古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。




 古村治彦です。

 2013年12月10日、南アフリカのネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元大統領の追悼式が行われ、世界各国から現職の指導者たちが参加しました。アメリカからはオバマ大統領をはじめ3人の元大統領、日本からは、皇太子殿下、福田康夫元首相が出席しました。アフリカでは現在、欧米と中国による経済面での勢力争いが行われており、また南アフリカの鉱物資源を巡っても綱引きが行われており、各国の現職指導者が続々と訪問する中、日本の安倍晋三首相は、国会審議における当て振りでお疲れになったようで、南アフリカまでおいでになることはありませんでした。そんなことをしても日本の国益に資することはないとお考えになったのでしょう。

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 この追悼式の最中、オバマ大統領、イギリスのデイヴィッド・キャメロン首相、そして、デンマークのヘレ・トーニング=シュミット首相がスマートフォンで自分たちを自分撮り(英語ではselfieと言います)する姿が見られ、世界中で話題になっています。三人は笑顔でスマートフォンに向かい、写真を撮っていました。オバマ大統領の隣にはミシェル・オバマ大統領夫人(ファーストレディ)が座っていましたが、憮然とした表情をしているのとは好対照でした。以下の新聞記事に詳しい状況が描写されていますのでお読みください。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「オバマ氏ら3首脳、マンデラ氏追悼式で「自分撮り」 不適切との声も」



2013年12月11日 MSN産経ニュース

http://topics.jp.msn.com/world/general/article.aspx?articleid=2555050



AFP=時事】米国のバラク・オバマ(Barack Obama)大統領は10日、南アフリカのソウェト(Soweto)で執り行われたネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元大統領の追悼式に出席し、多数の参列者の心を揺り動かす弔辞を述べたが、同日ソーシャルネットワークをにぎわせたのは、オバマ氏がデンマーク、英国の首相と笑顔で撮った「セルフィー(自分撮り写真)」だった――。



 オバマ氏と共にこのセルフィーに収まったのは、デンマークのヘレ・トーニングシュミット(Helle Thorning-Schmidt)、英国のデービッド・キャメロン(David Cameron)の両首相。3首脳は追悼式の会場となった2010年サッカーW杯南アフリカ大会(2010 World Cup)の決勝戦が開催されたスタジアムで並んで腰を下ろし、シュミット首相が中央で自分のスマートフォンを掲げ、オバマ氏がそれを横から支えるようなしぐさで3人そろってにっこりと笑顔を見せている。



 これとは対照的に、オバマ氏の左横に座るミシェル・オバマ(Michelle Obama)米大統領夫人は打ち解けた様子の3首脳には加わらず、5日に95歳で死去した南アフリカの反アパルトヘイトの英雄であるマンデラ元大統領に対し世界の指導者らが追悼の言葉を捧げる演壇の方をじっと見つめていた。



 3首脳がセルフィーを撮る写真を大手国際メディアが紹介すると、すぐさまソーシャルメディア上に広がり、多くの利用者からはこの楽しそうな様子は追悼式の場には不適切ではないかと疑問視する声が上がった。これについて3か国の政府からはコメントは出されていない。



 このセルフィー撮影の瞬間を捉えたAFPのロベルト・シュミット(Roberto Schmidt)カメラマンは、普段非常に管理された環境下でしか目にすることのない政治家の人間らしい姿を見ることは興味深かったとしながらも、この写真が世界にインパクトを与えたために類まれな偉人の功績をたたえる式典の印象がかすんでしまうことを危惧した。



AFP取材班は、父と慕う人物を失った南アフリカ国民の様子を報じようと尽力した。国民の心からの感情を伝えようと約500枚の写真を配信したが、取るに足らないと思われた写真が他のあらゆる写真よりも目立ってしまった」として、「これは、われわれが時に社会全体として、日々の何でもない出来事の方に目を奪われてしまうという残念な事実の反映という気がする」と同カメラマンは語った。



【翻訳編集】AFPBB News



(新聞記事転載貼り付け終わり)



私は、この写真を見て、記事を読んでいくつかのことを考えました。まず、私は、ミシェル・オバマという人物は、夫のバラク・オバマよりも数段立派な人間であるということが分かりました。そして、彼女は黒人女性として、アメリカ社会の偏見と差別に真摯に向き合ってきたのだろうと思いました。



バラク・オバマ大統領はケニアからの留学生である父と、後に人類学者となった白人女性の母の間に生まれました。そして、アメリカ国内では比較的差別が少ないハワイや、外国のインドネシアで育ち、大学も2年生まではカリフォルニア州にあるオキシデンタルカレッジというお坊ちゃん学校でした。バラク・オバマ大統領は、コロンビア大学卒業後、シカゴのサウスサイドで黒人の地位向上のために働いていたということですが、この経歴に嘘はないにしても、その動機は不純なものだったのではないかと疑いたくなります。ハーヴァード大学ロースクールに進学するための手段として考えていたのではとさえ思ってしまいます。



 ミシェル・オバマは、シカゴのサウスサイドに生まれ、父親はシカゴ市の水道局の幹部という家に育ちました。プリンストン大学、ハーヴァード大学ロースクールを卒業し、弁護士となり、バラク・オバマとは彼が法律事務所にインターンとして来たときに、指導教官(メンター)として出会っています。これだけ書くと素っ気ないものですが、シカゴのサウスサイド(貧困と犯罪が占める地域です)に育ちながら、そこからアイヴィーリーグに進学する、しかも女性がということになると、大変なことなのです。そして、ハーヴァード大学のロースクールに進学するとなると、プリンストン大学は、ほぼ「全優」の成績で卒業しなくてはいけません。



 ミシェル・オバマは、自分の夫が、黒人解放の父とも言うべき人物の追悼式で、白人たちと楽しそうに写真を撮っている時、背筋を伸ばし、憮然とした態度で前を向いていました。この態度こそが真剣に黒人差別と向き合ってきた、立派なそして誇り高いアメリカの黒人の態度です。苦労を重ねて、自分の力で這い上がってきた人の姿です。ミシェルはそしてこう思ったでしょう。「なんでこんなバカと結婚してしまったんだろう」と。



 このミシェルの嘆きはおそらくヒラリー・クリントンにも共通するものでしょう。ヒラリーに関するジョークで秀逸なものはやはり、「ある日、クリントン大統領夫妻が車に乗っていた。あるガソリンスタンドを見ると、そこには昔ヒラリーが交際していた男性が働いていた。ビルが、“君がもしあの男と結婚していたら今頃はガソリンスタンドの店員の妻になっていただろうね”と言うと、ヒラリーは“あら、もし私があの人と結婚していたら、今頃、あの人が合衆国大統領になっているわ”と言った」というものです。バラク・オバマが大統領になったのもやはりミシェルの力が大きかったのだろうと思います。



 バラク・オバマ大統領は頭の中で自分のことを「白人」だと思っているのではないかと思います。彼の出自を見ても明らかなように、彼は黒人と白人のハーフであり、差別もそこまで受けなかったであろうし、家も裕福でありました。そこまで社会の矛盾や厳しい差別に直面しなかった人物でありましょう。そして、そうした環境下で育ったために、黒人としてのアイデンティティを育むこともなかったでしょう。そして、高等教育だけは受けているので、頭の中身は白人になったのだと思います。黒人解放の指導者の追悼式で、白人とあのような態度を取ることは、黒人のアイデンティティがあればとてもできないことです。人種のことを今とやかく言うのは時代遅れで、時代錯誤であると思われる方もいると思いますが、そのような意識が持てるところまで時代を進めた偉大な人物の追悼式で、あのような態度を取ることはできないはずです。



 今回の自分撮りで分かったのは、オバマもやはり頭の軽い人物であり、周囲のおぜん立てがなければダメな人物であり、その点ではジョージ・W・ブッシュ前大統領と変わらないと思います。しかし、問題は彼らだけでなく、世界中で(日本も例外ではなく)、人々によって選ばれる指導者たちの質の劣化が進んでいるのではないかということです。彼らは見た目が良く、経歴の立派で、演説も上手です。オバマ大統領のマンデラ氏に対する追悼演説は大きな感動を呼びました。しかし、ただそれだけの人物で、矜持も哲学も持ち合わせていない、操り人形に適した人々であるのだと思います。そして、周囲のおぜん立てでうまくやっているように見せているだけのことなのだと思います。この周囲には経済界、財界、そして官界が含まれます。



 そして、最後にオバマ大統領の自分撮りは、アメリカの劣化と終わりの始まりを端的に示していると考えます。追悼式であのような態度を取るというのは政治指導者や人種と言う以前に、人間としてやってはいけないことです。しかし、そのような判断ができないほどに劣化した人物が大統領になる、というのはアメリカの劣化を示していると私は考えます。そして、そのような人間の道に反したことが行われるのは既にその国が衰退の道に踏み込んだためであろうと私は考えています。



