古村治彦(ふるむらはるひこ)の政治情報紹介・分析ブログ

SNSI研究員・愛知大学国際問題研究所客員研究員の古村治彦(ふるむらはるひこ)のブログです。翻訳と評論の分野で活動しています。日常、考えたことを文章にして発表していきたいと思います。古村治彦の経歴などについては、お手数ですが、twitter accountかamazonの著者ページをご覧ください 連絡先は、harryfurumura@gmail.com です。twitter accountは、@Harryfurumura です。よろしくお願いします。

2022年10月

 古村治彦です。

 先週末に中国共産党第20回党大会と第20期中国共産党中央委員会第1回総会(1中総会)が閉幕した。政治局員24名と政治局常務委員7名が発表された。中国国内政治で大きな力を持っていた中国共産主義青年団(共青団)派は追い落とされた。胡春華国務院副総理は政治局員にも残れずに降格となった。第6世代(1960年代生まれ)と共青団派のプリンスが失脚したということになる。政治局常務委員、政治局員はほぼ習近平派に独占された形になる。
chinaseven2022512
chinaseven2022511

 今回の人事では、金融や銀行業務に精通した人物ではなく、航空、宇宙、軍事といった部門の優秀なテクノクラートたちが引き上げられ、政治局員(24名)に抜擢された。このことについては本ブログで既にご紹介した。下にリンクを張っているので是非お読みいただきたい。

※「第20回中国共産党大会のキーワードは「宇宙クラブ」 2022年9月15日」↓

http://suinikki.blog.jp/archives/86587517.html

※「習近平体制の延長:フランクリン・D・ルーズヴェルト大統領を彷彿とさせる戦争対応体制の構築ではないか 2022年9月11日」↓

http://suinikki.blog.jp/archives/86579263.html

 中国は国外の動乱、混乱に備える体制を整えつつある。具体的にはウクライナ戦争から端を発する第三次世界大戦とも言える状況に備えるということだ。ウクライナ戦争で世界は既に戦時状況になっている。物価高や食料不足、エネルギー不足の生活への影響は深刻さを増している。習近平の第3期政権は国内外の難題に対処するために構築された戦時体制政権である。

 私たちが危惧するのは、アメリカや日本などにいる、短慮、思慮不足、好戦的な、戦争煽動家たちが「ウクライナの次は台湾だ。中国が台湾を攻撃する」「アメリカと中国が戦う」などという根拠のない誇大妄想的な言辞を振り回し、状況を悪化させ、最悪の結果を引き起こすことだ。中国が今台湾に侵攻するメリットはない。既に着々と経済的な統合を進めている。私たちが恐れるべきはアジア地域での戦争だ。戦争を起こしてはいけない。安倍晋三元首相が銃撃によって暗殺され、日本の好戦的なグループは頭目を失っている状態だ。日本の地理的な位置、アメリカとの関係を考えるならば、日本は実は非常に危うい立場にある。「日本は何があっても戦争をしない」という立場を鮮明にすることが何よりも重要だ。

 話が逸れた。中国にとって、2042年の「アヘン戦争後の屈辱の南京条約締結200年」、2049年の「中華人民共和国建国100年」の2040年代に「中華王国(Middle Kingdom)」として、あらゆる面で世界最大最高の国家に復帰することが何よりも重要だ。その過程で台湾との関係はますます深まって実質的な統一、統合は果たされるだろうし、国家体制もまた変化していくことだろう。私たちは今時代の分岐点、大変化の前の混乱の中にいる。

(貼り付けはじめ)

中国共産党第20回党大会:習近平は圧倒的な人事権を行使するが、経済復活の糸口は見つかっていない(The 20th Party Congress: Xi Jinping Exerts Overwhelming Control Over Personnel, but Offers No Clues on Reviving the Economy

ウィリー・ウー=ラップ・ラム(林和立)筆

2022年10月24日

『チャイナ・ブリーフ』(ジェイムズタウン財団)

https://jamestown.org/program/the-20th-party-congress-xi-jinping-exerts-overwhelming-control-over-personnel-but-offers-no-clues-on-reviving-the-economy/

習近平・中国共産党中央委員会総書記は、先日閉幕した第20回党大会と第20期中央委員会第1回総会(1中総会)で習近平総書記が圧倒的な勝利を収めた。習近平が選んだ政治局常務委員たちは、純粋な支持者ばかりだが、イデオロギーやプロパガンダ、「党建設(party construction)」などに精通した官僚が多く、金融や経済に精通した実利的なテクノクラートはほぼ皆無に等しい構成となった。その結果、「新型コロナウイルスゼロ」をはじめとする習近平の保守的で準毛沢東主義的な政策の多くは、当分の間、継続されることになりそうだ。

●習近平派のために他派閥が一掃された

中国共産党の中枢である新しい政治局常務委員会(Politburo Standing CommitteePBSC)では、習近平は引き続き中央委員会総書記と中央軍事委員会主席を兼任する。他の6人の政治局常務委員は習近平派とされる。2002年から2007年まで浙江省で習近平の下で働いた上海市党委書記の李強(Li Qiang)が国務院総理に就任する予定だ。その他、最高意思決定機関には現職の政治局常務委員を含む習近平の盟友が就任する。全国人民代表大会(National People’s Congress)常務委員長に就任する中央紀律検査委員会(Central Commission for Discipline InspectionCCDI)書記の趙楽際(Zhao Leji)、中国人民政治協商会議(Chinese People’s Political Consultative Conference)主席に就任する思想家の王滬寧(Wang Huning)らが名を連ねる。李強のほか、習近平の子飼いの3人が昇進した。北京市党委書記の蔡奇(Cai Qi)は中国共産党中央書記処書記に、広東省党委書記の李希(Li Xi)は次期中央紀律検査委員会に就任する。中国共産党中央弁公庁(CCP General Office)主任で習近平の秘書長を務める丁薛祥(丁薛祥)は常務副総理に就任予定だ(新華網:10月23日;明報:10月23日;日経アジア:10月23日)。

次期政治局を構成する24人の委員と次期中央委員会を構成する205人のうち、習近平に忠誠を誓う人々が大多数を占めている(新華社・ウェイボ:10月23日)。13人の一般政治局員の引退によって、習近平には習近平派閥の人物たちを系政治局員に登用する機会を与えた。全中央委員205人のうち133人(65%)が新たに就任したため、習近平は反主流派グループや他派閥のメンバーを排除する余地が出た(新華網:10月22日)。新政治局委員24人のほぼ全てが習近平派閥だ(Radio Free Asia:10月23日)。新疆ウイグル自治区の馬興瑞(Ma Xingrui)党委書記は、中国航天科技公司(China Aerospace Science and Technology CorporationCASC)の元総経理で、中国国家宇宙局局長を務めた。遼寧省党委書記である張国清(Zhang Guoqing)は、中国北方工業集団公司(China North Industries Group Corporation)の副社長を務めた。浙江省党委書記の袁家Yuan Jiajun)は中国航天科技公司の経営トップを務めた。山東省党委書記の李干杰著名な核物理学者である(サウス・チャイナ・モーニング・ポスト:10月23日)。

次期政治局には、中国共産党の他の2大派閥である共産主義青年団(Communist Youth League FactionCYLF)と上海閥(Shanghai Gang)の代表はいない。元広東省党委書記で元共産主義青年団第一書記の胡春華(Hu Chunhua)副総理は、政治局の一般委員の座と常務副総理に就くと予想されていた。しかし、胡は、政治局常務委員会はおろか、政治局にも残れなかった(Zaobao.com:10月23日;連合日報:10月23日)。この「一党独大(yidangdudaonly one party running the show)」という異常な現象は、最高指導者である習近平の隣に座っていた、共青団派の指導者で胡錦涛元前総書記が、土曜日の第20回党大会閉会式の半分ほどで無残にも引きずり出されたことに起因していると言われている(サウス・チャイナ・モーニング・ポスト:10月22日)。新華社通信は、この出来事について胡錦濤が急病になったからだと報じた。しかし、オブザーヴァーたちの間では、胡錦濤は新しい中央委員会と政治局常務委員会の名簿に公然と不満を表明しており、それは自分の長い間守ってきた派閥の傍流化を示すものであったからだというのが一致した見方である。文化大革命以来の主要な党大会では、胡錦濤のような公然の反対表明は珍しい(ジャパン・タイムズ:10月23日;Hong Kong Free Press:10月22日)。

習近平のもう一つの大きな業績は、中国共産党綱領を改正し、「新時代の中国の特色ある社会主義に関する習近平思想(Xi Jinping Thought on socialism with Chinese characteristics for a new era)」を今後の党と国家の指導原理として明記したことである。これは「2つの確立(two establishes、两个确定、Liang ge queli)の1つである。もう1つの「確立」は、習近平が「中央党当局の核心であり全党の核心(core of the central party authorities and the core of the entire party)」であり続けることで、実質的に毛沢東主席と同じ地位に昇格させることだ(Gov.cn:10月22日;人民日報:10月22日)。

