古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

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2015年04月



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 安倍晋三首相は現在、アメリカ訪問中です。安倍首相の訪米は2015年4月26日から5月2日まで(日本の大型連休「ゴールデン・ウィーク」の前半)の日程です。詳しい日程は明らかにされていませんでしたが、政治情報分析に定評のあるヴェテラン政治評論家歳川隆雄氏がその詳しい日程を記事にしています。以下をご参照ください。

 

(雑誌記事転載貼り付けはじめ)

 

●「歳川隆雄「ニュースの深層」 これが安倍首相訪米日程の詳細と議会演説「ワーストシナリオ」だ」

 

歳川 隆雄

20150425日(土)

『現代メディア』誌

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43048

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43048?page=2

 

安倍晋三首相は昭恵夫人を伴い、426日から53日まで米国を公式訪問する。訪米日程は公表されていないが、その詳細を掴んだので紹介する。

 

●これが安倍首相の訪米日程詳細

 

426日ボストン:J・Fケネディ図書館をキャロライン・ケネディ駐日大使の案内で訪問。ジョン・ケリー国務長官私邸で晩餐会出席。

 

27日ボストン:ボストン・マラソンのテロ現場にて献花。ハーバード大学でスピーチ、学生との質疑応答。マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボ視察(ノーベル賞受賞の利根川進教授が案内)、ワシントンDCへ移動。

 

27日午後ワシントンDC:アーリントン墓地で献花・ホロコースト記念館訪問。

 

28日ワシントンDC:ホワイトハウスで歓迎式典、オバマ大統領と日米首脳会談・共同記者会見、バイデン副大統領、ケリー国務長官との昼食会、オバマ大統領主催の公式晩餐会。

 

29日ワシントンDC:上下両院合同会議で演説。ベイナー下院議長主催のレセプション、有力上院議員との懇談会、笹川平和財団主催のシンポジウム出席・スピーチ、駐米日本大使公邸で日米関係者を招いて夕食会。

 

30日午前ワシントンDC:米科学アカデミー主催の朝食会、サンフランシスコに移動。

 

30日午後サンフランシスコ:米イノベーション企業家ラウンドテーブルとの懇談会、スタンフォード大学ダニエル・オキモト教授主催のシンポジウム出席、シリコンバレー(テスラモーターズなど)視察、グラッドストン研究所訪問(ノーベル賞受賞の山中伸弥教授らと懇談)、ブラウン・カリフォルニア州知事と会談、日米交流に尽力した約100人を招いたレセプション、ロサンゼルスに移動。

 

51日午後ロサンゼルス:日米交流関係者との昼食、日米経済フォーラム出席、在留邦人によるイベント参加、日系人部隊記念碑献花、全米日系人博物館訪問、同行記者団との内政懇談。

 

2日午前ロサンゼルス:交流イベントを検討中、同午後政府専用機で帰国の途へ(帰国は日本時間3日午前)。

 

まず、ファクトから。ワシントンにあるホロコースト記念館は、歴代米大統領が就任してから最初に訪れる場所であり、日本の首相が訪問するのは初めてだ。米国のユダヤ人社会に対する好ましいメッセージとなる。

 

429日米議会演説でのワーストシナリオとは

 

肝心の米議会演説である。安倍首相は英語でスピーチを行う。草稿は、首相のスピーチライターである谷口智彦内閣官房参与が今井尚哉首相秘書官(政務担当)の意見を聞き、準備した。そして安倍首相が朱入れを行ったものだが、未来志向の格調高いモノになったようだ。

 

キーワードは「和解」である。歴史認識問題については、安倍首相の強い意向から「侵略」と「反省」というワーディングは使われるが、「お詫び」という言葉はない。22日のバンドン会議での首相演説と同じ。

 

外務省にとってのワーストシナリオは、チマチョゴリを着た韓国系米国人女性が議会傍聴席から安倍首相演説中にヤジを飛ばして衛視に強制退去されるような事態が出来し、そのシーンをCNNが撮影・放映することである。

 

佐々江賢一郎駐米大使は今、米上下院の要路に対してそのようなことが起こらないよう、特別の配慮を申し入れているが、各上下院議員は“支援者”向けの傍聴パスを1枚持っており、例えば反日・親韓のマイケル・ホンダ下院議員が提供するようであれば、そうした韓国係女性の入館を法的に規制できない。

 

強運の持ち主の安倍首相が演説中の妨害はないだろうと、官邸・外務省関係者は半ば祈るがごとく見守っている。

 

(雑誌記事転載貼り付け終わり)

 

 安倍首相はボストン、ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルスを巡り、帰国する予定になっています。東海岸から西海岸へとアメリカを横断する旅ですが、一点気になったのは、ニューヨークを訪問しないことです。ボストンはアメリカの古都(比べるべくもないですが日本で言えば京都や奈良)ですが、経済や政治の中心とは言えず、歴史と学術の街です。2014年4月にボストン・マラソンで爆弾テロ事件が起き、多くの人々が犠牲になったことは今でも鮮明に記憶されています。それでも「世界」の中心はニューヨークですが、それでも安倍首相訪米はニューヨークではなく、ボストンが選ばれました。

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 ボストンでは、ジョン・F・ケネディ大統領を記念する博物館を訪問しました。案内は安倍首相に同行して帰国した、ケネディ大統領の長女キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使。その後、ジョン・ケリー国務長官の私邸で夕食会が行われました。ジョン・ケリーの家系はユダヤ教からカトリックに改宗しており、母親はフォーブス家の一族です。また、ケリーはケネディ大統領が上院議員の時に選挙ヴォランティアをするなど、ケネディ家とも若い時から親しい関係にあり、2番目の奥様はケチャップで有名なハインツの未亡人ということで、おカネにも全く不自由していません。

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 アメリカの政界で言えば、ケネディ家は民主党系の王朝(共和党系の王朝はブッシュ家)であり、ボストンはその都であると言えるでしょう。訪米して真っ先にボストンを訪問したことは、言わば、「臣従」の儀式とも言えるでしょう。しかし、現在のケネディ家にはすぐに大統領になるとか、アメリカ政界や民主党の中心になるような人物はいません。

 

 それでは誰に臣従する儀式かと言うと、ヒラリーに対する臣従です。それなら、彼女が地盤にしているニューヨークに行くべきですが、今、ニューヨークに行ってもヒラリーには会えません。彼女は大統領選挙への出馬を表明して、アイオワ州を回っている最中だからです。そこで、ヒラリーをバックアップすると決めたキャロラインが現在の当主を務めるケネディ家の都ボストンを訪問することになったのだと考えられます。

 

 安倍首相のボストン訪問はケネディ大統領トリビュート・ツアーということになります。ケネディ大統領の博物館を訪問し、キャロライン・ケネディから案内を受け、夜はケネディ大統領が若い時から関係があったケリー国務長官から話を聞き、ケネディ大統領の名前が付けられたハーヴァード大学ケネディ記念行政学・政治学大学院(ケネディスクール、Kスクール)でスピーチをし、学生たちとの質疑応答を行いました。ケネディスクールについては、拙著『ハーヴァード大学の秘密』(PHP研究所、2014年)を是非お読みください。

 

 私は『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)で書きましたが、ケネディ大統領は私たち日本人が持つ清新で若々しく素晴らしいイメージとは全く別のせいじかでありました。「強いアメリカ」を標榜し、アメリカによる世界支配を実行しようとしたのはケネディ大統領です。ケネディ大統領の前任者ドワイト・アイゼンハワー大統領とは全く別の路線にアメリカを向けたのです。その一環としてアメリカによる日本官吏が本格化しました。

 

 また、強固な反共政策を実行し、キューバ革命を転覆させようとして失敗したピッグス湾事件、ドミノ理論に基づいた共産主義拡大阻止のためのヴェトナムへの介入、キューバ危機などすべてケネディ大統領時代に起きた出来事です。私は、現在の共和党のネオコン(元々民主党にいた人々が失望して共和党に移った)と民主党の人道主義的介入派の源流はケネディ大統領だと書きました。私は、はつらつとした青年大統領ケネディのイメージは表向きで、彼の実態はそれほど「危険」な人物であったと今は考えています。

