古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。

2014年05月




アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

 今回は、オバマ政権の外交政策の新方針が発表されたことについての論稿をご紹介いたします。この新方針についてより考えていきたいと思います。現実主義的な外交政策を強めようとするオバマ政権と介入主義的な外交政策を主張する議会のタカ派との戦いがあるようです。

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ホワイトハウスが新しい外交政策攻勢を発表するためにウエストポイントでの演説を利用(
White House To Use West Point Speech To Launch New Foreign Policy Offensive

 

ジョン・ハドソン(John Hudson)筆

2014年5月27日

フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌

http://thecable.foreignpolicy.com/posts/2014/05/27/white_house_to_use_west_point_speech_to_launch_new_foreign_policy_offensive

 

 バラク・オバマ大統領は外交政策に関して左派と右派両方から攻撃を受けている。この攻撃に対して、オバマ政権は、ウェストポイント(米陸軍士官学校)での大統領の演説を使って反撃をしようとしている。この演説の中で、アフガニスタン、シリア、アフリカでのイスラム教民兵への対処について語る予定である。

 

 水曜日に行われるウエストポイントの卒業式でのオバマ大統領の演説の内容は、議会の強硬派を満足させるものではないだろう。強硬派はホワイトハウスに対して、シリアの反政府勢力により多くの武器を送り、ロシアと対峙しているウクライナに軍事支援を行うように圧力をかけている。また、アルカイーダの復活を予防するためにアフガニスタンに米軍を駐留させるように圧力をかけている。しかし、オバマ政権が発表する新しい外交政策方針は、主にパートナーとなる国々の軍隊を訓練することに重点が置かれている。この新方針は、世界各地で煙が上がっている状況下で、ホワイトハウスは何もやっていないという批判に対する反論となるだろう。オバマ大統領は嫣然の中で、政権の外交政策の中心となる考えを明らかにするだろう。この考えは、「コストがかかり、流血が伴う制限のない戦闘に関わる危険性を最小化することが可能となる代理勢力を使用する、そして中程度の目的を設定する」というものだ。オバマ政権は、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の野心的な目的(最終的な達成されなかった)とは異なる目的を設定している。

                                                                                                                

水曜日の演説の中で話される内容の中で最も重要な発表の一つは、シリア国内の反政府勢力の穏健派に訓練と装備の供与を行うという新しい軍事プログラムになるだろう。これまでの報道によると、ウエストポイントでの演説の中で、オバマ大統領は、シリアの反政府勢力への支援を拡大し、同時にシリアの近隣諸国に対する支援も拡大するという方針を発表するようである。このような新方針は、米上院議員のボブ・コーカー(テネシー州選出共和党所属)やジョン・マケイン(アリゾナ州選出共和党所属)のような、オバマ政権に対して強硬な批判を続ける人々を黙らせることはないだろう。しかし、シリアの反政府勢力からは珍しく賞賛を受けている。

 

 この数カ月、反政府勢力の指導者たちはより強力な武器を供与するように要求している。戦闘機を撃墜できる肩掛けのミサイル発射装置の供与とアサド政権側の優位な火力から反政府勢力を防衛し、シリア国内の急進的な反政府勢力と戦うための訓練を行うように要求している。国防総省とCIAの高官たちは対照的に、アメリカが供与した武器がイスラム急進派の手に落ちて、西洋諸国に対して使われることを心配している。CIAは、指紋のスキャンとGPSを使うことでこの問題に対処しようとしている。

 

 オバマ政権がシリアの反政府勢力にどの程度の支援を与えるのか明らかになっていないが、最近オバマ政権の関係者たちと会談したシリアの反政府勢力のメンバーたちは、新しいプログラムを賞賛した。反政府勢力であるシリア連合のスポークスマンのオウバイ・シャーバンダーは、『フォーリン・ポリシー』誌の取材に対して、「新しいプログラムの導入は潜在的に大きなチャンスとなる」と答えた。シャーバンダーは続けて「訓練プログラムの拡大は反政府勢力がアメリカ側に要求していたものの一つである。私たちはこの点を楽観している」。アメリカ議会はこの点では楽観的な姿勢を取っていない。連邦下院議員クリス・スミス(ニュージャージー州選出共和党所属)は下院外交委員会のヴェテランメンバーである。スミスは、シリアの反政府勢力に最終的な支援が与えられるまで安心はしていないと語っている。彼は、あるインタビューで次のように述べている。「欺瞞の後に現実はやってこない。シリアで殺戮が始まったばかりの段階で私たちは何もしなかった。その結果、私たちは殺戮が行われているのを、指をくわえて見続けるしかできなくなった」

 

 しかし、演説に先立ってマスコミにリークされた政権の外交政策における新方針はこれだけではない。北部および西部アフリカのリビア、ニジェール、モーリタニア、そしてマリに特殊部隊の兵員を送り、対テロエリート部隊の訓練を行うということもオバマ政権は決定している。これによって、イスラム急進テログループであるボコ・ハラムのようなテログループが活動している国々の軍隊が対テロ部隊を創設し、テロの脅威と対峙できるという希望が生まれている。ボコ・ハラムは最近約300名のナイジェリアの少女たちを誘拐したことで人々に知られるようになった。『ニューヨーク・タイムズ』紙は、米陸軍のグリーンベレーとデルタフォースの要員がアフリカ諸国の軍隊を訓練するために派遣され、国防総省の機密費から資金が送られると報道している。オバマ大統領の目標は、コストのかかる地上戦にアメリカ軍を直接投入することを避け、同盟諸国の軍隊を訓練して、各国の対テロ能力を向上させるというものなのである。

 

 大統領の演説の前に出されたもう一つの大きな発表は、アメリカ軍のアフガニスタンからの撤退である。オバマ大統領は火曜日、アメリカ軍のアフガニスタンでの任務は2014年いっぱいで終了すると発表した。同時に、オバマ大統領は、アメリカ軍の兵員9800名を2014年以降もアフガニスタンに駐留させ続けることも明らかにした。この目的は、アフガニスタン軍の訓練とアルカイーダに対する対テロ作戦の支援である。ホワイトハスのローズガーデンでオバマ大統領は演説を行った。その中で次のように語っている。「私たちは始めた仕事を仕舞おうとしているのだ」

 

 オバマ大統領はここでも直接戦闘を行うのではなく、同盟諸国の軍隊を訓練することを選んでいる。しかし、オバマ大統領の決定は、議会におけるタカ派、ハト派両方を満足させるものではない。

 

カリフォルニア州選出の米連邦下院議員で進歩的な人物であるバーバラ・リーは次のように語っている。「戦争が始まって13年経った。この期間で分かったことは、アフガニスタンでは軍事力を使っても問題は何も解決できないということであった。もっと早く決定すべきであったが、アフガニスタンにいる米軍は全て撤退させる時期だ。アフガニスタンにこれからも米軍を駐留させ、予算を使うのなら、少なくとも議会で議論をし、採決すべきだ」

 

 クローカーのような共和党内の保守派の多くはオバマ大統領が2014年以降も一定の兵員をアフガニスタンに残すと決定したことを歓迎した。しかし、共和党の一部からは、オバマ大統領がアフタニスタンからの米軍の撤退の日にちを明確にしたことに対して批判が出ている。

 

 米下院議員で米下院軍事委員会の委員長ハワード・“バック”・マキノン(カリフォルニア州選出共和党所属)は声明の中で次のように述べている。「アフガニスタンでの任務に恣意的に期限をつけるというのは戦略的な感覚に欠けた行為であると言わざるを得ない。アフガニスタンの人々がテロの脅威に対処できるようになってからアメリカは撤退すればよいのであって、政治的な事情で期限を決めて、我が国の安全保障をないがしろにして、それで支持率を挙げようとするのはおかしい」

 

 民主党内のタカ派は右派からの批判を非難した。米下院外交委員会の幹部委員であるエリオット・エンゲル(ニューヨーク州選出民主党所属)は次のように語っている。「率直に言って、共和党はオバマ大統領が何をやっても批判しかしない。オバマ大統領が米軍をすべて撤退させても、批判するだろう。その期日を決めても、批判するだろう。米軍の駐留を続け、その後に撤退期日を決めても、優柔不断だとして批判するだろう」

 

 アメリカ議会はオバマ大統領の抑制的な外交政策姿勢に対してかなり批判的であるが、最近の世論調査が示しているように、アメリカ国民の多くは介入主義的なアプローチに

反対している。2014年4月末、ウォールストリート・ジャーナル紙とNBCの共同世論調査によると、ほぼ半数の人々が「アメリカが世界においてあまり活動的である必要はない」と答えている。より積極的な関与に賛成したのは5分の1にも満たない数であった。

 

(終わり)







 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12







 

 古村治彦です。

 

本日は、今回のインドの総選挙で次期首相になることが決まった、インド人民党のナレンドラ・モディ(1950年~)に関する論稿(ウェブサイト「ザ・ディプロマット」に2014年5月16日付で掲載)のポイントをご紹介します(http://thediplomat.com/2014/05/narendra-modi-indias-shinzo-abe/?utm_content=bufferb8728&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer)。この論稿のタイトルは、Narendra Modi: India's Shinzo Abe India’s next prime minister has much in common with Japan’s nationalistic incumbent」というもので、訳しますと、「ナレンドラ・モディ:インドの安倍晋三 インドの次期首相は日本のナショナリステイックな現職首相と多くの共通点を持っている」となります。

