古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。X accountは、@Harryfurumura です。ブログ維持のために、著作のお買い上げもよろしくお願いします。

2015年09月

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 トルコと中東をめぐる大きな問題になっているのはクルド人問題です。クルド人は国家を持たない最大の民族と呼ばれており、トルコやイラク、イランにそれぞれ居住しています。今回のご紹介する記事は、クルド人たちはセーヴル条約によって自分たちの国家が作られるはずだったのに、トルコ側についてヨーロッパ列強と戦ったではないかという内容になっています。

 

 しかし、もっと根源的に言うならば、中東、オスマントルコ帝国の地域に国境線を引いてしまったこと自体に問題があったのではないか、と私は考えます。セーヴル条約ではなく、サイクス・ピコ条約によって中東は切り刻まれたのですが、それによって起きた多くの問題は連関し、解決するには複雑な状況になっています。

turkeymap001
 

 

==========

 

サイクス=ピコ条約を忘れよう。セーヴル条約で現在の中東の状況を説明する(Forget Sykes-Picot. It’s the Treaty of Sèvres That Explain Modern Middle East

―95年前の今日、ヨーロッパ諸国はオスマントルコ帝国を分割した。セーヴル条約は1年も持たなかったが、その影響は現在も残っている。

 

ニック・ダンフォート筆

2015年8月10日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/08/10/sykes-picot-treaty-of-sevres-modern-turkey-middle-east-borders-turkey/

 

 95年前の今日、ヨーロッパ諸国の外交官たちは、パリ郊外のセーヴルの陶器工場に集まり、オスマントルコ帝国の灰から中東を作り直すための条約に調印した。この計画はすぐに崩壊し、私たちはこの条約についてほとんど記憶していない。しかし、長く続かなかったセーヴル条約は現在においてもその姿を垣間見ることが出来る。セーヴル条約は現在も議論が続いているサイクス・ピコ条約と同じくらいに重要である。この忘れ去られた条約の記念日が過ぎようとしている時、中東やトルコについて考えるべきだと思う。

 

 1915年、イギリス軍はガリポリ半島を通ってイスタンブールまで進軍した。この時、イギリス政府はオスマントルコ帝国の終焉を予期した。それはいささか時期尚早だった。ガリポリの戦いはオスマントルコ帝国が第一次世界大戦で得た数少ない勝利となった。しかし、1920年までに、イギリスの予測は正しいことが証明された。連合国軍の軍隊がオスマントルコの首都を制圧した。そして、戦争に勝利した列強の代表者たちは、オスマントルコ帝国の領土を分割し、それぞれが影響下に置くことになった。セーヴル条約によってイスタンブールとボスポラス海峡は国際管理とされた。一方、アナトリア半島の一部はそれぞれギリシア、クルド、アルメニア、フランス、イギリス、イタリアに割譲された。ヨーロッパ列強がどのようにして、そしてどうして中東の分割計画の実現に失敗したのかをみることで、私たちは、中東地域の現在の国境線について、そして今日のクルド人のナショナリズムと現在のトルコが直面している政治的な挑戦の間の矛盾についてより良く理解できる。

 

 セーヴル条約の締結から1年もしないうちに、ヨーロッパ列強はこの条約によって持たされたものは利益よりも苦痛を与えるものであったのではないかと疑いを持つようになった。外国による占領に抵抗する固い決心の下、オスマントルコ帝国陸軍の将校ムスタファ・ケマル・アタチュルクはオスマントルコ軍の再編に着手し、数年に及ぶ外国軍との厳しい戦闘を経て、セーヴル条約の条項遵守を矯正してきた外国軍を撤退に追い込んだ。その結果、現在のトルコが誕生した。新しい国境線は1923年のローザンヌ条約によって公式に決定された。

 

 セーヴル条約は西側ではその存在はほぼ忘れ去られている。しかし、トルコではその影響が今でも残っている。トルコで起きるナショナリズムに基づいた偏執的な主張が起きるたびにそれを増長させてしまうのがセーヴル条約の存在で、学者たちの中にはこれを「セーヴル症候群」と呼ぶ人たちもいる。セーヴル条約の存在によって、トルコはクルド人による分離独立主義に神経を尖らせることになる。そして、1920年のアナトリアに対する計画を正当化するためにヨーロッパ各国の外交官たちが使ったアルメニア人大虐殺は歴史的に事実かどうかよりも反トルコ共同謀議であるとトルコが考える理由になっている。トルコは植民地支配に対して激しい戦いを続けたが、これがトルコの反帝国主義的ナショナリズムの基礎となった。最初に対イギリス、冷戦期は対ロシア、現在は対アメリカが反帝国主義的ナショナリズムの標的となってきた。

 

 しかし、セーヴル条約の影響はトルコにだけ留まらない。これが中東史においてセーヴル条約をサイクル・ピコ条約に含むべき理由なのである。中東地域の諸問題は全てヨーロッパ列強が白紙の地図に国境線を引いたことから始まっているという広く受け入れられている考えに対して、もう一度考え直す時にセーヴル条約を見ていくことは重要なのだ。

 

 ヨーロッパの列強は彼らがいつでも中東から離れても国益を確保することが出来る国境を作り出したことに満足していたのは間違いない。しかし、セーヴル条約の失敗によって、彼らは満足いく結果を得ることが出来なかった。ヨーロッパ列強の政治家たちがアナトリア半島の分割で国境線を引き直そうとした時、彼らの試みは失敗した。対照的に、中東においては、ヨーロッパ列強は国境線を引くことに成功した。ヨーロッパ列強はその強大な武力を使って抵抗する勢力を排除することが出来た。オスマントルコ帝国陸軍の将校で口髭を生やした、シリア人のナショナリスト、ユセフ・アル・アズマは、アタチュルクの軍事的成功を真似て、マサラムの戦いでフランス軍を破ったが、ヨーロッパ列強によるレヴァント分割計画はセーヴル条約の内容通りに進められた。

 

 もし中東にまた違った国境線が引かれていたら、中東はより安定したか、より人々に対する攻撃は少なかっただろうか?必ずしもそうとは言えない。セーヴル条約のレンズを通して歴史を見てみると、ヨーロッパ列強の引いた国境線と中東の不安定さとの間には因果関係があるという以上の視点を得ることが出来る。ヨーロッパ列強によって強制された国境線を引かれた地域は、植民地支配に対して抵抗するには脆弱になったり、組織化できなくなったりする。トルコはシリアやイラクに比べてより豊かにもそして民主的にもなれなかった。それは、トルコが正しい国境線を得るという幸運に恵まれたからだ。トルコがヨーロッパ列強の計画の実施を阻止することに成功した諸要素、オスマントルコ帝国から継承した軍隊と経済的インフラは、トルコが強力で中央集権的なヨーロッパ様式の国民国家を建設するための要素ともなった。

 

 当然のことながら、クルド人のナショナリストたちのほぼ全員がトルコの現在の国境線は間違っていると主張するだろう。実際、クルド人が国家を持てなかったことはオスマントルコ帝国滅亡後の中東地域に引かれた国境線における致命的な失敗だと主張する人々もいる。しかし、ヨーロッパの帝国主義者たちはセーヴルでの会議でクルド人国家建設を試みたが、クルド人の多くはアタチュルクと一緒にセーヴル条約の履行阻止のために戦った。私たちが今日認識しているように、政治的な忠誠心は国家アインでティティを乗り越えることが出来るということは記憶されるべきだ。

 

 セーヴル条約で建国されるはずであったクルド国家はイギリスのコントロール下に置かれたことは間違いないところだ。クルド人のナショナリストの中には、これに魅力を感じた人々もいたが、他の人々は、イギリスの支配を受けながらの「独立」は問題だらけだと考えた。従って、彼らはトルコのナショナリズム運動と共に戦った。信仰心の厚いクルド人たちにとって、キリスト教国による植民地化よりも、トルコやオスマントルコ帝国の支配が続いた方がましだと考えた。その他のクルド人たちは、より現実的な理由から、イギリスが家と土地を奪われたアルメニア人たちの帰還を支援するのではないかと憂慮した。クルド人の中には、彼らが建国のために戦った国が期待に反してよりトルコ的で、より世俗的になると分かった時に後悔した人々もいた。一方、様々な圧力を受けて、新国家が提供するアイデンティティを受け入れることを選ぶ人たちもいた。

 

 トルコ人のナショナリストたちの多くは、セーヴル条約によってオスマントルコ帝国が解体された過程と同じ道筋で現在のトルコが解体されるのではないかという恐怖心を持っている。一方で、クルド人のナショナリストたちの多くは現在でも自分たちの国家を実現することを夢見ている。同時に、現在のトルコ政府は、オスマントルコ帝国が持っていた寛容と多文化主義を排除している。一方、クルド人の分離主義の指導者アブドラ・オカランは、獄中にある時に社会学者ベネディクト・アンダーソンの著書を読み、国家は全て社会的に構成されたものに過ぎないという考えに行きついたと述べている。トルコの与党である公正発展党(AKP)と親クルド派の国民民主主義政党(HDP)はそれぞれここ10年の間、クルド人有権者たちに対して「我が党への投票は平和のための投票になる」と訴えてきた。両党は、どちらの党がより安定したそして包括的な国家を作ることで長年にわたり続いた衝突を解決できるかを争っている。つまり、アメリカ人の多くが中東におけるヨーロッパが作った「人工的な」国家について議論している時、トルコは一世紀に渡って存在してきた「人工的な国家」が現実のものであることを証明しようという欲望を乗り越えようとしている。

 

 言うまでもないことだが、ここ数週間にトルコで起きた暴力は、ナショナリズム後の合意の壊れやすい要素の崩壊の危険をはらんでいる。公正発展党はクルド人政治指導者たちと警察官たちを銃撃したクルド人ゲリラの逮捕を要求している。興味深いのは、トルコ人ナショナリストとクルド人ナショナリスト双方は、よく似たしかし相容れない立場に立つようになっている。95年にわたり、トルコはセーヴル条約に対する勝利によって政治的、経済的利益を得た。しかし、この成功を続けるにはより柔軟な政治モデルを必要とする。この政治モデルは国境線と国家アイデンティティを巡る戦いをつまらないものにすることに貢献することが出来る。

