古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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タグ:States

 古村治彦です。

 ジョー・バイデン政権の閣僚(cabinet members)人事で重要なのは、国務長官や財務長官といった重要閣僚の人事ではない。私が注目しているのは気候変動問題担当大統領特使(U.S. Special Presidential Envoy for Climate)ジョン・ケリー(John Kerry、1943年-、77歳)とアメリカ国際開発庁(USAID)長官(administrator)のサマンサ・パワー(Samantha Power、1970年-、50
歳)だ。今回はサマンサ・パワーを取り上げる。
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バイデン(左)とサマンサ・パワー

 私は著書『アメリカ政治の秘密』の中で、サマンサ・パワーを取り上げた。彼女は2008年の大統領選挙でオバマ選対に入り、民主党予備選挙でヒラリー・クリントン陣営と激しい戦いをする中で、イギリス・スコットランド地方の新聞のインタヴューを受けた際に、ヒラリーを「彼女は怪物よ、もちろんこれはオフレコでお願いね(She is a monster, too—that is off the record)」と発言したことが、そのまま掲載されたために、選対を離れることになった。オバマ政権では国家安全保障会議のスタッフになり、オバマ政権二期目には、閣僚級の米国国連大使に任命された。

 パワーは1990年代に、20代でジャーナリストとなり、民族紛争が激化していた当時のバルカン半島を取材した。そして、2002年に最初の著作『集団人間破壊の時代(A Problem from Hell": America and the Age of Genocide)』を出版した。これが2003年にピューリッツァー賞 一般ノンフィクション部門を受賞する。そこで高い知名度を得た。

 USAIDの予算規模は2016年の時点で272億ドル(約2兆9000億円)、人員は約4000名だ。「庁(Agency)」となっているが、「省(Department)」クラスの規模だ。ここに人道的介入主義者(humanitarian interventionist)のサマンサ・パワーを長官に持ってくる。その意味は重たい。

更に言えば、バイデン政権から、USAID長官も国家安全保障会議(National Security Council、NSC)にも出席できるようにする、ということになった。ここが重要ポイントだ。国家安全保障会議は縦割りの弊害をなくし、大統領の許で、外交や国家安全保障政策を一元化するための会議であり、アメリカにとっても世界にとっても最重要の会議である。議長は大統領であるが、実際の差配は国家安全保障問題担当大統領補佐官(National Security Advisor)が引き受ける。もっと細かいことは国家安全保障問題担当次席大統領補佐官(Deputy National Security Advisor)が行う。国務長官や国防長官、財務長官などは出席する。これまでの正式な出席メンバーは以下の通りだ。

(貼り付けはじめ)

●議長:大統領、●法的参加者:副大統領、国務長官、国防長官、エネルギー長官、●軍事アドバイザー:統合参謀本部 (JCS) 議長、●情報関係アドバイザー:国家情報長官、●定期的参加者:国家安全保障問題担当大統領補佐官、首席補佐官、国家安全保障問題担当次席大統領補佐官、●追加参加者:財務長官、司法長官、国土安全保障長官、ホワイトハウス法律顧問、アメリカ合衆国国家経済会議委員長、米国国連大使、アメリカ合衆国行政管理予算局局長

(貼り付け終わり)

省の長官(Secretary)でも出席できないものが殆どであるのに、国務省の傘下にあるUSAIDの長官(administrator)が出席できるようになった。これは、「アメリカの海外援助を国家安全保障政策や外交政策と同格に扱う」ということ、歴代政権もぼやかしてきたことを、初めて明確にしたのである。私たちは海外援助と言えば、井戸を掘ったり、農業技術の支援をしたり、学校や道路、橋を建設したり、ということをイメージする。困っている人たちを助ける、ということを想像する。

 しかし、アメリカの海外援助はそうではない。そんなただでお金をくれてやる、そんな無駄なことはしない。海外援助を「ターゲットにした国の体制転換(regime change)のために」使うということなのである。私はその実態を『』の中で書いている。そのために、人道的介入主義派(humanitarian interventionism)のリーダーである、サマンサ・パワーをUSAID長官に持ってきた。更に、サマンサ・パワーがホワイトハウスでの国家安全保障会議に出席できるようにした。バイデン政権は海外介入をやる気満々だ。

現在、新型コロナウイルス感染拡大が問題になっている。バイデン政権は感染症対策のために、このUSAIDの海外援助を利用しようとしている。中国が世界各国に対して支援を行っているが、アメリカもそれに遅れてはならじ、ということであろう。しかし、新型コロナウイルス感染拡大が一番深刻なのはアメリカである。まずは自国のことからしっかりやれよ、そのためにUSAIDの予算を削減して国内対策に回せ、と私は考える。

 人道的介入主義とネオコンは同根である。「アメリカの理想や価値観を世界中に広めて、それで統一すれば戦争は起きない、平和な世界になる」という何とも思い上がった思想を共有している。そのためにターゲットにされる国にとっては災難であり、厄災である。バイデン政権誕生を喜んでいる人間は何ともおめでたい人たち、なのだ。