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著者のブラウマ・チェラニー(Brahma Chellaney)氏はインドのニューデリーにある政策研究センターで戦略研究を専門とする教授を務めている人物だそうです。

 

 アメリカの戦略はどうもアジアにおける中国封じ込め、地域大国としての台頭を阻止するもしくは遅らせるということで、対中シフトとも言うべきシステムを構築しようとしています。日本、フィリピン、ヴェトナムに加えてインドもそのシステムの中に入ってきそうです。ナレンドラ・モディという人物もそのために育てられていた人物のようです。安倍首相と同じように。ナショナリスティックな人物たちがアメリカの利益のために対中強硬姿勢を取る、そして、中国を除いた新しいアジア地域システムを作るというのは、大変危険な動きであると思います。また、このような人物たちの動きは、なにか「大東亜共栄圏(Great East Asia Co-Prosperity Sphere)」の幻影を見ているかのようです。

 

 ですから、以下のような、「モディは、インド版の安倍晋三だ」という論稿が出るのだと思います。ただ、インドは日本などよりも人口が多く、位置的にも重要なところを占めているために、アメリカに大事にされるだろうとは思われます。

 

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①インドのナレンドラ・モディ新首相は安倍晋三首相と似ている。経済成長(国内、国外の投資を促進する)に注力しながら、中国中心のアジアの出現を阻止するために、同じ目標を持つ国々との協力関係を強化することが期待されている。

 

②モディと安倍の共通点は、ソフトなナショナリズム、市場志向の経済政策、新しいアジア主義(アジアの民主諸国家との関係を強化し、戦略的なパートナーシップを構築する)である。

 

③モディは1947年のインド独立後に生まれた人物で初めて首相になった。安倍は第二次世界大戦後に生まれた人物で初めて首相になった。

 

④モディは貧しい家の出身であるが、安倍首相は華麗な政治一族の出身である。

 

⑤インドは世界の人口の6分の1強を抱える大国であるが存在感が薄い。モディは外交面で多くの課題に直面することになるだろう。この点は安倍首相と共通している。

 

⑥国際的な地位の面でインドは中国に大きく引き離されている。インド国民の多くはモディに新しい方向性を示してほしいと願っている。インドは「裏庭」である、ネパール、スリランカ、モルディヴに対する影響力を低下させている。ブータンが唯一インドに南アジアにおける戦略拠点となっている。

 

⑦インドは、共に核兵器を保有している中国とパキスタンの協力関係と対峙しなければならない。モディ新政権はムンバイで起きたテロ攻撃のようなパキスタンが絡むような事件が起きた場合には、軍事的な報復などを行う可能性もある。

 

⑧米印関係は外交上の緊張や貿易関係の紛争でギクシャクしている。モディはこの問題にも直面することになる。モディは市場志向の経済政策と軍の近代化を主張している。これはアメリカのビジネスにとって新しい機会となるだろう。そして、米印関係を新しいステージにまで引き上げることになるだろう。

 

⑨アメリカの戦略的な利益は、アメリカの武器セールスを促進することになり、軍事力の共同運用の道筋を作ることにもつながる新しい防衛関係と貿易関係の促進によって、増進される。アメリカは他のどの国よりも、インドとの軍事演習を緊密化させている。

 

⑩モディは米印関係を正常化させることになるだろうが、最初はビジネスライクなものとならざるを得ないだろう。アメリカは2005年にモディ(当時はグジャラート州首相)がヒンズー教徒とイスラム教徒との間で起きた暴動に絡んだとしてヴィザを出さなかったことがある。

 

⑪対照的に、モディは日本とイスラエルからはい扱いを受けた。モディは2007年と2012年に日本を訪問した。この時、ビジネスを歓迎するグジャラート州に対する日本からの投資を呼び込む道筋を作った。

 

⑫モディの勝利でインドは日本との関係をより重視するようになる。これはアメリカの勧めもある。インドは東アジアと東南アジアのアメリカ同盟諸国との関係を強化するだろう。安倍首相は、「日印関係は世界に存在する他のどの二国関係よりも大きな可能性を秘めている」と主張している。

 

⑬日印協商(Japan-India entente)はアジアの戦略的な地図を変更させる。モディの勝利は安倍の勝利に起因している。

 

(終わり)

野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23






 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 本日は、2014年5月23日に発売になりました、『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(オーヴィル・シェル、ジョン・デルリー著、古村治彦訳、ビジネス社、2014年)を皆様にご紹介します。

 私にとって初めての中国の歴史に関する本の翻訳となりました。第一次アヘン戦争から現在までの中国近現代史を網羅した一冊となっています。ページ数が多く、値段も高くなってしまい、皆様にはご迷惑をおかけします。しかし、これを1冊持っていれば、中国の近現代史に関しては大丈夫という一冊になっております。下には本書の原著の書評を掲載しております。参考にしていただければ幸いです。

 どうぞお手にとってご覧ください。お値段以上の価値があると確信しております。

 どうぞよろしくお願い申し上げます。


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サウスチャイナ・モーニングポスト紙 2013年8月11日

 

http://www.scmp.com/lifestyle/books/article/1295492/book-review-wealth-and-power

 

「書評:『野望の中国近現代史 帝国は復活する』」

 

アレックス・ロー(Alex Lo)筆

 

中国語の「中国(zhongguo)」を皆さんはどのように理解し、訳しているだろうか?この疑問の答えで、貴方が中国についてどう考えているか、そしてどのような前提条件やバイアスを中国に対して持っているかが分かる。極めて単純に言えば、中国は「中国(China)」ということになる。しかし、中国という言葉を構成する2つの漢字である「中」と「国」を分析すると、「中国(Chinese nation)」と「世界の真ん中にある王国(the middle kingdom)」という2つの解釈ができる。

 

「中国(Chinese nation)」という訳語は、イギリス、日本、アメリカといった近代的な、そして政治的に中立なただの国名である。しかし、「世界の真ん中にある王国(the middle kingdom)」という訳語は、西洋諸国のメディアが中国の排外主義と孤立主義を示唆する際に頻繁に使う言葉である。

 

 『野望の中国近現代史』の中で、中国は「中心の王国(the central kingdom)」と訳されている。「中(zhong)」という言葉を「真ん中の(middle)」ではなく、「中心の(cetnral)」と訳す方がより正確だ。それは、「中」という漢字は、地理的な中心性ではなく、政治的、文明的な中心性を示すからだ。そして、中国の支配者たちが数世紀にわたり中華帝国が占めてきた国際社会における地位を取り戻したいとして奮闘してきたことを理解する上で、「中」という漢字を理解することは重要なのだ。

 

 第一次アヘン戦争に敗北して、中国は世界の中心から引きずりおろされた。第一次アヘン戦争の敗北の結果、中国人は心理的に大きな傷を受けた。この傷は、中国の支配エリート層と知識人たちの間に世代を超えて受け継がれていった。これこそが本書の大きなテーマである。西洋列強と日本によって恥辱が与えられ、それを雪ぐために、富強を通じて国家を復興(rejuvenation)させるために中国は奮闘してきた。

 

 こうした物語は良く知られたものだ。本書『野望の中国近現代史』の著者オーヴィル・シェルとジョン・デルリーが行った、他の本との違いは、清朝から現代までの「改革者(reformers)」として知られる11名を取り上げ、中国の崩壊と復活の物語を紡ぎ出したことである。

 

 『野望の中国近現代史』は、西太后を中国の改革者の中に含んでいるがこれは驚きであった。彼らの取り上げた人物たちは改革者であるが、とても現実的なリストである。本書の半分以上を孫文、蒋介石、毛沢東、鄧小平、朱鎔基が占めている。しかし、本書は、彼らよりもあまり知られていいない清朝の官僚たちである、魏源と馮桂芬、そして、更に読者を脅かせるのは、西太后を取り上げていることである。

 

 私にとって本書の前半部が最も興味深い部分だ。著者たちは細心の学問研究の成果を利用して、西太后の歴史上の悪名に関して見直しを行っている。西太后は儒教特有の女性蔑視と西洋の幻想に基づいたオリエンタリズムによって、頑迷な保守派であり、中国の崩壊に大きな責任を負っていると言われてきた。

 

 実際、西太后は地方レベルでの改革を進め、李鴻章のような改革志向の有能な官僚たちを周囲に置いた。1895年、日清戦争に敗れた清は、李鴻章を日本に派遣し、日本との間で屈辱的な下関条約を締結した。この条約で、清国は朝鮮と台湾を日本の勢力下に引き渡し、条約港のいくつかを開港した。この条約の締結前に、李鴻章は、流ちょうな英語を話す、日本の明治維新の立役者、伊藤博文と議論を行った。その様子は、シェークスピアの悲劇に出てきそうな場面である。

 

 本書『野望の中国近現代史』は、梁啓超と陳独秀に関して章を立てて取り上げている。こうした人物たちは、五四運動(May Fourth Movement)と中国共産党に関して研究している人たちにはなじみ深い人物であるが、一般にはあまり知られていない。

 

