古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:EU

 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 下に紹介しているシェンゲン協定(Schengen Agreement)とは、ヨーロッパ諸国間で国境での審査や検査なしで国境通過を許可する協定だ。加盟している国(ヨーロッパの国)の国民であれば、加盟している国々の間を自由に往来できる。日本のパスポート所有者であれば、それに近い形で往来ができる。ヨーロッパ連合(European UnionEU)の加盟諸国とほぼ重なるが、EUに加盟していなくてもシェンゲン協定に加盟している国があるし、逆にEUに加盟していながら、シェンゲン協定には加盟していない国もある。

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シェンゲン協定に関するヨーロッパの現状

 今回ご紹介している論稿では、「ヨーロッパ諸国の間での武器や装備品の軍事移動が自由にできるようにすべきだ」という内容だ。ヨーロッパはEUNATOという枠組みでまとまっている(加盟していない国もあるが)。両組織共に、大雑把に言ってしまえば、「対ソ連(現在は対ロシア)でまとまる」ということになる。ロシアが戦車部隊と先頭にして退去として押し寄せてくるというイメージがあるようだ。

 それが、2022年2月からのウクライナ戦争で現実のものとなるかもしれないとヨーロッパ諸国で懸念が高まった。また、ロシアがウクライナ戦争への参戦はロシアに対する敵対行為となり、核兵器による攻撃の可能性も排除しないということになって、ヨーロッパ諸国、特に西ヨーロッパの先進諸国は及び腰となった。ウクライナが戦闘機をはじめとする、より効果の高い、より程度の高い武器の供与を求めているのに、西側諸国は、ロシアからの核攻撃が怖いものだから、ウクライナの要請を聞き流している。ヨーロッパ諸国の考えは、「自分たちにとばっちりが来ないようにする、火の粉が降りかからないようにする」というものだ。

 ヨーロッパ諸国はまた、アメリカの力の減退、衰退を目の当たりしている。そこで、「これまではアメリカに任してきたし、本気で取り組む必要がなかった、対ロシア防衛を本気で考えねばならない」という状況に追い込まれた。ロシアはヨーロッパの東方にあり、もし戦争となれば、ロシアに隣接する、近接する国々の防衛をしなければならないが、これらの国々は小国が多く、とても自分たちだけでは守り切れない。そこで、西ヨーロッパからの武器や装備人の支援が必要となる。しかし、これが大変に難しい。
 ヨーロッパはEUとして一つのまとまりになっているが、それぞれの国の制度が個別に残っているので、道路や鉄道の規格が異なるために、武器を陸上輸送するだけも大変なことだ。軍事移動の自由がかなり効かない状態になっている。まずはそこから何とかしなければならないということになる。

 今頃になって慌てているヨーロッパ諸国、NATOはお笑い草だが、ロシアが西ヨーロッパに手を出すと本気で心配して慌てだしているのは何とも哀れだ。経済制裁を止めて、エネルギー供給を軸にした以前の関係に戻れば何も心配はいらない。そのうちにこう考えるようになるだろう、「アメリカがいるから邪魔なんじゃないか」と。ヨーロッパのウクライナ戦争疲れからアメリカへの反発が大きくなっていくかもしれない。

(貼り付けはじめ)

「軍事シェンゲン圏」時代が到来(The ‘Military Schengen’ Era Is Here

-ヨーロッパ共通の軍事的野心の第一歩は自由な移動について理解することである。

アンチャル・ヴォーラ筆

2024年3月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/04/europe-military-autonomy-nato-schengen/

2024年1月下旬、ドイツ、オランダ、ポーランドの3カ国は、3カ国の間に軍事輸送回廊(military transport corridor)を設置する協定に調印し、ヨーロッパ全域の軍事的流動性(military mobility)を向上させるという、長い間議論されてきたがほとんど追求されてこなかった目標に大いに弾みをつけた。ドイツ国防省のシェムティエ・メラー政務次官は、この回廊によって軍事移動が「真の軍事シェンゲン圏(true military Schengen)への道を歩むことになる」と述べた。ヨーロッパの政策立案者たちが、シェンゲン圏内の人と商業物資のヴィザなし移動を、ヨーロッパ全域の軍隊と軍事装備の移動に適応させるというアイデアを浮上させたのは、これが初めてではない。しかし、このアイデアは現在、明らかに勢いを増している。

軍事シェンゲン圏構想が浮上したのは、ロシアによるクリミア併合の後だった(2014年)。ロシアによるクリミア併合から10年、ウクライナへの侵攻から2年が経過した今、ヨーロッパはロシアのウラジーミル・プーティン大統領が更に西側への軍事行使に踏み切る可能性に備える必要があることを認識しつつある。ヨーロッパの軍事関係者たつは、冷戦で学んだ教訓を掘り下げている。その中には、軍の機動性に関する具体的な教訓も含まれている。

しかし、複数の専門家、外交官、軍関係者が本誌に語ったところによると、その進展は望まれているよりもはるかに遅れている。ポーランドのNATO常任代表であるトマシュ・シャトコフスキは本誌に対し、「ルールの自由化は誰もが支持している。しかし、問題は2015年以来、私たちはそれについて話し続けてきたということだ」。彼らは、ヨーロッパは冷戦時代の緊張が戻ってきた可能性があることを認めており、ヨーロッパ諸国が兵員や物資を効果的に移動させるには「長い道のり(long way to go)」があると述べた。

ヨーロッパにおける軍事ミッションに関連するあらゆるものの通過には、官僚的なハードルから決定的な遅れの原因となるインフラのギャップまで、さまざまな障害がつきまとう。バルト三国であるエストニアのヨーロッパ連合(European UnionEU)議員で、外務委員会の副委員長を務めるウルマス・パエトは、軍事的機動性を10段階の中で3段階でしかないと評価し、現在、バルト三国に物資を送るには「数週間から少なくとも1週間以上」かかると述べた。

書類仕事は煩雑で大変だ。様々な国の様々な省庁から、時には国内の様々な地域から、いくつもの承認を得る必要がある。ほとんどの道路や橋は民間用に建設されたものであり、重い軍事機材の重量に耐えられるとは考えられない。中央ヨーロッパの燃料パイプラインは東部諸国に伸びていないため、燃料供給の遅れが長期化すれば、決定的な要因となりかねない。更に言えば、旧ソ連諸国の鉄道の軌間はヨーロッパの鉄道の軌間とは大きさが異なり、戦時に数千人の兵員や装備を列車から別の列車に移すことは、さらに時間のかかる作業となる。

軍事シェンゲン圏の最初の提唱者であり、この言葉を作ったと思われる、NATO司令官を務めたベン・ホッジス中将は、少なくともここ数年、軍事移動性について議論が盛り上がっているのは良いことだと評価している。ホッジス司令官は最近のミュンヘン安全保障会議に出席し、本誌の取材に対して、「現在、様々な国の様々な政府機関の閣僚たちが軍事シェンゲン圏について話しているのを聞くようになっている」と語った。

ホッジス元司令官は、危機に際して迅速に行動する能力は、軍事抑止ドクトリンの重要な部分であると述べた。彼は更に、軍隊が動員され、迅速に移動する能力は、敵にとって目に見えるものでなければならず、そもそも攻撃することを抑止するものでなければならない、と述べた。

ホッジスは「私たちは装備や兵力だけでなく、迅速に移動し、予備部品を供給し、燃料や弾薬を保管する能力など、真の能力を持たなければならない。ロシアに私たちがそうした能力を持っていることを理解させる必要がある」と述べた。

ホッジスは、ドイツ、オランダ、ポーランドの合意は素晴らしいスタートだと称賛し、このような回廊は他にも数多く検討されていると述べた。ブルガリアのエミール・エフティモフ国防長官は、同盟諸国はギリシャのアレクサンドロウポリスからルーマニアへの回廊と、アドリア海からアルバニアと北マケドニアを通る回廊を優先すべきだと述べた。

ホッジスは続けて、「彼ら(同盟諸国)はギリシャからブルガリア、ルーマニアまでの回廊を望んでいる。これら全ての回廊の目的は、インフラの面でスムーズなルートを確保するだけでなく、税関やすべての法的なハードルを前もって整理しておくことだ」と述べた。

ドイツ、オランダ、ポーランドの回廊は多くの構想の中の最初のものであり、ボトルネックを特定して解決し、将来の回廊のモデルとなる可能性があると期待されている。匿名を条件に本誌の取材に応じたあるドイツ軍幹部は、この回廊ではあらゆる問題を調査すると述べた。この軍幹部は、ドイツでは各州、つまり連邦州が領土内を通過する軍隊や危険な装備について独自の法律を定めているため、平時においては当局が連邦手続きを円滑化することも可能になると述べた。戦争時には、回廊は「単なる通り道以上のもの(much more than a road)」になるだろうと彼は付け加えた。

上述の軍幹部は「危機発生時にはおそらく10万人以上の兵士が出動するだろう。移動を停止し、休憩し、スペアパーツを保管する倉庫や燃料保管センターにアクセスできる場所が必要となるだろう。そのようなシナリオには、戦争難民の世話をするための取り決めも必要になるだろう」と述べた。

これは、3カ国の間でさえ難しいことだ。20数カ国の加盟国間の協力、特に武装した兵士や危険な機械が関係する協力には、更に数え切れないほどの規制が課されることになる。前述のウルマス・パエトは、「防衛は、『国家の権限(a national competence)』であり、各国は共有したいものを共有する」と述べた。軍事的な荷重分類があり、重戦車の重量に耐えられる橋がどこにどれだけあるかといったような重要なインフラの詳細については、各国はなかなか共有しない。

ヨーロッパ外交評議会(European Council of Foreign Relations)というシンクタンクの防衛専門家であるラファエル・ロスは、インフラの必要性に関するカタログは存在しないと述べた。ロスは「どこにどのようなインフラが必要なのか、明確になっていない」と本誌に語った。ヨーロッパ政策分析センター(Center for European Policy AnalysisCEPA)が2021年に発表した報告書によると、欧州では高速道路の90%、国道の75%、橋の40%が、軍事的に分類される最大積載量50トンの車両を運ぶことができる。ウクライナの戦場でロシアを相手にステルス性を証明したレオパルド戦車やエイブラム戦車は、重量がかなりある。

ホッジスは次のように語っている。「レオパルド戦車の重量は約75トンで、エイブラムス戦車はもう少し重い。これらの戦車のほとんどは、重装備輸送車(heavy equipment transportersHETs)の荷台に載せられて輸送され、HET1台あたりの重量は約15トンから20トンだ」。CEPAは、トラック、トレーラー、重戦車の組み合わせは120トンをはるかに超える可能性があると指摘し、軍事的移動に適したインフラはほぼ存在しないことになる。

