古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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2015年03月



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 イスラエルのネタニヤフ首相の連邦議会演説、総選挙前と当日の人種差別を煽る発言とこれまで積み上げてきたパレスチナ国家樹立をすべて否定する発言、それ以降の動きについて、ホワイトハウスの大統領首席補佐官デニス・マクドノウと、ジョージ・HW・ブッシュ(父)政権時代に国務長官を務めた重鎮ジェイムズ・ベイカーが同じ場所で語った内容について、ご紹介します。

 

 2人は、左派的な親イスラエルのロビー団体Jストリートの年次総会に出席し、演説を行いました。二人の話した内容はほぼ同じですが、それは、2人が所属する政党は違えども、外交政策に関しては「リアリスト」的な立場を同じくしているからです。

 

 日本でリアリストと言うと、中国や北朝鮮と戦争をやるんだというようなことを言う声の大きなオヤジ、という感じですが、本当のリアリストは、慎重に国益を判断し、現状から最善の結果を導き出す考えをする人たちです。私が拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)で取り上げた、また副島隆彦先生の最新刊『日本に大きな戦争が迫り来る』(講談社、2015年)で分析の枠組として使われた、共和党のネオコン、民主党の人道主義的介入派はそれぞれアメリカと西洋文明の理想を世界に広めて「アメリカ版・八紘一宇」の世界を作り上げようとする人たちです。理想のために現実をいじくることはとても危険なことです。しかし、それをやりたがって、悲惨な結果を招くことを何とも思わない人たちです。

 


 私が拙著『アメリカ政治の秘密』で取り上げたように、オバマ大統領の外交政策の理想は、同じ民主党の歴代大統領ではなく、どちらかと言うと人気がなかったジョージ・
HW・ブッシュ(父)大統領時代のものです。このこともきちんと押さえておく必要があります。

 

 私は2015年から定期的に「副島隆彦の学問道場(http://www.snsi.jp/tops/entry)」内の「今日のぼやき」に寄稿することになりました。このリアリストについても「今日のぼやき」で近々論稿を発表したいと思います。恐らく、会員(年会費が一般1万円、学生6000円、困窮者には救済制度もあります)しか読めない場所に掲載されると思いますが、ご興味がある方は是非会員になって、お読みいただければと思います。宜しくお願い申し上げます。

 

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ホワイトハウスはネタニヤフの謝罪ツアーに何の印象も受けず(White House Not Impressed by Netanyahus Apology Tour

 

ジョン・ハドソン、デイヴィッド・フランシス筆

2015年3月23日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/23/white-house-not-impressed-by-netanyahus-apology-tour/

 

 イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは、月曜日(3月23日)、謝罪ツアーを継続した。イスラエルのアラブ系国民に対して、パレスチナ国家樹立につながる和平合意に対する支持を撤回すると選挙日当日に発表したが、これは有権者の不安感と恐怖感を煽るための戦術ではなかったと弁解した。しかし、ホワイトハウスは今でも懸念を持ち続けており、ベンヤミン・ネタニヤフの発言をすぐに忘却することはないだろうとある高官は述べている。

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ホワイトハウスの大統領首席補佐官のデニス・マクドノウは、ハト派の親イスラエル・ロビー団体Jストリートがワシントンで開催した年次総会に出席し、「これらの発言がなされなかったというふりをすることはできない」と発言した。更には、「総選挙後、ネタニヤフ首相は自分自身の立場を変えていないと発言した。しかし、イスラエル国民の多くと国際社会は、彼の矛盾に満ちた発言を聞くことで、彼の2国共存による解決への関与に関して甥なる疑問を持たざるを得ない状況になっている」とも述べた。

 

マクドノウは続けて、「パレスチナの子供たちは、イスラエルの子供たちと同じく、自分たちの土地で自由を享受する権利を持っている」と述べた。

 

 ネタニヤフがイスラエル国内の少数派の指導者たちを集めた会合で、選挙前にパレスチナ国家樹立を認めないこと、「アラブ人たちが投票所に押し寄せる」と警告を発したことに関して謝罪した。

 

 『エルサレム・ポスト』紙は、ネタニヤフが「私が数日前に発言した内容でイスラエル国民、アラブ系のイスラエル国民の中に感情を害した人々がいることは分かっている。こうした人々の感情を害することは私の意図ではなかったし、申し訳なく思う」と発言したと報じている。

 

 ネタニヤフが発言内容を撤回したのは、2015年3月19日で、MSNBCのアンドレア・ミッチェルに対して、彼自身は「平和的な」2国共存による問題解決を望んでいるが、「そのためには環境が変化しなければならない」と発言した時からだ。

 

 マクドノウは、「アメリカは和平プロセスに対する私たちのアプローチを再考する」というホワイトハウスの立場を繰り返した。これは明瞭な言葉ではないが、アメリカ政府はイスラエル・パレスチナ紛争を国連の場に持ち出すことを示唆する脅しであった。イスラエル政府はこのような動きには徹頭徹尾反対してきた。

 

 オバマ大統領の片腕、デニス・マクドノウは、イスラエルが永続的にヨルダン川西岸地区とガザ地区とを占領し続ける、1国主義的な解決法を、アメリカは「決して支持することはない」と改めて強調した。マクドノウは「イスラエルが、他国の人々を完全に軍事力によって統制し続けることなど不可能なのだ」と発言した。マクドノウは包括的な和平合意を結ぶことが、国連やその他の機関においてイスラエルを孤立させ、経済制裁を加えようとする試みに対しての「致命的な一撃」になるのだと強調した。

 

 現在行われているイランとの核開発を巡る交渉について、マクドノウは最近47名の共和党所属の連邦上院議員たちが署名した、イランの最高指導者に宛てた公開書簡を引き合いに出し、オバマ大統領が結ぶいかなる合意をも避妊できる連邦議会の力に対して憂慮を示した。

 

 マクドノウはリベラルな考えを持つ聴衆に対して、「私たちは外交に成功するチャンスを与える必要がある(We have to give diplomacy a chance to succeed)」と述べた。聴衆は共和党の連邦上院議員たちが発表した公開書簡に話が及ぶと大きなブーイングを発し、不満の意を露わにした。

 

 月曜日、連邦下院外交委員長エド・ロイスは別の書簡を発表した。これには民主、共和両党の367名の連邦議員たちが署名をした。彼らはイランの核開発を巡る交渉から派生して起きる「致命的かつ緊急の諸課題」について懸念を持っていた。3月20日付でオバマ大統領宛てに出された書簡では、イランのウラニウム濃縮プログラムの規模と、イラン政府の国際原子力機関に対する極めて非協力的な態度に関する懸念が書かれていた。

 

 マクドノウは、アメリカはイランが核兵器を所有できないようにこれからも努力を続けると強調した。しかし、同時に、ホワイトハウスは現在行われている交渉に対して連邦議会が介入しようとして行ういかなる試みに対しても、拒否権を使って対抗するとも述べた。

 

(終わり)

 

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ジェイムズ・ベイカーは、ネタニヤフよりも厄介だったイスラエル首相との思い出話を語った(James Baker Recalls An Israeli Prime Minister More Difficult Than Netanyahu

サマンサ・ラクマン筆

2015年3月23日

『ハフィントン・ポスト』紙

http://www.huffingtonpost.com/2015/03/23/james-baker-j-street-_n_6928042.html

 

 ワシントン発。元国務長官ジェイムズ・ベイカーは月曜日、アメリカとイスラエルとの間の関係が低調である現在であっても、イスラエル・パレスチナ間の紛争のための2国共存による解決について「楽観的である」と発言した。

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 ベイカーは、左派のイスラエル・ロビー団体Jストリートの年次総会で基調講演を行った。この中で、ベイカーは、イスラエルの指導者たちと関わった自分自身の経験から、ネタニヤフ首相とバラク・オバマ大統領が現在の低調な両国関係を乗り越えることが出来れば、中東における和平はまだ実現可能だと述べた。ベイカーはジョージ・HW・ブッシュ元大統領に仕え、現在は共和党の米大統領選挙の有力候補ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事に助言を行っている。

 

 ベイカーは、和平合意が出来なければ、「衝突は継続」するとし、「私は現在も楽観している。私は自分が慎重に事態を見ていることを強調しておきたいが、それでも楽観している。それは、2国共存が実現しなければ、イスラエルの将来は厳しいものとなると考えているからだ」と述べた。

 

 共和党側はオバマ大統領が不当にネタニヤフを攻撃していると批判しているが、ベイカーはこうした批判は的外れだと述べた。

 

 「世界中の誰もアメリカのイスラエルに対する関与の深さを疑うことなどできない。現在もそうだし、未来においてもそうだ」とベイカーは述べた。

 

 ベイカーは自身が国務長官在任当時の、イスラエル首相イツハク・シャミルとの緊迫した外交関係についての思い出話を語った。彼は、「自分が国務長官の時には緊張した瞬間があった」と述べ、それでもイスラエルとアメリカの同盟関係が政策の不一致を乗り越えることが出来たと話し出した。ベイカーは1991年に起きたシャミルとの対立について語った。この当時、ソヴィエト連邦の崩壊に伴って多数のユダヤ人たちがイスラエルへの帰還を果たしていた。それに対して、アメリカ政府は100億ドルの住宅ローン保証をイスラエルに与えるとしたのだが、それにはシャミルがこのお金をヨルダン川西岸地区へのユダヤ人入植地建設には使わないと確約することをベイカーとブッシュは条件とした。

 

 「私はアメリカ・イスラエル関係に関して最初はその複雑さに驚き、それから常に論争が起きることに気付いた。私はブッシュ大統領が行ったことは正しいと考えた。これは今も変わらない」とベイカーは述べた。

 

 ネタニヤフが総選挙前に2国共存による解決を支持しないと発表したことを受けて、オバマ政権は、紛争解決のためのアプローチを再考しているが、このことについて、ベイカーは総会の出席者たちに対して、ネタニヤフはアメリカにとって最も扱いにくいイスラエル首相という訳ではないと述べた。ベイカーは、その当時イスラエルの外務次官を務めていたネタニヤフに対して国務省への出入りを禁止しなければならなかったと思い出話を語った。その理由について、ベイカーは、「彼がアメリカの中東に対する外交政策は、“嘘と歪曲”の上に成り立っていると述べたからだ」と語った。

 

 ベイカーは次のように述べた。「皆さんに申しあげたいのは、25年前、イツハク・シャミルはベンヤミン・ネタニヤフを“柔らかすぎる”と評したことだ。これは、ネタニヤフが若くして首相になった時にシャミルが述べた発言だ。アメリカとイスラエルの国益は常にぴったり一致する訳ではない。全く別のものになるということはこれからもあるだろう」

 

 ネタニヤフの行動は「彼の発言内容と一致してこなかった。入植地の建設は勢いが衰えないままに継続されている」とベイカーは指摘した。しかし、同時に、オバマ大統領とネタニヤフ首相は両者の争いを「悪化」させてはならないとも述べた。

 

 イランの核開発を巡る交渉について、「完璧な(perfect)」合意内容の達成をあくまで求めることには懸念を示した。ネタニヤフは連邦議会の演説でアメリカとイランの交渉の道筋について反対を表明した。

 

 ネタニヤフは次のように語った。「ウラン濃縮をイラン側が行わないこと、これ以外に合意は存在しない。アメリカもイスラエルも、本来の目的を忘れて本末転倒のことをすべきではない(not led the perfect be the enemy of the good)」。(←この英語の言葉がリアリストの真骨頂だと思います。訳者註)

 