 本書で最後に取り上げた重要人物は、現在投獄中の反体制知識人でノーベル平和賞受賞者の劉暁波である。著者のシェルとデルリーは劉暁波について活き活きとした、そして詳細な描写を行っている。著者たちは、劉暁波がキャリア書記で中国の文学界においてどれほど恐れられた人物として登場し、影響力を増していったか、そして文学上の論争を数多く行ったかを描写している。そして、1989年6月4日の六四(第二次)天安門事件を経験して、現在、西洋諸国で賞賛を受けるような、人道主義者へと変貌した様子を詳細に描いている。

 

 劉暁波は西洋流の人権と民主政体を普遍的なものだと主張しているので、中国本土には支持者はあまりいないが、海外には多くの支援者がいる。

 

『野望の中国近現代史』は学者たちの書いた素晴らしい内容の本である。私は本書を読む際に、一緒にパンカジ・ミシュラ(Pankaj Mishra)の『帝国の残滓:アジアを作り直した知識人たち』を読むことを提案したい。この本もまた梁啓超と孫文を取り上げている。ミシュラの『帝国の残滓』を併せて読むことで、中国の改革者たちが、西洋の支配に抵抗しながらも西洋の科学、技術、イデオロギーから学んだアジアの人々の中の大きな部分を占めていることをより理解できるだろう。

 

(終わり)

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フィナンシャル・タイムズ紙 2013年7月14日

 

http://www.ft.com/intl/cms/s/2/deae9dec-ea41-11e2-b2f4-00144feabdc0.html#axzz2hRKlRYDF

 

「中国の現実政治の誕生と再生」

 

デイヴィッド・ピリング(David Pilling)筆

 

アジアの大国の過去と現在を理解する手助けとなる研究

 

 孔子は「礼儀作法と公正さ(propriety and righteousness)」こそが国家の基礎であり、「力と利(power and profit)」は国家の敵であると教えた。鄧小平によって進められた、富の創造を目的とした諸改革は、孔子の教えが間違っていることを証明することに貢献した。

 

本書『野望の中国近現代史』は素晴らしい本である。著者であるオーヴィル・シェルとジョン・デルリーは中国を専門とする学者である。彼らは、中国近現代を彩った偉大な思想家たちの知的な苦闘を描いている。著者たちは「中国近現代史の偉大な思想家たちの業績に共通する目的は次のようなものだ」と結論づけている。それは、外国の侵略と国内の機能不全の下で19世紀において崩壊した中国をどのように強く、豊かにするかというものであった。

 

 「富強(富と力、wealth and power)」という概念は、紀元前221年に秦の始皇帝の下で中国が統一される前から存在するものである。法家(Legalists)として知られる学者たちのグループは孔子に対する批判者として登場した。彼らは調和の取れた社会という孔子の考えを否定し、現実政治(realpolitik)と私たちが呼ぶものを主張した。法家思想の韓非子は極めて簡潔に現実政治に就いて次のように書いている。「賢い支配者が富と力の術を手に入れたら、彼は望むものを何でも手に入れることができる」

 

19世紀、「富国強兵(rich nation, strong military)」という概念の実現に邁進したのは中国ではなく、日本であった。明治新政府の指導者たちは、外国からの侵略に抵抗するためには、日本の国富と技術力を増進させねばならないと決断した。そうすることでのみ、外国人(野蛮人)を排除できるのだと確信していた。

 

 中国では、法家思想の伝統(Legalist tradition)は孝行と忠誠という儒教の概念によって制限をかけられてきた。『野望の中国近現代史(原題はWealth and Power)』の著者たちは、中国の再生は現実的な法家思想のルーツの再発見が基礎になっていると主張している。本書は外国の優越と機能不全に陥った国内システムをどのように克服するかという問題と格闘した知識人たちの人生を描くことで、中国の近代化のプロセスを追っている。著者たちは、20世紀初期の思想家たちの考えを丁寧に追いかけている。彼らは梁啓超から孫文、蒋介石、毛沢東、鄧小平を取り上げている。

 

 本書の前半部は特に興味深い。それはこれまで私たちにとって馴染みの少ない人物たちが取り上げられているからだ。魏源(1794~1857年)は中国の軍事面での立ち遅れと劣勢に関して多くの書物を書き残した学者であった。そして、長い間無視されていた法家思想に注目し、蘇らせた人物である。魏源は、「賢王」と言えども、臣民たちを豊かにし、国家を強くしなければならないと書いている。

 

 中国は第一次アヘン戦争(1839―1842年)によって、イギリスから恥辱が与えられた。その後、魏源は日本の明治維新の元勲たちと同じ結論に達した。それは、中国は外国に目を向け、その偉大さを回復させるべきだ、というものだった。魏源はまた、中国が恥辱を被ることが中国に変化をもたらすための強力な誘因となるとも主張した。魏源は、「恥辱を感じることは勇気を生み出す」と書いている。この感情は、毛沢東の1949年の建国宣言の中にある有名な一節である「中国は立ち上がった」につながるものだ。この屈辱感は現在の中国の若者たちの中にも燃え上がっており、著者たちは「過剰な愛国主義(hypersensitive patriotism)」と呼んでいる。

 

 本書『野望の中国近現代史』は、中国の哲学と革命におけるドラマの中で活躍した主役たちの人生を、いきいきとそしてしっかりした構成で書いている。私たちは本を読むことで、鄧小平が登場するまで、無秩序のひんぱんに流れが変わるので分かりにくい中国史を全体として理解でき、納得できるようになる。この本で取り上げられている快苦者たちは全て恥辱を乗り越え、国家の富強(富と力)を確保することを目標としていた。

 

 鄧小平は働きながら学ぶためにヨーロッパに旅立つ前に、父親に向かって「中国は弱い。私たちは中国を強くしたい。中国は貧しい。私たちは中国を豊かにしたい」と語った。現在、習近平国家主席は「中国夢(チャイニーズ・ドリーム)」という概念を提唱しているが、これは、2つの目的を含んでいる。それは中国を繁栄させ、「中国の国家としての復興(rejuvenation of the Chinese nation)」を保証するというものである。

 

 『野望の中国近現代史』は、この伝統の中に、毛沢東が支配した狂気と野蛮の時代を位置づけている。1912年に書いた初期のエッセイの1つの中で、毛沢東は、本書の著者たちが「法家たちが強調する、強い指導力、厳格な権威主義的コントロール、中央集権主義、司法と刑罰の妥協の余地のないシステム」と呼ぶものを賞賛した。毛沢東は、多くの犠牲者を出した集産化闘争を通じて封建制度を破壊した。その結果、鄧小平は全く白紙から経済改革を進めることができたと著者たちは書いている。鄧小平が継承した中国は、「4000年の伝統から脱する」ことができていたのである。

 

 しかし、それが現在の中国に深刻な問題を残してしまっている。もし中国の台頭が法家思想の「効果のあるものは何でも使えアプローチ」の勝利だとするならば、儒教の道徳観は、現在の中国においてどこに存在できるだろうか?本書の最後に取り上げられている人物は劉暁波である。彼は現在投獄中であるが、ノーベル平和賞の受賞者である。彼はこれまで一貫して中国共産党の中心的な役割をことごとく批判してきた。彼は、国の誇りを取り戻すとして中国共産党がやっていることは、非人道的な統治であり、世界に対して、「中国は野蛮な方法で富強の追求を行っている」と印象付けているだけに過ぎない、と考えている。

 

本書で取り上げられた思想家たちの多くは彼らが生きている時代には主流から外れた存在となった。中国共産党創設者である陳独秀は世の中から忘れ去られたまま亡くなった。しかし、彼らの考えは現在の中国のプロジェクトの中に息づいている。本書の著者たちは、劉暁波が唱える人気のない主張でさえも現在の中国で重要な役割を果たしていると主張している。

(終わり)

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(終わり)






 

 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12


⑦最後に

 

 自民党の憲法改正草案には、微妙なしかも目に見えにくい仕掛けがいくつもしてあって、素人には見抜けない落とし穴がいくつもあります。憲法草案作りに参加した自民党の政治家たちの多くが高級官僚出身者たちです。官僚たちのずるい言葉遣いを「霞が関文学」と揶揄しますが、自民党の憲法草案はまさに霞が関文学の傑作です。こうした落とし穴に嵌らないために、プロによる解説や批判を読むことは大変に重要なことです。

 

自民党の改憲草案に対しての批判は、つまるところ、立憲主義についての無理解と人権擁護の後退・義務の強化にあると思います。立憲主義と人権擁護は憲法にとって普遍的な要素です。少なくとも世界の先進諸国と呼ばれる国々の憲法はこれらを根本要素にしています。自民党の改憲草案はそれらが欠如している、もしくは稀薄であるという点で、世界の普遍性を無視した憲法草案と言うことができます。

 

 安倍晋三首相や麻生太郎財務相(元首相)は「自由の弧」「価値観外交」という言葉を使います。同じ価値観を持つ国々で連携しましょうということですが、本当のところは中国包囲網をやりましょうという意味です。しかし、国の形(Constitution)を決めるのに、こうした復古調、世界の普遍的な要素を否定する日本に対して、世界の先進諸国が「同じ価値観を持っている仲間だ」と考えてくれるものでしょうか。私はそうは思いません。国の根幹が違うのに、仲間だと思ってもらえる訳がありません。