●中国式近代化(Chinese-style Modernization

習近平思想の重要な要素は、いわゆる「中国式近代化(Chinese-style modernization、中国式代化、zhongguoshi xiandaihua)であり、習近平は10月16日の党大会冒頭報告で初めて提起した(新華社:10月16日)。事実上、中国式近代化とは、最高指導者である習近平が21世紀の中国の状況に適したと判断したマルクス主義・社会主義の教義のみを全ての政策決定の基盤とすることを意味する。習近平自身が示した定義によれば、「中国式現代化」は、党の厳格な指導、中国式社会主義的教訓の堅持、「質の高い発展(high-quality development)」の実現、人民の「精神世界(spiritual world)」の充実、共同富裕(common prosperity)の達成、人間と自然のバランスの追求、世界平和と「全人類運命共同体(common destiny for all mankind)」の目標の推進といった要素から構成される(VOA Chinese,:10月20日;人民日報:10月19日)。

習近平の大会報告では、鄧小平の「改革開放政策(reform and open door policy)」について4回言及されているが、習近平は経済発展や国際市場の開放よりも、国家の安全や内外の敵との「争斗(waging strugglesdouzheng)」を優先させたことが明らかである。今後の政策では、特に半導体やAIなどの先端分野における自立を意味する「内部循環(internal circulation)」、公企業と民間企業の両方を厳しく管理することを含む経済の党管理、共同富裕の推進、アメリカとその同盟諸国の「反中(anti-China)」政策がもたらす挑戦への言及と見られる「複雑で困難な世界情勢(complex and challenging global situation)」への国民の備えといった、準毛沢東主義的、閉鎖主義的価値観(autarkist values)に重きが置かれるだろう(BBC Chinese :10月16日)。

外交については、習近平チームは、特に中国の台湾再統合と世界のルール設定者としての「中央の王国(Middle Kingdom)」の地位の回復に関連して、ナショナリズムを引き続き昂揚させるだろう。2049年の中華人民共和国建国100周年までに、アメリカとの差を縮め、世界最強の国にすることも、第20回大会以降の中国共産党の優先課題である。改訂された中国共産党綱領では、北京が「台湾独立に断固として反対し、阻止する」ことを初めて指摘した。これに対し、旧綱領は「中国共産党は民族統一を実現する責任がある」とだけ述べていた(Chinanews.com:10月24日;News Radio French International:10月23日)。

●外交・軍事政策(Foreign and Military Policy

習近平による閉会演説を含む第20回党大会期間中、アメリカに対する言及はなかった。しかし、最高指導者の習近平と幹部たちの発言は、アメリカ主導の「反中国(anti-China)」連合との全面的な競争激化を意図したものであったように思われる。習近平は繰り返し、党大会の出席者たちと全ての中国人に、他国の「覇権主義と虐め(hegemonism and bullying)」に対抗することを呼びかけ、「闘争を行う勇気と闘争に長けること(rave enough to wage struggle, and to be good at waging struggle)」を促した(NPC.gov.cn:10月24日;News.cn:10月18日)。国際ビジネスや中国人と欧米人の通常の人的交流の分野でも、習近平は中国当局が経済的配慮よりも国家の安全保障を優先させることを示唆している。習近平と新しい政治局は、軍事的近代化に対してより多くの資源を投入する可能性があり、台湾や南シナ海で「熱い戦争(hot war)」が勃発する可能性が高まる(VOA Chinese:10月18日;Deutsche Welle Chinese:10月16日)。

習近平は、外交政策の遂行を最新鋭の軍に大きく依存していることを反映し、「68歳定年」の常識を破り、中国共産党中央軍事委員会副主席の張又侠(hang Youxia)を更に1期5年続投させた。張副主席は1950年生まれで、今年退任するものと思われていた。しかし、張副主席の父親と習近平の父親が国共内戦以来の親しい間柄であったことから、張は最高司令官である習近平から全幅の信頼を寄せられている。7人の委員からなる中国共産党中央軍事委員会の新任将官2人である、何衛東(He Weidong、1957年生まれ)副主席、苗華(Miao Hua、1955年生まれ)委員は、福建省の第31野戦軍や、福建省と浙江省の南京軍区(現在は消滅)にいた経験がある。習近平は1985年から2007年まで、福建省と浙江省で様々な役職に就いていた時に、この2人の将官と初めて知り合った可能性が高い。何副主席は台湾を管轄する東部戦区司令部の元司令官であり、苗華はヴェテランの政治委員(political commissar)で、現在は中国共産党中央軍事委員会の政治工作部部長を務めている(Businesstoday.com.tw:10月23日;サウス・チャイナ・モーニング・ポスト:10月23日)。

他の新委員は、軍の規律と腐敗防止を担当する張勝民(Zhang Shengmin、1958年生まれ)、中国人民解放軍陸軍司令員を務め、統合参謀本部参謀総長への就任が予想されている劉振立(Liu Zhenli、1964年生まれ)、航空宇宙技術に優れ、現職の中国共産党中央軍事委員会装備開発部長である李尚福(Li Shangfu、1958年生まれ)の3人だ(Headline News. HK:10月24日;Breakingdefense.com:10月17日)

●結論(Conclusion

社会主義諸国の主要な党大会や会議の多くは具体的な目標への確かな道筋を示すよりも、大言壮語や誓約が多いにもかかわらず、習近平をはじめとする指導者たちの報告が行われた第20回党大会では、「中国式近代化(Chinese-style modernization)」、「中華民族の偉大な復興(the great renaissance of the Chinese nation)」、「闘争の敢行(daring to wage struggles)」など、ほとんど理論化された概念ばかりが強調されている。国家統計局が2022年第3四半期のGDP成長率を3.9%と発表したばかりだが、世界銀行など独立系の研究者やシンクタンクの多くは、中国経済の年間成長率を約2.8%かそれ以下と予想している(Scio.gov.cn:10月24日;CNBC.com:10月18日)。この4カ月間、経済の指揮を執った退任する李克強(Li Keqiang)総理は、外資導入の拡大と新型コロナウイルス感染対応体制の合理化を求め、習主席の訓示に反している(China Brief:7月18日)。しかし、李総理をはじめとする国務院のテクノクラートが推奨する唯一の「切り札(trump card)」は、経済成長を引き上げるためにインフラプロジェクトへの刺激策を強化することだ(Rthk.hk:8月30日;English.gov.cn:7月29日 )。しかし、政府投資は古くからある手段であり、過剰なレバレッジ、無駄、支出に対するリターンの減少を招きやすい。習近平とその取り巻きは今大会での圧勝を喜んでいるが、特に最近アメリカとその同盟諸国から中国に科されている厳しい制裁とボイコットを考えると、彼らは国民と国際社会に対して中国経済の立て直しが可能であると納得させなければならない。

党大会の人事で気になるのは、欧米で教育を受け、市場原理を重視する幹部が次々と退任していることだ。引退した李克強首相の最後の発言の中に、「黄河と長江の水は逆流しない(the waters of the Yellow and Yangtze River won’t flow backwards)」という言葉があった。これは、習近平が行った毛沢東主義復古(restoration)を叱責したものと見られている。この他、習近平の側近だったハーヴァード大学出身の経済学者の劉鶴(Liu He)副首相、アメリカの大学の経済学教授だった中国人民銀行総裁の易綱(Yi Gang)、銀行監督官庁トップの郭樹清(Guo Shuqing)らが欧米諸国で仕事を経験した経歴のある幹部たちが退任することが明らかになった。

新中央委員会メンバー表から、劉鶴に代わる経済担当副首相の候補は国家発展改革委員会主任の何立峰(He Lifeng)が確実視されている(新華網:10月22日)。しかし、何立峰が習近平の信頼を得たのは、主に福建省で長年一緒に仕事をしたことが理由である。何力峰には改革派としての資質がほとんどない。習近平は、数字に強いテクノクラートよりも、プロフェッショナルな党員を好むため、中央委員会と政治局には経済や金融の専門家が少ないという事情もある。この状況を改善し、新型コロナウイルスゼロ体制から厳しい党による経済統制まで、硬直したイデオロギー的教条を形だけ譲歩しない限り、中国が2049年までに超大国の地位を獲得するという夢を実現できるとは、中国と海外の観測筋は信じてくれないだろう。

※ウィリー・ウー=ラップ・ラム(林和立)博士:ジェイムズタウン財団上級研究員、『チャイナ・ブリーフ』定期寄稿者。香港中文大学歴史学部・国際政治経済プログラム修士課程非常勤講師を務める。中国に関する著書が6冊あり、代表作に『習近平時代の中国政治(Chinese Politics in the Era of Xi Jinping)』(2015年)がある。最新作は『中国の未来のための戦い(The Fight for China’s Future)』(ルートレッジ社、2020年)である。

(貼り付け終わり)

(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 今回は、『日本は世界最低の英語教育の国だ。英文法の謎を解くが甦る(上・下)』(徳間書店)をご紹介します。発売日は2022年11月2日です。

nihonwasekaisaiteinoeigokyouikunokunidajou511
 
日本は世界最低の英語教育の国だ。英文法の謎を解くが甦る(上)

nihonwasekaisaiteinoeigokyouikunokunidage511

日本は世界最低の英語教育の国だ。英文法の謎を解くが甦る(下)

 本書は副島隆彦先生の英語分野の代表作である『英文法の謎を解く』(1995年)、『続・英文法の謎を解く』(1997年)、『完結・英文法の謎を解く』(1998年)のちくま新書の3部作を、2冊にまとめて再刊です。

 以下に、はじめ、目次、あとがき(『完結・英文法の謎を解く』から)を貼り付けます。是非手に取ってお読みください。

(貼り付けはじめ)

