古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

タグ:NATO

 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

 アメリカは外交政策において、インド太平洋(Indo-Pacific)という地域概念を持ち出して、中国とロシアを封じ込めようとしている。これはバラク・オバマ政権時代のヒラリー・クリントン国務長官から顕著になっている。「アジアへの軸足移動(Pivot to Asia)」という概念と合わせて、アメリカの外交政策の基盤となっている。

 インド太平洋から遠く離れたヨーロッパ諸国がインド太平洋でプレイヤーとなろう、重要な役割を果たそうという動きを見せている。国際連合(the United NationsUN、正確には連合国)の常任理事国であり、空母を備える海軍を持つイギリスとフランスを始めとして、オランダ、ドイツなどの小規模な海軍国が艦船をインド太平洋地域に派遣している。昨年には、NATOの東京事務所開設という話が出て、フランスのエマニュエル・マクロン大統領の反対によって、いったん白紙となった。ヨーロッパから遠く離れたインド洋、太平洋地域でヨーロッパが全体として役割を果たそう、プレイヤーになろうという動きが高まっている。
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 ヨーロッパ側の主張、理由付けは、インド太平洋地域の航行の自由を守ることが、自分たちの貿易を守ることにつながるというものだ。これは、中国の存在を念頭に置いて、中国が航行の自由を阻害するという「被害妄想」でしかない。その「被害妄想」を理由にして、何もないインド太平洋地域にまで艦船を送るというのはご苦労なことである。

 ヨーロッパがインド太平洋地域において役割を果たすというのは、アメリカの手助けをするという理由もある。アメリカが中国と対峙している地域であり、ここでアメリカを助けることが必要だということである。更に言えば、アメリカの要求によって、ヨーロッパ各国は国防費の大幅増額、倍増を求められているが、艦船を派遣することで、「取り敢えず頑張っています」という姿勢を見せることで、少しでもこうした動きを和らげようということであろう。

 しかしながら、ヨーロッパはまず自分の近隣地域の平和な状況を作り出すことを優先すべきだ。ユーロピアン・アイソレイショニズム(European Isolationism、地域問題解決優先主義)を採用すべきだ。ロシアとの平和共存を目指し、ロシアの近隣諸国の中立化(武装解除ではない)を行い、ロシアとの関係を深化させることで、相互依存関係(interdependency)を構築し、戦争が起きる可能性を引き下げることだ。

 落語などでもよく使われる表現に「自分の頭の上のハエも追えない癖に、人様の世話ばかりしやがって」というものがある。ヨーロッパはまず、自分の近隣地域の安全も実現できていないのに、他人様の家にずかずか入り込んでくるものではない。まさに「何用あってインド太平洋へ」である。

(貼り付けはじめ)

ヨーロッパはインド太平洋のプレイヤーになりたいと考えている(Europe Yearns to Be an Indo-Pacific Player

-ヨーロッパ地域で戦争が続いているが、ヨーロッパの戦略的・海軍的な願望は世界の裏側にある。

キース・ジョンソン筆

2024年3月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/19/europe-navy-indo-pacific-strategy-maritime-security/

地政学的なアイデンティティを探し続けた年月を経て、ヨーロッパは国際関係において最も争いが頻発している分野でより大きなプレイヤーになることを目指し始めている。ヨーロッパが目指しているのはアジア地域を含む海洋安全保障分野(maritime security)での主要なプレイヤーである。

長年にわたる貧弱な国防費とハードパワーへの嫌悪感から立ち直り、ヨーロッパ全体、そしてヨーロッパの主要国の多くは、身近なところから地球の裏側まで、海洋安全保障への関心を急速に高めている。それは、ブリュッセル、パリ、ロンドンから矢継ぎ早に発表される野心的な戦略文書だけでなく、ヨーロッパ諸国の小さいながらも有能な海軍が、より多くの場所で、より多くのことを行い、争いの絶えない水路を確保し、自由航行と世界的なルールの尊重を取り戻すために、配備を拡大していることからも明らかである。

ヨーロッパの海軍は既にイエメンからのフーシ派ミサイル攻撃に対抗するために紅海で任務遂行をしており、ますます多くのヨーロッパのフリゲート艦や航空母艦が、大陸全体でのより大規模で広範囲にわたる責任への移行の一環として太平洋を巡行している。

10年ほど前の地中海での海上警備活動から始まったヨーロッパ連合(European UnionEU)の活動は、現在ではインド洋を含むさらに遠方への野心的な展開へと広がっている。先月、ヨーロッパ連合は紅海、ペルシャ湾、アラビア海で航路を確保するための海軍作戦を開始したばかりだが、これは同じ海域でより好戦的な米英の作戦とは別のものだ。

ウクライナでの大規模な陸上戦争が3年目を迎えている現在でも、ヨーロッパはインド太平洋の安全保障においてより大きな役割を果たすことにますます真剣になっている。ヨーロッパ連合はインド太平洋戦略と、この地域に改めて重点を置く新たな海洋安全保障戦略の両方を掲げている。

ブリストル大学の海軍専門家であるティモシー・エドマンズは、「ヨーロッパ連合の最新の海洋安全保障戦略で印象的なのは、海洋における国家間の紛争や対立の重要性と、そして政治的ダイナミクスの変化を認識し、本格的な転換を図ろうとしていることだ。特にインド太平洋地域とその中でのヨーロッパ連合の役割がそうだ」と述べている。

個々の国もまた、この活動に参加している。イギリスはアジアへの「傾斜(tilt)」を更に強化しようとしている。ヨーロッパ連合加盟国で唯一インド太平洋に領有権を持つフランスは、中国の台頭とバランスを取り、フランスとヨーロッパの重要な経済的利益を守るため、インド太平洋地域における海軍と外交のプレゼンス強化に全力を挙げている。ドイツやオランダのような中堅の地政学的プレイヤーでさえ、インド太平洋戦略を持っている。イギリス、フランス、その他いくつかのヨーロッパ諸国は、遠く離れた太平洋の海域に艦船を置いて、その願望をバックアップしている。

フランス国際関係研究所の軍事部門の研究員ジェレミー・バシュリエは、「インド太平洋における安全保障環境の悪化は、フランスとヨーロッパの利益に重大な脅威をもたらしている。インド太平洋における抑止力と軍事的対応努力は主にアメリカに依存しているが、ヨーロッパ連合加盟諸国は今や、台湾海峡、北朝鮮、南シナ海における危機や紛争など、この地域における危機や紛争の世界的影響を十分に理解しなければならない」と述べている。

ウクライナ戦争は、ヨーロッパの関心と武器を吸収した。それでもなお、ヨーロッパの東方シフト(European shift to the east)は続いており、その勢いは増している。それは、ウクライナ戦争がヨーロッパにとって紛争の真のリスク、特に世界の多くの国々と同様にヨーロッパが依存している世界貿易とエネルギーの流れの要であるインド太平洋における紛争の真のリスクについて警鐘を鳴らしたからでもある。

ハーグ戦略研究センターのポール・ファン・フフトは「インド太平洋地域におけるヨーロッパの存在感を高めようという意図は、ヨーロッパでの戦争にもかかわらず、まだ生き続けている。ウクライナ戦争がなければ、資源を確保するのは簡単ことだろうが、その一方で、今は新たな深刻な問題が出ている」と述べている。ヨーロッパのアジアへの軸足移動(The European pivot to Asia)が注目されるのは、フランスとおそらくイギリスを除けば、ヨーロッパ諸国がもともとインド太平洋地域のプレイヤーではないからだ。しかし、フランスとイギリスの空母に加え、ドイツ、イタリア、オランダの小型水上艦船がこの地域に派遣されている

ヨーロッパが、目の前に多くの課題があるにもかかわらず、地球半周分も離れた地域の争いに力を入れている理由はいくつかある。それらは、攻撃的な中国の台頭、商業とエネルギーの自由な流れを保護する必要性、そして、アメリカが、旧大陸が今後数十年間に形成されつつある重大な安全保障上の諸問題において、さらに前進し、主要な役割を果たすことができるという願望である。

長年にわたり、ヨーロッパは中国との間でバランスを取ろうと努め、中国からの投資を歓迎する一方で、北京に対するワシントンの好戦的な姿勢をますます強めていることから距離を置いてきた。しかし、中国による略奪的な貿易や経済慣行、南シナ海での威圧、太平洋における自由航行への脅威、そして台湾併合というあからさまな計画の組み合わせは、今やヨーロッパを、より明確なアプローチへと押しやっている。

前述のティモシー・エドマンズ「中国との関係の方向性は、ヨーロッパ連合全体で変化している。海外投資(foreign investment)であれ、一帯一路構想(the Belt and Road Initiative)であれ、太平洋での活動であれ、中国の破壊的な役割がますます認識されるようになっている。それらの国々の目からは日々鱗が剥がれ続けている状況だ」と語った。

オランダのような中堅諸国は、インド太平洋における自国の将来を、戦争に参加して実際に戦う海軍国としてではなく、むしろ投資、能力開発、安全保障支援を活用して、アジア諸国を中国の支配に対する防波堤となりうるより広範なグループへと呼び込むことができる外交国になるようにと考えている。ファン・フフトは「私たちにできることは、パートナー諸国に対して、“私たちは本当に気にかけているが、支援は別の形でなければならない”と伝えることだ」と述べている。

エマニュエル・マクロン大統領の下、フランスは長年にわたり、多くの人がバランシング姿勢とみなすものを追求しようとしてきたが、インド太平洋で何が起こるかについて、より現実的な見方にますます傾いている、と前述のジェレミー・バシュリエは述べている。「フランス政府は、アメリカ、インド、日本、オーストラリアで構成されるクアッド(Quad)のようなグループにはまだ正式に参加していないが、インドとのラ・ペルーズ海軍演習のような、考えを同じくする国々と以前よりも多くの演習に参加している」とバシュリエは語っている。

台湾や西太平洋をめぐる潜在的な紛争だけでなく、フランスやその他のヨーロッパ諸国が特に懸念しているのは、自由航行(free navigation)やエネルギーなどの重要物資の自由な流れ(free flow)に対する脅威である。これは、紅海における数ヶ月に及ぶフーシ派の活動や、イランによるホルムズ海峡閉鎖の威嚇によって浮き彫りにされ、世界有数の輸送量を誇る航路を自分専用の湖(a private lake)に変えようとする中国の明白な意志によって強調されている。このことは、海洋法を守り、自国の近くだけでなく、ヨーロッパに影響を及ぼすあらゆる場所で海運を保護したいというヨーロッパ共通の願望につながる。

ファン・フフトは「航路がますます攻撃に対して脆弱になっていることは誰の目にも明らかであり、海洋安全保障の関心は必然的にインド太平洋へと移行しつつある。依存関係(dependencies)を考えれば、航路を確保するという問題を無視することはできない」と語っている。

海洋での取り組みを拡大するというヨーロッパの取り組みは、アジアのパートナー諸国や潜在的なライヴァルだけでなく、アメリカにもメッセージを送っている。数十年とは言わないまでも、何年もの間、米政府はヨーロッパのNATO加盟諸国に防衛費を増額する必要性について説得しており、遅ればせながら、増額を始めている国もある。しかし専門家たちは、特にヨーロッパの近隣地域と、それを遠く越えた地域での海洋安全保障能力の強化は、ヨーロッパ全体がアメリカに真の支援を提供できる分野の1つであると主張している。

これには紅海やホルムズ海峡でのヨーロッパ諸国の任務のような巡回活動が含まれるが、米空母打撃群の長期間の派遣を具体化するためのヨーロッパ諸国からの水上艦艇の定期派遣も含まれる。

ファン・フフトは「これらの任務は全て、大国ではない国の海軍でも役割を果たすことができる、非常に具体的な方法である」と述べている。

しかし、より正確には、どのような役割となるのだろうか? ヨーロッパで最も強力な2つの海軍、イギリス海軍とフランス海軍は、合わせて3隻の中規模空母と40数隻の主要な水上艦艇を保有している。アメリカ海軍は、太平洋艦隊だけでも常時それ以上の数を保有している。イタリア、スペイン、ドイツ、オランダといった国々のより小規模な海軍は、ほとんどが小型のフリゲート艦と一握りの水陸両用艦で構成されている。それでも、フランスとイギリスの空母は、他のヨーロッパ諸国の艦船に護衛されながら、今年後半から来年にかけてインド太平洋に向かう予定であり、どちらもアメリカ軍との相互運用性(interoperable with U.S. forces)を高めるための訓練を受けている。

しかし、だからといって、台湾や南シナ海をめぐって太平洋戦争が勃発した場合、ヨーロッパの軍艦がアメリカやパートナー諸国の海軍を直接支援できるかというと、そうではないとバシュリエは主張している。ヨーロッパ北西部から南シナ海までは到着までに約2週間かかり、南シナ海での後方支援もないため、ヨーロッパの海軍はたとえその意志があったとしても、紛争が起きた場合に大きな役割を果たすことは難しいだろう。