EUは、軍民両用インフラに資金を提供する必要性を認めており、既に95件のプロジェクトへの資金提供を承認している。ポーランド大使とホッジスはともに、EUのインフラ資金調達手段であるコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ(Connecting Europe FacilityCEF)に割り当てられた資金が65億ユーロから17億ユーロに削減されたことを懸念していると述べた。

CEFを通じて資金提供される国境を越えた鉄道プロジェクト「レイル・バルティカ(Rail Baltica)」は、ヨーロッパの鉄道網をリトアニア、エストニア、ラトビアのバルト三国まで拡大する計画で、2030年までに機能する予定だ。しかし、資金面での懸念が現地のニューズで報じられている。更に、フランス、ベルギー、そしてドイツでさえも、ヨーロッパの集団的自衛権にGDPの大きな部分を費やすことが多い東ヨーロッパ諸国への中央ヨーロッパパイプラインの拡張に費用をかけることに強い抵抗がある。

EUの防衛協力を調整するヨーロッパ防衛庁は、陸空の移動に関する官僚的プロセスの標準化と事務手続きを簡素化するための共通フォームの開発に取り組んでいる。しかし、これは25の加盟国によって合意されているものの、これらの「技術的取り決め(technical arrangements)」を国内プロセスにまだ組み込んでいない加盟国は消極的である。

EUの27カ国、NATOの30カ国以上の全加盟国を合意に導くのは大変に困難だが、リトアニアのヴィリニュスで開かれた前回のNATO首脳会議以来、ホッジスには希望を抱くことができる理由がある。昨年7月、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は3つの地域防衛計画(regional defense plans)を発表した。ストルテンベルグ事務総長は、北は大西洋とヨーロッパ北極圏、中央はバルト海地域と中央ヨーロッパ、南は地中海と黒海における抑止力を計画・強化すると述べた。これらの計画によって、NATO加盟国は正確な防衛要件を評価し、それを各同盟国に配分し、その過程で具体的な後方支援の必要性を理解することができる。ホッジスは、これが「ゲームチェンジャー(game changer)」となることを期待している。

※アンチャル・ヴォーラ:ブリュッセルを拠点とする『フォーリン・ポリシー』誌コラムニストでヨーロッパ、中東、南アジアについて記事を執筆中。ロンドンの『タイムズ』紙中東特派員を務め、アルジャジーラ・イングリッシュとドイツ国営放送ドイチェ・ヴェレのテレビ特派員を務めた。以前にはベイルートとデリーに駐在し、20カ国以上の国から紛争と政治を報道した。ツイッターアカウント:@anchalvohra

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 古村治彦です。

 2022年2月24日にウクライナ戦争が始まって約1年半が経過した。ウクライナ政府は今年の春頃に春季大攻勢(Spring Offensive)をかけてロシアに大打撃を与えると内外に宣伝していた。春が終わり、暑い夏がやってきても(ヨーロッパ各国でも気温40度に達している)、戦争は膠着状態に陥っている。春季大攻勢は宣伝倒れに終わってしまったようだ。西側諸国もこれまで支援を続けているが、現状維持が精いっぱいというところだ。
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NATO加盟国地図

 ウクライナは戦争が始まる前からEUNATOへの参加を熱望してきた。NATO加盟諸国、特にアメリカが軍事支援を強化していたが、ウクライナのNATO加盟に消極的であった。それはウクライナがNATOに加盟し、その後に外国から攻撃を受けたら、NATO加盟諸国は自分たちが攻撃を受けたと見なし、即座に軍事行動を起こさねばならないからだ。ウクライナの仮想敵国はロシアであり、もし2022年のウクライナ戦争前にウクライナがNATOに入っていたら、ウクライナ戦争はロシア対NATOの全面戦争となっていたところだ。アメリカはウクライナへの軍事支援を強めながら、NATO加盟は認めないという、ウクライナもロシアもいたぶるような状態を長く続けていた。アメリカの火遊びが過ぎたのが現状である。

 ウクライナのNATO加盟に関しては、一時期、トルコがスウェーデンとの関係が悪化していたために、反対の姿勢を示していたが(全会一致が原則)、それが解消された。しかし、NATOは様々な条件を付け、更に時期も明確にしないという形で、ウクライナの加盟を保留している。ウクライナ戦争が終わっても、ウクライナがNATOに加盟できるかは不透明だが、ロシアの断固とした姿勢を前にして、NATO加盟諸国は躊躇している。
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EU加盟国地図

 ウクライナのEU加盟も難航している。こちらは軍事同盟という訳でもないし、「ウクライナをEU経済圏に入れてやればよいではないか」と多くの人たちが思っていることだろう。何よりもロシアのウラジーミル・プーティン大統領さえも、「EUは軍事同盟ではないから、ウクライナが加盟しても良い」と述べているほどだ。しかし、EU加盟も又厳しい状況だ。ウクライナは長年にわたり、EU加盟申請を行ってきたが、加盟候補国にすらなれない状況だった。経済状況、民主政治体制の状況、汚職の状況などでEU側が加盟を断ってきた。今回のウクライナ戦争を受けて、EUはやっとウクライナを加盟候補国として認めた。

 ウクライナのEU加盟のハードルになるのは、まず旺盛な農業生産力、特に小麦の生産力だ。ウクライナの安価な小麦がEU市場に流れ出れば、他のEU諸国の農業を破壊することになる。現在でも補助金頼みのEU各国の農業が壊滅することになる。しかも、ウクライナは経済力自体が低いために、EUから補助金を受けられる立場になる。これでは他の貧しい国々にとっては踏んだり蹴ったりだ。

 ウクライナ自体は国土も大きく、軍事力も戦争を経て強大なものとなる。そうした国が新たにEUに加盟することは、東ヨーロッパや中央ヨーロッパの国際関係に変化をもたらすことになる。東ヨーロッパの大国はポーランドであり、ポーランドがウクライナを取り込んで、反ロシアでタッグを組み、東ヨーロッパで影響力を持つと、EU自体とロシアとの間の関係の悪化にもつながる。また、他の国々は、ウクライナが入ることでの発言力の低下を懸念している。しかし、実質的には28カ国の加盟国があっても発言力があるのはドイツとフランスくらいのものではあるが。ウクライナが加盟することで支出する圃場金をどうするかということをまだ多少豊かな国々で話さねばならないが、ウクライナのような貧しい国が加盟するのは迷惑なことというのが本音である。
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 EU諸国はウクライナが加盟することでのデメリットを考え、二の足を踏んでいるが、言葉だけは立派だ。ウクライナ戦争が終わって、事態が落ち着いたら、「そんな話ありましたか?」ととぼけて知らんぷりをするだろう。その時になって、ウクライナは西側諸国、アメリカとヨーロッパに騙された、いいように弄ばれたということに気づくだろう。西側とロシアの間に会って、中立を保ちながら、うまくその状況を利用するということができなかったのは残念なことだ。日本も同様の状況に置かれている。調子に乗って、小型犬が吠え散らかすように虚勢を張って「中国と戦う覚悟を持って」などと平和ボケして叫んでいると大変な目に遭うだろう。後悔先に立たず、だ。

(貼り付けはじめ)

EUはウクライナ参加の準備ができていない(The EU Isn’t Ready for Ukraine to Join

―キエフのNATOへの途が困難であると考えるならば、EU加盟への苦闘を目撃するまでその判断を待つべきだ。

イルク・トイロイジャー、マックス・バーグマン筆

2023年7月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/07/17/ukraine-eu-european-union-nato-membership-reform-subsidies-budget-reconstruction-agriculture-war-russia/?tpcc=recirc_trending062921

ウクライナはNATOEUの両方に加盟するための待機室にいる。リトアニアのヴィリニュスで開催されたNATO首脳会議は先週、「条件が整えば(considerations are met)」、将来的に同盟に加盟するという漠然とした声明を出しただけで終わり、キエフは失望した。

しかし、少なくともNATOは、同盟諸国間にまだ克服すべき障害があることを正直に示している。これは、EUとそのウクライナ加盟に関するメッセージとは対照的だ。ウクライナのNATO加盟が難航していると考えるならば、ウクライナのEU加盟が真剣に検討される際に何が起きるかがはっきりするまで、その判断を待った方が良い。

ブリュッセル(EU本部)は、ウクライナのEU加盟後の将来について大袈裟な言い回しを使い、キエフのEU加盟があたかも決定事項であるかのように語っている。2月にウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領がブリュッセルを訪問した際、EU首脳たちは戦時中の指導者との記念撮影のために互いに肘がくっつき合うほどに近づいた。シャルル・ミシェルヨーロッパ理事会議長は、ツイートでゼレンスキー大統領に挨拶を送った。その文言は、「お帰りなさい、EUへようこそ」というものだった。

ウクライナとの間でEU加盟について詳細な議論がなされる際に、焦点となるのは、加盟のためにウクライナが何をなすべきなのかということである。戦争によって深く団結したウクライナの人々は、EU加盟に必要な新しい法律の採択や規制の実施など、自分たちの役割を果たすために前進している。ウクライナ人は、司法改革から新しいメディア法の策定、汚職の取り締まりまで、EU加盟のための長い「やることリスト」のチェック済み項目をどんどん増やしている。

ウクライナはモルドヴァと共に、2022年6月にEU加盟候補国(EU candidate)の地位を獲得し、他の加盟待機国が何年もかかっていた複雑なプロセス(byzantine process)を大幅に短縮した。キエフは2023年10月に欧州委員会から最初の書面による進捗評価を受ける予定だ。この勢いを維持するため、ウクライナ政府関係者は年内にも加盟交渉を正式に開始するよう働きかけている。

EUの予算と再分配のプロセスに変更がなければ、あっという間に、キエフはEU予算の膨大な部分を吸い上げることになるだろう。

しかし、ウクライナがEU加盟に向けて急ピッチで取り組んでいる一方で、ブリュッセルとEU加盟諸国はウクライナを吸収するための準備をほとんど整えていない。そのため、ウクライナの加盟に関するEU首脳の大袈裟な美辞麗句は、彼らの行動と一致していない。戦禍に見舞われたウクライナのような規模、人口、低い所得水準、資金調達、復興ニーズを持つ国を吸収するには、EUの制度、政策、予算プロセスの大改革が必要だ。少なくとも、EU資金の分配をめぐって現加盟諸国間で厳しく悪意に満ちた対立を引き起こすだろう。

従って、EU首脳たちが真剣にウクライナの加盟を考えているのであれば、EU改革への取り組みは既に始まっているはずである。この問題の核心はEU予算である。EU予算は、農業補助金と貧困地域への開発プロジェクトという2つの大きな要素に支配されており、これらを合わせるとEUの長期予算の約65%を占める。この2つの問題を考えると、ウクライナの加盟は爆発的なインパクトとなる。ウクライナはヨーロッパで最も貧しい国の一つであり、一人当たりの所得はEU平均の10分の1、EU最貧国のブルガリアの半分以下である。また、ウクライナは現在、膨大なインフラ整備と復興のニーズを抱えている。これに、EUの補助金の対象となる大陸最大級の農業部門が加わる。