はじめに

 本書は、ちくま新書から刊行した『英文法の謎を解く』(1995年)、『続・英文法の謎を解く』(1997年)、そして『完結・英文法の謎を解く』(1998年)の3冊を上下2巻の新装版にしたものである。

 この3部作は、幸い読者から好評を得てベストセラーとなり、シリーズトータルで40万部を超え、大きな反響を呼んだ。

「日本人が英語ができないのは、明治から続く日本の英語公(こう)教育に欠陥があるからだ」と、私は主張した。英語教育に関わる人々からの強烈な反発もあった。しかし、あれから 25 年が経過したが、事態はまったく変わっていない。日本人は英語が相変わらずへたである。25 年前に私が書いたことが、驚くべきことに、全く古くなっていない。この間、日本の大学の文学部の英文科卒共同体はいったい何をしていたのか。その責任が今も問われる。

 しかし、さらに真実は、今やどこの大学にも「英文科」はない。滅んでしまった。

 33年前(1989年)に起きた、ある事件(英和辞書のつくり方の欠陥問題を巡って争われた)の所為(せい)もある。

 日本の大学知識人たちは、国内だけで威張っている。世界標準(world values, ワールド・ヴァリューズと言う)から見ると日本には本物の知識人(インテレクチュアルズ intellectuals)はほとんどいない。海外で活躍するビジネスマンや理科系のエンジニアのなかに世界で通用する人々がいる。この真実を正直に認めあう真剣さと正直さが、現実を打開してゆく唯一の方策である。これだけが、日本人の英語学習を根底から変革する。この現実のひどさをみんなで正直に認めて公然と議論しさえすれば、日本人の英語学習問題は、急激に改善する。本書が復刊されたことで、この議論の起爆剤になることを、私はひたすら祈る。

副島隆彦

=====

日本は世界最低の英語教育の国だ。英文法の謎を解くが甦る──上巻目次

第1部 英文法の謎を解く

はじめに 1

第1章 have について考える

have について考える 11

基本動詞 have について考える 11

固有名詞の前の a the について 11

病気の have を覚えよう 13

have be と同祖である 14

超動詞 get の登場 17

イギリス英語とアメリカ英語の違い 19

I donʼt know . をきちんと言おう 20

have を身近にしよう 22

evening は何時? 24

時制について 25

第2章 I am happy.  は、×「私は幸せです」ではない

fine happy の違い 29

超基本語 well, good, nice の使い方 31

You are wrong . の正しい意味 33

Watch your step ! ──足元を見つめよう 35

I hear you. を訳してみよう 38

I am juice. は、日本語英語の極北である 40

please の2通りの使い方 43

第3章 基本的な動詞の使い方を知ろう

say, talk, speak, tell, call について 47

say の使い方 49

tell の使い方 50

call について考える 51

現代英文の基本形 52

前置詞 of の意味 54

あまり便利ではない英和辞書 56

基礎工事のダメな日本人英語 58

第4章 文型理論と品詞分類法はちがう

現在完了形とは何か 59

現在完了形の構文分析 61

be have は別格である 62

叙述用法の be 64

be の使い方の4つの基本種類 65

「構文」とは何か 66

Itʼs a Sony. について 67

文型分類理論の完成 70

現在進行形を考える 72

動名詞か、現在分詞か 74

不定詞とは一体何のことか 77

第5章 It people について考える

Itʼs good. について 85

「天気・天候の it 」について 86

「時間の it 」について 88

it this that も同じである 88

Itʼs me. ’ について 89

「日本人はよく働く」という文を英作文してみよう 90

種類全体を表す the 91

種類全体を表す a 93

数えられる名詞と数えられない名詞 94

猫は昼間はよく寝ています 95

people というコトバもむずかしい 97

統辞論と意味論の両面から考えよう 98

英語の試験のチェックポイント 99

第6章 日本人だけしか使わないヘンな英語

What is the matter with you? はヘンな英語だ 101

Itʼs kind of you to ...... について 103

× hearing test (ヒアリング・テスト)について 105

× speak ill of (スピーク・イル・オヴ)について 106

× had better (ハッド・ベター)について 107

a walking dictionary (ア・ウォーキング・ディクショ

ナリー)について 109

Mother (マザー)について 110

senior to ......,  junior to ......(シニア・トゥー、ジ

ュニア・トゥー)について 110

I go out. I start home. (アイ・ゴー・アウト、アイ・

スタート・ホーム)について 111

第7章 仮定法は、なぜむずかしいか

「ただの条件の文」は仮定法ではない 115

日本人になかなか理解できない理由 116

仮定法・過去の文 177

仮定法・過去完了の文 119

仮定法・過去の文の方がコワイ 120

仮定法とは、最高度に洗練された表現法だ 123

直説法・現在の文 124

「仮定法・現在」「仮定法・未来」の文 126

すっきり分かる「仮定法・過去完了」 129

仮定法 と 条件法 はちがう 133

クレオパトラの鼻──仮定法・過去完了の文 135

今は使われない仮定法・現在の文 136

願望表現の仮定法 139

第8章 英語文法理論の体系英語の山と「節」について

英文法体系の立体図式 145

輸入英文法の混乱 147

英文の立体化モデル 148

英語勉強のスキーの山 152

文と節はどうちがうのか 154

関係代名詞とは何か 155

副詞節 の代表選手は when 161

8種類の 副詞節 162

接続詞の使い方を徹底的に習熟しよう 164

第9章 文型理論と「第5文型の文」

例文を文型理論で考える 167

第5文型の代表文例 170

さまざまな第5文型の文 172

深刻な問題 177

第10章 比較の表現

比較表現 の 連続的展開 183

大学入学試験に出題された問題 194

第2部 続・英文法の謎を解く

はじめに 199

読者からの手紙 199

本書がめざすテーマ 203

第11章 存在の be について考える

It is 3 hours. で考える 205

It wonʼt be long before. について 207

Iʼm late. で到着の be を考える 211

さらに「存在の be」を考える 219

第12章 英文法とドイツ文法の関係について考える

私が書いた一文について 223

第13章 日本人だけしか使わないヘンな英語

テレビ・コマーシャルの英語 233

ニガイ午後の紅茶 238

異文化コミュニケーションの失敗談 246

英語教育の中のヘンな英語 249

日常生活の中のヘンな英語 251

第14章 seem look はきわめて重要な動詞である

seem look の重要性 259

「見ている」のは誰か 260

叙述用法の型の文 262

第2文型か第3文型か 262

その他の代表的な不完全自動詞 268

It seems that...... の重要性について 273

現代アメリカ人は seem を嫌う 275

第15章 good bad 倫理判断と価値判断のちがい

「彼はいい人だね」の「いい」とは何か 279

倫理判断と価値判断の表 282

正義(ジャスティス)について 289

be good at~ について 291

value について 294

第16章 the way how の関係そして what that

the way の使い方 299

関係代名詞・関係副詞の最高級問題 302

助動詞扱いの be to について 308

A is B. の文と「助動詞の is to」の文の区別をつけよう 310

that what の関係について 313

複合関係代名詞 の whatever の早分かり 315

some any every のちがい 316

「~の間」を表わす前置詞 318

日付の書き方 323

あとがき 329

付録① 第5文型の文の表 331

付録② 英文法用語たったこれだけの表(まとめ) 332

付録③ 140 個の基本動詞について 336

付録④ get の七変化論 339

*  *  *

日本は世界最低の英語教育の国だ。英文法の謎を解くが甦る──下巻目次

第2部 続・英文法の謎を解く(承前)

上巻に続いて はじめに 1

第17章 なぜ、日本人は英語がへたなのか 

東アジアの英語文化圏 11

言語的に孤立した国「日本」 13

ピジンとクレオール 15

日本人の英語は、ピジン・イングリッシュ 17

第18章 基本動詞の使い方について考える 

自動詞と他動詞の区別はできない 21

I think that......「~と私は思う」の使い方 25

再び、I go to school. の基本文について 29

第19章 ラテン語文法の「格」と英文法の「文型」の統一に向かって 

ラテン語文法の「格」と英文法の「文型」 37

英文法の「語」とラテン・ドイツ文法の「格」の関係の表 39

20 章 英語の音声について(発音論) 45

英文を音声として読むことは簡単なことではない 45

「アは6つある!」 「二重母音は4つある!」 と覚える 49

日本人の英語発音の致命的欠陥 52

英和辞書の発声表記 56

音声記号を自力で書いてみる 61

子音の清音と濁音 64

日本語のサ行摩擦音について 66

日本語の「フ」と「ヴ」について 67

ダーク・エルの問題 69

「エ」と「イ」の音の区別 72

第3部 完結・英文法の謎を解く

はじめに 75

第21章 「人、人間」を表す one a person 

a person one の法則を知ること 79

people はただの「人々」でいいのか? 81

a person one の複数形が people である! 84

You の使い方も重要 85

We には総称的用法はない 87

Man a man men は全然違う 88

human beings には学術用語的な硬さがある 91

Itʼsto の構文から You を考える 92

a person の代名詞は何? 96

it one はどう違うか 101

第22章 冠詞 a the と複数形の -s の問題はやっぱり奥が深い 

I like a cat. の誤文を訂正する 105

a the の問題はやっかいだ 110

第23章 基本語の All → Many → Some → No

システムとして理解する数量表現の基本 119

重要なのは基本語の理解である 119

All → No の体系表 122

大学受験でよく出題される英作文問題 133

代名詞の one, other, some の使い方 138

第24章 I am a Japanese.

