの前で争った。それは1998年のコーク対コーク・インダストリーズ裁判でのことであった。裁判中、証言台に立ったデイヴィッドは双子の弟ビルが会社の実権を握ろうとして裁判まで起こしたことを残念に思い、涙を流した。チャールズとデイヴィッドが裁判に勝利したのだが、ビルは集まった記者たちに対して控訴すると宣言し、「彼らは詐欺師だ」と怒りをぶちまけた。

 

 兄弟たちは2001年に和解した。兄弟たちはビルが所有するパームビーチの邸宅で夕食を共にし、父親の遺した財産の分割について最終的な合意書に署名した。彼らが夕食を共にしたのは20年ぶりのことであった。

 

 コーク兄弟と彼らの政治活動について関心を持つ人々にとって、本書『ウィチタの息子たち』には、彼らがどのように政治に関与しているかについて大きな発見がないと思うことだろう。しかし、シュルマンはチャールズ・コークの政治的な立場の変遷について丹念に描き出している。彼は父フレッドが始めたジョン・バーチ協会のメンバーであった。彼の友人が家を訪ねた時、アーネスト・ヘミングウェイの『陽はまた昇る』を持っていた。チャールズは、「ヘミングウェイは共産主義者だから」と言って、友人の持っていた本をドアの外に置かせてそれから家に招き入れた。

 

 フレッド・コークは1967年に死去した。その後、チャールズはジョン・バーチ協会とヴェトナム戦争に対する支持を巡って争うようになり、絶縁した。彼はリバータリアニズムを信奉し、リバータリアニズム運動に対して資金援助を始め、1977年には新しいシンクタンクであるケイトー研究所を設立した。ケイトー研究所の設立は、後にコーク兄弟が完成させたシンクタンクと政治家の非営利組織のネットワーク作りの第一歩となった。

「コクトパス」という言葉は、リバータリアン党のある人物が、チャールズが党をカネで動かそうとしていると批判した時に使った言葉である。

 

 チャールズは政治への関与を深めた時、共和党を軽蔑していた。1978年8月に出された『リバータリアン・レヴュー』に掲載された4ページの論稿の中で次のように書いている。「共和党が私たちにとっての唯一の希望と言うことなら、私の未来はない。共和党は“ビジネス”の党であると標榜しているが、それは最悪の意味でのことである。彼らの言う“ビジネス”の党とは、補助金と政府とのつながりを意味するのである」

 

 チャールズは、正統リバータリアニズム思想を1990年代に入り、ますます信奉するようになった。それはこの時期、コーク・インダストリーズは数々の裁判で負け続けたからだ。コーク・インダストリーズの所有するパイプラインからガスが漏れたためにそれに引火して大事故となり、十代の若者が2名亡くなった事件の裁判では記録となる2億9600万ドルの賠償金の支払いが命じられた。

 

 シュルマンは「彼が実際に生きていた世界は彼が望むようなリバータリアニズムの楽園ではなかった」と書いている。それから突然、チャールズはコーク・インダストリーズは「全ての法と規制を1万パーセント守る」という方向に転換した。コーク・インダストリーズは、ロビー活動を活発化させ、ワシントンDCで行われる国政に関与し始めた。

 

 しかし、大きな転換点となったのは2008年の大統領選挙でバラク・オバマが当選したことであった。チャールズ、デイヴィッド、彼らのアドヴァイザーであるリチャード・フィンクは、新大統領が現代版のニューディール政策を推進することに恐怖感を持った。彼らは、オバマと同じ民主党のビル・クリントンがホワイトハウスの主であった時に行われた、コーク・インダストリーズに対する厳しい捜査が再び行われることがないようにしようと躍起になった。

 

 コーク兄弟は、彼らの旗艦とも言うべき政治団体であるアメリカンズ・フォ・プロスペリティを通じて政治への関与の度合いを高めた。アメリカンズ・フォ・プロスペリティはティーパーティー運動を組織し、発展させることに貢献した組織である。

 