(終わり)

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




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 本日(2013年12月8日)、みんなの党の江田憲司前幹事長(衆院神奈川8区選出)がみんなの党を離党して、新党を結成する意向を明らかにしました。みんなの党内部の路線対立、渡辺喜美代表と江田氏との間の確執は修復不可能な状態で、いつ分裂するかという状態でした。ですから、今回の分裂は既に織り込み済みといった雰囲気があります。


 江田憲司代議士、日本維新の会の松野頼久代議士、民主党の細野豪志代議士を中心とした「既得権益を打破する会」という政党横断的な勉強会が1週間ほど前に結成されています。2013年12月2日付江田けんじウェブサイト「「既得権益を打破する会」設立へ・・・規制改革と地域主権で共生社会を実現する!」(http://www.eda-k.net/column/week/2013/12/20131202a.html)にアップされた文章よると、呼びかけ人は、「【民主】細野豪志・松本剛明・笠浩史・階猛(今後増える可能性あり)、【維新】松野頼久・石関貴史・馬場伸幸・小熊慎司・遠藤敬・東国原英夫、【みんな】江田憲司・柴田巧・青柳陽一郎・井坂信彦・井出庸生・小池政就・畠中光成・林宙紀、【無所属】柿沢未途」といった人々です。新党のコアメンバーはこのうち、特定秘密保護法案に反対、もしくは棄権した人々になると思われます。


 民主党現職からすぐに離党者が出るとは思えませんが、前職で離党した人々からは参加者が出るものと思われます。既に離党している山口壮代議士も新党に参加する可能性があると私は考えています。


 新党参加者や新党に近い人々の顔ぶれは、アメリカのネオコン派とはつながらない、別の流れにつながる人々であることは予想されます。新党の代表になる江田氏は、通産官僚時代にハーヴァード大学ウェザーヘッド国際問題研究所にフェローとして在籍しました。その時のルームメイトがマイケル・フロマン米通商代表部(USTR)代表です。フロマンはUSTR代表になる前はバラク・オバマ大統領の副補佐官を務めていました。彼はオバマ政権では米韓FTAやTPPといった経済、通商問題を担当しています。フロマンはハーヴァード大学ロースクール(法科大学院)出身ですが、オバマ大統領とはその時の同級生です。ですから、江田氏の動きは、フロマンの意向もあるのではないかと私は考えています。


 オバマ大統領が安倍晋三首相を嫌っているという話はだいぶ広まってきました。ネオコン派に連なる安倍首相に関しては、コントロールが効かなくなるのではないかという懸念をオバマ大統領やアメリカ側は持っているのではないかと思われます。2012年の総選挙、そして2013年の参議院議員選挙で、アメリカ側は、独立志向の民主党を懲らしめたという構図になるのですが、薬が効きすぎて、自民党独裁を許すようになり、ブレーキを掛ける存在がなくなってしまいました。


 そこで、アメリカ側としては、自民党とは別の勢力を日本の成果に作る必要に迫られました。それは自民党よりもナショナリスティックではなく、同時に少しリベラルで都市住民に受け入れられるような勢力になると言えるでしょう。キャロライン・ケネディ米駐日大使の最近の動きを見ていても、自民党や自民党を支持する勢力ではない、アメリカとつながりがある新興勢力をアメリカ側は支持しているように見えます。


 自民党に対抗する勢力もまたアメリカとつながっていなければならないというのは属国の悲哀そのものです。


(新聞記事転載貼り付けはじめ)


●「江田氏「国民本位の政党つくる」=9日にみんな離党」


時事通信 2013年12月8日

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201312/2013120800060&rel=y&g=pol


 みんなの党の江田憲司前幹事長(衆院神奈川8区)は8日、東京都内で講演し、「みんなの党はもう限界だ。一強多弱といわれる政治状況を打破し、国民本位のまっとうな政党をつくっていこう」と述べ、離党して新党を結成する意向を表明した。この後、記者団に離党届提出は9日になると説明した。一方、渡辺喜美代表は「新党準備は反党行為だ。党を出ていってもらう」と都内で記者団に語り、慰留しない考えを示した。


 江田氏は2014年から政党交付金を受給するため、年内の新党結成を目指す。これに関し、特定秘密保護法の採決で反対したみんなの井出庸生衆院議員(比例代表北陸信越ブロック)は8日、地元の会合で離党の意向を表明。井坂信彦衆院議員(同近畿ブロック)らも江田氏に同調する。また、先に離党した柿沢未途衆院議員も新党に参加する見通し。みんな内では渡辺氏の党運営に批判的な議員も多く、「離党者が10人を超えるのは確実」(党関係者)との見方が出ている。


 江田氏は講演で「小さく分かれていがみあっている野党が、政治理念と基本政策を軸に、自民党に対抗し得る勢力を結集しなければ、日本の民主主義は死んでしまう。捨て石となって再編をやる」と述べ、野党再編に強い意欲を示した。


 渡辺氏は記者団に、江田氏の離党届を受理するかどうかについて「いろんなケースがあり得る」と述べ、除名を含め厳しい処分を検討する考えを示した。また、比例代表選出議員が離党する場合には「議員辞職を勧告する」と語った。 


 これに先立つ都内での会合で、渡辺氏は「カネ(政党交付金)目当て、選挙区事情でできた新党が必ず失敗するのは歴史が証明している」と、江田氏らを強く批判した。(2013/12/08-18:25


●「路線対立、限界超える=渡辺代表、江田前幹事長ついに決別-みんな」


時事通信 2013年12月8日

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013120700420


 みんなの党の江田憲司前幹事長がついに離党を決意した。渡辺喜美代表とともに党の二枚看板として中心的役割を果たしてきたが、特定秘密保護法への対応を機に安倍政権に接近する渡辺氏と、野党勢力の結集を目指し、同法採決で造反した江田氏の路線対立は限界を超え、もはや同じ党にとどまることは不可能となった。


 渡辺、江田両氏は2009年の結党以来、党運営の主導権争いを繰り返してきた。12年衆院選、13年参院選を経て、自民・公明の巨大与党との向き合い方が課題となると、渡辺氏は「切り貼り新党は失敗する」として、みんなの存続を前提にした「政党ブロック」連合を提唱。野党再編に積極姿勢を示す江田氏を8月に幹事長から更迭した。11月に安倍晋三首相と会食した後は、秘密保護法の修正合意を主導し、集団的自衛権の行使容認も打ち出すなど、与党志向を鮮明にした。


 これに対し、江田氏は「自民党に対抗できる受け皿が必要」との判断から、新党結成も視野に、民主党の細野豪志前幹事長、日本維新の会の松野頼久国会議員団幹事長らと10日に勉強会を始動させる。秘密保護法の衆院採決では党の賛成方針に反して退席。「脱官僚を標ぼうする党が官僚支配を助長する法案に賛成して良かったのか」などと、公然と渡辺氏批判を繰り返している。


 江田氏に近い議員らの間では「渡辺氏の『政権すり寄り』の姿勢は党の原点と懸け離れている」と不満が渦巻く。江田氏周辺は同調者が「十数人規模に上る」と強気で、14年から政党交付金を受給するため、政党要件の国会議員5人以上をクリアして年内に新党結成にこぎ着けたい考え。これに対し、渡辺氏サイドは離党者を最小限にとどめるため、9日にかけ懸命に切り崩しを進めるとみられる。(2013/12/08-02:32


●「「野党再編」乱れる思惑 既得権益打破する会設立も分裂含み」


産経新聞 2013年11月30日

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131130-00000106-san-pol


 民主党の細野豪志前幹事長、日本維新の会の松野頼久国会議員団幹事長、みんなの党の江田憲司前幹事長は29日、国会内で会合を開き、規制改革や地域主権に関する勉強会を12月10日に設立する方針を決めた。新党結成を含む野党再編の布石にする狙いがあるが、みんなは渡辺喜美代表が安倍晋三政権との連携強化を模索しており、分裂含みだ。再編をめぐる民主や維新との歯車がかみ合うのは難しそうだ。


  会合には3党と無所属の計16人が出席。勉強会は「既得権益を打破する会」という名称とし、細野、松野、江田3氏が共同代表に就任する。再編に向け、注目されるのがみんなの行方だ。会合で江田氏は「わが党の事情で遅くなった。私の不徳の致すところだ」と陳謝した。その「事情」とは渡辺、江田両氏の対立にほかならない。


  安倍政権との連携を模索する渡辺氏は29日の記者会見で、江田氏について「新党準備会合だとすれば反党行為だ。首謀者がポイントだ。遠心力は排除する」と語った。特定秘密保護法案の衆院採決で造反したことへの処分は、「除名」になる可能性も出てきた。