より間接的ではあるが、アジアの海洋環境を形成する上で最終的により有益な役割は、もう少し身近なところで果たせるかもしれない。紅海やインド洋西部で既に海賊やテロリストに対する活動を開始しているヨーロッパ諸国の海軍は、シーレーン保護(sea lane protection)の任務を全面的に担うことができ、アメリカとそのパートナー諸国海軍は太平洋に集中することができる。

バシュリエは「アジアで紛争が発生した場合、ヨーロッパはおそらく、海上交通の安全保障と管理を確保し、スエズ運河とマラッカ海峡の間の“後方基地(rear bases)”を監視しなければならなくなるだろう」と語っている。

バシュリエは更に「バブ・エル・マンデブ海峡からベンガル湾のマラッカ海峡の開口部までの範囲で活動するヨーロッパの海軍は、ヨーロッパのエネルギー権益を維持しつつ、北京の戦略的供給を制約することができる」とも述べている。

※キース・ジョンソン:『フォーリン・ポリシー』誌記者(地経学・エネルギー担当)。ツイッターアカウント:@KFJ_FP

(貼り付け終わり)

(終わり)
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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 2023年12月27日に『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行いたしました。ウクライナ戦争について詳しく分析しました。是非お読みください。

 ヨーロッパには、ヨーロッパ連合(European UnionEU)とNATO(北大西洋条約機構)という大きな国家連合、協力の枠組みがる。NATOはヨーロッパを超えて、アメリカやトルコも加盟している。EUは元々が経済協力のための枠組みであったヨーロッパ経済共同体(European Economic CommunityEEC)が前身のため、経済活動がメインとなる。もちろん、軍事組織もあるが、それがメインではない。NATOは、冷戦下に、対ソ連の集団防衛を目的としたもので、ソ連崩壊後も存続し、現在はロシアの脅威に対抗する組織となっており、安全保障がメインだ。NATOがヨーロッパの防衛、安全保障のメインの枠組みということになり、これは、アメリカが大きな役割を果たすということになる。アメリカ側皮すれば、好意的に解釈すれば「アメリカにとって重要なヨーロッパ地域の安全保障に貢献する」ということになるが、悪く解釈すれば「ヨーロッパはアメリカのお金と軍隊にただ乗りして、自分たちをアメリカに守らせている」ということになる。ドナルド・トランプ前大統領は、アメリカ軍の引き上げ、ヨーロッパ諸国の負担増を求めたが、これはアメリカ国民の多くの意思を反映している。

 ヨーロッパは、2022年2月からのウクライナ戦争を受けて、自分たちの防衛について真剣に考えねばならなくなった。アメリカに頼るのか、アメリカに頼るにしてもどの程度頼るようにするか、自分たちでどれだけのことができるか、ロシアの脅威はどれくらいで、自分たちの負担はどれくらいになるか、負担をどのように分担するかということが問題になってくる。ヨーロッパの防衛のためには、各国の協力が不可欠であるが、以前に昇華した論稿にもあったが、それぞれの国の軍事装備の基準の違いやインフラの規格の違いなどから、協力は大変難しい状況だ。それでも、ウクライナ戦争を受けて、防衛協力について、真剣に考えねばならないようになっている。

 しかし、ここで考えねばならないことは、ロシアがヨーロッパ諸国にとって脅威とならないように対応するということだ。ロシアがヨーロッパを脅威と捉えて侵攻するということがないような状況を作ることも大切だ。戦争が起きない状況を作ることも真剣に考えねばならない。アメリカやイギリスが「作り出す」ロシアの脅威という幻想に踊らされないことが何よりも重要だ。これは日本にも言えることだ。「中国の脅威」「台湾危機」といった言葉に安易に踊らされないようにしたいものだ。

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何故ヨーロッパは軍事行動を合同して行えないのか(Why Europe Can’t Get Its Military Act Together

-ヨーロッパ大陸は、軍事的自立(military autonomy)への道のりで複数の障害に直面している。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2024年2月21日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/02/21/europe-military-trump-nato-eu-autonomy/

ドナルド・トランプ前米大統領は選挙集会で、自身が防衛義務を怠っていると判断した国々について、ロシアに対し「やりたいことは何でもする(do whatever the hell they want)」よう促すと述べ、ヨーロッパに警鐘を鳴らした。ヨーロッパ諸国は既に、トランプの2度目の大統領就任の可能性について懸念していたが、今回の発言でこうした懸念がさらに高まった。ヨーロッパ委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は数日後、『フィナンシャル・タイムズ』紙に対し、ヨーロッパは「より荒れた(tougher)」世界に直面しており、「私たちはより多くの支出をしなければならないし、より賢く支出をしなければならないし、そしてヨーロッパのための支出をしなければならない」と語った。

しかし、疑問が残る。ヨーロッパは自らを守るために十分なことを実行するだろうか? ヨーロッパ諸国がアメリカの保護に過度に依存し(overly dependent)、十分な防衛力を維持しようとしないという、アメリカ側の不満には長い歴史があり、2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで警鐘が鳴らされたが、ヨーロッパの使える軍事力が劇的に向上することはまだない。たしかに、NATO加盟諸国は現在、より多くの資金を費やしており、EUは最近、ウクライナへの追加的な500億ユーロの財政支援を承認した。しかし、数週間以上にわたって実戦部隊を維持するヨーロッパの能力は、依然として微々たるものだ。つまり、いくつかの重要な能力は依然としてアメリカに依存しており、NATO加盟諸国の一部には、自分たちが攻撃された場合、そのパートナーが助けようと努力したとしても、それほどのことができるのか疑問を持つ国もある。

確かに、ヨーロッパの高官たちのレトリックはより激しくなっている。デンマークのトロエルス・ルンド・ポウルセン国防相は最近、ロシアは「3年から5年以内に」NATOの相互防衛条項を試すかもしれないと警告し、別のNATOの幹部外交官は、もはや「ロシアがウクライナで止まってくれると考える余裕はない」と考えていると述べた。別の上級外交官によれば、ロシアが2030年までにNATO加盟諸国を攻撃する「意図と能力(intent and capability)」は、現時点では同盟内の「ほぼ総意(pretty much consensus)」だと述べた。ヨーロッパが独自に十分な能力を開発するには10年以上かかる可能性があるため、熱心な大西洋主義者たちは、アメリカの時間、注意力、資源に対する競合する全ての要求にもかかわらず、アメリカをヨーロッパにしっかりと関与させ続けたいと考えている。

ヨーロッパは行動を共にできるのか? ここでは、2つの確立された理論体系(well-established bodies of theory)が関連する。1つは、私が貢献しようとしている「力の均衡(balance of power)」(あるいは「脅威の均衡[balance of threat]」)理論である。この理論では、ヨーロッパの安全保障に対する深刻な外的脅威(external threat)、たとえば強力な軍事力と高度な修正主義的な野心を持つ大国が近隣に出現した場合、その脅威を抑止するために(あるいは必要であれば、その脅威を打ち負かすために)、これらの国のほとんどが力を合わせると予測している。このような衝動は、もしこれらの国々が、自分たちは他の誰にも保護を頼ることができないと理解すれば、より強くなるだろう。最近のヨーロッパの国防費の増加とスウェーデンとフィンランドのNATO加盟決定は、脅威に晒されている国々が完全に均衡(バランス)を取る傾向を示しており、この確立された傾向により、ヨーロッパが自らの防衛に対してより大きな責任を負う能力と意欲について、私たちがより楽観的になれるはずだ。

しかし、残念なことに、2つ目の理論体系がこの明るい結果を確実なものにはしていない。安全保障は「集合罪(collective good)」であるため、同盟関係にある国家は、自国の安全保障を維持するために、たとえ自国の貢献が少なくても、パートナーが十分な貢献をしてくれることを期待して、他国の努力を「バックパス(back-pass)」したり、もしくは、フリーライド(ただ乗り、free-ride)したりしたくなる。この傾向は、同盟の最強メンバーが集団的努力に不釣り合いなほど貢献する傾向がある理由を説明するのに役立つ。同盟の主要メンバーが攻撃を抑止または撃退するのに十分な働きをすれば、小規模なメンバーの貢献は余計なものになるかもしれない。結局のところ、同盟は彼らの努力を倍増させたとしても、それほど強くはならないのである。それゆえ、強力なアクターが自らの利己的な利益のために十分なことをしてくれると確信し、力の弱いアクターたちはより少ない貢献をする誘惑に駆られるのである。しかし、もし十分な数のメンバーが、より大きな負担を他のメンバーに負わせる誘惑に屈したり、他の利己的な利害が協力の必要性に打ち勝ったりすれば、同盟は安全確保に必要な統合能力(combined capabilities)と協調戦略(coordinated strategy)を生み出さないかもしれない。

これら2つのよく知られた理論を合わせると、NATOが今日直面しているディレンマが浮き彫りになる。良いニューズとしては、NATOのヨーロッパ加盟諸国はロシアよりもはるかに潜在的な力を持っているということだ。ヨーロッパの人口はロシアの3倍から4倍、経済規模はロシアの10倍にも達する。いくつかのヨーロッパ諸国は、優れた兵器を生産できる高度な軍事産業を持っており、冷戦後期には強大な地上軍と空軍を保有していた国もある(ドイツなど)。さらに驚くべきことに、NATOのヨーロッパ加盟諸国だけで、毎年少なくともロシアの3倍以上の防衛費を費やしている。人件費の高騰や努力の重複、その他の非効率を考慮したとしても、潜在的な能力が適切に動員され、指揮されることを前提にすれば、ヨーロッパにはロシアの攻撃を抑止したり、撃退したりするのに十分すぎるほどの潜在的戦力がある。ウクライナ戦争が始まって以来、ロシアの軍事力と国防生産能力は大幅に向上しているが、数が少なく、武装も不十分なウクライナ軍を打ち負かすのは難しい。バフムートやアブディフカを占領するのに数カ月かかる軍隊が、他の誰に対しても電撃戦(blitzkrieg)を成功させることはできない。

悪いニューズは、有能なヨーロッパ防衛力を構築するための持続的な取り組みが大きな障害に直面していることだ。第一に、NATOのヨーロッパ加盟諸国は主要な安全保障問題のレヴェル、あるいはその正体についてさえ意見が一致していない。バルト三国やポーランドにとっては、ロシアが最大の危険をもたらしていることは明らかである。しかし、スペインやイタリアにとっては、ロシアはせいぜいが遠い問題であり、不法移民の方が大きな課題である。アナリストの一部とは異なり、私はヨーロッパがこうした状況にあっても、ロシアに対して効果的な防衛を行うことを邪魔するとは考えない。しかし、負担の分担や軍事計画の問題をより複雑にしている。ポルトガルにエストニアを支援するよう働きかけるには、ちょっとした説得が必要だろう。

第二に、ヨーロッパに更なる努力を求める人々は、微妙なディレンマに直面している。深刻な問題があることを人々に納得してもらわなければならないが、同時に、その問題を解決するのにそれほど費用がかかったり困難であったりする訳ではないと納得してもらわなければならない。ロシアの軍事力を誇張し、ウラジーミル・プーティンを無限の野望を抱く狂人として描くことで、大規模な防衛力増強への支持を集めようとすれば、ヨーロッパが直面している課題は克服不可能に見え、アメリカに頼ろうという誘惑が強まるかもしれない。しかし、ロシアの力と野望がより控えめであり、それゆえ管理可能であると信じられれば、今大きな犠牲を払い、長期にわたって真剣な努力を維持するようにヨーロッパ各国の国民を説得することは難しくなる。より大きな自主性を機能させるためには、ヨーロッパの人々にロシアが危険であることを信じさせねばならないが、同時に、たとえアメリカの力が大幅に弱まったとしても、自分たちならこの問題に対処できると信じさせねばならない。このため、アメリカの全面的な関与を維持するために、ヨーロッパ諸国が自国を防衛することは単に不可能だと主張することは、ヨーロッパの真剣な取り組みを抑制し、アメリカがいずれにせよ関与を縮小することになれば、逆効果になりかねない。

第三の障害は、核兵器の曖昧な役割である。核兵器が大規模な侵略行為を抑止すると確信している場合、英仏の核戦力とアメリカの「核の傘(nuclear umbrella)」が、どんな状況下でも、ロシアの攻撃からNATOを守ってくれると考えるだろう(ウクライナはNATO加盟国ではないことを覚えておく価値がある)。そうであれば、大規模で高価な通常戦力を構築する必要はない。しかし、拡大核抑止の信頼性に確信が持てない場合や、低レヴェルの挑戦に対して核兵器使用の威嚇をする必要がない場合は、能力のある通常戦力が提供するような柔軟性を求めることになる。この問題は、1960年代の「柔軟な対応(Flexible Response)」をめぐる同盟内論争や1980年代の「ユーロミサイル(Euromissiles)」論争が示すように、冷戦期を通じてNATO内で争点となった。核兵器が存在し続けることで、通常戦力を停滞させる誘惑に駆られる国が出てくる可能性があるという点で、この問題は今日でも関連している。