もしEUの予算と再分配のプロセスに変更がなければ、キエフはEU予算の膨大な部分を即座に吸い上げることになる。現在、それらの資金は東ヨーロッパをはじめとするあまり豊かではない加盟諸国に流れている。現在EU資金の恩恵を受けている国々の多くは、一夜にして純支出国に転落するだろう。このようなことがスムーズに進むと思うのであれば、あなたはヨーロッパの政治についてよく知らないということになる。

現在のEU内の資金再配分を考えれば、ウクライナの加盟支持に大きな亀裂が入ったのは、EU内部の純資金受給国が集中する東ヨーロッパで起きたことは不思議ではない。実際、ウクライナのヨーロッパ農産物市場へのアクセスをめぐる争いは、EUの農業補助金が再配分されるずっと前からすでに始まっている。ロシアの侵攻後、ブリュッセルはウクライナの穀物やその他の農産物のEU単一市場への参入を認め、ウクライナを支援した。安いウクライナ産品は、ウクライナ周辺のポーランド、ハンガリー、スロヴァキアの農民たちの収入を減少させることになった。ウクライナが収入を得るために必死だったにもかかわらず、ポーランドはEUの規則に違反し、ウクライナの穀物がポーランド領内に入るのを一方的に阻止した。EUは妥協案を提示し、ウクライナの農産物のEU入りを認めたが、歓迎されない競争の影響を最も受ける東ヨーロッパ5カ国を迂回することを義務付けた。

また、ウクライナの最大の軍事的・外交的支援国であるこれら東ヨーロッパ諸国の一部が、ウクライナのEU加盟の前提となるEU改革に真剣に取り組むことに反対しているのも驚くべきことではない。これらの国々は、多額の資金を失う可能性があるだけでなく、ウクライナの加盟に向けたEU改革には、EUの意思決定ルールの合理化も含まれる可能性が高く、個々の加盟国、特にハンガリーやポーランドのようにEUの決定に影響を与えるために拒否権を自由に行使してきた国の力が低下する可能性もある。

EU拡大は、歴史上最も成功した政治的、経済的、社会的政策の1つであり、EUを平和的に拡大し、27カ国、4億5000万人を含むまでになった。新規加盟国にとって、EUへの加盟はしばしば経済的な奇跡をもたらす。市場アクセス、EUからの資金提供、より良い統治に関するEUの規則、そして確かな未来を手に入れることでもたらされる自信などである。しかし、過去10年間、更なる拡大は凍結されてきた。その主な理由は、新規加盟国(通常は貧困国)の加盟に伴う再分配が、政治的に非常に困難だったからである。

2022年2月28日、ロシアの侵攻が始まってわずか4日後にゼレンスキーがEU加盟の正式な申請書を提出して以来、更なる拡大の問題が再び議題に上るようになった。ウクライナとモルドヴァの加盟に加え、EUの指導者たちは、ヨーロッパの安全保障と安定を確保するためには、まだEUに加盟していない国々、特にバルカン半島西部の各国も加盟させなければならないとの認識を強めている。

ウクライナの加盟がEU予算に与える爆発的な影響は、EUが財政連合(fiscal union)を結ぶという議論を迫ることになるだろう。言い換えると、ドイツやフランス、一部の小金持ち国家など、より裕福な加盟国による拠出金の大幅な増加、EU全体の所得税やその他の累進課税、EU独自の債務発行能力の大幅な増加、あるいは上記の全ての実施を意味する。明らかに、これは小さな議論ではない。

また、EUの更なる拡大は、既にハンディキャップを負っているEUの意思決定能力や新しい法律や政策の採択能力にも負担をかけるだろう。例えば、外交政策で必要とされる全会一致を27の主権国家(sovereign member states)の間で達成することは既に至難の業であり、ハンガリーのような非自由主義的でロシアに友好的な国家の存在によって更に複雑になっている。ウクライナや他の加盟を辛抱強く待っている国々が加われば、EUの加盟国は30カ国をはるかに超えるだろう。加盟国が拒否権を武器にしてきた長い歴史があり、他の加盟国がEUの機能を変えることなく意思決定の場に国を増やすことをためらう理由もそこにある。

例えば、ドイツは、外交政策など新たな政策分野への特定多数決方式(qualified majority)の拡大を推進している。全会一致を必要としなくなれば、EUの外交政策決定能力は大幅に効率化される。小国は、拒否権を失うことはEUにおける発言力を失うことになると懸念しているが、これは憲政史を学んだ人なら誰でも知っている議論である。この他、ヨーロッパ委員会の委員(現在は加盟国1カ国につき1人)やヨーロッパ議会の議席の配分に関する懸念もある。EUの拡大は、これらの分野でも改革を必要とするだろう。

EU拡大は、法の支配(rule of law)と民主政治体制(democracy)という未解決の問題にもスポットを当てることになる。EUは自らを民主政体国家の連合体として定義し、市民的権利に関する厳格な規則を定めているが、ハンガリーやポーランドにおける民主主義の衰退や法の支配の後退には深い懸念がある。特に西ヨーロッパ各国政府は、民主政治体制の衰退に対抗するEUの行動力を強化することなしにEUを拡大することに強い警戒感を抱いている。この懸念は、フリーダムハウスが発表した2023年の「世界の自由度」指数で、候補リストに完全に自由と評価された国が1つもないことから、特に深刻である。

ウクライナは、新たなEU拡大の波を起こすきっかけになるかもしれない。EU加盟には改革が必要であり、その改革はバルカン半島西部の各国の加盟を同様に妨げてきた障害の多くを取り除くことになる。ロシアによるウクライナへの残忍な攻撃は、EUが安全保障にとって不可欠な存在であることをヨーロッパの人々に示すことで、別の意味で既にEUの起爆剤となっている。国防に関する調査では、ヨーロッパの人々はEUがより大きな役割を果たすことを望んでいる。決定的に重要なのは、EU加盟各国市民のウクライナ支持率が信じられないほど高いままであることだ。ユーロバロメーターの世論調査によれば、制裁措置、数百万人の難民、エネルギーの切り離し、生活費の危機が1年続いた後でも、EU各国市民の74%がEUのウクライナ支援を支持している。

ウクライナ人はヨーロッパの未来のために戦っている。EUの指導者たちは今、ウクライナを加盟させる準備のために自らの役割を果たす必要がある。ウクライナの加盟を成功させるために必要なEUの制度やプロセスについて、長年の懸案であった改革を進めれば、EUの規模が拡大するだけではない。EUはより強くなる。

※イルク・トイロイジャー:戦略国際問題研究所ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究プログラム上級研究員、カルロス三世大学講師。ツイッターアカウント: @IlkeToygur

※マックス・バーグマン:戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International StudiesCSIS)ヨーロッパ・大西洋・北ヨーロッパ研究センター部長、ヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究プログラム担当部長。米国務省上級顧問を務めた経験を持つ。ツイッターアカウント:@maxbergmann
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 古村治彦です。

 ウクライナ戦争によって、ヨーロッパの安全保障環境が安定したものではなく、常に危険と隣り合わせのものであることが明らかになった。「それは当然だ。ロシアに対峙しているので、ロシアが侵攻すれば危険になるのは当然ではないか。アジアにおいてはさらに中国があるのだから危険が高まる」という主張が出てくるだろうが、それこそが危険な主張だ。自分たちのことだけではなく、相手側に立って考えてみることも重要だ。相手側からすれば、「大きな脅威」が存在しているということになるから、取り返しがつかなくなるほどに大きくなる前にその脅威を取り除かねばならない、ということになる。
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 「相手に対して危害を加えようなどとはみじんも考えていない」といくら言葉で行っても駄目で、態度で示さねばならない。態度でどんどんと武力を増強し続けていれば、相手は「口ではあんなことを言っているが嘘だ」ということになって、武力を増強する。そういうお互いが武力を増強し続ける状況になり、「自国の安全保障を高めるために武力を増強することが相手を刺激し、相手も武力を増強する行動に出て、結局安全保障は高まらない」という「安全保障のディレンマ(security dilemma)」に陥ってしまう。このような状況を喜ぶのは一部の政治家と国防産業である。

 ロシアは確かに自国の安全保障に関して病的なほどに固執する。自国の国境の周りに緩衝地帯を置くという行動を何世紀も続けてきた。それがロシアの拡大主義ということになる。対ロシアをどのようにするかということはヨーロッパにとっては何世紀もの課題ということになる。東ヨーロッパ、中央ヨーロッパという地域に目を向けると、ここも栄枯盛衰が激しい場所である。色々な国が合従連衡を繰り返し、ある時は一緒の国になり(同君連合や連邦)、または滅亡の憂き目にあった。ドイツの拡大主義やポーランドの拡大主義ということもあった。

 現在のウクライナ戦争を見ていく中で重要なのは、東ヨーロッパ、中央ヨーロッパの安全保障環境のための枠組みである。バルト海から黒海までの東ヨーロッパ、中央ヨーロッパにおいては、ポーランド、ウクライナ、リトアニアの「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」、ポーランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア(バルト三国)の「リガ・フォーマット(Riga Format)」、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの「ヴィシェグラード・グループ(Visegrad Group)といった枠組みが存在する。中心的な役割を果たしているのはポーランドである。ルブリン・トライアングルは中世にはポーランド、ウクライナ、リトアニアが一つの国(連邦)であったということから考えるとこの枠組みは数世紀にわたる歴史を持つということになる。
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 私が注目したいのは、「イギリス・ポーランド・ウクライナ産国協約(British–Polish–Ukrainian trilateral pact)」である。これは、イギリスが、ヨーロッパ本土にぴしりと打ち込んだ碁盤上の石で、ドイツとロシアをけん制する効果を持つ。ポーランドの動きを見ていると、その後ろにはヨーロッパ本土をコントロールしようとするイギリスがいる。
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 ロシアにとって脅威となる環境にある中で、ロシアが暴発しないのは、カリーニングラードを保持しているからだ。カリーニングラードはルブリン・トライアングルに突き刺さった杭となっている。ロシアはカリーニングラードを保持していることで、ポーランドとバルト三国をけん制できる。ベラルーシとカリーニングラードの間に、ポーランドとリトアニアの国境線が約72キロにわたって走っており、これをスヴァウキ・ギャップ(Suwałki Gap)と呼ぶ。
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ベラルーシとカリーニングラードをつなぐ道路がポーランドとリトアニアの国境線となっているという、国際関係論的に非常に複雑で微妙な場所ということになる。ロシアはベラルーシとの間の補給路となるこのスヴァウキ・ギャップを確保したい。一方で、ポーランドやリトアニアはこのスヴァウキ・ギャップを遮断してカリーニングラードへの補給路を断つことができる。しかし、そのような状況になれば、ポーランドとリトアニアはロシアと全面対決となる。カリーニングラードをめぐっての激しい攻防戦ということになるし、ロシア本国からの長距離ミサイル攻撃ということにもなる。バルト海をめぐる状況が一気に不安定化するので、バルト海に面している国々はそのような状況を歓迎しない。西側がロシアから先に手を出させるということは考えられるが、今のところはあまり現実的ではないだろう。

