古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2015年10月

ダニエル・シュルマン
講談社
2015-11-25



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 今回、NHKの連続テレビ小説が「あさがくる」というものになりました。私の大好きな女優さんである波瑠さんが主演を務め、鹿児島では明治新政府で活躍しなかったために、地元ではそこまで知られていない、五代友厚(1836―1885年)が重要なキャラクターで出るということで、関心を持っています。波瑠さんが演じるのは、明治期の実在の人物で、大同生命創業家である広岡家の広岡浅子(1849―1919年)です。広岡浅子は京都の三井系の一族から大阪の広岡家に嫁ぎました。彼女は五代の教えを受けながら、炭鉱経営や銀行経営に成功し、江戸時代から続く商家である広岡家を守りました。晩年は女性の教育に力を入れ、日本女子大学の創設にも参画しました。日本女子大学のご近所と言ってよい場所にある早稲田大学の創始者である大馬重信は、広岡浅子の人物を評価し、日本女子大学創設に協力しています。

 
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広岡浅子
 

 私は入院中に原口泉著『維新経済のヒロイン広岡浅子の「九転十起」―大阪財界を築き上げた男五代友厚との数奇な運命』(海竜者、2015年9月)を読みました。朝ドラと五代友厚からこの広岡浅子という人物に興味を持ったからです。そして、上記のようなことをした人だということを学びました。この本の著者である原口先生はご尊父・原口虎雄先生から続く鹿児島の歴史研究の第一人者で、私が小さい頃から鹿児島のテレビや新聞に頻繁に登場されていました。ハンサムなお顔立ちと優しい語り口で、多くの県民に親しまれた方で、歴史好きの子供たちにとってはヒーローのような存在でした。



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五代友厚

 

 浅子が創設に参加した日本女子大学(現在も目白にありますが、土地は浅子の実家である三井家が寄付したものだそうです)の出身者には、丹下梅子(1873―1955年)博士がおられます。丹下梅子博士は日本で初の女性農学博士号取得者です。幼い頃に事故で右目を失明するという不幸に見舞われながらも教師となり、更に日本女子大学に進学し、更には東北帝国大学で研さんを重ね、ついに日本初の女性博士号取得者となりました。鹿児島には出生地である金生町のデパート山形屋前には丹下博士の胸像が立っています。

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丹下梅子

 

 私は、五代の教えを受けた広岡浅子が創設に参加した日本女子大学で、鹿児島出身の丹下梅子が高等教育を受け、農学博士号を取得したことに、合縁奇縁を感じます。

 

 先日、雑誌『ニューズウィーク日本版』のウェブサイトで以下のような記事を発見しました。鹿児島県知事の伊藤祐一郎氏が「女子にサイン・コサイン・タンジェントは必要ない」という発言をしたことはニュースになりましたが、鹿児島出身としてびっくりしたのは、

鹿児島県の4年制大学進学率が全国最低、女子は3割に満たないということでした。「鹿児島は教育県なんだよ」と言われて育ってきましたが、東京に出てきて各地から来た友人たちに聞いてみると、どこも教育県だと言われて育ってきたということで、「これは大人たちの口から出まかせであったか」と思いましたが、実際の数字として、教育県であることを否定されたのは初めてでした。

 

 もちろん、大学進学率だけが指標ではありませんし、以下の数字には短期大学への進学率は含まれていません。鹿児島には短期大学が複数あり、女性の教育を担っていますし、県立短期大学は昔から入学が難しい学校として知られています。また、県民所得が全国でも低い方で、地理的に九州の端っこということもあり、他の都道府県に出ていくこと、そこで4年間学生生活を送ることは難しいという状況もあります。これに関連して、高校生や親御さんたちには「私立大学は学費が高い」ということで、国公立志向が強いということもあり、鹿児島以外にある私立大学に進学したがらないということもあります。更には、年代的に言えば、現在の65歳以上の人たちは保守主義と封建主義を混同している人たちが結構いるということもあります。ですから、鹿児島全体で「女性に高等教育が必要ではない」という雰囲気が残っているとは一概に言えないのではないかと思います。

 