 シュルマンはコーク兄弟は最初のうちアメリカンズ・フォ・プロスペリティの活動とは距離を取ろうとしていたと指摘している。コーク兄弟がスポットライトを浴びることになったのは、環境保護団体グリーンピースがコーク兄弟についてのレポートを出したからだ。シュルマンはこのレポートについて、「効果的ではあったが、誤解を招きかねない」ものであったと書いている。このレポートで、グリーンピースはコーク兄弟が右派の組織やシンクタンクに多額の資金を提供し、気候変動の存在そのものについて否定的な立場から議論させようとしていると主張した。

 

 2010年の中間選挙の間、コーク兄弟の名前はマスコミを賑わせた。コークという名前は忌み嫌われ、家族は表舞台に顔を出さないようになった。シュルマンは「コーク兄弟はオバマ大統領が主人公の人形劇の敵役と同じ存在になってしまった」と書いている。

 

 それから4年後、この構図は変わらずに続き、コーク兄弟の存在はアメリカ政治に関する議論の一つのテーマとなっている。

 

 シュルマンは2年以上をかけて「ウィチタの息子たち」について報道し、調査を行ってきた。そして、文書庫に遺されていた数千ページの文書を丹念に調べ上げ、コーク家に近い多くの人々に対してインタヴューを行った。しかし、チャールズとデイヴィッドは彼のインタヴューに答えることはなかった。

 

 本書は372ページの大部で、コーク家に関して細かい点まで言及している。シュルマンは、フレデリックは1959年に同性愛者組織に対して、ヨーロッパにある同性愛者たちが集まるバートレストランのリストを送ってくれるように依頼する手紙を発掘した。コーク家の友人たちはシュルマンに対してフレデリックは同性愛者であると語っているが、彼自身は否定している。シュルマンは、1つの章でメアリー・コークがある美学教授と、夫フレッドの死後の人生の後半生において深い関係になったことを詳細に描き出している。そして、彼はビルがたくさんの女性たちとの恋愛遍歴を細かく書いている。また、あるガールフレンドとの激しいファックスのやり取りをしていたことを具体的に書いている。

 

 しかし、『ウィチタの息子たち』の全体的なトーンは公平で豊富な内容となっている。シュルマンは、注意深く取材され分析された内容を私たちに提供することで、彼らの莫大な資金がアメリカ政治を劇的に作り変えた男たちについての私たちのイメージを刷新させることに成功した。彼は、コーク兄弟たちの目的と行動の理由、更に彼らに付きまとう欲望について明確に描き出している。

 

※マティア・ゴールド:ワシントン・ポスト紙で経済と政治を担当している。

 


(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

nihonniosoroshiiookinasensougasemarikuru001
 
 

 副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)を皆様に強くお勧めします。

  


 先日、入手し、さっそく読み始め、読了しました。この本はアメリカ政治情報と分析だけでなく、ヨーロッパ、中東と東アジアの分析まで含まれた広範な内容になっています。2013年から2014年までの世界の動きを概観し、重要な動きを分析し、そこから得た結論がタイトルとなっている「日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る」ということになります。「戦争?そんなアホな」と思っておられる方々は、タイトルを見ただけで「与太話」の本だと思って忌避されるかもしれませんが、俗に言う「騙されたと思って」読んでみてください。目からうろこの情報と分析が満載です。

 

 拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)で私が提示した枠組である、共和党の「ネオコン」と民主党の「人道主義的介入派」対「現実主義派」を副島先生も発展させた形で本の中で使っておられたので、私としては、大言壮語をするつもりはありませんが、とても誇らしく思っています。更には、2016年の米大統領選挙の分析でも、私がこのブログでご紹介した「リベラル・リバータリアン連合」を本の中でご紹介いただいています。
 
 


 まだまだ副島先生の足元にも及びませんが、「情報の目利き」だけは少し勘所を掴んだかなと思います。そして、私が重要だと思う情報は、このブログでこれからも適宜皆様にご紹介して参ります。もうすぐしたら、ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」内の「今日のぼやき」コーナーで私のアメリカ大統領選挙の現状分析も掲載されると思いますので、そちらもお読みください。

 

※ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」のアドレスは以下の通りです。

http://www.snsi.jp/

 