 

(終わり)








 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 昨日、安倍晋三総理大臣が無投票で自由民主党の総裁に再選されました。2018年までの任期となります。その後、安倍首相は記者会見を開き、これからは経済に注力するとしながらも、来年の参議院選挙では憲法改正を公約に掲げると発表しました。安倍氏ファンクラブ以外の良識ある自民党保守本流支持者の皆さん、来年の選挙ではよく考えて行動を決めていただきたいと思います。

 

 安倍首相は、アベノミクスの成果を強調しつつ、これからアベノミクス第二段階だと述べ、「新三本の矢」なるものを発表しました。朝日新聞によると、

 

「これまでの「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」に代わり、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の3点を掲」げ、「誰もが家庭で職場で地域で、もっと活躍できる『1億総活躍社会』をつくる」

 

と安倍首相は述べたということです。更には名目GDP490兆円から600兆円の増加を目指す(そのためには名目3%、実質2%の経済成長率が必要)とも述べました。更には2017年4月の消費税率10%への引き上げも変わらずに実施も強調しました。

 

 私は外出先で安倍首相の会見を見たのですが、「強い経済」とか「安心につながる社会保障」と言われて、それでは何か大きな目玉政策があるんだろうと思っていましたが、全くなくて、狐に包まれたようにポカンとしてしまいました。経済が「強い」とはそもそもどういうことなのか、というところから分かりません。強いお相撲さんなら分かります。どんな取り組みでも相手に勝つお相撲さんのことです。しかし、経済が強いとはどういうことなのか、分かりません。

 

以前からアベノミクスの「三本の矢」と呼ばれてきた、「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」に代わり、というのはどういうことでしょうか。これらは一定の成果を収めたからということを言いたいのかもしれませんが、2%の物価上昇も実質賃金の上昇も達成されておらず、株価が下落している中で、これらの政策の成果を実感せよ、というのは無理な話です。しかも「新三本の矢」には全く具体性がなく、それなのに、名目GDPを490兆円から600兆円にするということは言っていますが、目標が大きいことは認めますが、その手段を明示しなければ全く意味がありません。

 

 同日、自民党はNHKの受信料の「義務化」提言を発表しました。NHKはご存じの通り、受信料を徴収しています。下の記事にあるように、24パーセントの人は不払いだそうです。受信契約しておいて不払いというのは、支払っていない人の方が分が悪いと思いますが、問題は、受像機を持っていない、受信契約をしていない人たちからも受信料を徴収することを提言している点が問題だと思います。

 

 受信もしていないのに受信料を徴収されるというのは全くもって理不尽な話です。「お前の家の上にも電波は飛んでいる、だから金を払え」というのは押し売り以下のゆすりたかりです。私的な話で恐縮ですが、私は引っ越しを機会にテレビを備え付けずに、受信契約を解除することにしました。NHKは家にテレビがないことを証明しろということで、NHKの職員でもないいたく会社の人間が家に上り込み、寝室まで覗いていくという行動を取りました。私はその時、家のテーブルにその人間を座らせ、1時間近くにわたり抗議をしました。それでも相手はそういうことには慣れているらしく、「馬耳東風」でした。NHKの職員たちはそういう「汚れ仕事」はしないで、貴族様になっているんだなぁとその時に痛感しました。

 

そして、受信料の「税金化」によってNHKは国営放送同然ということになります。そして、国家に奉仕する実質国営放送となったNHKに貴族様然とした職員たちを養うことになります。とてもやりきれない話です。

 

 私は昨日に起きたこれらの出来事を受け、「今の日本は戦前どころではない、戦中と同じではないか」と思いました。私は清沢冽の『暗黒日記』や徳川夢声の『夢声戦中日記』『夢声戦争日記』を読みました。そして、こうした着想を得ました。

 


 議会(国会)は大政翼賛会のようになり、憲法を壊す動きをしています。政府は抽象的な話に大仰な形容詞や俗事に入りやすい「日本一億総活躍社会」(現在)、「進め一億火の玉だ」「欲しがりません、勝つまでは」(戦中)話を振りまきながら、実態とは違うことを述べています。アベノミクスの成果があったので新三本の矢をやるという安倍首相の会見と、ガダルカナル島では初期の目的を達したので転進するという大本営発表のどこが違うでしょうか。

  安倍首相と周辺の人々の姿は、国民に嘘をつき続け、それに自縄自縛状態になり、やがて希望的観測を述べながら、「自分たちがそう言えばそうなるのだ」という主観と「精神力が足りない」という精神至上主義の中に逃げ込むしかなかった戦中の指導者たちの姿によく似ています。

 

 政府が国民には嘘の「戦果」「成果」を発表しながら、国民の負担を増やすことには具体的な施策を打ち出しているという点でも同じだと思います。増税感は人々の気持ちを荒ませます。そして、給料の上昇よりも物価上昇が先に来るという状況も併せて、戦中のような人心の荒廃が進んでいると私は思います。先ほどのNHKの受信料義務化が進めば、NHKの徴収員たちは居丈高に正義を振りかざして、私たちの家のドアを傍若無人に叩き続けるでしょう、戦中に配給や防火訓練などで威張り散らした隣組の組長のように。

 

 このように考えていくと、今の日本は戦中のようになっていると言えます。これにもしインフレが加わり、また防衛費の増加と社会保障費の削減、加えて中国との軍事衝突が起きれば、私たちの生活がどれほどに破壊されるか、全く予想がつきませんと書きたいのですが、簡単に予想がつきます。戦中そのものになるのです。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「<NHK受信料>自民小委が「義務化」を提言」

毎日新聞 924()1653分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150924-00000062-mai-pol

 

 自民党情報通信戦略調査会放送法の改正に関する小委員会(委員長=佐藤勉・衆院国対委員長)は24日、NHKや総務省に対し、NHKの受信契約の有無に関わらず受信料を徴収する「支払い義務化」を求める提言をまとめた。

 

 受信料の徴収コストは、受信料収入の10.7%に当たる735億円(2015年度予算ベース)に上り、支払率は76%(14年度末現在)にとどまる。また、インターネットでの放送番組の同時配信の本格実施に向けて、ネット視聴者の負担のあり方がNHK内でも検討課題になっている。

 

 そのため委員会は、不払い者に罰則を科す英国や、テレビの有無に関わらず世帯ごとに徴収するドイツの公共放送の例に言及。これらを参考にしつつ、マイナンバー制度の活用などを含めて制度を検討するよう求めた。

 

 また、支払い義務化で支払率が上がった場合、どの程度の値下げが可能かの試算も求めた。佐藤委員長は委員会後、記者団に「未払いの24%が納めれば、今より割引できる。総務省とNHKはしっかり考えて提言に応えてほしい」と述べた。

 

 これに対し、NHK広報局は、NHK内でも受信料制度の「研究」に着手しているとした上で「視聴者・国民の理解を得られることが何より重要で不可欠」との見解を示した。

 

 義務化の実現には放送法の改正が必要で、「事実上の税金化」などの批判もある。また籾井勝人(もみいかつと)会長は国会答弁で義務化を歓迎するも、値下げについては、放送センター建て替えなどを理由に慎重な姿勢を示している。【丸山進、須藤唯哉】

 

 

●「安倍首相「1億総活躍社会めざす」 新3本の矢を提唱」

 

朝日新聞デジタル 925()310分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150925-00000006-asahi-pol

 

 自民党は24日、党本部で両院議員総会を開き、安倍晋三首相(党総裁)の無投票再選を正式に決めた。首相はその後の記者会見で、「アベノミクスは第2ステージへ移る。『1億総活躍社会』を目指す」と語り、強い経済など新たな「3本の矢」を提唱。2014年度に約490兆円だった国内総生産(GDP)について「GDP600兆円の達成を明確な目標に掲げたい」と宣言し、経済や社会保障に焦点を当てる姿勢を鮮明にした。

 

 安倍政権は、安全保障関連法を成立させた影響などで内閣支持率が低下するなか、再び経済を「最優先」に掲げることで支持率回復のシナリオを描く。来夏の参院選に向けて、安全保障のような国論を二分する政策テーマは避け、経済や少子高齢化対策など国民の支持が得やすい政策テーマに力を注ぐ方針だ。

 

 総裁任期は18年9月末まで。首相は党本部で記者会見を開き、これまでの「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」に代わり、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」の3点を掲げた。その上で、「誰もが家庭で職場で地域で、もっと活躍できる『1億総活躍社会』をつくる」などと述べた。

 

 

●「「1億総活躍」担当相を設置…首相が表明へ」

 

20150925 0848分 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20150925-OYT1T50001.html?from=tw

 

 安倍首相は来月行う内閣改造で、政権の新たな看板政策として掲げる「1億総活躍」の担当相を置く方針を固めた。

 

 25日の記者会見で表明する。

 

 首相は、50年後に人口1億人を維持する「1億総活躍社会」を実現するため、2020年までの道筋を定めた「日本1億総活躍プラン」を作成する考え。経済、介護、子育てなどテーマが多岐にわたるため、省庁間の調整を担う担当相が必要だと判断した。閣僚枠は増やさず、兼務とする方向だ。

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 秋を迎え、大統領選挙は盛り上がりを見せていますが、その中で、撤退を表明する候補者が出てきました。ウィスコンシン州知事スコット・ウォーカーは支持を集めることができずに撤退を表明しました。ウォーカーを支持してきた大富豪コーク兄弟は怒り狂い、ウォーカーに今まで政治資金として与えた9億ドルの返還を求めたということです。本当に返すことはないと思いますが、ウォーカーの政治生命は絶たれたのも同じことになりました。コーク兄弟に関しては近いうちにアメリカで書かれた評伝を翻訳して上梓する予定になっています。そちらをお読みください。

 

==========

 