 

 安倍首相がケネディ大統領トリビュート・ツアーをボストンで行ったことは、現在のネオコンと人道主義的介入派を満足させたことでしょう。そして、安倍晋三首相は、アメリカの世界戦略において使える人物ということになりました。「強いアメリカ」の維持のために日本を犠牲に供する人物、安倍晋三ということになります。日本がアメリカの下請けとして、経済だけではなく、軍事(人の血)の面でも貢献できるようにしている、より具体的には中国との衝突や自衛隊をアメリカ軍の参加に入れて利用できることへの道を開いたとして評価しているでしょう。それを具体的に示すためのボストン訪問となりました。

 

 しかし、日本にとっては、これから困難な道が待っていることを示しています。

 

(終わり)












 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 今回は中田安彦著『ネット世論が日本を滅ぼす』(ベスト新書、2015年)『』を皆様にご紹介します。本書は『ジャパン・ハンドラーズ』(日本文芸社、2005年)や『日本再占領』(成甲書房、2011年)の著者・中田安彦(別名:アルルの男・ヒロシ)氏の最新作です。約3年ぶりとなる書下ろしで、2010年代という時代に対する評論になっています。

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中田安彦氏は、アルルの男・ヒロシという別名でも知られ、SNSI・副島隆彦を囲む会の筆頭研究員です。私の大学学部の1年後輩ですが、言論上では大先輩で、頭が上がらない存在です。若手の評論家、「若者の代弁者」などと呼ばれている方々を学識、センス共に圧倒し、日本のXジェネレーション(懐かしい言葉です)を代表する言論人です。

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 著者である中田氏は、アメリカ政治学の主流となっている分析的枠組である「合理的選択論(Rational Choice Theory)」を使って、2010年代を斬っています。ネトウヨと呼ばれるインターネット上で右翼的な言説を主張する人々、韓国や中国をけなすだけを目的とする、日常生活に疲れ不平不満を募らせている人々の劣情を誘う煽情的な嫌韓本、嫌中本の出現を鋭く批判しています。「彼らは自分たちの目的を達成するための合理的な行動をとっていない」と。一方、2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く、東京電力福島第一原発の事故とそれ以降の原発を巡る動きについて、原発廃止派の行動と言説が、これまた合理的ではない(目的を達成するためのものになっていない)と批判しています。更には、政治の世界で、民主党の政権奪取に貢献した小沢一郎代議士と小澤グループの動きについても批判しています。

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 著者の中田氏は、過激な言説に走りやすいインターネット世論、そして右派、左派の言説に対して、「中道であること」「穏健であること」を標榜しています。そして、この過激に走りやすい世論を「誰が」「どんな利益」のために動かしているのかということを常に考えること、彼一流の表現で言えば、「陰謀論的な考えをしてみる」ことを提案しています。陰謀論が、嫌韓本、嫌中本のように「愛国ポルノ」「エロ本」のようにならないように気を付けねばなりませんが、これはその通りだなと思います。

 

 ネット世論が日本を滅ぼすほどの存在なのかどうか。やはり、インターネットはまだ、「仮想」現実の世界であって、「リアルな世界」の補助的な存在でしかないと思われます。これが逆転するのかどうか、遠い将来のことは分かりませんが、私が生きているうち逆転はないと思います。その補助的なものに振り回されて、ある意味で「奴隷にされてしまう」ことは馬鹿らしいことです。著者の中田氏は自分の身の回りの生活に関心を持つことを訴えていますが、まさにその通りだと思いますし、そのスタートが選挙に行ってみることだと私は考えます。


 インターネットを利用する人は増えています。スマートフォンが普及し、電車の中でも、自転車、自動車の運転中でも、歩行中でもスマートフォンで熱心に何かを読んでおられる方々が増えました。しかし、インターネットで世の中が動いているかというとそうでもなくて、まだまだ既存のマスメディアである新聞や雑誌、テレビの力は大きいです。ネトウヨと呼ばれる人たちが出てきていますが、それでは日本の人口の多くが右傾化しているかと言うと、そんなこともありません。ネットで食べている人はどんな立場の人であれ、「ネットが世の中を動かす」という点では利害が一致するでしょうから、そんなことを言うかもしれませんが、実際はまだまだそんなことはないと思います。しかし、10年後はどうなっているのかと言われたら、だいぶ力を持っているでしょうと申し上げたいと思います。

   

 「中道」が逃げ道になっていないだろうか、ということを私は考えています。「中道」とは具体的には何を示すのでしょうか。この本の中で分析されたネトウヨと呼ばれる人々もまた、自分たちのことを「中道」だと考えていることでしょう。「他の人間や自分の考えに賛成しない人間は偏っているのだ」と思っていることでしょう。また、「自分が少数派や間違っていると思われる考えを持つことが怖い、かっこ悪い」と思う人々が安易に「中道」と言う言葉に逃げていると私は思います。「ウヨクは・・・、サヨクは・・・」と言って自分と考えが違う人間をくさそうとする人がいます。それで「じゃあ、貴方の立ち位置はどこなのですか?」となると「中道」となります。自分の考えの「位置づけ」は他人との比較と距離感の分析によってしか分かりません。そうなったときに、常に「中道」でいられる人がどれほどいるでしょう。そして、常に中道にいることが「正しい」ことであり、「負け組」ではないという「脅迫観念」「恐怖感」から「中道原理主義」に陥り、思索の幅を狭めてしまうのではないかと思います。

 

 私は他人を論破するとか、説得するとか、そういうことに興味がありません。また、そんなことは不可能だと思っています。人がそれぞれ勝手に考えを持ち、それを開陳し合って、「この人の言うことには賛成だ」とか「嫌いだ」と思い、思われるだけでいいんじゃないかと思います。そのためには、様々な考えを発表できるように環境を整えなくてはなりませんし、表現の自由は保障されねばなりません。どんな考えの人がいてもいいし、それを発表すればよいのであって、「あいつの考えは気に入らない、だから発表できなくしてやれ」ということにならなければ良いと思います。

 

 インターネットの出現によって、自分の考えを発表したり、他の人の考えを目にしたり、そういうことがとても簡単にできるようになりました。そこは動物園や展示会のようなもので、いろんな考えを見て回って、好きなものをピックアップできる空間です。自分の考えを発表する、それを好きだと思ってくれる人がいる、自分も他の人の考えで気に入ったものを見つける、それ以上のことをやる必要があるのか、大所高所の「議論」をする場所なのだろうかと私は思っています。個人個人が自分の嗜好と思考を向上させる場所であれば良いと思っています。「中道」であることは、私の考えでは、多様な考えを受け入れ、それが存在することを許容する立場であって、中道であることは実はとても難しいと思っています。

 

 中田氏の本とはだいぶ離れてしまいました。こういったことを考えてしまう、その触媒になるような一冊、『ネット世論が日本を滅ぼす』を皆様にお勧めいたします(中田氏はシャイな人で、なかなか人に本の宣伝などを頼む人ではなく、これも私が勝手に宣伝しています。本だって自腹で買いましたので、自分なりには公平に書いたつもりです)。

 

(終わり)














 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 古村治彦です。

 

 共和党のある連邦下院議員(軍の出身者です)が不法移民の子供でアメリカで生まれずに出生国から子供の時に親に連れられアメリカに来て、不法移民となっている若者たちに軍務に就いてそれを終了すればアメリカ国籍を与えるという内容の法案を提出しているそうです。

 

 現在、世界最強のアメリカ軍は、実は志願者の一定数を不合格にしているのですが、それは志願者たちが貧困のためにジャンクフードしか食べられず、健康診断をすると肥満であるのに栄養不足であるために兵士として適さないためであると在米の映画評論家・町山智浩氏が述べていました。貧しく、技術もない若者たちが向かう先は軍隊である場合が多いのですが、軍隊にすら入れない若者たちが出ているということなのです。彼らが行きつく先は刑務所というのが悲しい現実です。

 

 米軍とこの議員は不足する志願者を増やすために、不法移民の子供たちに「国籍」をちらつかせて、軍隊へ入るように誘導しようとしています。そして、その表向きの理由を「愛国心」「祖国に奉仕する」ということにしています。まさに美名によって薄汚い意図を糊塗しているのです。