(貼り付けはじめ)

バイデンは元米国国連大使をUSAIDのトップに指名し、アジア担当スタッフを強化(Biden Names Former U.N. Envoy to Head USAID, Beefs Up Asia Staff

-元米国国連大使サマンサ・パワー(Samantha Power)はトラブルを抱えた政府機関を立て直すことになるだろう。一方、オバマ政権に参加したヴェテラン、カート・キャンベル(Kurt Campbell)とイーライ・ラトナー(Ely Ratner)をアジア担当のトップの地位に就く

ジャック・デッツ、アイミー・マキノン筆

2021年1月13日

『ザ・ヒル』誌

https://foreignpolicy.com/2021/01/13/biden-names-former-u-n-envoy-to-head-usaid-beefs-up-asia-staff/

大統領選挙当選者ジョー・バイデンは元米国国連大使サマンサ・パワーを米国国際開発庁(U.S. Agency for International DevelopmentUSAID)に指名している。著名なジャーナリストだったパワーを外国向け支援担当政府機関の責任者にすることになる。USAIDは過去4年間に予算削減と運営管理の失敗によって動きが取れなくなってしまっている。

パワーがUSAID長官に指名されるという報道を初めて行ったのは、NBCニュースであった。アイルランドからの移民であったパワーの名前が最初に世間に知られるようになったのは、大虐殺に対するアメリカの反応についての研究でピューリッツァー賞を受賞したことがきっかけだった。パワーのUSAID長官への指名を政権移行ティームが事実だと認めた。今回の人事は、新型コロナウイルス感染拡大への対応で、外国への支援が重要だと、来るべきバイデン政権が考えていることを示している。バイデン政権はUSADI長官を国家安全保障会議の参加メンバーに引き上げる。

バイデンは国家安全保障会議(NSC)に、調整役ポジションを新たに作った。このポジションは世界のより広範な地域や重要な地域を担当することになる。これらの地位はすぐに埋まった。バイデンはキャンベルとラトナーを指名したが、この人事は中国との戦略的競争に集中することを示している。

水曜日、『フィナンシャル・タイムズ』紙は次のように報じた。オバマ政権下で国務省において幹部を務めたカート・キャンベルをインド太平洋担当コーディネイターに指名した。キャンベルはオバマ政権下でアメリカは太平洋地域に集中すべきだと主張した人物である。また、ブルッキングス研究所の研究員ラッシュ・ドシーを中国担当部長に指名したフィナンシャル・タイムズ紙はまた、バイデンの副大統領時代に次席国家安全保障担当副大統領補佐官だったイーライ・ラトナーがインド太平洋問題担当国防次官補(assistant secretary)に就任すると報じた。インド太平洋問題担当国防次官補は、国防省の職位の中で、アジアに関して、連邦上院の人事同意を必要とする、最も高い地位である。

 こうした人事を発表する中で、バイデンはパワーを「世界的な賞賛を受けている、両親と道徳的明確性を主張する声のような存在」と称賛している。そして、パワーは尊厳と人間性のために立ち上がる人物だと評している。

バイデンは声明の中で次のように述べている。「パワーは、彼女自身が提起した、原理に基づいたアメリカの関与に対して、比類のない知識と疲れを知らない努力を行っていることを知っている。USAIDの世界の舞台でのリーダーという役割を再び果たすようになるためには、パワーの専門性と考えが必要不可欠である」。

国連大使として、パワーは国連において、シリアにおける化学兵器による攻撃、ロシアによるクリミア侵攻、エボラ出血熱危機などの諸問題に対するアメリカの対応を主導した。パワーは理想主義者を自称しているが、1990年代のバルカン半島においてジャーナリストとしての取材経験が大きな影響を彼女自身に与えている。バルカン半島において最初にプレスパスを得る際には、若いパワーは本誌『フォーリン・ポリシー』誌の推薦状を得た。この推薦状はカーネギー国際平和財団を通じてもたらされたものだが、当時、パワーは同財団でインターンをしていた。

オバマ政権で、パワーはシリアとリビアで起きている人道上の危機の深刻化を止めるためにはアメリカの力が必要だと声高に主張した。2019年に出版した回顧録『ある理想主義者の教育(The Education of an Idealist)』の中で、パワーは、2013年にホワイトハウスのシチュエーションルームで激しいやり取りがあったと書いている。オバマ大統領は、パワーに向かって、「サマンサ、私たちは皆、君の本を読んでいるんだよ」と述べた。

USAIDはトランプ政権下で脇にどかされ、士気が下がっていた。パワーはそのUSAIDを率いることになる。USAID長官に政治任用された人物が就任することになり、USAIDの士気は上がるだろう。2020年の大統領選挙の翌日、ホワイトハウスは、連邦上院の人事承認が必要なUSAID副長官ボニー・グリックを解任した。その日は、USAIDの臨時長官ジョン・バルサの任期の最終日(連邦欠員法の定めによる)であった。そして、バルサはグリックの後任として副長官になり、USAIDのトップの地位を維持した。