第四に、ヨーロッパ諸国は武器の標準化や共通戦略や防衛計画の策定に協力する代わりに、依然として自国の防衛産業や軍隊に投資することを好んでいる。戦略国際​​問題研究所の2023年の報告書によると、2014年にロシアがクリミアを占領して以来、ヨーロッパ全体の国防費は急激に増加しているものの、共同調達努力(cooperative procurement efforts)に充てられる割合は、2021年まで着実に減少し、EUによって設定された、以前の目標である35%に近づくことはなかった。 EU諸国は、支出が少ないにもかかわらず、約178の異なる兵器システムを配備していると報告されており、アメリカよりも148も多い。単独で行動しようとする頑固な傾向は、ヨーロッパが潜在的な挑戦者に対して享受している膨大な潜在的資源の優位性を無駄にしており、もはや余裕のない贅沢である可能性がある。

最後の障害は、少なくとも現時点では、ヨーロッパの自立を奨励することに対するアメリカの長年の曖昧さである。アメリカは一般に、ヨーロッパのパートナー諸国が軍事的に強いが強力すぎないこと、政治的に団結しているが団結しすぎていないことを望んでいる。それは何故か? それは、NATOは、有能ではあるが従属的なパートナーの連合に対するアメリカの影響力を最大化したからである。アメリカ政府は、NATOの残りの国々が有用であるだけでなく、アメリカの要望に完全に従うのに十分な強さを持たせたいと考えており、これらの国々がより強くなり、一つの声で発言し始めれば、現状のNATOを維持するのは難しくなるだろう。ヨーロッパの依存と従順さを維持したいという願望により、歴代のアメリカ政権は、ヨーロッパの真の戦略的自治につながる可能性のあるあらゆる措置に反対するようになった。

しかし、そうした時代は終わりを告げようとしている。アメリカが「全てを持つことはできない」こと、そして集団的防衛(collective defense)の重荷をヨーロッパのパートナー諸国にもっと転嫁する必要があることを認識するのに、トランプ的である必要はない。しかし、過去の例を見る限り、ヨーロッパの指導者たちが、どんな状況下でもアメリカが「全面的(all-in)」に関与してくれると信じているのであれば、ヨーロッパがその責任を負うことはないだろう。1950年代初頭にヨーロッパ経済統合が推進された背景には、アメリカがやがて大陸から軍を撤退させ、ワルシャワ条約機構に対抗する能力が、大規模で統一されたヨーロッパ経済秩序の構築によって強化されるというヨーロッパ全体の懸念があったことは、思い出す価値がある。ヨーロッパ統合の背後にある安全保障上の衝動は、アメリカの残留が明らかになった時点で後退したが、アメリカの関与に対する疑念の高まりは、ヨーロッパの優れた経済力と潜在的な軍事力を、純粋に自己の利益のために、より効果的に動員する十分な動機を与えるだろう。

来年のホワイトハウスが誰になるかにかかわらず、アメリカ政府関係者たちはこの動きを後押しすべきである。以前にも主張したように、ヨーロッパの安全保障をヨーロッパに戻すプロセスは、大西洋間の新たな役割分担の一環として、徐々に行うべきである。アメリカへの依存度が下がれば、ヨーロッパはより精力的にバランスを取るようになり、この方向にゆっくりと、しかし着実に進むことで、同盟諸国は必然的に生じる集団行動のディレンマを克服する時間を得ることができる。ヨーロッパ諸国はロシアよりもかなり多くの軍事的潜在力を持っているため、これを完璧に行う必要はなく、かなり安全な状態にすることができる。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント:@stephenwalt

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 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』(徳間書店)を刊行しました。是非手に取ってお読みください。よろしくお願いいたします。

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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 下に紹介しているシェンゲン協定(Schengen Agreement)とは、ヨーロッパ諸国間で国境での審査や検査なしで国境通過を許可する協定だ。加盟している国(ヨーロッパの国)の国民であれば、加盟している国々の間を自由に往来できる。日本のパスポート所有者であれば、それに近い形で往来ができる。ヨーロッパ連合(European UnionEU)の加盟諸国とほぼ重なるが、EUに加盟していなくてもシェンゲン協定に加盟している国があるし、逆にEUに加盟していながら、シェンゲン協定には加盟していない国もある。

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シェンゲン協定に関するヨーロッパの現状

 今回ご紹介している論稿では、「ヨーロッパ諸国の間での武器や装備品の軍事移動が自由にできるようにすべきだ」という内容だ。ヨーロッパはEUNATOという枠組みでまとまっている(加盟していない国もあるが)。両組織共に、大雑把に言ってしまえば、「対ソ連(現在は対ロシア)でまとまる」ということになる。ロシアが戦車部隊と先頭にして退去として押し寄せてくるというイメージがあるようだ。

 それが、2022年2月からのウクライナ戦争で現実のものとなるかもしれないとヨーロッパ諸国で懸念が高まった。また、ロシアがウクライナ戦争への参戦はロシアに対する敵対行為となり、核兵器による攻撃の可能性も排除しないということになって、ヨーロッパ諸国、特に西ヨーロッパの先進諸国は及び腰となった。ウクライナが戦闘機をはじめとする、より効果の高い、より程度の高い武器の供与を求めているのに、西側諸国は、ロシアからの核攻撃が怖いものだから、ウクライナの要請を聞き流している。ヨーロッパ諸国の考えは、「自分たちにとばっちりが来ないようにする、火の粉が降りかからないようにする」というものだ。

 ヨーロッパ諸国はまた、アメリカの力の減退、衰退を目の当たりしている。そこで、「これまではアメリカに任してきたし、本気で取り組む必要がなかった、対ロシア防衛を本気で考えねばならない」という状況に追い込まれた。ロシアはヨーロッパの東方にあり、もし戦争となれば、ロシアに隣接する、近接する国々の防衛をしなければならないが、これらの国々は小国が多く、とても自分たちだけでは守り切れない。そこで、西ヨーロッパからの武器や装備人の支援が必要となる。しかし、これが大変に難しい。
 ヨーロッパはEUとして一つのまとまりになっているが、それぞれの国の制度が個別に残っているので、道路や鉄道の規格が異なるために、武器を陸上輸送するだけも大変なことだ。軍事移動の自由がかなり効かない状態になっている。まずはそこから何とかしなければならないということになる。

 今頃になって慌てているヨーロッパ諸国、NATOはお笑い草だが、ロシアが西ヨーロッパに手を出すと本気で心配して慌てだしているのは何とも哀れだ。経済制裁を止めて、エネルギー供給を軸にした以前の関係に戻れば何も心配はいらない。そのうちにこう考えるようになるだろう、「アメリカがいるから邪魔なんじゃないか」と。ヨーロッパのウクライナ戦争疲れからアメリカへの反発が大きくなっていくかもしれない。

(貼り付けはじめ)

「軍事シェンゲン圏」時代が到来(The ‘Military Schengen’ Era Is Here

-ヨーロッパ共通の軍事的野心の第一歩は自由な移動について理解することである。

アンチャル・ヴォーラ筆

2024年3月4日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2024/03/04/europe-military-autonomy-nato-schengen/

2024年1月下旬、ドイツ、オランダ、ポーランドの3カ国は、3カ国の間に軍事輸送回廊(military transport corridor)を設置する協定に調印し、ヨーロッパ全域の軍事的流動性(military mobility)を向上させるという、長い間議論されてきたがほとんど追求されてこなかった目標に大いに弾みをつけた。ドイツ国防省のシェムティエ・メラー政務次官は、この回廊によって軍事移動が「真の軍事シェンゲン圏(true military Schengen)への道を歩むことになる」と述べた。ヨーロッパの政策立案者たちが、シェンゲン圏内の人と商業物資のヴィザなし移動を、ヨーロッパ全域の軍隊と軍事装備の移動に適応させるというアイデアを浮上させたのは、これが初めてではない。しかし、このアイデアは現在、明らかに勢いを増している。

軍事シェンゲン圏構想が浮上したのは、ロシアによるクリミア併合の後だった(2014年)。ロシアによるクリミア併合から10年、ウクライナへの侵攻から2年が経過した今、ヨーロッパはロシアのウラジーミル・プーティン大統領が更に西側への軍事行使に踏み切る可能性に備える必要があることを認識しつつある。ヨーロッパの軍事関係者たつは、冷戦で学んだ教訓を掘り下げている。その中には、軍の機動性に関する具体的な教訓も含まれている。

しかし、複数の専門家、外交官、軍関係者が本誌に語ったところによると、その進展は望まれているよりもはるかに遅れている。ポーランドのNATO常任代表であるトマシュ・シャトコフスキは本誌に対し、「ルールの自由化は誰もが支持している。しかし、問題は2015年以来、私たちはそれについて話し続けてきたということだ」。彼らは、ヨーロッパは冷戦時代の緊張が戻ってきた可能性があることを認めており、ヨーロッパ諸国が兵員や物資を効果的に移動させるには「長い道のり(long way to go)」があると述べた。

ヨーロッパにおける軍事ミッションに関連するあらゆるものの通過には、官僚的なハードルから決定的な遅れの原因となるインフラのギャップまで、さまざまな障害がつきまとう。バルト三国であるエストニアのヨーロッパ連合(European UnionEU)議員で、外務委員会の副委員長を務めるウルマス・パエトは、軍事的機動性を10段階の中で3段階でしかないと評価し、現在、バルト三国に物資を送るには「数週間から少なくとも1週間以上」かかると述べた。

書類仕事は煩雑で大変だ。様々な国の様々な省庁から、時には国内の様々な地域から、いくつもの承認を得る必要がある。ほとんどの道路や橋は民間用に建設されたものであり、重い軍事機材の重量に耐えられるとは考えられない。中央ヨーロッパの燃料パイプラインは東部諸国に伸びていないため、燃料供給の遅れが長期化すれば、決定的な要因となりかねない。更に言えば、旧ソ連諸国の鉄道の軌間はヨーロッパの鉄道の軌間とは大きさが異なり、戦時に数千人の兵員や装備を列車から別の列車に移すことは、さらに時間のかかる作業となる。

軍事シェンゲン圏の最初の提唱者であり、この言葉を作ったと思われる、NATO司令官を務めたベン・ホッジス中将は、少なくともここ数年、軍事移動性について議論が盛り上がっているのは良いことだと評価している。ホッジス司令官は最近のミュンヘン安全保障会議に出席し、本誌の取材に対して、「現在、様々な国の様々な政府機関の閣僚たちが軍事シェンゲン圏について話しているのを聞くようになっている」と語った。

ホッジス元司令官は、危機に際して迅速に行動する能力は、軍事抑止ドクトリンの重要な部分であると述べた。彼は更に、軍隊が動員され、迅速に移動する能力は、敵にとって目に見えるものでなければならず、そもそも攻撃することを抑止するものでなければならない、と述べた。

ホッジスは「私たちは装備や兵力だけでなく、迅速に移動し、予備部品を供給し、燃料や弾薬を保管する能力など、真の能力を持たなければならない。ロシアに私たちがそうした能力を持っていることを理解させる必要がある」と述べた。

ホッジスは、ドイツ、オランダ、ポーランドの合意は素晴らしいスタートだと称賛し、このような回廊は他にも数多く検討されていると述べた。ブルガリアのエミール・エフティモフ国防長官は、同盟諸国はギリシャのアレクサンドロウポリスからルーマニアへの回廊と、アドリア海からアルバニアと北マケドニアを通る回廊を優先すべきだと述べた。

ホッジスは続けて、「彼ら(同盟諸国)はギリシャからブルガリア、ルーマニアまでの回廊を望んでいる。これら全ての回廊の目的は、インフラの面でスムーズなルートを確保するだけでなく、税関やすべての法的なハードルを前もって整理しておくことだ」と述べた。

ドイツ、オランダ、ポーランドの回廊は多くの構想の中の最初のものであり、ボトルネックを特定して解決し、将来の回廊のモデルとなる可能性があると期待されている。匿名を条件に本誌の取材に応じたあるドイツ軍幹部は、この回廊ではあらゆる問題を調査すると述べた。この軍幹部は、ドイツでは各州、つまり連邦州が領土内を通過する軍隊や危険な装備について独自の法律を定めているため、平時においては当局が連邦手続きを円滑化することも可能になると述べた。戦争時には、回廊は「単なる通り道以上のもの(much more than a road)」になるだろうと彼は付け加えた。

上述の軍幹部は「危機発生時にはおそらく10万人以上の兵士が出動するだろう。移動を停止し、休憩し、スペアパーツを保管する倉庫や燃料保管センターにアクセスできる場所が必要となるだろう。そのようなシナリオには、戦争難民の世話をするための取り決めも必要になるだろう」と述べた。

これは、3カ国の間でさえ難しいことだ。20数カ国の加盟国間の協力、特に武装した兵士や危険な機械が関係する協力には、更に数え切れないほどの規制が課されることになる。前述のウルマス・パエトは、「防衛は、『国家の権限(a national competence)』であり、各国は共有したいものを共有する」と述べた。軍事的な荷重分類があり、重戦車の重量に耐えられる橋がどこにどれだけあるかといったような重要なインフラの詳細については、各国はなかなか共有しない。