「私は日本人です」は間違い英文らしい 145

I am a Japanese. は誤りか 145

for a long time「長い間」について 149

代表的な不可算名詞と people 163

第25章 「煙草をすってもいいですか」 

相手に許可をもとめる助動詞 may can 169

would の怖さが分かれば一人前 171

学校英語の教え方が問題である 177

第26章 「これを英語でなんと言うの」

Whatʼs the English for this ? 181

外国語の勉強の基本 181

「これを英語でなんと言うの」の英文を考える 184

「語る」と「話す」の違い 188

What 型と How 型の疑問文 190

Whatʼs the English for this ? 193

第27章 第五文型論 再説 

複雑なしくみをもつ第五文型の文 195

動詞 help の使い方 197

「ポン・ポン・ポン・そしてポン」のリズムで理解する 202

大学入試に出題されつづけた悪問 220

第28章 人間の感情・判断を表す動詞 

人間の感情・判断を表す動詞たちの代表選手 227

Iʼm shocked. -ed がむずかしい 235

 

第29章 mind ×心ではない。思考、知能である 

「気にする、いやがる」の mind 243

Yes, I mind. は「私はイヤです」だ 251

Yes No は常にはっきりさせる 254

mind ×「心」ではない 258

mind は思考力である 261

思考に関する数々の抽象語 262

諸辞書の mind の定義 266

日本のマインド・サイエンティストたちの恥さらし 268

mind は頭の中の思考力のことである 280

あとがき 285

付録① 表英文法用語たったこれだけの表 287

=====

あとがき

 この本で、私の『英文法の謎を解く』は、一応、3巻完結となる。多くの読者に恵まれたので著者としては満足しなければならない。寄せられた読者からの手紙や反響を総合して判断すると、『正』編・『続』編の読者の中心部分は、中学・高校の英語教師と、それから学習塾や予備校で英語を教えている教師(大学生を含む)たちであることが分かった。つまり現場の第一線の教師たちが、私の本から真剣に学んでいることが分かった。

 この現場のまじめな教師たちにお願いする。私が独力で築きあげた理論を自分勝手に変造したり、小手先の教室技術として活用するのではなくて、もっと大きく「自分こそは、奇型化しつくした日本英語教育の現場にあって、その責任を負っている者のひとりだ」という自覚と反省を持ってほしい。

 私自身を含めて、このままでは、いかんのです。絶対にいかん。日本人英語教師30万人自身が言語障壁(a language barrier, ランゲッジ・バリアー)の分厚い層として、日本を外側世界から遮断する壁になっている。この現状を何とかせねばならない。

 まだまだ書きたいことはたくさんある(おそらくあと10冊分ぐらい)のだが、目下、私は、アメリカ政治思想研究と国家戦略研究のほうが忙しい。今は、日本人(日本国民)をここまで世界から孤立させてしまった諸原因を探索し、その元凶を発見することに熱中している。

 その仕事が一段落したら、再び、この日本英語教育批判のフィールドに戻って来ます。ここは私の独壇場でありホーム・グラウンドだ。だから誰にも気兼ねする気がない。もし身のほども知らずに、踏み荒らしてくる者があれば鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、殲滅(せんめつ)するだけである。

1998年 7月

副島隆彦

(貼り付け終わり)

(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 「副島隆彦の学問道場」の仲間で、福山市立大学名誉教授の藤森かよこさんの新刊『馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性』(ベストセラーズ)が2022年10月24日に刊行されました。

bakabusubinbounawatashitachigaikirushinsekai511
馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性

 以下に、まえがき、目次、あとがきを貼り付けます。是非手に取ってお読みください。

(貼り付けはじめ)

『馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性』

まえがき

 本書の目的は、大きく時代が変わる前の過渡期であり、今までの生き方が通用しないことが予測できる危機の時代において、馬鹿ブス貧乏な普通の女性たちが、無駄に恐怖や不安や焦燥を感じて萎縮(いしゅく)することなく自分なりの人生を創るためのヒントを、愛や性の観点から提示することだ。

「方法」ではなく、「ヒント」を提示すると書いたのは、生き方はいろいろで自分で選ぶしかないからだ。価値観が多様化して混乱している今の時代に、これこそが適切な方法だとは誰も言えない。自分で選ぶしかない。カリスマYouTuber とかオンラインセミナーとかカウンセラーとか占い師とか霊能者とかの意見は参考にしておくだけにしてください。

 本書は、2019年にKKベストセラーズから出版された『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』(以後、「馬鹿ブス貧乏黄色本」と書く)と、2020年に出版された『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。』(以後、「馬鹿ブス貧乏水色本」と書く)の続編である。

「馬鹿ブス貧乏黄色本」は、馬鹿でブスで貧乏な女性のための自己啓発本だ。私の定義では、馬鹿とは一(いち)を聞いて一を知るのが精一杯で、特に学校の成績が良かったわけでもなく、地頭(じあたま)がいいわけでもなく、平々凡々であり、努力しなければどうしようもない程度の能力の持ち主のことだ。

 ブスというのは、顔やスタイルで食っていけず、繁華街を歩いていてスカウトされたことなど一度もない程度の容貌の持ち主のことだ。

 貧乏とは、賃金労働をして生活費を稼ぐしかなく、大恐慌やハイパーインフレや預金封鎖が起こり、預金保険機構でさえ潰れてペイオフ不可能などの経済的大変動があれば、すぐに困窮する程度の資産しか持っていない状態のことだ。要するに、普通の平凡な女性の状態のことだ。

 世に多く出版されてきた自己啓発本は、スペックが高い人にしか実践できそうもないことばかり書いてあると私には思えた。だから、普通の馬鹿ブス貧乏ではあるが、向上心があり、素直に幸せになりたくて、かつ少しは読書をする女性なら実践できることを、私自身の体験から選んで書いた。

 ところが、2020年にコロナ危機が始まり、私が書いた内容が通用しない状況が、私の予想より30年早く到来した。近未来はほとんどの人間が無用者階級になると、イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは予測している。AI化で普通の人間の仕事が消えたら、馬鹿ブス貧乏な普通の女性たちは、どう生きていけばいいのだろうか。そんなディストピア的近未来への対処法を書いたつもりだったのが、2020年暮れに出版された「馬鹿ブス貧乏水色本」だった。

 それから数か月が経過した2021年の春ぐらいのことだった。前著2冊の出版に際してお世話になったKKベストセラーズの編集者の鈴木康成さんから、「馬鹿ブス貧乏本」の第3弾として「性」について書いてみませんかと誘惑された。表紙はピンク色にしたいそうである。

 私はそのときにこう思った。「共同体のパーツとして埋もれるのではなく、個人が個人として生きて行けるような世界、個人の自由を拡大する世界をつくるというのが18世紀からの世界史の方向だった。この動きは、一時期は後退するとしても元には戻らない。人間関係の解体と希薄化は、個人の自由とセットのものであり、全体としては止めることができない。それでも、人間を癒(いや)すのは他人との絆であり愛でしかない時代は、しばらくは続くだろう。他人との絆を形成する入り口が性体験であることが多いのも事実だと思う」と。

 とはいえ、私は、愛だの性だのについて書くような見識もないし、豊富な経験もない。恋愛とか男女問題に興味があるような年齢はとっくに過ぎた。

 ときどき、動画配信サービスでボーイズ・ラブ(BL)系恋愛ドラマなどを見て胸をキュンキュンさせていれば、それでいいのだ。完璧な美男美女が登場する韓国の恋愛ドラマを視聴して、「こんな美男美女でも排泄(はいせつ)するし、下痢にもなるし、便秘にもなるんだなあ」と思っていればいいのだ。Twitter に氾濫する夫や恋人への愚痴を読んでも、「こんなところに愚痴を書いているうちはダメだな。ほんとうに相手を見切ったら、行動に移すもんな。21世紀に、何でいつまでたっても昭和やっているんだろうか?」と思うだけだ。

 ちなみに、私にとっての愛の定義はシンプルだ。副島隆彦(そえじまたかひこ)は、『副島隆彦の人生道場』(成甲書房、2008年)において、「愛というのは『男女が、一緒にいて、気持ちがいいこと、楽しいこと、嬉しいこと』のことなのだと、気がついた」(128頁)と書いている。要するに、男女だろうが、同性どうしだろうが、人間とペットだろうが、一緒にいて楽しいのなら愛なのだ。納得だ。一緒にいて楽しくないなら、離れているしかない。

 愛の定義はさておいて私は、巨大な水槽のガラスに顔をくっつけて魚を眺めているように、世の中を眺めているのが好きなだけの人間だ。だから、今まで生きてきた日々を振り返っても、「平和な時代に生きて食べてこられたことのありがたさ」を感じると同時に、「あ~~しょうもないことばかりしてきた。というか何もしてこなかったな」という思いがある。何ひとつマトモにできなかった人生ではあるが、それで精一杯だったのだから、しかたがない。後悔しようもない。