 

 自民党が提出している改憲草案は包括的なものですが、一番の狙いは現在の日本国憲法第9条を変更して、自衛隊の海外派兵を容易にし、その派兵先で戦闘行為ができるようにするというものだと私は考えます。憲法9条が落とすべき本丸で、他の復古調の部分はできたらやる、出来ることを期待していないという程度のものではないかと思います。これは、アメリカによる日米軍事力共同運用(自衛隊の米軍下請化)だけはどうしても進めたいということだと思います(アメリカとしてはその副作用で安倍政権みたいなのができて少し困っていると思いますが)。

 

 アメリカは現在、財政は厳しいですし、一番の金食い虫であるアメリカ軍を削減従っています。しかし、世界の覇権を逃したくはないし、台頭している中国にはアメリカ国債を買っては貰っているが、できたら台頭を抑えたい、少なくとも邪魔したいと思っています。そこにあるのが日本です。日本が自衛隊を米軍と一緒に動かせるようになれば、中国に対しての立派な「かませ犬」になります。アメリカは自国の軍事力の一部を日本に肩代わりさせることができます。そうした流れの中の改憲というのは正しいことでしょうか。私はそう思いません。今の憲法を変える緊急の必要性はないと考えます。

 

 日本国憲法には足りない部分はあるでしょう。それら改正すべきところを改正するのではなく、9条に的を絞った改憲というのは国民の多くが望まないものです。いくら危機を叫んでみても、国民もそこまで馬鹿ではありません。しかし、完璧でもありませんから、やはり冷静になってしっかりと自分の頭で考えるようになることが重要だと思います。ポイントをつかみ知識を得れば、それだけで自分たちのことを最終的に守ることになります。そして、どれだけ面倒くさくてもやはり考え続けること、疑い続けること(師である副島隆彦先生は常に疑うことを基本にし、弟子たちにもそのことを教えています)だと思います。

 

 憲法は英語でconstitutionと言います。このconstitutionという言葉には、日本語で「構造、構成」の意味があります。憲法は法律の中でも最高の「私たちが生きる国の形」を定めたものです。それが現実に合わなくなっているので変えることはあるでしょう。日本国憲法には憲法改正に関する条文があります。ですが、あまりに安易に変えることはできないようになっています。自民党はそれを変更し、9条を変更しようとしています。今の憲法下でベストを尽くすことなく、あらゆる手段を用いて、「衆議院と参議院の総議員数の3分の2の賛成を得て発議し、国民投票を行う」ということを行おうとしません。これまでもしてきませんでした。そして、憲法を変える要件だけを変えようとしています。

 

 繰り返しになりますが、憲法を変えた方が良い、憲法を変えない方が良いと色々な意見があります。私の周りでも自分の意見を述べる人はいます。それぞれ自分なりに考えた意見だと思います。ですが不誠実なやり方で憲法を変えるということは、改憲を主張する人々も望んではいないでしょう。なぜなら、そのような不誠実なやり方で変えられた憲法には正当性など存在しないのですから。
 

  

(参考文献)

 

小林節著『「憲法」改正と改悪 憲法が機能していない日本は危ない』(時事通信社、2012年)

伊藤真著『憲法問題 なぜいま改憲なのか』(PHP新書、2013年)

伊藤真著『憲法は誰のもの? 自民党改憲案の憲章』(岩波ブックレット、2013年)

小林節著『白熱講義! 日本国憲法改正』(ベスト新書、2013年)

小林節、伊藤真著『自民党憲法改正草案にダメ出しを食らわす!』(合同出版、2013年)

舛添要一著『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書、2014年)

 

(終わり)




 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12

 

古村治彦です。

 

 4月末から5月初めにかけて大型連休(ゴールデンウィーク)がありました。5月末に刊行される『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(オーヴィル・シェル、ジョン・デルリー著、古村治彦訳、ビジネス社、2014年)の仕事が一段落し、かねて関心を持っていた憲法問題、改憲について自分なりに勉強しようと思い(憲法記念日もありましたので)、以下に挙げた参考文献を読みました。憲法の授業は大学学部時代に受講したのですが、中身は全く覚えていません。熱心な学生でもなく、何とかお情けで単位を貰えたくらいでしたので、大学時代の先生はきちんと教えて下さったと思いますが、改めて勉強することにしました。「若い時にきちんと勉強しておけばよかったな」という後悔もありますが、年齢を重ねたことで理解力は増しただろう(記憶力は減退したのは確実ですが)、ということを頼りに勉強しました。

 

 私が選んだ文献は筆者が偏っていると思われるかもしれません。ですから、私の理解は一面的な、「偏った」ものかもしれませんが、しかし、個人の考えは不可避的に「偏る」ものであり、全く同じということもないのですから、それは自然であり、当然であると考えます。前置きが長くなりましたが、私が納得し、納得したことを基にして考えたことを以下に書いていきます。

 

 自民党の憲法改正草案というものが2012年に発表されています。私が読んだ本の著者たちはこの自民党の憲法改正草案を叩き台にして

 

①立憲主義(Constitutionalism

 

 どの本の筆者もまず掲げているのがこの「立憲主義」という言葉です。この言葉について、それぞれの筆者が分かりやすく言い換えていますが、立憲主義とは「人々の人権を最大限擁護し、国家が暴走しないように憲法で国家を縛る」ということです。憲法擁護遵守義務が公務員にのみ課せられているのはこのためです。憲法は国民が国家に与える縛りということです。国家が国民を縛るものではありません。他の法律は国民を縛るものです(国民の代表である政治家が主権者である国民を縛る法律を作ります)。ですから、憲法に国民が果たすべき義務というのは少ないのも当然です。現在の日本国憲法では、「納税、勤労、教育を子女に受けさせる」の3つが国民の義務となっています。ただ、人権に関しては、濫用しないように、「公共の福祉に反しないように」という条文があります。

 

②義務と権利

 

 「近頃の日本人は過度の個人主義と行き過ぎた権利意識のためにダメになっている。それが社会に反映されている」という主張があります。自民党の憲法改正草案作りにもそうした考えが反映されているようです。「権利と義務は表裏一体だから、責任感を持て」という主張をする人々もいます。そして、自民党の改憲草案には国民の義務規定がたくさん入っています。しかし、小林節教授も伊藤真氏もこの点について、「それは違う」と指摘しています。ある個人が権利と義務を一体として持たない場合はいくらでもあるということ、そして、憲法は国を縛ること、国に義務を課すことが目的で作られたものであり、国民に義務を課すためのものではないと指摘しています。この点は良く議論されるところですが、両氏の指摘は大変に説得力がありました。

 

③愛国心のような心情、信条の問題

 

 自民党は2005年にも憲法改正案を出しているのだそうです。この時は「愛国心」を持つことを義務化するような条文もあったそうですが、小林節教授、伊藤真氏は「心」の問題に憲法が踏む込むべきではないとしています。国民が国を愛する心を持つのは強制ではなく、自発的であるべきで、政治家はそのために努力をしなければならないのに、憲法に書いて強制するという愚挙を行うのは大きな間違いだと両氏は指摘しています。また、どうしても愛国心を持てない人々が少数派になってしまう場合もあります。そうなると、憲法を基にしてそうした人々を弾圧することも可能となります。人権尊重を重要な要素とする憲法が人々を弾圧する道具になってしまうのはおかしなことです。また、そのような危険性は低いとなっても、そうした可能性はできるだけ排除しておくことが必要ではないかと思います。

 

④「公益及び公の秩序」という言葉

 

 自民党の改憲草案には「公益及び公の秩序」という言葉が多く出てきます。伊藤真氏はこの点を警告的に指摘しています。これに反する表現の自由も結社の自由も認められないということになります。ここで出てくる「公」という言葉がなかなか曲者です。英語ではpublicがその意味になると思いますが、私はこれを「人々の」と訳したいと思います。しかし、自民党的な使い方では、state-centeredgovernment-orientedになるのではないかと思います。国家や政府の利益、それらにとって好ましい秩序ということになるのではないかと危惧します。

 

⑤自衛権

 

 自民党の改憲草案には、自衛権が明記されています。そして、自民党の説明では、「自衛権という言葉には、個別的自衛権と集団的自衛権が両方含まれており、それは自明のことである」としています。ここまでは分かりますが、自民党は、「集団的自衛権を日本は持っているのだから、それに制限をつけて行使することは何も問題はない」という姿勢です。国民の1人として、「自衛権には、個別的自衛権と集団的自衛権が含まれていて、それらは全く別のもので、集団的自衛権は行使しないという今の立場を維持すべきだ」と私は考えます。その理由については、このブログで自衛権について考えたことを書きましたので、そちらを参照していただければと思います。

 

⑥その他に興味深かったこと

 

伊藤真氏は、自民党の憲法改正草案の中で、「個人」という言葉ではなく、「人」という言葉を使っている点を指摘しています。これはそれぞれ全く違う、同じ人はこの世に2人といない個人を大切にするという考えから、人という一括りの言葉にすることで、個性や個人の人権を軽視するための言葉遣いではないかと伊藤氏は指摘しています。「そんなの考え過ぎじゃないの」と言う方もおられると思いますが、それならば、自民党は、個人の人権を尊重する立場を明確にし、「個人」という言葉を使えば済むだけの話です。こうして、微妙な言葉遣いの中に色々と落とし穴を仕掛けているのが、自民党の改憲草案だなという印象を持ちました。そして、少し考え過ぎるくらいに慎重にそして批判的に見ていかねば、そうした落とし穴に嵌ってしまうのだろうなと感じました。