 

 ニューヨークにある自由の女神の像には「疲れて傷ついた人間を私の許に送りなさい」と書いてあるのだと習いました。アメリカは移民の国であり、アメリカの理想を表す1つの表現だとも習いました。しかし、現実はとても悲しいものです。

 

==========

 

共和党提出の法案は軍務と引き換えに移民に国籍を保証することになる(GOP bill would grant immigrants citizenship for military service

 

クリスティナ・マルコス筆

2015年4月23日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/floor-action/house/239926-gop-lawmaker-pushes-offering-citizenship-to-immigrants-in-military

 

 ジェフ・デナム(Jeff Denham、1967年―)連邦下院議員(カリフォルニア州選出、共和党)は木曜日、不法移民が軍務を終了すればアメリカ国民になれるとする法案を再提出した。


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ジェフ・デナム

 デナムは「エンリスト法」と呼ばれる法案を提出した。ここ2年目で2回目の提出となった。それぞれ別の法案として提出している。そして、国防予算の承認の修正案としても提出したこともあった。

 

 提出法案は2013年の国防予算の承認の修正として提出されたが、議員たちは、これは独立した法案として議論すべきだと主張したのでデナムは取り下げた。共和党の連邦下院幹部たちは2014年にデナム提出の法案の採決をさせなかった。

 

 デナムはヒスパニック系の住民が多く住む選挙区から当選してきている。そして、オバマ大統領が提案している包括的な移民制度改革を支持している数少ない共和党所属の連邦議員である。デナムは、アメリカで育った正式の種類を持たない移民たちには軍務を通じて、彼らの育った国アメリカに奉仕する機会を与えるべきだと主張した。

 

デナムは議場で次のように語った。「エンリスト法案は、自分たちの意志ではなくこの国に連れてこられ、高校を卒業し、身上調査を通過し、英語を話すことができ、若者たちに機会を与えることになるのです。そして、彼らがよく知り、愛する国アメリカを守ることを軍には求められているのです」

 

デナムは次のように結論付けた。「これは愛国主義に基づいた行動です。これはより良い国防を生み出す機会となりますし、この偉大な国家に対して忠誠を誓い、愛国者となっている若者たちにとっても素晴らしい機会となるのです。彼らにはアメリカ以外に祖国はないのです」。

 

 連邦下院軍事委員会は水曜日に国防予算について承認を与えることになっている。そして、デナム提出の法案の本会議での審議は5月に行われる予定となっている。

 

(終わり)










 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 2015年4月25日に副島隆彦先生の最新刊『「熱狂なき株高」で踊らされる日本』(徳間書店、2015年)が発売されます。待望の経済に関する新刊です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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 また、2015年5月31日(日)に副島隆彦を囲む会主催の講演会が開催されます。こちらもどうぞよろしくお願い申し上げます。

  

※講演会の申し込みはこちらからどうぞ。


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「熱狂なき株高」で踊らされる日本──目次

 

まえがき─3

 

1    金と現金以外は信用するな!

 

国家が相場操縦して株価を吊り上げる動きは止まらない─12

金投資は初めての人は今すぐ買いなさい。もう買っている人はまだ待ちなさい─17

 

2    国家は株も土地も吊り上げる

今年1年は政府主導の強気の相場が続く─26

日本政府が「5頭のクジラ」を使って株の爆買いを始めた─28

株を買うのはGPIFだけではない─37

台湾人が日本の不動産を爆買いしているが、2020年までには売り払う─50

戦争の危機が迫る日本で東京オリンピックの中止もありうる─54

日本の不動産で値段が上がっているのは「3A1R」だけだ─58

富裕層が資産の再評価をやっている─62

政治と経済は貸借を取り合って、バランスする─66

日経平均株価は2万2000円まではいくだろう─72

 

3    世界から金利がなくなった

アメリカは金利を上げると一気に逆回転するから上げられない─84

黒田日銀総裁が「国債暴落」の不規則発言をした─87

世界中の金利が低下する異常事態になっている─93

ユーロはデフレに陥って衰退に向かう─104

アメリカの金融・財政は舵取り能力を失っている─108

ドル円の相場は120円がしばらく続く─112

NY金は1200ドルが抵抗線である─114

中国が金の値決めに参加することが決まった─116

イギリスが中国と組むと決めた─126

AIIB(アジアインフラ投資銀行)は大きな世界覇権移行の始まりだ─131

 

4    日本はますます貧乏国家にさせられる

名だたるヘッジファンドがどんどん潰れている─154

売り仕掛けのヘッジファンドが次々に潰れ、日本から撤退を始めた─155

1億円の投資信託が9割方まで回復している─161

またしても日本の米国債買いが始まった─166

コーポレートガバナンス・コードで日本企業の内部留保を吐き出させる─170

社外取締役に入る会計士たちが企業財務を丸裸にする─174

ROEを高くさせて日本企業のキャッシュを流出させる─176

ゴールドマンのキャシー松井がROEを言い出した─177

日本奪い取りの第三段階までもう来ている─181

日本はマイナス成長の衰退国家にさせられている─184

今の円安は日本の通貨の暴落だとなぜ言わないのか─188

 

5    経済学はケインズに戻らなければならない

日本の経済政策の最高指導者はGPIFを牛耳る伊藤隆敏だ─192

インフレ・ターゲット論は方程式を逆転させる論理でできている─201

アメリカの意思に沿う政策理論をやりながらその自覚がない─218

通貨量と株価上昇だけで市場がコントロールできるのか─220

今こそケインズ、ヴォルテールに学ぶべきだ─222

古典派とケインジアンの戦いが今も続いている─229

合理的期待学派は狂信者たちである─234

現金や金を信じることをケインズから学んだ─241

「情報の非対称性」とは、始めから結果を知っている人間がいるということ─252

銀行の不良債権問題に蓋をし続けていることが致命傷になる─254

本当は、金融市場でクラウディング・アウトが起きている─260

 

6    ピケティの『21世紀の資本』はアパート経営の話だった

収入の20倍が資産価格になるという「副島隆彦の法則」─264

ピケティの資本主義の第一基本法則からあらゆる経済問題が解ける─281

経済学は数学と物理学から発生した学問である─285

「資産は所得(年収)の6倍だ」と言い切ったところがピケティのすごさ─295

労働所得と資本所得は7対3で決まっている─298

ピケティが結論で提案している富裕層課税は間違っている─304

 

 

あとがき─308

巻末付録 吊り上げ相場の注目株32銘柄─311

 

 

 

あとがき

 

 この本を書き上げる段になって、私はようやくはっきり分かった。

 

 アベノミクス(安倍首相の経済政策)というのは、株バブル(および国債バブル)と土地バブルの両方を起こすことだ。この資産バブルを人為的に作って、無理やりでも国民心理にインフレ期待の人工の波を起こして、人々がどんどん消費して贅沢品を買うように仕向ける。そうすることで、景気回復を達成するという計画である。すべてはアメリカの指図、命令のままに行われている。

 

 こんな当り前のことを私は今頃、遅れて分かった。だがここに到達するまでに私は激しく辛吟した。

 

 資産バブルが全国(いや世界中)に波及し、景気(経済)は必ず回復すると狂信して、政府自ら株の吊り上げと都心の土地の値段(地価)の吊り上げに狂奔している。

 

 しかし「2%のインフレ(にする)目標」は丸2年たったが達成しなかった。責任者たちの責任が問われている。

 

 私は、この本でアベ(ABE)ノミクス(Asset Bubble Economy)を創作して日本に押しつけたアメリカの経済学の理論家たちのおかしさを追跡してなんとか解明できた。

 

 それは、小室直樹先生の遺作となった4冊の経済学の本を、本気で読み直したからである。先生は大事なことをすべて書き遺してくれていた。先生の霊が私を導いた(第5章)。

 

 今の安倍政権の金融政策の何が間違っているかを、この本で大きく解明することができた。私の方も土壇場まで追いつめられたが、なんとか大きな謎解きをすることができた、と思っている。

 