ベイカーはまた、オバマ大統領は、必ずしも必要ではないにしても、イランとのいかなる内容の合意を結ぼうともそれについて議会の承認を得られるように努力すべきだ。

 

 Jストリートの年次総会でのベイカーの演説は、Jストリートがイスラエルのヨルダン川西岸地区の占領に対して批判的すぎると考える保守派の人々からは批判された。

 

(終わり)








 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 2015年2月16日、NHKはニュース番組の中の特集のコーナーで、1946年2月16日から政府が行った「預金封鎖」を取り上げ、詳しく報じました。江崎大輔記者という人が主に取り組んだ特集のようです。

 

私たち戦後生まれ世代も歴史の事実として、「預金封鎖」と呼ばれる、突然自分の銀行口座から自由に現金が引き出せなくなる措置が政府によって行われたことは知っています(ちなみに現在のATMでの引き出し額制限も緩やかな「預金封鎖」であると私は思います)。

 

 私たちが習ったのは、「悪性インフレ(その例として第一次世界大戦後のドイツのマルク紙幣の話を習います)を抑制するために、預金封鎖をして、世の中に出回る通貨の量を減らしたのだ」ということです。しかし、以下の特集内の報告にあるように、インフレは解決されず、預金封鎖が解除された時には、預金の価値はがた減りしていたということです。取材に協力している大阪市立大学名誉教授の林直道氏は、預金封鎖中は現金が自由に降ろせずにそこらに生えている草まで食べ、封鎖が解除になったら、預金の価値がなくなっていたことをなまなましく証言して言います。私たちは人生の先輩のこうした証言を真剣に聞かねばなりません。

 

 特集では、預金封鎖の目的として、「財産税徴収の前提となる国民の資産把握」があったということを明らかにしています。戦時中の国債発行(国が国民に借金をしたこと)で、政府の債務は膨大な額となりました。そこで、政府は、国民に借金を返すために、国民から税金を取り立てることにした、というなんだかよく分からない、自家撞着の話になりました。特集の中で、当時の大蔵省幹部の呆れるほど傲慢な発言が取り上げられています。

 

(引用はじめ)

 

『“天下に公約し国民に訴えて発行した国債である以上は、これを踏みつぶすということはとんでもない話だ” “取るものは取るうんと国民から税金その他でしぼり取る。そうして返すものは返す”』。

 

『「一億戦死」ということばがある。みな一ぺん戦死したと思えば、相続税を一ぺん位納めてもいいじゃないか』。

 

(引用終わり)

 

 国民も確かに戦争を望んだ面があったかもしれませんが、それはマスコミ(政府によって利用された)に煽られた面があります。しかし、誰も米英などと戦争をしたい、戦争をして勝てるなんて思っていなかった訳です。勝手に自殺的な戦争を(天皇の意志をもある意味踏みにじるようにして)勝手に初めて、国民を殺すだけ殺して、それで「一億総戦死だ(自分たちは死なないけれど)」などと放言するのが官僚の真骨頂であり、これは21世紀でも30世紀でも不変でしょう。

 

 私は更に「預金封鎖」には、次のような目的があったと考えます。

 

①負債の重さを軽くするには、インフレが進行させれば良い。ですから、「インフレ退治」を名目にしているが、政府はインフレを進行させるつもりでいたと考えます。②しかし、インフレで生活が苦しい庶民たちの不満が過激思想(共産主義など)に結びつくことを恐れた。③そこで、戦前に社会革新を唱えた革新官僚たちは、このインフレを使って、「革命を実行しよう」と考えたのだと思います。戦前からの財産家たちを没落させて、社会革新を行って社会の平等化を進めようとしたのだと思います。国民の殆どは資産なんかありませんから、預金封鎖はある程度の資産家たち(大富豪たちは逆に助けてもらえたのでしょう)を狙い撃ちにして、表面的な「平等社会」(大富豪たちの存在は見えない形になっている)が官僚たちによって作り上げられたのだと思います。

 

 こうして考えると、現在の状況は70年前とよく似ています。そこで、再び、官僚による「革命」が起きる可能性があります。その時、庶民はお金なんかありませんから、体や労働力を、そして財産家たちは財産を取り上げられるのだろうと思います。

 

 国家(官僚たち)は私たち国民に寄生し、食い殺す存在です。パラサイトであり、プレデターなのです。そのことをNHKの特集は教えてくれました。

 

 

(転載貼り付けはじめ)

 

“預金封鎖”の真実

 

218 1755

江崎大輔記者

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2015_0218.html

 

終戦後間もない昭和21年2月16日、時の日本政府は預金の引き出しを厳しく制限する「預金封鎖」を突然発表しました。

 

日本経済を襲った猛烈なインフレを抑えるためだと国民に説明された「預金封鎖」。

しかし、その政策決定過程を検証していくと、現代の日本にも通じる深刻な財政問題が底流にあったことが見えてきました。

 

特別報道チームの江崎大輔記者が取材しました。

預金封鎖で国民生活は

 

突然通告された預金封鎖を国民はどう受け止めたのか。

当時のことを証言してくれる人を探すなか、私は、兵庫県芦屋市に住む大阪市立大学名誉教授の林直道さんにたどり着きました。

 

現在91歳の林さん。

 

当時は22歳の学生で大阪で母と姉の3人で暮らしていました。

 

当時、一家の蓄えは3万円ありましたが、「預金封鎖」で突然自由に引き出せなくなり、途方に暮れたといいます。

 

特に、手持ちのお金が不足したことで、ただでさえ足りなかった食料がさらに手に入りにくくなり、川の堤防に生えている草をゆがいて、ごく僅かのご飯とともに食べたこともあったと、当時の窮状を語ってくれました。

 

林さんは「封鎖」の印が押された当時の通帳を今も保管していて、預金封鎖について「突然の発表に仰天し、恐怖感すら抱いた。こつこつ貯めたお金が使えないということは本当につらかった」とも語っていました。

 

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預金封鎖はなぜ断行された?

 

日本政府が預金封鎖を発表したのは今から69年前、昭和21年2月16日でした。

 

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当時の日本は、物資や食料が極度に不足し猛烈なインフレが起き、経済は破綻しかねない状態にまで追い込まれていました。

そこで政府は流通するお金の量を強制的に減らしインフレを抑えこもうと預金封鎖を断行しました。

 

時の大蔵大臣、渋沢敬三氏は「政府はなぜこうした徹底した、見ようによっては乱暴な政策をとらなければならないのでしょうか。それは一口に言えば悪性インフレーションという国民としての実に始末の悪い、重い重い病気を治すためのやむをえない方法なのです」と呼びかけ、国民に理解を求めました。

 

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預金封鎖後、物価上昇の動きは弱まりました。

 

しかし、それはあくまで一時的で、その後、インフレは収まるどころか、逆に加速していきました。

 

その結果、預金は封鎖された2年余りの間に価値が大きく毀損しました。

林さんは「何十年もかけて貯めてきたお金なのに、数か月分の生活費しか残らなかった。 戦時中、そして戦後も国民はさんざんな目に遭った」と憤りを隠しません。

 

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預金封鎖もう1つのねらい

 

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国民生活を混乱させ犠牲を強いた預金封鎖。

 

この手荒い措置がどう決まっていったのか。

 

私は政策決定過程を検証しようと財務省に情報公開請求を行い、当時、非公開とされた閣僚や官僚の証言記録を入手しました。

 

すると、インフレ対策とは別に、もう1つのねらいがあったことが見えてきました。

それが如実に記されていたのが、渋沢大臣の証言記録です。

 

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この中で渋沢大臣は大蔵官僚だった福田赳夫氏から『通貨の封鎖は、大臣のお考えでは、インフレーションが急激に進みつつあるということで、ずっと早くから考えていられたのでございますか』と問われたのに対し、『いやそうではない。財産税徴収の必要から来たんだ。まったく財産税を課税する必要からだった』と答え、預金封鎖に込めたもう1つのねらいを吐露していました。

 

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渋沢氏が語った“財産税”とは? それは、国が戦争で重ねた膨大な借金の返済を国民に負わせる極めて異例の措置でした。

 

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「国債を買って戦線へ弾丸を送りましょう」。

 

政府は戦時中、国民に国債の購入を促し、国債を大量に発行しました。

その結果、政府の債務残高=借金は急増し、終戦前の昭和19年度末には対国民総生産比204%にまで膨らみ、財政は危機的状況に瀕しました。

 

このため政府は、借金返済の原資を確保しようと国民が持つ預貯金のほか、田畑、山林、宅地、家屋、株式など幅広い資産に25%から最高90%の財産税(対象10万円超)を課税することを決めたのです。

 

ただ、財産税を課税するには対象となる国民の資産を詳細に把握する必要がありました。

つまり、預金封鎖には、財産税徴収の前提となる資産把握のねらいもあったのです。

 

大蔵官僚の証言記録からは財政再建のためには国民負担もやむをえないという当時の空気がうかがえます。

 

『“天下に公約し国民に訴えて発行した国債である以上は、これを踏みつぶすということはとんでもない話だ” “取るものは取るうんと国民から税金その他でしぼり取る。そうして返すものは返す”』。

 

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さらに、戦時中を思わせるようなことばもあります。

 

『「一億戦死」ということばがある。みな一ぺん戦死したと思えば、相続税を一ぺん位納めてもいいじゃないか』。

 

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東京・北区にある旧古河庭園も財産税で国に徴収された資産の1つです。

 

申告された財産税の税額は国全体でおよそ400億円に上りました。

 

預金封鎖と財産税を決めた渋沢氏は後にNHKの番組で、「国民に対してこんなに申し訳ないことはないと思う。焼き打ちを受けると思うぐらいの覚悟をした」と振り返っています。

 

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預金封鎖現代への教訓

 

預金封鎖から69年。

 

国民の負担のもといったん改善した財政は、バブル崩壊後、経済対策として繰り返された財政出動、そして高齢化の進展による社会保障費の増大で再び悪化の一途をたどっています。

 

国の借金は今年度末に1100兆円を超え、対国内総生産比232.8%にまで膨らむ見込みです。

 

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日本総合研究所調査部の河村小百合・上席主任研究員は、当時と今では状況が大きく異なるとしたうえで、「国として負った借金というのは国民の借金であり、万が一、うまくまわらなくなれば間違いなく、国民にふりかかってくる。厳しい財政状況を国全体としてきちんと受け止める必要がある」として、悪化し続ける国の財政状況に警鐘を鳴らしています。

 

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ことしは戦後70年にあたります。

 

今回の取材で私は、林さんが「戦争は絶対にするものではない」と話していたことが強く印象に残りました。

 

なぜ日本は借金を重ねてまで戦争を続けたのか?その借金のつけをなぜ国民が負わなければならなかったのか?当時を証言できる人が年々少なくなっていくなか、いち記者として歴史の事実を取材し、伝え続けていかなければならないと深く考えさせられました。

 

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「預金封鎖」と「財産税」は、今では考えがたい措置で、経済大国となった現代の日本と当時とを安易に重ね合わせるわけにはいきません。 しかし、日本の財政が今、先進国で最悪の水準まで悪化していることを考えると、歴史上の出来事だと片づけてはならない問題だともいえます。 政府は、この夏までに今後5年間の財政健全化計画を策定することにしています。 歴史の教訓を肝に銘じ、同じ過ちを2度と繰り返さないよう現実を直視することが、現代を生きる私たちの責務ではないでしょうか。

 

(転載貼り付け終わり)

 

※2分過ぎ頃から番組内容が視聴できます 
 

(終わり)