コーク兄弟はウォーカーに9億ドルの返還を求める(Kochs Demand Walker Return Nine Hundred Million Dollars

 

アンディ・ボロウィッツ筆

2015年9月22日

『ニューヨーカー』誌

http://www.newyorker.com/humor/borowitz-report/kochs-demand-walker-return-nine-hundred-million-dollars

 

ウィスコンシン州マディソン発(ザ・ボロウィッツ・レポート)。ウィスコンシン州知事スコット・ウォーカーが共和党の大統領選挙予備選挙からの撤退を発表してわずか数分後、大富豪のコーク兄弟は、彼らがウォーカーの選挙戦に投じた9億ドルを返還するように求めた。

scottwalker001
 

 今年の初めからウォーカーを支援してきたコーク兄弟は、投じてきた資金を全て返還するように求めた。有力候補であったウォーカーとそれに賭けたコーク兄弟との関係が破壊されたことを、コークが資金を返すように求めたことが端的に示している。

 

 ウォーカーとコーク兄弟との間で交わされた電話での会話を聞いていたある側近に話によると、コーク兄弟は、ウォーカーが数百万ドルのカネを無駄にしながら、共和党の中で1%しか支持しか得られなかったことに「不満を持っている」と語ったということだ。

scottwalkerkochbrothers001
 

 

側近は次のように語っている。「私は取り繕ったりしたくないのではっきり言いますよ。コーク兄弟は最低野郎ですよ」。

 

 コーク兄弟は30分間にわたり「スコット・ウォーカーを激しく責め立て」て、「金曜日の夜12時までに」投じた資金を全て返還するように求めたということだ。

 

 ウォーカーは「し、しかし、そんな莫大な金をどうやって準備できるでしょうか?」と尋ねた。

 

 コーク兄弟は次のように答えたという。「スコット、どのように準備しようが私たちは全く構わないよ、とりあえず用意したまえ」。

 

 側近によると、コーク兄弟は冷たく電話を切った。そして、ウォーカー知事は最大の支援者から見放され、政治生命を失うことになった。

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

古村治彦です。

 

 安保法制について、米外交誌『フォーリン・ポリシー』誌は詳しく報じています。本日2回目ですが、別の記事をご紹介します。

 

==========

 

議会における激しい争いの後、政治家たちは日本の軍隊にフリーハンドを与えることを可決した(After Brawls in Parliament, Lawmakers Vote to Give Japan’s Military Freer Hand

 

シオバーン・オグレイディ筆

2015年9月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/09/18/after-brawls-in-parliament-lawmakers-vote-to-give-japans-military-freer-hand/

 

 200時間以上の議論の後、木曜日、怒りに震える議員たちが口論や掴み合いをする中で、日本の議会は、日本の軍隊が海外で作戦行動を行う能力を大幅に拡大する歴史的な法案を可決した。

 

 法案は、第二次世界大戦後以降初めて日本の軍隊に対して日本の領土外で戦うことを許すものだ。日本かもしくは密接な関係を持つ同盟国が攻撃される場合、日本に対する攻撃を撃退する手段がない場合に、領土外で戦うことを許すというものだ。

 

 数カ月にわたり数多くの日本国民が東京の街路に出て、法案に対する反対を表明してきた。彼らは「法案が日本の数十年に渡る平和主義的な伝統に矛盾する内容だ」として反対している。議会内では、野党の議員たちが、「法案は、日本の軍隊が将来アメリカが起こす軍事行動に一緒に参加するために海外に出ていくことを許すことになる」と主張した。アメリカが主導する紛争に巻き込まれる恐怖感は、オバマ政権が法案に支持を表明したために増幅された。この法案は日本の平和主義憲法を再解釈するものである。野党・民主党の参議院議員である郡司彰は次のように述べている。「私たちはこのような危険な政府がこのような暴挙を続けることを許すことはできない。安倍首相の安保法制は我が国の法的枠組に対する脅威である」。

 

 日本のナショナリストである安倍首相が強力に推進してきた法案を阻止するための方法はなかった。法案の可決は安倍政権にとって大きな政治的勝利であった。安倍政権は東シナ海の領土争いが起きている島嶼を中国が奪い取ろうとしているという懸念を深めている。今年初め、安倍首相は『ウォールストリート・ジャーナル』紙のインタヴューに答えて、「アメリカ海軍と日本の海上自衛隊の力を合わせれば、1足す1は最終的に2になる」と語っている。

 

 勝利は容易にはもたらされなかった。木曜日、ビジネススーツに身を包んだ議員たちはお互いの上によじ登り、委員長が投票を求めることを妨害しようとした。議員たちは委員長のマイクを確保しようとするために委員長に近づくために押し合いへし合いをし、その中でキックをしたり、突き飛ばしたりした。下にある全く予期されなかった争いの映像を見て欲しい。

 

 

 これだけではなかった。法案は金曜日、148対90で可決された。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 山本太郎参議院議員が国会でも取り上げた、米外交誌『フォーリン・ポリシー』誌に掲載された安保法制に関する記事をご紹介します。筆者はシーラ・A・スミス博士で、米外交評議会の研究員で、ヒラリー・クリントン前国務長官の側近の一人とされています。ヒラリーが大統領に当選した場合に、何らかの形で政権入りし、アジア政策に関わると見られています。複雑なのは、ヒラリーを中心とする人道的介入派(humanitarian interventionists)は一見リベラルで、物分かりが良いですが、結局はネオコン派と目的は同じであることです。このことを私は拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)で書きました。そうしたことを考えながら、以下の文章を読んでいただきたいと思います。素直に感心できないということを申し上げたいと思います。

 

==========

 

彼が言っていることは戦争にチャンスを与えるということだ(All He Is Saying Is Give War a Chance

―日本の首相安倍晋三は日本の軍事力増強に成功することだろう。しかし、その代償とは?

 

シーラ・A・スミス筆

2015年9月18日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/09/18/all-he-is-saying-is-give-war-a-chance-shinzo-abe-japan/

 

 日本の議会は安倍晋三首相の反対論も多かった安全保障法制を巡る最終対決の準備をしている。安倍首相は、自衛隊と呼ばれる日本の軍隊が「平和に積極的に貢献」するために他国のために軍事力を使用することを禁止してきた制限を撤廃する時が来たと確信している。

 

 日本の議会は国会と呼ばれるが、今回の会期は9月27日に終了することになっている。そのため、これからの反対運動によって安保法制の採決までの過程が延びたり、空転したりしないように、安倍内閣は安保法制をこの時期に進めた。しかしながら、こうしたことはやらなくても良いことではあった。安倍首相は彼の改革案を法律にするだけの支持を国会で持っている。安保法制に反対の決意を固めた参議院での反対議員は少数だ。そして、とにもかくにも、日本国憲法では、衆議院に差し戻しての再議決で法律にできることになっている。衆議院では与党は3分の2の議席を保持している。

 

 しかし、安倍首相はこの改革案を法律化するにあたり、日本国民を無視して進めているのだろうか?法律に反対するために集まっている人々と多くの疑問を持っている人々の数は増えている。彼らは、日本が誇ってきた日本国憲法、とりわけ国際紛争を解決する手段としての戦争を非合法化する憲法9条に対する安倍首相の再解釈を問題視している。今年7月、衆議院ではこの政策変更を是認する決定が行われたが、この時、数多くの人々が集まり、反対の意思を表明した。彼らは自身を「日本の立憲民主政治体制を護る(Save Constitutional Democracy Japan)」と呼び、政権が進める自衛隊の海外での任務拡大に公の場で反対を表明している。彼らは、日本の70年間の平和の秘密は憲法9条にあると主張している。 いつもは政権を支持する読売新聞でさえ、安倍首相は人々の怒りや不安に対して答えていないために、彼らの懸念を増大させていると批判したほどである。

 

 安倍首相は日本の軍事力の強化を巡る議論に関して経験や知識を豊富に持っている。

 

 2012年12月に政権の座に就いて以来、安倍内閣は日本の安全保障政策に関する包括的な諸改革を進めてきた。2013年末、安倍内閣は新たに国家安全保障会議を設置し、秘密保護法を成立させ、国家安全保障戦略を発表した。また、海外への防衛技術移転への制限を緩和した。2014年7月、安倍内閣は、日本国憲法の再解釈を行い、急速に状況が変化しているアジア・太平洋地域における日本の軍事的な備えを確かなものとするための努力の一環として、他国との共同の軍事作戦において自衛隊が武力を使用できると発表した。冷戦が終結してからの20年、日本政府は北朝鮮の核兵器とミサイルの開発と中国の海洋進出に対して頭を悩ませてきた。

 

 しかし、安倍首相はこれらの危機の深刻さについて日本国民を説得しているとは言い難い。今年8月、安倍首相の補佐官である礒崎陽輔は、日本は法的安定性について懸念するよりも、その国防にこそより懸念を持つべきだと主張した。しかし、日本国民で彼の考えを支持した人はほぼいなかった。日本のリベラル、保守両方のメディアの世論調査の結果では、大多数の人々は、海外で他国の軍隊と自衛隊がどういった理由で、いつ戦うのかに関しての説明に満足していないということであった。今年7月、衆議院が安保法制を可決した時、安倍政権の不支持率は50%に達した。支持率は38%に留まった。これ以降、支持率は少しずつ上昇してきている。

 

 安倍首相は国会の議場において、日本は古くなってきた戦後憲法の修理について考えるべきだと繰り返し述べた。彼は自分の考える軍事政策改革は既存の考えに当てはまるものだとさえ主張している。8月に参議院の開会にあたり、安倍首相の安保法制を審議するために設置された特別委員会の委員長鴻池祥肇は、反対者たちが「戦争法案(war bills)」と呼んでいる法案の拙速な通過を目指す動きに対して怒りを持ちながら批判した。参議院は1930年代の数々の誤りを避けるために設置された、と鴻池は述べ、参議院の前身である貴族院(House of Lords)は、日本帝国の軍部が戦争に向かうことを止めることが出来なかったと主張した。そして、鴻池は同僚議員たちに対して、優越的な存在である衆議院の無謀で気の早い衝動を抑える責任が自分たちにはあると呼びかけた。