  これに対し、江田氏は会見で「勉強会が野党再編を目的にしているということはない」と強調。「公党の代表が遠心力とか排除とか言っちゃだめだ」と渡辺氏を批判した。江田氏に近い議員からは「処分を待たず離党して新党をつくるべきだ」との声が上がる。


  だが、仮に江田氏らが新党を結成したところで、他党も流動化しなければ再編は難しい。細野氏は来年4月に細野派を結成する意向で、海江田万里代表が辞任した場合に行われる次期代表選を見据えた行動との見方が強い。民主党が再編にどう向き合うかは、この代表選次第といえる。


  維新には、今回のように民主、みんなとの再編を模索する動きと、憲法改正を軸に自民党を巻き込む形での再編を狙う動きがある。だが、その方向性を詰めようとする雰囲気はない。


  勉強会発足は再編の「始まりの始まり」でしかなく、その行方も不透明だ。(村上智博、沢田大典)


(新聞記事転載貼り付け終わり)


(終わり)




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 古村治彦です。

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 古村治彦です。



 昨日(2013年12月6日)、特定秘密保護法案が参議院で可決され、成立しました。この法案については、様々な主張や議論がなされてきましたが、国会での審議が拙速で、「とりあえず、今国会で可決させる」という安倍晋三首相の意思のみで突っ走ってきた感があります。担当の森雅子大臣もさぞやお疲れになったことと思います。



 この特定秘密保護法案についての問題点は、特定秘密を決めるのも、解除するのも、官僚たちの手に委ねられているという点です。安倍首相は、「今まではあまり変わらない」「首相は国会議員であり、行政府の長だ。その責任で、秘密指定を解除すべきものは当然解除の判断をしていくことができる」といった発言をしています。しかし、特定秘密全てを総理大臣が見て判断できるとは思えないし、これまでもあったように、官僚による隠ぺい、政治家への通知を行わないといったサボタージュの危険性は十分にあります。


キャプチャ特定秘密保護法


 石破茂自民党幹事長は、国会に常設の委員会を設けて監視させるという提案を行っていますが、これはそもそも法案を出すときに既に備えておかねばならない条件であったはずです。それを法案が成立してから「まずかったなぁ」という感じで出してくるのは、彼らが官僚任せ、いや、官僚が自民党をうまく利用してこの法案が出されたことを物語っています。国会議員が主導で作ったならば、あれだけ「優秀な」若い、弁護士資格を持つ人材を揃えた自民党が了承した法案が、国会を無視した内容になるはずがありません。



 国会審議や反対の主張を聞いて、「これはさすがにまずい」と思ったのでしょう。急に国会に常設委員会を設けるという話になってきました。しかし、以下の記事にあるように、その危険性はずっと前に指摘されていたのです。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「<6>国会 政府監視 自ら放棄」



2013年10月9日 東京新聞電子版

http://www.tokyo-np.co.jp/feature/himitsuhogo/news/131009.html



 政府が指定する「特定秘密」は、憲法で「国権の最高機関」と位置づけられる国会や国民の代表である国会議員でも原則として中身を知ることはできず、議論もできない。



 国会には憲法で定められた国政調査権があり、政府は「正当な理由」なく資料提出要求などを拒否できないが、今回の法案は国政調査権より「国の安全保障に著しい影響がある」として、秘密保全を優先している。



 閣僚などの政務三役は特定秘密を扱えるが、漏えいすれば罰則の対象になり、公務員と同じく最高懲役十年。同じ政党の同僚議員に教えることもできず、議論さえできない。



 法案では、例外として、非公開の委員会など(秘密会)に提供できるとしている。出席した国会議員がその情報を漏らせば、最高懲役五年だ。



 ただ、議員の調査活動を補佐する秘書や政党職員に伝えた場合が違法になるかどうかは決まっていない。



 さらに問題を複雑にしているのは、「両議院の議員は、議院で行った演説、討論について、院外で責任を問われない」と規定する憲法五一条との関係だ。



 例えば、秘密会で特定秘密を知った議員が国民に伝えるべきだと判断し、本会議や委員会で明らかにしても罪にならない。政府から見れば秘密会の意味がなく、最初から特定秘密を提供しなくなる恐れがある。



 法案に反対する伊藤真弁護士は「国会が行政を監督するのに必要な情報を得られなくなり、議院内閣制は崩れてしまう。情報を持つ者が、持たない者を支配する『官僚政治』が進み、国民が主人公の国ではなくなる」と警戒する。



 重要な情報が「特定秘密」にされてしまえば、国民の代表が政府を監視する国会の機能は削(そ)がれ、政府の歯止め役にならない。国会がこの法律を成立させることは、自らの手で憲法で与えられた役割や権利を放棄することになりかねない。 (生島章弘) =おわり



(新聞記事転載貼り付け終わり)



 今回の特定秘密保護法案は、日本版NSC(国家安全保障会議)とセットであると考えられています。国家安全保障会議とは、アメリカでは大統領直属の機関で、国家安全保障問題担当大統領補佐官(National Security Advisor)が主催して(ジョージ・W・ブッシュ大統領時代には、ディック・チェイニー副大統領が主催していました)行われる会議のことです。外交と国家安全保障にかかわるアメリカ政府最高幹部たちが集まる機関です。日本では、早速外務省と防衛省出身者たちに牛耳られることになりました。下の記事にあるように、特定秘密保護法は、各国のNSC、特にアメリカとの秘密共有にとって必要なものとされています。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「背景に米の意向=アルジェリア事件が後押し-秘密保護」



2013年11月7日 時事通信電子版

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201311/2013110700931



 安倍政権が特定秘密保護法案の成立を急ぐ背景には、同盟国間で共有する機密の保全を求める米政府の意向がある。特に、政権発足間もない今年1月のアルジェリア人質事件で、在留邦人の安全確保に米国の情報が不可欠であることを痛感し、法制化に前のめりとなった。民主党政権下で法整備が検討されていたことも下地となった。



 「国家安全保障会議(日本版NSC)の審議をより効果的に行うためにも、秘密保全に関する法制が整備されていることが重要だ」。安倍晋三首相は7日の衆院本会議でこう訴えた。



 米政府は「スパイ天国」とも称される日本の情報管理に懸念を抱き、日本政府に機密保全への具体的対応を求めてきた。とりわけ2001年の同時テロ以降、米政府はテロ情報の収集と保全を強化。05年10月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同発表には「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置を取る」と明記された。



 第1次政権でもNSC法案を提出した首相にはもともと秘密保全への問題意識があったが、危機感をあおったのがアルジェリア人質事件だ。同国の複数の政府機関から寄せられた情報は相矛盾することもあったため、日本政府は米英両国の「確度が高い」(政府高官)情報に頼らざるを得なかった。両国の情報機関とより緊密に連携するため、秘密保護法制化を急務ととらえた。



 野党に転じた民主党の政権下で秘密保護法制の議論が活性化した経緯も大きい。10年11月、沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を撮影したビデオ映像がインターネット上に流出。これを受け、当時の菅政権は法制化の検討に着手した。提出には至らなかったものの、後を継いだ野田政権は秘密漏えいに10年以下の懲役を科す法案を内々にまとめた。こうした動きが、今回の法案提出の地ならしをした。(2013/11/07-19:30



●「米国務省が「歓迎」」



2013年12月7日 東京新聞電子版

http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/himitsuhogo/list/CK2013120702000242.html



 【ワシントン=竹内洋一】米国務省のハーフ副報道官は六日の記者会見で、日本の特定秘密保護法の成立について「情報保全は同盟国間の協力を進める上で死活的に重要だ。機密情報保護に関する政策の進展を歓迎する」と評価した。



 ハーフ氏は、表現の自由や知る権利が脅かされるとの懸念が日本で強まっていることを踏まえ「表現の自由や報道の自由という普遍的な価値を共有していることも日米同盟の基盤だ」と強調した。



 米政府は情報共有を進める前提として、日本政府に情報管理の強化を年来、働きかけてきた。



◆中国メディア「与党が強行」



 【北京=白石徹】中国の新華社通信は七日未明、特定秘密保護法成立で「与党が強行採決」との記事を配信、「六日夜に約一万五千人の市民が日比谷公園で集会を開き、国会周辺に大勢の市民が集まって抗議する中、法案が可決された」などと伝えた。



 秘密保護法について中国メディアは「安倍政権の秘密政治」(中央テレビ)と報道し、法案内容よりも日本政府の右傾化に重点を置いて非難していた。



 だが、少数民族問題のほか、人権、宗教など複雑な内政問題を抱える中国政府は、特定秘密保護法については、外務省が「注視している」と述べるにとどめていた。



(新聞記事転載貼り付け終わり)



