古村治彦です。
日本政治研究から政治学全体に大きな貢献となったのは、チャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson、1931-2010年、79歳で没)著『通産省と日本の奇跡: 産業政策の発展1925-1975 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス)』(TBSブリタニカ、1982年;勁草書房、2018年)だ。この本では日本の奇跡の経済成長(1960年代から1970年代にかけての高度経済成長)について、通産省(MITI、Ministry of International Trade and Industry)主導の「産業政策(Industrial
Policy)」が実現したということを分析している。本書の官僚主導(Strong State Model)、産業政策という分析ツールは他の国々の分析にも適用可能なものとなり、大業績となった。
その後、1980年代の日米経済摩擦から「日本異質論(Revisionism)」の親玉のレッテル貼りがされたが、この動きは複雑なものだった。詳しくは拙著『アメリカ政治の秘密 日本人が知らない世界支配の構造』を読んで欲しいが、チャルマーズ・ジョンソンほど日本に詳しく、親日家であった人物を「日本を西洋とは違う国だと言って非難している」という方向に捻じ曲げた変な議論だった。これは簡単に言えば、産業政策潰しの言説でもあった。この時代に産業政策潰しの論稿を発表していたのが竹中平蔵だという事実も合わせて考えると、この時期から日本潰し、日本の窮乏化のための動きは始まっていたということになる。
産業政策を徹底的に研究して実地に応用して成功を収めたのが、中国ということになる。中国社会科学院の日本部では、戦後の日本の動きをバブル崩壊まで徹底的に研究し、分析し、実地に応用しているということを私は複数の専門家から聞いた。
更に、最近になって、アメリカでも産業政策が必要だ、産業政策は悪くないという疑問出てくるようになった。私はこの動きを追いかけていきたいと思う。今回の論稿はそのためのスタートということにしたい。
(貼り付けはじめ)
アメリカが産業政策を導入する時がやって来た(The Time for America to Embrace Industrial Policy Has Arrived)
-アメリカは常に経済のある部分を、他の部分を犠牲にして、助けてきた。こうしたことを正す時だ。
ジャレッド・バーンスタイン筆
2020年7月22日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2020/07/22/industrial-policy-jobs-climate-change/
長年にわたり、アメリカ経済をいかにして助けるかについての議論において負けたいと思えば、「産業政策(industrial policy)」という言葉を出すだけで良かった。産業政策には、国家規模でのゴールを追求し、政府が支援の対象とする特定の産業分野を選択することが可能であり、またそうすべきだという考えだ。産業政策には、低利のローン(low-cost loans)、政府保証(grants)、補助金(subsidies)、優遇税制措置(tax breaks)、6000億ドル(約66兆円)の政府の調達予算を利用しての財やサーヴィスの直接購入が含まれる。保守派だけではなく、産業政策に対する批判者たちは、産業政策について、政府の頭でっかちな人々(eggheads)が「勝利者を政府が選択する」などという馬鹿げた内容だと批判し、社会主義国での計画経済(socialist planned economies)が、そうした政府のやり方は失敗に終わることを証明していると指摘している。
コンセンサスは急速に変化している。2019年12月、共和党所属の連邦上院議員マルコ・ルビオは、中国の攻撃的な国家資本主義(state capitalism)に対抗するために、「アメリカの産業政策を再活性化すること」を求めた。民主党大統領選挙候補者ジョー・バイデンによる新しい提案を議論する中で、『ウォールストリート・ジャーナル』紙のジェラルド・サイブは次のように書いている。保守派の人々はかつて、産業政策という考えを「自由市場への有害な干渉」と激しく非難してきたが、現在は、保守派の中にも、「アメリカの製造業を支援するために」産業政策を主張する人々が出て来ている。(情報公開:私は、オバマ大統領第一期において当時のバイデン副大統領のチーフエコノミストを務め、今回の大統領選挙において非公式の形でバイデンに助言を行っている)
実際のところ、コンセンサスの変化は、制作における新たな考えに関係しているというよりも、目を覚まさせるということである。他の先進職と経済発展が著しい国々と同じく、アメリカも産業政策を追求してきた。その際の問題は、国家が産業政策を採用すべきかどうかではなく、その政策について透明性を保とうとするかどうかです。そして、さらに重要なことは、効果的で包括的な国家のゴールを促進する賢い政策を実施する意思があるのか、それとも政府とつながりの深いロビイストたちの命令を聞いた結果の逆効果の政策を採用するのかということ問題だ。