 しかし、充実していた時間はいっぱいあった。それは、誰かに何かを届けたくて懸命に作業しているときだった。たとえば、どうやったら興味を持ってもらえるだろうかと、教師時代に自分の担当科目の講義の準備をしていたとき。日本では無名の作家を知ってもらいたくて、その作家に関する紹介のような論文やブログ記事を書いていたとき。その作家アイン・ランド(1905-1982)が1943年に発表した『水源』(ビジネス社、2004年)を読んでもらいたくて、翻訳をしていたとき。誰かが読んでくれるといいなあと思いつつ、原稿を書いているとき。

 やはり、人間は他者に愛情を向けて行動しているときがもっとも充実しているのだろう。たとえ、それが無意味な独り善がりの行為だとしても。そういう時間は、幸福だの不幸だの意識もしないほどに夢中になっている。損だの得だのも考えていない。過去も未来もどうでもいい。他人からどう見えようが、どうでもいい。自分の意識が外部に漏電(ろうでん)していない。何も感じないほどに集中している。

 やはり、そういう時間を、誰かを、何かをひたすら愛しているという時間をなるたけ多く持つことが、人生の幸福で生き甲斐なのだろう。

 私たちは、時代の大きな変わり目にいる。馬鹿ブス貧乏な女性にとっては恐怖と不安がいっぱいの危機の時代だ。どんな未来予測が示されようと、人間は死ぬまでは生きて行くしかない。また生きていける。人間には可塑性(かそせい)がある。適応できる。どんどん変わることができる。

 私やあなたが望むようには世界は変化しないかもしれない。今のような無規範な時代は、人間も従来の生き方の規範から逸脱した生き方をするようになるので、みんなが狂っているように思える。嘆かわしく腹立たしいことばかりが起きているように思える。

 大手メディアは言うまでもなく、毎日毎日おびただしくネット世界で発信されるブログ記事やYouTube 動画や、いろいろな書籍は、現代という危機の時代の不快な様相を見せつけてくる。未来予測も暗いことばかりだ。

大地震や津波や火山噴火や異常気象で人類は選別淘汰される?

 国連のSDGs(Sustainable Development Goals)やら、「世界経済フォーラム」(ダボス会議)が提唱するグレート・リセットによるESG推進によって、大企業から中小企業にいたるまでビジネスのありようが変わる?

 ESGは、環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)のことで、現在の地球環境が、人類が居住できなくなるほどに荒廃しないように環境問題に対処することを、各国政府や企業に守らせるよう推進監視するグローバル・プロジェクトだ。「地球を管理しているつもりの人類ピラミッドの最上層の人々」が英知(?)を結集して熟慮して作成した世界大改革シナリオの一環だ。

 たとえば、カーボンニュートラル志向に応じない企業へは投資されないように金融システムをつくり変える? ハイブリッド自動車ではなく、EVをつくるように自動車会社に圧力をかける? クリーンエネルギーはコストがかかるから、二酸化炭素排出量が少ない原発の再稼働を始める? 欧州でも日本でも実際に始めると決まった。

 さんざん社会的不公正を垂れ流してきた「地球を管理しているつもりの人類ピラミッドの最上層の人々」(人類ではなく爬虫類人という説もある)が急にいい子ぶりっこを始めた。誰も反対できない正論の大義名分をぶち上げて、自分たちに都合よくルールを変えるのは、あの人々の常套(じょうとう)だ。

 企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility, CSR)というものを、利益の何%かを寄付している程度のことで実行したつもりでいてはダメだ? 企業は、自社の海外の生産拠点にしろ、自社内にせよ、そこで人権問題が起きていないかチェックしろ? 性差別や人権侵害を許してはならない? 取締役の40%は女性にしろ?

 口だけじゃダメで、ちゃんと環境維持と社会的不公正の是正にどれだけ努力して成果を出しているか数値化して報告せよ? そうしないとグローバル市場では投資を受けることができない? 巨額を投資する機関投資家から相手にされない?

 地球の海洋環境の保全のために海底資源の開発はしないことを国連で決める? 日本

はエネルギーさえ自給自足できれば独立国家になれるから、排他的経済水域の海底資源の開発に未来を賭けていたのに? それでは、永遠に日本は外国からたかられ続ける属

国のまま?

 「地球を管理しているつもりの人類ピラミッドの最上層の人々」が長年熟慮して作成した世界大改革シナリオの一部である戦争が始まる? いや、すでに始まっている?

 ナノチップを身体に埋められ、位置情報から電子マネーカードやクレジットカードの使用履歴からネット検索履歴まで監視管理される人畜になる未来が待っている? いや、すでにそうなっている?

 異常気象のために食糧生産ができず、食糧の輸入が途絶え、しばらくの間は食糧危機になる? しばらくの間っていつからいつまで? すでに食品の価格は上がっている。値段は同じでも内容量が減っているステルス値上げも多い。

 世界中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency, CBDC)が発行され現金使用が禁じられ、個人の金融資産と収入支出が全部当局に把握され、新しい資本主義社会になる? これは、グローバル全体主義ですか? 新しい共産主義の別表現ですか?

 不妊剤入りワクチン接種を条件として、ベイシック・インカムが支給されるから、職がない「無用者階級」でも食べて行くことはできるから大丈夫?

 デジタル化やAI化により、ほとんどの人間ができる仕事が消えてすることがなくなっても、暇つぶしのお遊びと創造活動を合体させたようなインターネット上に構築された三次元の仮想現実(Virtual Reality)であるメタバースや拡張現実(Augmented Reality, Extended Reality)のミラーワールドの中で遊んで生きることができる? つまり、引きこもりのオタクが未来の庶民の生存様式になる?

 パンデミックは何度でも起きる? 人間が集まって接する機会を少なくすることしか感染拡大は防げないのだから、学校の授業のオンライン化や企業のリモートワーク化はさらに進む? 企業によっては社員の在宅勤務を常態化するところも出現している。

 飲食店はテイクアウト・サービスが増えた。料理配達サービスもいろいろ出てきた。すべてスマートフォンひとつで予約も支払いもできる。学会もコンサートもオンラインだ。

 私の若い友人の鍼灸(しんきゅう)師兼整体師は、オンラインでセルフ整体のクラスを運営している。料理もオンラインで教えるようになっている。私もそういうサイバー料理教室を受講したことがあるが、なかなか楽しかった。出かけなくてもいいのがラクでいい。人はどんどん人と会わなくなる。

 こういう変化に良いも悪いもない。そういう方向に世界が進むように、「世界経済フォーラム」のような国際機関から指令が各国政府に来ているから、日本もその方向に進む。これは権力者共同謀議論でも何でもない。内閣府だの首相官邸だの総務省だのの官公庁のウエブサイトを調べれば、書いてあることだ(このことについては、「馬鹿ブス貧乏水色本」に詳しく書いた)。

 私自身は短期的には悲観的だが、長期的には楽観的だ。AI化、VR化、さらにAR化は世界を変えていく。システムを変えていく。価値観を変えていく。人間の生活を変え、人間の意識を変え、人間そのものを変えていく。意識(脳や心)が変わると身体が変わる。ホモサピエンスの次の人類が生まれるかもしれないから、今の段階の人類の意識であれこれ心配するのは無意味だ。

 大きく見れば、ジョージ・オーウェル(1903-1950)が1949年に発表した小説『一九八四年』(高橋和久訳、ハヤカワep i文庫、2009年)に描かれたようなBig BrotherGoogle & Apple & Facebook(Meta) & Amazon & Microsoft の合体?)が個人情報と言動をすべて監視管理する世界になっていく。それはディストピアに見えるかもしれないが、脱税を含む犯罪はすぐに摘発されるユートピアでもある。

 個人情報と言動がすべて監視管理される世界になるのはあたりまえではないだろうか? 多くの人々が、「ひ弱で愚かで不用心な人間でも保護され快適に生きて行ける社会」の実現を望んできたのだから。誰もがそういう社会で生きることができるのが人権だと思っているのだから。自助社会は望んでいないのだから。未来社会は人類サファリパークになるしかない。地球は人類愛護精神に満ちた保護領になるしかない。

 保護される動物に自由はない。人間に生殺与奪権(せいさつよだつけん)を握られている類のペットが行使できる気ままを自由とは呼べない。でも、現代の多くの人々はそのようなペットになりたがる。だから、人類ピラミッドの最上層の方々は、人々を安全地帯に囲い込み監視管理するシステムを、その仕組みが見えなくなるほどに複雑に精緻(せいち)にする。

 2050年には実現されているであろう『一九八四年』的世界は、オーウェルが描いた世界よりはるかに洗練されているに違いない。そこに住む人々をして自分たちが管理監視対象の人畜であることを感じさせないほどに快適なものであるに違いない。Big Brother の目などという野暮なあからさまな支配装置はどこからも見えない。

 とはいえ、人間社会は複雑だ。人類ピラミッドの最上層の方々の思いどおりには物事は進まない。パンデミックもウクライナ紛争も、彼らや彼女たちが計画実行したらしいが、予定したほどの「成果」は上げていないらしい。未来はこうなると予定していると、想定外が起きる。地震予測が当たらないのと同じことだ。多くの人々が地震について意識していると地震は起きない。素粒子が誰も観測していないと波動のように振る舞い、誰かが観測していると粒子のように振る舞うように。量子力学の「二重スリット」の実験だ。

 だから、私たちが生きている間は、今のような混乱状態は、しばらくはダラダラと続き、別方向に進む可能性もある。「人類ピラミッドの最上層の方々が実現させようとしている素晴らしき新世界秩序(New World Order)」を私たちが見ることはないのかもしれない。