 評判を取ったトマ(ス)・ピケティの大著『21世紀の資本(論)』からも私は巨大な真実を学んだ(第6章)。やはりこの本は大変な本である。ピケティ本は、今や幻想と虚栄の神殿と化したアメリカ経済学を根底から掘り崩す核爆弾級の破壊力を持つ本である。おそらく日本では、今のところ私だけがこのことに気づいている。今はもう多くは書けない。一点だけ書く。

 

 ストック(資産)とフロー(所得)において、フロー面(消費者物価、インフレ率、GDPギャップ、失業率などの指標)ばかりに囚われてきたアメリカ経済学界のオカシさを、フランス人のピケティは、正しく大きくストック面(土地住宅価格。即ち不動産資本)の重要性からはっきりとつかみ出した。おそらくピケティ本からの根源的攻撃を受けてアメリカ理論経済学は自滅に向かうだろう。それはアメリカ帝国の崩壊と軌を一にするものだ。

 

 この本を書くに当たって、共に難行苦行と言うか、延々と果てしなく議論してくれた徳間書店の力石幸一編集委員に深くお礼を申し上げる。

 

2015年4月

 

副島隆彦 

(終わり)










 

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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 アメリカ大統領選挙は民主、共和両党で有力候補者たちの予備選への出馬表明が次々と行われています。共和党ではテッド・クルーズ、ランド・ポール、マルコ・ルビオの3名の若手連邦上院議員が立候補を表明しました。民主党では最有力候補ヒラリー・クリントン前国務長官が立候補を表明しました。


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ランド・ポール
 

 外交政策に関して言うと、ランド・ポール議員が総攻撃に遭っています。彼はリバータリアンとして、外国に対する不介入を訴えていますが、それが共和党内部からも激しい批判に晒されています。共和党内部のネオコンと民主党の人道主義的介入派から見れば、ランド・ポールの不介入路線は最も許しがたい主張です。

 

 しかし、アメリカ国民と外国にとっては最も望ましい路線です。ランド・ポールは共和党の予備選で苦戦することになるでしょうが、舌戦を展開し、「介入主義(interventionism)」の間違いと危うさを訴え続けて欲しいと思います。

 

==========

 

ランド・ポール:グラハムとマケインはオバマにとっての「外交政策に関して愛玩犬だ」と発言(Paul: Graham and McCain are Obama’s ‘lapdogs’ on foreign policy

 

ジョナサン・イースリー(Jonathan Easley)筆

2015年4月21日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/homenews/campaign/239645-paul-graham-and-mccain-are-obamas-lapdogs-on-foreign-policy

 

 ケンタッキー州選出連邦上院議員ランド・ポール(共和党)は火曜日、彼自身と共和党内の外交政策に関してタカ派に属する政治家たちとの間の舌戦をヒートアップさせた。サウスカロライナ州選出連邦上院議員リンゼイ・グラハム(共和党)とアリゾナ州選出連邦上院議員ジョン・マケイン(共和党)をまとめてオバマ大統領の国家安全保障政策に関して「大統領の愛玩犬(lapdog)」と呼んだのだ。


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リンゼイ・グラハム

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ジョン・マケイン

 

 テレビ局フォックス・ニュースとのインタビューの中で、ポール議員はグラハム議員とマケイン議員からの批判に対してどの反応するかと質問された。グラハム議員とマケイン議員はここ数日、ランド・ポールの外国に対する不介入という考えは国家安全保障にとっての大きな脅威となると批判していた。

 

ポール議員は「こうした批判は過去20年間にわたって全ての政策に関して誤りを犯した人々からなされたものです」と発言した。

 

 ポール議員は続けて次のように発言した。「私だけがリビアでの戦争は間違っているとはっきりと主張しました。シリアのアサド政権に対して空爆を行うことはイスラム国の力を強めるだけだと主張しました。シリアの反アサド勢力に対して武器を供与することはイスラム国を強化することにしかならないと主張しました。私だけですよ。私だけがオバマ大統領とオバマ大統領の愛玩犬になってしまった人々に対して反対を唱えたのです。彼らはこのことについて恥じていると私は思います」

 

 ポール議員は、共和党の一部から彼の不介入という考えについて懐疑を持たれている。共和党タカ派はポール議員を「孤立主義者(アイソレーショニスト、isolationist)」と呼び、彼の考えは国家安全保障に対して脅威となると批判している。

 

 グラハム議員は外交政策を第一にして大統領選挙について考えを述べているのだが、彼はポール議員に対する最大の批判者となっている。

 

グラハム議員は月曜日に、MSNBCに登場し、ポール議員は外交政策について「全く間違った考えを持っている」と発言し、国家安全保障についてオバマ大統領や民主党の大統領予備選挙出馬を表明したヒラリー・クリントン前国務長官よりも軟弱な姿勢を取っていると批判した。

 

ポール議員は火曜日に「私をますます声高に批判する人々はオバマ大統領の外交政策の賛同者なのです。彼らはオバマ大統領の外交政策路線を10倍の規模に増幅して行いたいと思っているだけなのです」と発言した。

 

 ポール議員はロナルド・レーガン元大統領のように「強さを通じて平和を確保する(peace through strength)」するという考えを持っていると主張した。

 

 ポール議員は次のように発言した。「私は介入が必ずしも常に正しい答えだとは考えていません。介入によって全く予期しなかった結果が出ることもこれまで度々ありました。彼らの主張する外交政策は全く的外れです。また、混乱し、無秩序でもあります。私はこれまで全ての戦争に関わりたいと望んできた人々に行動を有権者が再調査し、再認識する必要があると思います」

 

 外交政策は共和党の大統領選挙予備選がスタートしたばかりのこの時期において最も批判の応酬が行われている分野である。共和党タカ派は中東の大混乱を受けて勢いを増している。イラクとシリアにおいてイスラム国の脅威が増大し、オバマ大統領は核開発プログラムに関してイランと交渉を行っている。これらに関して共和党タカ派は批判を強めている。

 

(終わり)









 

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古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
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2014-05-23


⑤宇垣一成流産内閣について、坂野氏はその重要性を指摘しています。政友会は議会で過半数を占め、それを基盤にして政党内閣を成立させること(政友会の総裁を首相にすること)を目指していました。5・15事件に対する弔い合戦という気持ちもあったと推定されます。そのために、ライヴァルである民政党や民政党が協力した非政党内閣である岡田内閣を倒そうとし、皇道派や新官僚たちと近づいたのです。しかし、「政党政治自体が危機に瀕している」という危機感が政友・民政両党にありました。そこで、出てきたのが、「協力内閣」構想です。これは、政友・民政両党が恩讐を超えて団結するというものでした。そして、具体的には陸軍の長老で当時は朝鮮総督だった宇垣一成を首相にする内閣を結成し、軍部の台頭と政治への容喙を抑えるというものでした。

 

 宇垣一成は、加藤高明内閣時代に陸軍大臣として、軍の近代化と共に削減を行いました。これは「宇垣軍縮」と呼ばれています。宇垣はそれ以降、陸軍内で「首相として名前が挙がる人物」となりました。陸軍の台頭と政治への容喙を止めることが出来る実力者として、評価を受けていました。

 

宇垣が首相候補として名前が挙がったのは、検察によるでっち上げであったと後に判明する「帝人事件」で斎藤内閣の総辞職時(1934年)、そして岡田内閣不信任案提出時(1936年1月→岡田内閣による議会解散→2月20日の総選挙で与党的立場の民政党勝利)でした。岡田内閣への高橋是清と政友会穏健派が宇垣を首班とする協力内閣実現の方向で動いていましたが、民政党側が乗り気でなかったこともあり、実現しませんでした。岡田内閣が議会を解散し、民政党は1936年2月20日の選挙で勝利を収め、岡田内閣が続投となりました。そして、6日後に2・26事件が発生したのです。

 