 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 

 2015年3月23日、シンガポールの建国の父であるリー・クアンユー元首相が91歳で亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りします。


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 今回記事を書いている、パラグ・カンナについてですが、私は『ネクスト・ルネサンス』(講談社、2011年)という本を翻訳しました。若手の国際政治学者です。

 


 リー・クアンユーについて、そしてシンガポールについて、この論文を通じて学んでいきたいと思います。

 

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リー・クアンユーのライオン・シティーよ、永遠なれ(Long Live Lee Kuan Yew’s Lion City

―シンガポールを長年にわたって率いた指導者が亡くなった。しかし、彼の考えは彼が作り上げた国でこれからも生き続けることだろう

 

パラグ・カンナ筆

2015年3月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/22/long-live-lee-kuan-yew-s-lion-city-singapore/

 

 ヘンリー・キッシンジャーは彼を「歴史上の非対称」と呼んだ。マーガレット・サッチャーは「彼は決して間違わなかった」と言った。バラク・オバマは彼を「アジアにおける伝説的な人物の一人」と呼んだ。トニー・ブレアは「私がこれまで出会った中で最も優秀な指導者」だと語った。サミュエル・ハンチントンは、彼は20世紀の「優秀な建設者」の一人だと述べた。

 

 シンガポールの建国の父リー・クアンユーが2015年3月22日に亡くなった。彼について言えることは単純なことである。それは、21世紀において彼は最も称賛される指導者の一人だということだ。

 

 リーはこの8月に迎えるシンガポール建国50周年まで数カ月を残して亡くなったことを残念に思っていることだろう。しかし、彼が1959年から1990年まで率いた国シンガポールが植民地から独立した国々の中で最も成功を収めた国であることを知りながら安らかに眠りについたかもしれない。ペルシア湾岸地域の諸王国はうわべだけ立派だが、戦争、クーデター、石油価格の低落に苦しんでいる。アフリカは植民地時代の傷を癒すのに半世紀を要している。インドはようやく力を結集して経済成長を始めたばかりだ。更に言えば、シンガポールは経済成長を遂げた。1965年の一人あたりのGDPは516ドルであったが、現在では5万5000ドルにまでなっている。

 

 シンガポールは元植民地の国々と自国を比較することを止めて久しい。シンガポールは、競争力、住みやすさ、義塾革新、その他の指標で世界のトップグループに入っている。シンガポールはサウジアラビアよりもスイスに近い。最近、ある西洋人のジャーナリストがシンガポールに仕事で赴任した。彼はシンガポールの切れ目のない効率性、伝説的な清潔さ、超高層ビルと浜辺の適切な混合に魅了されていった。彼と私がお酒を飲んでいる時、彼は「近代性は今や東から始まり、西に流れている」と呟いた。私も2年前に事実上のアジアの首都シンガポールに居を移したが、同じことを感じている。シンガポールは驚くほど住みやすい都市だ。飛行機で4時間の範囲に40億人が住んでいるのである。(情報公開:私はこれまでいくつかのシンガポール政府の各部署と企業の有給の顧問を務めている)

 

シンガポールは、1963年にイギリスから、1965年にはマレーシアから独立した。独立当時、リーが参考にすべき国家建設モデルはほぼ存在しなかった。1950年代と60年代、リーはスリランカからジャマイカまで各国を訪問し、イギリスの元植民地の国具で真似ることが出来る国を探した。幸運なことに、リーは全く別のモデルを選んだ。彼はオランダの都市計画と埋め立て、石油・天然ガス会社最大手のロイヤル・ダッチ・シェルの経営構造、シナリオを中心とした戦略作成を学ぶ決心をした。「シンガポールは世界で最もうまく経営されている会社だ」とよく冗談のネタにされている。こんな冗談がうまれるのもリー・クアンユーがいたからだ。

 

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 アジア的な方式は借りることと改善することで成り立っていると考えられている。リーはそれをかなりうまくやってのけたのだ。その一つがイスラエルの徴兵制である。しかし、彼はまたシンガポールで生み出し世界で真似られているオリジナルのそして革新的な政策を実行した。交通渋滞を緩和するための電子道路課金システムはロンドンとストックホルムで利用されている。一方、エストニアと韓国では個人特定パスワードであるシングパスの自国版を利用している。これはデジタル身分認証システムで、政府のデータとサーヴィスをインターネットで利用できる。

 

 シンガポールは人口当たりの大富豪の割合が最も高い国の一つである。収入格差は大きいままだ。しかし、シンガポールで最低の収入層で生まれ、トップの収入層にまで上昇する人々の数はアメリカの2倍になる。コロンビア大学経済学教授ジョセフ・スティグリッツは、2013年に有名な記事を発表した。この中で、アメリカはシンガポール様式の効果的な公共住宅と年金システムの必要性を強調した。


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 リーはシンガポールを東京に次いで世界第2位(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット調べ)の安全な大都市に作り上げた。「法と秩序」の順番は逆だとリーは主張した。秩序が最初に来て、法は次だというのだ。もちろん、リーにとって秩序は公共の安全と政治の予測性が高いことを意味していた。リーはイギリスのケンブリッジ大学で法律家としての訓練を受けた。リーは政治の世界に入って来て自分のライヴァルになりそうな人物たちを躊躇なく排除した。作家、大学教授、ジャーナリスト、法律家、批評家といった人々が排除された。彼らは破産させられたり、投獄されたりした。もっと酷い場合には破産させられた上に投獄された。西洋諸国のマスコミがチューインガムと落書きに対する厳しい罰則に目を向けている間に、リーは政治的なライヴァル、チー・スウンジュアンとJB・ジェイアレトナムを排除した。

 

リーは頑固であったが、それまでのやり方を変化させることを恐れなかった。社会主義からリバータリアニズムまで、彼は、シンガポールにとって適切なモデルを見つけるまで、実践的に思想の良い部分を取り入れた。このモデルが、自由奔放に動き回る乳母国家(freewheeling nanny state)である。彼はこの複雑な世界において矛盾を恐れてはならないと考えた。彼が残した有名な言葉に「私は常に正しくあろうとしたが、それは政治的な正しさという意味ではない」がある。

 

リーは権力の継承者を探すのに苦労した。まず、1990年から2004年まで首相を務めたゴー・チョクトンに権力を譲った。その次にリーの息子であるリー・シェンロンが首相になった。リー・クアンユーは、彼個人ではなく、シンガポールのシステムに対して世界が注目することを望むだろう。リー・クアンユーが存命中であれば、彼が力強い実力者であるか、目立つ人物であるかについて考えることも良いだろうが、今では、基準となっているのは、個人や個性ではなく、機構なのである。リー・クアンユー主義はリー・クアンユー個人ではない。これこそは、リー・クアンユーが21世紀を象徴する人物である理由であり、西洋民主政治体制の象徴的人物であるトーマス・ジェファーソンやヨーロッパ連合の創設の父ジャン・モネが21世紀を象徴する人物ではないことの理由でもある。

 

 20世紀、超大国がブロック化し、それぞれが争っていた。21世紀は自治都市国家と州(省)が数多く共存する時代である。約150の国々は人口1000万人以下である。こうした国々の指導者たちは、ワシントン(アメリカの首都)、ブリュッセル(EUの中心)、北京(中国の首都)ではなく、シリコンヴァレー、ドバイ、シンガポールに目を向け、インスピレーションを受けている。

 

 当時の中国の最高指導者鄧小平は、1978年、シンガポールを訪問した後に深圳経済特区を創設した。30年に及ぶ前代未聞の中国の近代化がここから始まった。これ以降、シンガポールは、中国全土に工業化された都市を建設し、統治する際に参考となってきた。インドの政府高官たちはインド首相ナレンドラ・モディが選挙期間中に100の「スマート都市」建設を公約に挙げるのを手伝った。21世紀は都市化の世紀であるが、世界第1位、第2位の国家がそれぞれ、シンガポールのような繁栄した都市の集合体として主権国家になろうとしているのだ。

 

 シンガポールには統治がある。シンガポールのスタイルは、西洋諸国の政府が行っているようなひどい行き当たりばったりの対処は言うまでもなく、テクノクラートをうまく使い、現代の民主政治体制の欠点を少なくすることは明らかだ。シンガポールのスタイルが持つ解決法、それは、データ主導の統治であり、実力主義の公務員システムである。

 

シンガポールの公務員システムは螺旋階段のようなものだ。各段階で公務員たちは、全く別の省庁でキャリアを積み、幅広い知識と実戦的な経験を積む。対照的に、アメリカ政治はエレベーターみたいなものだ。ある人がシステムの一番下に入って、そこから一気にトップにまで行くことが可能なのだ。その間で学ぶべきことをスキップすることが出来るのだ。選挙前、選挙期間中、選挙後、国民に対して常に問いかけ、主要な指標で進歩を測定することがシンガポールの特徴なのである。そこにあるのは政策であって、政治ではない。

 

現在、シンガポールの最高指導部は、「情報国家(info state)」と私が呼ぶ適応力の高いモデルを構築中である。このモデルでは、データと民主政治体制を混合した形での統治が行われる。データは、シンガポールの「スマート国家」戦略において具体化されている。この戦略では、全ての国民が年金から納税までをそれぞれの持つモヴァイル装置で行えるようにするというものだ。

 

 民主政治体制の構築は進行中である。2011年、与党人民行動党は得票で過半数を得られなかったが、何とか議会で過半数を維持した。2016年、有権者たちは政治的な多様性をより推し進めていくだろう。政治的な多様性の欠如のために、シンガポール国民の「幸福度」調査の結果はいつも低いものとなっている。本当のところは、シンガポール国民は他の国々の人々同じく位に幸せではあるが、決して満足している訳ではない。建国の父と同じくらいに、若いシンガポール国民は矛盾を抱えている。彼らは不平不満を漏らす完璧主義者でありながら、野心的な怠け者である。リーは、複雑になり続ける世界における創造的な問題快活者である。シンガポール国民の次世代は、リー・クアンユーのようにならねばならない。これからのシンガポールはリー・クアンユーと同じくらいに時代を象徴する存在となっていくのだから。

 

(終わり)














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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

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 副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)を皆様に強くお勧めします。

  


 先日、入手し、さっそく読み始め、読了しました。この本はアメリカ政治情報と分析だけでなく、ヨーロッパ、中東と東アジアの分析まで含まれた広範な内容になっています。2013年から2014年までの世界の動きを概観し、重要な動きを分析し、そこから得た結論がタイトルとなっている「日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る」ということになります。「戦争?そんなアホな」と思っておられる方々は、タイトルを見ただけで「与太話」の本だと思って忌避されるかもしれませんが、俗に言う「騙されたと思って」読んでみてください。目からうろこの情報と分析が満載です。

 

 拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)で私が提示した枠組である、共和党の「ネオコン」と民主党の「人道主義的介入派」対「現実主義派」を副島先生も発展させた形で本の中で使っておられたので、私としては、大言壮語をするつもりはありませんが、とても誇らしく思っています。更には、2016年の米大統領選挙の分析でも、私がこのブログでご紹介した「リベラル・リバータリアン連合」を本の中でご紹介いただいています。
 
 


 まだまだ副島先生の足元にも及びませんが、「情報の目利き」だけは少し勘所を掴んだかなと思います。そして、私が重要だと思う情報は、このブログでこれからも適宜皆様にご紹介して参ります。もうすぐしたら、ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」内の「今日のぼやき」コーナーで私のアメリカ大統領選挙の現状分析も掲載されると思いますので、そちらもお読みください。

 

※ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」のアドレスは以下の通りです。

http://www.snsi.jp/

 

 私が最近、ご紹介したトム・コットン連邦上院議員(アーカンソー州選出、共和党)の危険性についても、あのイランに対する無礼極まりない公開書簡の前に既に本にして紹介されているところから見ても、この本の網羅している情報の確かさ、分析の確かさは証明されていると思います。

 

 ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く(上)(下)』(幾島幸子、村上由見子訳、岩波書店、2011年)の重要性もまたこの本の中で指摘されています。自然災害(天災)と戦争(人災)を使って、人々の思考力と判断力を奪って、権力者たちと公務員たちが自分たちの思い通りの政策を実行しようとする、この汚いやり方に対抗するためには、「そういうことがあるのだ」ということを知り、それをしっかり理解するしかありません。
 

 

 世界は、戦争を回避して大きな厄災を避けようとする指導者たちと戦争をして(一般の人々の不幸と悲劇を無視できる)、自分たちの利益を追い求めようとする指導者たちとの分裂を反映し、この分裂によって動いていることが分かります。日本は残念ながら、後者の方のアホな指導者を持っているという点で、とても不幸な状況にあります。興味深かったのは、ヨーロッパ各国で台頭している「民族的、極右政党」と日本の「ネトウヨ」との越えられない大きな違いです。やはり近代と前近代の違いがそれぞれの特徴に大きく反映しているのだなと納得できました。

 

 国際紛争の6つの段階の表は専門家でもなかなかうまく説明できないし、そもそもあまり区別などしてこなかった部分だと思います。国際法や戦争法の専門家であれば区別に注意を払うでしょうが、歴史学者や政治学者にとっては盲点かもしれません。「①議論、対立(argument)→②軍事衝突(military conflagration, armed conflict)→③事変、紛争(military conflict)→④戦争(warfare)→⑤和平交渉(peace talks)→⑥平和条約。講和条約=戦争終結条約(peace treaty)」のそれぞれの要素はしっかり覚えておかねばなりません。これからこの段階を踏んでいく「現実」(約80年前には日本にもあった「現実」です)を私たちは経験することになるのでしょうから。

 

 何か悲劇的な事件が起きて、悲しんだり、憤ったり、復讐心を持ったりすることは自然なことです。しかし、そうした事件が起きた後に、「いや待てよ、これは何か仕組まれているんじゃないのか」と考えること、副島先生の『余剰の時代』(ベスト親書、2015年)にあった「少し臆病に生きる、疑ってみる」ことが、騙されたり、操られたりしないために重要なのだということ、そして、知識と情報を持つことが何よりも自衛になること、それがこの本の大きなテーマなのだと思います。

 

 私の理解では、ネオコンと人道主義的介入派が「利用」している外国勢力がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相であり、日本の安倍晋三首相です。両者ともに評判が良くないにもかかわらず、総選挙で勝利を収めました。これもまたショック・ドクトリンの成果でもあります。イスラエル国民はイランからの、日本国民は北朝鮮からのミサイルが飛んでくるぞと脅され、「そうならないようにするためには力強いことを言っている指導者を選ぶしかない」ということになってネタニヤフと安倍晋三がそれぞれ指導者に選ばれました。しかし、これが「ショック・ドクトリン」だったらどうでしょう。ネオコンや人道主義的介入派がそれぞれの国の世論を「操った」と考えたらどうでしょう。イスラエルとイラン、日本と北朝鮮をそれぞれ反目させることで誰が利益を得るかを考えるとこのことはすぐに理解できると思います。

 

 世界の不幸と悲劇が私たちの生活に襲い掛かってくることがあっても、慌てず騒がす、粛々と生きていく、この強さを手に入れたい皆様には必読の書だと思います。是非手に取ってお読みいただきたいと思います。

 

(終わり)










 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 2015年3月17日にイスラエルで総選挙が行われ、劣勢が伝えられていたベンヤミン・ネタニヤフ首相率いるリクードが第一党となりました。これでネタニヤフ首相は続投となります。

 

 2014年12月の日本の総選挙でも、自民党が300議席に迫る勢いで勝利を収めましたが、この時の衝撃と似ています。

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選挙前のクネセトの議席数 


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選挙後のクネセトの議席数
 

 日本では北朝鮮、イスラエルではイラン(もしくはイスラム国)が「攻めてくる」という恐怖感を煽って、好戦的な政党と政治家が選挙で勝利を収めています。「人々が右傾化している」というよりも、人々が脅されていると言えるのでしょう。

 

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金輪際ネタニヤフを信頼するな(Never Trust Netanyahu

―イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの最近の政治的な行動が示しているのは、彼が最悪の種類の機会主義者であるということだ。アメリカは彼がこれ以上最悪の行動を取ることを許してはならない。

 

リサ・ゴールドマン筆

2015年3月19日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/19/never-trust-netanyahu-israel-election-obama/

 

 ここ数週間、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは権力の座に留まるためなら何でもやる人間であることを示し続けてきた。彼が権力に固執することで、イスラエルの最大の同盟国であるアメリカとの関係を弱めることになっても、彼は構わずに権力を握り続けることに拘る。人種差別的な、昔アメリカに存在したジム・クロウ法のような差別的な選挙法を推し進めることになっても、彼は何も気にせずにそれを推し進めるだろう。彼は判断力があって知識もある人々に向かって嘘をつき続けることになっても、嘘をつき続けることだろう。ネタニヤフの人格を理解する上で重要なことは、彼が自己を満足させるために2つのことを気にかけていることを理解することだ。1つは権力の座に留まることであり、もう1つはゴラン高原とパレスチナ占領地域に対するイスラエルの支配を継続することだ。

 

 2015年3月17日、ネタニヤフは総選挙で勝利した。イスラエル国内のリベラル派と外国の専門家たちは選挙結果に衝撃を受けた。選挙戦を通じて、彼らは一般有権者が安全保障問題やネタニヤフが3月3日に行ったアメリカ議会演説よりも、経済問題により大きな関心を持っていると考えていた。更には、ネタニヤフの3月3日のアメリカ連邦議会での演説は賛否両論を巻き起こしたが、これによってネタニヤフは支持率を引き上げることに失敗し、アメリカとの関係を傷つけたことで、反対票が投じられることになると考えていた。ネタニヤフが「人目を引くような行動」をいくらやっても挽回は無理だろうと私の同僚の一人は語っていた。選挙日直前の最終の世論調査では、ネタニヤフ率いるリクードは20議席を獲得し、主なライヴァルであるザイオニスト・ユニオンは24議席を獲得すると見られていた。ネタニヤフは権力の座に長くい過ぎたために、有権者を理解できなくなっているのではないかと思われていた。

 

 実際には、ネタニヤフは誰よりも有権者を理解していたということになった。選挙直前、ネタニヤフは低俗な、人種差別的な大衆煽動ばかりを行ったのだ。彼は有権者の持つ恐怖感と部族(「リクード族」)への所属感を刺激した。彼らは、イギリス人が贔屓のサッカーチームに対するのと同じように、リクードに対して忠実である。

 

 イスラエルのインターネットのニュースサイトであるNRG(アメリカの大富豪シェルドン・アデルソンが所有している)とのインタビューで、ネタニヤフは、「自分の目の黒い内はパレスチナ国家の成立を許さない」と明確に述べた。フェイスブック、ツイッター、SMS,自動ヴォイスメールを通じて、有権者たちに次のように訴えた。「私は皆さんと左翼が率いる政府の間に立っています。左翼政府はエルサレムを分割し、1967年の段階の国境にまで撤退しようとするでしょう。テルアヴィヴとベン・グリオン空港を見下ろすヨルダン川西岸地区を開放することでそこにイスラム国が入り込んでくるでしょう」

 

 選挙日当日、ネタニヤフはフェイスブックに30秒間の酷い内容の動画を掲載した。その中で、彼は中東の地図を背にして立ち、予備役将兵に対して国家安全保障の緊急事態が起きているかのように訴えた。枯れは次のように述べた。「右派の政府は危機に瀕しています。アラブ人たちが町中の投票所に押し寄せています。左派のNGOがバスを使って彼らを投票所に運んでいるのです」。ネタニヤフは、軍隊の緊急時を示す用語である「ツアヴ8」という言葉を使いさえしたのだ。

 

 イスラエルの有名なジャーナリストであるハノク・ダウムがフェイスブックに挙げた文章を多くの人々がシェアした。そこには、超正統派とパレスチナ人の有権者の票を除くと、3人に1人がリクードに投票したことになると書かれていた。そして、クネセトの過半数の議席は、右派とナショナリズム勢力が占めているとも書かれていた。

 

 イスラエル以外の国々で衝撃が走った。しかし、実際にはイスラエルはもはや右派的な社会となり、人種差別的な言辞が普通に使われるようになっている。例えば、「アラブ風」という言葉は、低俗でけばけばしい意味で使われている。イスラエル国会クネセトの右派的な議員たちはここ数年、アラブ系の議員たちに対して、彼らが演説をしている際に、暴力をふるうようになっている。西洋諸国のリベラル派にとっては衝撃的な事例が数多く起きている。しかし、イスラエル国内では無視されている。クネセトの議員たちは、スーダンからの移民たちを「私たちの体に巣食う癌細胞」などと演説の中で言ってしまう始末だ。

 

 同様に、世界中のマスコミは、ネタニヤフのパレスチナ国家の樹立を拒絶発言に関して、ほとんど取り上げてこなかった。昨年7月、イスラエル国防軍が駐留しない限り、パレスチナ国家の樹立を容認しないとネタニヤフは演説の中で述べた。「イスラエル国防軍の駐留」は別の形での軍事占領である。彼の演説は世界中のマスコミが取り上げず、イスラエル国内のマスコミもほとんど報道しなかった。NRGとのインタビューでネタニヤフは、かなり率直な言葉遣いであった。ここがある種の転換点であった。3月3日のアメリカ連邦議会演説でネタニヤフはバラク・オバマ米大統領を大いに侮辱した。このインタビューはそれに続くものであった。

 

 ホワイトハウスは、2国共存を否認することでイスラエルは外交分野において厳しい状況に追い込まれると示唆した。数カ月前、ハアレツは漏えいしたとされるEUの公式文書をすっぱ抜いた。そこには、イスラエルがヨルダン川西岸地区から撤退すること、パレスチナ国家の樹立の交渉を公式に拒絶した場合には、イスラエルに特別な経済制裁を科すと書いてあった。ネタニヤフはやり過ぎだと世界が見ていることを示していた。

 

しかし、ネタニヤフは態度を豹変させた。総選挙の2日後の2015年3月19日(木)、ネタニヤフはMSNBCの記者に対して穏やかな態度で、2国共存の解決法を否認はしなかった。ネタニヤフは「現実が変化したのだ」と述べた。更には、パレスチナのマウムード・アッバス議長は、イスラエルをユダヤ国家として承認することを拒否し、彼はハマスとの間にイスラエルを破壊するための協定を結んだ、とも述べた。

 

 2つの発言は共に実質的には嘘である。2009年にアッバス議長に対してイスラエルをユダヤ国家として承認するという条件を押し付けて状況を変えたのはネタニヤフ自身である。それまでのパレスチナ側との交渉でこうした条件は持ち出されたことはなく、全く新しい条件であった。ハマスとPLOの間に存在すると言われている協定からすれば、この条件は受け入れがたいものであった。ネタニヤフはただ単に嘘をついたのだ。しかし、彼の発言はもっともらしいものである。ネタニヤフはアメリカのマスコミに対応し、簡単な質問に答える時にその準備をしっかりやっている。ネタニヤフが何年もイスラエルのマスコミからの取材を受けつけずに、アメリカのテレビや新聞の取材には積極的に応じてきたのは何の不思議もない。