 私は前回のブログの更新で、戦前の日本の韓国に対する保護国化から併合に至る道筋と日本の属国化の類似点について書きました。まず、被支配国の行政がしっかりしておらず、自分たちではしっかりできないことを指摘し、その後、外交権、そして司法権や軍隊を含む統治権を奪い、最後に併合するというのがその手順でした。



 現代では、このような形での併合はできませんが、属国化はこの手順で行うことができます。アメリカは、日本のアメリカ化、一体化、相互運用(interoperability)を進め、日本の属国化を加速させているのです。日本が独自の外交や安全保障政策を行えないようにするために、NSCを作らせ、特定秘密保護法を作らせたのです。



 しかし、これらの成立過程は拙速と言えるものでした。公約にもないものを持ち出してきて、セットだから成立させねばならないと焦り、会期末になって審議では出てこなかった機関が突然出てくるというのは、準備がしっかりできていなかった、もしくは政治家が準備に全く絡んでいなかったことを示すものです。これはできるだけ速やかに成立させよと日本側を焦らせる命令が出ていたと考えられます。これは、アメリカ側の焦りを反映したものであろうと私は考えています。



(終わり)


 





 
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 古村治彦です。

 今回は、1月に出版予定の本の為に読んだ本の中身とそこから考えたことを書きたいと思います。

 片山慶隆著『小村寿太郎 近代日本外交の体現者』(中公新書、2011年)という本を読みました。これは日露戦争時のポーツマス講和会議に日本側全権として参加した小村寿太郎(1855~1911年))の業績を詳しく紹介している本です。小村寿太郎については、記録文学・歴史文学の名手であった吉村昭著『ポーツマスの旗外相小村寿太郎』(新潮文庫、1983年)がありますが、こちらはポーツマス講和会議がメインで描かれていて、小村の駐清国公使、駐韓公使、駐米公使といった時のことは描かれていません。しかし、家庭的には不幸であったことは紹介されています。


 小村は1901年から1906年まで、そして1908から1911年までの期間、それぞれ外務大臣を務めています。それぞれ第一次桂太郎内閣、第二次桂太郎内閣の時です。第一次桂内閣時に日露戦争が開戦され、ポーツマス講和条約に至る訳です。この両内閣の外相である時、小村が取り組んだのが韓国における日本の影響力の強化であり、韓国併合です。こうしたことは片山著『小村寿太郎』に詳しく書かれています。ここからは、これら2冊の内容を要約しつつ、文章を続けたいと思います。

 日露戦争が勃発すると、日本は朝鮮半島に軍隊を送り、韓国を占領します。そして、1904年2月に日韓議定書を締結します。その内容は、第1条、韓国は、施政の改善に関し、日本の忠告を受け入れる、第2条、日本は、韓国の皇室を安寧を保証する、第3条、日本は、韓国の独立と領土保全を保証する、第4条、第三国の侵害により若しは内乱のため、韓国の皇室の安寧或いは領土の保全に危険ある場合は日本は必要な措置を取る。 日本は、その目的を達するため、軍略上必要の地点を臨検収用することができる。第5条は、両国政府は、相互の承認を経ずして本協約の趣意に違反する協約を第三国との間に訂立する事ができない」というものでした。日韓議定書の内容は、韓国が日本以外の国に国家の安全保障を依存できないようにし、日本が朝鮮半島に軍隊を置くことができるように
するものでした。小村は朝鮮半島を日本の勢力下に置くことを意図していました。そのために、外務次官に珍田捨巳、政務局長に山座円次郎、通称局長に杉村濬といった韓国勤務経験者を要職に配置しました。そして、日露戦争が始まるとすぐに韓国を完全に勢力下に置くために、日本軍がソウルを占領している間に日韓議定書を締結しました。


続く、1904年8月には第一次日韓協約が締結されましたが、ここで重要なのは、韓国が外交顧問として外国人を招聘すること、そして財務顧問を日本から招聘するという内容でした。外交顧問は外国人でしたが、実際には日本政府と長年関係の深かった米国人スティーブンスが、財務顧問には大蔵省主税局長の目賀田種太郎が就任しました。1905年に日本は閣議で、韓国の保護国化を決定しました。そして、同年11月には第二次日韓協約を締結しました。その内容は、「第1条、日本国政府は今後外務省により韓国の外交を監理指揮するため、日本の外交代表者と領事は外国にいる韓国人とその利益を保護しなくてはならない。第2条、日本国政府は韓国が他国と結んでいる条約を実行する立場となるため、韓国は今後日本の仲介無しに他国と条約や約束を交わしてはならない。第3条、日本国政府は代表者として韓国皇帝の下に統監を置く。統監は外交を管理するために京城に駐在し韓国皇帝と親しく内謁することができる。また日本は韓国の開港場などに理事官を置くことができる。理事官は統監の指揮の下で、従来韓国にある日本領事が持っていた職権の全てを執行し、また本協約を完全に実行するための一切の事務を担当しなくてはならない。第4条、日本と韓国との間にある条約や約束は本協約に抵触しないかぎり効力を継続する。第5条、日本国政府は韓国皇室の安寧と尊厳の維持を保証する」(ウィキペディアから)というものでした。これによって、韓国は独自の外交を行うことができなくなりました。そして、独自の外交を行う必要がないことから、在韓の外国公使館などの撤収が行われることになりました。


 その後、小村寿太郎は第一次桂内閣の総辞職に伴い、外相を辞任します。そして、その年の6月に駐英大使となり、渡英します。しかし、そこでも彼の最大の欠点であった社交嫌いとマスコミ嫌いを十分に発揮してしまい、イギリス側に嫌われることになってしまいました。小村は動乱の時には力を発揮しますが、平時には全く役に立たない外交官であったと言うことができるでしょう。いつも本ばかり読んで、質素な生活(父親の残した借金返済のためにいつも汲々としていました)を苦にしないというのは美点ではありますが、外交官としては資質に欠けるところがありました。


 それでも、1908年に第二次桂内閣が成立し、再び外相になります。その前年にハーグ密使事件が起き、その影響から第三次日韓協約が締結されていました。韓国の高級官吏の任免権を韓国統監が掌握し、また韓国政府の官吏に日本人を登用できることが取り決められました。更に、非公開の取り決めで、韓国軍の解散・司法権と警察権の日本への委任が定められました。韓国はこの時に国としてのシステムを停止したということが言えましょう。


 小村は、義兵による抵抗が収まらないなどの理由から、更なる韓国支配を目論み、韓国の併合を意図しました。小村は桂首相とともに、伊藤博文韓国統監(韓国併合には反対の姿勢を取っていました)を説得し、1910年、日韓併合条約を締結しました。「韓国皇帝が大韓帝国(韓国)の一切の統治権を完全かつ永久に日本国皇帝に譲与する」という一節は有名です。小村は満州支配と朝鮮半島支配を通じて、ロシアからの脅威を避けようという意図のもとに、このような「帝国主義的」とも言える外交政策を行いました。その結果が太平洋戦争にまで至り、日本を亡国へと導いたという議論もあります。そして、現在まで続く日中韓の間の軋轢の原因になっているという主張もあります。

私は、そのような議論や批判はもっともだと思います。しかし、歴史を見ることで、現在をよりよく理解できるという立場から、次のような考えを持っています。それは、この韓国併合に至るまでの道のり(日韓議定書→第一次日韓協約→第二次日韓協約→第三次日韓協約→日韓併合条約)は、一国の存在を滅ぼすためにはどのような手段で、どのような方法でやるのかということを私たちに示している、ということです。


 この歴史的な教訓から見ると一国の存在を滅ぼすには、①被支配国に行政を行う能力がないと決めつけること、その国の無能さが地域の平和に悪影響を及ぼすと断定すること、②外交と財政において、支配国の意向に沿わせること、③被支配国の外交権を奪うこと、④被支配国の統治権を奪うことの4つの段階を踏むようです。


 現在は、日韓併合時代のような、国の併合はないでしょう(対等合併ならば統一ということであるでしょうが)。それでも、この保護国化ということはあり得ます。いや実際にあるのです。それは、日本とアメリカの関係を見てみれば明らかです。2013年12月6日現在、日本版NSC法は成立し、特定秘密保護法の成立も時間の問題です。このような拙速な両法の成立には、アメリカの意図が大きく絡んでいます。アーミテージ・ナイレポートにあるように、アメリカとしては、安全保障(そして外交)の面で日本との間の相互運用性(interoperability)を高めたいとしています。相互運用性というのは、この場合、安全保障(そして外交)のアメリカ化、従米化を意味します。それでいくと、日本は、昔韓国に対してやったことを今、アメリカにされていると言えます。保護国と言えば聞こえは良いですが、これは属国化ですから、日本はアメリカによってどんどん属国化されている過程にあるのです。日本版NSCと特定秘密保護法はセットであると安倍晋三首相も述べていますが、この2つは、日本の外交権と安全保障をアメリカに差し出す(相互運用)ということなのです。