 私が最近、ご紹介したトム・コットン連邦上院議員(アーカンソー州選出、共和党)の危険性についても、あのイランに対する無礼極まりない公開書簡の前に既に本にして紹介されているところから見ても、この本の網羅している情報の確かさ、分析の確かさは証明されていると思います。

 

 ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く(上)(下)』(幾島幸子、村上由見子訳、岩波書店、2011年)の重要性もまたこの本の中で指摘されています。自然災害(天災)と戦争(人災)を使って、人々の思考力と判断力を奪って、権力者たちと公務員たちが自分たちの思い通りの政策を実行しようとする、この汚いやり方に対抗するためには、「そういうことがあるのだ」ということを知り、それをしっかり理解するしかありません。
 

 

 世界は、戦争を回避して大きな厄災を避けようとする指導者たちと戦争をして(一般の人々の不幸と悲劇を無視できる)、自分たちの利益を追い求めようとする指導者たちとの分裂を反映し、この分裂によって動いていることが分かります。日本は残念ながら、後者の方のアホな指導者を持っているという点で、とても不幸な状況にあります。興味深かったのは、ヨーロッパ各国で台頭している「民族的、極右政党」と日本の「ネトウヨ」との越えられない大きな違いです。やはり近代と前近代の違いがそれぞれの特徴に大きく反映しているのだなと納得できました。

 

 国際紛争の6つの段階の表は専門家でもなかなかうまく説明できないし、そもそもあまり区別などしてこなかった部分だと思います。国際法や戦争法の専門家であれば区別に注意を払うでしょうが、歴史学者や政治学者にとっては盲点かもしれません。「①議論、対立(argument)→②軍事衝突(military conflagration, armed conflict)→③事変、紛争(military conflict)→④戦争(warfare)→⑤和平交渉(peace talks)→⑥平和条約。講和条約=戦争終結条約(peace treaty)」のそれぞれの要素はしっかり覚えておかねばなりません。これからこの段階を踏んでいく「現実」(約80年前には日本にもあった「現実」です)を私たちは経験することになるのでしょうから。

 

 何か悲劇的な事件が起きて、悲しんだり、憤ったり、復讐心を持ったりすることは自然なことです。しかし、そうした事件が起きた後に、「いや待てよ、これは何か仕組まれているんじゃないのか」と考えること、副島先生の『余剰の時代』(ベスト親書、2015年)にあった「少し臆病に生きる、疑ってみる」ことが、騙されたり、操られたりしないために重要なのだということ、そして、知識と情報を持つことが何よりも自衛になること、それがこの本の大きなテーマなのだと思います。

 

 私の理解では、ネオコンと人道主義的介入派が「利用」している外国勢力がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相であり、日本の安倍晋三首相です。両者ともに評判が良くないにもかかわらず、総選挙で勝利を収めました。これもまたショック・ドクトリンの成果でもあります。イスラエル国民はイランからの、日本国民は北朝鮮からのミサイルが飛んでくるぞと脅され、「そうならないようにするためには力強いことを言っている指導者を選ぶしかない」ということになってネタニヤフと安倍晋三がそれぞれ指導者に選ばれました。しかし、これが「ショック・ドクトリン」だったらどうでしょう。ネオコンや人道主義的介入派がそれぞれの国の世論を「操った」と考えたらどうでしょう。イスラエルとイラン、日本と北朝鮮をそれぞれ反目させることで誰が利益を得るかを考えるとこのことはすぐに理解できると思います。

 

 世界の不幸と悲劇が私たちの生活に襲い掛かってくることがあっても、慌てず騒がす、粛々と生きていく、この強さを手に入れたい皆様には必読の書だと思います。是非手に取ってお読みいただきたいと思います。

 

(終わり)










 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)を皆様にご紹介します。

 

 副島先生は多くの分野で数多くの直策を書いておられますが、先生の主著は『』『』です。政治思想研究とアメリカ政治・経済研究こそが先生の「主専攻(Major)」と言えると思います。そして、このたび、先生は主専攻であるアメリカ政治研究の最先端の成果を刊行されました。

 

 是非お読みいただきまして、これからの指針にしていただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

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『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)

 

まえがき

 