 

日本の主要な野党である民主党と維新の党は、安倍首相を止めることはできないだろう。しかし、彼らができることは安倍政権が軍事的な目的に対して守勢に回るようにし続けることだ。海外において日本が自国の軍隊に対して遂行を許可する任務を正確に定義し、その許可の前提となる状況を明確にすることはその助けになるだろう。安倍内閣は日本の同盟国との協力において自衛隊の使用が許されるのは、アメリカとその他の国々を護るためのミサイル防衛、同盟国との海上パトロール、ホルムズ海峡における機雷除去、長年にわたり日本防衛の中心と考えられてきたアメリカ軍に対する支援と補給活動であると主張している。これらの任務は日本の自衛隊にとっては何も目新しいものではない。しかし、自衛隊が他国の軍隊と一緒になって武力を行使するということは、自衛隊にとって全く新しい任務となる。

 

 もちろん、日本の軍事力が防衛任務の範囲を拡大されたのはこれが最初ではない。1950年代以降、自衛隊は人々の信頼と世界各国からの尊敬を少しずつ勝ち取って来た。しかし、安倍首相の改革は多くのアメリカ側の計画者たちが考えるような形での日本の軍事力の正常化の形を全面的に実現したものではない。議会における軍事力に対する制限、「歯止め(hadome)」を巡る議論の応酬は、日本の軍事力を今まで通りにシヴィリアン・コントロールの下にきちんと置き続けることを担保することであり、日本政府が安全保障政策を作る際に中心となってきた。

 

 「歯止め」の機能は2つある。第一に、1954年に自衛隊が発足して以来、日本の野党は、与党自民党がアメリカとの同盟協力の範囲を拡大するスピードを遅くしようとして来た。こうした動きは今も続いている。民主党の岡田克也代表は、自衛隊の作戦活動をアメリカ軍と統合しようとする自民党案に反対し、これは日本政府による主権の一部移譲だと主張した。

 

 第二に、防衛的な軍事力とは何かの定義は形而上的な制限のようになってきた。日本の軍事力に関する議会での議論は制限を導入するための新たな方法を巡るものであった。自衛隊という名称でさえも、「専守防衛(exclusive self-defense)」という教義という制限された目的を端的に示すものである。1960年代から1970年にかけて、政治家たちは、日本が製造する武器の種類に集中した新しい「歯止め」を作ろうとした。 現在、日本の航空自衛隊は新しいF-35を導入することで近代化を計画している。そして、洗練されたミサイル防衛システムを運用している。海上自衛隊は最新鋭のミサイル防衛能力を持つイージス駆逐艦を運用し、アジアで最高の通常潜水艦と掃海艇を配備している。しかしながら、攻撃的な能力を持つことは禁止されている。

 

防衛支出はもう一つの「歯止め」となった。日本が景気後退に直面し、米ソ間の緊張緩和によって冷戦の緊張状態が緩んだ時期の1976年に日本の防衛費はGDPの1%以内とする制限を政治家たちは導入した。防衛支出に対する上限設定は中曽根康弘が首相になるまで続いた。中曽根首相は1987年に230億ドルの防衛予算を認めた。これは当時のGDP比で1.004%になった。中曽根首相は公式の1%上限を撤廃することに成功したが、防衛庁(防衛省)ではそれ以降もこの上限を堅持してきた。2014年の日本の防衛予算は約440億ドルであり、2013年に比べて2.2%の増額となったが、GDP比では約1%となった。

 

 現在、日本は中国との緊張関係を憂慮している。特に、東シナ海での領海問題で緊張が高まっている。加えて、北朝鮮の金正恩政権の予測不可能な動きと彼の韓国を打ち倒すための武力行使の意図にも懸念を持っている。しかし、安倍首相が語る軍事上の備えの必要性は、日本国民の納得を得ているとは言い難い。日本政府が軍事力に対してどのようにコントロールを行うのかや武力行使の必要を政府が判断する際の基準に関して曖昧であるために、人々は疑念を持ち続けている。

 

 武力行使に対するシヴィリアン・コントロールは日本の防衛政策立案者たちにとって第三の道となってきた。安倍首相はシヴィリアンがどのようにして決定を行うのか、自衛隊が海外で武力行使をすることを認める決定の根拠は何になるのかという疑問に対してきちんと答える必要がある。国会による監視と助言はシヴィリアン・コントロールの実施にとって重要であることはこれからも変わらない。しかし、安倍内閣は、彼らの進める新しい改革の中で国会がどのような役割を果たすのかについてほぼ何も強調して語ってはこなかった。

 

 憲法9条は、戦後日本の防衛に関して、政治家たちに対して武力行使を考慮する際に独自の制限をかける役割を果たしてきた。しかし、政府へ説明責任を課すことと武力の行使に際してシヴィリアン・コントロールを確保することは、民主的な統治の中核的な前提となるものでもある。日本の政治家であってもそれは同じだ。日本国民が疑問に思っているものに対して、判断をし、説明責任を果たすべきは日本の政治家であって、軍事的な指導者ではない。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 本日、2015年9月17日、参議院平和安全法制特別委員会で安保法制の採決が行われ、自民、公明、次世代などの賛成多数で可決されました。現在、参議院本会議が開催されています。

 

 私は70年という数字と翼賛会政治体制ということについて考えてみたいと思います。私は昨日、吉田茂の言葉を借りながら、昭和10年代と平成20年代は、日本政治における「変調」の時期だと書きました。それは国の基礎となる憲法が死文化させられるという現象(天皇機関説排撃と安保法制)によって出現していると主張しました。

 

 私は本日その考えを更に進めてみたいと思います。私はこの2つの変調の時期はそれぞれ大きな革命的変化が起きてそれぞれ約70年経って起きていること、そして、それぞれ憲法の死文化(前回は天皇機関説排撃を取り上げましたが、今回は統帥権干犯を取り上げます)が進んだことで、翼賛政治体制が確立することをそれぞれ指摘したいと思います。

 

 戦前について考えてみたいと思います。戦前、軍は統帥部と軍政部に分かれていました。統帥部(参謀本部・軍令部)を率いるのが参謀総長・軍令部長、軍政部(陸軍省・海軍省)を率いるのが陸軍大臣・海軍大臣でした。統帥とは簡単に言えば作戦、軍政とは軍の予算や編成を司る者でした。この2つを総べるのが統帥権で、統帥権は天皇に属するもので、天皇は参謀総長・軍令部長、陸軍大臣・海軍大臣の輔弼を受けて統帥権を遂行することになっていました。

 

 ここで難しいのは、軍の予算は国家予算の一部として内閣が議会に提案して、議会の協賛を得る必要があったということです。統帥部が何がどれだけ欲しいと思っていても、陸軍省と一緒になって交渉した訳ですが、大蔵省の反対や議会の反対があれば実現することはありませんでした。しかし、海軍軍縮のためのロンドン会議あたりから、当時野党の政友会の鳩山一郎議員などによる「統帥権干犯」という言葉が生み出されてしまいました。この魔法の言葉によって、たとえば内閣の外務大臣や大蔵大臣、総理大臣が軍事上のことを尋ねても「統帥権干犯!」の一言で、統帥部が答えを拒否できるようになってしまいました。

 

中国大陸での軍事侵略の時でも、出先の日本の領事館などが平和解決のために日本軍に出向いて話をしようとしても、「統帥権干犯!」として話し合いを拒否されるということもありました。開戦直前でも、軍部はいつ作戦実行するつもりなのか、と東郷茂徳外務大臣が尋ねても、統帥権干犯を楯にして教えることを拒否しながら、それではあまりにかわいそうだと思ったのか、「それじゃぁ教えてやろう、12月8日だ」と軍部は答えました。

 

 統帥権干犯の一言で軍部は政治への介入を強めました。また、近衛文麿がドイツに影響されて一国一党運動を唱えたのに乗っ取り、大政翼賛会を作り、帝国議会を軍部による政治の協賛機関とすることに成功しました。大政翼賛会とは軍部政治翼賛会でした。そして、日本の政党政治と議会は死んでしまったのです。それは明治維新から約70年後のことでした。

 

 現在について考えてみたいと思います。私は安倍政権発足時からこの自公、そして橋本氏率いる維新の党大阪ウイングは米政翼賛会だと主張してきました。アメリカの利益最優先の政治を行う体制になっていると私は指摘しました。

 

 今回の安保法制は無理に無理を重ねた憲法解釈で集団的自衛権を合憲として、安保法制の根幹に据えました。それは何の為でしょう。それは日本がアメリカのお先棒を担ぐためです。このブログでは2015年7月17日に掲載しましたし、山本太郎参議院議員が何度も取り上げた『フォーリン・ポリシー』誌の記事でも書かれていましたが、この安保法制はアメリカにとって「グッドニュース」なのです。何がグッドニュースなのか、それは財政が苦しいアメリカ軍の一部を日本の自衛隊がしてくれること(もちろん日本人の払った税金で)、日本が自衛隊の海外派兵のための装備を揃える際にアメリカの軍需産業の製品を大量に購入すること(もちろん日本人の払った税金で)ということです。

 

 このアメリカ(の一部)の意向を受けての安保法制なのです。だから、日本国憲法を無理やりに解釈し、いわば死文化させ、この法律を通さねばならないのです。このアメリカの意向はアンタッチャブルで誰も抵抗のできないものです。アメリカの意向は現代版の「統帥権干犯」なのです。アメリカの意向に疑義を唱えることや反対を唱えることは「統帥権干犯!」ということになります。そして、本日、日本の国家は大政翼賛会体制ならぬ米政翼賛会に堕し、アメリカの協賛機関に転落してしまったのです。そして、今年は敗戦という革命的な大事件から70年目なのです。

 山本太郎参議院議員は「自民党が死んだ日」としても服を着用してるということですが、私はそんなちいさなものではなく、「戦後日本が死んだ日」と言いたいと思います。 

 