 とはいっても、どう進もうが、従来のシステムが壊れていくことは確実なので、私たちにとっては、いろいろとハードに違いない。危機に満ちたハードな時代だからこそ、しっかりと生き切りたい。ディストピアの中で幸福を、ユートピアに闇を見つけることができるのが人間なのだから、大丈夫だ。そもそもが、価値基準を手放せば、すべてがユートピアだし、すべてがディストピアなのだ。まさに新世界無秩序だ。

 どんな未来が出来(しゅったい)しても、人間の生命力というものは、どんなにひ弱に無気力に見える人のそれでさえ、強く激しい。だからこそ人類の歴史はいかに過酷であっても、今日(こんにち)にいたるまで続いてきた。だから、私たちは自分の生命力を、欲望を、甘く見ないほうがいい。中途半端な姿勢で生きていては、死ぬに死に切れなくなる。

 死ぬことは怖いことではない。死の世界は未知なので怖がりようもない。私が何よりも怖いのは、身体や脳や心を自分で機能させることができる間に、めいっぱい自分の身体と脳と心を使い倒して夢中に生きないことだ。それは自分にしかできないことだ。自分にしかできないことを自分に課して生きることこそが自由の行使だ。

 本書は、現在の日本社会における愛と性をめぐる現象や問題を紹介、確認し、私が感じていることを書いただけの雑駁(ざっぱく)な構成でできている。7章で成立しているが、各章の間に特にきちんとした論理的な繋がりがあるわけではないし、各章を構成している文と文との間には緩い連関しかない。そのほうが、自由に書けるような気がしたので、そうした。

 本書を書くにあたって、いろいろリサーチして、私は驚いた。私がボケっとしている間に、日本における性的退却や人間関係の解体がかなり進行していることに。と同時に、少なくない人々が、自分の愛と性を充実させることを決して諦めていないことに。そして、現代の愛と性のあり方から、ある未来がぼんやりと見えてくることに。

 愛と性は「生」に直結している。愛と性から逃げることは、生きていることから逃げることだ。人間であることから逃げることだ。

 本書が、未曾有の危機の時代に生きていても、馬鹿ブス貧乏な女性が自分の人生から逃げず、幸福を作り、他者との絆をつくることを諦めないことに、いささかでも寄与(きよ)できるものでありますように。

=====

馬鹿ブス貧乏な私たちが生きる新世界無秩序の愛と性  目次

まえがき …………11

1 章性交と恋愛は自己と他者との遭遇 ………… 27

11 「働く中年女性のための社交クラブ」を設立したかった私 ………… 28

12 性交売買に関する私の見解 ………… 30

13 男娼サービスは江戸時代からあった ………… 33

14 石田衣良の『娼年』『逝年(せいねん)』『爽年(そうねん)』三部作は真摯な性愛小説 ………… 37

15 直接的に他者の身体に触れてこそ他者をリアルに感じる ………… 41

16 恋愛は自分を知るための孤独な修業であり

誰でもできるものではない ………… 44

第2章 男性の女性嫌悪と女性の男性嫌悪が錯綜する日本 ………… 49

21 ハイパー情報化社会が暴露した愛と性のリスク ………… 50

22 AVの質向上が必要 ………… 53

23 女性差別社会では男性も不幸必至 ………… 58

24 二村ヒトシの『すべてはモテるためである』について ………… 61

25 男として生まれても旨味がなくなった時代に生きる男性の苛立ち ………… 67

26 女性の男性嫌悪を増大させる性犯罪に甘い日本 ………… 71

27 女性が貧乏だからこそ女性に相手にしてもらえる男性 ………… 73

第3章 性的退却 ………… 79

31 似非帳簿文化に侵食された性と愛 ………… 80

32 似非帳簿文化が徹底されると男性のほうが孤立しやすい ………… 82

33 性的退却に関する宮台真司の見解 ………… 86

34 エーリッヒ・フロムが提案すること ………… 92

35 日本の性的退却の原因は劣化した食生活という説 ………… 99

36 若者の性的退却の元凶は貧乏という説 ………… 106

37 女性には「乳幼児育児期間収入保障保険」が必要 ………… 110

38 若い女性向けファッション雑誌の凋落が示す女性の変化 ………… 115

第4章 性欲があることをタブーにしない ………… 119

41 性欲の強さは恥じるようなことじゃない ………… 120

42 教師による性犯罪に関する報道の増加について ………… 126

43 男性も男性の性犯罪者の犠牲者になる ………… 130

44 男性の性欲はどうしようもないという説は迷信かもしれない ………… 132

45 障がい者の性 ………… 136

46 障がい者専用性的サービスの必要性 ………… 140

47 高齢者の性欲について語るというタブーを破ったのは女性保健師だった ………… 144

48 晩節を汚し空っぽになるまで生き切る ………… 149

49 高齢だからこそ性交にこだわらず性を追求する ………… 153

第5章 性的退却しない女性たち ………… 157

51 性的退却を憂えるのは男性ばかり ………… 158

52 女性専門風俗産業の盛況 ………… 162

53 女性専用風俗が受容されるようになった理由 ………… 168

54 女性専用風俗利用者は普通の女性たち ………… 170

55 主体的に自分の性欲を管理する女性たち ………… 173

56 女性は繋がる女性専用風俗愛好者オフ会とか不倫互助会とか ………… 175

第6章 妊娠と出産―女性にとって性交だけが性ではない ………… 179

61 女性性の本質は生命を孕は らみ生み出すこと ………… 180

62 上質な遺伝子を求めてSNSで精子提供者を募集する女性 ………… 183

63 妊娠・出産に特別な聖性を付与する必要性 ………… 185

64 子宮スピリチュアル ………… 187

65 自分は子どもによって母として選ばれたと信じること ………… 189

66 主体的に妊娠と出産に関わる女性たち ………… 194

67 アメリカでも日本でも処女懐胎が起きている ………… 196

68 妊娠中絶という女性の性的自己決定権と中絶ビジネスの闇 ………… 202

69 膣ケアや脱毛など女性たちの性的身体の積極的受容は進む ………… 212

第7章 まとめ ………… 219

71 リビドー噴火活動の試行錯誤が生きること ………… 220

72 愛と性の未来 ………… 225

73 エーリッヒ・フロムの『愛するということ』は読んでおく ………… 234

74 「人間は探しているものしか見つけない」 ………… 239

あとがき ………… 243

紹介文献リスト(紹介順) ………… 246

=====

あとがき

 実は、本書は2022年の初夏に出版される予定でした。参考文献リストも入れたら「馬鹿ブス貧乏黄色本」や「馬鹿ブス貧乏水色本」と同じ版の書籍240頁ほどの分量になる原稿を書き、私は、そのデータを2022年3月半ばに編集者の鈴木康成さんに送信しました。

 その初校ゲラが届いたのが4月でした。校正しながら、私は自分の書いたもののゲラを読むのが猛烈に苦痛になりました。自分で書いておきながら、「何だ、これは?」と思ったのです。私は、現代という危機の時代に生きる普通の女性たちをめぐる愛と性に関する諸問題について何も見えてこないような駄文ばかりを書き連ねてしまっていました。

 私は、編集者の鈴木さんに、厚かましくも強引にも、考え直しをさせてくださいと頼み込みました。原稿を全部書き直しさせてくださいと頼み込みました。

 幸いなことに、私のこの迷惑極まりない身勝手な依頼に対して、編集者の鈴木さんは寛大にも、「藤森さんの納得がいくように書き直してください」と言ってくださいました。その書き直し版が本書です。

 というわけで、今回も、鈴木さんには大変に大変にお世話になりました。本書を書くにあたって参考になる記事などもいっぱい教えていただきました。ありがとうございました!

 本書の装幀は、「馬鹿ブス貧乏黄色本」と「馬鹿ブス貧乏水色本」に引き続き、大谷昌稔(おおたにまさとし)さんに担当していただきました。今回も素敵な装幀を、ありがとうございました!

 愉しく明るいカバーイラストも、前著と同じく伊藤ハムスターさんに担当していただきました。ありがとうございました!

 作家の石田衣良さんには、推薦文をいただきました。駄目でもともとで図々しく御願いしてよかった! ありがとうございました!

 そして、最後に、いつも私がSNSで意見交換する方々にお礼を申し上げます。私は、退職後はほぼ引きこもり状態であり、子どもも孫もいませんので、書籍やメディアから以外は、現在の世の中の実情がわかりません。その私の世間知らず状態は、SNSをとおして、いろいろ教えてくださる若い人々から、随分と是正していただきました。みなさまに、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!

 本書で、私の「馬鹿ブス貧乏本」は最後となります。これから、しばらく不寛容な息

苦しい世の中となるでしょう。新世界無秩序を生き抜くことよりも、瑣末(さまつ)で矮小(わいしょう)な正義感を振り回すことで、鬱屈(うっくつ)を解消しようとする人々が、しばらくは跋扈(ばっこ)することでしょう。「馬鹿」とか「ブス」とか「貧乏」とか、そのような言葉に目くじらを立てる人々は増えていくでしょう。「差別的な言葉だ!」と言って、それらの言葉を禁じても、馬鹿が聡明になるわけでもなく、ブスが美しくなるわけでも、貧乏が消えるわけでもないのですが。

 私の「馬鹿ブス貧乏本」を読んでくださったみなさん、ありがとうございました!