 2年後である2017年1月から、ヒラリー・クリントンがアメリカ大統領になったら、世界中が戦争になるだろう。

 

 日本では、この5月から「安保法制」の国会審議が始まる。兵器を使用しやすいように自衛隊法、周辺事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法などの改正が相次ぐ。いよいよ、戦争か、平和(をこのまま続けられる)かの岐路に私たちは立たされた。 昨年(2014年)末の〝突然選挙〞(1214日)があって安倍晋三首相たち自民党が勝った。これで安倍晋三は、あと4年間(2018年まで)首相ができると思って、その間に、日本をどんどん戦争態勢に持ち込むつもりだ。日本国民のほうは、「憲法改正までには、どうせまだ時間がかかる。何年か先だ」と不安にかられながらも考えている。憲法改正に反対である(平和主義)公明党が連立与党にいてくれるから、憲法改正はまだ当分、先だと、ヘンな勢力を頼りにしている。

私は近未来を厳しく予測(予言)する。

 

 2015年1月7日、フランス・パリで起きた週刊誌『シャルリー・エブド』襲撃テロ事件で、冷静なはずのフランス人まで反イスラム教の風潮になった。中東の狂気の集団ISIS(イスラム国)のことが響いている。

 

 おそらく、日本海に、北朝鮮の弾道(バリスティック)ミサイル(「宇宙ロケット」とも言う)が、発射されて落ちるだろう。それは、福井県の若狭湾(原発銀座)の公海上だろう。ここには、舞鶴の海上自衛隊の艦隊基地がある。かつての舞鶴軍港であり、明治期には「鎮守府 」と呼ばれた。アメリカの第7 艦隊(ザ・セブンス・フリート)のリエゾン基地もある。

 

 この北朝鮮のミサイル発射で、日本国民は大きく震ふるえ上がる。すかさず〝ショック・ドクトリン〞(Shock Doctrine)が発動される。ショック・ドクトリンとは、ナオミ・クラインというカナダの女性評論家の本のタイトルである。

 

 その勢いを借りて、安倍政権の安保法制がどんどん進められる。日本は一気に準軍事国家になる。軍備拡張に反対する者たちは弾圧されるだろう。安倍政権は、軍国主義に向かって法律群をどんどん可決(国会通過)させることができる。安倍政権は、世界基準では右翼(ライト)政権である。当然、このほかに尖閣諸島での中国との軍事衝突(military confl agration  ミリタリー・コンフラグレイション)の危険も迫る。

 

 すべては大きく仕組まれているのである。日本をこの方向に動かす、すべての企て(プロット)はアメリカによって綿密に設計され、着実に実行されていく。このように私が書くと、「また副島の陰謀論か」と言われる。私は、×「陰謀論」という言葉を認めない。

 

 英語のコンスピラシー・セオリー(conspiracy theory)は、○「権力者共同謀議(は有る)論」と正しい訳語に訂正すべきである。このように唱導している。

 

 私がこの本を書く動機は、日本国民よ騙だまされるな、である。私たちは、着々と仕組まれて、どんどん戦争態勢に引きずり込まれつつある。この現状に、先手先手を打って「次はこうなる。その次はこうなる。(彼らは)次は、こういう手で出てくるぞ」と、私が近未来の予測(=予言)を行う。そうすることで日本国民が前もっての知識を得ることができる。そうしたら危機に対して準備ができる。準備して身構えることによって、突発的に何かが起きても、うろたえないですむ。

 

 私たちは突然の軍事衝突の大事件が起きても、一瞬の恐怖心に囚とらわれてパニック状態に陥ってはならない、と私はこの本で諭さとす。日本国民にあらかじめの警戒心と対応能力を持ってもらいたい。そのために私は現在の世界(中)の最新情報を集めて伝える。

 

 私たち日本人が前もって準備して、次はこうなるぞ、その次はここからこのように仕掛けられるぞ、と身構えていれば、簡単に騙されることはない。「そうか、やっぱり、その手で来たか」と冷静に対応できる。

 

 もう1つ大事な近未来を本書で書いた。黒人の大統領の次は女の大統領なのである。〝女の時代の恐ろしい女たち〞が、ヒラリー・クリントンたちによって着々と準備されている。ということは、日本でも次は女の首相が誕生する。