 戦後、日本はアメリカの属国でした。しかし、それを人々に悟られないようにうまくカモフラージュできていました。しかし、最近になって、その属国化がどんどん露骨になっています。それは、アメリカ側の「焦り」を反映したものであろうと私は考えています。アメリカも既に衰退の兆候を見せ始めています。それを少しでも遅らせるために、日本を利用しようとしているのですが、時間がないために露骨さに拙速さも加わってきているのだと思います。アメリカは、アジア地域において、負担の大きい軍事を日本にある程度肩代わりさせながら、お金はもっと取る、そして美味しいところ、綺麗なところだけをいただくということを考えているのだと思います。これは日本が疲弊し尽くすまで続くでしょう。


 ここはひとつ、日本も忍耐で、相手が倒れるのを世代という長いスパンで待つという態度を取る、面従腹背の態度を取るというズルさを発揮すべきではないかと思います。しかし、現在の国政の場には米政翼賛会(U.S. Rule Assistance Association of Japan)の人々しかいないのです。これは大変厳しい状況であり、まずはこの状況の改善から始めなければなりません。


(終わり)

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 古村治彦です。


 今週は、1月に出版される本の校正にかかりきりになっており、新聞も満足に読めない状況です。今回は趣向を変えまして、いえ、だいぶ変えまして、スポーツの話題を。かなり浮世離れした話題となります。本のことでいっぱいいっぱいになってしまって、ちょっと気分転換的な要素の強い文章となってしまいました。かなり古臭い話になります。ご容赦くださいませ。


 私はスポーツ観戦とスポーツ関係の書籍の読書を趣味にしています。特に野球に関しては子供の頃から好きでした。その度合いは大人になっても衰えるどころか、ますます盛んになっております。師である副島隆彦先生からも「スポーツなんてどこが面白いの?まぁ君には面白いんだろうな。退屈しなくて良いなぁ」と呆れられているほどです。

 私のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス)のプロフィールのアイコン写真は、今はもう存在しないプロ野球球団である南海ホークスのマークを掲載しています。このことについて、よく質問を受けます。「どうして南海ホークスのマークなんですか?」と。ツイッター上では、民主党所属の某国会議員に質問されました。また、2013年6月に渋谷で開催されました、「副島隆彦を囲む会」主催の会員交流会でも複数の方々にこの質問を受けました。


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南海ホークスのマーク


 私は子供の頃から阪神タイガースファンです。私の生まれ育った鹿児島は、今はどうか分かりませんが、子どもの頃は読売ジャイアンツファンが多かったです。私が高校に入学し、入学式の後、各クラスに分かれて初めて顔合わせをし、自己紹介をした時、「阪神ファンです」と言ったところ、クラスメイトの一人が舌打ちをしたことを覚えています。ですから、私の友人たちもまた「どうして南海ホークスのマークを使っているんだよ?」と不思議がっています。



 前置きが長くなりました。さて、どうして私が南海ホークスのマークを使っているのか、ということですが、それは「カッコいい」からです。「なんじゃそりゃ」と言われそうですが、これは仕方がないことです。昔の球団ユニフォームや球団旗を見てみると、その斬新さと現代性、モダンさを改めて感じることができます。



私が物心ついた時、南海ホークスは人気のないパシフィック・リーグのお荷物球団に成り果てていました。冴えないグリーンのユニフォームや覇気がない選手たち、スポーツニュースのダイジェストでしか見ることができませんでしたが、いつも負けているという印象しかありませんでした。私の中では古臭い昭和を象徴していたのが南海ホークスでした。そして、その南海ホークスが後から振り返ってみれば昭和時代と共に消え去ることになったのは何とも象徴的であったと考えます。



 1988(昭和63)年にホークスが南海からダイエーへの売却されました。鹿児島に住む少年にとって福岡という場所もまた遠い都会でしたが、その都会に球団がやって来る、ライオズンが出て行って以来、球団が帰ってくるというのは嬉しいニュースでしたが、「よりによってホークスか」という気持ちでした。「それだったらブレーブスが来てくれたら良かったのに」というのが、その当時の多くの人々の正直な感想ではなかったかと思います。



 そして、ホークスが九州にやってきました。フランチャイズが変わったからといって、チームが急に強くなるということもなく、相変わらずお荷物という感じでしたが、若田部投手をドラフトで活躍したあたりから、「チームは本格的に強化を図っている」ということが周囲にも伝わってきました。その後、積極的な強化策を取りながらなかなか成績が上昇しませんでしたが、1999年、ホークスはついにパリーグを制しました。



 私は取り立ててホークスのファンではなかったのですが、昔福岡に住んでいて、平和台球場での南海ホークス対西鉄ライオンズがいかに黄金カードであったかという話を聞いていました。そして、「一体どんな感じだったんだろう」という興味を持ち始めたのが大学時代です。そこからいろいろな本を読みながら、自分の中で想像を膨らませてきました。



 球団創設50周年で姿を消した南海ホークス。1940年代から60年代にかけてパリーグの強豪チームでありながら、やがて凋落していく。名門の栄枯盛衰。この南海ホークスという響きに私はフラジャイル(fragile)、はかなさを感じるのです。そして、私の頭の中では、はかない南海ホークスが息づいています。



 私は政治学を専攻し、政治の事象に大きな興味関心を持っています。私は、プロ野球と政治ということも十分に大きなテーマになると考えています。来年はそのテーマについて文章を書いていければと考えています。



(終わり)


南海ホークスの歌

さよなら大阪球場

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


 古村治彦です。

 明日から12月が始まります。今年の私は色々あって仕事がはかどらなかったのですが、年が押し詰まってから仕事が立て込んでくるようになりました。

 そこで、ブログの刷新をして以降、出来れば毎日更新をしたいと考えておりましたが、仕事を優先しなければなりません。そこで、ブログの更新を3日おきにしたいと思います。

 皆様にはご理解をいただきまして、引き続き、ブログ「古村治彦の酔生夢死」を宜しくお願い申し上げます。

古村治彦拝

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 古村治彦です。



 特定秘密保護法案が衆議院で可決され、参議院に送付されました。今国会での成立の可能性が高い状況になっています。この特定秘密保護法案の採決の時、自民党が修正に応じたために、党として賛成することになったみんなの党から退席者、反対者が出ました。退席したのは江田憲司氏(神奈川8区・当選4回・みんなの党前幹事長・解任)、反対したのは井出庸生(長野3区比例復活・当選1回・東大野球部主将)、林宙紀(宮城1区比例復活・当選1回・東大アメフト部主将)の両氏です。



 以下の新聞記事にあるように、みんなの党は、三氏に対して早速事情聴取が行いました。この動きですと、三氏のうち、若い井出、林氏には離党勧告までは出ないでしょうが、戒告や党員資格停止が出るでしょう。そして、江田氏に関しては離党勧告まで出される可能性が高いように思われます。みんなの党の分裂の可能性は高まっています。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「みんな「造反組」離党も…秘密保護法案採決」



20131128()730分配信 読売新聞

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20131127-01320/1.htm



 特定秘密保護法案の衆院本会議での採決を巡る混乱の余波が、内部で意見が対立した政党や、今後の法案審議に影響を与えている。



 同法案への反対や退席が相次いだみんなの党では27日、渡辺代表の指示を受けた山内康一国会対策委員長が、採決で退席した江田憲司前幹事長のほか、反対に回った井出庸生、林宙紀両氏と国会内で個別に会い、事情聴取を行った。



 その後、江田氏は記者団に「安全保障や国民の知る権利に関わる法案の強行採決は容認できないという立場を説明した」と述べた。江田氏に近い井出、林両氏に関しては「政治家の信念に基づく苦渋の決断だったと思う。2人には寛大な措置を執行部にお願いした」と語った。林氏は記者団に「議席を返すことを覚悟して造反したことを伝えた」と話し、井出氏は「いかなる処分も受け入れたい」と述べた。



 同党では寺田典城参院議員が2011年3月、子ども手当つなぎ法案の参院本会議採決で党の方針に反して賛成に回り、党の役職停止6か月の処分を受けた前例がある。渡辺氏は、これを踏まえて3議員の処分内容を決める考えだが、野党再編を巡る対立から幹事長を更迭した江田氏に対しては「累積ポイントがある」と周辺に語っており、除名を含めた重い処分も想定される。江田氏が党を離れる場合、江田氏と行動を共にする議員もいるとみられるため、今後の展開次第では党分裂が現実味を増す。



 一方、特定秘密保護法案は27日、民主党などとの対立が解けないまま参院本会議で審議入りした。与党側は当初、22日に衆院を通過させ、25日の参院審議入りを目指していたが、野党との修正協議が長引き、想定より2日遅れた。