 ウクライナ戦争終結と終結後の戦後のヨーロッパにおいてポーランド(とその後ろにいる)の動きは重要になると考える。ポーランドが現状を変更する、ロシアに対してより強硬な姿勢を取り続けるということになれば、ヨーロッパを不安定化させることになる。アジア地域はヨーロッパを反面教師にして、「不安定」なアジアを作り出さないようにしなければならない。

(貼り付けはじめ)

ポーランドとウクライナはプーティンの帝国主義的な夢をいかに挫くことができるか(How Poland and Ukraine Could Undermine Putin’s Imperial Dreams

-歴史上、両国はロシアの帝国主義への抵抗の中で国家のアイデンティティを形成した。そして、今日、両国は協力してロシアを打倒できる。

マチェイ・オルチャワ

2023年2月21日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/02/21/poland-ukraine-russia-putin-imperial-dreams/

ロシアがウクライナで続けている戦争は、何百万人もの人々に想像を絶する苦しみを与え、ヨーロッパの安全保障構造を大きく変化させた。戦闘の終結はほとんど見通すことができない状態であり、ウクライナの武装勢力は欧米諸国からの武器供与を受けて攻勢に転じる構えを見せている。この紛争には明るい兆しもある。それは、ワルシャワとキエフが強力な同盟関係となった。

「自由なウクライナなくして自由なポーランドはない」という宣言は、ポーランド建国の父ヨゼフ・ピルシュツキに由来し、この文言はよく引用される。当時、赤軍は世界革命を起こそうとしていたが、ポーランド軍とウクライナ軍によって阻止され、追い返された。

当時も今も、このスローガンは、主権国家ウクライナが存在しないヨーロッパという概念がもはや考えられないことを証明している。キエフとワルシャワにとって、一方の繁栄は他方の成功と安定に支えられている。両国の国歌(national anthems)の冒頭の歌詞はほぼ同じである。「ポーランド(ウクライナ)はまだ敗北していない(Poland/Ukraine is not yet lost)」という歌詞は、分割、占領、敵の侵略を経験しても生き延びようとする民族特有の頑強さを表現している。どちらの国歌もロシア帝国主義(Russian imperialism)に反抗して作られた。

両国に関する友好的なエピソードが残っているにもかかわらず、20世紀のポーランド人とウクライナ人の関係は、反感(animosity)と民族浄化(ethnic cleansings)に特徴づけられた。ソ連とナチス・ドイツの占領は国境地帯を血の土地に変え、相互の不満と固定観念が傷跡を残した。1945年以降、ポーランドの共産主義政権は、「ウクライナ問題を完全に解決する」という目的を達成するために、ウクライナ人を国内避難させた。民族主義的傾向が疑われた民間人は、1943年から44年にかけてヴォルヒニアと東ガリチアで数千人のポーランド人を虐殺した「獣のような」ウクライナ人反乱軍の同調者とみなされた。

集団的責任が適用されたのは1947年で、14万人以上のウクライナ人が南東部の国境地帯から北と西の戦後領土(ポーランドの一部となった旧ドイツ領)に追いやられた。この軍事作戦(コードネーム「ヴィスワ」)の目的は、共産主義ポーランドにおけるウクライナ人のアイデンティティと文化を破壊することだった。

映画や文学におけるポーランド政府のプロパガンダは、ウクライナ人が血に飢えたファシストであるという有害なイメージを植え付けた。1991年にポーランドがカナダとともにウクライナの独立を承認した最初の国であったにもかかわらず、世論調査ではウクライナ人に対する否定的な見方が1990年代を通じて続いていた。この困難な歴史が、今日のポーランド人のウクライナとの連帯をより顕著なものにしている。

ポーランドは、手段とノウハウさえ与えられれば、ウクライナが西側の安全保障の消費者から、ヨーロッパ・大西洋共同体にとって重要な安全保障の提供者に早変わりできることを知っている。こうした志を同じくする反帝国主義者たち(like-minded anti-imperialists)は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の失地回復・大国復活的な(revanchist)策動を一挙に覆す脅威を与えるだけでなく、ヨーロッパの政治的・軍事的重心の東方シフトを加速させている。西側諸国は、プーティン帝国崩壊後の不測の事態に備えるべきだ。そのひとつが、ポーランド・ウクライナ戦略同盟に支えられた戦後ヨーロッパということになる。

かつてソ連勢力圏に属しながら、ロシアの拡張主義に反対した経緯を持ち、プーティンが「今世紀最大の地政学的大惨事(greatest geopolitical catastrophe of the century)」と嘆いたソ連崩壊に貢献した東欧諸国間の親密な関係ほど、プーティンを苛立たせるものはない。最近のリトアニア、ポーランド、ウクライナの大統領による共同宣言のような戦略的措置は、キエフの防衛力を継続的に強化し、NATOEUでの支援を更に推進する用意があることを再確認するもので、プーティンを狂気へと駆り立てている。

プーティンの目には、ウクライナ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ベラルーシは、モスクワの勢力圏(sphere of influence)内にある小国、いわゆる「旧従属国(near abroad)」のグレーゾーンを構成しており、超大国間の世界的な争いの中で、勢力争いの可能性が残されている。プーティンは、これらの国々のヨーロッパ・大西洋機構への加盟とその熱望を、克服すべき危険な障害とみなしている。これらの国々をロシアの支配下に置かくことなしに、モスクワの影響力を再構築し拡大する道はないと考えている。

これらの国々がロシアからのサイバー攻撃、虚偽情報キャンペーン、政治的干渉、武力侵略の標的となっているのは驚くに値しない。プーティンの野心に対抗するため、これらの国々は各種の多国間枠組みを立ち上げている。その中には、リトアニア、ポーランド、ウクライナの間で政治、経済、インフラ、安全保障、防衛、文化的なつながりを強化することを目的とした三国間プラットフォーム「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」や、バルト三国とポーランドの間の「リガ・フォーマット(Riga Format」などがある。ハンガリーの親ロシア的な態度や、フランスとドイツのウクライナ支援が当初は揺らいでいたことを考えると、これらの多国間フォーラムは、ヴィシェグラード・グループ(Visegrad Group)など、以前の東欧ブロックの影響力や重要性を凌駕している。

ポーランドは、より多くのウクライナ人から、友人としてだけでなく、重要な同盟国として見られている。

ワルシャワとキエフの戦略的関係は現実的に発展している。一時は政治的な遅れをとったとしてパートナー諸国から批判されたポーランドだが、プーティンの新帝国主義的なレトリックが、ウクライナとワルシャワが堅固に結ばれているヨーロッパ・大西洋同盟にもたらす脅威をきちんと認識していた。ポーランドはヨーロッパを代表する安全保障推進の存在であり、同盟諸国の防衛と脅威の抑止という公約を果たすために軍備を近代化し、反乱主義失地回復・大国復活志向のプーティンに対抗する重要な同盟国として地位を高めている。

戦争からの避難を求めるウクライナ人に対して、ポーランド人は連帯感を示している。これは当然のことだ。2022年2月24日以来、900万人以上のウクライナ人がポーランドに入国し、150万人から200万人がポーランドに留まり、その他の人々は帰国した。数百万人が安全を求めてポーランドに逃れてきたが、難民キャンプは必要なかった。難民危機の際によく使われる間に合わせのテントや国連の臨時キャンプ地の代わりに、ポーランド人はウクライナ人の隣人たちに家を開放した。過去には難民支援に関してヨーロッパのパートナー諸国から異端児扱いされていたポーランドだが、現在ではヨーロッパ大陸で疑いようのない人道主義の巨人となり、ウクライナとの友愛関係と重なる道徳的義務感を示している。

130万人以上のウクライナ人がポーランドの社会保障番号に相当するものを取得し、合法的な雇用を見つけることができるようになった。彼らは公的医療、幼稚園、学校、直接的な財政援助を受けることができる。ポーランド経済研究所によると、2022年1月から9月までの間に、ウクライナ資本の企業3600社とウクライナ人の個人事業主10200社がポーランドで設立され、調査対象となった企業の66%が、ウクライナ情勢にかかわらずポーランドで事業を継続すると宣言した。

更に言えば、戦争終了後にウクライナに戻った人々は、ポーランド人による歓待を覚えている可能性が高い。ロシアの絶滅戦争(war of extermination)だけでなく、ポーランドでの肯定的な経験からも影響を受けるだろう。労働力として働いていたため、多くの大人はポーランド語でコミュニケーションをとることができ、子どもたちはポーランドの教育システムで数カ月から数年を過ごした後、流暢に話すことができるようになるだろう。既に、ポーランド語の習得に関心を持つウクライナ人の数は増加しており(36%)、今後も増加し続けるだろう。

社会的な絆の深まりは、今後の両国の政治関係に影響を与えるだろう。ミエロシェフスキ・センターがウクライナで実施した世論調査の結果によると、回答者の40%がポーランドとウクライナは単に良き隣人であるべきだと考えているのに対し、ウクライナ人の58%はそれ以上に緊密な関係を築くべきだと考えている。29%は、外交政策で協調しながらお互いを支援する同盟関係を構築することを望み、さらに29%は、純粋に象徴的な国境と共通の外交政策を持つ連邦(commonwealth)の形をとるべきだと考えている。

プーティンの戦争マシーンは、かつてナチス・ドイツやソ連がポーランド人とウクライナ人を分断させるために行ったような、敵意を利用した作戦を成功させることはできなかった。ポーランドが過去に帰属していたウクライナ西部の領土を取り戻すという秘密計画について、戦争中に流布されたロシアのプロパガンダは説得力がない。むしろ逆効果だ。

もちろん、ポーランド人とウクライナ人は過去の悲劇的な出来事、特に20世紀における悲劇的な出来事に対して互いに不満を持っている。犠牲者の記憶について言えば、1943年から44年にかけてヴォルヒニアと東ガリチアでポーランド人が殺害された事件や、1947年にウクライナ人が強制移住させられた事件のような出来事は、水に流されるのではなく、むしろ研究され、記憶されるべきである。良い兆候は、両国を分断するのではなく、むしろ結びつけるもの、すなわちロシアの新帝国主義という存亡の危機重点が置かれつつあることだ。

ポーランドとウクライナの両国大統領が、20世紀初頭に両国が争ったリヴィウの軍事墓地で並んで献花した姿は、戦略的な結びつきを追求する上で歴史が邪魔にならないことを示す象徴的なイメージとなった。過去の傷跡や記憶とともに生きていない若い世代が一緒に過ごす時間が多ければ多いほど、歴史的な出来事をめぐる和解(reconciliation)の可能性は高まる。