1936年、2・26事件の発生後、それまで廃止されていた「軍部大臣現役武官制(陸海軍大臣は現役の大将と中将に限定する。予備役は認めない)」を復活させました。軍部大臣現役武官制は長州派で陸軍の大物であった山県有朋が導入していたのですが、これを薩摩派で海軍の大物であった山本権兵衛が廃止しました。これに対して宇垣一成は反対し、一時陸軍中央から左遷されていました。陸軍はこの軍部大臣現役武官制を楯にして、「適任者なし」として陸軍大臣の候補者を推薦しませんでした。自身が導入に反対した「軍部大臣現役武官制の廃止」が残っておれば、自分が陸軍大臣を兼任していれば組閣ができたことでしょうが、人生は何とも皮肉です。また、宇垣が陸軍大臣時代に進めた「宇垣軍縮」が彼個人にとっては大きな吹き戻しとなって戻ってきてしまったのです。

 

結果的に、陸軍の反対で組閣ができなかった宇垣一成に代わって、同じ陸軍大将の林銑十郎(宇垣は朝鮮総督、林は朝鮮軍司令官で共に朝鮮半島に赴任していた経験を持っています)が内閣を組織しました。林内閣は、重化学工業の振興を決定しそれを軍事力増強につなげることにしたのです。限定的な「狭義国防」で政友・民政両党との間で妥協をすることで政権を運営しようとしました。「広義国防論」に含まれていた社会改革を行わないということで妥協しようとしました。「狭義国防」論を唱える林内閣に対して社会大衆党は協力する意義を失いました。その結果、社会大衆党は林内閣の下で反軍部・反林政権の立場を鮮明にしました。林内閣の予算案に対して、政友・民政両党はかなり突っ込んだ質疑を行い、林内閣側としては両党に妥協的な姿勢を示したのにという不満が残りました。そして、予算成立後に議会を解散しました。これを「食い逃げ解散」と言います。

 

 林銑十郎が議会を解散したのは、「政党に反省を促す」という理由であった訳ですが、具体的には林内閣に対して与党的な立場を取った昭和会・国民同盟・東方会の議席を伸ばすことにありました。しかし、結果は、与党的な立場の三党の議席を伸ばすこともできず、政友・民政両党もそこまで議席を減らすことはありませんでした。この選挙で大躍進したのが社会大衆党で議席を36に倍増させました。林内閣は解散の目的を果たせずに、総辞職となりました。

 

⑥社会大衆党は、戦前の選挙で大躍進を果たしました。これは都市部の有権者からの支持を集めたからです(都市部の有権者を支持基盤とした民政党は支持を落としました)。1936年の選挙では、都市部の有権者が社会的な不平等の是正と軍部独裁に対する批判のために社会大衆党に投票をしたと著者の坂野氏は分析しています。

 

しかし、前述したように、社会大衆党は、社会革新を含む広義国防論に基づいて軍部(特に統制派)を支持していました。それなのに軍部に対する批判票が社会大衆党に向かったのはおかしな話です。それについて、坂野氏は 林内閣において、軍部と政友・民政両党が軍事力増強だけを目指す「狭義国防」論で妥協を図ったからだと述べています。

 

政友・民政両党は、社会革新を好まず、広義国防論を唱える軍部に反対でした。そのために「粛軍」「軍縮」の立場を取っていたのですが、林銑十郎内閣で、教義国防論に転換することで、軍部と政友・民政両党の妥協が成立したのです。軍部にしてみれば、資本家や実業家が経営する大企業がなければ大砲も戦車も軍艦も作れない訳ですから、妥協することになる訳ですし、「軍隊は軍事のことに専念する」というのは当然の原則ですから、社会革新なども方便でしかないのです。それに対して、「裏切られた」社会大衆党は、軍部を批判して、批判票を集めることに成功したのです。

 

 坂野氏は、この後、合法的社会主義政党である社会大衆党が勢力を伸張していけば、官僚機構も社会改革を重視する社会民主主義時代へと動いていったに違いないと主張しています。そして、戦争に対して批判的であった財界の意向を受けた政友・民政、広義国防論を放棄した軍部と袂を分かった社会大衆党が揃って議会政治を通じて戦えば、もしかしたら日本を大きな絶望へと叩き込んだ戦争を戦わずに済んだかもしれないと述べています。そして、社会民主主義勢力が戦前の日本において伸長する兆しがあったことを坂野氏は指摘しています。現在の状況を考えると、これは何とも「羨ましい」ことだと私は思います。

 

⑦この時期、世界的に見てみると、反ファシズムの「人民戦線」結成が叫ばれていました。イタリアやドイツの成功に触発された各国のファシズム勢力に対して、「大同団結」で反ファシズム的な諸勢力を糾合すべきだという考えがありました。日本でも非合法化され、弾圧されていた共産党が、ソ連のコミンテルンの指令を受けて、人民戦線を結成すべきだと主張していました(後にスパイだったことが分かり除名された野坂参蔵など)。またインテリ層が読む雑誌『中央公論』や『改造』などでも人民戦線結成についての記事が発禁になることなく掲載されていました。著者の坂野氏は、私たちが抱きがちなイメージである「軍部が弾圧したために、言論の自由は既になかった」という虚構に対して、「そんなことはなかった、ある程度はあった」ということを主張しています(もちろん現在のような自由度はなかったとは当然ですが)。

 

 反ファシズムの動きですが、日本において問題となるのは、合法的社会主義政党である社会大衆党の立場です。他国であれば、共産主義者、社会主義者、自由主義者といった勢力が大同団結して、ファシズム勢力に対して人民戦線を作る訳です(フランスなど)。しかし、日本の場合は、コミンテルンの指令を受けた共産党は人民戦線を主張するのですが、社会主義政党である社会大衆党は人民戦線作りに反対するのです。かえって、「自由主義」「議会政治」「政党政治」を守るという立場から政友・民政両党の方が人民戦線作りを容認する立場になります(フランスにおける自由主義者の立場)。

 

 しかし、共産党と政友・民政両党が直接つながることはできません。そこにワンクッションとして、社会大衆党が入ってこそ、広範な人民戦線ができるのですが、ファシズム的勢力である軍部とつながりを持つ社会大衆党が人民戦線作りに反対している状況では、人民戦線作りは不可能でした。

 

⑧本書を読んで、私はこれまで疑問に思っていたことがいくつか氷解しました。社会大衆党という社会主義政党の麻生久が大政翼賛会に進んで協力したのか、とか、戦後、岸信介が巣鴨から出てきてまず日本社会党に入党申請して断られたということがあったがどうしてこういうことが起きたのかと不思議に思っていました。しかし、本書を読むことで、戦前日本の合法的社会主義政党であった社会大衆党が「社会革新」の点から、軍部の「広義国防論」に共鳴し、革新官僚たちとも協力関係にあったということが分かりました。

 

また、近衛文麿が始めた「革新運動」である新体制運動やその結果として生まれる大政翼賛会に麻生久が協力的であったのも当然ですし、革新官僚の親玉であった岸信介が社会大衆党の流れを汲む日本社会党に親しみを感じたのも当然でしょう。また、麻生久の息子である麻生良方が戦後社会党に参加して代議士となりながら、1965年の民主社会党の結党に参加していることも頷けます。自民党よりも右と言われ、日本の核武装まで容認していた民社党は麻生久の流れでもあったのでしょう。

 

 本書『昭和史の決定的瞬間』は、日本の保守勢力と革新勢力が交差し、捻じれている部分を歴史的に解明し、分析したものであり、戦前の歴史について理解したい人にとっては必読の良書です。

 

(終わり)












 
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古村 治彦
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野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
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2014-05-23



①著者の坂野氏は、1935年に起きた東京帝国大学教授・貴族院議員美濃部達吉の「天皇機関説」とそれに対する「国体明徴・機関説排撃」を主張した陸軍皇道派と政友会についての分析から始めています。天皇親政を主張するような皇道派が美濃部達吉を攻撃するのは分かりますが、それまで天皇機関説を何ら批判してこなかった政党である政友会が美濃部を攻撃したのはどうしてだろうかと私は不思議に思っていました。

 