 参院国家安全保障特別委員会は27日、理事懇談会で、28日に委員会を開き、法案の趣旨説明と質疑をすることを中川雅治委員長(自民)の職権で決めたが、野党は態度を硬化させている。与党側は同特別委を連日開いて12月6日の会期末までに成立させる日程を描くが、野党が強く抵抗した場合の展開には、不透明感も漂う。



(新聞記事転載貼り付け終わり)



 みんなの党は2009年に「国民運動体 日本の夜明け」を母体にして誕生しました。結党以来4年余りですが、着実に党勢を拡大してきたという印象があります。日本維新の会は急激に党勢を拡大(しかし国会議員の多くは石原慎太郎系のゾンビ議員や他党からの合流者たち)しましたが、その勢いは頓挫しています。



 私は、堺屋太一、屋山太郎、江口克彦、三枝成彰といった人物が「日本の夜明け」のナビゲーター(役員?幹事?)となり、みんなの党のサポーターとなっていることを知った時点で、少し怪しさを感じていました。日本維新の会の裏にいる堺屋太一がここでも出てくるということは、日本維新の会とみんなの党は裏ではつながっているのだろうと考えました。そして、自民・公明・日本維新の会・みんなの党・民主党の一部が構成する「米政翼賛会(American Rule Assistance Association of Japan)」という言葉を思いついた訳です。



 このみんなの党ですが、創設者の一人である渡辺喜美(わたなべよしみ)氏に対して、独裁的であるという批判がなされるようになりました。その批判はもう一人の創設者である江田憲司氏から出るようになりました。特に昨年の総選挙における日本維新の会との選挙協力や合流、野党の合併、政界再編といった話が出るようになってから、みんなの党の内部に亀裂が走るようになりました。そして、解党や政界再編にまで言及していた、柿沢未途代議士(東京15区・当選2回・父は柿澤弘治元外相)に、非公式な離党勧告が行われ、柿沢代議士は離党に追い込まれました。また、柿沢代議士の離党の前には、江田憲司代議士がみんなの党幹事長の役職から解任されました。以下の新聞記事にこれらのことが詳しく書かれています。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「みんな・柿沢氏が離党届提出 「渡辺代表から『出て行け』と」」



2013.8.23 22:50 1/2ページ)[みんなの党] MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130823/stt13082313210000-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130823/stt13082313210000-n2.htm



 みんなの党の渡辺喜美代表は23日、柿沢未途(みと)前政調会長代理(衆院東京15区)に離党を勧告した。これを受け柿沢氏は離党届を提出、受理された。先の参院選後、野党から現職国会議員の離党者が出たのは初めて。野党再編をめぐる同党内の路線対立は、党代表が所属議員を“追放”するという異常事態に発展した。(原川貴郎)



 柿沢氏は離党後、国会内で記者会見し、「はらわたがちぎれるほど残念だ」と無念さをにじませるとともに、「再編のあるべき姿として大きな器をつくり出すべきだ」と持論を展開。一方、渡辺氏も記者会見を開き、柿沢氏について「党の方針、私の方針と反する言動があった」と批判した。



 柿沢氏らによると、渡辺氏は22日、議員会館の自室に柿沢氏を呼び出し「何も言わないから党から出ていってほしい」と通告。同席した浅尾慶一郎幹事長も「柿沢氏は新党に前向きではないのか」と迫った。即答をためらった柿沢氏が23日、渡辺氏のもとを再び訪れると、離党届を書くよう求められたという。



 柿沢氏は、新党結成による野党再編を目指す民主、維新、みんなの中堅・若手会合の中心メンバー。これに対し、「多党連合」構想を掲げる渡辺氏は23日の会見でも「解党はしない」と党の存続にこだわった。



渡辺氏は若手会合に出席している柴田巧参院議員、井坂信彦衆院議員からも事情聴取する方針。同じく再編論者の江田憲司前幹事長に離党勧告をするかについても「これから考える」と含みを残した。



 今回の一件で野党再編の機運はしぼみかねないが、今後、維新とみんなで再編をめぐる主導権争いが勃発する可能性がある。維新の橋下徹共同代表(大阪市長)は23日、市役所で記者団に「渡辺氏と一緒にやりたい国会議員や、渡辺氏のみんなの党と組む政治家は極めて少ない」と批判。柿沢氏の動きを「再編の起爆剤になる」と指摘した。



 みんなからは昨年、3人の参院議員(現在衆院議員)が維新に合流している。維新側は渡辺氏と距離を置くみんな議員と接触を図ることになりそうだ。



(新聞記事転載貼り付け終わり)





●「みんなの党、終わりなき対立劇 再編で渡辺氏「みんなが母体」 江田氏「党解消も辞さず」」



2013.8.9 20:14 [みんなの党] MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130809/stt13080920170006-n1.htm



 みんなの党の渡辺喜美代表と幹事長を更迭された江田憲司衆院議員が9日、それぞれ記者会見やテレビ番組の収録で「場外戦」を繰り広げた。両氏の対立はエスカレートするばかりで、渡辺氏の党内基盤を揺るがすことになりかねない。



 渡辺氏は9日の記者会見で江田氏の処遇について「今後の推移を見たい」と述べるにとどめ、野党再編に関してはあくまでもみんなを母体に進める考えを示した。



 江田氏が独自に野党再編に動いた場合の対応は「党の方針に反するか反しないかが(容認するかどうかの)判断のポイントになる」と語り、「江田切り」まで進みかねない勢いだ。



 江田氏も黙っていない。9日のBS-TBS番組の収録で更迭について「理解できない」と不満をぶちまけ、再編に関しては「渡辺さんも私も党の発展的な解消を辞さずという立場だった。私は引き続きそうだが、最近、渡辺さんがどう思っているのか…」と懐疑的なまなざしを向ける。



 ただ、2人の感情がこじれた根本的な要因は、党の資金運用や公認手続きなどをめぐる渡辺氏の「独断」ぶりに江田氏が不満を抱いたことが大きい。収録でも「ルールを決めて全員野球をしようというのが私の提起だ」と語っている。



 もっとも、江田氏に離党する気はない。野党再編の機運がしぼみつつある中、離党しても、展望が開けるわけではないからだ。渡辺氏が党内基盤を強化したくても、2人の険悪な関係は党を弱体化させることにしかならない。



(新聞記事転載貼り付け終わり)



 柿沢氏の離党は、江田氏の勢力を削ぐことが目的であったでしょうし、江田氏の解任は渡辺代表の力を誇示し、存在感を出すために必要な措置であったと言えるでしょう。みんなの党は党勢を確実に伸ばしてはいますが、政界再編となった場合に埋没し、渡邉氏がイニシアティヴをとることは難しいのが現状です。渡辺氏にしてみれば、党の創設や資金面で自分が全てやってきたオーナーという感覚があって、小賢しい江田氏や柿沢氏のような存在は邪魔になっていったと思われます。ここは、イデオロギーや理想ではなく、自分の力を保持するための生き残りを掛けた戦いです。



 この分裂に手を突っ込まれた結果が、今回のみんなの党の特定秘密法案賛成ということになります。みんなの党の内部に出来た2つの勢力の対立を煽って、最後はオーナーである渡辺氏を勝たせることで、米政翼賛会体制に取り込むことに成功したと言うことができるでしょう。そのために橋下氏がみんなの党にちょっかいを出し、分裂を誘い、両勢力をうまく煽りながら、最後は一方を切るということになったのだと思います。



 政治家は勢力にくっついて生き残ることも仕事のうちですが、渡辺代表の動きは大変残念なものです。そして、米政翼賛会(American Rule Assistance Association of Japan)の巧妙さにやられっぱなしというのは情けない限りですが、これが現状であることを認識することがまずは重要ではないかと思います。


(終わり)

 

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 古村治彦です。

 今回は、以前(2013年1月16日)に書きまして、反響が大きかった記事を再掲いたしたいと思います。これは消費税増税に絡んだお話なのですが、皆様のご関心が大変大きい話題であり、多くの皆様にお読みいただきました。

 新しい読者の皆様にも是非お読みいただきたく、ここに再び掲載いたします。

==========

 安倍晋三首相は、先日、緊急経済対策を発表しました。安倍政権は、この経済対策で、GDPの2%成長を目論んでいます。この2%の経済成長が達成された後に実施されるのが、消費税率の5%から8%への引き上げです。「景気が良くなったら消費税を上げる」ということで、基本的に自民、公明、民主が合意しているのですから、これは予想されてきた動きです。消費税率を上げたい財務省とすれば、財政出動しても、その後、その分以上のお金を税金として取り立てることができる訳ですから、財政出動に対して文句を言いません。