国際舞台でウクライナの領土保全を明確に擁護するポーランドは、より多くのウクライナ人に友人としてだけでなく、重要な同盟国として見られている。87%のウクライナ人が、ジョー・バイデン米大統領(79%)を含む他のどの西側指導者よりも、ポーランドのアンドレイ・ドゥダ大統領を信頼している。ポーランド人はまた、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領を好意的に見ている。ある世論調査では、ポーランド人が最も信頼する外国人指導者のトップはゼレンスキー(86%)で、バイデンは2位(74%)だった。

昨年11月のポーランドの独立記念日を記念して、ゼレンスキーはメッセージを録音した。「ウクライナ人はポーランド国民から受けた支援を常に忘れていない。あなた方は私たちの同盟国であり、あなた方の国は私たちの姉妹だ。私たちの間には意見の相違があったが、私たち親族であり、自由な国民なのだ」。同じ日、ウクライナのオレナ・ゼレンスカ大統領夫人は、ウクライナ人女性とその子供たちが家を出てポーランドに避難し、ポーランド人ヴォランティアの腕の中で慰めを受ける様子を描いたイラストを投稿した。夫が戦死したと聞き、イラスの中の女性は言う。「もう二度と夫に会えないと分かった時、あなたは私と一緒に泣いてくれる。もう会えないんだと思うと、あなたは一緒に泣いてくれる。私はウクライナ。あなたはポーランド。そして私たちの心臓は常に共に鼓動している」。 歴史上、ポーランド人とウクライナ人がこれほど親密だった時期を見出すのは難しい。

プーティンの侵略行為と罪のない市民に対する残虐行為は、ウクライナ人をロシア人から永久に遠ざけ、彼らを許すことはおろか、モスクワとの戦後の関係を追求する考えからも遠ざけている。前線の兵士たちやブチャのような町の犠牲者たちは、国民全体が、そして世界が自分たちのものと呼ぶ新しい世代の英雄や殉教者を生み出している。彼らの犠牲は、ウクライナ人の強い反帝国主義的感情を中心とした国民意識とアイデンティティを自動的に再確認させる。将来、キエフがポーランドや西側に近づいていくのは自然な流れだ。

このプロセスは、どちらの国にとっても、二国間関係の明暗を分ける瞬間として扱われるべきではなく、プーティンのような権威主義的な暴力志向者が間違っていることを証明したいという純粋な願望として扱われるべきである。

アレクサンダー・モティルはその画期的な著作『帝国の終焉』の中で、帝国が終焉を迎えるのは、中心部が周辺部を支配できなくなった時ではなく、周辺部が互いに大きく影響し合うようになった時だと指摘している。このプロセスは、ポーランドとウクライナの間で進行中である。ポーランドはヨーロッパ・大西洋共同体にしっかりと根を下ろし、ウクライナはそうした正式な機構への加盟を目指している。

カナダ、イギリス、アメリカといった利害関係者の支援を受けながら、ワルシャワ・キエフの結びつきを軸とする強力なパートナーシップが構築されれば、政治、経済、防衛の課題を再優先するという骨の折れるプロセスを経ているヨーロッパを支えることができる。もし西側諸国が、プーティンの敗北を早める可能性のあるこの戦略的パートナーシップを支持できなければ、ヨーロッパは敵対的なロシアや将来の不安定性に対して脆弱なままになってしまう危険な可能性がある。

※パヴェル・マルキェヴィッチ:20世紀の中央・東ヨーロッパを専門とする歴史家。ポーランド国際問題研究所ワシントンオフィス事務局長。著作に『あり得ない同盟:第二次世界大戦中のウクライナ総督府におけるナチス・ドイツとウクライナのナショナリストの協同関係(Unlikely Allies: Nazi German and Ukrainian Nationalist Collaboration in the General Government during World War II)』がある。ツイッターアカウント:@DrPMarkiewicz

※マチェイ・オルチャワ:ロヨラ大学シカゴのコジオスコ財団スカラー。ポーランド・東ヨーロッパ史で教鞭を執る。ウクライナの複数の著作があり、代表作は『ミッション・ウクライナと帝国のゲーム:アメリカの地政学的戦略におけるウクライナ(Mission Ukraine and Imperial Games: Ukraine in the United States’ Geopolitical Strategy)』がある。ツイッターアカウント:@MaciejOlchawa

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ポーランドは如何にしてウクライナを西側に向けさせたか(How Poland Turned Ukraine to the West

-キエフにとって、ロシアの傘から離脱するにあたり、ワルシャワはどのような国になることができるかという点でモデルとなる。

ルカ・イワン・ユキッチ筆

2022年2月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/02/18/ukraine-poland-russia-history-west-nato-euromaidan-crimea/

多くの人々はウクライナを東ヨーロッパの国と考えている。ウクライナのドミトロ・クレバ外相はそのような人たちの仲間ではない。クレバ外相は、「私は、ウクライナは歴史的にも、政治的にも、文化的にも、常に中央ヨーロッパの国家であると深く確信している。私たちのアイデンティティは中央ヨーロッパに属している」と述べている。

これは地理的な事実ではなく、歴史的、文化的な観点からの発言である。ウクライナの未来は、過去と同様、ロシアではなく、北大西洋条約機構(NATO)とヨーロッパ連合(European UnionEU)にしっかりと根を下ろしている中央ヨーロッパ諸国と共有している。そうした中央ヨーロッパ諸国にはスロヴァキア、ハンガリー、リトアニア、そして特にポーランドが含まれている。

過去20年間、ポーランドはウクライナの文化的、政治的発展にロシア以外のどの国よりも大きな影響を与えてきた。EUNATOの中でウクライナを最も強力に支援し、何百万人ものウクライナ人を受け入れている。ウクライナ人の多くがポーランドに住み、学び、働いている。ポーランドは、ウクライナが真の中央ヨーロッパの国になるための代替モデル(alternative model)を提供してきた。ポーランドは、ヨーロッパ的で、愛国的で、公然と反ロシア姿勢を示し、経済的に成功し、その全てが米国の安全保障の傘の下にある。

2014年にロシアがウクライナに侵攻し、クリミア半島を併合して以来、キエフはポーランドをモデルにした国家として着実に自国を築き上げてきた。これはロシアが自ら仕掛けたプロセスであり、ロシア軍が再びウクライナの国境に集結し、戦争が間近に迫っている現在、これを覆すことは不可能である。

ほとんどの西側諸国は、反ロシアの立場からウクライナを強く支持しているが、ポーランドとウクライナを結びつける個人的な絆、相互の歴史、そして近接性を主張できる国はない。

ポーランドとウクライナは、1795年に地図上から消滅したポーランド・リトアニア連邦で数世紀を共に過ごした。19世紀のロマンチックなナショナリズムの時代、ポーランド人とウクライナ人は東ヨーロッパの広大な領土をめぐって、お互いに競合する主張を展開したが、常に共通していたのはロシアの支配に対する敵意だった。

次のようなポーランドの古い格言がある。「自由なウクライナなくして自由なポーランドはあり得ず、自由なポーランドなくして自由なウクライナはあり得ない(There can be no free Poland without a free Ukraine, nor a free Ukraine without a free Poland)」。意識的であろうとなかろうと、この原則は今世紀に入ってからのポーランドの対ウクライナ政策を動かしてきた。ロシアのウラジーミル・プーティン大統領は、ウクライナ人とロシア人は「ひとつの民族」であると主張し、ポーランド人を含む西側諸国の人々はウクライナを搾取することしか考えていないと主張している。

「歴史は、ロシアとウクライナの戦争が始まった当初から戦場となっている」とウクライナの歴史家セルヒイ・プロキーは指摘する。一方では、ウクライナは単に、より大きなロシア全体の中にある「小さなロシア(little Russian)」だと考える者もいる。一方、ウクライナは西側諸国の一部であるべきで、ポーランドやリトアニアのような中央ヨーロッパの国であるべきだと主張する者もいる。ロシア帝国主義の手による抑圧という歴史的運命を共有し、近代ヨーロッパでの復活を望んでいるからだ。どちらの歴史観もウクライナ国内外に支持者がいるが、2つの考えは両立しない。

ポーランドはウクライナに、その歴史的な戦争の進め方のモデルを提供した。ポーランドで共産主義が崩壊した後、ソ連は第二次世界大戦後のポーランド国民を解放したのではなく、占領し抑圧した存在として再認識された。それにも理由がある。1940年、カティンの森で、当時のソ連の指導者ヨシフ・スターリンは、ナチス・ドイツによってポーランドが二分された後、2万2000人のポーランド人将校と知識人の大量処刑を密かに命じた。冷戦の間、ドイツ人を非難してきたソ連政府が、自らの責任を認めたのは1990年のことだった。

1998年、ポーランド政府は、物議を醸している歴史戦争部門である国民追悼研究所(Institute of National Remembrance)のポーランド国民に対する犯罪訴追委員会(Commission for the Prosecution of Crimes Against the Polish NationIPN)を設立した。その目的は、カティンの森事件のようなポーランドにおける共産主義政権とナチス政権の犯罪を捜査することだ。そこには、両者を同等の悪とみなすことが含まれており、ポーランドやバルト三国では当たり前のことだが、ロシアやその緊密な同盟国の間では支持されない。こうした国々では、ソヴィエト連邦は依然としてナチスの侵略からヨーロッパを解放した積極的な勢力と見なされている。

2006年、ウクライナはIPNをモデルにした独自の国家追悼研究所(Institute of National Remembrance UINR)を設立した。親ロシア派のウクライナ大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ政権下の2010年から2014年まで、UINRの活動は一時停止していた。UINRは、1917年から1991年にかけてソ連当局が犯した犯罪を調査するという、IPNと同様の任務を与えられていた。残虐行為のなかでも、1932年から1933年にかけてスターリンのもとで何百万人ものウクライナ人が人為的な飢饉で餓死したことは、現在ではウクライナも大量虐殺(genocide、ジェノサイド)と認めている。

設立の翌年、UINRはウクライナで物議を醸した一連の非教権化法(decommunization laws)の起草に重要な役割を果たした。この法律では、ソ連時代の第二次世界大戦記念碑が撤去され、地名が変更され、共産主義的シンボルが全て禁止された。この法律は、研究所と同様、ポーランドやバルト三国で可決されたものをモデルとしている。そこでは、ソ連によるナチス支配からの東ヨーロッパ解放は、新たな占領として扱われていた。近年、新たな大祖国戦争崇拝とスターリン礼賛(a renewed cult of the Great Patriotic War and valorization of Stalin)が再燃しているロシアとは対照的である。