 

また、伊藤氏は、住民投票について、レファレンダムとプレシビットとの違いを指摘しています。レファレンダムとは、憲法改正や国の重要な政策を対象とした国民投票のことを指し、プレビシットとは、執権者に対する信任を問う、国民投票のことを指します。フランスではドゴール大統領時代にプレシビットがあったそうです。ドゴール大統領が政策を提案し、それについての国民投票が行われたそうなのですが、実質的にはドゴール台帳量を支持するかどうかが争点になったのだそうです。このプレシビットになってしまうと、

 

日本国憲法は「硬性憲法(改正のための要件が厳しい)」で改正しにくいという主張があります。自民党もこの点を強調し、「国民の意思が反映されにくい、だから発議要件を3分の2から過半数にするべきだ」と主張しています。私も「衆議院、参議院で国会議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票というのは確かにハードルが高いよな」と思ってきました。しかし、こうした主張はただの誇張に過ぎません。小林節教授も伊藤真氏も指摘していますが、他の先進諸国の場合、憲法改正の要件が日本よりも厳しい国がいくつもありますが、それらの国々では憲法改正が行われています。小林、伊藤両氏は、「憲法とは基本的に硬性であること、そして、日本の場合、国民が憲法改正の必要性を感じることがなかったので憲法改正が行われなかったのだ」と指摘しています。私には、両氏の主張には、目から鱗が落ちるような感じを覚え、説得力があると感じました。

(つづく)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 今回は、拙い考えですがという前置きを置いて、国の自衛権について考えてみました。私は学部の時は社会史、大学院の時は政治思想や政治学を専攻しましたが、法律の専門教育を受けていません。しかし、日本国民である以上、自衛権について考えてみなければならないと考えました。

 国家に当然備わっている「自然権」として自衛権は存在するという表現がよく見られますが、自然権は個人に使われる表現ではないかと思いますが、そこの点はそのままにして進めていきたいと思います。 

 日本は憲法9条で国際紛争を解決する手段として戦争を放棄し、そのための戦力を持たないと決めています(平和主義)。ですから、領土争いのような問題が起きた時、戦争をすることはできません。戦争をして問題を解決することはできません。日本の防衛(自衛権)は、国境(線)を軍隊で踏み越えて来られたら押し返す、国境線まで相手を追い返すということです。そして、国境線から踏み出すことはできません。そのまま国境線を踏み越えて、他国に侵攻することはできません。

 日本は島国であるために、海で国境を接していますが、海は公海と領海(経済的排他水域もその中には含まれると思いますが)に分かれています。他国の領海に侵入することはできないのは当然として、公海上で戦闘行為をすることは可能なのかどうか、ここは考えや学説が分かれるところではないかと思います。私は、「領土、領空、領海を踏み越えて武力行使をすることは憲法違反」だと考えますので、公海上での武力行使は行うべきではないと考えます。従って、集団的自衛権の名の下にアメリカと共同で他国を攻撃することはできないし、してはならないと考えます。 

 一方、わが日本が安全保障条約を結んでいる同盟国アメリカの防衛、自衛権は、「脅威だと感じたら、国境線を踏み越えられる、踏み越えられない関係なく、他国にまで攻め入ってその国の政府や政治体制を改造する」というものです。国境を踏み越えてきた敵対勢力を追い払うだけでなく、その殲滅までを含めています。このアメリカのパターンの最たる例が太平洋戦争における日本です。また、2001年9月11日の同時多発テロ事件以降の対応でも、同じ事です。アフガニスタンとイラクはアメリカの自衛に加えて、アメリカのおせっかいである「民主国家建設」も行われました。

 現在、多くの議論がなされている集団的自衛権について考えます。アメリカが「危機に感じた、攻撃された、助けてください」となれば、日本はアメリカの防衛に「付き合わねばならない」ということになります。

 古来、侵略的意図を国防、民族の自尊、解放などの美名に隠して行われた戦争は数知れません。私が好きな山本夏彦翁は、「春秋に義戦なし」という言葉を紹介しています。戦前の日本について考えてみれば、日清、日露、第一次世界大戦、ロシア出兵、満州事変、日中戦争、太平洋戦争は全て、日本側から見れば、「正義の戦争」「やむにやまれず」「自衛」の戦争でした。しかし、戦争は常に正義が衝突するものです。

 アメリカの自衛権に「付き合う」ことになると、他国への侵攻を覚悟せねばなりません。今までのアメリカの自衛権行使のパターンを見れば、外敵を自国の領土から追い出す以上のことをやっています。そして、これからもそうするでしょう。「侵攻」と言えばまだ聞こえは良いですが、相手側から見れば「侵略」です。どちらもinvasionということになります。日本は今までのところ、戦闘行為には関与せず、後方支援や戦後の民生支援ですから、そこまで恨みを買ってと思いますが、もしアメリカ軍と一緒になって、「自衛」の名の下に「侵攻(=侵略)」したらどうでしょう。これはアメリカと同じくらいの恨みを買います。アメリカは常にテロに怯えねばならない国となりました。日本もまたそうなる可能性があると私は思います。

 他国へ侵攻することは、卑近な例で考えると、警察官が個人の家や建物に入ってくることと同じです。これは大変なことです。私たちにひきつけて考えてみると、裁判所の発行した令状がなければ入ってくることはできません。しかし、国家以上の統治機関がない国際社会においては、令状を発行する裁判所は存在しません。だからと言って、入り放題では国際社会は崩壊してしまいます。今のところ、国際連合安全保障理事会のお墨付き(決議)がある場合は、他国への侵攻は許容されます。しかし、アメリカはそうしたものはお構いなしです。そうなると、日本が集団的自衛権なるものを行使するとなると、アメリカにお付き合いするのですから、令状もなしに他国に侵攻するということに加担することになります。これは明らかに日本国憲法違反になると私は考えます。

 「外国が攻めてきたらどうするのか」という主張があります。具体的には北朝鮮や中国が攻めてきたら、という話です。確かに可能性(possiblity)で言えば、それはゼロではありません。しかし、それは「ウガンダが攻めてくる」とか「アメリカが攻めてくる」という話とあまり変わりません。蓋然性(probability)で言えば、高い、低いの話となりますので、アフリカ大陸にあるウガンダや同盟国であるアメリカが日本を攻める蓋然性と、近隣にあり、関係も良くない北朝鮮や中国が日本に攻め込んでくる蓋然性は違いますし、後者の方が蓋然性が高いと言わざるを得ません。しかし、その蓋然性もまたかなり低いと言わざるを得ません。

 中国や北朝鮮が日本を攻めて何が得られるのでしょうか。戦争は何か目的があってなされるものです。この両国が日本に攻め込む、もしくはミサイルを撃ち込むことで一体どんな利益が得られるのでしょうか。まず国際社会からは経済制裁以上の制裁を科されることは間違いありません。それだけで北朝鮮などは体制が崩壊してしまうでしょう。この両国に近い諸国も何もしていない日本を攻撃したとなれば、強い非難をすることになります。中国は世界との交易で経済成長を行っているのに、それができなくなることで、経済成長は止まり、中国共産党の正統性は失われ体制が崩壊してしまいます。そのような危険性が高いのに日本を攻める必要はありません。

 尖閣諸島、竹島、北方四島の国境地帯をめぐる問題でそれぞれ、中国、韓国、ロシアに対する脅威を言い立てる、危機を煽り立てる言論が多くなされます。私は、現在の状況を確定させ、そこから後退しないという姿勢を示すことが重要だと考えます。そして、こういった書き方は不快に思われる方々が多くおられると思いますが、経済的コストも加味して、どこまで相手に求めることができて、こちらも譲ることができるのかということを考えるべきです。日本は暴力(軍事力)を使って国際問題を解決しないと日本国憲法で宣言している国です。 そうした姿勢を貫きながら、多くの要素を加味して、話をするという姿勢を示し続けること、更に現状から後退しないという姿勢を示し続けることが重要であると考えます。

 危機を煽るというのは戦前もありました。ロシアが攻めてくる、ロシアに備えるために朝鮮半島を満州をそして中国北部を手に入れなければならない、もしくは、南進をしなければならない、と軍部は危機を煽り立て、自分たちが煽った危機に自分たちが酔ってしまい、守るべき国民を大量に死なせて戦争は終わりました。今の自衛隊の幹部はどうか分かりませんが、一部の自衛隊幹部出身の政治家や評論家たちの言動を見ていると、そういう要素が完全に消え去ってはいない、連綿として残っているということが分かります。そうした要素の復活を許さないためにも改憲も解釈改憲も必要ないと考えます。

 日本は日本国憲法で戦争をすることはできないのですから、こちらから手を出すことはできません(こちらから手を出したいと思っている方々は多くいるみたいですが)。国連のPKO活動(2003年から2009年までの自衛隊のイラク派遣は除きます)で外国に自衛隊を派遣できますが、戦闘行為は行いません。これは大きな事であるし、この線をこれからも堅持すべきだと私は考えます。