 このところ、話題になっているのは、消費税率引き上げに伴って、低所得者層に対する軽減措置制度です。自民党と公明党は、導入の時期に関しては意見が異なりますが、軽減税率制度の導入を主張しています。これは食料品など生活必需品の税率を低くするというものです。しかし、どの物品やサービスの税率を低くし、どれを高くするかを決めるのは大変なことです。また、富裕層も低所得者層も同じものを買う場合は、富裕層に恩恵があるというデメリットがあります。一方、民主党は、給付付き税額控除を主張しています。給付付き税額控除とは、「所得税を減税しても、低額所得でもともと納税額が少ないため、減税の恩恵があまり受けられない人に対して給付金を支給する制度」です。この制度には、所得の把握が難しいこと、財産はあるが所得が少ない人に恩恵があるというデメリットがあります。

 この2つの制度が今、議論されています。このことについて、先日、私はとある専門家にお話を聞く機会がありました。お恥ずかしい話ですが、専門家からお話を伺うまで、そこまで関心がありませんでした。その方は、私があまり興味を持っていないのを感じたのか、大変興味深いお話を聞かせてくださいました。

 その方は、「古村君、この2つの制度の議論で何が大事か分かるかな?」とまず言われました。私は、「事務手続きの煩雑さでしょうか?」と答えました。その方は、「そんなことじゃないんだよ、財務省が絡んだことさ」とその方は言われました。そして、次のような説明をしてくださいました。

 自民党が主張している軽減税率制度が導入されたどうなるか。どの業界団体も、自分たちの商品は軽減税率の適用を受けたいと考えるでしょう。そして、一度軽減税率の適用を受けたら、その適用がずっと続いてほしいと願うでしょう。そうなると、各業界団体は、自民党の政治家、そして官僚たち、この場合は財務省にロビー活動を行います。そうなると、当然見返りということになります。政治家には政治献金や集票、官僚には天下りの受け入れということになります。財務省にしてみれば、天下り先をこれから確保するためにも、軽減税率は重要です。これだと、いわゆる「政官財の鉄の三角形」が維持されます。そして、民主党は天下りをさせないためには、給付付き税額控除が良いのだと主張しています。しかし、この給付付き税額控除にもカラクリがあります。

 給付付き税額控除を行うためには、日本国民各人の「所得の正確な把握」が必要になります。そうなると、必要になるのは、「マイナンバー(社会保障と税の共通番号)制度」です。これによって、税務署は各人の名寄せが簡単になり、転居や結婚により姓の変更などによって名寄せが困難になることを防ぐことができます。しかし、日本人のプライベートな情報まで一つの番号で把握されることになります。財務省は、マイナンバーの導入を悲願として掲げています。

 所得の正確な把握ということになると、「公正、公平な制度」のために、マイナンバー導入が不可避となります。そうなると、給付付き税額控除とマイナンバーは表裏一体の関係になります。

 財務省とすれば、「天下りの確保」と「マイナンバーの導入」のどちらが良いかということになります。私が話を聞いた専門家は、「天下りの確保はいつでもできるから、やはり、マイナンバーの導入を優先したいだろう」と話しておられました。そして、「あと、重要なことは、富裕層、財産のある層には税金が重くなるだろうね」とも話しておられました。どちらの制度も富裕層、財産家層には恩恵があるというデメリットがありますから、これを是正するための富裕層・財産家層への課税は強化されるでしょう。

 消費税の論議は、国民のためにどちらが良いかという視点でやられていると思われていますが、結局は、どちらに転んでも財務省には美味しいことになっているようです。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

●「低所得者対策 自民、公明は軽減税率で足並み 民主は給付付き税額控除」
MSN産経ニュース 2012.9.27 21:42
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120927/fnc12092721440013-n1.htm

 消費税率引き上げの大前提になる低所得者対策が、次期衆院選の争点に浮上してきた。自民、公明両党が食料品など生活必需品の税率を低くする「軽減税率」の導入で足並みをそろえたのに対し、政府・民主党は所得に応じて減税と現金給付を組み合わせる「給付付き税額控除」を柱に据えているためだ。長引く景気低迷で節約を強いられている家計にとって税負担の増大は切実で、各党の政策判断が注目される。

 平成26年4月に消費税率を8%に、27年10月に10%に上げる社会保障・税一体改革関連法で積み残された課題が低所得者対策だ。消費税増税は、低所得者ほど負担感が重くなる「逆進性」が問題視され、今後の税制改正論議で具体策を急ぐ必要がある。

 自民党の安倍晋三新総裁は総裁選の公約で、「軽減税率を導入」と主張。公明党は22日に発表した公約案で、税率8%段階からの「軽減税率の導入を目指す」と明記した。これに対し、野田佳彦首相は「給付付き税額控除が基本」との立場を崩していない。

 軽減税率は買い物のたびに、恩恵が実感できるわかりやすさが魅力だ。消費税にあたる付加価値税の標準税率が20%程度と高い欧州では、食料品や新聞などで広く適用され、国民負担の緩和に役立ってきた。

 政府・民主党は軽減税率は対象品目の線引きが難しく、税収が目減りするなどの難点を指摘するが、自民党は給付付き税額控除について、正確な所得把握が困難で「バラマキになる」と強く反対している。


●「軽減税率、導入時期で自公の綱引き続く」
読売新聞電子版 2013年1月13日
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130113-OYT1T00437.htm?from=ylist


 2013年度税制改正を巡る自民、公明両党の綱引きが続いている。

 所得税、相続税を巡る調整は進んでいるものの、消費税率引き上げに伴う低所得者対策として生活必需品などの税率を抑える軽減税率の扱いは、なお着地点が見えない。両党は軽減税率を導入することでは一致したものの、導入時期で隔たりがある。

 「国民から消費税(率の引き上げ)を理解してもらうために、最も良い方法は軽減税率だ」

 公明党の斉藤鉄夫税制調査会長は、12日のTBS番組でこう強調した。

 斉藤氏と自民党の野田毅税調会長らによる11日の与党税制協議会では、軽減税率導入の必要があるとの認識で一致した。しかし、公明党が税率を8%に引き上げる14年4月から導入するよう主張するのに対し、自民党は10%に引き上げる15年10月以降を念頭に置いており、溝は埋まっていない。

 公明党は11日の協議会で、適用品目をコメなどの穀類や野菜などに限定する案を提示した。適用品目を絞れば、自民党が「軽減税率に不可欠だ」と指摘するインボイス(税額票)制度の導入も当面は不要になるとの判断だ。

 これに対し、自民党は、10%段階での導入を念頭に「軽減税率の検討チームを設けることでどうか」と妥協案を示し、決着はつかなかった。自民党も軽減税率には賛成しているものの、8%段階での導入には否定的な意見が根強い。夏の参院選前に8%段階での導入を決めれば、納税額の算出などで事務負担の増える小売店が反発し、支持を失う可能性も指摘されている。

 自民、公明両党は、14日に協議会を開き、軽減税率の導入時期について再度調整することにしている。(2013年1月13日15時45分 読売新聞)


●「民主 給付付き税額控除導入を」
NHK NEWS WEB  1月13日 18時11分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130113/k10014775491000.html

民主党の細野幹事長は、高知県南国市で記者団に対し、消費税率の引き上げに伴う低所得者対策に関連し、自民・公明両党との今後の協議では、所得に応じて給付や控除を行う「給付付き税額控除」の導入を求めていく考えを示しました。

この中で細野幹事長は、消費税率の引き上げに伴う低所得者対策に関連し、食料品などの税率を低く抑える複数税率について、「どの項目の税率を軽減するのか、本当に公平にできるのかということを考えると現実に導入できるのか、相当慎重に考えなければいけない」と述べました。

そのうえで細野氏は、「基本的には、現金を払い戻す『給付付き税額控除』によって低所得者への対応をしっかりしていきたい」と述べ、自民・公明両党との今後の協議では、「給付付き税額控除」の導入を求めていく考えを示しました。

(新聞記事転載貼り付け終わり)

(終わり)
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 古村治彦です。

 今回は、2013年2月2日に発表した文章を再び掲載します。この文章は、当時のみんなの党と日本維新の会の協力に関する動きについて書いたものです。

 2013年の前半の時点は渡辺氏が江田氏に追い落とされるのではないかと私は考えていましたが、その後、渡辺氏が江田氏を党幹事長から解任しました。そして、昨日の特定秘密保護法案の採決では、みんなの党は修正に応じていたのですが、江田氏をはじめ数名が造反するという動きに出ました。