ヨーロッパ外交評議会(European Council of Foreign Relations)というシンクタンクの防衛専門家であるラファエル・ロスは、インフラの必要性に関するカタログは存在しないと述べた。ロスは「どこにどのようなインフラが必要なのか、明確になっていない」と本誌に語った。ヨーロッパ政策分析センター(Center for European Policy AnalysisCEPA)が2021年に発表した報告書によると、欧州では高速道路の90%、国道の75%、橋の40%が、軍事的に分類される最大積載量50トンの車両を運ぶことができる。ウクライナの戦場でロシアを相手にステルス性を証明したレオパルド戦車やエイブラム戦車は、重量がかなりある。

ホッジスは次のように語っている。「レオパルド戦車の重量は約75トンで、エイブラムス戦車はもう少し重い。これらの戦車のほとんどは、重装備輸送車(heavy equipment transportersHETs)の荷台に載せられて輸送され、HET1台あたりの重量は約15トンから20トンだ」。CEPAは、トラック、トレーラー、重戦車の組み合わせは120トンをはるかに超える可能性があると指摘し、軍事的移動に適したインフラはほぼ存在しないことになる。

EUは、軍民両用インフラに資金を提供する必要性を認めており、既に95件のプロジェクトへの資金提供を承認している。ポーランド大使とホッジスはともに、EUのインフラ資金調達手段であるコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ(Connecting Europe FacilityCEF)に割り当てられた資金が65億ユーロから17億ユーロに削減されたことを懸念していると述べた。

CEFを通じて資金提供される国境を越えた鉄道プロジェクト「レイル・バルティカ(Rail Baltica)」は、ヨーロッパの鉄道網をリトアニア、エストニア、ラトビアのバルト三国まで拡大する計画で、2030年までに機能する予定だ。しかし、資金面での懸念が現地のニューズで報じられている。更に、フランス、ベルギー、そしてドイツでさえも、ヨーロッパの集団的自衛権にGDPの大きな部分を費やすことが多い東ヨーロッパ諸国への中央ヨーロッパパイプラインの拡張に費用をかけることに強い抵抗がある。

EUの防衛協力を調整するヨーロッパ防衛庁は、陸空の移動に関する官僚的プロセスの標準化と事務手続きを簡素化するための共通フォームの開発に取り組んでいる。しかし、これは25の加盟国によって合意されているものの、これらの「技術的取り決め(technical arrangements)」を国内プロセスにまだ組み込んでいない加盟国は消極的である。

EUの27カ国、NATOの30カ国以上の全加盟国を合意に導くのは大変に困難だが、リトアニアのヴィリニュスで開かれた前回のNATO首脳会議以来、ホッジスには希望を抱くことができる理由がある。昨年7月、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は3つの地域防衛計画(regional defense plans)を発表した。ストルテンベルグ事務総長は、北は大西洋とヨーロッパ北極圏、中央はバルト海地域と中央ヨーロッパ、南は地中海と黒海における抑止力を計画・強化すると述べた。これらの計画によって、NATO加盟国は正確な防衛要件を評価し、それを各同盟国に配分し、その過程で具体的な後方支援の必要性を理解することができる。ホッジスは、これが「ゲームチェンジャー(game changer)」となることを期待している。

※アンチャル・ヴォーラ:ブリュッセルを拠点とする『フォーリン・ポリシー』誌コラムニストでヨーロッパ、中東、南アジアについて記事を執筆中。ロンドンの『タイムズ』紙中東特派員を務め、アルジャジーラ・イングリッシュとドイツ国営放送ドイチェ・ヴェレのテレビ特派員を務めた。以前にはベイルートとデリーに駐在し、20カ国以上の国から紛争と政治を報道した。ツイッターアカウント:@anchalvohra

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 2023年12月27日に最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』が発売になります。よろしくお願いします。


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バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる

 今回も最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』で取り上げたカート・キャンベルとイーライ・ラトナーの論文をご紹介する。キャンベルとラトナーがバイデン政権の対アジア、対中政策の責任者である。2人がどのようなことを考えているかを知ることは重要だ。彼らの認識は「中国をここまで大きくしたのはアメリカだ。中国を世界市場にアクセスさせ、世界の潮流に晒せば、中国は変化すると考えたのは誤算だった」というものだ。アメリカは中国の安い製品を大量に輸入することで、中国を経済発展させる。経済発展に伴って人々の生活は向上し、世界の情報を得るようになり、中国の体制変革を求めるようになるとアメリカは考えた。一人当たりのGDPが6000ドルに達すると、民主化に向かうという仮説もある。

 しかし、中国共産党政府はそのような方向に進むことを警戒し、国内体制の強化を行った。また、中国国民も中国共産党政府を支持した。「私たちの生活を豊かにしてくれた中国共産党を支持する」ということになった。アメリカの中国の体制変革の目論見は崩れた。そして、気づいてみれば、アメリカは強大な中国というライヴァルを自分自身で生み出してしまった。今や中国は「西側諸国(the West)対西側以外の国々(the Rest)」という、世界を二分する構造の中で、西側以外の国々の旗頭である。

 こうした状況に陥り、アメリカは中国とどのように対峙するか、ということになる。最悪のシナリオは米中覇権戦争(Sino-US hegemonic war )であるが、アメリカは中国との戦争に踏み切れない。戦争に踏み切って中国を打倒しても、アメリカは致命的なダメージを受けて立ち直れない。アメリカ一国で中国と対峙することはできない。そこで、アメリカの同盟諸国、パートナーの出番である。その一番手は地理的なことから考えても、日本である。日本を中国にけしかけて、戦争まではいかなくても、武力衝突位させるのがアメリカである。最近では、アメリカは対ロシアを名目に、NATOまで対中封じ込めに利用しようとしている。こうしたことは、最新刊『バイデンを操る者たちがアメリカ帝国を崩壊させる』に詳しく書いている。

 日本は何があっても中国と直接衝突してはいけない。そのことを私たちは肝に銘じておかねばならない。

(貼り付けはじめ)

中国に関する計算(The China Reckoning

-北京はいかにしてアメリカの期待を裏切ったか

カート・キャンベル、イーライ・ラトナー筆

2018年3・4月(発行日:2018年2月13日)号
『フォーリン・アフェアーズ』誌

https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2018-02-13/china-reckoning

アメリカは常に、中国の行く末を決めることができると過大な期待を抱いてきた。しかし、その野望は何度も失敗に終わってきた。第二次世界大戦後、アメリカの中国特使だったジョージ・マーシャルは、中国内戦における国民党と共産党の和平を仲介することを望んだ。朝鮮戦争中、ハリー・トルーマン政権は毛沢東軍に鴨緑江を渡らせないようにできると考えた。リンドン・ジョンソン政権は、北京が最終的にヴェトナムへの関与を抑制すると考えていた。いずれの場合も、中国の現実はアメリカの予想を覆した。

リチャード・ニクソン米大統領の対中国交正常化で、ワシントンはこれまでで最大かつ最も楽観的な賭けに出た。ニクソンも国家安全保障問題担当大統領補佐官であったヘンリー・キッシンジャーも、和解(rapprochement)によって北京とモスクワの間にくさびが打ち込まれ、やがて中国がアメリカに接近するにつれて、中国自身の利益に対する考え方が変わると考えていた。1967年秋、ニクソンは本誌(フォーリン・アフェアーズ)に次のように書いている。「中国が変化するまで、世界は安全にはなり得ない。したがって、私たちの目的は、出来事に影響を与えることができる範囲において、変化を誘導することであるべきだ」。それ以来、商業的、外交的、文化的な結びつきを深めることが中国の内部発展と対外的な行動を一変させるという前提が、アメリカの戦略の根幹をなしてきた。中国の意図に懐疑的なアメリカ政界の人々でさえも、アメリカの力と覇権(power and hegemony)が中国を容易にアメリカの意のままに形作ることができるという根底にある信念を共有していた。

ニクソンが和解に向けた最初の一歩を踏み出してから半世紀近くが経過し、ワシントンが再び、中国の方向性を形成する力を過信しすぎたことは、次第に明らかになっている。自由貿易主義者や金融主義者は中国の開放が必然的に進むと予測し、融合主義者は国際社会との交流が深まれば北京の野心も抑えられると主張し、タカ派はアメリカの優位が続けば中国の力は弱まると信じていた。

ニンジンも棍棒も、予測されたようには中国を揺さぶることができなかった。外交的、商業的関与は政治的、経済的開放をもたらさなかった。アメリカの軍事力も地域的なバランシング(勢力均衡)も、北京がアメリカ主導のシステムの中核的な構成要素を置き去りにしようとするのを阻止していない。リベラルな国際秩序は、中国を期待されたほど強力に誘い込むことも束縛することもできなかった。中国はその代わりに独自の路線を追求し、その過程でアメリカの様々な期待を裏切ってきた。

この現実は、アメリカの対中アプローチを明確な目で見直すことを正当化する。現在の枠組みを擁護する人たちは、二国間関係を不安定化させたり、新たな冷戦を招いたりしないよう警告するだろう。しかし、より強固で持続可能な対中アプローチ、そして対中関係を構築するには、多くの基本的な前提がいかに間違っていたかを正直に語る必要がある。イデオロギーの違いを超えて、われわれアメリカの外交関係者たちは、中国に対する期待(経済、国内政治、安全保障、世界秩序に対する中国のアプローチ)に、それに反する証拠が積み重なっても、更に多く投資し続けてきた。そのような期待の上に築かれた政策は、われわれが意図した、あるいは期待したような形で中国を変えることはできなかった。

●市場の力(THE POWER OF THE MARKET

中国との商業交流の拡大は、中国経済の段階的だが着実な自由化をもたらすはずだった。ジョージ・HW・ブッシュ大統領が1990年に発表した国家安全保障戦略(1990 National Security Strategy)では、世界との結びつきを強化することが「中国が経済改革の道を再び歩む上で極めて重要である」と説明された。この主張は数十年にわたって優勢だった。1990年代に中国に最恵国待遇を与え、2001年には世界貿易機関(World Trade OrganizationWTO)への加盟を支援し、2006年にはハイレヴェル経済対話の枠組みを創設し、バラク・オバマ大統領の下で、二国間投資条約を交渉するというアメリカの決定を後押しした。

米中間の物品貿易は、1986年には80億ドルに満たなかったが、2016年には5780億ドルを超えるまでに爆発的に増加した。しかし、今世紀初頭以降、中国の経済自由化は停滞している。欧米諸国の期待に反して、北京は豊かになる一方で国家資本主義モデル(state capitalist model)を強化してきた。一貫した成長は、開放を促進する力になるどころか、中国共産党とその国家主導の経済モデルを正当化するのに役立っている。

複数のアメリカ政府高官は、債務、非効率、より高度な経済への要求から、更なる改革が必要になると考えた。2007年、温家宝首相は中国経済を「不安定、不均衡、調整不能、持続不可能(unstable, unbalanced, uncoordinated, and unsustainable)」と呼んだ。しかし、中国共産党は競争拡大のために国を開放するのではなく、経済の支配を維持することを意図し、代わりに国有企業を統合し、航空宇宙、生物医学、ロボット工学などの重要な分野で国家技術チャンピオンを促進することを目的とした産業政策(industrial policies)(特に「メイド・イン・チャイナ2025(Made in China 2025)」計画)を追求している。また、繰り返し約束したにもかかわらず、北京は外国企業の競争条件を公平にするというワシントンやその他の国からの圧力に抵抗してきた。市場アクセスを制限し、非中国企業に合弁企業との契約や技術共有を強要する一方で、国の支援を受けた国内企業には投資や補助金を与えてきた。

つい最近まで、アメリカの政策立案者や経営者たちはこのような差別をほぼ黙認していた。潜在的な商業的利益があまりにも大きいため、保護主義や制裁で関係を根底から覆すのは賢明ではないと考えたからだ。潜在的な商業的利益があまりにも大きいため、保護主義(protectionism)や制裁(sanctions)で関係を破壊するのは賢明ではないと考えたのだ。しかし現在では、かつては中国とのビジネスにおける短期的なフラストレーションにすぎないと考えられていたものが、より有害で恒久的なものに思えるようになっている。アメリカ商工会議所は昨年、アメリカ企業の約8割が、数年前に比べて中国において歓迎されていないと感じていると報告し、60%以上の企業が、中国が今後3年間で市場をさらに開放するという確信がほとんどない、あるいはまったくないと回答した。ドナルド・トランプ政権が新たに開始した「包括的経済対話(Comprehensive Economic Dialogue)」も含め、中国経済を開放するための協力的で自発的なメカニズムは大方失敗に終わっている。