 勇ましい言論、愛国心を煽る言論、日本の特殊性をことさらに称揚する言論が日本を席巻しています。それに呼応するかのように、様々な内容の嫌中、嫌韓本が山積みになっています。そうした状況下で、自衛権について冷静に議論をして決定できるとは思いません。現在の自民党は、不要不急の解釈改憲にご執心ですが、国民生活の改善と安定に同じように熱心に取り組んでいるでしょうか。私にはそう思えません。彼らには国民生活が第一であるという政治の根本要素への理解が全くありません。そこに日本の不幸があると思います。

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






 中央国家安全委員会と同じく、中央全面深化改革領導小組は、習近平の行政スタイルが持つ2つの特徴を示している。1つ目の特徴は、情報公開がほとんどなされない党機関が国務院を超えて大きな責任を持つというものである。第18期中国共産党大会が開催されるまでは、経済改革といった主要な政策の立案と実行において国務院は主要な役割を果たした。更に言うと、習近平の指示は12以上の党と政府の各部に対して、習近平に忠実な王滬寧によって調整される。結果、習近平は個人の権力を更にふるうことができるようになり、集団指導体制において同僚たちからの監督を受けなくなるということも起きるだろう。中央国家安全委員会をはじめとし、改革グループの構造はトップダウンになっており、官僚の複層的な各段階を通じて命令が下される。(
“Xi’s Power Grab Towers over Market Reforms,” China Brief, November 20, 2013を参照のこと)

 

 中央互聯網安全情報化改革領導小組は習近平によって設置された最新の超機関であるが、詳細な情報はほとんど公表されていない。このグループはインターネット上の安全保障の強化と中国のIT産業の育成発展を目的としている。このグループの主席は習近平で、副主席は国務院総理の李克強と中国共産党中央精神文明建設指導委員会主任の劉雲山の2人である。総書記は、国家互聯網情報センター(State Internet Information CenterSIIC)の主任である魯煒(Lu Wei、ろい、1960年~)だ。国家互聯網情報センターは、国務院公安部の互聯網(インターネット)局と共に、その主要な責務として「インターネット上から“不安定要素”を取り除くこと」を掲げている。国家互聯網情報センター主任に任命される前、魯煒は新華社通信常務副社長と国務院情報室主任を務めた。中央互聯網安全情報化改革領導小組に参画している党と政府の諸機関には、国務院公安部、国務院酷寒安全部、国家情報室、国家互聯網情報センター、国務院工業情報化部(Ministry of Industry and Information Technology)、党中央宣伝部である。(新華社通信、2014年2月28日;Guancha.cn、2014年2月28日;民報、2014年3月28日)

 

 これら3つの高位の意思決定・調整機関の設置は、習近平が改革手法の「トップレベルでのデザイン」作りに没頭していることを示している。 しかし、こうしたトップダウン式の改革手法にはリスクが伴う。国家情報センターのジャン・ジーヨンは次のように指摘している。「現在の改革の動きは党の最高部から出てきている。トップが主導権を握り、命令が中央と地方の行政部の各レベルで実行されるようになっている。」ジャンはまた次のように語っている。「中位のそして下位の幹部たちはこうしたトップダウン方式に関しては対処法をよく分かっているので、新しい改革はスピード感のない官僚たちによって遅滞させられることになるだろう。地方幹部の典型的な戦略は命令を丸投げして何もしないというものとなるだろう」(人民日報フォーラム、2014年3月25日;大公報、2014年3月17日)

 

習近平が直接タッチしていない党と国家の主要な機関は、腐敗に対処する機関である、中国共産党中央規律検査委員会(Central Commission for Disciplinary InspectionCCDI)と国務院監察部(Ministry of SupervisionMOS)だけだという事実は重要だ。これら2つの機関はウェブサイトを共有し、「1つの事務室に2つの看板」システムの下で運営されている。中央規律検査委員会書記の王岐山(Wang Qishan、おうきざん、1948年~)は、中央国家安全委員会と中央全面深化改革領導小組に関与していない中央政治局常務委員2名のうちの1人である。2012年末に中央規律検査委員会書記に就任して以降、王岐山は中国共産党の反腐敗闘争の規模を拡大し、その先頭に立って活動している。それぞれが一定数の党と政府機関(中央と地方)を担当する規律検査室の数は10から12に増やされた。王岐山は太子党で、国務院副総理を務めた人物であり、習近平とは深い関係にあると見られている。王岐山は中央規律検査委員会と国務院監察部のスタッフを監察するための事務室を新設した。王岐山は地方レベルの腐敗を根絶するために定期的に地方を巡回させる監察グループを拡充した。この事実もまた重要である。(大公報、2014年3月18日;チャイナ・デイリー、2014年1月15日)王岐山が書記に就任して以降、中央規律検査委員会は、20名以上の国務院副部長級以上の高級幹部を摘発してきた。そのうちの少なくとも半分の「虎たち」は、中央政治局常務員であった周永康(Zhou Yongkang、しゅうえいこう、1942年~)につながりがある人々である。周永康は習近平の政敵の1人である。習近平は、「反腐敗カード」を使って政敵を攻撃している。加えて、中央規律検査委員会は監察能力を高め、トップからの命令を効率良く実行できない地方幹部たちを摘発している。(聯合報[台北]、2014年2月10日;BBC中国語放送、2013年11月4日)

 

 習近平の支配哲学は、鄧小平の定めた集団指導体制という原理に挑戦しているだけでなく、鄧小平が定めた他の2つの原理にも反している。それらの原理は、①党と政府の分離(separation of party and government)、そして、②「五湖四海(five lakes and four seas)」である。(新華フォーラム、2011年7月2日;人民日報、2010年9月3日)党と政府の分離は1987年の第13期中国共産党大会政治報告で明確に規定されたもので、中国共産党は長期にわたる計画のような大きな問題に集中し、国家における日常の行政は政府に任せて処理させるというものである。「五湖四海」原理とは、高級幹部は、「5つの湖、4つの海」、つまりあらゆる場所から登用しなくてはならないとするものだ。そして、この原理は、様々に異なる経歴やつながりを持つ幹部たちをバランスよく登用するというものでもある。しかし、習近平に直属する高位グループが設置されたことは、習近平が毛沢東流の権力集中主義を志向していることを示している。習近平は、監督やチェック&バランス機能を導入せずに、個人のネットワークを基にしてこれらのグループを立ち上げた。こうした劇的な権力の集中化が習近平の掲げる「中国夢(チャイニーズ・ドリーム)」の実現を加速するか、失速させるか、これからも観察し続ける必要がある。

 

(終わり)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




 

 古村治彦です。

 

 本日は、ゴールデンウィーク中にあった動きの中で、私がおやっと思った内容を皆様にお話ししたいと思います。

 

 ゴールデンウィーク中、日本の政治家の多くが海外に行きます。まとまった時間が取れるので日頃は行けない場所や会えない人たちに会うということをやります。しかし、その実態は多くがアメリカに「おのぼりさんツアー」に行くということになっています。

 

 自民党幹事長で、ポスト安倍の一番手でもある石破茂代議士もまたアメリカを訪問し、ジョー・バイデン副大統領と会談しました。私は、これはポスト安倍に向けた、一種の「面接試験(job interview)」であったと思います。

 

 石破幹事長は、訪米中に、ハーヴァード大学名誉教授のエズラ・F・ヴォーゲル(Ezra F. Vogel)氏とも会談しました。以下にその時の様子を伝える記事を掲載します。会談の中で、石破氏が「日中首脳会談を行うチャンネルがない」と吐露し、ヴォーゲル教授から「中国側からシグナルがある」という発言がありました。

 

 そして、ゴールデンウィーク中に訪中していた高村正彦自民党副総裁が張徳江前獄人民代表者大会常務委員会委員長(中国共産党中央政治局常務委員序列3位)と会談することになりました。その会談内容はいつものように平行線であったようですが、中国の最高指導部層との階段が実現したことは大きな事であったと思います。

 

 私は、石破幹事長に対してヴォ―ゲル教授が話した「中国からシグナルがある」の第一弾がこの張徳江全人代常務委員長が会談に応じるということであったと思います。日中両国に関して専門家であるヴォーゲル教授の力というか、存在感を見たように私は感じました。

 

ヴォ―ゲル教授に関しては、私も拙著『ハーヴァード大学の秘密』(PHP研究所、2014年)で取り上げております。ここで簡単にご紹介したいと思います。ヴォーゲル教授は1930年に米国オハイオ州に生まれました。1958年にはハーヴァード大学で社会学を専攻し、博士号を取得しました。1967年からハーヴァード大学教授(社会学)となり、1972年から1977年までハーヴァード大学東アジア研究所長、1977年から1980年までハーヴァード大学東アジア研究評議会議長、1980年から1988年までハーヴァード大学日米関係プログラム所長、1995年から1999年までハーヴァード大学フェアバンク東アジア研究センター所長などを歴任しました。

 