 更に言うならば、戦前の軍部も現在のアメリカ(の一部)も元々はそんなに無理なことは求めてこなかったのです。驕慢さが募りに募って、変質してしまったというところも類似していると思います。これは余談になりますが。

 

 今回の文章は昨日の続きで、更に考えてみた結果です。日本近代史上における2度目の変調の時期を現在は迎えている訳ですが、その先に待っているのが1度目のような悲惨な結果にならないことをただただ祈るのみです。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 私は一昨日、国会議事堂前で開かれた安保法制反対デモに参加してきました。私がSNSでそのことを書くと、いつもは何か反応をしてくれる人たちもしてくれませんでした。「デモに行くなんてあいつは反体制だったのか」「古村はちょっと“アカ”がかっていたがやっぱりそうか(親が日教組だからしょうがないか)」という無言の反応のようでした。

 

 国会前のデモについて私が見て感じたことは、ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」の「今日のぼやき」コーナー(http://www.snsi.jp/tops/kouhou)に、「「1555」 昨日、2015年9月14日に国会議事堂前で行われた安保法制反対抗議デモに行ってきました 古村治彦(ふるむらはるひこ)筆2015年9月15日」というタイトルで書きましたので、お読みいただければ幸いです。

 

※記事へは、こちらからもどうぞ

 

 以下にデモについて報じた新聞記事を貼り付けます。

 

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

 

●「<安保法案>国会周辺で抗議集会 大江健三郎さんも訴え」

 

毎日新聞 914()2041分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150914-00000077-mai-soci

 

 参院で審議中の安全保障関連法案に反対する市民らの大規模な抗議集会が14日夜、東京・永田町の国会議事堂周辺であった。審議が山場を迎えていることもあり、実行委員会のメンバーが「私たちの光で国会を包囲しましょう」と呼びかけると、参加者は色とりどりのペンライトを振りながら、「安倍政権退陣」「戦争法案廃案」と声を張り上げた。

 

 市民団体「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の主催。マイクを握ったノーベル賞作家の大江健三郎さんは「(法案が可決されると)70年間の平和憲法の下の日本がなくなってしまう。しかし今、力強い集まりをみなさんが続けており、それがあすも続く。憲法の精神に立ち戻る、それしかない」、評論家の佐高信さんも「(安倍晋三首相らは)戦争にまっしぐらに向かおうとしており、断固としてやめさせなければ」などと訴えた。【樋岡徹也】

 

(新聞記事転載貼り付け終わり)

 

 私は最近、戦中に外務大臣を務め、ミズーリ号甲板上における降伏文書調印で全権を務め、戦後は改進党総裁となった重光葵(1887~1957年)が1952年に書いた『昭和の動乱』(上下・中公文庫、2001年)を読んでいます。

 

この『昭和の動乱<>』を読んでいて、重光が戦前の反省を次のように書いているところに目が留まりました。以下に引用します。

 

 「憲法のごとき国家の基本法が、フィクションの上に眠り、もしくは死文化された場合には国家は危うくなる。如何に理想を取り入れた立派な憲法でも、その国上下の構成員即ち国民が、これを日常に生活の上に活用して、身を以てこれを護るというのでなければ、憲法はいつの間にか眠ってしまう。昭和の動乱は、憲法の死文化にその原因があることは、日本の将来に対する大なる警告である。由来、国家の意思の存在する場所が不明瞭になったり、または国家意思が分裂することは、それが余り強く一ヶ所に集中せられる場合と同様、国家にとって頗る危険である。国運の傾くのは古来かような場合が多い」(『昭和の動乱<>』46-47ページ)

 

 重光は戦前のこうした動きを天皇機関説の排撃から始まったと書いています。天皇機関説排撃と天皇主権説の台頭、国体明徴(日本は天皇主権政治体制であることを改めて明らかにすること)運動は、現在の安保法制とよく似ています。

 

 これまで体制側が認めてきた憲法の解釈を大きく捻じ曲げるという点で、天皇機関説排撃と安保法制はよく似ています。天皇機関説排撃では、東京帝国大学の憲法学者で貴族院議員でもあった美濃部達吉が攻撃に晒されました。美濃部は貴族院議員を辞職し、彼の書いた本は発禁処分となりました。それまで、当時の国家公務員状況試験である高等文官試験では美濃部の本が必読の教科書となり、それまでの官僚たちは天皇機関説を勉強していたし、体制側もそれを当然としていた訳です。そして、美濃部は貴族院議員にもなったのに、急激に「反体制」ということにされてしまったのです。それには同じ貴族院議員であった退役陸軍中将の菊池武雄からの激しい攻撃や菊池と同郷・熊本の出身で天皇機関説排撃を進めた、学者の蓑田胸喜の存在がありました。

 

 安保法制で言うならば、それまでもそしてこれからも個別的自衛権や領土領海内での警察行動は認められてきましたが、集団的自衛権は否定されてきました。安倍晋三政権は、これを強引な根拠(砂川判決と国連憲章第51条)で認めるという暴挙に出た訳です。現在の美濃部達吉の立場に立つのが、慶応大学名誉教授の小林節氏です。小林氏は自民党もお気に入りの憲法学者で、改憲を主張するということでリベラル派からは批判されてきました。しかし、今回の安保法制を見て、「このような姑息な解釈改憲は許されない」という主張をするようになり、自民党側からは嫌われるようになりました。小林氏は考えを変えていないのに、体制側から「反体制」と呼ばれるようになったという点で、美濃部達吉と歴史における立ち位置は同じです。

 

 こうした体制側の「急激な変化」を吉田茂は、「昭和10年代の日本は“変調”の時期にあった」と書きましたが、この言を借りるならば、「平成20年代の日本は“変調”の時期にある」と言えるでしょう。この2つの変調は、それぞれ「憲法の安定した解釈」を体制側が強引に逸脱して暴走することが原因となるという点で共通しています。

 

 重光は、「憲法の死文化」と表現しています。今まさに日本国憲法が「死文化」されようとしています。「身を以て憲法を護る」ことがなければ、昭和の動乱の例からも明らかなように、また私たちの生活や生命を脅かすような事態が起きることになるでしょう。私は月曜日に人生で初めて自発的にデモに参加してきました。そして、その中の1人として、「身を以て憲法を護る」ことに少し参加できたことに誇りと喜びを感じています。

 

(終わり)









野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-09-09



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 カナダ生まれで現在、北京の清華大学で教鞭を執るダニエル・A・ベルが『中国モデル』という本を出版しました。この本の中でベルは、西洋型の民主政治体制で行われている選挙による政治指導者選びよりも、試験を基にした「実力主義」の選抜の方が優れており、それが中国をここまで発展させた要因だと主張しています。
 

 最近の日本の政界を見ていても、「政治家は選挙に出る前に試験を受けて合格した人だけ選挙に出て欲しいな」と単純に思ってしまうような事件や出来事が多く起きています。首相を含めて「家計や出自以外に取り立てて優れた点がないのに、どうしてこの人が政治家をやっているんだろう?」と思う人が多数政治家をやっています。こうした憤懣や疑問は、民主政治体制には付き物のようです。

 


 政治指導者の選び方は古代から続く人類の悩みのようで、家系や血筋のような伝統的な決め方から選挙(これも間接、直接と分かれますが)による決め方に移っています。この本の書評をやっている人たち(共に西洋民主国家に暮らす人々)は、ベルの本の内容に大変批判的です。

 

私がこれは言えるなと思っているのは、ある家系や人物がずっと政治権力を握り続けることの危うさです。日本では民主的な選挙が行われていますが、「地盤、看板、かばん」と呼ばれるように、地元との関係、知名度、おカネの面から、世襲、それも三代目、四代目の政治家たちが多くなっています。戦前からの家系もありますから100年近く政治家家系となっている家もあります。中国の最高指導者層は、人民の選挙で選ばれるわけではありませんが、共青団系と太子党系の2つの流れがあって、牽制し合っています。そしてある家系やグループに権力がずっと握られないようになっています。指導者層の交代があるかないか、ここが重要なポイントだと思います。

 

選挙があっても「選挙に落ちることなんてないや」と我儘勝手にできることが民主的ではありません。そして、こうした構造を作り出しているのは私たち有権者側に民主政治体制に対する理解が欠如していること、そして政治と自分たちの関係についての考えが前近代的、封建的であることが理由だと思います。

 

 前講釈が長くなりましたが、是非読んでみて民主政治体制についてお考えいただければと思います。

 

==========

 

書評:『中国モデル』(ダニエル・ベル著)

 

評者:ギデオン・ラックマン

2015年6月19日

『フィナンシャル・タイムズ』紙

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/6105bd40-15a4-11e5-8e6a-00144feabdc0.html

 

中国の成功によって、中国の統治システムは自由主義的民主政治体制より上だということになるのか?