坂野氏は、美濃部達吉は一方で議会に基礎を置く政党内閣制と議会の代わりに、政党や政府の代表たちが集まって話し合いを行う「円卓巨頭会議」という考えを提唱していたことをここで書いています。美濃部は決して「善玉」という訳ではなく、(美濃部達吉=天皇機関説=議会制民主主義の擁護者ではない)この美濃部の議会制度軽視に対して、政友会が攻撃を加えるために「機関説排撃」を使った、と坂野氏は喝破しています。私は美濃部博士に「デモクラシー」「議会政治」を無視する考えがあったこと、この議会軽視の態度を背景にして、政友会が天皇機関説攻撃を行ったことなど知りませんでした。もちろん、政友会のこうした攻撃方法は決して正しかったとは言えないと思いますが、議会政治を守るため、官僚たちの跋扈を排するために「有機的な」天皇親政、国体明徴を叫んだということは仕方がなかったとも言えるのだろうと思います。

 

②1934年に陸軍が「陸軍パンフレット(「国防の本義と其強化の提唱」)」を発表しました。これは「対ソ連戦を想定した戦力の強化」と「資本主義の修正による国民的基盤の強化」を訴えたものでした。これを全面的に支持したのが社会大衆党の麻生久でした。そして、社会大衆党は軍部(特に統制派)と結んで資本主義を改造する「広義国防論」を打ち出しました。そして、陸軍統制派と結合したのが新官僚(後の革新官僚)たちです。彼らは、労働組合の発展を図るなど、社会大衆党にとっては「同志」とも言える存在でした。そして、官僚たちは国策立案機関として、1935年に内閣調査局(岡田内閣の後藤文夫[新官僚の元締め的存在]内務大臣の提唱)を創設しました。これによって「陸軍統制派・新官僚・社会大衆党」のラインが完成しました。

 

 これに対して、陸軍皇道派と議会軽視に憤懣を募らせていた政友会が結びつくことになります。更に、陸軍皇道派に右翼結社である国本社を率いる平沼騏一郎・枢密院副議長が結びつき、「陸軍皇道派・平沼系右翼・政友会」のラインが完成しました。帝国議会で第二党となっていた民政党は、「陸軍統制派・新官僚・社会大衆党」のラインに近い存在でした。更には重臣たちもこちらのラインでした。政友会は議会第一党でありながら、政権を担当できず(政党内閣ではなかったこと)、これに不満を募らせていました。

 

A:陸軍統制派・新官僚・社会大衆党・民政党・重臣

B:陸軍皇道派・平沼系右翼・政友会

 

昭和10(1935)年の日本政界は大きく2つの極に分かれていました。そして、この2つのグループのうち、「A」のグループが優勢でした。この2つのグループ分けというのは、様々なアクターが複雑に絡み合って形成されたものであり、ただ戦前の政治史に関する本を読んでいるだけでは全く理解できるものではありません。

 

③斉藤隆夫の有名な「粛軍演説」(1940年の「反軍演説」との区別が必要です)を坂野氏は取り上げています。斎藤隆夫の粛軍演説は、1936年5月の国会で行われました。この年の2月20日に総選挙が行われ、斎藤が所属する民政党が勝利を収めました。斎藤は国民の期待を背に受けながら、2・26事件を起こしながら、それに対する痛切な反省がないどころか、かえって開き直って、国政に容喙しようとしていた軍を痛烈に批判しました。この粛軍演説と反軍演説は戦前の軍部独裁とファシズムに対する抵抗の象徴となっています。

 

筆者の坂野氏は、2・26事件が起きた後でも国会で痛烈な軍批判ができたことの重要性に注目しています。1940年の反軍演説の際には、もう軍を批判することはタブーとなっており、斎藤隆夫は国会から除名されてしまいましたが、この時は問題化しませんでした(もちろん軍は面白くなかったことでしょう)。

 

斎藤隆夫自身も民政党も、議会政治を守り、自由主義的伝統を守ろうとはしましたが、労働者など都市の貧しい層の生活を改善することについては関心を払いませんでした。民政党は緊縮財政を求め、軍拡に反対したが、それと同時に福祉政策や失業対策にも反対でした。民政党の支持基盤(三菱の資金援助も受けていました)は、都市資本家・経営者でしたから、これは当然のことです。著者の坂野氏は、「斎藤隆夫はヒーローで、軍部が悪者」という見方を排しています。この視点はありませんでした。斎藤隆夫も民政党も、現在で言う「リベラル」ではなく、「古典的自由主義者」であり、資本主義と自由市場を信じていたのでしょう。そうした点から、民政党政権下で「金解禁」が実行されたことは当然のことであると言えるでしょう。

 

政友会は、岡田内閣に対して不信任案を出しました。岡田内閣は不信任案採決前に議会を解散し、総選挙が実施されました。それが1936年2月20日でした。政友会は大惨敗で議会第一党の座から転落、岡田内閣の与党的な立場であった民政党は議会第一党になり、社会大衆党は5議席から18議席へと勢力を伸張させました。

 

 昭和天皇側近勢力は、限界はあったにせよ、基本的に戦争を回避し対外的緊張を緩和する方向で働いたのですが、そして、2・26事件によって、天皇側近からその能力を奪ってしまった、弱体させてしまったと坂野氏は述べています。宇垣一成に組閣の大命が下った後、陸軍が反対した際に、陸軍大臣を出すように勅命を下して欲しいと宇垣は依頼したのに対し。軍部を恐れた湯浅倉平内大臣は、「そこまで無理をしても仕方がないではないか」と言って、宇垣の組閣を潰してしまうのです。

 

 ちなみに、犬養毅首相が陸海軍の将校たちによって暗殺された5・15事件の場合ですが、犬養首相が率いた政友会と陸軍皇道派はつながっていたこと、そして皇道派の荒木貞夫陸軍大将が陸軍大臣を務めていたために、大規模なクーデターにならず、一部の急進的な将校たちによる暗殺事件となったと著者の坂野氏は分析しています。これは大変面白い分析だと思います。

 

④政友会・民政党の二大政党は、軍部の台頭に対する危機感から、反ファシズムという共通の目的の下に大連立することに成功しました。この時期、政友会の浜田国松代議士は、有名な「腹切問答」で陸軍批判を行いました。これは、寺内寿一陸相を挑発し、広田内閣を総辞職に追い込もうとしたものだと著者の坂野氏は主張しています。広田内閣を総辞職させた政友・民政両党は陸軍大将で反戦派、それまでも首相候補として名前が挙がっていた宇垣一成を首相に擁立しようとしました。この時に宇垣が組閣できていれば、戦争回避の最大のチャンスであったかもしれないと坂野氏は述べています。

(続く)










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アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。


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 ヒラリー・クリントン元国務長官が大統領選挙への出馬を正式に発表しました。ヒラリー陣営では5月末に政策の発表を行う予定で、そのための政策ティームの発足を発表しました。外交政策分野では、ジェイク・サリヴァンが参加することになりました。ジェイク・サリヴァンについては、2012年に出版した拙著『アメリカ政治の秘密』でも取り上げましたが、ヒラリーが大統領に当選した場合には、大統領国家安全保障問題担当補佐官への起用が噂されています。私は彼の野望にはもっと先があると見ていますが、民主・共和両党とも30代のライジングスターが出てきました。

 

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ヒラリー・クリントンは3名の専門家を陣営に加える(Hillary Clinton names top 3 wonks for campaign

 

デイヴィッド・ネイサー筆

2015年4月14日

『ポリティコ』誌

http://www.politico.com/story/2015/04/clinton-names-top-three-wonks-for-campaign-116975.html

 

 ヒラリー・クリントンは自身の選挙運動における公約をより精緻なものとするために3名の専門家を陣営に迎えた。ヒラリーの有権者とのふれあいの旅が終わる来月末に主要な公約を発表するための準備を行う予定となっている。

 

 3名の専門家として、シンクタンク「センター・フォ・アメリカン・プログレス」の元上席研究員マヤ・ハリス(Maya Harris)、ヒラリーの上院議員時代の立法担当アン・オリーリー(Ann O’Leary)、そしてヒラリーの国務長官時代の側近でジョー・バイデン副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めたジェイク・サリヴァン(Jake Sullivan)が政策ティームを率いることになった。

 

 発表された政策ティームの面々を見ると、専門は外交政策、子供と家族、そして世界規模の人権となっており、これはヒラリーが選挙戦で強調するであろう分野を示している。これら全ての分野はヒラリーが最近の演説や自著『ハード・チョイシズ』で特に言及しているものばかりだ。