ウクライナは共産主義の遺産だけでなく、元共産主義者そのものを追及するようになっている。2014年、ポーランドとバルト三国が1990年代に同様の法律を独自に可決したのに続き、ウクライナでも元共産主義当局者を対象とした物議を醸す一連の浄化法(lustration laws)が可決された。 「浄化(Lustration)」は、共産主義の文化的遺産だけでなく、その制度的遺産も根こそぎ絶やしてしまおうとする試みであり、ウクライナ国内の親ロシア派とソヴィエト懐古主義者を主要なターゲットにしているものである。

ポーランドとウクライナの両国共にソ連の傘下にあった時代(前者は衛星国[satellite state]として、後者はソ連の一部として)、ポーランドとウクライナの間に取り立てて言及すべき関係はなかった。しかし、1989年にポーランドで共産主義が崩壊し、1991年にソ連が崩壊すると、両国関係は一夜にして大きく変わった。

当時のポーランドの最優先目標は「ヨーロッパ・大西洋統合(Euro-Atlantic integration)」であり、ウクライナが今日直面しているような状況を避けるために、できるだけ早くNATOEUに加盟することだった。ポーランドは、NATO加盟の招待がなければ、独自の核開発を行うとさえ脅迫し、ポーランドの初代大統領レフ・ワレサは、当時のロシア大統領ボリス・エリツィンに、NATOへの加盟は「ロシアも含まれるいかなる国家の利益にも反しない」と主張し、ポーランドのNATO加盟に同意するよう圧力をかけた。ポーランドは早期のうちに、具体的には1999年に NATO に加盟し、2004 年には EU に加盟した。

ヨーロッパ・大西洋統合という目標が達成されたことで、ポーランドは今や自由に東方への新たな大戦略を追求することができるようになった。ポーランドの大戦略とは、西側世界の境界線が自国の東部辺境に位置しないようにするというものだ(ensuring the West’s border did not lie on its own eastern frontier)。

2008年、ポーランドはスウェーデンとともに、EUが欧州近隣諸国と東方パートナーシップ(Eastern partnership)を追求することを提案し、ウクライナ、モルドヴァ、ベラルーシ(後に一時停止)、アゼルバイジャン、グルジア(ジョージア)、アルメニアの加盟への道筋を明示した。EUの主要諸国は、このパートナーシップをEUの新たな勢力圏を切り開こうとする試みだと非難したクレムリンを刺激するのをためらい、この構想には曖昧な態度を示した。

一方、ウクライナは苦境に立たされていた。ソ連崩壊の影響は、ワルシャワの体制転換(regime change)よりもはるかに深刻だった。1990年代、ウクライナの経済は年々縮小した。それでも2005年になってようやく1989年の水準を上回った。政治的、文化的アイデンティティの問題も独立当時から国民を分断し始めていた。ポーランドがEU加盟を祝う一方で、2004年、ウクライナは不正選挙をめぐる一連の抗議行動に突入し、オレンジ革命(Orange Revolution)として知られる事態に発展した。

大激戦となった大統領選の決選投票では、ヤヌコビッチが親欧米派候補のヴィクトル・ユシチェンコを僅差で降した。しかし、ユシチェンコと彼の支持者たちはこの結果に異議を唱え、ウクライナの最高裁判所が投票を無効とし再選挙を要求したことで、ユシュチェンコ側の正当性が証明され、ユシチェンコが勝利した。

ロシアは激怒し、ヤヌコビッチを正当な勝者と認定した。ポーランドはユシュチェンコ側の勝利という結果を支持した。ワレサをはじめとするポーランド政府高官たちは一致してユシチェンコを支持した。当時のポーランド大統領アレクサンデル・クワシニエフスキは、政府と反体制派の円卓会談開催を推し進めた。そしてクワシニエフスキ大統領は他の多くの欧州首脳とともに会議に出席した。

オレンジ革命から10年後、ヤヌコビッチ(最終的に2010年に当選)がEUとの連合協定への署名を拒否したため、より重大な抗議運動が発生し、いわゆるユーロマイダン革命(Euromaidan revolution)に発展した。ロシアはクリミア半島を併合し、まもなくウクライナ東部のドンバス地方で戦争を始めた。ロシアはユーロマイダン革命をワルシャワが画策したクーデターと呼んだ。

ポーランドは、ロシアを除くと、ウクライナの文化的、政治的発展に、どの国よりも大きな影響を与えた。

それ以来、何百万人ものウクライナ人がポーランドでより良い生活、少なくともより良い賃金を求めてやって来た。かつてはヨーロッパで最も単一民族的な国の一つであったポーランドにとって、この変化は誇張しがたいものであり、今やウクライナ人はポーランド社会のいたるところに存在する。ウクライナはまた、ヨーロッパで最も送金に依存する国となっている。送金額は2020年時点でウクライナのGDPの9.8%を占めており、ウクライナの経済にとって外国で働く人々は重要な役割を果たしている。

ポーランドは経済分野以外でも、ウクライナを地域における重要なパートナーだと考えている。ポーランドのある地域は何世紀にもわたりロシアが支配してきた。一方、ウクライナはポーランドを、モスクワの支配から逃れるために必要な西側諸制度への加盟を確かなものとするために重要なパートナーと考えている。

2019年にウクライナの現大統領であるヴォロディミール・ゼレンスキーが政権に就いた時、前任のペトロ・ポロシェンコ大統領の下で、ポーランドとの間で歴史をめぐる対立が関係を緊張させていたが、それを「リセット」することを求めた。象徴的なことに、ゼレンスキーは第二次世界大戦開戦80周年をワルシャワで過ごし、ポーランド・ウクライナ関係の雪解けどころか躍進を宣言した。

2020年、ポーランド、リトアニア、ウクライナの各国首脳はポーランドのルブリンで会談し、「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」と呼ばれる新たな同盟の共同宣言を発表した。親クレムリン派のプロパガンダは、この結成をロシアとの「アングロサクソンの代理戦争(Anglo-Saxon proxy war)」の一部と位置づけた。今年、ポーランドとウクライナは、ウクライナの主権を守ることを目的とした三か国同盟(trilateral alliance)を、今度はイギリスと結んだ。

2021年末に行われたルブリン・トライアングル3カ国の大統領による会議では、同盟の目的が実際に行われ、ゼレンスキーは共通課題を「ロシアの脅威を阻止し、攻撃的なロシアの政策からヨーロッパを守ること」とまとめた。ポーランド、リトアニア、ウクライナは「この抵抗の先陣を切っている」とゼレンスキーは述べた。ポーランドのアンドレイ・ドゥダ大統領は、EUNATOの加盟国であるポーランドとリトアニアは、「ヨーロッパの一部の安全を確保する」ためのこの提案を推進しなければならないと強調した。

ウクライナ自身の汚職と法の支配の問題、そして東部での活発な戦争を考慮すると、同国が近い将来にEUにもNATOにも加盟することは不可能である。ロシアは、モスクワとワシントンの相互合意によって、ウクライナのNATO加盟を完全に排除することを要求している。しかし問題の一つは、ウクライナはNATOに加盟していないにもかかわらず、EUNATO加盟諸国(ポーランドやリトアニアなど)がウクライナの安全保障を自国の安全保障の問題として扱っていることだ。

ウクライナが今日ロシアの侵略に苦しんでいるのを見て、ポーランド人は自分たちが過去ロシアの侵略の犠牲者であった事実を考え、同情を寄せている。ヨーロッパ外交問題評議会が最近行った世論調査によると、ポーランド人は、自国がロシアの新たな侵略からウクライナを守るべきだという考えにおいて、欧州主要諸国の中で圧倒的に強固であり、他のEU主要国では半数以下であるのに対し、65%がそうすべきだと答えている。同じ世論調査によれば、ポーランド人の80%が、ロシアの侵攻があった場合にはNATOEUの両方がウクライナの防衛にあたるべきだと考えている。

ポーランドとウクライナが隣接する主権国家同士として姿を現したのは1991年のことだった。共通の政治的利害を発見するまでにさらに10年、そして2014年の出来事によって2つの社会が不可逆的に融合するまでにさらに10年かかった。

しかし、その運命は、ポーランドとウクライナがロシアの侵略を共有した経験によって、多くの意味で運命づけられていた。プーティンは、ウクライナを恒久的に自国の影響下の下に置くという賭けに出たが、その代わりにウクライナ人を西に向かわせた。どちらの国にも引き返す兆しは見えない。

・訂正(2022年2月19日):この記事の前のヴァージョンはカティンの森がどの国にあるかについて誤って言及していた。

※ルカ・イワン・ユキッチ:フリーランスのジャーナリストで中央・東ヨーロッパに水滴字を書いている。ツイッターアカウント:@lijukic

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2022年2月24日にウクライナ戦争が始まり、2度目の夏を迎える。西側諸国はウクライナに支援を続け、今年の春にはウクライナが春季大攻勢(Spring Offensive)を開始したが、大きな成果は上がっていない。これは当たり前の話で、ウクライナ側があれだけさんざん「近々大攻勢をやるぞ」とウクライナ国内外で宣伝して回れば、ロシア側は準備ができる。防備を固めた要塞や基地を攻め落とすには、攻める側は数倍の戦力が必要であるが、ウクライナにはそれだけの戦力もない。

最近になって西側諸国がウクライナに対して、より強力な武器を支援する動きを見せているが、ウクライナ軍が戦力を落としているので、それを再強化するための「カンフル剤」ということになる。出血しながらカンフル剤で何とか心臓を動かしてウクライナを戦わせていているというのが西側の実態だ。西側諸国は一兵も出さずに、兵器を出しているから助けているでしょというふざけた態度に終始している。本当にウクライナを助けるというのならば、自国の若者たちをウクライナに送るべきだ。そうすれば戦争終結に対してより本気になるだろう。しかし、そのようなことをすれば、ロシアがどのような報復をするか分からないということで、西側は腰が引けている。

「西側(the West)」に対抗する「それ以外の国々(the Rest)」が、ロシアにとっての大後方(great back)となっている。ロシアの石油や天然資源を非西側諸国が購入している。ここで重要なのは、BRICsによる新共通通貨である。「ブリックス・ペイ」という「デジタル共通通貨」となるか、「ブリック」という通貨になるかは分からないが、「米ドル基軸通貨体制」に対する大きな脅威となる。ブリックス5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)にインドネシア、トルコ、メキシコを加えた「新G8」が貿易決済でブリックス共通通貨を利用するとなれば、ブリックス共通通貨が有効な決済通貨となり、国際通貨となる。米ドル決済体制によってアメリカは世界の石油と食料の貿易を支配する態勢が崩壊する。