成長は更なる経済開放だけでなく、政治的自由化(political liberalization)ももたらすと考えられていた。急成長する中国の中産階級が新たな権利を求め、現実主義的な政府高官たちが更なる進歩に必要な法改正を受け入れるという好循環が、発展によって引き起こされると考えられていた。ソヴィエト連邦が崩壊し、韓国と台湾が民主政体移行を行った後、この進化は特に確かなものに思えた。「外国の思想を国境で阻止しながら、世界の商品やサーヴィスを輸入する方法を発見した国は地球上に存在しない」とジョージ・HW・ブッシュ大統領は宣言した。アメリカの政策は、技術を共有し、貿易と投資を促進し、人と人との交流を促進し、アメリカの大学に何十万人もの中国人留学生を受け入れることによって、このプロセスを促進することを目的としていた。

1989年の天安門広場での民主化デモ参加者たちへの弾圧は、中国における選挙制民主政治体制の台頭への期待を薄れさせた。しかし、アメリカの専門家や政策立案者の多くは、中国政府がより大きな報道の自由を認め、より強力な市民社会(civil society)を許容する一方で、共産党内と地方レベルの両方でより多くの政治的競争を徐々に受け入れることを期待していた。彼らは、1990年代の情報技術革命が、中国市民を更に世界に晒し、開放への経済的インセンティヴを高めることで、そうした傾向を後押しするだろうと考えていた。ビル・クリントン大統領が述べたように、「思考し、質問し、創造する完全な自由がなければ、中国は、国富の最大の源泉が人間の心に宿るものである情報化時代において、完全に開放された社会と競争することになり、明らかに不利な立場に立たされる」ということだった。北京の指導者たちは、個人の自由を認めることによってのみ、中国がハイテクの未来で繁栄できることを理解するようになるだろう、と考えられていた。

しかし、開放の拡大が国内の安定と政権の存続の両方を脅かすのではないかという恐怖から、中国の指導者たちは別のアプローチを模索するようになった。天安門事件の衝撃とソヴィエト連邦の崩壊は、民主化と政治的競争の危険性を示す証拠となった。そのため、北京は開放というポジティブなサイクルを受け入れるのではなく、壁を建設し、国家統制(state control)を強化することでグローバライゼーションの力に対応した。今世紀に入り、経済の減速、政府と軍部における腐敗の蔓延、世界各地での民衆蜂起の不吉な例など、体制に対する更なるストレスによって、権威主義は弱められるどころか、更に強化されている。

実際、過去10年間の出来事は、政治的自由化に対するささやかな希望さえも打ち砕いた。2013年、文書第9号として知られる共産党の内部メモは、「西側の立憲民主主義」やその他の「普遍的価値」を、中国を弱体化させ、不安定化させ、さらには分裂させることを意図した、当て馬(stalking-horses)として、明確な警告を発した。このガイダンスは、中国の政治的将来に対する米中の期待のギャップが広がっていることを示した。アメリカの代表的な中国専門家であるオーヴィル・シェルはつぎのように述べている。「中国は、1980年代の鄧小平よりも、1970年代の毛沢東を彷彿とさせるような政治情勢へと、不可避的に後退しつつある」。今日、ジャーナリスト、宗教指導者、学者、社会活動家、人権派弁護士に対する弾圧が止む気配はなく、2015年だけで300人以上の弁護士、法務助手、活動家が拘束された。

西側の多くの人々が予測したように、中国国民に権力が委譲されるどころか、通信技術は国家の統制力を強め、中国当局が情報の流れをコントロールし、市民の行動を監視するのに役立っている。検閲、拘束、そして中国のインターネットに対する政府の広範なコントロールを認める新しいサイバーセキュリティ法は、中国の「グレート・ファイアウォール(Great Firewall)」内部での政治活動を妨げている。中国の21世紀の権威主義には現在、ビッグデータと人工知能を融合させ、政治的、商業的、社会的、オンライン上の活動に基づいて中国市民に報酬を与え、罰する「社会信用システム(social credit system)」を立ち上げる計画も含まれている。顔認識ソフトウェア(Facial recognition software)は、中国全土に遍在する監視カメラと組み合わされ、国家が数分以内に物理的に人々の居場所を特定することさえ可能にしている。

アメリカ外交とアメリカの軍事力の組み合わせ、つまり、ニンジンと棍棒の組み合わせは、アメリカが主導するアジアの安全保障秩序に挑戦することは不可能であり、またその必要もないと北京を説得するはずだった。クリントン政権が1995年に発表した『国家安全保障戦略』によれば、ワシントンは「近隣諸国を安心させ、自国の安全保障上の懸念を解消するために、中国が地域の安全保障メカニズムに参加することを強力に推進」し、軍事対軍事の関係やその他の信頼醸成措置によってこれを後押しした。このような関与の仕方は、「ヘッジ(hedge)」、すなわちこの地域におけるアメリカの軍事力の強化と、有能な同盟諸国やパートナーによる支援と結びついていた。その結果、アジアにおける軍事的競争が緩和され、地域秩序を変えようとする中国の欲望が更に制限されることになると考えられていた。北京は軍事的充足に落ち着き、狭い地域の不測の事態のために軍備を増強する一方で、そのリソースの大半を国内の必要性に充てるだろうと考えられた。

その論理は、中国が自国の発展のために自称「戦略的な機会の窓(strategic window of opportunity)」に集中しているというような単純なものではなかった。アメリカの政策立案者や学者たちは、中国がソ連から、アメリカとの軍拡競争に巻き込まれた場合の破滅的なコストについて、貴重な教訓を学んだとも考えていた。したがって、ワシントンは中国の侵略を抑止するだけでなく、米国防総省の言葉を借りれば、中国が対抗しようとすることさえ「思いとどまらせる」ことができたのである。レーガン、ブッシュ両政権の高官であったザルマイ・ハリルザドは、アメリカが優位に立てば、「中国指導部に、挑戦の準備は困難であり、追求するのは極めて危険であると確信させることができる」と主張した。加えて、中国がアメリカの優位に挑戦したくてもできるかどうかは不明だった。1990年代後半まで、中国人民解放軍(People’s Liberation Army PLA)はアメリカやアメリカの同盟諸国の軍隊より何十年も遅れていると考えられていた。

このような背景から、アメリカ政府関係者は失敗して中国と対立関係にならないように、相当な注意を払っていた。政治学者のジョセフ・ナイは、ビル・クリントン政権時代に国防総省のアジア担当部署を率いていたときの考え方を次のように説明している。「中国を敵として扱うなら、将来も敵になることが保証されることになる。中国を友人として扱ったとしても、友好関係を保証することはできないが、少なくともより良い結果が生じる可能性を残しておくことはできる」。国務長官に指名されていたコリン・パウエルは、2001年1月の人事承認のための公聴会で、「中国は敵ではない。私たちの課題は、その状態を維持することだ」と述べた。

中国政府は、新たに得た富を軍事力により多く投資するようになっても、ワシントンを安心させようと努め、鄧小平が打ち出した慎重で穏健な外交政策を引き続き堅持する姿勢を示した。2005年、共産党幹部の鄭必堅は本誌に、中国は決して地域の覇権を求めず、「平和的台頭(peaceful rise)」を約束し続けると書いた。2011年、中国の指導者たちの間でギアチェンジの時期かどうかが活発に議論された後、戴秉国国務委員は「平和的発展は中国の戦略的選択である」と世界に断言した。2002年から、米国防総省は連邦議会が義務付けた中国の軍事に関する年次報告書を作成していたが、アメリカ政府高官の間では、中国は依然として遠くに存在するだけの、管理可能な課題であるというのがコンセンサスだった。

しかしながら、このような見方は、中国の指導部がどれほど不安と野心を同時に抱いているかを過小評価していた。北京にとって、アジアにおけるアメリカの同盟関係と軍事的プレゼンスは、台湾、朝鮮半島、東シナ海と南シナ海における中国の利益にとって受け入れがたい脅威であった。北京大学の王緝思教授の言葉を借りれば、「中国では、ワシントンは新興大国を阻止しようとすると強く信じられている。ワシントンは新興大国、特に中国の目標達成と地位向上を阻止しようとするだろう。そこで中国は、アメリカが主導するアジアの安全保障秩序を切り崩し始め、この地域へのアメリカ軍のアクセスを拒否する能力を開発し、ワシントンとその同盟国との間にくさびを打ち込むことにした」ということになる。

結局のところ、アメリカの軍事力もアメリカの外交的関与も、中国が自力で世界トップクラスの軍隊を作ろうとするのを思いとどまらせることはできなかった。イラクやその他の場所でアメリカの力をハイテクで誇示したことは、中国人民解放軍を近代化する努力を加速させただけだった。中国の習近平国家主席は、中国人民解放軍をより殺傷力の高いものにし、中国国外にも軍事力を展開できるようにするための軍事改革を開始した。3隻目の空母を建造中と報じられ、南シナ海に高度な軍事施設を新設し、ジブチに初の海外軍事基地を設置した中国は、アメリカがソ連以来見たことのないような軍事的ライヴァルになる道を歩んでいる。中国の指導者たちはもはや、中国が繁栄するためには「その能力を隠し、その時を待つ(hide [its] capabilities and bide [its] time)」という鄧小平の考えを繰り返すことはない。習近平は2017年10月、「中華民族は立ち上がり、豊かになり、強くなった」と宣言した。

●秩序の制約(THE CONSTRAINTS OF ORDER

第二次世界大戦後、アメリカは世界政治とアジアの地域力学を構造化するのに役立つ制度とルールを構築した。通商と航行の自由、紛争の平和的解決、国際的な課題に対する国際協力など、広く受け入れられた規範は、19世紀の勢力圏に取って代わった。このリベラルな国際秩序の主要な受益者として、北京はこの秩序の維持にかなりの利害関係を持ち、その継続が中国自身の発展にとって不可欠であると考えるようになった。アメリカの政策は、中国を主要な国際機関に迎え入れ、グローバル・ガバナンスや地域の安全保障について中国と協力することで、北京の関与を促すことを目的としていた。

中国が多国間機関に参加するにつれ、アメリカの政策立案者たちは、中国がルールに従うことを学び、やがてその維持に貢献し始めることを期待した。ジョージ・W・ブッシュ(子)政権時代、ロバート・ゼーリック国務副長官が北京に対し、国際システムにおける「責任ある利害関係者(responsible stakeholder)」になるよう呼びかけたのは記憶に新しい。ワシントンの立場からすれば、中国が国際システムから多大な利益を得ている以上、大きな力には大きな義務が伴う。オバマ大統領が強調したように、「私たちは、中国が自分たちを成功に導いたルールを守る手助けをすることを期待している」のだ。

特定の場において、中国は、ばらつきはあるにせよ、着実にこの責任を担っているように見えた。1991年にアジア太平洋経済協力機構(Asia-Pacific Economic Cooperation organizationAPEC)に加盟し、1992年には核拡散防止条約(Nuclear Nonproliferation TreatyNPT)に加盟、2001年には世界貿易機関(World Trade OrganizationWTO)に加盟し、北朝鮮とイランの核兵器開発に対処するための6カ国協議(six-party talks)やP51交渉など、主要な外交努力に参加した。また、国連の海賊対策や平和維持活動にも大きく貢献するようになった。

しかし北京は、アメリカ主導の秩序(U.S.-led order)を構成する他の中心的な要素に脅威を感じ続けており、そうした要素に取って代わろうとする姿勢を強めている。特に、経済制裁や軍事行動も、アメリカやパートナー諸国による国家主権の招かれざる侵害と見なされてきた。例えば、人権侵害から人々を守るために介入する国際社会の権利や責任に関するリベラルな規範は、外国からの干渉から自国の権威主義体制を守ることを最優先とする中国に真っ向からぶつかってきた。いくつかの顕著な例外を除いて、中国は多国間制裁に水を差したり、欧米諸国の非難から政権を守ったり、国連安全保障理事会が介入主義的な行動を承認するのを阻止するためにロシアと共通の大義を作ったりすることに忙殺されてきた。スーダン、シリア、ベネズエラ、ジンバブエなど、多くの非民主的政権がこうした妨害の恩恵を受けている。

中国はまた、既存の機関への関与を深めるのではなく、アメリカを外側に置いて、独自の地域機関や国際機関の構築に着手した。アジアインフラ投資銀行、新開発銀行(ブラジル、ロシア、インド、南アフリカとともに)、そして最も注目すべきは、中国と世界の大部分を結ぶ陸路と海路を建設するという習近平の壮大なヴィジョンである「一帯一路構想(the Belt and Road Initiative)」を立ち上げたことだ。これらの制度やプログラムは、中国に独自の議題設定力や招集力を与える一方で、既存の国際機関が支持する基準や価値観からしばしば逸脱している。北京は、アメリカやヨーロッパの諸大国とは異なり、援助を受ける条件として統治改革を受け入れることを各国に要求しないことで、開発へのアプローチを明確に差別化している。