 この動きは何を意味するのかということを今振り返って考えてみる必要があると思います。私にはどうもみんなの党内部の動きが不可解でした。しかし、今回の特定秘密保護法案をめぐる動きで何となく分かったように思います。それは、みんなの党は、米政翼賛会(私の造語。自民党・公明党・日本維新の会、そして今回からみんなの党で組まれるアメリカの言いなりになるための政治勢力。そして、現在はこの勢力しか日本の正解には存在しない)に内部に手を突っ込まれて、米政翼賛会に入らざるを得ない状況にさせられたということです。

 渡辺氏は江田氏の造反以降、自民党(と日本維新の会)を中心とする米政翼賛会に近づいていきました。江田氏らが日本維新の会という野党の振りをしている米政翼賛会の勢力と結ぼうとしたために、自分の生き残りが危うくなりました。そこで、渡辺氏は安倍氏と結ぶことで生き残りに賭けたのです。米政翼賛会側としては、みんなの党の内部で争いが起きて、主導権争いに発展し、より近づいてきた方を助けて、勢力下においてしまおうという動きがあったものと考えられます。そこには理念やイデオロギーではなく、生き残り、殺し合いしかありません。

 最初、米政翼賛会側が江田氏などを利用しておいて、渡辺氏の危機感を煽り、渡辺氏を取り込んだのだと言うことができるでしょう。

==========


 今年の1月に入ってから、みんなの党と日本維新の会の選挙協力、合併の記事と合わせて、渡辺喜美・みんなの党代表に対する攻撃記事が目立つようになりました。これらの記事は、週刊CIA日本版の週刊文春(文藝春秋社)と日刊CIAにもなれない哀れな属国メディアで、全国紙の落ちこぼれの産経新聞に掲載されています。文藝春秋社と産経新聞が海の向こうの意向を受けて渡辺氏に攻撃を加えていることは明らかです。



 渡辺氏は、日本維新の会との合併や協力について慎重な立場を取っています。確かに、渡辺氏は一時期、みんなの党と日本維新の会の合併を模索したことがありました。しかし、日本維新の会が石原慎太郎氏率いる太陽の党(今となってはもう懐かしい響きですね)と合併したことで、昨年の総選挙では選挙協力までは行いましたが、それ以降、合併の話はしなくなりました。



 一方、橋下徹大阪市長は、「日本維新の会がなくなっても」「自分が下がっても」良いので、みんなの党と日本維新の会の合併を進めたいと主張しています。「第三極」として、自民党に対抗するという姿勢を見せています。



 これに対して、渡辺氏は、「日本維新の会が政策の異なる太陽の党と合併したこと」に対して、不信を持っているということになっています。しかし、渡辺氏以外のみんなの党の政治家たちは日本維新の会との合併に乗り気で、(恐らくとしか言えませんが)渡辺氏の許可を得ることなく、選挙協力や合併に向けての話し合いをしているようです。



 私は昨年から、渡辺氏以外のみんなの党の面々は日本維新の会との合併を望んでおり、渡辺氏は孤立しているということを感じ、そのことをツイッターなどで書いてきました。いよいよそれが現実になりそうです。これには権力闘争の面とよりアメリカの意向に沿うように米政翼賛会の引き締めを図るという面があるように私には感じられます。



 みんなの党の江田憲司幹事長は、橋本龍太郎元首相の女婿であり、元通産官僚です。竹中平蔵氏や堺屋太一氏との関係も深い人物です。諸事情で今はみんなの党にいますが、元々は自民党や日本維新の会の中核、米政翼賛会の中核となる人物です。また、浅尾慶一郎氏もまた同じような人物と言えます。



 党の代表が放り出されるということは、近々であれば、亀井静香氏が国民新党から追い出されるということがありました。みんなの党もまたそのようなことが起きるのではないかと思われます。それにしても、文藝春秋も産経もアメリカの御用聞きばかりで情けなくないのでしょうか。いっそとのこと、合併してしまえばすっきりしてよいのではないかと思います。



(新聞記事転載貼り付けはじめ)



●「ミスター・アジェンダ 渡辺喜美の孤独な闘い 前門の橋下、後門の江田 みんなの党がひとりの党になる可能性も」

MSN産経ニュース 2013.2.1

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130201/stt13020122560002-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130201/stt13020122560002-n2.htm



 みんなの党の渡辺喜美代表が、日本維新の会に対し“けんか腰”の姿勢を強めている。連携を互いに模索しているはずの維新の橋下徹共同代表と舌戦を繰り広げたかと思えば、国会での維新との幹部間協議まで「どうでもいい」と一刀両断。ただ、足下の党内には渡辺氏のワンマンぶりへの不満もくすぶっており、今のところ「孤独な闘い」を強いられている。(原川貴郎)



 「維新のペースに巻き込まれてしまうと、ズルズル遅れちゃうんです…」



 1日の国会内での記者会見。夏の参院選の候補者擁立について問われた渡辺氏は、維新をこう牽制(けんせい)し、一部公認候補を月内に発表すると明言した。



 維新との候補者調整が緒に就いたばかりであることを考慮し、1月27日の党大会で予定していた候補者のお披露目を見送ったことを踏まえての発言だった。



 「維新ペース」を警戒するのは昨年8月の苦い思い出があるからだ。渡辺氏は維新に「対等合併」を持ち掛けたが、維新は渡辺氏を袖にし、旧太陽の党と合併。結局、昨年の衆院選で自民党の大勝を許す結果となり、渡辺氏は「(維新には)猛省を促したい」と発言している。



「ミスター・アジェンダ(政策課題)」を自認する渡辺氏にとって、政策の一致は譲れない一線。維新の政策にも「旧太陽系が本当に原発ゼロの路線を飲めるのか」と疑問のまなざしを向ける。



 「渡辺氏には合併を拒否しながら、政策的に異質の旧太陽と合流し、今になって結婚したいと言ってくる橋下氏への不信感がある」



 そう解説するのはみんなの党幹部。橋下氏がみんなの党と民主党の一部を巻き込む形での新党結成に言及するなど、野党再編の主導権を握ろうとしていることも、「元祖第三極」を自負する渡辺氏の神経を逆なでしているようだ。



 だが、そんな渡辺氏の「不信感」は、党内をも覆いつつある。



 維新との連携話を進める江田憲司幹事長の動きすら、「選挙協力の権限の持ってない人たちが集まっているわけで、どうでもいい話」とこき下ろしたのだ。これには党内から「本来、選挙は幹事長マター。江田さんの立場がなくなる」との声が出ており、江田氏との主導権争いの様相を呈している。



 前門の橋下氏に、後門の江田氏。このままでは渡辺氏が孤立し、みんなの党が「ひとりの党」になりかねない。



●「「もう少し大人の政治家に」 橋下氏、みんなの党との合流に期待「維新なくなっても…」」

MSN産経ニュース 2013.1.28

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130128/stt13012814280003-n1.htm



 みんなの党の渡辺喜美代表が今夏の参院選に向けた日本維新の会との合流に否定的な姿勢を示していることについて、維新の共同代表に就任する橋下徹大阪市長は28日、「自公政権への対抗勢力となる新しい大きな政党をつくり、参院選で選択肢を示したい。そのために維新がなくなっても構わない」と重ねて合流に期待感を示した。



 渡辺氏は、維新が昨年の衆院選直前に太陽の党と合流して以降、維新について「政策が分からなくなり信頼が壊れた」との発言を繰り返し距離を置いている。



 これに対し、橋下氏は「反省すべきところは反省する」としつつ、みんなとは政策が基本的に一致しているとの認識を表明。両党の合流を求め、「どちらが吸収するとかではない。渡辺代表が気に入らないなら僕が引いても構わない。もう少し大人の政治家になってほしい」と述べた。



 一方、自民については「既得権を打ち破り、新しい社会構造をつくるというスタンスが決定的に違う」と対決姿勢を鮮明にした。



●「維新との幹部級協議、渡辺代表「どうでもいい」」

読売新聞電子版 2013.2.1

http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/news/20130131-OYT1T01205.htm?from=ylist



 みんなの党の渡辺代表は31日、国会内で記者団に対し、同党と日本維新の会の幹部級協議について、「選挙協力などの権限を持っていない人たちが集まっているのだから、どうでもいい話だ」と語った。



 国会内で同日開かれた幹部級協議には、維新の会の松野頼久国会議員団幹事長とみんなの党の江田幹事長らが出席し、協議の定例化で合意した。両党の政調会長らは30日、10項目の基本政策でも合意。夏の参院選の選挙協力に向けた連携の動きに、渡辺氏が冷や水を浴びせた形だ。



 維新の会幹部は31日、渡辺氏の発言について、「ひどい発言だ。江田氏の立場もなくなる」と憤った。みんなの党内では、「選挙協力を主導する江田氏と渡辺氏の主導権争いが激化している」との見方が出ている。



2013210804 読売新聞)



(新聞記事転載貼り付け終わり)



(終わり)

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 古村治彦です。  

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古村治彦拝

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