 

 孫文は1912年に新帝国の崩壊後の中国初の総統に就任した。彼はアメリカの民主政治体制にそこまで感心していなかった。「アメリカの連邦下院議員の連中ときたらアホで、何にも知らない奴らばかりだ」と不平を漏らしていた。この孫文が行った評価は現在のアメリカ国民の多くも同意するものであろう。

 

 この問題を解決するためとして、孫文は選挙によって選ばれる公務員は全員、地位に就く前に試験を受けてそれに合格した人のみが実際に地位に就くようにすべきだと提案した。この提案は実際に提出され検討されなかったが、これは長きにわたる中国の伝統に影響されている。この伝統とは、「役人は人気ではなく、“実力”を測るための厳しい試験を通して選ばれるべきだ」というものだ。

 

 本書『中国モデル』の著者ダニエル・ベルはカナダ出身の政治哲学者で北京の清華大学で教鞭を執っている。彼はこの中国の伝統に深く影響されている。彼は最新刊の中で、中国式の実力主義に基づいた統治システムは、重要な諸点において、西洋諸国の自由主義的民主政治体制よりも優れた統治システムだという野心的な主張を行っている。

 

 本書『中国モデル』は中国国内のリベラル派を仰天させ、西側諸国の主流となる意見に賛成の人々を怒らせることだろう。この本は一党支配と政治的な抑圧を正当化するためのものだと見る人たちもいるだろう。しかし、本書は常識的な思考に挑戦する根源的な問いを発する学術的な仕事の成果である。ベルはこの役割を適切にこなしている。明瞭で、専門用語を使わない文章で、現代中国の経験を通して、読者を政治哲学の最も根源的な疑問にまで誘うことに成功している。

 

 ベルが明確に書いているように、プラトン、ミル、ハイエクのような西洋の重要な思想家たちの中には、実力主義に基づいた政治に魅了されていた。自由主義的民主政治体制が知的な世界で一種の覇権を握ったのは比較的最近のことに過ぎない。その結果、指導者を選ぶ際に選挙以外の方法があるのではないかと議論することはなくなってしまった。

 

 『中国モデル』はこの議論を再開させようと試みている。この本はまず2つの前提から論を始めている。1つ目は、「西洋の民主政治体制諸国における統治の危機」であり、2つ目は、中国は経済的に大きく発展しているが、これが示しているのは、中国がより良く統治されているということ、である。これら2つの前提に対しては反論もある。しかし、これら2つの前提について読者にそうだと納得させるだけの事実も存在している。それらは、ワシントンの機能不全、ユーロ危機、中国における貧困の大幅な減少である。

 

『中国モデル』の前半部では、民主政治体制の抱える哲学上の及び実践上の弱点の明確な分析がなされている。この部分は私が最も納得できた部分である。例えば、選挙で選ばれた政治家たちは有権者たちの利益を重視しているというのは明確な真実だ。しかし、未来の世代の利益を損なう可能性はある。例えば、現在の政治家たちは現在の有権者たちによって、気候変動や年金の問題を先送りしてしまうのである。孫文が述べたように、西洋型の民主政治体制は、重要な地位にアホや間抜けを据えてしまう危険性を抱えている。

 

 この西洋型の民主政治体制に対して、ベルは理想化された「中国モデル」を対置させている。この中国モデルでは、社会における最も能力の高い人々を、試験を通じて選抜して国を動かしてもらうとなる。彼らの業績は、地方の低いレヴェルから始めて長い年月をかけて様々な地位を経験することで測定される。地方の指導者の地位まで行くことで、その人物は、良いアイディアを持ち、良い指導者になれるというお墨付きを得ることが出来、そして中央に進むのである。このシステムによって、中国は諸問題を解決し、経済発展を達成している。そして、その結果として、一般の人々から見て、指導者たちの統治には正統性があるということになる。

 

 ベルの本が難しいのは、彼が学問的に誠実すぎる故に起きているのだ。彼の本の大部分には、実力主義に基づいた政治に反対する主張を取り上げている。そして、ベルは、これらの反論の多くもまた正しい点を含んでいることを分かっている。民主的な制度城のチェック機能が欠如していることで、汚職が蔓延することになる。しかし、ベルも指摘しているように、民主国家インドでは汚職問題を解決できてはいない。実力主義に基づいて選抜されたエリートたちもまた傲慢になり、自己利益追求になってしまう。試験に合格するための能力と複雑な問題を解決する能力を持つ指導者が、人々への共感と高い独特性を併せて持つとは限らない。

 

 経済的な統計数字によると、現在の中国はより良く統治されている。しかし、ベルが認めているように、他の指標は良くない数字を示している。彼は残念そうに次のように書いている。「汚職、貧富の格差、環境汚染、政治家たちの権力の濫用、政治的に反対の主張を持つ人々に対する厳しい対処は、政治システムがより実力主義的になればなるほど、より激しくなっているように見える」。

 

 中国が実力主義に基づいた政治だという考えに対しては明確な反論が存在する。それは、現在、中国の最高指導者となっている習近平の父親は毛沢東と親密な側近であった、というものだ。ベルは、習近平とその他の「太子党」(中国共産党最高幹部の子孫たち)の人々の台頭は、1990年代初めの統治機構改革の前に始まっていたと答えている。この改革によって党幹部の選考の基礎に試験が置かれる制度が復活したのだ。

 

 しかし、太子党の台頭に関するこの説明は論理的な矛盾を抱えている。中国の実力主義に基づいた政治によって、1979年からのこれまでの急速な経済発展が達成されたという主張がある。しかし、ベル自身の説明では、適切な実力主義が回復したのは1990年代初頭であって、結果としてその効果が出てくるのはそれから更に数年はかかることになる。従って、現在までの中国の急速な経済発展は、統治における実力主義システムの結果ではないのではないだろうか?

 

 ベルは、彼が好んでいるシステムをじっくりと分析した結果として、躊躇しながらであるが、西洋型の自由主義民主政治体制をしっかり検討しようという考えに戻っている。政治指導者たちが生き残りのために暴力以外のものに頼ろうとすれば、それは正統性ということになる。ベルは本の中で、「実力による選択と経済成長があったとしても、中国の政治指導者たちの正統性は将来において長く担保されるものではない」と結論付けている。その理由として、彼らに対する支持は突然の危機的状況によって覆される可能性があるということが挙げられる。ベルが提案している解決策は、中国人民に向かって、指導者の選出は実力が良いか、それとも定期的な選挙が良いかを問う一回限りの住民棟梁を行うことである。

 

 この提案は独特であるが、中国のリベラル派やリスクを取ることを嫌う中国共産党の指導部からは支持を得られるだろう。

 

 私は『中国モデル』が提案している政策のアイディアに納得していないが、ベルが提示したいくつかの疑問は刺激的であると思う。格差の拡大、エリート主義の蔓延、政治におけるお金の役割といった現代中国が直面している諸問題に関する彼の分析は、奇妙なほどに親しみやすく、理解しやすい。もしかしたら、アメリカと中国は私たちが考えているよりも、より多くの共通点を持っているのだろうか?

 

(終わり)

 

======

 

小さな政治を賞賛する(In Praise of Petty Politics

―現代のアメリカ人はジェファーソンやリンカーンのような人物が選挙に出てきても、投票してホワイトハウスの主にしないかもしれないが、少なくとも民主政治体制は私たちに選ぶ機会は与えてくれている

 

フェリペ・フェルナンディス=アルメスト筆

2015年6月8日

『ウォールストリート・ジャーナル』紙

http://www.wsj.com/articles/in-praise-of-petty-politics-1433804916

 

 「会議にはちゃんと出て下さいね?」と私は言われた。私は会議に出るのが嫌だった。「私がいなくても最高の決定が下されると信じています」と私は答えた。 学部長は険しい顔をしていた。「アメリカでは何でも民主的に決めるんですよ。会議に出席してご自分の考えをはっきりと述べて下さいよ」と学部長は言った。私がアメリカの大学で教える最初の日の出来事であった。同僚たちは会議で学部長の提案について議論した。1時間以上も議論をした後、ある参加者は自分が行った提案に反対するかのような発言をするようになった。私は驚き、私はそのことについて説明を求めた。学部長は「そうですね、彼自身が自分の出した提案の欠点を見つけたということなんでしょうね」と答えた。最終的に、私はアメリカにおけるデモクラシーの何たるかを知った。立法府の議員たちは都合の良いように選挙区の区割りをし(ゲリマンダー)、行政府は金権まみれであるが、デモクラシーにおける誰でも意思決定へ参加でき、議論ができるという柱は、地域、学校、職場などで息づいている。

 

 ダニエル・A・ベルはこのことに気付いていないようだ。彼は最新刊で、アメリカ・モデルをけなし、鄧小平から習近平までの中国の政治家たちが作り上げた、卓越した統治方式を評価している。彼の視点ではこれは「賞賛に値する」ということだ。彼は「民主政治体制はこれからも実力主義に基づいた政治よりもより良く機能するだろう」という考えに疑問を呈するために『中国モデル』を書いた。

 

 『中国モデル』の中で、ベルは、「中国に対しては権威主義的な悪評があるが、中国の統治においては“下部のデモクラシー”が存在し、それが中国の統治を強化している。“村落委員会”」は村民のイデオロギー教育と監督の責任を折ってはいるが、高次の当局によって政治的な諸権利は奪われている。ベルが賞賛している村落委員会は民主的な偽装を施され、抑制されている。そして、中国共産党の官僚たちと政府によって抑えつけられていることに、村落委員会は不満を持っている。それでもベルは、「中国の大きな変化の真の理由は、中央政府が地方の諸問題にはタッチしない方針を取っていることである」と述べている。

 

 ベルが中国で「最も高いところ」に位置付けている実力主義に基づいた政治も、彼自身が認めているように、欠点だらけであり、ベルが好む言い方だと「十分に発達していない」となる。政治指導者たちの「選抜と昇進は、政治的な忠誠心、社会的なつながり、家族の背景によってなされている」のである。中国の指導者選出は実力主義的ではなく、官僚主義的である。実力による振るい落としと言うよりも、試験による選抜が基にあり、汚職と親分子分関係に基づいた行為である。私たち学者の殆どがそうであるが、ベルは勉強ができて試験が得意だったのだろう。しかし、彼は自分自身が実力や「政治において重要な知的水準」を分かることが出来る能力を持つと考えているようだが、その点では、底抜けの楽天家のアホだと言うしかない。ニコラ・サルコジは下級官吏がラファイエット夫人の小説に関する知識を持つことの有効性について質問された時、試験は、階級や文化の背景を持つ人物たちが権力に近づくための道になると非公式に答えた。試験はうまく設計すればテクノクラートの採用の役に立つだろう。しかし、ベルが追い求める「能力」「感動的な知性」「社会生活を送る上での技術」「徳」の質は現場以外ではテストをして測定することはできない。

 

 ベルが何度も賞賛しているシンガポールにおいてさえ、指導者たちは「良い価値観や気概、徳を基にして選ばれてはいない」のである。「中国は高度の政治的な正統性(人々が政府は道徳的に正しいことをしていると考えること)を有している」と書いてあるのを読んだ時、ネヴァーランドや北朝鮮でもそうだろうと感じた。ベルが主張するモデルは、中国にも、シンガポールにも、歴史上にも実際に存在したことはなく、彼の頭の中にだけ存在するのだ。彼の頭の中にある国はさぞかし素晴らしいだろう。