 しかし、五代の薫陶よろしきを得た広岡浅子が創設した日本女子大学に鹿児島出身の丹下梅子が進学し、やがて博士号を取得するまで研さんを重ねたという事実を前にして、鹿児島県知事の伊藤祐一郎氏の発言は恥ずべきものです。明治時代の先駆者たちの意識と比べて、現在の我々の意識の方が遅れているということは、保守主義ではなく、退嬰そのものです。

 

 鹿児島県は他人の褌で相撲を取るのが得意ですから、今回の朝ドラに何か便乗することでしょう。しかし、県知事がこのような意識であり、鹿児島県は教育県と言いながら、4年制大学進学率が全国最低であるという事実をきちんと踏まえて、これまでの退嬰を改める方向に進んでほしいと願っています。そして、伊藤知事には丹下梅子博士の胸像の前で、自身の胸に手を当てて自分の考えの退嬰さについて考えていただきたいと思います。

 

(雑誌記事貼り付けはじめ)

 

●「大学進学率の男女差が物語る日本の「ジェンダー意識」」

知事の「コサイン発言」を裏付ける、全国最低の鹿児島の女子進学率

 

ニューズウィーク日本版 2015106日(火)1700

舞田敏彦(武蔵野大学講師)

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-3966_1.php

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/10/post-3966_2.php

 

 

日本ではいまだに男子と女子の大学進学率には差がある

 

 この夏、鹿児島県知事が「サイン、コサイン、タンジェントを女の子に教えて何になる?」と発言して猛反発を食らった(知事はその後、発言を撤回)。明治維新では薩摩藩が日本の近代化をリードしたが、残念ながら現在の鹿児島では、「女子に高等教育は必要ない」という封建的な考え方が色濃く残っているようだ。

 

 このような「性差(ジェンダー)」の意識は、大学進学率の男女差からうかがえる。2015年春の全国の4年制大学進学率(浪人込み)は51.5%だが、性別にみると男子が55.4%、女子が47.4%と、8ポイントの開きがある(進学該当年齢の18歳人口を分母とした進学率)。これは能力差とは考えられないので、「女子に大学教育なんて......」というジェンダー意識の表れだ。

 

 大学進学率の性差は地域によってかなり違っている。<表1>は、2015年春の男女の大学進学率を都道府県別に計算したものだ。47都道府県中の最高値には黄色、最低値には青色のマークを付けた。

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 大学進学率は地域格差が大きく、最高の東京(72.8%)と最低の鹿児島(35.1%)では倍以上開いている。進学率は都市部で高く地方で低い傾向にあるが、これは住民の所得水準や大学の立地状況の違いが影響している。

 

 大学進学率が最も低いのは鹿児島で、その原因は女子の進学率が低いことだ。鹿児島の女子の大学進学率は29.2%で、全国で唯一3割に達していない。それだけ男女差が大きく、男子の進学率は女子の約1.4倍にもなっている(右端)。北海道(ここも男女差は1.4倍)と並んで、大学進学率の性差が最も大きい地域だ。前述の知事の発言がただの「失言」ではないことがわかる。

 

 男女の大学進学率に1.4倍もの差が出るのは、「女子に高等教育は不要」、「女子よりも男子優先」というジェンダー意識が根強いためだろう。大都市の東京は比較的それが弱いようで、進学率の性差はほとんどない。地方でも徳島のように、男子より女子の進学率の方が高い県もある。このことから見れば、ジェンダー意識は克服できるはずなのだ。

 

これは国際比較をするとよく分かる。<表2>は、社会的価値観に関する国際的な調査から「大学教育は、女子よりも男子にとって重要だ」という項目の肯定率を国別に抽出して、高い順に並べたランキング表だ(英仏は調査に回答せず)。

 

 その肯定率が最も高いのは、カースト社会のインドだ。20歳以上の国民の6割が「大学教育は、女子よりも男子にとって重要だ」と考えている。バーレーンやパキスタンなど、イスラム社会の肯定率は総じて高い。女性はあまり外に出るべきでない、という宗教的戒律があるためだろう。

 