ヴォーゲルは、1958年から1960年にかけて、千葉県柏市に住みながら、日本の郊外に住むサラリーマンやその家族と交流しながら観察を行い、その成果を『日本の新中間階級―サラリーマンとその家族』(佐々木徹郎訳、誠信書房、1968年)として発表しました。この時、一緒に日本で生活していた息子のスティーヴン・ヴォ―ゲルもまた、日本専門の研究家となり、現在はカリフォルニア大学ハークレー校教授を務めています。

また、1979年に刊行された『ジャパン・アズ・ナンバーワン アメリカへの教訓 』(広中和歌子、木本彰子訳、TBSブリタニカ)は、日本で70万部を超えるベストセラーになりました。いわゆる「日本論」の分野では史上一番売れた本です。

 

ヴォーゲルは、1993年から1995年まではCIA国家情報会議(CIAの分析部門)の東アジア担当の国家情報官を務めました。民主党系の人材であると言えます。

 

しかし、ヴォーゲル教授はただの日本専門家でありません。戦後すぐにハーヴァード大学で東アジア研究をけん引したのは、中国研究のジョン・フェアバンクスであり、日本研究のエドウィン・ライシャワーでした。彼らが開いていた東アジア研究の講座は「田んぼ講座」と呼ばれ、多くの研究者たちが巣立っていきました。彼らは東アジア(と言っても、中国と日本が中心ですが)の専門家として、言語や歴史を叩きこまれました。この世代の人々は日本語と中国語、更には韓国語を全て習得したような研究者たちがたくさんいます。

 

 ヴォーゲル教授もただの日本専門家ではなく、現在は中国の研究にシフトしています。中国側はヴォーゲル教授の日本に関する研究、特に経済成長期の日本社会の研究の成果を利用していると思われます。現在の中国がまさに奇跡の経済成長を行っている最中ですから、ヴォーゲル教授の研究成果や日本に関する知識は彼らにとって貴重なものです。

 

 振り返ってみて、こうしたことを今の知日派、ジャパンハンドラーズができるでしょうか。具体的な名前を挙げれば、マイケル・グリーンやジェラルド・カーティスといった人々が日中両国の関係改善に動けるでしょうか。彼らは日本を操るだけのことで、言ってみれば、下っ端に過ぎません。ヴォーゲル教授はもう一段上の仕事をしている、私にはそう見えます。一流と三流の違い、をまざまざと見せつけらたと私は感じました。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「「誰と話をすれば…」と日中関係で石破氏 E・ヴォーゲル氏と会談」

 

MSN産経ニュース 2014.5.3 21:52 [日中関係]

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140503/stt14050321520004-n1.htm

 

 自民党の石破茂幹事長は2日(日本時間3日)、日中双方の国情に詳しい米ハーバード大のエズラ・ボーゲル名誉教授とボストンで会談し、日中関係改善の難しさを指摘した。「誰と話をすれば効果的なのか、どのパイプと関係をつくると首脳会談が実現するのかが見えない」と述べた。

 

 同時に「中国は環境分野などで悩みを抱えている。中国が安定的に発展するのが重要だ。日米が協力して中国を支えたい」と強調した。

 

 ボーゲル氏は「11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)までには、中国側から関係改善のサインが出る」との見通しを示した。(共同)

 

●「中国ナンバー3と5日会談へ 高村・自民副総裁ら」

 

日本経済新聞電子版 2014/5/4 22:22

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0401B_U4A500C1PE8000/

 

 【北京=島田学】超党派の日中友好議員連盟の高村正彦自民党副総裁らは4日、中日友好協会会長の唐家璇元外相と北京市内で会談した。唐氏は、中国共産党序列3位の張徳江・全国人民代表大会委員長との会談を5日に調整していると伝えた。張氏は習近平国家主席と李克強首相に次ぐ立場で国会議長に当たる。昨年3月の就任後、日本の議員と会うのは初めて。

 

 唐氏は「日中関係を重視する中国側の方針は不変だ」としながら、「安倍内閣は戦後の歩みを変え、日本の安全保障政策を大きく変えようとしている」と述べた。日本側からは、11月に北京で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)の場を念頭に戻す」と強調。安倍晋三首相と習氏の会談を早期に実現する必要性も訴えた。訪中団には岡田克也民主党元代表、北側一雄公明党副代表らが参加した。6日に帰国する。

 

●「日中議連の高村氏、張氏と尖閣・歴史で激しい応酬 日中首脳会談の道筋みえず」

 

MSN産経ニュース 2014.5.6 08:07 1/2ページ)[日中関係]

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140506/plc14050608000003-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140506/plc14050608000003-n2.htm

 

 日中友好議員連盟会長の高村正彦自民党副総裁らと中国の張徳江全国人民代表大会常務委員長の5日の会談は、日中関係改善の必要性では一致したものの、歴史認識や尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐり意見は対立したまま。日中首脳会談の実現に向けた道筋は見えてこない。

 

 高村氏「中国が現状を力で変えようとしていると日本国民は思っている」

 

 張氏「中国固有の領土であり絶対に譲れない」

 

 高村氏「われわれが一方的に応えるのではなく、首脳会談の実現には相互の努力が必要だ」

 

 尖閣諸島をめぐり高村氏は張氏と激しく応酬した。中国の政治局常務委員の中で習近平国家主席、李克強首相に次ぐ序列3位の張氏との会談を前にして、高村氏は「中国側も今のままでいいと思っていないから会談をセットしたのだろう」と記者団に語っていた。

 

 今回の訪中は、昨年12月の安倍晋三首相の靖国神社参拝以降、途絶えている政府間の交流再開の糸口を探る狙いがあった。中国側が関係改善に前向きな姿勢をみせたことに「日米同盟を強化する安倍首相の取り組みが奏功した」(日本政府関係者)などの見方も広がっていた。

 

 ただ、中国側は安倍首相の欧州歴訪の裏で高村氏らと接触するなど、首脳交流と議員外交を区別しているのは明らか。高村氏は会談後の記者会見で「張氏と極めて率直で厳しく話をしたが、訪中の成果は今後の成果をみないと分からない」と強調した。(北京・水内茂幸)

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 今回から2回に分けて、中国政治の最新論文をご紹介します。

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新しい高位グループが党と政府との間の区別に脅威を与える(
New High-Level Groups Threaten Line Between Party and Government

 

Publication: China Brief Volume: 14 Issue: 7

2014年4月9日 

ウィリー・ラム(Willy Lam)筆

 

http://www.jamestown.org/programs/chinabrief/single/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=42208&tx_ttnews%5BbackPid%5D=25&cHash=9c04fb8086372aa9cd6deb00e61e01e7#.U1PR4X-KD4g

 

 

 習近平(Xi Jinping、しゅうきんぺい、1953年~)は、複数の情報が非公開の指導的なグループや委員会に実権を集中させている。中国共産党(Chinese Communist Party)の最高指導者である習近平に、これらの機関は直属している。これらのトップレベルの意思決定・調整機関は、習近平の側近たちは、最高指導者(supremo)である習近平に直属し、報告を行っている。それらの機関とは、中央国家安全委員会(the Central National Security CommissionCNSC)、中央全面深化改革領導小組(the Central Leading Group on Comprehensively Deepening Reforms)、中央互聯網(インターネット)安全情報化改革領導小組(the Central Leading Group on Internet Security and Informatization)である。このような機関に関しては、透明性とチェック&バランス機能の欠如に関する疑問が拭えない。李克強(Li Keqiang、りこっきょう、1955年~)国務院総理は全国人民代表者会議(National People’s CongressNPC)で国務院は「自己革命(self-revolution)を行う決意である」と表明している。この意味は、中央政府の各部(日本で言うと各官庁)は合理化を行い、それぞれが持つ力を縮小し、市場と社会がより大きな役割を果たせるようにするというものである。(チャイナ・ニュース・サーヴィス、2014年3月5日;人民日報、2014年3月5日)

 

 昨年(2013年)11月に開催された中国共産党中央委員会三中全会(the Third Central Committee Plenum)において、中央国家安全委員会と中央全面深化改革領導小組の設置が決定されたが、既に重要な役割を果たすようになっている。しかし、これらの機関に関する情報はほとんど公表されていない。そのスタッフの陣容、中央国家安全委員会の構成と目標は明らかにされていない。ただ、その規約として、党、政府、軍の各機関の連携を図り、国内の安定と「敵意を持った外国勢力」が起因する脅威に対処するというものがある。トップの3名の名前と役職だけが明らかにされている。それぞれ委員長の習近平、副委員長の李克強、そして全人代常務委員会委員長の張徳江(Zhang Dejiang、ちょうとくこう、1946年~)である。この3名のメンバーは、中国最高指導部で強大な力を持つ中国共産党中央政治局常務員会(Politburo Standing CommitteePBSC)に所属している。いくつかのメディアは、中央国家安全委員会を構成することになるであろう諸機関のリストを発表した。しかし、この情報の真偽はまだ確定していない。諸機関には、中国人民解放軍(People’s Liberation Army)、中国人民武装警察部隊(People’s Armed Police)、外交部(Ministry of Foreign Affairs)、公安部(Ministry of Public Security)、国家安全部(Ministry of State Security)、中国共産党中央対外連絡部(CCP’s International Liaison Department)、中国共産党中央宣伝部(Propaganda department)の名前が挙げられている。(文匯報[香港]、2013年3月7日;グローバル・タイムズ・フォーラム、2013年1月25日)