 

 ベルは民主政治体制のどの点よりも正義の点を嘆いている。そうなのだ、有権者たちは愚鈍で、腐敗しており、騙されやすくかつ我儘だが、選挙に立候補する人々もまた道徳的には酷いもので、機会主義的だ。多くの有権者を長期間欺くことは可能だ。そして、世界で最も強烈な諸問題は孤立無援の民主政治体制では解決できないのは真実だ。なぜなら、七面鳥は感謝祭のために投票しないからだ。人間は将来の世代や地球、消費の削減のためには投票しないし、耐久生活も嫌いだ。一方で、民主的に選ばれた指導者は独裁者たちに比べて戦争を始めにくいし、有権者が指導者たちの不正や無能力を発見したら、権力を取り上げることが出来るのが民主政だ。現代の選挙にトマス・ジェファーソンが出てきたとして、私たちは彼に投票せず、大統領に選ばないかもしれないが、民主政治体制は少なくとも選ぶ機会は与えてくれる。私たちはチャーチルのような傑出した人物ではなく、チェンバレンのような人物を選ぶことが多いかもしれないが、偶然でもチャーチルのような人物を選ぶこともある。

 

 ベルは、「中国は、比較可能な規模を持つ民主政治体制を持つ国々と比較して、より良く統治を行っている」と主張している。厳格に言えば、そのような国は確かに存在しない。アメリカを除いて、そしていくつかの経済的な指標を基に判断し、自由、人権、自己実現、環境を重視しなかったら、ブラジル、インド、インドネシア、フィリピンといった、複数政党制の民主政体を採用する人口の多い国々は経済発展の点で、中国と比肩しうる存在である。ベルは、アメリカン・ドリームについて批判的に見ている。アメリカ人は、アメリカン・ドリームという言葉によって、腐敗や不誠実なことをしなくても、「貧しさからスタートして豊かになることが出来る」と希望を持っているが、それは騙されているのだとベルは言う。確かにそうだが、少なくともディズニーランドにおいてはそんなことはない。

 

 ベルの中で致命的に認識が欠落しているのは、法の支配と独立した司法府が立法府と行政を抑制している限り、民主政治体制は村落の機構だけではなく、一国の中央政府においても導入可能な点である。ベルは、「民主国家においては、司法の専門家たちは、民主的に選ばれた指導者たちに間接的に説明責任を果たせねばならない」と考えている。しかし、彼の考えは大きな誤解を生むことにつながる。アメリカにおいては判事の中には民主的に選ばれる人たちもいるが、高次の裁判所において例外が影響力を持つことはない。イギリス、ドイツ、アメリカの立法府の議員たちは裁判官を罷免する力を持つが、これまでその力が実際に行使されたことはない。

 

 とにかく、プラトン流の万能な保護者ではなく普通の人々、超人や聖人ではなくサバルタン(従属的社会集団)を政治指導者に選んで何が悪いのか?徳は結婚関係において重要であるが、政治支配者にとっては曖昧なものである。マキャベリが述べたように、政治支配者は良い人間であるべきだが、必要なときには残忍なことをしなければならないのだ。神は私たちが知的にもそして物理的な力の面においても過剰にならないようにして下さっている。私たちごく普通の臣民や国民がそれに反対し対抗することが出来るだろうか?

 

※フェルナンデス=アルメストはノートルダム大学教授で数冊の本を出版している。最新刊『私たちのアメリカ:アメリカ合衆国におけるヒスパニック史』。

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-10-28



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回はオバマ政権の現実主義とイランとの核開発合意に関する記事をご紹介します。私は常々、外交においては現実主義と理想主義(左派と右派)が存在すると書いてきました。そして、オバマ大統領は現実主義的な外交政策を行っていると拙著『アメリカ政治の秘密』(PHP研究所、2012年)でも明らかにしました。このことを裏付ける記事になっています。

 

 この記事の内容で言えば、今の安倍晋三政権と自民党は外交においては、非現実的な理想主義者ということになります。それも戦争をしたがって仕方がない、アメリカで言えばネオコンと同じ存在です。日本国民の多くが2000年代のアメリカ国民と同じくその危険性に気付き出していると私は感じています。

 

==========

 

イランは現実主義の良い具体例である(Iran and the case for realism

 

EJ・ディオンヌ筆

2015年8月30日

『ワシントン・ポスト』紙

https://www.washingtonpost.com/opinions/iran-and-the-case-for-realism/2015/08/30/ba028102-4dc2-11e5-84df-923b3ef1a64b_story.html

 

外交政策を巡る議論はほとんどの場合、国内政治の争いを反映したものとなる。しかし、同時に語られない前提と認識されない諸理論に基づいてもいるものだ。

 

 これはイランとの核開発を巡る合意に関する論争にも当てはまる。もちろん生の現実政治は大変に大きな役割を果たしてはいる。共和党所属の連邦上院議員ジェフ・フレイク(アリゾナ州選出)とスーザン・コリンズ(メイン州選出)は条件さえ整えば、合意に賛成することにやぶさかではないようだ。しかし、党に対する忠誠心をテストすることになるこの問題で、同僚たちとは違う行動を取ることについて高い代償を支払うことになることもまた計算しなくてはならない。

 

 イスラエル首相ベンジャミン・ネタニヤフはアメリカ連邦議会で親イスラエルと反イスラエルの争いを激化させようとしたが、これは不幸なことだ。イスラエルの強力な支持者たちの多くは、イランの核開発を査察する制度について特に批判することになるだろう。しかし、彼らはイランの核開発プログラムに対する制限は現実的だとも信じている。連邦上院議員ベン・カーディン(メリーランド州選出、民主党所属)は、アメリカの交渉担当者たちは、「核開発の最前線に立っていた」と語った。これは「核開発の最前線は主要な点である」ということなのである。

 

 まだ態度を決めていないカーディンと他の民主党所属の連邦議員たちに対する、合意に対して反対票を投じるように求める圧力は大きなものとなっている。連邦上院外交委員会の幹部であるカーディンが賛成票を投じると、これは真に勇気のある行動ということになるだろう。そして、態度を決めかねている同僚たちにとって大きな影響を与えることになるだろう。

 

 オバマ大統領と関係諸国は、連邦議会によって合意が否決されてしまうことで生まれる危険性について語っている。これは正しい。この危険は、合意を有効なものとすることよりもリスクが高いものとなる。アメリカは合意を破棄して、より厳しい合意条件を実現するために再交渉すべきという考えも存在するがこれは全く非現実的なお笑い草でしかない。それはこの合意は単なるアメリカとイラン、2か国間のだけの合意ではないからだ。この合意には合意内容を強力に支持する関係諸国も含まれているのだ。これまで続けてきたイランに対する経済制裁を再び行うことを提案することもまた同じ理由で馬鹿げている。アメリカに協力した国々は、アメリカが一度結んだ合意を破棄しても、合意を破棄することはないであろう。

 

オバマ政権は反対している人々に対してこの質問を中心にして挑戦している。それは「それでは他の選択肢は何になりますか?」というものだ。これはただの言葉遊びの質問ではない。

 

 現在の連邦議会の情勢分析では、オバマ大統領は合意を有効とするための議員の賛成票を最低限確保できるだろうと言われている。オバマ大統領は合意を無効化するための試みを阻止するための41名の上院議員の支持を得るための秘密兵器を持っている。カーディンの投票はカギを握ることになるだろう。

 

 しかし、ひとたびこの話が落ち着いたら、オバマ大統領、議会における反対派、大統領選挙立候補者たちは世界におけるアメリカの役割についてどのように見るかについて大きな議論をすることになる。オバマ大統領は分かりにくい「オバマ・ドクトリン」について説明し、共和党の有力な大統領候補者であるスコット・ウォーカーとマルコ・ルビオが金曜日に行った批判に少なくとも間接的に反論することで利益を得ることが来出るだろう。

 

オバマ大統領が主として外交政策において現実主義者であると多くの人々がいる(私もその中の一人である)。特にアメリカがイラクで冒険主義的な愚かな行為を行った後、現実主義はこれまでよりもより良いものだと考えられるようになっている。私は、現実主義者は、「アメリカは民主的な価値観と人権のために戦わねばならないが、軍事面における過度の拡大は、アメリカの国益と長期的な強さにとって致命的な危険である」と考える人たちだと考える。オバマ大統領の外交を擁護する際によく使われる論法は、「確かにいくつかのミスを犯したが、軍事力で出来ることとできないことに関する彼の現実主義は、アメリカの外交アプローチを再定義し、アメリカを正しい方向に戻すことに成功した」というものだ。

 

 この議論を始めるのにより材料となるのが、『ナショナル・インタレスト』誌の創刊30周年記念号に掲載されたリチャード・K・ベッツの「現実主義による説得」という論文だ。ベッツは現実主義の立場に立つ高名な知識人だ。ベッツはコロンビア大学に属する学者でもある。ベッツは「現実主義者は動機よりも結果をより重視する。現実主義者は良い動機が如何にして悲惨な結果を生むのかという点に注目する」と主張している。理想主義的なリベラル派と保守派は共に「正しい考えを支持し、悪と戦う」と強硬に主張するが、現実主義者は、「私たちが直面している選択肢は“より大きな悪とより小さな悪の間に存在する”」と主張する、とベッツは述べている。

 

 ベッツは「敢えて過度な一般化の危険を冒すが、理想主義者は勇気について心配し、現実主義者は制約について心配をする。理想主義者は武力によって悪に対峙することの利益を重視するが、現実主義者はコストを重視する。全体として、現実主義者は思い上がりではなく、抑制を求める」と書いている。

 

 頭の中は現実主義になりつつありながら、精神は今でも理想主義である私たちのような人間にとっては、現実主義は冷たくて、道徳的に不十分だと思ってしまう。しかし、現実主義の道徳は、人々の生命、財産、実行不可能な試みのための力の浪費することが道徳に適っているかどうかということになる。現実主義を批判する人々はイランとの合意に反対している人々が受けているのと同じ質問に直面する。それは「それでは他の選択肢は何になりますか?」というものだ。