 西側諸国、特にアメリカとイギリスは対ロシアで、ウクライナはEUにもNATOにも正式加盟していないのにロシアを刺激し、挑発するかのような行動を繰り返してきた。ウクライナの武力を増強し続け、ロシアに脅威を与えてきた。そのような「火遊び」の結果が今回のウクライナ戦争である。そして、ロシアが戦争に打って出ざるを得ない状況にしておいて(真珠湾攻撃直前の日本のように)、ロシアを戦争に引きずり込んで、一気にロシア経済を破綻させてロシアをつぶしてやろうというシナリオになっていた。しかし、ロシアはそのような危機的状況から脱した。っそして、ウクライナ戦争で負けない戦術に転換している。西側の短期間でのロシアの屈服というシナリオが崩れた時点で、西側の負けだ。戦争は多くの誤算の積み重ねだ。戦っている当事者たちはあらゆるレヴェルで多くの誤算を積み重ねていく。しかし、重要なのは戦略的な判断ミスを戦術レヴェルで挽回するということは困難だということだ(私はこの言葉を『銀河英雄伝説』で覚えた)。政治家の判断ミス、誤算を軍人がいくら奮闘しても挽回することはできないということだ。西側諸国の政治家の大きなミスは最後まで響くことになる。

(貼り付けはじめ)

プーティンが正しく行ったもの(What Putin Got Right

スティーヴン・M・ウォルト筆
2023年2月15日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/02/15/putin-right-ukraine-war/

ロシアのウラジーミル・プーティン大統領は、ウクライナ侵攻を決定した際に多くのことを誤った。彼はロシア軍の軍事力を過大評価した。ウクライナのナショナリズムの力と、脆弱なウクライナ軍がウクライナを防衛する能力を過小評価した。西側諸国の結束、NATOやその他の諸国がウクライナ支援を決定執行するスピード、エネルギー輸入諸国がロシアに制裁を科し、ロシアからのエネルギー輸出と自国を切り離す意思と能力を見誤ったようだ。プーティンはまた、中国の支援意欲を過大評価していたかもしれない。北京はロシアの石油とガスを大量に購入しているが、モスクワに対して明確な外交的な支援や貴重な軍事援助を提供してはいない。こうした誤りと失敗を全て合わせると、プーティンが表舞台から去った後も長く残るであろう、ロシアにとってマイナスな結果をもたらす決断となってしまったということになる。戦争がどのような結果になろうとも、ロシアはプーティンが別の道を選んだ場合よりも弱体化し、影響力を失うだろう。

しかし、もし私たちが自分自身に対して正直であるならば、そして戦時下においては冷酷なまでに正直であることが必要不可欠であるならば、ロシアの大統領も正しいことをしたと認めるべきである。そのどれもが、開戦の決断やロシアの戦争遂行方法を正当化するものではない。これらの要素を無視することは、彼と同じ過ちを犯すことになる。つまり、相手を過小評価し、状況の重要な要素を読み違えることである。

彼は何を正しく実行したのか?

ジョー・バイデン政権は、「前例のない制裁(unprecedented sanctions)」の脅威がプーティンの侵攻を抑止することを期待し、そしてこの制裁を科すことでプーティンの戦争マシーンの首を絞め、民衆の不満を引き起こし、プーティンを方向転換させることを期待した。プーティンは、われわれがどんな制裁を科そうとも、ロシアはやり過ごすことができると確信して戦争に踏み切った。ロシアの原材料(エネルギーを含む)にはまだ十分な需要があり、GDPはわずかな減少で済んでいる。長期的にはもっと深刻な結果を招くかもしれないが、制裁だけではしばらくの間は紛争の帰趨は決まらないと考えたプーティンの判断は正しかった。

第二に、プーティンは、ロシア国民が高いコストを許容し、軍事的挫折が自身の失脚につながることはないと正しく判断した。プーティンは、戦争が短時間で低いコストに終わることを望んで始めたのかもしれないが、最初の挫折(setbacks)の後でも戦争を続け、最終的には予備兵力を動員して戦い続けるという決断を下したのは、ロシア国民の大半が自分の決断に賛同し、出てきた反対派を抑え込むことができるという彼の信念を反映したものだった。しかし、ロシアは甚大な損失にもかかわらず、またプーティンの権力維持を危うくすることなく、大規模な部隊を維持することができた。もちろん、それが変わる可能性もあるが、これまでのところ、この問題に関してもプーティンが正しいことが証明されている。

第三に、プーティンは、他国が自国の利益に従うこと、そして自分の行動が万国から非難されることはないことを理解していた。ヨーロッパ、アメリカ、その他いくつかの国は鋭く強く反応したが、グローバル・サウス(global south)の主要メンバーや他のいくつかの主要な国(サウジアラビアやイスラエルなど)はそうではなかった。戦争はロシアの世界的なイメージの向上にはつながっていないが(国連総会での戦争非難の票が偏っていたことが示している)、より具体的な反対は世界の一部の国に限られている。

とりわけ重要なのは、ウクライナの運命が西側諸国よりもロシアにとって重要であることをプーティンが理解していたことだ。読者の皆さんに心に留めていただきたいことは、ロシアにとってウクライナの命運は、自国を守るために多大な犠牲を払っているウクライナ人にとっての命運よりも決して重要ではないということだ。しかし、プーティンは、ウクライナの主要な支持者たちよりも、コストとリスクの負担を嫌がらない点で優位に立っている。プーティンが有利なのは、西側の指導者たちが弱虫だからでも、臆病だからでも、屁理屈をこねているからでもない。

このような利害と動機に関わる、根本的な非対称性が、アメリカ、ドイツ、そしてNATOの他の多くの国々が対応を慎重に調整した理由であり、ジョー・バイデン米大統領が最初からアメリカ軍の派遣を否定した理由である。プーティンは、ウクライナの運命には数十万人の軍隊を送り込んで戦わせ、死に至らしめる価値があると考えるかもしれないが、アメリカ国民は息子や娘たちをウクライナに反対させるために送り込むことに同じような気持ちは持っていないし、持つはずもないということを正しく理解していた。ウクライナ人が自国を守るのを助けるために何十億ドルもの援助を送る価値はあるかもしれないが、その目的は、アメリカがアメリカ軍を危険な目に遭わせる、もしくは核戦争の重大なリスクを冒すほど重要なものではない。このような動機の非対称性を踏まえ、私たちはアメリカ軍が直接関与することなくロシアを阻止しようとしている。このアプローチがうまくいくかどうかはまだ明確ではない。

この状況は、ウクライナ人、そして西側で最も声高な支持者たちが、自国の運命を多くの無関係な問題と結びつけるために莫大な労力を費やしている理由にもなっている。彼らに言わせれば、ロシアがクリミアやドンバスのどこかを支配することは、「ルールに基づく国際秩序(rules-based international order)」にとって致命的な打撃であり、中国が台湾を掌握することへの誘いとなり、どこの国の独裁者にとっても恩恵となり、民主政治体制の破滅的な失敗であり、核兵器による恐喝は簡単で、プーティンはそれを使って英仏海峡まで軍隊を進軍させることができるというサインだということになる。西側諸国の強硬派は、ウクライナの運命がロシアにとって重要であるのと同様に私たちにとっても重要であるかのように見せるために、このような議論を展開するが、そのような脅しの戦術は、おおざっぱな調査にすら耐えられない。21世紀のこれからの行方は、キエフとモスクワのどちらが現在争っている領土を支配することになるのかによって決まるのではなく、むしろ、どの国が重要な技術を支配するのか、気候変動や他の多くの場所での政治的展開によって決まる。

この非対称性を認識することは、核兵器による威嚇(nuclear threats)が限定的な効果しか持たない理由や、核兵器による恐喝(nuclear blackmail)に対する恐怖が見当違いである理由も説明できる。トーマス・シェリングが何年も前に書いたように、核兵器による応酬(nuclear exchange)は非常に恐ろしいものであるため、核兵器の影の下での交渉は「リスク・テイクの競争(competition in risk taking)」となる。誰も核兵器を1発たりとも使いたくはないが、特定の問題をより重視する側は、特に重要な利害がかかっている場合には、より大きなリスクを冒すことを避けることはないだろう。このような理由から、ロシアが壊滅的な敗北を喫しそうになった場合、核兵器を使用する可能性を完全に否定することはできない。繰り返すが、西側の指導者たちは意志薄弱であったり、臆病であったりするのではなく、賢明で慎重に振舞っているのだ。

これは、私たちが「核兵器による恐喝nuclear blackmail)」に屈していることを意味するのだろうか? プーティンはこのような脅しを使って、別の場所で更なる譲歩を勝ち取ることができるのだろうか? 答えは「ノー」である。なぜなら、プーティンが先に進めば進むほど、動機の非対称性がわれわれに有利に働くからである。ロシアが自国の重要な利害に関わる問題で他国に譲歩を強要しようとしても、その要求は耳に入らないだろう。プーティンがバイデンに電話して、「もしアメリカがアラスカをロシアに返還することを拒否したら、核攻撃を仕掛けるかもしれない」と言ったとしよう。バイデンは笑って、酔いから醒めたらかけ直すように言うだろう。ライヴァルの強圧的な核兵器による威嚇は、決意の均衡(balance of resolve)が私たちに有利な場合には、ほとんど、あるいはまったく通用しない。長い冷戦(long Cold War)の期間中、米ソ両国は、自由に使える膨大な核兵器があったにもかかわらず、非核保有国に対してさえ、核兵器による恐喝を成功させたことはなかったことを思い出すことには価値がある。

しかしながら、この状況が変化する可能性がある方法が1つあり、それは安心できる考えではない。アメリカとNATOがウクライナに提供する援助、武器、諜報、外交支援が増えれば増えるほど、その評判が結果に結びつくようになる。これが、ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領とウクライナ人がますます洗練された形態の支援を要求し続ける理由の1つである。西側諸国を自分たちの運命にできるだけ密接に結びつけることが彼らの利益になる。ちなみに、私はこのことで彼らを少しも責めない。私が彼らの立場だったらそうするだろう。

風評被害は誇張されがちだが、重大な物質的利益が危機にさらされていなくても、そうした懸念が戦争を継続させることがある。1969年、ヘンリー・キッシンジャーは、ヴェトナムがアメリカにとって戦略的価値が低く、勝利への道筋が見えないことを理解していた。しかし彼は、「50万人のアメリカ人のコミットメント(関与)によって、ヴェトナムの重要性は決着した。今必要なのは、アメリカの約束に対する信頼なのだ」と述べた。その信念に基づき、彼とリチャード・ニクソン大統領は、「名誉ある平和(peace with honor)」を求めて、さらに4年間もアメリカの参戦を続けた。ウクライナにエイブラムス戦車やF-16を送るのも同じ教訓からとなるだろう。武器が増えれば増えるほど、私たちはより献身的になる。残念なことに、両陣営が自らの死活的利益には相手に決定的な敗北を与えることが必要だと考え始めると、戦争を終わらせることは難しくなり、エスカレートする可能性が高くなる。