1月6日の連邦議事堂進入事件の後、USAIDのホワイトハウス担当キャサリン・オニールはトランプ政権で登用された人物だが、事件をきっかけにしてUSAIDの幹部職員たちが次々と辞任していくことを批判した。

バラク・オバマ元大統領が連邦上院議員時代にサマンサ・パワーの文章に注目した。バイデンはトランプ政権と連邦議会によって予算を削られ続けたUSAIDに、知名度の高いパワーをもってきた。トランプ政権は繰り返し海外援助予算を削減しようとし、昨年にはUSAIDの予算を22%削減することを提案した。しかし、小の動きは連邦議会によって阻止された。トランプ政権は、イラクのような緊急性の高い場所でのフルタイムの援助担当職員の数を減らし、最低限の帰還要因だけを残すようにした。

パワーはバイデン、そして国務長官内定者アントニー・ブリンケンと直接の関係を持ち、人権問題に対して熱心に発言してきたという記録は残っているが、国際開発の分野におけるバックグラウンドは持っていない。パワーのUSAID長官指名に到達するまでに、バイデン・ハリス政権以降ティームは、国連世界食糧計画の責任者を務めたエルサリン・カズンやオバマ政権下でUSAIDの幹部職員を務めたジェレミー・コインディアックも候補に挙がった。コインディアックはツイッターなどを通じてトランプ政権の新型コロナウイルス感染拡大への対処を激しく批判したことで有名だ。

(貼り付け終わり)

(終わり)

amerikaseijinohimitsu019
アメリカ政治の秘密
harvarddaigakunohimitsu001
ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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古村治彦です。
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レッド・ステイツの真実 

 西森マリー著『レッド・ステイツの真実』を読んだ。「レッド・ステイツ(Red States)」とは、アメリカの中で、共和党が優勢な州のことだ。アメリカ南部や内陸部の農業が盛んな州がレッド・ステイツだ。保守的で、キリスト教福音派が多くを占める。福音派、福音主義とはキリスト教のプロテスタントの考えで、より聖書に戻ろう、聖書を厳格に守ろうという考えだ。
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ディープ・ステイトの真実 日本人が絶対知らない! アメリカ大統領選の闇

西森マリー氏は最新刊『ディープ・ステイトの真実 日本人が絶対知らない! アメリカ大統領選の闇』(秀和システム、2020年)で副島隆彦先生と対談をしている。西森氏は日本でニュース番組のキャスターや語学番組の司会を務めた後、ヨーロッパに渡り、その後、アメリカ・テキサス州に拠点を移し活動している。カイロ大学で比較言語心理学を専攻したイスラム教徒というのはユニークな経歴だ。

『レッド・ステイツの真実』は、「レッド・ステイツに住むキリスト教福音派の敬虔な信者たちは政治的に問題になっている事柄についてどのように考えるか」ということを丁寧に描いている。福音派の人々が根拠とする聖書やユダヤ教の聖典などから引用し、その解釈を説明している。キリスト教やユダヤ教に全然詳しくない、という人でも分かり易くなっているので、「なるほど、そういうことか」という驚きが多く詰まっている本だ。一言で言って、「大変面白い本」である。キリスト教やユダヤ教の知識がほぼなくても大丈夫(あればそれに越したことはないけれど)、と是非一読をお勧めしたい一冊だ。

環境保護、中絶、税金と大きな政府、福祉政策、銃規制、死刑といったアメリカ政治では議論が沸騰している諸問題。「保守的な」キリスト教である福音派の人々(共和党支持)とリベラル派の人々(民主党)が激しい議論を戦わせている。その中で、両者は聖書などを根拠にして議論が進められている。イエス・キリストについて、リベラル派は「無抵抗主義の穏やかな伝道者」と描写し、福音派は「正義の戦士として悪と戦う」姿を描写している。また、聖書の同じ個所でリベラル派と福音派で全く解釈が異なるところもあり、大変興味深い。

私が概して受ける印象は、アメリカの「自己責任」「敵と味方を厳しく峻別し敵の殲滅を図る」という規範はキリスト教から来ているのだということだ。福音派は「貧しいのは自己責任」「無計画で無軌道で働きが悪いから貧しいのだ」と考える。それで貧しくなったのに税金で助けてもらおうなどというのはけしからん、ということになる。そして、キリスト教は隣人愛や施しを推奨しているので、困っている人たちを助けるのは人々の隣人愛や施しだけで十分だ、政府がやることではない、と考える。

キリスト教は敵と味方の二元論であり、正義のために悪を殲滅するということになる。これもまたジョージ・W・ブッシュ政権時のネオコンやバラク・オバマ政権前半のヒラリー・クリントン国務長官時代の敵を殲滅するという考えにつながっている。

本書を読むと、アメリカのキリスト教国の一面が良く分かり、その考え方もよく分かる。また、読み物としても手軽に手に取って読めるもので、是非多くの方々に読んでもらいたい。

(終わり)

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アメリカ政治の秘密
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ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側
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