2022年夏のおわり

藤森かよこ

(貼り付け終わり)

(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 日曜日に閉会した中国共産党第20回党大会では、最後に、胡錦涛前国家主席が複数の係員に促され、習近平の隣の椅子から退場させられる場面があった。この時、習近平とは言葉を交わし、李克強首相の方を軽くたたく様子が見られた。栗戦書全国人民代表大会常務委員長が大汗をかきながら胡錦涛から書類を取り上げる姿が映像で写された。
hujintaopartycongress001511
hujintaopartycongress002511

 この胡錦涛の突然の退出については様々な分析がなされている。健康不安説、特に認知症を患っている胡錦涛が最後にどんな行動を取るのか分からないということで退出させたということが言われていたがそれは不自然だ。健康不安だけならば欠席でも良い訳だし(もう引退しているのだから実務などに影響はない)、最高幹部たちもあのような冷淡な態度を取ることはなかったはずだ。不測の事態ということであれば、テレビ中継は途中で停止されるか、全く別の場所を映すかできるはずだが、その様子を中継し続けた。これは、最初からそのように仕組まれたと考えるのが自然なことだ。
 やはり、今回の退出劇は、習近平と側近たちだけで事前に作って、一部の幹部たちだけに知らされたシナリオに沿った動きだったということになるのだろう。現在の最高指導部層は文化大革命時代を生年として過ごして苦労してきた人たちだ。そこから叩き上げ、幾多の競争を勝ち抜き、無数の修羅場を生き抜いてきた人たちだ。どんなに不測の事態が起ころうとも平静を保つことが出来るのだろう。今回の出来事で皆微動だにしなかったのはそういうことだろう。そして、頭脳をフル回転させながら、事態を把握していったはずだ。そして、「共青団派排除の仕上げとしての胡錦涛前主席の排除なのだ」ということをコンマ数秒で理解したのだろう。

 習近平は、この10年で自分の権力基盤を固めることに成功した。江沢民元国家主席をトップとする上海閥を追い落とした。そして、今回の人事では露骨に共青団派を追い落とした。そして、独裁体制を確立した。私はこのブログでも何度も書いているが、習近平が不文律を破って3期目も最高指導者の地位を確保したことは、第二次世界大戦中のアメリカ大統領フランクリン・D・ルーズヴェルトの事績を類推させるものだ。今回、中国は平時モードから戦時モードに切り替えたのだ。「平時の改革などには役立つ共青団系はエリート、お公家様集団で乱世には役に立たない」ということで、切り捨てたということになる。

 習近平が確立しようとしている戦時体制は、中国が世界に出ていって戦争をしようというものではない。アメリカが火をつけて回っている世界の動乱的状況、第三次世界大戦に備えてのものだ。ウクライナ戦争が第三次世界大戦に拡大する可能性もある中、自国の防衛と経済を守るということでの「戦時体制」ということになる。

 共青団(中国共産主義青年団)という組織が潰れた訳ではないし、これからもエリート機関として存続する。そこで育った人材たちは、動乱期を乗り切った後に必要とされる。現在の状況を乗り切るために、幾多の英才を切るということが出来ることは中国の強さということになるだろう。

(貼り付けはじめ)

一体全体、胡錦涛に何が起きたのか?(What the Hell Just Happened to Hu Jintao?

-習近平の前任者は党大会の場から強制的に追い出された。

ジェイムズ・パーマー筆

2022年10月22日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/10/22/china-xi-jinping-hu-jintao-ccp-congress/?tpcc=recirc_trending062921

中国共産党第20回党大会は土曜日に、珍しくも衝撃的なライヴドラマで幕を閉じた。2002年から2012年まで中国共産党の指導者であった胡錦濤は、党大会の最終投票の直前に、明らかに混乱し動揺した状態で、スタッフによって公然と大会から退場させられた。胡錦濤は習近平国家主席の隣の席で、習主席と李克強首相に質問し、習主席が頷く様子をカメラに収めたが、胡錦濤は書類に手をかけ、書類を取るのを妨げたという。胡錦濤は習近平と李克強首相に質問し、習近平は頷いたが、胡錦濤が書類を取るのを習近平が手で制止し、同じく党幹部の栗戦書は立ち上がり、胡を助けようとしたが、隣に座っていた政治理論家の王滬寧に背広の上着を引っ張られ引き戻された。

胡錦濤は習近平のような権力を持ってはいなかった。胡錦涛はいわゆる集団指導の時代の最高指導者だった。前任の江沢民の強大な影響力と戦わなければならなかった。胡錦濤の在任中、汚職は増加した。そして共産党にとってより危険なことに、汚職に関する報道も増加し、ネット上での言論の自由も、限定的ではあるが市民社会団体やNGOの活動も増加した。これは、胡錦濤が自由主義に傾倒したからではなく、党員の多くが党の方針を貫くことよりも金儲けに夢中になっていたからである。

2012年に中国共産党の最高指導者を退任して以来、習近平とは対照的に、胡錦濤は党メディアから称賛されたが、力は失われた。習近平の粛清により、かつての盟友の多くが逮捕され、特に2015年には胡錦涛の首席補佐官の令計劃が逮捕されている。胡錦濤は、自分と同じ共産主義青年団の元リーダーたちの権力ネットワークと関係があったが、その派閥は事実上壊滅したように見える。

一体、何が起こったのだろうか? 土曜日に中国の国営通信社である新華社が発表した中国共産党大会総会メンバーのリストに胡錦濤の名前はあるが、この事件についての説明はなされておらず、当然のことながら、この件についてオンラインで議論しようとすると厳しく検閲される。中国共産党大会は、実際の政治が数週間から数カ月も前に行われる、極めて厳格に演出されたイヴェントであることを念頭に置いてほしい。つまり、胡錦濤の予告なしの不手際な解任は、不手際もしくは陰謀(a cock-up—or a conspiracy)のどちらかである。

第一の可能性は、健康上の危機ということである。胡錦濤は党大会の期間中、目に見えて衰えていた。中国の指導者は皆、髪を染めているので、過去の時代であれば、それだけで権力を完全に放棄したことになっただろうが、習近平政権では白髪が入り込むことが許されている。しかし、カメラが回っている中で、緊急に彼を排除する必要があり、かつ、彼が深いところでそれを嫌がっているというのは、どのような状態なのかが見えにくい。また、秘密主義と慎重さが常識である中国共産党の内部でさえ、なぜ他の人は体の弱い元同僚を助けないのだろうか?

一つの可能性は、胡錦涛に知らされないで、予想外に新型コロナウイルス感染の診断が出ていたことである。しかし、その場合、指導者に近づく者全員に実施された迅速検査で何も検出されなかったのに、タイミング悪くPCR検査が実施され、陽性となったことになる。

第二の可能性は、習近平が、党大会の全会一致の投票で、胡錦濤が棄権するか、反対票を投じるかもしれないという、恐れるような情報が突然出てきた可能性である。それは、胡錦濤が舞台裏でかつての同僚に言った言葉かもしれないし、あるいは認知症の兆候があって、何かが間違っているかもしれないと思って突然パニックに陥ったのかもしれない。そう考えれば、胡錦濤の混乱は理解できる。

習近平が前任者を意図的に公然と貶めたのは、党の規律と司法による処分を行使する前触れだったのかもしれない。党大会では、習近平が党の「核心(core)」であることがしばしば修正され、ほとんど象徴的な憲法に明記され、前例のない3期目を迎えるにあたって、習近平が前面に立ち、中心的存在であることが強調されたのである。

習近平は冒頭の業務報告で、胡錦濤らには言及しなかったが、「党の指導が弱く、空虚で、水増しされていた」と極めて厳しい表現で就任当時の党内情勢を語っていることに留意してほしい。胡錦濤のマルクス主義理論への貢献である『科学的発展展望』についても、習近平の演説の中でわずかに言及されただけである。 このように胡錦濤を貶めることは、長らく党内で勢力を保ってきた元最高幹部層である「退役長老(retired elders)」に対して、習近平の権力は縛られていないという明確なシグナルを送ることにもなる。その場合、栗戦書が胡錦濤に手を差し伸べたのは、かつての仲間に対する本能的な、しかし危険な優しさであったろう。

しかし、それはまた、外の世界に完全に知られていなかった陰謀を除けば、ほとんど不必要な動きだと言える。中国共産主義青年団派(共青団派)の破壊と胡錦涛の仲間たちの追放または逮捕を考えると、胡錦涛がかつて党内で持っていた力はとっくに失われている。他の引退した指導者との関係を除けば、胡錦涛が習近平にとってもっともらしい脅威であると考えるのは非常に難しい。

また、中国のようなレーニン主義体制に見られる官僚劇を好んで行う、残酷極まりない行為でもあった。このシナリオでは、胡錦濤は単に拘束されるか、健康を理由に内密に軟禁される可能性があった。たとえ恥をかかせるにしても、毛沢東が自分に逆らった指導者に繰り返し行ったように、非公開の会議の中で行うことができたはずだ。中国共産党独自の内部秘密警察である中央規律検査委員会(Central Commission for Discipline InspectionCCDI)は、習近平の下で拷問を使う頻度が高くなるなど、厳しい態度で臨んでいることは有名である。軍高官の徐才厚は2014年、がん治療の最中に拘束され、翌年死亡した。