繰り返すと次のようになる。プーティンが戦争を始めたのは正しかったとか、NATOがウクライナを助けるのは間違っているとか、そういうことを示唆するものではない。しかし、プーティンは全てにおいて間違った訳ではない。プーティンが正しかったことを認識することが、ウクライナとその支持者が今後数カ月をどのように過ごすかを決めるはずだ。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

(貼り付け終わり)

(終わり)

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 古村治彦です。

 昨日は、国際関係論の一学派リアリズムの泰斗であるスティーヴン・M・ウォルトのリアリズムによる新型コロナウイルス感染拡大に関する分析論稿を紹介した。今回ご紹介する論稿はウォルトの論稿に対する反論という内容になっている。

 新型コロナウイルス拡大が国際的な問題となって3年が経過した。各国は医療体制の拡充や補助金の新設や増額などで対応してきた。日本も例外ではない。そうした中で、国家の役割が増大し、人と物、資本が国境を越えて激しく動き回る、グローバライゼーションの深化はとん挫した形になった。国際機関に対する信頼も小さくなっていった。

 しかし、今回ご紹介する論稿の著者ジョンストンは、初期段階の対応はリアリズムで分析できるが、これからはそうではないと述べている。もう1つの学派であるリベラリズム(Liberalism)によって分析・説明が可能になると主張している。

 リベラリズムとは、各国家は国益を追求するために、進んで協力を行う、国際機関やNGOなどの非国家主体が国際関係において、重要役割を果たすと主張する学派だ。新型コロナウイルス感染拡大の初期段階では各国は国境を閉じ、人の往来を制限して、国内での対応に終始した。しかし、これから新型コロナウイルス感染拡大前の世界に戻るということになれば、国際的な取り決めや協力が必要になり、国際機関の役割も重要になっていく。グローバライゼーションの動きがどれくらい復活をしてくるかは分からないが、おそらくこれまでのような無制限ということはないにしても、人、物、資本の往来はどんどん復活していくだろう。

 社会科学の諸理論は、社会的な出来事を分析し、説明し、更には予測することを目的にして作られている。理論(theory)が完璧であればそれは法則(law)ということになるが、それはなかなか実現できないことだ。諸理論は長所と短所をそれぞれ抱えており、また、現実の出来事のどの部分を強調するかという点でも違っている。理論を構成していくというのは、言葉遊びのようであり、まどろっこしくて、めんどくさいのように感じる。

 しかし、そうやって遅々としてか進まない営為というものもまた社会にとって必要であり、いつか大いに役立つものが生み出されるのではないかという希望を持って進められるべき営為でもある。日本においては官民で、学問研究に対する理解も支援も少なくなりつつあるように感じている。それは何とも悲しいことだし、日本の国力が落ちている、衰退国家になっているということを実感させられる動きだ。

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感染拡大とリアリズムの限界(The Pandemic and the Limits of Realism

-国際関係論の基本的な理論であるリアリズムはそれが主張するよりも現実的ということではない。

セス・A・ジョンストン筆

2020年6月24日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2020/06/24/coronavirus-pandemic-realism-limited-international-relations-theory/

スティーブン・ウォルトの「コロナウイルス感染に対するリアリズム的ガイド」は、彼の他の論文とともに、国際関係の現実主義者がコロナウイルスをこの学派の思想の正当性を証明するのに役立つと見ている説得力のある例である。現実主義者が自信を持つには十分な理由がある。新型コロナウイルス感染拡大への対応は、主権国家の優位性(primacy of sovereign states)、大国間競争の根拠(rationale for great-power competition)、国際協力への様々な障害(obstacles to international cooperation)など、リアリズムの伝統の主要な信条を実証するものとなった。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大は、政策を成功に導く源泉としてのリアリズムの欠点も露呈している。リアリズムが得意とするのは、リスクや危険を説明することであり、解決策を提示することではない。リアリズムの長所は治療や予防よりも診断にある。新型コロナウイルスに最も効果的に対処するためには、政策立案者たちは、過去4分の3世紀の他の大きな危機への対応に、不本意ながら情報を与えてくれたもう1つの理論的伝統に目を向ける必要がある。

リアリズムは多くのことを正しく理解しており、それが、少なくともアメリカにおいて、リアリズムが国際関係論の基礎となる学派であり続ける理由の1つである。新型コロナウイルス感染拡大は、世界政治の主役は国家であるというリアリズムの見識を浮き彫りにしている。新型コロナウイルスが発生すると、各国は国境を閉鎖または強化し、国境内の移動を制限し、安全保障と公衆衛生の資源を結集して迅速に行動した。世界保健機関(World Health OrganizationWHO)は当初、こうした国境管理に反対するよう勧告し、企業は経済活動の低下を懸念し、個人は移動の自由の制限に苦しんだが、これは秩序を維持し出来事を形成する国家の権威を強調するものだ。

しかし、国の独自行動がいかにリアリズムから理解できるものであっても、また予測できるものであっても、その不十分さは同じである。国境管理と渡航制限によって、各国が新型コロナウイルス感染拡大から免れることはなかった。たとえ完璧な管理が可能であったとしても、それが望ましいかどうかは疑問である。島国であるニュージーランドは、物理的な地理的優位性と国家の決定的な行動により、新型コロナウイルスに対して国境を維持し、比較的成功を収めていることについて考える。ニュージーランドが国家的勝利を収めたとしても、感染拡大が国境を越えて猛威を振るう限り、それは不完全なものに過ぎない。再感染し、国際的な開放性に依存する産業が経済的なダメージを受け続ける危険性がある。つまり、自国内での感染を防ぐことは国益にかなうが、他の国が同じことをしない限り、その国益は実現しないのだ。経済や安全保障の競争は、「相対的利益(relative gains)」やゼロサムの競争論理といったリアリズム的な考察に合致しやすいが、疾病のような国境を越えた大災害は、「無政府状態(anarchy)」の国際システムにおける個々の国家の限界を露わにする。

国境を越えるようなリスクと国益との間の断絶は、資源をめぐる国家の奔走という別の問題にも関連している。ここでもリアリズムがこの問題の診断に役立っている。なぜ各国が医療用マスク、人工呼吸器、治療やワクチンのための知的財産といった希少な品目をめぐって争うのかを説明している。このような争いは、ゼロサムの論理の性質を持つ。しかし、協調性のない行動は非効率的な配分(inefficient allocation)をもたらし、時間と労力を浪費し、コストを増大させる。これら全ては、感染症の発生を阻止するという包括的なそして共通の利益を損なうものである。同じ資源をめぐるアメリカの州や自治体の無秩序な争いは、国内でもよく見られる光景である。リアリズムが提示する建設的な選択肢はほとんどない。

リアリストたちは国際機関を信用しないよう注意を促す。例えば、国連もWHOも新型コロナウイルスを倒すことはできない。国際機関が自律的な国際的なアクターであるとすれば、それは弱いものであることは事実である。しかし、この批判は的外れである。国際機関は、国家の行動に代わるものでも、国際関係における国家の主要な地位に対する挑戦者でもない。むしろ、外交政策や国家運営(statecraft)の道具である。国家が国際機関を設立し、参加するのは、予測可能性(predictability)、情報、コスト削減、その他機関が提供できるサーヴィスから利益を得るためである。リアリズムの著名な学者であるジョン・ミアシャイマーでさえ、国際機関は「事実上、大国が考案し、従うことに同意したルールであり、そのルールを守ることが自分たちの利益になると信じているからである」と認めている。制度学派のロバート・コヘインとリサ・マーティンが数十年前にミアシャイマーとの大激論で述べたように、国家は確かに自己利益追求的であるが、協力はしばしば彼らの利益になり、制度はその協力を促進するのに役立つのである。ミアシャイマーは、最近、他の分野でもアメリカの利益に資するために、より多くの国際機関を創設するよう主張したので、最終的には同意することになったのかもしれない。また、制度学派も、安易な協力を期待することの甘さに対するリアリズムの警告を認めている。日常生活において、隣人との協力は簡単でも確実でもない。しかし、アメリカ人の多くが感染拡大にもかかわらず、街頭に出て要求したように、代替案よりも望ましいことであるから、それを得るために努力する価値があるのだ。

主要な違いは、制度主義(institutionalism)の方が、自己利益追求的な協力の現実的な可能性をより強調することである。この強調の仕方の違いによって、リアリズムと制度主義の間にある実質的な共通点が曖昧になりかねない。両方とも、国際協力(international cooperation)が望ましいことは認識しているが、より困難な問題は、それをどのように達成するかということである。この点では、現実主義的な洞察(insight)が大いに貢献する。覇権的なパワー(hegemony power)が国際的な制度を押し付けると、その制度は覇権を失った後も存続しうるという古典的な考え方がある。また、ジョセフ・ナイのリーダーシップに関する議論でも、パワーは中心的な役割を果たし、コストを下げ、成果を向上させるために、パワーのハードとソフト両面の「賢い(smart)」応用が必要であるとしている。さらに他の研究者たちは、制度設計(institutional design)が強制、情報共有、その他の設計上の特徴を通じて、不正行為(cheating)、恐怖(fear)、不確実性(uncertainty)のリスクを縮小することができると指摘している。これらの資源は完璧ではないが、パワー、リーダーシップ、制度設計に対する影響力など、その全てがアメリカで利用可能であることは朗報である。

日常生活において、隣国との協力は簡単でも確実でもない。しかし、感染拡大にもかかわらず、アメリカ人の多くが街頭に立って要求しているように、代替案よりも望ましいことであるから、それを得るために努力する価値はある。国益は、利用可能な資源やヴィジョンと相まって、アメリカや他の国々が過去の危機の際に国際機関を設立し、行動してきた理由を説明する。国際連合(United Nations)は、第二次世界大戦中にアメリカが連合国(the Allies)に対して作った造語であり、終戦時に制度化されたものである。イスラム国(Islamic State)討伐のための国際的な連合は、国際テロ対策という共通の利益を更に高めるために数十カ国が結集し、それ自体は2014年のNATO会議の傍らで考案されたものである。2008年の金融危機の際、各国は経済政策を調整し、コストを分担し、経済を救うために、G20を再発明した。

アメリカはこうした制度の創設を主導し、莫大な利益を得た。第一次世界大戦後の国際連盟(League of Nations)への加盟を拒絶し、911後のテロ対策では、当初はやや単独行動的(unilateral)であったように、国際協力は必ずしもアメリカの最初の衝動では無かった。しかし、アメリカは最終的に、国際的な協調行動とリーダーシップによって、自国の利益をよりよく実現することができると判断したのである。

新型コロナウイルスの大流行に対する国家の初期反応については、リアリズムで説明することができるが、より良い方法を見出すためには、他の諸理論に建設的な政策アイデアを求める必要がある。これまでの世界的危機と同様、アメリカは国際機関に国益を見出す努力をすることができるし、そうすべきである。

※セス・A・ジョンストン:ハーヴァード大学ベルファー科学・国際問題センター研究員。

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