 

問題は、アメリカがこれからもネタニヤフの行動を許容し続けるかどうかである。ネタニヤフは、ヘブライ語で「自分の目の黒い内はパレスチナ国家の樹立を許容することはない」と明確に言い切った。それから2日後、彼は穏やかな態度でアメリカ人のジャーナリストたちに対して、英語で、そのようなことは言っていないと述べた。彼は流ちょうな英語を話し、英語を母国語としない人にありがちなアクセントもない。

 

 イスラエルはほぼ50年間にわたってヨルダン川西岸地区を占領してきた。ほぼ10年にわたり軍隊を使って、ガザ地区を封鎖してきた。イスラエルはそうした政策を変更する意図を全く見せていない。これは継続可能な状況ではない。イスラエルが支配する地域には約1300万人が暮らしているが、800万人しか投票権を持っていない。「アメリカとイスラエルは価値観を共有している」と主張するアメリカ人はイスラエルに対して、ジム・クロウ法も共有する価値観なのかどうかを尋ねる必要がある。セルマ自由行進50周年の記念式典で、エドマンド・ペタス橋の上で行ったオバマ大統領が行った演説の感動から考えて、ジム・クロウ法はアメリカの価値観でもなんでもない。オバマ政権はもうネタニヤフが自分たちに嘘をついているなどとは考えてないなどと振る舞うことは止めるべきだし、ネタニヤフが信頼できない人物であるかどうかは分からないなどと言う姿勢を取ることも止めるべきだ。オバマ政権がやるべきことはただ一つ、「イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフは歓迎されざる人物(persona non grata)だ」と宣言することだ。

 

(終わり)








 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 アメリカ外交についての記事を2つご紹介します。少しマニアックですが、このブログの記事をお読みいただいている皆様には「なるほど」と思っていただけるものだと思います。

 

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民主党所属の連邦上院議員:キューバとの合意は「野蛮な行動」を引き起こす(Senate Dem: Cuba trade rewards 'brutal behavior'

 

ピーター・サリヴァン(Peter Sullivan)筆

2014年12月17日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/227400-top-senate-dem-slams-obama-on-cuba

 

 連邦上院議員外交委員会の民主党側のトップであるロバート・メネンデス連邦上院議員(ニュージャージー州)は、キューバで拘束されていたアメリカ人の解放に関する合意について、オバマ大統領を批判した。

 
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メネンデス議員(左)とオバマ大統領

 キューバに対する厳しい姿勢で知られるメネンデスは声明の中で次のように述べている。「オバマ大統領の行動はキューバ政府の野蛮な行為を正当化している。国際支援に関わったアメリカ人と我が国に対してのスパイ活動で有罪となったスパイを交換することは正しくない」

 

 アメリカの海外支援に関わっていたアラン・グロスは5年にわたりキューバで拘束されていた。彼は、キューバの小さなユダヤ人社会のためにインターネットの構築を行おうとした。グロスは水曜日に、スパイ容疑で有罪判決を受けた3名のキューバ人との交換で解放された。

 

 メネンデスは「大統領の今回の行動は大変危険な前例となる」と述べた。

 

 「これ以降、独裁国家やならず者国家は海外で働くアメリカ人たちを交渉の手駒として使うようになるだろう。私は、市民社会を支援し、情報にアクセスし、人道支援を行うために海外で働く多くのアメリカ人たちを危険に晒すことになるだろうと危惧している。」

 

 オバマ大統領はキューバとの国交正常化を始めようとしている。これは政治の世界に大きな反響を巻き起こした。民主、共和両党の一部からはオバマ大統領の決断に関して批判が起きた。

 

メネンデスの声明について質問され、ホワイトハウスのジョシュ・アーネスト報道官は、オバマ政権は「メネンデス上院議員に対して尊敬の念を持っている」としながらも、キューバとの合意についてのメネンデスの声明の内容について否定した。

 

 報道官は「私たちは声明の内容については完全に不同意である。キューバに対して弱腰になっているのではない」と述べた。

 

 アーネスト報道官は、メネンデス議員はグロスと3名のキューバ人スパイが交換されたと述べたがこれ間違っていると述べた。報道官は、グロスは人道に基づいて解放されたのであり、一方、キューバ人スパイの釈放は、20年近くにわたってキューバで拘束されていたアメリカの諜報機関のある人物との交換であったと述べた。

 

「譲歩した訳ではない。グロス氏は人道に基づいて解放されたのだ」

 

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元戦争特派員が国務省の上級職に就任

 

ジョン・ハドソン(John Hudson)筆

2015年3月6日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/03/06/former-war-reporter-scores-senior-post-at-state/

 

 ジョン・ケリー国務長官は『ワシントン・ポスト』紙で戦争特派員をしていた経験を持つジョン・フィナーを自身の首席補佐官に昇進させた。先月、長年にわたりケリーに仕えてきたデイヴィッド・ウェイドが首席補佐官の職から退いていた。

 

 金曜日、ケリー国務長官は国務省の職員宛ての手紙を発表し、その中でフィナーの世界各国でジャーナリストとして活躍した経験を賞賛した。その中には、イラク戦争中、アメリカ海兵隊部隊に同行して取材活動を行ったことも含まれている。

 

ケリーは、「こうした経験を通じて、ジョンはアメリカの外交政策とそれが世界中に及ぼす影響についての独自の視点を獲得した」と書いている。

 

 ケリー国務長官の次席補佐官に就任する前、フィナーはトニー・ブリンケン国務副長官が、大統領国家安全保障問題担当次席補佐官を務めていた時にブリンケンの上席補佐官を務めていた。その前は、ジョー・バイデン副大統領の特別補佐官と外交政策に関するスピーチライターを務めた。

 

 首席補佐官の仕事は、国務長官との長時間にわたる打ち合わせと海外訪問の同行である。首席補佐官への昇進によって、元ジャーナリストのフィナーには長時間の勤務が求められる。

 

 ケリーは次のように書いている。「これから2年間で私たちにはやらねばならないことが多く残っている。イランの核開発を巡る交渉、インドとの関係強化、中国との戦略対話の準備、キューバとの国交正常化の努力などが挙げられる。こ職員全員の日々の献身と努力なしにこれらを成し遂げることはできない」。

 

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ジョナサン・フィナー

次席補佐官(2013年9月12日―)

http://www.state.gov/r/pa/ei/biog/bureau/220571.htm

 

 ジョン・フィナーは米国務省の次席補佐官である。彼は過去4年間、ホワイトハウスに勤務した。その期間のほとんどで、大統領国家安全保障問題担当次席補佐官であったアントニー・ブリンケンの上席補佐官を務めた。また、ジョー・バイデン副大統領の中東・北アフリカ担当特別補佐官と外交政策スピーチライターを務めた。2009年、オバマ政権にホワイトハウスの職員として参加し、首席補佐官事務室で勤務し、その後国家安全保障会議補佐官を務めた。

 

 政府の仕事に就く前、ジョンは『ワシントン・ポスト紙』で外国特派員や記者として働いた。彼は20カ国以上で取材活動を行い、イラクで18か月を過ごした。2003年のアメリカ軍のイラク侵攻の際にはアメリカ海兵隊部隊に同行し、2005年から2006年にかけてはバグダッドを拠点に取材活動を行った。2009年にはガザでの衝突、2008年にはロシアとグルジアとの間の紛争、2006年にはイスラエル・レバノン間の紛争を取材した。更には2004年の大統領選挙、同年のメジャーリーグのプレイオフの取材も行った。

 

 ワシントン・ポスト紙に入社する前、ジョンは、ヘンリー・ルース財団の研究員と『ファー・イースタン・エコノミック・レヴュー』紙の編集者として香港に1年間滞在した。ジョンはイェール大学で法務博士号を取得した。また在学中には「イラク難民支援プロジェクト」を共同して立ち上げた。ローズ奨学生としてイギリスに留学し、オックスフォード大学で修士号(国際関係論)を取得した。彼はハーヴァード大学で学士号を取得している。

 

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デイヴィッド・ウェイド

首席補佐官(2013年2月1日―)

http://www.state.gov/r/pa/ei/biog/210993.htm

 

 デイヴィッド・ウェイドは、ジョン・F・ケリー国務長官の首席補佐官である。首席補佐官は、ケリー国務長官の補佐官たちを管理し、政策立案、マスコミ担当、長官の職務の管理に関わっている。彼はまた、国務長官の考え、懸念、発案などを官僚たちに伝達する役目を担っている。

 

2008年から2013年にかけて、ウェイドはジョン・F・ケリー連邦上院議員(当時)の首席補佐官を務めた。同時期、ケリー議員は、連邦上院外交委員会院長を務めた。

 

 ジョン・ケリー議員の首席補佐官を務める直前、ウェイドは副大統領候補に指名された、ジョー・バイデン連邦上院議員(当時)の広報担当とマスコミ担当補佐官を務めた。

 

 ウェイドは、長年にわたり、国内政治に関わり、連邦議会で働いた。特にジョン・ケリー議員(当時)の下で様々な仕事を行った。スピーチライター、マスコミ担当、広報担当、次席補佐官、2004年のジョン・ケリーの大統領選挙ティームのマスコミ担当を務めた。

 

 ウェイドはコネチカット州出身で、ロードアイランド州プロヴィデンスにあるブラウン大学を卒業し、1996年にはハリー・S・トルーマン奨学金を獲得し、2010年にはジョン・C・ステニス研究員となった。

 

(終わり)










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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 3月上旬のイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフのアメリカ連邦議会での演説とイスラエルの総選挙の結果はアメリカ政治に大きな分裂の原因となりました。今回はそれについての記事を皆様にご紹介します。

 

 アメリカ政治における大きな分裂については、副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争が迫り来る』(講談社、2015年)でも詳しく分析されていますし、拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)ではその枠組をいち早く提示したという自負もあります。また、本ブログでは重要な情報をご紹介しております。
 

 

 これからもよろしくお願い申し上げます。

 

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ベンヤミンは勝ったが、AIPACは負けた(When Bibi Won, AIPAC Lost

―イスラエルはアメリカ政治においてより分裂を招く問題になってしまった

 

ピーター・ベイナート筆

2015年3月19日

『ジ・アトランティック』誌

http://www.theatlantic.com/international/archive/2015/03/when-bibi-won-aipac-lost/388203/

 

ベンヤミン・ネタニヤフの勝利の裏には破れ去った犠牲者がいる。イサク・ヘルツォグはネタニヤフを首相の座から追いとしたいと考えていた。バラク・オバマは共和党と一緒になって自分を攻撃しない、そしてイスラエルとパレスチナ二国共存によるパレスチナ問題解決を支持する人物がイスラエルの首相になって欲しいと望んでいた。彼らが犠牲者であることは明らかだ。

 

 分かりづらい犠牲者たちも存在する。ここ数カ月の間にネタニヤフ首相が米国イスラエル広報委員会(American Israel Public Affairs CommitteeAIPAC)に対して行ったことを考えてみよう。AIPACはワシントンにおいて、アメリカ・イスラエル同盟のために活動するロビー団体である。AIPACは右派の組織だと批判する人々もいる。しかし、組織内部は全くそのようなことはない。AIPACのスタッフたちは戦闘的であるが、超党派である。つまり、彼らは誰がワシントンで権力を握ってもそれに関係なく影響力を維持できるようにしている。それでも歴史的に見て、AIPACの会員たちは多くが民主党員や民主党支持者である。 ユダヤ系アメリカ人の多くが民主党員や民主党支持者である。従って、巨大な、そしてユダヤ系アメリカ人世界の主流派を形成するAIPACの会員の多くもまた民主党支持となるのも当然のことだ。