 

 オバマが残りの大統領任期2年間は、必死で〝大きな戦争(ラージ・ウォー)〞を食い止める。そのあとが危険なのだ。 自然大災害と戦争の脅威が突然起きると、人々は狼狽し判断力を失う。その時を利用して権力者(支配者)たちは、うむを言わせず、一気に大きな制度改革(すなわち、安保法制やら憲法改正やら)を断行する。大事件の勃発で一瞬にして脳に打撃を受けて恐怖心に囚われた国民は、そのとき、判断力を失う。

 

 そこが権力者たちの狙い目だ。今こそ私たちは「備えあれば憂いなし」の心構えを持つべきだ。だから、そのための「これから、こういうことが起きる」という先手先手の、近未来の予測と、前もっての情報を、私がこの本で書いて知らせる。

 

 何があっても、うろたえるな。うろたえた、そのときが、国民(民衆)の側の総敗北である。権力者たちの思うがままにされる。私たちはショック(恐怖)に襲われて判断力を失くして、そのすきを突かれて権力者たちの言いなりにさせられる。これが、まさしく「ショック・ドクトリン」である。まんまと権力者たちの術中にはまったら、もうそのあとは、日本国は、いよいよ破滅への道を歩かされる。

 

 それを何とか阻止したい、ともがきながら願う私の必死さがこの本を書かせた。私は、今や、誰憚はばかることなく、近未来の予言者、日本国の占い師、呪い師の地位に就く。

 

 先のことに不安を抱え怯おびえることが多い人は、占いと呪まじないに頼る。占いとは近未来の予測のことだ。「そんなものを私は信じない。私は科学的な人間だ」と、インテリぶってバカなことを言っている人間ほどアホである。

 

 私たちは、もうすぐ日本に押し寄せる近未来(数年以内)の災難に向かって、先手先手で事態に備え、襲い来る大きな災難を生き延びることが重要だ。

 

 そのために私は全身を強張らせながらこの本を書いた。

 

 

あとがき

 

 勘の鋭い人たちが、「なんだか日本も戦争になりそうだな」と感じはじめている。

 

「まえがき」でも書いたが、私がこの本で言いたいことは次の一行だ。「戦争が日本にも迫っている(あと数年)が、そのときになって慌てるな、うろたえるな」ということだ。

 

 うろたえて、気が動転して日本国民が冷静な判断力をなくしたそのときが、権力者、支配者たちの思うつぼなのである。それを〝ショック(を与えて脅して支配する)・ドクトリン〞と言う(第5章参照)。

 

 世界は大きな戦争(ラージ・ウォー)にヒタヒタと向かっている。日本もこれに必ず巻き込まれる。中東(ミドル・イースト)の次は極東(ファー・イースト)なのである。すなわち、私たちの東アジアで戦争が起きる。いや、起こされる。そのように、アメリカのヒラリーの勢力が着々と仕組んでいる(第1章参照)。

 

 歴史(=人類史)は繰り返すのである。だが、本格的な戦争になるまでに、4つの段階(必ず踏む手続き)がある。①議論・対立(アーギュメント)、②軍事衝突(ミリタリー・コンフラグレイション)、③事変・紛争(ミリタリー・コンフリクト)だ。そして、その次が本当の④戦争(ウォーフェア)である。このことを日本国民が知ることが大事だ(第4章参照)。

 

「次はこうなる。その次は、こういうことが起きる」とあらかじめわかっていさえすれば、私たち(日本国民)はそれに対処できる。1人ひとりが対策を立てられる。身構えて準備することができる。そして戦争というのは、だいたい4年間で終わる。1つの国で500万人ぐらいが死ぬ。歴史(人類史)をずっと調べていてわかった。このことをみなさんに知ってもらいたかったので、私はこの本を書いた。

 

 もちろん、現代のアメリカ政ポリティカル・ソート治思想の研究者である私が、最新のアメリカの政治情報もたくさん、かつわかりやすい大きな構図(図式)で示した。

 

 日本国民に幸わいあれ。

 

2015年2月

副島隆彦

 

(終わり)













 
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