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マヤ・ハリス 


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アン・オリーリー
 

 ハリスは人権を専門としている。彼女はフォード財団の民主政治体制・人権・正義担当の副会長を務めていた。彼女は世界各国の統治、民主政体、人権状況を改善するために活動するティームを率いていた。オリーリーは幼児教育の専門家であり、トム・スティーヴァーが資金援助をしている運動組織ネクスト・ジェネレーションの子供と家族に関するプログラムの責任者をしていた。


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ジェイク・サリヴァン

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2015年1月に日本再建プログラムの招聘で来日。右は船橋洋一氏
 

 一方、サリヴァンはイランの核開発プログラムを巡る一時的な合意にまで至った交渉の下準備において重要な役割を果たした。しかし、彼自身はイランに対して懐疑を抱いていると言われている。そして、サリヴァンの陣営参加によって、ヒラリー陣営はオバマ政権よりもイランに対して強硬な姿勢を取る可能性が出てきている。

 

 ヒラリー・クリントンが出馬を表明し、選挙戦を始めるのに合わせて政策ティームの発表が行われ、これにより個別の政策の詳細な検討もスタートした。ヒラリーは有権者とのふれあいの旅を通じて幅広い問題について言及することになるだろう。しかし、全国の有権者向けにはヴィデオでの出馬発表以上のことは発言しない。彼女はヴィデオ映像の中で、「普通のアメリカ人たち」のために性質がある必要があることを訴えた。これは、ヒラリーの過去の選挙運動の失敗を受けて、エリザベス・ウォーレン式のポピュリズムに訴える選挙戦を展開することを示唆している。

 

幅広い公約の発表については既に計画されている。主要な公約の発表は、ヒラリーが選挙陣営を強化し、有権者のとのふれあいの旅を終えた後に発表されることになるだろう。ヒラリー陣営の関係者によると、それは5月末になる予定ということだ。

 

 ヒラリーは既に政策テーマについて打ち合わせを行っている。選挙陣営の関係者によると、昨年秋に大統領選挙への出馬を決心してからアドヴァイザーたちと政策について話し合いを行ってきたということだ。

 

 ハリス、オリーリー、サリヴァンの3名が政策ティームを率いることになるが、彼以外にも各政策分野を専門とする人々がティームに参加している。センター・フォ・アメリカン・プログレスの創設者でオバマ大統領の特別補佐官を今年初めまで務めたジョン・ポデスタ(John Podesta)が選挙陣営の委員長となる。ヒラリーはまた、センター・フォ・アメリカン・プログレスの所長で長年顧問をしてきたニーラ・タンデン(Neera Tanden)を非公式の顧問に迎えている。

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ジョン・ポデスタ 


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二―ラ・タンデン

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トニー・カーク
 

 選挙運動の調査部門の責任者トニー・カーク(Tony Carrk)は健康福祉政策の専門家であり、オバマケアの立案に参画した。彼はセンター・フォ・アメリカン・プログレスのアクション財団の「健康福祉司令部」の責任者を務めた。

 

(終わり)









 
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古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12






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オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 古村治彦です。

 

 ヒラリー・クリントンがヴィデオ映像を通じて大統領選挙出馬を正式に表明しました。民主党の候補者の中では本命と考えられているヒラリーの出馬で、大統領選挙がいよいよ盛り上がってきました。

 

 これに対してオバマ大統領とホワイトハウスは慎重な姿勢を崩していません。「昨日表明があったばかりだから支持を表明するのは早すぎる」「他にも出馬を考えている人たちがいる」などとのらりくらりという感じです。これは消極的、間接的な「不支持」表明であると私は考えます。

 

 「同じ民主党で、国務長官を務めてくれたヒラリーに対してどうして不支持なの?」と疑問に思った方は是非、拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)と副島隆彦先生の最新刊『日本に恐ろしい大きな戦争が迫り来る』(講談社、2015年)をお読みください。



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オバマはヒラリーを称賛したが支持は表明しなかった(Obama praises Hillary but does not endorse

 

ベン・カミサール筆

2015年4月13日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/ballot-box/presidential-races/238687-obama-praises-but-does-not-endorse-hillary

 

 オバマ大統領は、ヒラリー・クリントンが大統領選挙への出馬を表明した翌日、彼女への支持を表明しなかったが、元ライヴァルで後に腹心となったヒラリーを称賛した。

 

 オバマは月曜日、オハイオ州コロンバスでテレビ局WBNS-10のインタビューの中で、「彼女は昨日表明したばかりですから、支持を表明するのは少し早いですね」と語った。

 

「彼女は才能にあふれ、力を持った人物で、国務長官として素晴らしい業績を残した。彼女は私の友人であり、素晴らしい大統領になれるかもしれないと私は考えている」。

 

 クリントンは2008年の民主党の大統領選挙予備選においてオバマのライヴァルとなったが、オバマが大統領に就任後、国務長官として大統領のアドヴァイザーを務めた。それ以降、2人の関係はあたたかいものとなった。そして、オバマはヒラリーの国務長官として残した業績を称賛している。

 

 土曜日午後、ヒラリーはヴィデオを通じて大統領選挙への出馬を表明し、アイオワ州に向けて出発した。2008年、アイオワの党員集会の結果、ヒラリーはオバマに敗れた。

 

 土曜日、ホワイトハウス報道担当官ジョシュ・アーネストはオバマ大統領のコメントを伝えた。彼は定時記者会見の場で記者団に対して、オバマ大統領は自動的にクリントンを支持することはないと述べたのだ。アーネストは、2人は親友であるが、「大統領の友人で他にも大統領選挙への出馬を検討している人が複数いる」と述べた。

 

 ジョー・バイデン副大統領はオバマ大統領の友人であり、大統領選挙への出馬を検討している。2008年、バイデンはオバマに対する支持を表明するまでは、ヒラリーとオバマに伍して大統領選挙予備選への出馬を模索していた。

 

 月曜日、バイデン副大統領はシエラ・クラブと全米鉄鋼労働組合が主催したフォーラムに出席し演説を行ったが、ヒラリーについては言及しなかった。

 

 バイデンはもう1人の予備選挙立候補者と見られているが、全ての世論調査でヒラリーに大きく水をあけられている。

 

(終わり)

 

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オバマは自動的にヒラリーを支持しない(Obama won't automatically endorse Hillary

 

ジョーダン・ファビアン筆

2015年4月13日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/news/238616-obama-wont-automatically-endorse-hillary

 

 ホワイトハウスは月曜日、オバマ大統領が大統領選挙への出馬を正式に表明したヒラリー・クリントンを自動的に支持することはないだろうと発表した。

 

 ホワイトハウス報道官のジョシュ・アーネストは、ヒラリーが国務長官であった時代に、オバマとヒラリーは「友人となった」が、「大統領の友人たち」で選挙への出馬を検討している人は他にもいると語った。

 

 バイデン副大統領は民主党の有力候補の1人と見られている。

 

オバマは土曜日、クリントンは「素晴らしい大統領になるかもしれない」と語った。

 

 アーネストは、2008年の本選挙においてヒラリーがオバマ大統領のために「効果的な」主張をし、援護したことを強調した。アーネストは、オバマ大統領が民主党の正式な大統領選挙候補者を支持するだろうが、誰が候補者に相応しいかは有権者に決めてもらうことになるだろうと語った。

 

 アーネストはヒラリーの出馬表明のメッセージについて彼女とホワイトハウスとの間に直接の調整が行われてはいないと述べた。ホワイトハウスは今週、収入の格差、不動産税、男女の同一賃金の実現に向けて動き出す。これらはヒラリーが有権者に訴えていくであろう課題と一致する。

 

 ホワイトハウスの試みについて、アーネストは「確定申告締切日のあたりでそうしたことを行うとかなり前から計画していたのです」と述べた。その決定は、「どの候補者の立候補表明の前」に既になされていたのだ。

 

 先月、オバマとヒラリーはホワイトハウスにおいて非公式に会談した。アーネストは、2人が「彼女の大統領選挙出馬計画の詳細」について話し合ったのかどうかは分からないと述べている。

 

(終わり)
















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古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12




野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 

 古村治彦です。

 