 

 AIPACはイスラエルとパレスチナの共存によるパレスチナ問題の解決(two-state solution)を支持している。それは、「イスラエルは民主政治体制であるのだから、アメリカはイスラエルを支持すべきだ」という主張がAIPACの基本にあるからだ。クリスチャン・ユナイテッド・フォ・イスラエルのような宗教右派グループは、イスラエルとアメリカは宗教上の強いつながりがあるからアメリカはイスラエルを支持すべきなのだと主張する。しかし、そのような宗教を絡めた主張を行うことで、AIPAC内部の民主党支持の会員を含む、多くの民主党員をかえってイスラエル支持から離れさせてしまうことになるとAIPACは認識しているのだ。AIPACは、「民主政治体制への関与、法の支配、信教と言論の自由、人権こそは、アメリカとイスラエルが共有している、両国の核となる価値観である」と強調する。イスラエルがヨルダン川西岸地区の数百万のパレスチナ人たちに市民権、投票権、移動の自由を認めずに、戒厳令下で軍事的な支配を続けることをAIPACは望まないし、支持しないのである。従って、AIPACはイスラエルによるヨルダン川西岸地区の支配は一時的なものであり、パレスチナによる反乱に対して民主的な志向を持つイスラエル政府が心ならずも非民主的な対応をせざるを得なかった、悲しい現実なのだと主張しているのだ。

 

 こうした点から、ネタニヤフの最近の行動は、AIPACにとっては迷惑なものなのである。2009年にパレスチナ国家について不承不承支持することに同意したはずなのに、今回の総選挙の選挙運動の最終盤になってネタニヤフはその支持を撤回する発言を行った。AIPACは自分たちのウェブサイト上で「ユダヤ人国家イスラエルと非武装のパレスチナ国家の2つの国家の共存が交渉を通じて合意された」ことを支持すると発表していたが、ネタニヤフの行動によって困った立場に置かれることになった。AIPACがネタニヤフを支持して、2国家共存への支持を放棄すると、AIPACは世俗的な会員、民主党支持の会員、アメリカとイスラエルが共有している民主政治体制を理由にして支持してくれている会員たちが離れてしまう危険性があり、そうした人々がハト派の親イスラエル団体であるJストリートに向かうと考えられる。しかし、AIPACが自分たちとネタニヤフとの間に距離があるということを公に認めてしまうと、よりタカ派的な会員たちが離れてしまう危険がある。彼らはイスラエル首相が誰であれその人物に対するアメリカ政府の批判をいっさい認めない。彼らはネタニヤフを賞賛しているので特に彼に対する批判を容認しない。

 

 更に言うと、ここ数カ月のネタニヤフはアメリカ国内で全く別の分裂した評価を受ける人物となった。共和党は彼を愛している。それは彼がタカ派であるだけでなく、オバマ大統領の敵であるからだ。民主党員の多くは同じ理由から彼を嫌っている。党派性の強いユダヤ人団体にとってそれは都合の良いことであった。民主党に近いJストリートは、会員たちにネタニヤフからの攻撃に対してオバマを擁護するように呼びかけている。ザイオニスト・ユニオン・オブ・アメリカと、右翼の大富豪であるシェルドン・アデルソンからの資金援助を受けているラビのシュマリー・ボテック率いるディス・ワールド:ザ・ヴァリュー・ネットワークのような団体は、オバマからの攻撃からネタニヤフを擁護するように呼びかけている。AIPACはこの2つの間に挟まれ、何も発言できず、取るに足らない存在のようになっている。

 

 AIPACが取るに足らない存在などではない。ワシントンで最も有力なユダヤ系アメリカ人団体である。しかし、AIPACは党派対立やイデオロギー対立の激しくなっているこの時代にそぐわないのである。一般有権者からすると、共和党と民主党ではイスラエルに対する姿勢が異なっており、その相違が大きくなっているように見える。共和党はイスラエルを、アメリカに憎悪を抱いているイスラム教徒たちに包囲されたユダヤ・キリスト教の最前線基地だと考えている。民主党は、イスラエルを母国アメリカでは人気のない「ネオコンサヴァティヴ」派の人々によって率いられている国だと考えている。AIPACはこの分裂がワシントンを二分させないようにする必要がある。AIPACからすると、民主党所属の連邦議員たちには有権者たちの本能に抵抗して欲しいということになる。共和党に対しては、党派的な利益のためにイスラエルを利用して、有権者たちに取り入るのをやめて欲しいと思っている。そして、民主党支持者たちがAIPACからこれ以上離れないようにして欲しいと願っている。

 

 イサク・ヘルツォグはこのような試みにとっては良いパートナーになったことだろう。彼はオバマ大統領を尊敬しており、そのことで民主党側は安心感を得られたことであろう。しかし、彼がイスラエル国民による選挙の結果としてイスラエル首相になることで、共和党側からはその立場に対する尊重を得ることが出来たことであろう。ヘルツォグが選挙に勝利していれば、自然な形で2国共存の解決を支持したことであろう。そうすればAIPACはこれまでの主張を繰りかえることが出来ただろう。それは、「パレスチナ国家が成立しないのはパレスチナ人側の失敗である」というものだ。これから数年間、ネタニヤフが首相の座に留まることになる。それによってイスラエルはアメリカ国内でより分裂を招く問題となることだろう。AIPACにとってみれば、選挙の投開票があった火曜日は最悪の日ということになる。

 

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ベイナーがイランとの交渉最終日にイスラエルを訪問(Boehner to visit Israel on Iran deadline

 

ベン・カミサール筆

2015年3月20日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/236400-boehner-to-lead-trip-to-israel-meet-with-netanyahu

 

 連邦下院議長ジョン・ベイナー(オハイオ州選出、共和党)は共和党所属の連邦議員のグループを引き連れて、3月31日からイスラエルを訪問し、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフと会談を行う予定であることが明らかになった。3月31日はアメリカとイランとの核開発を巡る交渉の最終日になっている。

 

 イスラエル政府のある高官はCNNに対してベイナーのイスラエル訪問の予定がある子を認め、イスラエルの新聞『ハアレツ』紙は、連邦議員たちは3月31日にイスラエルに到着することになると報じている。この訪問は総選挙前から計画されていたということだ。

 

 共和党の連邦議員たちはオバマ大統領が進めているイランとの交渉に対して批判的であり、交渉によって、イスラエルの破壊を求めているイランに対して行動の自由を認めてしまうことになると主張している。ベイナーは3月上旬に、オバマ政権に相談することなくネタニヤフを議会での演説のために招聘したことでホワイトハウスと民主党の怒りを買った。ホワイトハウスの高官たちはこの行動を外交儀礼に反するものと厳しく批判し、多くの民主党所属の連邦議員たちはネタニヤフの議会演説を欠席した。この演説には政治的な意図が隠されており、数週間後にはイスラエル国会の総選挙が控えていた。

 

しかし、ベイナーと他の共和党所属の連邦議員たちは、ネタニヤフの演説を擁護し、彼が反対しているイランとの核開発を巡る交渉について意見を聞くのは重要だと述べた。

 

 こうした争いはネタニヤフとオバマ大統領の間の冷め切った関係を示すもので、2人は長年にわたり衝突してきた。2012年の米大統領選挙で、ネタニヤフは共和党の候補者ミット・ロムニーを支持したことで批判された。ネタニヤフとロムニーはボストン・コンサルティング・グループで一緒に働いた経験がある。

 

 ネタニヤフは総選挙の前に2国共存への支持を撤回するかのような発言を行ったが、これはここ数十年間のアメリカの外交政策と大きく矛盾するものなのである。ホワイトハウスによると、今週木曜日、オバマ大統領はネタニヤフ首相へ選挙に勝利したことを祝すために電話をかけ、その時に、「アメリカは長年にわたり2国共存による解決のために努力してきたことを再確認」したということである。

 

 ネタニヤフ首相は、NBCのニュース番組「ナリトリー・ニュース」でインタビューを受け、その際に選挙前の発言からトーンを落とした発言を行い、イスラエルとアメリカとの間には強固な関係が存在することを再確認した。

 

 イスラエル国会クネセトの総選挙でリクードが多数を制したことから、ネタニヤフは首相の座に留まると予想されている。

 

(終わり)











 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 

 古村治彦です。

 

 日本でも政治家の劣化は激しいですが、アメリカでも同じようです。その代表例がトム・コットンです。トム・コットンのアホさ加減については、記事の中でも言及されています。大変「東洋的」と言うか、罰則の親族連帯責任論を唱えているというのは、時代遅れです。そして、彼が恐らく誇りに思っている西洋文明とは全く相いれないものです。

 

 どうも世界は悲劇で満ち溢れているようです。

 

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トム・コットンの影響力(Tom Cotton’s Influence

 

エイミー・デイヴィッドソン筆

2015年3月13日

『ニューヨーカー』誌

http://www.newyorker.com/news/amy-davidson/tom-cotton-iran-letter?mbid=social_facebook

 

 テネシー州選出で共和党所属のボブ・コーカー連邦上院議員は、3月12日に『ザ・ヒル』誌の取材に対して、「今週末まで私はこのように勢いがつくとは思わなかった」と述べた。彼は、「イラン・イスラム共和国の指導者たち宛て」の書簡についての取材に対してこのように答えたのだ。この書簡には、47名の共和党所属の連邦上院議員たちが署名した。その中には、アーカンソー州選出のトム・コットン議員も含まれている。コットン議員がこの書簡を主導したのだ。この書簡は、オバマ政権が進めているイランとの核開発を巡る交渉を邪魔するために、イスラム聖職者ムッラーたちにアメリカ合衆国大統領だけが彼らにトラブルをもたらす存在ではないということを示唆する内容になっている。共和党所属の上院議員たちの中からさえも、公開書簡について少なからず懸念を持っている人たちが出ている。フォックス・ニュースのメギン・ケリーは、保守主義の立場から、コットンに対して、アヤトラであるアリ・ハメネイがどのポイントに反応すると思ってこの書簡を準備したのかと質問した。コットンは、「専門家たちは私に対してイラン国民はアメリカ憲法について理解していないと語ったのでこのような書簡の内容になった」と答えた。民主党所属の議員は誰もこの書簡に署名しなかった。コーカーは書簡に署名しなかった7名のうちの1人だ。

 

 共和党の議員で署名しなかったのは次の人々であった。スーザン・コリンズ(メイン州選出)、ラマー・アレキサンダー(テネシー州選出)、ダン・コーツ(インディアナ州選出)、リサ・マコースキー(アラスカ州選出)、ジェフ・フレイク(アリゾナ州選出)、サド・コクラン(ミシシッピー州選出)。彼らがどうして署名しなかったのかについて興味がある。「拝啓アヤトラ様」書簡は共和党所属の議員たちにとってはいたずらのような楽しい企みであったのに彼らはそれに参加しなかったのだ。コリンズ議員の答えは極めて理性的なものであった。「私はアヤトラが上院議員たちからの書簡で説得されるだろうとは考えていない」。他の人々はもっと慎重であった。「私は適切ではないと考えた」(フレイク議員)。「この問題については公の場で議論すべきではないと考えた」(コクラン議員)。恐らく、共和党の幹部たちに指導力が全くないわけではないのだ。私たちが考えるべき疑問は、どうして7名が署名しなかったのか、ではなく、失言や強烈な表現を使うことでよく知られている一年生議員コットンがどのようにして46名の同僚議員たちの署名を集めたのか、である。