 日本の肯定率は22.6%で真ん中より少し下だが、欧米諸国と比べると格段に高い。ドイツは13.6%、アメリカは6.6%、スウェーデンにいたってはわずか2.5%だ。こうしたジェンダー意識の低い国々では大学生の男女比は半々だが、日本では男女比が「6対4」とまだまだ偏っている。東京大学の女子学生比率は18.6%しかない(20155月時点)。

 

「人材」しか資源のない日本にとって、この現状は見過ごせない。男女を問わず能力を開花させ、社会・経済を活性化させるための意識改革、制度づくりは急務の課題だ。

 

(雑誌記事貼り付け終わり)

 

(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23


 
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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-11-25

アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12



 

 古村治彦です。

 

 これから少しずつ日常に戻って行けるように努力してまいります。さて、今回は、アメリカのケイトー研究所のカーペンター研究員の日本の安保法制に関する記事をご紹介します。少し古い記事ですが、アメリカの対外介入を嫌う人が考える、日本の進むべき道という内容になっています。

 

==========

 

ほんの少しの余計なおカネでかえって問題が悪化する:日本が直面する防衛ジレンマ(A Little More Money, A Lot More Problems: Japan's Defense Dilemma

 

日本政府は、危機が起きた場合にそれに対処するために必要な軍事力を整備することなしに地域におけるより積極的な役割を果たそうとしている

 

テッド・ガレン・カーペンター筆

2015年9月2日

『ナショナル・インタレスト』誌

http://nationalinterest.org/feature/little-more-money-lot-more-problems-japans-defense-dilemma-13759

 

日本の防衛省は防衛支出の大幅な増加を求めているということを最近のニュースは好感を持って伝えている。防衛省は東シナ海にある日本の領有する一群の島々の防衛を強化する目的で防衛増大を求めている。これらの島々は中国との間で厳しい領土争いを引き起こす原因となっている。予算の請求が示しているのは、日本政府が尖閣諸島(魚釣島)を巡る争いにおいて妥協をする意思を全く持っていないということだ。

 

 しかし、ニュースのあまり強調されない点が示しているのは、日本の領土を巡る主張を強化するために軍事力を増強しようと日本政府が真剣には考えていないということだ。防衛費の増加要求は前年比の僅か2.2%であり、これによって日本の年間の防衛予算は約423億800万ドルとなる。この数字は、中国の公式の防衛予算1450億ドルの3分の1以下である。中国の実際の防衛支出がこれだけであると信じている人はほとんどいない。米国防総省と民間のシンクタンク共同の試算では、中国の実際の防衛支出は年間1800億ドルかそれ以上であるという結果が出ている。

 

 日本政府は地政学的な野心を増しているが、軍事力をそこまで増強していないという危険な不均衡をこうした事実は例証している。日本政府は尖閣諸島(魚釣島)問題について強硬な姿勢を取っているだけでなく、安倍晋三政権は日本の平和憲法の第9条の「再解釈」に踏み込んでいる。この再解釈によって、日本が集団的な防衛努力が行えるようにしようとしている。憲法の再解釈はまた、日本の安全保障に対する脅威を構成するものは何かについての定義を拡大させている。

 これら全ての目的は、日本が東アジア地域の安全保障問題に関してより積極的な役割を果たすことが出来るようにすることだ。このような憲法に対するいかがわしい操作に加えて、安倍政権は中国の野心に懸念を持っている地域の国々と軍事面での協力関係を築きつつある。その一環として、ヴェトナムとフィリピンに武器を売却している。日本政府は、南シナ海における領有権問題に関与し始めている。日本の国益はこの地域では間接的なものに留まる。

 

 軍事ドクトリンの変化と様々な地政学的な主張は、国内での議論を読んでいる。批判者たちは、安倍首相の諸政策によって、日本が軍事衝突に巻き込まれる可能性が高まると憂慮している。日本の近隣諸国、特に中国と韓国もまた、20世紀前半に東アジア地域に大きな傷跡をもたらした日本の軍国主義の復活の可能性に懸念を持っている。この悲劇的な時期の日本の責任について日本の政治家たちはそれを認めることを躊躇している。それがさらに疑いと懸念を増大させている。