 パナマで開かれた米州首脳会談において、アメリカのオバマ大統領とキューバのカストロ議長の会談が行われました。その詳しい内容が書かれた記事を皆様にご紹介します。

 

 オバマ大統領は「体制転換(regime change)」のためにキューバに圧力をかけることはないと述べました。ここが会談の肝です。これでヒラリーや共和党を縛ることになりました。北米、中米、南米各国の指導者たちが集まる米州首脳会談でこうした発言を行ったことは大きな意味があります。もしこの発言とは違うことをするとなると、アメリカに対する信頼と敬意は大きく傷つけられてしまうからです。

 

 翻って日本の指導者、政治家、官僚、知識人について考えてみると、何とも暗澹たる気持ちになります。

 

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オバマとラウル・カストロが会談(Obama meets with Raúl Castro

 

エリオット・スミロウウィッツ・マーク・ヘンシュ筆

2015年4月11日

『ザ・ヒル』誌

http://thehill.com/blogs/blog-briefing-room/news/238537-obama-meets-with-cuban-leader-raul-castro

 

 オバマ大統領は土曜日午後、キューバの指導者ラウル・カストロ(Raul Castro)と会談した。オバマ大統領はこの会談を「歴史的会談」と呼んだ。

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 取材した記者団によると、パナマ・シティで開催された米州首脳会議の場で、キューバの指導者カストロ議長に対して、「私たちは今、共に未来に向かう道筋を進む位置に立っています」と述べた、ということだ。

 

 オバマ大統領は続けて「ゆっくり時間をかけて、私たちはページをめくり、2国の間の新しい関係を構築することが出来ます」と述べた。

 

 オバマ大統領は、アメリカとキューバが最初にやるべき仕事は、それぞれの国の首都に大使館を開設することだと語った。

 

 カストロ議長は通訳を介して、オバマ大統領の発言に全面的に同意すると述べた。カストロ議長は更に自分たちはお互いに対して敬意を払いつつ、一致できない点には不同意を表明することが出来ると述べた。

 

 カストロ議長は次のように述べた。「私たちは全ての議題について議論をしたいと思っているが、それには忍耐も必要です。大変な忍耐が必要となるでしょう。今日同意できないことでも、明日には同意できるということも出てくるでしょう」

 

 2人の指導者たちは、新たに大使館を開設することに向けての大きなハードルは実務面になるだろうと述べた。

 

 オバマ大統領はアメリカの外交官たちにとってキューバで職務を遂行するにあたり、アクセスの緩和を必要とするだろうと述べた。彼は両国の大使がそれぞれ国境を越えて自由に行き来できるようになることを希望すると述べた。

 

オバマ大統領は「私たちは、アメリカの外交官たちがキューバ国内で自由に行動できるための能力を持つことが必要だと考えている」と述べた。

 

 カストロ議長は、アメリカに開設されるキューバ大使館がアメリカの銀行と取引ができるようになることを希望した。

 

 議長はオバマ大統領に対して、アメリカがキューバに科している禁輸措置の撤廃と米国務省のテロ支援国家のリストからキューバを外すように求めた。

 

 オバマ大統領はカストロ議長に対して、「数日中に」テロ支援国家からキューバを外す決定を行うだろうと応じた。

 

 政府関係者たちは、会談が「率直」な雰囲気の中で行われ、緊張はなかったと述べた。2人の指導者は「部屋の中で歴史の重さ」を感じていたようだと語った。

 

 カストロ議長はアメリカとキューバそれぞれの代表団は指導者たちの言うことをよく聞いた方が良いだろうと冗談を言い、オバマ大統領はカストロ議長と共に笑った。

 

 2人の指導者は隣合って腰掛けた。ホワイトハウスの大統領執務室で大統領が政府高官と打ち合わせをする時のように椅子が並べられたのだ。

 

 会談後の記者会見で、オバマ大統領は、キューバ国内での状況は改善しているが、アメリカはこれからも自由と人権に関して関与していくと述べた。同時に、オバマ大統領は、カストロ政権がどれほど続くかに関係なく、体制に対してアメリカが圧力をかけることはないと述べた。

 

 オバマ大統領はキューバ政府との将来におけるかかわりに関して、「私たちは体制転換(retime change)に関与することはありません」と述べた。

 

 オバマ大統領は続けて次のように述べた。「私たちはある種の考えを持っていますし、それを表明することを躊躇することはありません。説得を通じて私たちの支持する価値観を引き上げていくことが出来ると私は自身を持っています」。

 

 オバマ大統領はキューバと再び連絡ができるようになることは、世界政治において大きな転換であると主張した。

 

 オバマ大統領は「私たちが何をやろうとそれとはかかわりなく、キューバでは大きな変化が起きることでしょう」と述べた。

 

長年人々が待ちわびていたのは、それは50年以上行われなかった2国間の指導者たちの最も重要な接触であり、会談であった。

 

 土曜日の朝、オバマ大統領は米州首脳会談の場で、自分とカストロ議長は「歴史的な第一歩を記すために」私たちは喜んで体面を果たすだろうと述べた。

 

 「アメリカの外交政策の変更は米州地域全体のターニングポイントになるでしょう」とオバマ大統領は述べた。

 

 オバマ大統領はキューバとの関係で冷たい部分は存在しないと示唆した。

 

 オバマ大統領は「私が生まれる前に始まった争いを続けていくことに興味も関心もありません。冷戦はとっくの昔に終わっているではありませんか」と述べた。

 

 土曜日の朝のこの時、カストロ議長はオバマ大統領に対して「深甚からの」謝罪を表明した。

 

 「私はオバマ大統領とその他ここにおられる皆さんに謝罪を申し上げます。私はオバマ大統領に謝罪したい。それはオバマ大統領にはアメリカとキューバとの間にある争いに関して何の責任もないからです」とカストロ議長は述べた。

 

 キューバに対するアプローチを刷新するために、オバマ大統領は「何か新しいことを試す時が来たのです」と述べた。

 

 オバマ大統領とカストロ議長は対話を握手から始めた。金曜日の夜、既に2人は実際に対面して握手を交わした。これはキューバとアメリカの指導者の50年ぶりの物理的接触となった。

 

 土曜日、このような外交上のジェスチャーに対して共和党の大統領選挙候補者たちからすぐに批判が浴びせられた。

 

 元フロリダ州知事ジェブ・ブッシュは「オバマ大統領はカストロと会談しているが、ネタニヤフとの会談は拒否した」とツイッターで発信した。これは先月、オバマ大統領がイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフを冷たく扱ったことを指している。

 

 ジェブ・ブッシュは更に「どうして抑圧的な体制の冷酷な独裁者を合法化できるのだろうか?」と発信した。

 

 マルコ。ルビオ連邦上院議員(フロリダ州選出、共和党)の両親はキューバ人である。ルビオもまたこの雪解けに対して攻撃を行った。カストロ体制が長年にわたりアメリカの苦役に対して敵対してきたのに交渉開始を申し入れたことは不合理極まりないと発言した。

 

ルビオはオバマ政権の政策変更を激しく非難した。彼は「全く持って馬鹿にしている。何をやっているのか全く理解できない」と述べた。

 

 水曜日の夕方、米国務省はオバマ大統領からテロ支援国家のリストからキューバを外すように要請を受け、木曜日にはその手続きの最終確認を行い、大統領に報告した。

 

 オバマ大統領はキューバをリストから外す手続きを進めることになる。リストからの削除はカリブ海の島国キューバに対するアメリカの善意がその方向を変えて向けられることになることを示す。

 

 オバマ大統領が初めてキューバとの国交正常化を行う決断を下したと発表したのが昨年12月であった。政権が正式に禁輸措置と渡航禁止措置の緩和を発表したのは今年の1月15日であった。

 

 キューバとアメリカは1959年にキューバ革命が成功した後に衝突した。ラウル・カストロの兄フィデル・カストロ率いる共産主義者の反乱軍が政府を打ち倒し、ソヴィエト連邦と同盟関係を樹立した。

 

 冷戦が終わるまで、キューバとアメリカは厳しく対立し続けた。ラウル・カストロは兄であるフィデル・カストロが2008年2月に権力の座から退いた後に国家評議会議長に就任した。

 

(終わり)











 
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