 

 彼自身がよく強調するように、37歳のコットン議員は、アフガニスタンとイラクの戦争に従軍した元軍人であり、ハーヴァード大学法科大学院の卒業生である。2006年、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、アメリカ政府が、テロリズムとの戦いの名目で、テロとは何の関係もないアメリカ国民の財産情報を集めていたと報じた。当時、陸軍大尉としてバグダッドに駐留していたコットンは、ニューヨーク・タイムズ紙に手紙を送った。その中で、「貴紙の編集者の皆さんは投獄されるべきだ」と書いた。彼は続けて、「次回、私が同じような内容の記事を読むことになって、その酷さをまた感じることになるだろう。貴紙がテロリストたちに我が国政府の行う財産調査の内容を教えなくなるまでそこのことをは続いていくことだろう」と書いた。更に彼は「私はスパイ関連法に精通している」とし、ニューヨーク・タイムズ紙の人々はそれに基づいて訴追されるべきだと書いた。ニューヨーク・タイムズ紙はコットンの手紙を紙面に掲載しなかったが、保守派のウェブサイト「パワー・ライン」が掲載した。コットンはこれによって保守派の人々の賞賛を集め、軍を除隊し、アーカンソー州で家族が経営する肉牛牧場に戻った後、連邦議員選挙に出馬するチャンスを掴んだ。

 

 2012年、トム・コットンは連邦下院議員選挙に当選した。彼が連邦下院議員として最初に行ったのは、経済制裁に関する法律の修正で、法律を破った人間だけではなく、その親族にも罰を与えるようにすべきだというものであった。その範囲として「曾孫」や「三親等以内」を挙げていた。法律の修正は失敗した。『ワシントン・ポスト』紙が指摘したように、このような内容は深刻な憲法違反であった。しかし、コットン議員は全く懲りなかった。後悔している時間などなかった。彼はこの時既に連邦上院議員選挙に出馬することを決めていた。彼は連邦上院議員を二期務めていた民主党所属の現職マーク・プライアーに対抗して出馬した。 彼はティーパーティー・エクスプレス、クラブ・フォ・グロウス、彼の無限の未来を感じる共和党の有名人たちからの支援を受けた。昨年9月、『ジ・アトランティック』誌はコットンのプロフィールを紹介する記事を掲載した。記事のタイトルは「保守派のスーパースターを作る」であった。

 

 コットンは中絶の権利とオバマケアへの反対を掲げて選挙戦を戦った。そして、彼は元軍人たちと外交政策のタカ派にアピールした。AP通信は、「彼の選挙運動バスの前面には巨大なブーツの絵が描かれ、それをアーカンソー州旗で隠していた」と報じた。昨年の春、彼はテレビ番組の「モーニング・ジョー」に出演したのだが、その時、彼が「過激」だと言われていることについて質問された。コットンはプライアーの記録に言及しながら答えた。「プライアー氏が唯一過激であったのは、5年も前にオバマケアに反対票を投じた時だけのようですね」。コットンは得票率で17ポイントの大差をつけてプライアーを破った。イランとの交渉を失敗させようとして、ここ2カ月、コットンは連邦上院で、グアンタナモ収容所からこれ以上収容者を解放させないように動いてきた。グアンタナモ収容所に収容されている収容者の半数はアメリカに対して何の脅威にもならない存在であることが既に判明している。コットンがやろうとしてきたことは、収容者たちを「地獄で朽ち果てさせる」というものだ。

 

 政界の市場機能の不調のために出現したのが、トム・コットンだと言えるだろう。軍人としての経験を売りにした若い議員たちは連邦議会にはなかなかいないが、そんな議員たちがどのようにしてチャンスを掴み、選挙に通ったのか?彼らにどんな才能があって連邦議員になれるのだろうか?昨年の連邦上院議員選挙で、コットンは、「慎重さに欠ける」という批判に応えねばならなかった。彼の思慮のなさは魅力のようになっている。他のヴェテランの共和党所属の連邦議員たちには見られない過激さ、稚拙さ、怒りが同僚たちから受けて、彼らは力を得ることが出来た。何がそこまで魅力的なのか? もしくは何が彼らをそこまで恐れさせるのか?

 

 ジョン・マケイン議員は『ポリティコ』誌の取材に次のように答えた。「公開書簡を読んだのが、私には書簡には論理的に見えたので、署名をした。それだけのことだ。私はたくさんの手紙に署名する」。確かに彼は誰も実際には読まないような手紙には何の懸念も署名できるだろうが、今回の書簡には関しては全く違うはずだ。それでも署名した。マケインは、フォックス・ニュースのグレタ・ヴァン・サステレンに対して、アメリカ連邦議会は外交に関して重要な役割を果たすことをイランは知る必要があると答えたが、同時にやや後悔の念も見せて、「この書簡は最良の方法ではなかったかもしれない」とも述べた。ルイジアナ州知事ボビー・ジンダルは、「コットンの主導した書簡に署名したい、2016年の大統領選挙の候補者たちにも署名してもらいたい」と述べた。ランド・ポール議員、マルコ・ルビオ議員、テッド・クルーズ議員は既に署名している。

 

 コットンは同僚の上院議員たちに個人的にかつ精力的にロビー活動を行った。そして、恐らく誰も彼を止めることが出来なかったのだろう。連邦上院外交委員会委員長コーカー議員は書簡に署名することは拒否した。それは、彼がイランとの交渉をより品のある方法で台無しにするための法案を可決させようとしてきたからだ。彼はポリティコ誌の取材に対して、「私はこのような書簡が必要だとは考えていない。私の目標は交渉の結果に影響を与えるために法案の可決と大統領の拒否権の行使を覆すために必要な67名の賛成を集めることだ」と答えた。彼と同じくテネシー州選出の連邦上院議員であるラマー・アレキサンダーは、『ノックスヴィル・ニュース・センティネル』紙の取材に対して、自分は同僚コーカー議員の専門性についていくと述べた。 ムコースキー議員の広報担当は、彼女がコーカー議員提出の法案の共同提出者であると強調した。サド・コクランは伝統的な恭子は保守派議員であるが、昨年の選挙ではティーパーティー運動の標的とされ、厳しい選挙戦を余儀なくされた。同時期には妻の経営する老人ホームへの不法侵入事件が起き、妻は最終的に自殺してしまうという事件まで起きた。そのことが今回の書簡に署名しなかった理由ではないかと考えられる。繰り返しになるが、書簡に署名しなかった議員たちは、署名すると決める前に理性的な会話をして、その後署名しないと決定した。そう考えると、あれほど多くの議員たちが書簡に署名したことは何の驚きでもない。現在の連邦上院で合理性と論理性を持って物事に対処することはほとんどないのだから。

 

※エイミー・デイヴィッドソン:『ニューヨーカー』誌スタッフライター。ニューヨーカー誌のコメント欄のレギュラー寄稿者であり、電子版のコラムを担当している。戦争、スポーツ、その他ありとあらゆる話題を網羅している。

 

(終わり)











 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)を皆様にご紹介します。

 

 副島先生は多くの分野で数多くの直策を書いておられますが、先生の主著は『』『』です。政治思想研究とアメリカ政治・経済研究こそが先生の「主専攻(Major)」と言えると思います。そして、このたび、先生は主専攻であるアメリカ政治研究の最先端の成果を刊行されました。

 

 是非お読みいただきまして、これからの指針にしていただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

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『日本に恐ろしい大きな戦争(ラージ・ウォー)が迫り来る』(講談社、2015年)

 

まえがき

 

 2年後である2017年1月から、ヒラリー・クリントンがアメリカ大統領になったら、世界中が戦争になるだろう。

 

 日本では、この5月から「安保法制」の国会審議が始まる。兵器を使用しやすいように自衛隊法、周辺事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法などの改正が相次ぐ。いよいよ、戦争か、平和(をこのまま続けられる)かの岐路に私たちは立たされた。 昨年(2014年)末の〝突然選挙〞(1214日)があって安倍晋三首相たち自民党が勝った。これで安倍晋三は、あと4年間(2018年まで)首相ができると思って、その間に、日本をどんどん戦争態勢に持ち込むつもりだ。日本国民のほうは、「憲法改正までには、どうせまだ時間がかかる。何年か先だ」と不安にかられながらも考えている。憲法改正に反対である(平和主義)公明党が連立与党にいてくれるから、憲法改正はまだ当分、先だと、ヘンな勢力を頼りにしている。

私は近未来を厳しく予測(予言)する。

 

 2015年1月7日、フランス・パリで起きた週刊誌『シャルリー・エブド』襲撃テロ事件で、冷静なはずのフランス人まで反イスラム教の風潮になった。中東の狂気の集団ISIS(イスラム国)のことが響いている。

 

 おそらく、日本海に、北朝鮮の弾道(バリスティック)ミサイル(「宇宙ロケット」とも言う)が、発射されて落ちるだろう。それは、福井県の若狭湾(原発銀座)の公海上だろう。ここには、舞鶴の海上自衛隊の艦隊基地がある。かつての舞鶴軍港であり、明治期には「鎮守府 」と呼ばれた。アメリカの第7 艦隊(ザ・セブンス・フリート)のリエゾン基地もある。

 

 この北朝鮮のミサイル発射で、日本国民は大きく震ふるえ上がる。すかさず〝ショック・ドクトリン〞(Shock Doctrine)が発動される。ショック・ドクトリンとは、ナオミ・クラインというカナダの女性評論家の本のタイトルである。

 

 その勢いを借りて、安倍政権の安保法制がどんどん進められる。日本は一気に準軍事国家になる。軍備拡張に反対する者たちは弾圧されるだろう。安倍政権は、軍国主義に向かって法律群をどんどん可決(国会通過)させることができる。安倍政権は、世界基準では右翼(ライト)政権である。当然、このほかに尖閣諸島での中国との軍事衝突(military confl agration  ミリタリー・コンフラグレイション)の危険も迫る。

 

 すべては大きく仕組まれているのである。日本をこの方向に動かす、すべての企て(プロット)はアメリカによって綿密に設計され、着実に実行されていく。このように私が書くと、「また副島の陰謀論か」と言われる。私は、×「陰謀論」という言葉を認めない。

 

 英語のコンスピラシー・セオリー(conspiracy theory)は、○「権力者共同謀議(は有る)論」と正しい訳語に訂正すべきである。このように唱導している。

 

 私がこの本を書く動機は、日本国民よ騙だまされるな、である。私たちは、着々と仕組まれて、どんどん戦争態勢に引きずり込まれつつある。この現状に、先手先手を打って「次はこうなる。その次はこうなる。(彼らは)次は、こういう手で出てくるぞ」と、私が近未来の予測(=予言)を行う。そうすることで日本国民が前もっての知識を得ることができる。そうしたら危機に対して準備ができる。準備して身構えることによって、突発的に何かが起きても、うろたえないですむ。

 

 私たちは突然の軍事衝突の大事件が起きても、一瞬の恐怖心に囚とらわれてパニック状態に陥ってはならない、と私はこの本で諭さとす。日本国民にあらかじめの警戒心と対応能力を持ってもらいたい。そのために私は現在の世界(中)の最新情報を集めて伝える。

 

 私たち日本人が前もって準備して、次はこうなるぞ、その次はここからこのように仕掛けられるぞ、と身構えていれば、簡単に騙されることはない。「そうか、やっぱり、その手で来たか」と冷静に対応できる。