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-09-09



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回は、「北米大陸は次の新興巨大市場になる」という論稿をご紹介します。著者は、アフガニスタンやイラクで米軍や多国籍軍を率い、オバマ政権ではCIA長官も務めながら、不倫スキャンダルで失脚したデイヴィッド・ペトレイアス退役陸軍大将です。ペトレイアスは、軍歴もさることながら、学歴も素晴らしいもので、陸軍士官学校、アメリカ陸軍指揮幕僚大学を優秀な成績で卒業し(戦前の日本陸軍で言えば恩賜の軍刀組です)、プリストン大学大学院(ウッドロー・ウイルソンスクール)で国際関係論の博士号を取得しています。

 

 ペトレイアスの今回の論稿は、ハーヴァード大学ケネディスクールの研究員として発表した論稿の要約で、言いたいことは「北米大陸(アメリカ・カナダ・メキシコ)は次の新興巨大市場になる」という内容です。内容自体は目新しいものでないし、陳腐なもので、著者が有名であるくらいがウリです。

 

 このように「アメリカは凄い」「アメリカは偉い」と言い続け、BRICSの台頭やAIIBに見られる、ヨーロッパと中国の結合に対抗しようとする姿は何だか哀れを誘うものです。アメリカとそれに追随する日本が中国を包囲する(自由と繁栄の弧やら安倍版の大東亜共栄圏的発想)つもりが、もっと大きく包囲され、気付いたら日米が孤立していたなんてことにならないように、今からでも動くべきでしょうが、日本はこのままアメリカの下駄の雪としてどこまでもついて行くしかないと思っている人たちが政権にいるために馬鹿な選択しかできないでしょう。

 

==========

 

北アメリカ大陸:次の巨大新興市場となるか?(North America: the Next Great Emerging Market?

―アメリカ、カナダ、メキシコが21世紀の世界経済を牽引する位置にいるその理由

 

デイヴィッド・ペトレイアス、パラス・D・バヤーニ筆

2015年6月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2015/06/25/north-america-the-next-great-emerging-market-united-states-mexico-canada/?utm_content=buffer7967b&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

 

 米連邦議会はついにバラク・オバマ大統領に対して、彼が交渉を妥結させようとしている環太平洋経済協力協定(TPP)と環大西洋貿易・投資協力協定(TTIP)に関する「促進」権限を与えようとしている。しかし、オバマ大統領の進める貿易協定についての長引く激しい議論は、将来の市場統合の価値に対するワシントンにおける疑念を増大させ、力強い世界経済の建設などできないという悲観論を拡大させている。こうした中で全く触れられない疑問が存在する。それは「アメリカと国境を接する近隣諸国は競争できるか?」というものだ。

 

 この疑問に対する答えは、明らかに「イエス」だ。実際、緊密な市場統合、アメリカ、カナダ、メキシコ3カ国それぞれの経済力、4つの技術革命によって、3カ国は次の巨大な新興市場となれる位置に付けているのだ。

 

 現在、世界市場は不確実な動きの中にあることは疑問の余地がない。中国の経済成長は鈍化している。投資主導の経済発展の疲れ、人口構造の変化、10年に渡る労働コストの上昇、財政赤字の急増、環境汚染と汚職の拡大といった問題と中国は戦っている。インドは、「モディ時代」が訪れようとしているが、経済成長を促すために必要な諸改革がまだ軌道に乗っていない。ブラジルは景気後退に陥り、「将来の大国」の地位に留まり続けているように思われる。

 

 先進諸国もそれぞれ同じような問題を抱えている。日本は、安倍晋三首相による一連の経済改革である「アベノミクス」の下で、ある程度の成果を収めているが、経済における競争を導入し、企業の慣習を改革するという最も厳しい改革は不完全なままである。一方、日本の人口における構造変化の影響は深甚なものである。ユーロ圏は一時的なそれぞれの国で程度の異なる経済回復を経験している最中である。しかし、ヨーロッパの先進諸国は堅実な経済成長の道進むための実質的な諸改革を必要としている。

 

 世界経済をこれまで牽引してきた国々の経済成長は鈍化しているが、北米諸国の経済は急速に発展できる位置にある。3か国の経済における重要な中核をなしているのが他に類を見ない市場統合である。確かにTPPTTIPのような貿易協定にも問題はある。競争に晒されるアメリカ国内のいくつかの経済セクターでの雇用の喪失はその代表例だ。北米自由貿易協定(NAFTA)の下で、北米3カ国は繁栄を共に享受してきた。 貿易量は20年間で3倍になり、その総額は1兆ドルを超え、北米3カ国をまたいで数百万の雇用の創出が行われた。この事実は経済的つながりの改善が生み出す利益であり、注目に値する。

 

 一国レヴェルで言えば、アメリカ経済は根本的な有利さを保持している。それは、比較的自由化されたビジネス環境、技術革新と企業家精神に富んだ文化、大きくて動きが速い資本市場、技術的な先進性を生み出し、製品化する小規模企業である。カナダの銀行システムは世界で最も健全であることは証明されている。カナダの石油とガス生産部門は協力である。昨年の石油価格の下落では影響を受けたがそれでもその強さは健在だ。メキシコはマクロ経済の面で高い安定性を達成している。現在、海外の国々での労働コストが上昇し続けているが、メキシコの現政権はメキシコが製造業の一大拠点になるための諸改革を強調している。

 

 こうした強みに加えて、北米3カ国は4つの部門の大きな変化から恩恵を蒙っている。この4部門とは、エネルギー、先進製造業、生命科学、情報技術である。                                                  これら4つのこれまでの制限を打ち破る革命によって、北米アメリカ大陸は次の新興巨大市場として世界に登場することになるだろう。

 

これらの大転換は共鳴し合って起きている。採掘技術の発展によって、石油埋蔵量は拡大し、石油と天然ガスの価格は安くなった。これによってアメリカはエネルギー上の独立を得ただけでなく、製造業の復活も果たした。製造業では、ロボット工学と3Dプリンターによって、工学における基準が向上し、コストを下げることが出来た。クラウド・コンピューターとビッグデータを通じてIT技術の応用は拡大した。これらを使って、アメリカの製造業と生命科学は、それぞれ「産業インターネット」と「ヘルスケア・インターネット」を出現させつつある。

 

 北米各国の経済は、これらの諸分野で有利な位置を占めているが、こうした動きを加速させるために、政策決定者たち、特にアメリカ連邦議会が行えることはまだまだたくさん存在する。

 

 第一にそして最も重要であるが、米連邦議会は政府の財政を規律あるものにすることでビジネス環境を改善する必要がある。これには、アメリカの社会保障制度の改革と、慎重に選ばれた軍事・非軍事プログラムの削減によって予算の大幅削減と転換を行う必要が出てくる。これらの予算とプログラムの削減は理想的には、アメリカの企業に対する税制の再構築と共に行われることが望ましい。それには複雑さと世界で最高水準にある全体としての税率の削減が行われるべきだ。

 

 加えて、アメリカ連邦議会はアメリカが技術革新の先頭ランナーでいられるようにいくつかの方策を立てるべきだ。軍事用・非軍事用の科学研究に対する連邦予算は、2009年以降、対GDP比で20%以上も下落している。これを上昇させねばならない。応用研究に対する企業の投資を継続させるために、研究開発に関する減税措置は高級に継続させるべきだ。IT関連企業がサイバーテロとの戦いに参加することを認める法律の成立によって、各企業と米国土安全保障省との間での情報共有が以前に比べてだいぶ楽になった。これは、IT部門におけるアメリカの指導的な立場を守る上で重要不可欠だ。

 

 教育システムと移民システムの改革によって、アメリカは世界中の最高の人的資源を魅了することになるだろう。各州の政策決定者たちは、厳格な教育に関する基準、特に数学、科学、読解能力に関する基準を設け、高い質の教育を提供する特別認可学校などを通じてより大きな競争と選択を促すべきだ。連邦議会は包括的な移民改革法案を通過させ、H-1Bヴィザの拡大、教育と仕事を持つ移民の受け入れの促進のためのシステム作り、非熟練労働者たちのための永住権や市民権獲得の道筋づくりを行うべきだ。

 

 北米大陸がエネルギー生産部門でトップを維持するために、大統領と連邦議会は、カナダからアメリカへ石油を輸出するためのキーストーンXLパイプラインを承認すべきだ。そして、アメリカ国内で生産された石油の輸出を許可し、更には、電力の移送のための高電圧の送電システムの建設によって再生可能エネルギーの開発を促進するようにすべきだ。米環境保護庁には水圧粉砕式に対する奇声を行う権限が与えられた。これによって、シェールガス生産を安全なものにする高質のそして共通の基準が決められ、これまで各州でまちまちだった規制が統一された。結果として、シェールガス革命は継続されることになった。

 

 最後に、連邦議会はアメリカ国内の物理的、そしてデジタル的な社会資本を強化するために投資を賢く行うべきだ。国家社会資本銀行を創設し、自動車燃料税を増税しかつスライド制にし、どこでも使えるブロードバンド・インターネットを発達させる戦略を立てることで、アメリカの生産性が向上だろう。

 

 こうした根本的な強さは、アメリカ、カナダ、メキシコが現在の不確実な世界経済の状況を乗り切ることの手助けとなる。逆風に対する政策から順風に対する政策に転換することで、連邦議会は今日起きている4つの革命の成果を確かなものとすることができ、これから数十年間の経済の大変化を進め、アメリカと北米の近隣諸国の将来に大きな経済的な果実を与えることが出来るようにすることができる。

 

※著者たちはハーヴァード大学ケネディ記念行政学・政治学大学院付属ベルファー記念科学・国際問題研究センターから共同執筆した報告書を発表した。タイトルは「次の大規模新興市場となるか?:北米大陸における4つの融合された革命の評価」

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23




 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