 

 結果的に、日本政府は諸政策の最悪の組み合わせを行おうとしている。日本政府は、危機が起きた場合にそれに対処するために必要な軍事力を整備することなしに地域におけるより積極的な役割を果たそうとしている。更に悪いことには、日本政府は、帝国時代が原因となる近隣諸国の持つ怒りと不安を払しょくすることなしに、より積極的な役割を果たそうとしている。

 

 日本の指導者たちはこれらのミスマッチを是正するために3つの段階を経る必要がある。1つ目の段階はドイツを真似て、帝国時代の日本政府の行動に対して真に無条件の謝罪を行うことだ。第二次世界大戦終結70周年に関する安倍首相の最新の談話を含むこれまでの発言は、あまりにも条件が付き過ぎており、ごまかしにさえ見える。

 

 第二段階としては、中国、韓国との間にある領土を巡る争いで、より怪獣的な姿勢を取ることだ。それぞれの国々の主張の法的正当性は、それぞれに後ろ暗いものだ。帝国主義時代の日本の侵略の被害者である両国に対して妥協することが、日本政府にとって建設的な姿勢ということになるだろう。たとえ、日本の主張が完全に正当性を持つにしても、である。より深刻ではない問題に関して進んで譲歩をすることで、より関係を築くことが出来るし、結果的に大きな利益を得ることになる。

 

 最後に、日本が地域においてより積極的な役割を果たすと決心する場合、安倍政権は、日本国民に対して、新しい方向性は保障されており、望ましいものだということを説得しなければならない。更には、そのような役割を果たすには、年間420億ドルという現在の防衛予算よりもかなり高いレヴェルの防衛支出が必要になる。これには国内の大きな支援が必要不可欠となる。

 

日本政府が現在進めている路線は日本の同盟国としてのアメリカにとって懸念すべき危険を生み出している。最悪のシナリオは、過度に硬直した挑発的な日本の地政学的戦略姿勢によって武力衝突が発生し、日本が自国だけでそれを処理できない、というものだ。アメリカはそうなれば、戦争に巻き込まれることになる。その相手は中国ということになるだろう。アメリカは自国の国益にとってあまり重要ではない問題を巡って中国と戦うことになる。このような危険が将来にわたって高まる前に、必要な建設的な政策について、アメリカの指導者たちは日本の指導者たちと胸襟を開いて話し合いを行うべきだ。

 

※テッド・ガレン・カーペンター:ケイトー研究所上級研究員。『ナショナル・インタレスト』誌外部編集委員。これまで国際問題に関して10冊の著作と600以上の記事を発表している。

 

(終わり)







野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23

 
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ダニエル・シュルマン
講談社
2015-11-25



アメリカ政治の秘密
古村 治彦
PHP研究所
2012-05-12





 古村治彦です。

 

 2015年9月27日深夜に左耳に違和感が生じ、吐き気やめまいも感じたために、28日に病院を受診したところ、突発性難聴と診断されました。すぐに入院となり、本日10月6日に退院となりました。突発性難聴という病気は、誰にでも起こりうる病気で、原因が特定されていない難病の1つです。たいていの場合は治る病気ですが、さすがになった時にはとても驚きました。

 

 本日まで病院で治療をし、お世話になりました。社会保障制度の基礎として、相互共助があります。皆様からの負担金で運営されている社会保障制度によって今回お世話になることが出来たことに、深く感謝し、病気を治し、次は自分が支えられるようにしていきたいと考えます。

 

 今回、このような病気になりましたが、安心感を持って過ごすことが出来たことは、日本の社会保障制度のお蔭だと思います。私もしばらく生活したアメリカでは、このような訳にはいかなかっただろうと思います。高額の医療負担とにらっめこしながら、病気の不安と戦いながら、たとえ治療が途中になってもお金が無くなれば病院から追い出されたことだと思います。資本主義の論理を突き詰めていけば、人間の存在とはそのようなものになるのだと思います。

 