一方、自国がある地域では、北京は安全保障のバランスを変えることに着手し、アメリカの軍事的反応を刺激しない程度の小さなステップで現状を少しずつ変えている。世界で最も重要な水路の一つである南シナ海で、中国は沿岸警備船や合法的な戦争、経済的な強制力を巧みに利用して、領有権を主張してきた。場合によっては、単に紛争地域を占領したり、人工島を軍事化したりしている。北京は時折、自制心や戦術的な慎重さを見せることもあるが、全体的なアプローチからは、近代的な海洋勢力圏(modern maritime sphere of influence)を築きたいという思惑が伺える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年夏、中国は国連海洋法条約に基づく法廷による画期的な判決を無視した。同判決は、南シナ海における中国の広範な領有権の主張は国際法上違法であるとした。アメリカ政府高官たちは、圧力や羞恥心、そしてルールに基づく海洋秩序を求める自国の願望が何らかの形で組み合わさり、北京が時間をかけて判決を受け入れるようになるだろうと誤って考えていた。それどころか、中国はそれを真っ向から否定した。判決から1年後の2017年7月、コロラド州アスペンで開催された安全保障フォーラムで、CIAの上級アナリストは、この経験は中国の指導者たちに「国際法に逆らっても逃げ切れることを教えた」と結論づけた。アジア地域の国々は、中国への経済的依存とアメリカのアジアへの関与に対する懸念の高まりの両方によって揺さぶられており、アメリカの政策立案者たちが期待したほどには、中国の自己主張に反発していない。

●現状把握(TAKING STOCK

アメリカの中国政策を牽引してきた前提が次第に弱く見え始め、アメリカの期待と中国の現実とのギャップが拡大するにつれ、ワシントンはその大部分を別の場所に集中させてきた。2001年以来、アメリカの国家安全保障はジハード主義テロとの戦いに費やされ、中国が軍事、外交、商業の面で飛躍的な進歩を遂げつつあったまさにその時期に、アジアの変化から目を逸らしてきた。ジョージ・W・ブッシュ(子)大統領は当初、中国を「戦略的競争相手(strategic competitor)」と呼んでいた。しかし、9月11日の同時多発テロを受け、2002年に発表した国家安全保障戦略では、「世界の諸大国は、テロリストの暴力と混乱という共通の危険によって結束した、同じ側にいることに気づく」と宣言した。バラク・オバマ政権時代には、アジアへの戦略的注目の「軸足(pivot、ピヴォット)」、すなわち「再均衡(rebalancing、リバランシング)」が試みられた。例えば、国家安全保障会議(National Security CouncilNSC)の中東担当スタッフの数は、東アジア・東南アジア全体の3倍だった。

この戦略的な目移りは、中国に自国の優位性を押し付ける機会を与えたが、その動機となったのは、アメリカが、より広い意味での西側諸国とともに、どうしようもなく急速に衰退しているという見方が中国でますます顕著になっていることだ。中国当局者は、世界金融危機、アフガニスタンとイラクにおける高価な戦争努力、ワシントンにおける深まる機能不全によって、何年も足かせをかけられているアメリカを見ている。習近平は、中国が今世紀半ばまでに「総合的な国力と国際的影響力の面で世界のリーダーになる」ことを求めている。習近平は、中国の発展モデルを「他国にとっての新たな選択肢」として売り込んでいる。

ワシントンは今、近代史上最もダイナミックで手強いライヴァルに直面している。この課題を正しく理解するには、アメリカの対中アプローチを長年特徴付けてきた希望的観測から脱却する必要がある。トランプ政権初の国家安全保障戦略は、アメリカの戦略における過去の前提を問い直すことで、正しい方向への一歩を踏み出した。しかし、二国間の貿易赤字に焦点を絞る、多国間貿易協定を放棄する、同盟の価値を疑問視する、人権や外交を軽視するなど、ドナルド・トランプの政策の多くは、ワシントンが中国に対して、競争的なアプローチではなく、対立的なアプローチを採用する危険性をはらんでいる。

より良いアプローチの出発点は、アメリカが中国を変える能力について新たな謙虚さ(humility)を持つことである。中国を孤立させ弱体化させようとすることも、中国をより良い方向に変えようとすることも、アジアにおけるアメリカの戦略の主軸に据えるべきではない。ワシントンはその代わりに、自国の力と行動、そして同盟諸国やパートナー諸国の力と行動にもっと焦点を当てるべきである。中国についてのより現実的な仮定に基づいた政策を採用することで、アメリカの利益をより向上させ、二国間関係をより持続可能なものにするだろう。そのためには努力が必要だが、最初のステップは比較的容易なものである。

※カート・M・キャンベル:「ジ・アジア・グループ」会長。2009年から2013年まで国務次官補(東アジア・太平洋問題担当)を務めた。

※イーライ・ラトナー:外交評議会マウリス・R・グリーンバーグ記念中国研究上級研究員。2015年から2017年までジョー・バイデン副大統領国家安全保障問題担当次席大統領補佐官を務めた。

(貼り付け終わり)

(終わり)

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ビッグテック5社を解体せよ

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 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
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 古村治彦です。

 ウクライナ戦争によって、ヨーロッパの安全保障環境が安定したものではなく、常に危険と隣り合わせのものであることが明らかになった。「それは当然だ。ロシアに対峙しているので、ロシアが侵攻すれば危険になるのは当然ではないか。アジアにおいてはさらに中国があるのだから危険が高まる」という主張が出てくるだろうが、それこそが危険な主張だ。自分たちのことだけではなく、相手側に立って考えてみることも重要だ。相手側からすれば、「大きな脅威」が存在しているということになるから、取り返しがつかなくなるほどに大きくなる前にその脅威を取り除かねばならない、ということになる。
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 「相手に対して危害を加えようなどとはみじんも考えていない」といくら言葉で行っても駄目で、態度で示さねばならない。態度でどんどんと武力を増強し続けていれば、相手は「口ではあんなことを言っているが嘘だ」ということになって、武力を増強する。そういうお互いが武力を増強し続ける状況になり、「自国の安全保障を高めるために武力を増強することが相手を刺激し、相手も武力を増強する行動に出て、結局安全保障は高まらない」という「安全保障のディレンマ(security dilemma)」に陥ってしまう。このような状況を喜ぶのは一部の政治家と国防産業である。

 ロシアは確かに自国の安全保障に関して病的なほどに固執する。自国の国境の周りに緩衝地帯を置くという行動を何世紀も続けてきた。それがロシアの拡大主義ということになる。対ロシアをどのようにするかということはヨーロッパにとっては何世紀もの課題ということになる。東ヨーロッパ、中央ヨーロッパという地域に目を向けると、ここも栄枯盛衰が激しい場所である。色々な国が合従連衡を繰り返し、ある時は一緒の国になり(同君連合や連邦)、または滅亡の憂き目にあった。ドイツの拡大主義やポーランドの拡大主義ということもあった。

 現在のウクライナ戦争を見ていく中で重要なのは、東ヨーロッパ、中央ヨーロッパの安全保障環境のための枠組みである。バルト海から黒海までの東ヨーロッパ、中央ヨーロッパにおいては、ポーランド、ウクライナ、リトアニアの「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」、ポーランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア(バルト三国)の「リガ・フォーマット(Riga Format)」、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの「ヴィシェグラード・グループ(Visegrad Group)といった枠組みが存在する。中心的な役割を果たしているのはポーランドである。ルブリン・トライアングルは中世にはポーランド、ウクライナ、リトアニアが一つの国(連邦)であったということから考えるとこの枠組みは数世紀にわたる歴史を持つということになる。
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 私が注目したいのは、「イギリス・ポーランド・ウクライナ産国協約(British–Polish–Ukrainian trilateral pact)」である。これは、イギリスが、ヨーロッパ本土にぴしりと打ち込んだ碁盤上の石で、ドイツとロシアをけん制する効果を持つ。ポーランドの動きを見ていると、その後ろにはヨーロッパ本土をコントロールしようとするイギリスがいる。
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 ロシアにとって脅威となる環境にある中で、ロシアが暴発しないのは、カリーニングラードを保持しているからだ。カリーニングラードはルブリン・トライアングルに突き刺さった杭となっている。ロシアはカリーニングラードを保持していることで、ポーランドとバルト三国をけん制できる。ベラルーシとカリーニングラードの間に、ポーランドとリトアニアの国境線が約72キロにわたって走っており、これをスヴァウキ・ギャップ(Suwałki Gap)と呼ぶ。
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ベラルーシとカリーニングラードをつなぐ道路がポーランドとリトアニアの国境線となっているという、国際関係論的に非常に複雑で微妙な場所ということになる。ロシアはベラルーシとの間の補給路となるこのスヴァウキ・ギャップを確保したい。一方で、ポーランドやリトアニアはこのスヴァウキ・ギャップを遮断してカリーニングラードへの補給路を断つことができる。しかし、そのような状況になれば、ポーランドとリトアニアはロシアと全面対決となる。カリーニングラードをめぐっての激しい攻防戦ということになるし、ロシア本国からの長距離ミサイル攻撃ということにもなる。バルト海をめぐる状況が一気に不安定化するので、バルト海に面している国々はそのような状況を歓迎しない。西側がロシアから先に手を出させるということは考えられるが、今のところはあまり現実的ではないだろう。

 ウクライナ戦争終結と終結後の戦後のヨーロッパにおいてポーランド(とその後ろにいる)の動きは重要になると考える。ポーランドが現状を変更する、ロシアに対してより強硬な姿勢を取り続けるということになれば、ヨーロッパを不安定化させることになる。アジア地域はヨーロッパを反面教師にして、「不安定」なアジアを作り出さないようにしなければならない。

(貼り付けはじめ)

ポーランドとウクライナはプーティンの帝国主義的な夢をいかに挫くことができるか(How Poland and Ukraine Could Undermine Putin’s Imperial Dreams

-歴史上、両国はロシアの帝国主義への抵抗の中で国家のアイデンティティを形成した。そして、今日、両国は協力してロシアを打倒できる。

マチェイ・オルチャワ

2023年2月21日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2023/02/21/poland-ukraine-russia-putin-imperial-dreams/

ロシアがウクライナで続けている戦争は、何百万人もの人々に想像を絶する苦しみを与え、ヨーロッパの安全保障構造を大きく変化させた。戦闘の終結はほとんど見通すことができない状態であり、ウクライナの武装勢力は欧米諸国からの武器供与を受けて攻勢に転じる構えを見せている。この紛争には明るい兆しもある。それは、ワルシャワとキエフが強力な同盟関係となった。

「自由なウクライナなくして自由なポーランドはない」という宣言は、ポーランド建国の父ヨゼフ・ピルシュツキに由来し、この文言はよく引用される。当時、赤軍は世界革命を起こそうとしていたが、ポーランド軍とウクライナ軍によって阻止され、追い返された。

当時も今も、このスローガンは、主権国家ウクライナが存在しないヨーロッパという概念がもはや考えられないことを証明している。キエフとワルシャワにとって、一方の繁栄は他方の成功と安定に支えられている。両国の国歌(national anthems)の冒頭の歌詞はほぼ同じである。「ポーランド(ウクライナ)はまだ敗北していない(Poland/Ukraine is not yet lost)」という歌詞は、分割、占領、敵の侵略を経験しても生き延びようとする民族特有の頑強さを表現している。どちらの国歌もロシア帝国主義(Russian imperialism)に反抗して作られた。

両国に関する友好的なエピソードが残っているにもかかわらず、20世紀のポーランド人とウクライナ人の関係は、反感(animosity)と民族浄化(ethnic cleansings)に特徴づけられた。ソ連とナチス・ドイツの占領は国境地帯を血の土地に変え、相互の不満と固定観念が傷跡を残した。1945年以降、ポーランドの共産主義政権は、「ウクライナ問題を完全に解決する」という目的を達成するために、ウクライナ人を国内避難させた。民族主義的傾向が疑われた民間人は、1943年から44年にかけてヴォルヒニアと東ガリチアで数千人のポーランド人を虐殺した「獣のような」ウクライナ人反乱軍の同調者とみなされた。

集団的責任が適用されたのは1947年で、14万人以上のウクライナ人が南東部の国境地帯から北と西の戦後領土(ポーランドの一部となった旧ドイツ領)に追いやられた。この軍事作戦(コードネーム「ヴィスワ」)の目的は、共産主義ポーランドにおけるウクライナ人のアイデンティティと文化を破壊することだった。

映画や文学におけるポーランド政府のプロパガンダは、ウクライナ人が血に飢えたファシストであるという有害なイメージを植え付けた。1991年にポーランドがカナダとともにウクライナの独立を承認した最初の国であったにもかかわらず、世論調査ではウクライナ人に対する否定的な見方が1990年代を通じて続いていた。この困難な歴史が、今日のポーランド人のウクライナとの連帯をより顕著なものにしている。

ポーランドは、手段とノウハウさえ与えられれば、ウクライナが西側の安全保障の消費者から、ヨーロッパ・大西洋共同体にとって重要な安全保障の提供者に早変わりできることを知っている。こうした志を同じくする反帝国主義者たち(like-minded anti-imperialists)は、ロシアのウラジーミル・プーティン大統領の失地回復・大国復活的な(revanchist)策動を一挙に覆す脅威を与えるだけでなく、ヨーロッパの政治的・軍事的重心の東方シフトを加速させている。西側諸国は、プーティン帝国崩壊後の不測の事態に備えるべきだ。そのひとつが、ポーランド・ウクライナ戦略同盟に支えられた戦後ヨーロッパということになる。