アメリカ政府が金融業界に与えている特権を考えてみよう。金融業界が顧客に販売する資産や提供する取引は、税法によって多額の補助がされている(キャピタルゲインは、給与よりも低い税率で課税が延期され、有利な税制となっている)。規制緩和によって業界の規模と収益性が大幅に向上し、世界的な金融危機につながった住宅バブルの時のように、規制がない金融業界が組織的に(意図的に)リスクを過小評価した場合に失敗しても、税金を使った救済措置によって即座に失敗の埋め合わせが行われる。
金融業界への優遇は最悪の形態の産業政策であり、それが長年にわたり私たちの目前で展開されてきた。しかし、金融業界だけがアメリカ政府によって優遇された産業分野ではなかった。金融業界以外にも、農業全体、砂糖業界、防衛・宇宙産業、シリコンヴァレーも優遇されてきた。シリコンヴァレーに政府から補助金が与えられ、ラップトップや携帯電話が出現するかなり前から、シリコンヴァレーの製品を政府が購入しなければ、シリコンヴァレーは存在できなかったことだろう。
産業政策支持という考えは、アメリカ史に深い根を持っている。1790年の第一回の一般教書演説(State of the Union)の中で、ジョージ・ワシントン大統領は、次のように述べた。「アメリカ人の安全と利益のためには、必要不可欠な物資の供給、特に軍事関連物資の供給を他国から独立するために、製造業の成長を促進する必要がある」。18世紀には意味のあった政策が、今は必ずしも意味のあるものではないとしても、重要なサプライチェインを陸上に置く必要性は、当時から明らかだった。
しかし、産業政策の理論的根拠は変わらずに強力だ。例えば、人間の諸活動によって引き起こされる気候変動について考えてみよう。再生可能なエネルギー源に投資する政策によって、それを覆さなければならない。電気自動車(と電気チャージステイション)、新しい、効率的なグリッド、公共交通機関のような環境保護努力へと投資が必要だ。これらの中には、民間企業が取り組まないであろう、古典的な公共財が存在する。
このような産業政策の道具には、クリーンエネルギーを製造し、購入するための税制のインセンティヴ、再生可能エネルギー・ポートフォリオ基準(電力会社に再生可能エネルギーによるエネルギー生産を一定割合で義務付けるルール)、製造方法やエネルギー構成によって世界の他の国々に課している環境コストを各国に内在化させるための国境調整税、クリーンエネルギー生産者に対する政府の直接支援などがある。
このような国際的な側面は、産業政策のもう一つの根拠となっている。長年にわたり、中国やドイツを含む他国では、輸出を支援するために消費者による消費が抑制されてきた。中国のケースでは、競争力を促し、貿易黒字を生み出すために通貨価値が管理されてきた。アメリカのように生産量よりも消費量の方が多い国では、必然的に製造業の製品は輸出よりも輸入が多くなり、貿易赤字となった。アメリカのケースでは、貿易赤字を埋めるために、外国からの貸付(ローンが)が洪水のように流れ込み、サブプライムローン問題を含む、アメリカの金融セクターの信用サイクルの破壊を助長した。
こうしたことは賢明で堅実な産業政策を持たないことで引き起こされる結果だ。アメリカの競争相手は自国内で給料の高い雇用を維持するために投資をし、次の大きな世界的需要に自国の産業を合わせようとする。一方、アメリカは戦略的な産業政策を放棄し、アメリカの消費者と製造業者に負担をかけることになる完全の撤廃を敢えて行い、国際規模の貿易を深化させ、誰の役にも立たない状況を生み出している。政府調達のための「バイ・アメリカン(Buy American [アメリカ製品を買おう])」計画を含む、アメリカの製造業の成長を促し、クリーンエネルギーを支援するバイデン大統領の計画を理解するためにはこうしたことを理解しなければならない。
当然のことだが、産業政策は製造業以外でもうまく適用されねばならない。製造業はアメリカ国内では生産高と雇用の10%を占めているに過ぎない。サーヴィス部門において、産業政策が対象とすべき、最も実りが多いのは子育て関連分野である。アメリカは他の先進諸国よりも子育て関連分野の遅れが目立っており、新型コロナウィルス感染拡大によって、この重要な産業分野を成長させるための政策の欠如していることが明らかになった。子育て関連産業へのアプローチとしては、公立こども園の設立による直接保育の実施、保護者や事業者への補助金の支給、3歳から4歳までの子ども全てを対象とした一律の幼稚園入園前教育の導入などがある。これらの政策の明白なゴールは、子育てのかかるコストを引き下げて、親たちに労働市場への参入をしてもらうということだ。(低所得もしくは中程度の所得を得ているアメリカの世帯は平均して所得の35%を子育て関連に支出している。この割合はヨーロッパの2倍以上となっている。)
ジェニファー・ハリスとジェイク・サリヴァンは今年初めに『フォーリン・ポリシー』誌に論稿を発表し、その中で、「産業政策を主張することは、かつて恥ずべきことだと考えられた。しかし、今では当然のこととして考えられるようになっている」と書いている。アメリカが国として存続している限り、他の全ての国と同じように産業政策を実施してきた。これからもそうしていくだろう。アメリカは、給料の高い雇用、生活水準の向上、国際競争力の高い産業を育成し、子育てや気候変動などに影響を与えている市場の失敗を相殺するために、透明性が高く賢明な産業政策を実行することになるだろう。産業政策を実行しなければ、恥ずべきことであり、また世界から遅れていることになるし、何よりもアメリカ人とアメリカ経済にとって良くないことである。
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