 

公的メディアと香港のマスコミは、複数の全人代の高級幹部たちの「習近平の腹心の一人である栗戦書(Li Zhanshu、りつせんしょ、1950年~)が中央国家安全委員会の総書記となり、あらゆるトラブルに対処している」という発言を引用している。栗戦書は、第18期中国共産党中央政治局委員であり、現在は中国共産党中央弁公庁(Central Committee General OfficeCCGO)主任を務めている。中国共産党中央弁公庁は党全体の神経集中センターのようなものであり、中央政治局常務委員会から中央、地方のあらゆる党機関に対して指示を出す機関である。また、定期的に中国全土に対して発表される主要政策の文書を作成する機関でもある。中央弁公庁は、中央国家安全委員会のために総局と情報センターの規模を倍に拡大した。(チャイナ・ビジネス・ニュース[上海]、2014年3月10日;民報[香港]、2014年3月10日)

 

 栗戦書は、西安市党委書記を務めた経験を持ち、習近平率いる陝西ギャングの中心メンバーである。栗戦書には外交政策の面での経験がない。このことから、中央国家安全委員会が主に国内の治安維持に特化した機関であるという主張には信憑性があることが分かる。栗戦書と彼の親分である習近平は深いつながりを持っている。このことから、最高指導者である習近平が、中央国家安全委員会の名の下で警察国家機能を利用することは難しいことではない。彼は中央国家安全委員会を利用して、反体制活動家たちを厳しく取り締まることから、急速に勢力を拡大しつつある習近平派に敵対する政敵たちを攻撃することまでできるのだ。(大公報[香港]、2014年3月7日;サウスチャイナ・モーニング・ポスト、2014年3月7日)習近平は中央国家安全委員会を支配している。その結果、習近平は、中国の国内治安に関して幅広く独立した力を持ち、コントロールができるようになるだろう。そして、鄧小平(Deng Xiaoping、とうしょうへい、1904~1997年)によって確立された集団指導体制に対して脅威を与えることになるだろう。

 

中央国家安全委員会の顔ぶれを見ると、この改革志向の委員会により大きな権力が集中することが容易に予想される。中央国家安全委員会の主席は習近平であり、副主席は、李克強国務院総理、イデオロギーと宣伝を担当する劉雲山(Liu Yunshan、りゅううんざん、1947年~)中国共産党中央精神文明建設指導委員会主任、張高麗(Zhang Gaoli、ちょうこうれい、1946年~)国務院常務副総理の3名が副主席となっている。彼らは全て党中央政治局常務委員である。彼らの下には、10名の政治局委員が配置されている。その中には、劉延東(Liu Yandong、りゅうえんとう、1945年~)国務院副総理、汪洋(Wang Yang、おうよう、1955年~)国務院副総理、馬凱(Ma Kai、ばがい、1946年~)国務院副総理といった国務院の閣僚級の人々や中国共産党中央各部の責任者たちが含まれている。党の中央各部の責任者で言えば、党中央弁公庁主任の栗戦書、党中央政策研究室(Central Policy Research OfficeCPRO)主任の王滬寧(Wang Huning、おうこねい、1955年~)、党中央宣伝部長の劉奇葆(Liu Qibao、りゅうきほう、1953年~)、党中央組織部長の趙楽際(Zhao Leji、ちょうらくさい、1957年~)が配置されている。更には、全国人民代表者大会常務委員会副委員長の李建国(Li Jianguo、りけんこく、1946年~)、中央軍事委員会(Central Military Commission)副主席の許其亮(Xu Qiliang、きょぎりょう、1950年~)人民解放軍空軍上将、中国共産党中央政法委員会(Central Political-Legal Commission)書記の孟建柱(Meng Jianzhu、もうけんちゅう、1947年~)といった人々も含まれている。(中国青年報、2014年3月13日;民報、2014年1月23日)

 

 王滬寧は上海にある復旦大学の教授を務めた人物であり、国家主席時代の江沢民と胡錦濤の政治アドヴァイザーであった。そして、習近平によって、中央国家安全委員会の総書記に任命された。王滬寧は現在、党中央政策研究室(Central Policy Research OfficeCPRO)主任を務めている。党中央政策研究室は目立たない部署で、公式メディアでその活動が伝えられることはほとんどない。しかし、党中央政策研究室は中国で最高レベルの、国内政策、外交政策に関するシンクタンクなのである。党中央政策研究室はシンクタンク機能の他に、中央国家安全委員会の事務局と情報集積センターの役割を果たしている。中央国家安全委員会には、党中央政策研究室副主任の潘盛洲(Pan Shengzhou、はんせいしゅう)と国務院国家発展和改革委員会(National Development and Reform CommissionNDRC)副主任の穆虹(Mu Hong、むこう)の2人の副総書記がいる。潘盛洲は農業の専門家だ。穆虹の国家発展和改革委員会での仕事は、資産投資管理と主要なプロジェクトの監督である。(Finance.12cn.com、2014年3月10日;香港エコノミック・タイムズ、2014年3月10日)





 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 

 昨日、2014年5月3日、東京六大学野球2014年春季リーグ戦の早稲田大学対東京大学第1回戦を観戦してきました。東大は2010年秋に早稲田大学戦に勝って以来、2つの引き分けを含み、70連敗を記録しています。5月3日の試合に負けると、新記録の71連敗となります。

 

東京六大学野球リーグの記録によると、1925年秋季から2013年秋季までの東京大学の勝敗記録は、244勝1540敗55引き分けの勝率1割3分2厘です。10試合やって1試合は勝てるという程度です。対早稲田大学の記録は34勝316敗17引き分けの勝率1割3分9厘です。私は大学入学直後の1994年春のシーズンで早稲田が0対1で、2010年秋に2対4で東大に負けた試合を観戦しておりまして、89年の歴史の中で34回しか起きなった早稲田の対東大戦の敗北を2回撃する僥倖(?)に恵まれました。2010年秋の敗戦で、早稲田は慶應との優勝決定戦までもつれ込んだのですが、東大に負けるということは東京六大学野球リーグにおいては重要な意味を持つこともあります。

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 本日の試合は早稲田大学が11対0で東京大学を破りました。東大は71連敗(2引き分けを含む)という連敗記録を更新することになってしまいました。早稲田大学はエースで、この秋のプロ野球のドラフトでもドラフト1位で競合指名が有力視されている、有原航平投手(広陵高校)が先発しました。150キロを超える速球が自慢の好投手です。有原投手は6回まで投げ、3安打されましたが7奪三振、その後、吉野和也投手(日本文理高校)が2回を無安打1奪三振2四死球、9回を黄本創星投手(木更津総合高校)が無安打2奪三振2四死球で完封しました。東大は3安打に4四死球と塁に走者を出したのですが、残塁6で得点に結びつけることができませんでした。初回、2回の攻撃で共に2アウトランナー3塁まで進んだのですが、得点できませんでした。東大の3安打のうち、2安打は初馬眞人選手(桐朋高校)が放ちました。初馬投手は高校時代にチームを西東京地区(日大三高や早稲田実業が所属)でベスト16に導いた会ワン投手として注目されましたが、今は外野手登録です。野球センスの良さを東大では一番に感じる選手です。打撃に関しては通算43打数12安打打率2割7分9厘と他大学でもベンチ入りできるくらいの力を持っています。

 

 一方、早稲田の攻撃陣は本塁打2本、三塁打2本、二塁打4本、単打6本、四死球5、相手のエラー3、相手のバッテリーエラー2で11得点を挙げました。東大の登板した投手は辰亥正嗣(高松)、毛利拓樹(横浜翠嵐)、関正嗣(半田高校)でしたが、どの投手もスピードが遅く、打ちごろのストレート、そしてストレートと緩急の差がつかない変化球を投げていました。たまにコーナーに決まると早稲田の打線も打てないのですが、それが長く続かないためにつるべ打ちにあってしまうということになってしまいました。

 

 現在、東大は71連敗です。先のことは誰にも分かりませんが、私が観戦した限り、この春のシーズンで残り試合において急に力を伸ばして、勝利を収めることは考えにくいです。このままでいくと100連敗ということもあり得ます。そうなると、東京六大学野球リーグに東大が加盟している意味ということも問題になってくると思います。

 

 東大の選手たちで甲子園大会に出場した選手というのはいません。過去には何人かいました。一方、他の5大学はドラフト会議前に候補として名前が挙がったような選手たちを推薦入試で入学させています。これでは最初から勝負になりません。以前は勝負になっていたと思いますが、現在のように他の5大学がプロも注目するような才能あふれる選手たちを入学させている状況では、いくら努力しても厳しい状況にあります。東大の選手たちは、本当はしなくても良い苦労をしているのかもしれません。しかし、東京六大学という一つのステータスを守るために、野球の技量ではなく、偏差値のために東京六大学野球に存在していると言って良いと思います。

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 このまま連敗が続けば100という数字になることは十分にあり得ます。そうなったときにこの90年近い歴史を誇る東京六大学野球リーグがどのような議論を行うのか、注目したいと思います。しかし、それまでに東京大学野球部が1勝を挙げることを、それも早稲田大学野球部以外の相手から挙げることを祈りたいと思います。

 

(終わり)





 

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