かつてソ連勢力圏に属しながら、ロシアの拡張主義に反対した経緯を持ち、プーティンが「今世紀最大の地政学的大惨事(greatest geopolitical catastrophe of the century)」と嘆いたソ連崩壊に貢献した東欧諸国間の親密な関係ほど、プーティンを苛立たせるものはない。最近のリトアニア、ポーランド、ウクライナの大統領による共同宣言のような戦略的措置は、キエフの防衛力を継続的に強化し、NATOEUでの支援を更に推進する用意があることを再確認するもので、プーティンを狂気へと駆り立てている。

プーティンの目には、ウクライナ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア、ベラルーシは、モスクワの勢力圏(sphere of influence)内にある小国、いわゆる「旧従属国(near abroad)」のグレーゾーンを構成しており、超大国間の世界的な争いの中で、勢力争いの可能性が残されている。プーティンは、これらの国々のヨーロッパ・大西洋機構への加盟とその熱望を、克服すべき危険な障害とみなしている。これらの国々をロシアの支配下に置かくことなしに、モスクワの影響力を再構築し拡大する道はないと考えている。

これらの国々がロシアからのサイバー攻撃、虚偽情報キャンペーン、政治的干渉、武力侵略の標的となっているのは驚くに値しない。プーティンの野心に対抗するため、これらの国々は各種の多国間枠組みを立ち上げている。その中には、リトアニア、ポーランド、ウクライナの間で政治、経済、インフラ、安全保障、防衛、文化的なつながりを強化することを目的とした三国間プラットフォーム「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」や、バルト三国とポーランドの間の「リガ・フォーマット(Riga Format」などがある。ハンガリーの親ロシア的な態度や、フランスとドイツのウクライナ支援が当初は揺らいでいたことを考えると、これらの多国間フォーラムは、ヴィシェグラード・グループ(Visegrad Group)など、以前の東欧ブロックの影響力や重要性を凌駕している。

ポーランドは、より多くのウクライナ人から、友人としてだけでなく、重要な同盟国として見られている。

ワルシャワとキエフの戦略的関係は現実的に発展している。一時は政治的な遅れをとったとしてパートナー諸国から批判されたポーランドだが、プーティンの新帝国主義的なレトリックが、ウクライナとワルシャワが堅固に結ばれているヨーロッパ・大西洋同盟にもたらす脅威をきちんと認識していた。ポーランドはヨーロッパを代表する安全保障推進の存在であり、同盟諸国の防衛と脅威の抑止という公約を果たすために軍備を近代化し、反乱主義失地回復・大国復活志向のプーティンに対抗する重要な同盟国として地位を高めている。

戦争からの避難を求めるウクライナ人に対して、ポーランド人は連帯感を示している。これは当然のことだ。2022年2月24日以来、900万人以上のウクライナ人がポーランドに入国し、150万人から200万人がポーランドに留まり、その他の人々は帰国した。数百万人が安全を求めてポーランドに逃れてきたが、難民キャンプは必要なかった。難民危機の際によく使われる間に合わせのテントや国連の臨時キャンプ地の代わりに、ポーランド人はウクライナ人の隣人たちに家を開放した。過去には難民支援に関してヨーロッパのパートナー諸国から異端児扱いされていたポーランドだが、現在ではヨーロッパ大陸で疑いようのない人道主義の巨人となり、ウクライナとの友愛関係と重なる道徳的義務感を示している。

130万人以上のウクライナ人がポーランドの社会保障番号に相当するものを取得し、合法的な雇用を見つけることができるようになった。彼らは公的医療、幼稚園、学校、直接的な財政援助を受けることができる。ポーランド経済研究所によると、2022年1月から9月までの間に、ウクライナ資本の企業3600社とウクライナ人の個人事業主10200社がポーランドで設立され、調査対象となった企業の66%が、ウクライナ情勢にかかわらずポーランドで事業を継続すると宣言した。

更に言えば、戦争終了後にウクライナに戻った人々は、ポーランド人による歓待を覚えている可能性が高い。ロシアの絶滅戦争(war of extermination)だけでなく、ポーランドでの肯定的な経験からも影響を受けるだろう。労働力として働いていたため、多くの大人はポーランド語でコミュニケーションをとることができ、子どもたちはポーランドの教育システムで数カ月から数年を過ごした後、流暢に話すことができるようになるだろう。既に、ポーランド語の習得に関心を持つウクライナ人の数は増加しており(36%)、今後も増加し続けるだろう。

社会的な絆の深まりは、今後の両国の政治関係に影響を与えるだろう。ミエロシェフスキ・センターがウクライナで実施した世論調査の結果によると、回答者の40%がポーランドとウクライナは単に良き隣人であるべきだと考えているのに対し、ウクライナ人の58%はそれ以上に緊密な関係を築くべきだと考えている。29%は、外交政策で協調しながらお互いを支援する同盟関係を構築することを望み、さらに29%は、純粋に象徴的な国境と共通の外交政策を持つ連邦(commonwealth)の形をとるべきだと考えている。

プーティンの戦争マシーンは、かつてナチス・ドイツやソ連がポーランド人とウクライナ人を分断させるために行ったような、敵意を利用した作戦を成功させることはできなかった。ポーランドが過去に帰属していたウクライナ西部の領土を取り戻すという秘密計画について、戦争中に流布されたロシアのプロパガンダは説得力がない。むしろ逆効果だ。

もちろん、ポーランド人とウクライナ人は過去の悲劇的な出来事、特に20世紀における悲劇的な出来事に対して互いに不満を持っている。犠牲者の記憶について言えば、1943年から44年にかけてヴォルヒニアと東ガリチアでポーランド人が殺害された事件や、1947年にウクライナ人が強制移住させられた事件のような出来事は、水に流されるのではなく、むしろ研究され、記憶されるべきである。良い兆候は、両国を分断するのではなく、むしろ結びつけるもの、すなわちロシアの新帝国主義という存亡の危機重点が置かれつつあることだ。

ポーランドとウクライナの両国大統領が、20世紀初頭に両国が争ったリヴィウの軍事墓地で並んで献花した姿は、戦略的な結びつきを追求する上で歴史が邪魔にならないことを示す象徴的なイメージとなった。過去の傷跡や記憶とともに生きていない若い世代が一緒に過ごす時間が多ければ多いほど、歴史的な出来事をめぐる和解(reconciliation)の可能性は高まる。

国際舞台でウクライナの領土保全を明確に擁護するポーランドは、より多くのウクライナ人に友人としてだけでなく、重要な同盟国として見られている。87%のウクライナ人が、ジョー・バイデン米大統領(79%)を含む他のどの西側指導者よりも、ポーランドのアンドレイ・ドゥダ大統領を信頼している。ポーランド人はまた、ウクライナのヴォロディミール・ゼレンスキー大統領を好意的に見ている。ある世論調査では、ポーランド人が最も信頼する外国人指導者のトップはゼレンスキー(86%)で、バイデンは2位(74%)だった。

昨年11月のポーランドの独立記念日を記念して、ゼレンスキーはメッセージを録音した。「ウクライナ人はポーランド国民から受けた支援を常に忘れていない。あなた方は私たちの同盟国であり、あなた方の国は私たちの姉妹だ。私たちの間には意見の相違があったが、私たち親族であり、自由な国民なのだ」。同じ日、ウクライナのオレナ・ゼレンスカ大統領夫人は、ウクライナ人女性とその子供たちが家を出てポーランドに避難し、ポーランド人ヴォランティアの腕の中で慰めを受ける様子を描いたイラストを投稿した。夫が戦死したと聞き、イラスの中の女性は言う。「もう二度と夫に会えないと分かった時、あなたは私と一緒に泣いてくれる。もう会えないんだと思うと、あなたは一緒に泣いてくれる。私はウクライナ。あなたはポーランド。そして私たちの心臓は常に共に鼓動している」。 歴史上、ポーランド人とウクライナ人がこれほど親密だった時期を見出すのは難しい。

プーティンの侵略行為と罪のない市民に対する残虐行為は、ウクライナ人をロシア人から永久に遠ざけ、彼らを許すことはおろか、モスクワとの戦後の関係を追求する考えからも遠ざけている。前線の兵士たちやブチャのような町の犠牲者たちは、国民全体が、そして世界が自分たちのものと呼ぶ新しい世代の英雄や殉教者を生み出している。彼らの犠牲は、ウクライナ人の強い反帝国主義的感情を中心とした国民意識とアイデンティティを自動的に再確認させる。将来、キエフがポーランドや西側に近づいていくのは自然な流れだ。

このプロセスは、どちらの国にとっても、二国間関係の明暗を分ける瞬間として扱われるべきではなく、プーティンのような権威主義的な暴力志向者が間違っていることを証明したいという純粋な願望として扱われるべきである。

アレクサンダー・モティルはその画期的な著作『帝国の終焉』の中で、帝国が終焉を迎えるのは、中心部が周辺部を支配できなくなった時ではなく、周辺部が互いに大きく影響し合うようになった時だと指摘している。このプロセスは、ポーランドとウクライナの間で進行中である。ポーランドはヨーロッパ・大西洋共同体にしっかりと根を下ろし、ウクライナはそうした正式な機構への加盟を目指している。

カナダ、イギリス、アメリカといった利害関係者の支援を受けながら、ワルシャワ・キエフの結びつきを軸とする強力なパートナーシップが構築されれば、政治、経済、防衛の課題を再優先するという骨の折れるプロセスを経ているヨーロッパを支えることができる。もし西側諸国が、プーティンの敗北を早める可能性のあるこの戦略的パートナーシップを支持できなければ、ヨーロッパは敵対的なロシアや将来の不安定性に対して脆弱なままになってしまう危険な可能性がある。

※パヴェル・マルキェヴィッチ:20世紀の中央・東ヨーロッパを専門とする歴史家。ポーランド国際問題研究所ワシントンオフィス事務局長。著作に『あり得ない同盟:第二次世界大戦中のウクライナ総督府におけるナチス・ドイツとウクライナのナショナリストの協同関係(Unlikely Allies: Nazi German and Ukrainian Nationalist Collaboration in the General Government during World War II)』がある。ツイッターアカウント:@DrPMarkiewicz

※マチェイ・オルチャワ:ロヨラ大学シカゴのコジオスコ財団スカラー。ポーランド・東ヨーロッパ史で教鞭を執る。ウクライナの複数の著作があり、代表作は『ミッション・ウクライナと帝国のゲーム:アメリカの地政学的戦略におけるウクライナ(Mission Ukraine and Imperial Games: Ukraine in the United States’ Geopolitical Strategy)』がある。ツイッターアカウント:@MaciejOlchawa

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ポーランドは如何にしてウクライナを西側に向けさせたか(How Poland Turned Ukraine to the West

-キエフにとって、ロシアの傘から離脱するにあたり、ワルシャワはどのような国になることができるかという点でモデルとなる。

ルカ・イワン・ユキッチ筆

2022年2月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/02/18/ukraine-poland-russia-history-west-nato-euromaidan-crimea/

多くの人々はウクライナを東ヨーロッパの国と考えている。ウクライナのドミトロ・クレバ外相はそのような人たちの仲間ではない。クレバ外相は、「私は、ウクライナは歴史的にも、政治的にも、文化的にも、常に中央ヨーロッパの国家であると深く確信している。私たちのアイデンティティは中央ヨーロッパに属している」と述べている。

これは地理的な事実ではなく、歴史的、文化的な観点からの発言である。ウクライナの未来は、過去と同様、ロシアではなく、北大西洋条約機構(NATO)とヨーロッパ連合(European UnionEU)にしっかりと根を下ろしている中央ヨーロッパ諸国と共有している。そうした中央ヨーロッパ諸国にはスロヴァキア、ハンガリー、リトアニア、そして特にポーランドが含まれている。

過去20年間、ポーランドはウクライナの文化的、政治的発展にロシア以外のどの国よりも大きな影響を与えてきた。EUNATOの中でウクライナを最も強力に支援し、何百万人ものウクライナ人を受け入れている。ウクライナ人の多くがポーランドに住み、学び、働いている。ポーランドは、ウクライナが真の中央ヨーロッパの国になるための代替モデル(alternative model)を提供してきた。ポーランドは、ヨーロッパ的で、愛国的で、公然と反ロシア姿勢を示し、経済的に成功し、その全てが米国の安全保障の傘の下にある。

2014年にロシアがウクライナに侵攻し、クリミア半島を併合して以来、キエフはポーランドをモデルにした国家として着実に自国を築き上げてきた。これはロシアが自ら仕掛けたプロセスであり、ロシア軍が再びウクライナの国境に集結し、戦争が間近に迫っている現在、これを覆すことは不可能である。