 

 もう1つ大事な近未来を本書で書いた。黒人の大統領の次は女の大統領なのである。〝女の時代の恐ろしい女たち〞が、ヒラリー・クリントンたちによって着々と準備されている。ということは、日本でも次は女の首相が誕生する。

 

 オバマが残りの大統領任期2年間は、必死で〝大きな戦争(ラージ・ウォー)〞を食い止める。そのあとが危険なのだ。 自然大災害と戦争の脅威が突然起きると、人々は狼狽し判断力を失う。その時を利用して権力者(支配者)たちは、うむを言わせず、一気に大きな制度改革(すなわち、安保法制やら憲法改正やら)を断行する。大事件の勃発で一瞬にして脳に打撃を受けて恐怖心に囚われた国民は、そのとき、判断力を失う。

 

 そこが権力者たちの狙い目だ。今こそ私たちは「備えあれば憂いなし」の心構えを持つべきだ。だから、そのための「これから、こういうことが起きる」という先手先手の、近未来の予測と、前もっての情報を、私がこの本で書いて知らせる。

 

 何があっても、うろたえるな。うろたえた、そのときが、国民(民衆)の側の総敗北である。権力者たちの思うがままにされる。私たちはショック(恐怖)に襲われて判断力を失くして、そのすきを突かれて権力者たちの言いなりにさせられる。これが、まさしく「ショック・ドクトリン」である。まんまと権力者たちの術中にはまったら、もうそのあとは、日本国は、いよいよ破滅への道を歩かされる。

 

 それを何とか阻止したい、ともがきながら願う私の必死さがこの本を書かせた。私は、今や、誰憚はばかることなく、近未来の予言者、日本国の占い師、呪い師の地位に就く。

 

 先のことに不安を抱え怯おびえることが多い人は、占いと呪まじないに頼る。占いとは近未来の予測のことだ。「そんなものを私は信じない。私は科学的な人間だ」と、インテリぶってバカなことを言っている人間ほどアホである。

 

 私たちは、もうすぐ日本に押し寄せる近未来(数年以内)の災難に向かって、先手先手で事態に備え、襲い来る大きな災難を生き延びることが重要だ。

 

 そのために私は全身を強張らせながらこの本を書いた。

 

 

あとがき

 

 勘の鋭い人たちが、「なんだか日本も戦争になりそうだな」と感じはじめている。

 

「まえがき」でも書いたが、私がこの本で言いたいことは次の一行だ。「戦争が日本にも迫っている(あと数年)が、そのときになって慌てるな、うろたえるな」ということだ。

 

 うろたえて、気が動転して日本国民が冷静な判断力をなくしたそのときが、権力者、支配者たちの思うつぼなのである。それを〝ショック(を与えて脅して支配する)・ドクトリン〞と言う(第5章参照)。

 

 世界は大きな戦争(ラージ・ウォー)にヒタヒタと向かっている。日本もこれに必ず巻き込まれる。中東(ミドル・イースト)の次は極東(ファー・イースト)なのである。すなわち、私たちの東アジアで戦争が起きる。いや、起こされる。そのように、アメリカのヒラリーの勢力が着々と仕組んでいる(第1章参照)。

 

 歴史(=人類史)は繰り返すのである。だが、本格的な戦争になるまでに、4つの段階(必ず踏む手続き)がある。①議論・対立(アーギュメント)、②軍事衝突(ミリタリー・コンフラグレイション)、③事変・紛争(ミリタリー・コンフリクト)だ。そして、その次が本当の④戦争(ウォーフェア)である。このことを日本国民が知ることが大事だ(第4章参照)。

 

「次はこうなる。その次は、こういうことが起きる」とあらかじめわかっていさえすれば、私たち(日本国民)はそれに対処できる。1人ひとりが対策を立てられる。身構えて準備することができる。そして戦争というのは、だいたい4年間で終わる。1つの国で500万人ぐらいが死ぬ。歴史(人類史)をずっと調べていてわかった。このことをみなさんに知ってもらいたかったので、私はこの本を書いた。

 

 もちろん、現代のアメリカ政ポリティカル・ソート治思想の研究者である私が、最新のアメリカの政治情報もたくさん、かつわかりやすい大きな構図(図式)で示した。

 

 日本国民に幸わいあれ。

 

2015年2月

副島隆彦

 

(終わり)













 
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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は、最近読んで勉強になった本2冊を皆様にご紹介いたします。3月も中旬を過ぎ、暖かい日が続くようになりました。行楽にお出かけになる方も多いと思いますが、数時間でも本をお読みになる時間があり、「それじゃ何を読もうかな」と思う時に、是非読んでいただきたい本たちです。

 

 現在は多くの方々が通販で本を購入されると思います。大田が書店でも閉店を余儀なくされるところも出てきております。お目当ての本を探しに行くついでに、1冊でも2冊でも心惹かれる本に出会う場所である書店にもぜひ足を運んでいただきたいと思います。私もこの2冊を買いに書店に行きまして、見つけることが出来ましたが(自分の本は「在庫なし」であったのは悲しいですが)、他にも何冊か本に出会うことが出来ました。この2冊を買っても1800円もしません。映画を見るようなつもりで是非お買い求めください(宣伝を頼まれたわけではありませんよ、私は自腹で買いました。某映画監督じゃないですが、「こちとら自腹じゃ」です)。

 

①副島隆彦著『余剰の時代』(ベスト新書、2015年)

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 帯には「人類最大の解けない問題―それは余剰(サープラス)。最後に余ったのは“人間”。つまりあなたのことだ!」とあります。これがこの本を貫く主張です。それでも最後には、「生き延びる思想10カ条」(202―203ページ)があります。「余った人間である私」を自覚し、それでも「生きにくい現実」を生きていく、それだけで実はたいしたことなんだろうと思います。

 

 最近、ソーシャル・ネットワーク・サーヴィス(SNS)であるツイッターやフェイスブックが盛んです。そこには、「幸せそうな家族の肖像」「自分の豊かな生活のさりげない自慢」「友人たちとの“絆”を再確認するためのイベント」の写真が溢れかえり、惨めな我が身を振り返り、暗澹たる気持ちになります。「自分はどうしてこの人たちのように幸せではないんだろう」「生まれ変わったらこんなことにならないようにしよう(来世で本気を出そう)」という「後ろ向きな」「ネガティヴ」な感情、更にねたみそねみのような「劣情」を抱いてしまいます。

 

 しかし、私はこの『余剰の時代』を読んで、程度の差はあれ、生きにくに現実を誰もが引き受けて生きているということが隠されているのだ、それが「楽観主義(optimism)」なのだと分かりました。「あるべき姿(最適解、optimal)こそが幸せ」という「幻想」に私たちは縛られて生きています。だから「あるべき姿」との距離で「自分の幸せ」を計測し、絶望してしまうのです。

 

 このオプティミズムを生み出したのが西洋近代の啓蒙主義であり、それは危険だと言ったのがヴォルテールであり、ニーチェであることがよく分かりました。

 ヴォルテールの著作『キャンディード』は英語のcandidにつながる言葉だそうです。candidはありのままのとか率直なという意味になります。私の尊敬する作家・小林信彦氏の著作に、「日本のテレビ局が作る番組ドッキリカメラは、元々アメリカのテレビ局がやっていたcandid cameraから来ている」と会ったように記憶しています。日本の「予定調和的な」ドッキリではなく、アメリカのものは人間の本性を暴くことに主眼が置かれています。日本ではキャンディッドであることはとても難しいし、前近代的な日本人には困難なことだと思います。すぐにただの中傷や罵倒に堕してしまうからです。 

 

 こういう読み方が正しいのか分かりませんが、「現実を引き受けて、少し背をかがめて生きていく、そして死が迎えに来たら、まぁ仕方無いんじゃい、生きるって死ぬまでの暇つぶしだしなと思って、出来るだけ痛くないようにしてもらって目を閉じる」のが人生じゃないか、それで良いじゃないか、それ以上は「余禄」なんだと思えるようになりました。

 

 

②孫崎享著『カナダの教訓 超大国に屈しない外交』(PHP文庫、2013年)


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 この本はベストセラー『戦後史の正体』を書いた元外交官(外務省国際情報局長)である孫崎享氏の著作です。1992年に出された『カナダの教訓――「日米関係」を考える視点』(ダイヤモンド社)を一部改題、加筆訂正などして文庫化した本です。この本で述べられているのは、「アメリカと喧嘩をしないようにしながら、毅然とした態度を保ちつつ、両国の利益を追求する外交の仕方をカナダから学ぶ」ということです。

 

 カナダについては、「アメリカの隣にあって、正直言えばアメリカの一部みたいな国なんじゃないの」というのがこれまで私が持っていた意識です。しかし、元々が北米植民地の王党派がアメリカを嫌ってできた国であり、19世紀にはアメリカが「解放」のために戦争を仕掛けてくるなど、生々しい歴史を持っている国なのだそうです。

 

 アメリカに対して、時に高圧的な外交姿勢を取って失敗してみたり、アメリカ国内の勢力争いに巻き込まれてしまったりしながら、カナダは自国の国益を実現するために、「アメリカに影響を与える方法」を体得していきます。「無駄に対決姿勢を鮮明にしたり、すぐに諦めてしまったりする子供みたいなことをしない」で、「アメリカという大きな子供をうまく導く」という方法を採っているようです。こう書いては何ですが、アメリカと対処するには、不合理な子供に対処するような気持ちでいることが肝心なのかもしれません。

 

 今月初め、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相がアメリカ連邦下院のジョン・ベイナー下院議長(オハイオ州選出、共和党)の招きで、連邦議会の上下両院合同の場で演説を行いました。これに対して50名以上の民主党所属の連邦議員たちが欠席し、バラク・オバマ大統領、ジョー・バイデン副大統領、ジョン・ケリー国務長官もネタニヤフ首相と会談を行いませんでした。ネタニヤフ首相は、オバマ大統領が進めているイランとの核開発を巡る交渉を批判しました。

 

 この本で勉強になったのは、このようなことが昔もあったということです。ヴェトナム戦争中、アメリカは北ヴェトナムに対する本格的な爆撃(北爆)を行いました。これに対して、レスター・ボールズ・ピアソン・カナダ首相がアメリカのフィラデルフィアにあるテンプル大学で講演を行い、その中で北爆に対する反対を表明しました。これに対して、リンドン・ジョンソン大統領は激怒し、ピアソンをキャンプ・デイヴィッドに「呼び出し」、1時間以上にわたって、詰問しました(私はどうも「手も出てしまった」んじゃないのかと思います)。

 

 この演説は、実はアメリカ国内の分裂を反映したものでした。ジョンソン大統領に対しては、暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の実弟ロバート・ケネディが「兄が始めたヴェトナム戦争でアメリカが勝利を得るまでやり抜け」と激しく圧力をかけていました。一方、ハト派もいて、それがハンフリー副大統領やフルブライト連邦上院外交委員長、マンスフィールド連邦上院民主党院内総務でした。彼らは巻き返しのために、「外国の首脳に北爆反対の演説をアメリカ国内でしてもらって、アメリカ国民の世論に影響を与え」ようとしたのでした。ピアソンにしてみればそれで屈辱的な目に遭ってしまったのですが、このような、「外国を利用する」ということが昔からアメリカで行われていたのは興味深いものです。

 

 これ以外にも面白いエピソードが書かれていますが、それは読んでのお楽しみ、です。

 

 以上、2冊の本をご紹介いたします。

 

(終わり)














 
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