 社会福祉、社会保障にお金(公的資金、税金)がかかる問題は先進国では深刻な問題です。それを解決するために資本の論理の導入が進められようとしています。しかし、その最先端国であるアメリカでは、資本の「剥き出し」の論理によって、お金のない人間がゴミ屑のように扱われているという現実があります。もちろん、福祉に「たかって」生きることは悪です。社会保障費の増大を進め、社会保障制度、ひいては国家の破綻にまでつながってしまいます。この難しい問題をどのように解決すべきか、私自身は答えを見つけられません。しかし、少なくとも、現在の日本の社会保障体制の根幹は維持しながらの漸進的な改良こそが道筋ではないかと考えます。

 

 私の入院中、ラグビーの日本代表がワールドカップの三戦目でこれまで分の悪かったサモア代表に勝つという嬉しいニュースがありました。小学生の時に、今泉、堀越の一年生コンビが活躍した早稲田のラグビーに憧れて以降、30年近く、ただのラグビーファンでしかありませんでしたが、日本ラグビーの進歩には感激しています。

 

 ラグビーティームは1ティーム15名編成ですがフォーワードとバックスの選手に分かれます。様々な体型や能力の選手たちがいて、彼らが適材適所のポジションでティームとして機能しています。良いティームとは個々の能力を活かしながら、個々の献身を引き出し、それぞれをうまくオーガナイズしていくものです。誰か一人スターがいるからと言って勝てるものではありません。また、上から引っ張るような、個を潰すような日本にありがちなリーダーシップではラグビーティームはオーガナイズされません。私たちは、今回のラグビー日本代表ティームの姿に、これまでの日本型ではない新しいティームの形を見ており、それに新鮮な驚きを持っているのだと思います。

 

 安倍晋三首相は先日の記者会見で、「一億総活躍社会」なる、「国家総動員」という言葉とよく似たコンセプトを打ち出しました。安倍首相の祖父である岸信介が革新官僚として商工省や満州で活躍し、東條英機内閣の商工大臣となって太平洋戦争に突入する訳ですが、国防国家のための総動員という概念を打ち出しました。これは、日本的な上からの、個を潰すような形のリーダーシップでありました。私は、安倍首相の今回の「一億総活躍社会」という言葉遣いにもそのような匂いを感じます。もっと言えば、「活躍」という言葉の定義が曖昧であり、何を持って活躍というのか、そもそも安倍首相や自民党の面々はそれなら「活躍」しているのか、偉そうに国民に対して「活躍せよ」と言えるのかと私は思います。

 

 このような管理型の匂いがする「一億総活躍社会」がうまくいくとは思えません。それは、日本国民の多くが「個」の重要性に気付きながら、かつ「共」との両立、更には新たなリーダーシップに関して気付き始めていると思うからです。そのようなときに、「一億総活躍」などという定義も曖昧なことを言われても、国民は「はいはい、また税金の無駄遣いがあるのね」くらいにしか思わないでしょう。

 

 社会における「個」と「共」の関係は人類永遠のテーマだと思います。政治思想の潮流で言えば、個を優先する考えがリバータリアニズムとなり、共を優先する考えが共産主義となります。それぞれが2つのベクトルの先にあるとすると、現実はその中間にあると思います。それぞれが実現した社会は恐らく地獄のようになるでしょう。それはどちらの考えも「個」と「共」のバランスを著しく欠いた極端なものであるからです。

 

 私は「個」と「共」のバランスを決める要素は多くあり、かつそれらは複雑に絡み合っています。また、個を活かす要素が共をダメにすることがありますし、その逆もまたあります。最善のバランスは永遠に見つからないかもしれません。それでも、過剰を起こしながら、頭をあちこちにぶつけながら、人類は少しずつ進んでいくんだろうと思います。漸進的改良主義は常に批判されてきましたが、結局これで行くしかないという大変平凡な話になってしまいます。「お前の話は面白みがない」という批判を受けますが、まさにその通りだと思います。

 

 以上、とりとめもなくなりましたが、今回人生初の入院を経験して、私が考えたことを書きました。


(終わり)





野望の中国近現代史
オーヴィル・シェル
ビジネス社
2014-05-23



 
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