ほとんどの西側諸国は、反ロシアの立場からウクライナを強く支持しているが、ポーランドとウクライナを結びつける個人的な絆、相互の歴史、そして近接性を主張できる国はない。

ポーランドとウクライナは、1795年に地図上から消滅したポーランド・リトアニア連邦で数世紀を共に過ごした。19世紀のロマンチックなナショナリズムの時代、ポーランド人とウクライナ人は東ヨーロッパの広大な領土をめぐって、お互いに競合する主張を展開したが、常に共通していたのはロシアの支配に対する敵意だった。

次のようなポーランドの古い格言がある。「自由なウクライナなくして自由なポーランドはあり得ず、自由なポーランドなくして自由なウクライナはあり得ない(There can be no free Poland without a free Ukraine, nor a free Ukraine without a free Poland)」。意識的であろうとなかろうと、この原則は今世紀に入ってからのポーランドの対ウクライナ政策を動かしてきた。ロシアのウラジーミル・プーティン大統領は、ウクライナ人とロシア人は「ひとつの民族」であると主張し、ポーランド人を含む西側諸国の人々はウクライナを搾取することしか考えていないと主張している。

「歴史は、ロシアとウクライナの戦争が始まった当初から戦場となっている」とウクライナの歴史家セルヒイ・プロキーは指摘する。一方では、ウクライナは単に、より大きなロシア全体の中にある「小さなロシア(little Russian)」だと考える者もいる。一方、ウクライナは西側諸国の一部であるべきで、ポーランドやリトアニアのような中央ヨーロッパの国であるべきだと主張する者もいる。ロシア帝国主義の手による抑圧という歴史的運命を共有し、近代ヨーロッパでの復活を望んでいるからだ。どちらの歴史観もウクライナ国内外に支持者がいるが、2つの考えは両立しない。

ポーランドはウクライナに、その歴史的な戦争の進め方のモデルを提供した。ポーランドで共産主義が崩壊した後、ソ連は第二次世界大戦後のポーランド国民を解放したのではなく、占領し抑圧した存在として再認識された。それにも理由がある。1940年、カティンの森で、当時のソ連の指導者ヨシフ・スターリンは、ナチス・ドイツによってポーランドが二分された後、2万2000人のポーランド人将校と知識人の大量処刑を密かに命じた。冷戦の間、ドイツ人を非難してきたソ連政府が、自らの責任を認めたのは1990年のことだった。

1998年、ポーランド政府は、物議を醸している歴史戦争部門である国民追悼研究所(Institute of National Remembrance)のポーランド国民に対する犯罪訴追委員会(Commission for the Prosecution of Crimes Against the Polish NationIPN)を設立した。その目的は、カティンの森事件のようなポーランドにおける共産主義政権とナチス政権の犯罪を捜査することだ。そこには、両者を同等の悪とみなすことが含まれており、ポーランドやバルト三国では当たり前のことだが、ロシアやその緊密な同盟国の間では支持されない。こうした国々では、ソヴィエト連邦は依然としてナチスの侵略からヨーロッパを解放した積極的な勢力と見なされている。

2006年、ウクライナはIPNをモデルにした独自の国家追悼研究所(Institute of National Remembrance UINR)を設立した。親ロシア派のウクライナ大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ政権下の2010年から2014年まで、UINRの活動は一時停止していた。UINRは、1917年から1991年にかけてソ連当局が犯した犯罪を調査するという、IPNと同様の任務を与えられていた。残虐行為のなかでも、1932年から1933年にかけてスターリンのもとで何百万人ものウクライナ人が人為的な飢饉で餓死したことは、現在ではウクライナも大量虐殺(genocide、ジェノサイド)と認めている。

設立の翌年、UINRはウクライナで物議を醸した一連の非教権化法(decommunization laws)の起草に重要な役割を果たした。この法律では、ソ連時代の第二次世界大戦記念碑が撤去され、地名が変更され、共産主義的シンボルが全て禁止された。この法律は、研究所と同様、ポーランドやバルト三国で可決されたものをモデルとしている。そこでは、ソ連によるナチス支配からの東ヨーロッパ解放は、新たな占領として扱われていた。近年、新たな大祖国戦争崇拝とスターリン礼賛(a renewed cult of the Great Patriotic War and valorization of Stalin)が再燃しているロシアとは対照的である。

ウクライナは共産主義の遺産だけでなく、元共産主義者そのものを追及するようになっている。2014年、ポーランドとバルト三国が1990年代に同様の法律を独自に可決したのに続き、ウクライナでも元共産主義当局者を対象とした物議を醸す一連の浄化法(lustration laws)が可決された。 「浄化(Lustration)」は、共産主義の文化的遺産だけでなく、その制度的遺産も根こそぎ絶やしてしまおうとする試みであり、ウクライナ国内の親ロシア派とソヴィエト懐古主義者を主要なターゲットにしているものである。

ポーランドとウクライナの両国共にソ連の傘下にあった時代(前者は衛星国[satellite state]として、後者はソ連の一部として)、ポーランドとウクライナの間に取り立てて言及すべき関係はなかった。しかし、1989年にポーランドで共産主義が崩壊し、1991年にソ連が崩壊すると、両国関係は一夜にして大きく変わった。

当時のポーランドの最優先目標は「ヨーロッパ・大西洋統合(Euro-Atlantic integration)」であり、ウクライナが今日直面しているような状況を避けるために、できるだけ早くNATOEUに加盟することだった。ポーランドは、NATO加盟の招待がなければ、独自の核開発を行うとさえ脅迫し、ポーランドの初代大統領レフ・ワレサは、当時のロシア大統領ボリス・エリツィンに、NATOへの加盟は「ロシアも含まれるいかなる国家の利益にも反しない」と主張し、ポーランドのNATO加盟に同意するよう圧力をかけた。ポーランドは早期のうちに、具体的には1999年に NATO に加盟し、2004 年には EU に加盟した。

ヨーロッパ・大西洋統合という目標が達成されたことで、ポーランドは今や自由に東方への新たな大戦略を追求することができるようになった。ポーランドの大戦略とは、西側世界の境界線が自国の東部辺境に位置しないようにするというものだ(ensuring the West’s border did not lie on its own eastern frontier)。

2008年、ポーランドはスウェーデンとともに、EUが欧州近隣諸国と東方パートナーシップ(Eastern partnership)を追求することを提案し、ウクライナ、モルドヴァ、ベラルーシ(後に一時停止)、アゼルバイジャン、グルジア(ジョージア)、アルメニアの加盟への道筋を明示した。EUの主要諸国は、このパートナーシップをEUの新たな勢力圏を切り開こうとする試みだと非難したクレムリンを刺激するのをためらい、この構想には曖昧な態度を示した。

一方、ウクライナは苦境に立たされていた。ソ連崩壊の影響は、ワルシャワの体制転換(regime change)よりもはるかに深刻だった。1990年代、ウクライナの経済は年々縮小した。それでも2005年になってようやく1989年の水準を上回った。政治的、文化的アイデンティティの問題も独立当時から国民を分断し始めていた。ポーランドがEU加盟を祝う一方で、2004年、ウクライナは不正選挙をめぐる一連の抗議行動に突入し、オレンジ革命(Orange Revolution)として知られる事態に発展した。

大激戦となった大統領選の決選投票では、ヤヌコビッチが親欧米派候補のヴィクトル・ユシチェンコを僅差で降した。しかし、ユシチェンコと彼の支持者たちはこの結果に異議を唱え、ウクライナの最高裁判所が投票を無効とし再選挙を要求したことで、ユシュチェンコ側の正当性が証明され、ユシチェンコが勝利した。

ロシアは激怒し、ヤヌコビッチを正当な勝者と認定した。ポーランドはユシュチェンコ側の勝利という結果を支持した。ワレサをはじめとするポーランド政府高官たちは一致してユシチェンコを支持した。当時のポーランド大統領アレクサンデル・クワシニエフスキは、政府と反体制派の円卓会談開催を推し進めた。そしてクワシニエフスキ大統領は他の多くの欧州首脳とともに会議に出席した。

オレンジ革命から10年後、ヤヌコビッチ(最終的に2010年に当選)がEUとの連合協定への署名を拒否したため、より重大な抗議運動が発生し、いわゆるユーロマイダン革命(Euromaidan revolution)に発展した。ロシアはクリミア半島を併合し、まもなくウクライナ東部のドンバス地方で戦争を始めた。ロシアはユーロマイダン革命をワルシャワが画策したクーデターと呼んだ。

ポーランドは、ロシアを除くと、ウクライナの文化的、政治的発展に、どの国よりも大きな影響を与えた。

それ以来、何百万人ものウクライナ人がポーランドでより良い生活、少なくともより良い賃金を求めてやって来た。かつてはヨーロッパで最も単一民族的な国の一つであったポーランドにとって、この変化は誇張しがたいものであり、今やウクライナ人はポーランド社会のいたるところに存在する。ウクライナはまた、ヨーロッパで最も送金に依存する国となっている。送金額は2020年時点でウクライナのGDPの9.8%を占めており、ウクライナの経済にとって外国で働く人々は重要な役割を果たしている。

ポーランドは経済分野以外でも、ウクライナを地域における重要なパートナーだと考えている。ポーランドのある地域は何世紀にもわたりロシアが支配してきた。一方、ウクライナはポーランドを、モスクワの支配から逃れるために必要な西側諸制度への加盟を確かなものとするために重要なパートナーと考えている。

2019年にウクライナの現大統領であるヴォロディミール・ゼレンスキーが政権に就いた時、前任のペトロ・ポロシェンコ大統領の下で、ポーランドとの間で歴史をめぐる対立が関係を緊張させていたが、それを「リセット」することを求めた。象徴的なことに、ゼレンスキーは第二次世界大戦開戦80周年をワルシャワで過ごし、ポーランド・ウクライナ関係の雪解けどころか躍進を宣言した。

2020年、ポーランド、リトアニア、ウクライナの各国首脳はポーランドのルブリンで会談し、「ルブリン・トライアングル(Lublin Triangle)」と呼ばれる新たな同盟の共同宣言を発表した。親クレムリン派のプロパガンダは、この結成をロシアとの「アングロサクソンの代理戦争(Anglo-Saxon proxy war)」の一部と位置づけた。今年、ポーランドとウクライナは、ウクライナの主権を守ることを目的とした三か国同盟(trilateral alliance)を、今度はイギリスと結んだ。

2021年末に行われたルブリン・トライアングル3カ国の大統領による会議では、同盟の目的が実際に行われ、ゼレンスキーは共通課題を「ロシアの脅威を阻止し、攻撃的なロシアの政策からヨーロッパを守ること」とまとめた。ポーランド、リトアニア、ウクライナは「この抵抗の先陣を切っている」とゼレンスキーは述べた。ポーランドのアンドレイ・ドゥダ大統領は、EUNATOの加盟国であるポーランドとリトアニアは、「ヨーロッパの一部の安全を確保する」ためのこの提案を推進しなければならないと強調した。

ウクライナ自身の汚職と法の支配の問題、そして東部での活発な戦争を考慮すると、同国が近い将来にEUにもNATOにも加盟することは不可能である。ロシアは、モスクワとワシントンの相互合意によって、ウクライナのNATO加盟を完全に排除することを要求している。しかし問題の一つは、ウクライナはNATOに加盟していないにもかかわらず、EUNATO加盟諸国(ポーランドやリトアニアなど)がウクライナの安全保障を自国の安全保障の問題として扱っていることだ。

ウクライナが今日ロシアの侵略に苦しんでいるのを見て、ポーランド人は自分たちが過去ロシアの侵略の犠牲者であった事実を考え、同情を寄せている。ヨーロッパ外交問題評議会が最近行った世論調査によると、ポーランド人は、自国がロシアの新たな侵略からウクライナを守るべきだという考えにおいて、欧州主要諸国の中で圧倒的に強固であり、他のEU主要国では半数以下であるのに対し、65%がそうすべきだと答えている。同じ世論調査によれば、ポーランド人の80%が、ロシアの侵攻があった場合にはNATOEUの両方がウクライナの防衛にあたるべきだと考えている。

ポーランドとウクライナが隣接する主権国家同士として姿を現したのは1991年のことだった。共通の政治的利害を発見するまでにさらに10年、そして2014年の出来事によって2つの社会が不可逆的に融合するまでにさらに10年かかった。

しかし、その運命は、ポーランドとウクライナがロシアの侵略を共有した経験によって、多くの意味で運命づけられていた。プーティンは、ウクライナを恒久的に自国の影響下の下に置くという賭けに出たが、その代わりにウクライナ人を西に向かわせた。どちらの国にも引き返す兆しは見えない。

・訂正(2022年2月19日):この記事の前のヴァージョンはカティンの森がどの国にあるかについて誤って言及していた。

※ルカ・イワン・ユキッチ:フリーランスのジャーナリストで中央・東ヨーロッパに水滴字を書いている。ツイッターアカウント:@lijukic

(貼り付け終わり)

(終わり)

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