何年も正確な事実が明らかにならない可能性が高い。胡錦濤の健康状態について発表があるかもしれないし、単に事件が公的に説明されないだけかもしれない。万が一、胡錦濤が中央規律検査委員会に正式に拘束されれば、それは事態が大きく深刻化し、いつものように刑事告発と投獄に至るだろう。

胡錦濤に対して何が起きたとしても、習近平の権力は日曜日にはより明白になる。中央委員会の初期名簿(土曜の会議で指導部の中核である常務委員会を名目上決定し、日曜に発表する約200人)には、現首相で胡錦涛の子飼いの李克強や、汪洋、劉鶴といった比較的経済改革に熱心な人物が含まれていなかった。つまり、常務委員会はほとんど習近平の盟友ばかりになる可能性が高い。

2013年頃から、中国ウォッチャーたちは「胡錦濤の下での自由主義の黄金時代(golden age of liberalism under Hu Jintao)」という冗談を言うようになった。当時は、市民社会がゆっくりと、そしてたどたどしく進歩しながらも、政治的に保守的だった時代をそのように考えるのは不条理に思えた。しかし、その後10年間で、この話は冗談では済まなくなった。相対的に見れば、胡錦濤の時代は今やとんでもなく自由で開放的でありそれが、残酷なフィナーレを迎えているように見える。

※ジェイムズ・パーマー:『フォーリン・ポリシー』誌副編集長。

(貼り付け終わり)
(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

 古村治彦です。

 アメリカの歴代政権は外交戦略の基礎となる「国家安全保障戦略」と題する文書を発表する。これがガイドラインとなって、外交政策が策定されることになる。非常に重要な文書ということになる。最近の歴代政権、バラク・オバマ政権、ドナルド・トランプ政権、ジョー・バイデン政権の「国家安全保障戦略」における対中姿勢を比較するというのが、下に掲載した記事の内容だ。

 簡単に言えば、対中姿勢に関しては、オバマ政権とバイデン政権では、同じ民主党、政権の顔ぶれは多く重なっている(バイデンがオバマ政権で副大統領だった)のに、全く異なっていて、バイデン政権は共和党のトランプ政権の方とよく似ている、ということだ。オバマ政権は「平和で反映する中国の台頭を歓迎する」という姿勢であったが、バイデン政権は「中国とは責任ある態度で競争する」という姿勢になった。トランプ政権は「大国間競争の復活」を強調した。オバマ政権の「関与(engagement)」からトランプ政権とバイデン政権は「競争(competition)」へと変化したということだ。

 ここで重要なのは、戦略文書の文言なのか、実際の行動なのかということだ。バラク・オバマ政権については拙著『』で私は分析をしている。オバマが目指していたのは、所属する党は違うが、ジョージ・HW・ブッシュ元大統領とジェイムズ・ベイカー国務長官の行ったリアリズム外交であった。しかし、党内のバランスなどの点から、ヒラリー・クリントンを国務長官に起用せざるを得なかった。ヒラリーは、人道的介入主義派の頭目であり、人道的介入主義派はネオコンの民主党版ということになる。ヒラリーは「ピヴォット・トゥ・エイジア(Pivot to Asia)」を掲げ、アメリカのアジアでの地位を再び強めることを目指した。そうなればどうしても台頭してくる中国とぶつかることになる。アメリカはアジアから手を引くつもりはなく、インド太平洋という地域概念を打ち出して、中国と競争する姿勢を示した。それは今も続いている。

 トランプ政権は中国との激しい言葉の応酬があった。関税問題でお互いに報復をし合う形になった。交渉でも激しいやり取りがあった。しかし、トランプ大統領の真骨頂は「ディール(取引)」である。彼は対立してケンカ別れをすることではなく、交渉事をうまくまとめて、できるだけ自分の利益を大きくするということで人生を生き抜いてきた人だ。トランプ大統領はアメリカ国内への投資を促進してきた。こうして見ると、言葉遣いは激しいが、対立ではない方向性を目指していたことになる。中国としても輸出過剰になっているので、そこはアメリカに譲歩する部分もあった。

 「国家安全保障戦略」という歴代政権が出している文書の言葉遣い、文言と実際の政策のどちらが、政権の姿勢をより雄弁に語っているかということになれば、それは実際の政策ということになる。オバマ、トランプ、バイデンと並べてみれば、イメージが良いのは、オバマ、バイデン、トランプということになるだろう。しかし、中国との対立関係を演出し、世界を不安定にしているのは実はイメージが良い方だということに私たちは気づいておかねばならない。イメージで実態が見えなくなってしまうことは怖いことだ。

(貼り付けはじめ)

バイデンの新しい国家安全保障戦略:トランプの要素が多く、オバマの要素は少ない(Biden’s New National Security Strategy: A Lot of Trump, Very Little Obama

-大国間競争への新たな焦点はアメリカの考え方に大きな変化をもたらすものとなる。

デイヴィッド・アデセニック筆

2022年10月17日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/10/17/national-security-strategy-nss-biden-trump-obama-china-russia-geopolitics/?tpcc=recirc_trending062921

「アメリカは、安定し、平和で、繁栄する中国の台頭を歓迎する(The United States welcomes the rise of a stable, peaceful, and prosperous China)」。バラク・オバマ政権の「2015年版国家安全保障戦略(2015 National Security Strategy)」に記載されていたこれらの言葉は、既に過ぎ去った時代に属している。水曜日に、この戦略文書が起草された時に副大統領だったジョー・バイデン米大統領は、自身の「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」を発表した。そして、これ以上ないほど異なるトーンで書かれている。この文書では、「中国に対する永続的な競争力(a enduring competitive edge)を維持することを優先する」と公約し、「世界をリードする大国になろうとしている」中国を非難している。ロシアについてもまた、バラ色の言葉である潜在的なパートナー(potential partners)としてではなく、世界の平和と安定に対する「直接的かつ持続的な脅威(immediate and persistent threat)」と説明されている。簡潔に言えば、バイデン戦略は前民主党政権(オバマ政権)から180度転換(a 180-degree turn)したものである。それどころか、新しい戦略文書は、ドナルド・トランプ政権が2017年の戦略で最初に結論づけたことを肯定している。それは「大国間競争は復活した([G]reat power competition [has] returned)」。

トランプ政権とバイデン政権が提示した診断が類似しているからといって、アメリカの政策に対する処方箋が同じであるとは言えない。それでも、医学的な診断と同様に、戦略的な診断は治療のための選択肢を狭めることになる。2009 年、当時のオバマ大統領は国連総会での最初の演説で、「人類の歴史のどの時点よりも、現在は国家と人民の利益は共有されている」と宣言した。2010年に発表されたオバマの最初の戦略は、ソ連崩壊後、「平和な民主政治体制の輪が広がり、核戦争の危機が去り、諸大国は平和になり、世界経済が成長した」と報告している。このような背景から、関与(engagement)に重点を置いた戦略が現実的であると思われた。そのため、オバマ大統領の青写真では、「中国、インド、ロシアを含む他の重要な影響力の中心地と、より深く効果的なパートナーシップを構築するために取り組んでいる」と説明されている。

その後、世界が根本的に変わったという訳ではない。2008年の米大統領選で、オバマの対抗馬であった共和党候補のジョン・マケインは、その時には全く異なる戦略的展望を提示していた。マケインは、他の多くの人々と同様、その当時には既にロシアのウラジミール・プーティン大統領を、現在の多くのアメリカ人が見ているように見ていた。2008年の選挙のわずか数カ月前に、モスクワはグルジアに侵攻していた。マケインの中国に対する見方も同様で、インドのような民主政治体制国家を、修正主義的な独裁国家(中国)と同じカテゴリーの潜在的パートナー(potential partners)に位置づけることはなかっただろう。このような見解の相違は、オバマのハト派的なアプローチ(dovish approach)に対して、マケインが外交政策のタカ派(a foreign-policy hawk)であったというのが通常の説明であろう。しかし、タカ派とハト派という比喩は誤解を招きやすい。両陣営の違いは、対立への準備(readiness for confrontation)の違いであると考えるからである。タカ派は敵意を感じ、ハト派は潜在的なパートナーを見るのである(the hawks sense hostility where the doves see potential partners)。

トランプとバイデンの戦略は、脅威に対する認識において、大国間の対立(great-power rivalry)という極めて重要な問題に完全に収斂している。しかし、同じ脅威であっても、冷戦時代の様々な戦略が「封じ込め(containment)」に分類されるように、その対処方法は多様である。バイデンの48ページに及ぶ戦略文書は、政策のレヴェルにおいても、彼のアプローチがドナルド・トランプ前大統領と異なるのか、またどのように異なるのかを示すものが驚くほど少ない。68ページに及ぶトランプの戦略文書は、政策の道筋を明確に示してはいない。この曖昧さの理由は構造的なものだ。冷戦後の国家安全保障戦略はどれも、達成可能な目標に行動方針を合致させる訓練というよりは、願望を羅列したようなもので、国内の批評家や海外の敵対者が読むことになる公的戦略には、この曖昧さが最も期待されるものとなる。より具体的な決定がなされれば、政策が実行に移される前に、反対派が活発に批判する機会を得るようになる。また、世界規模の詳細な行動計画について政権内のコンセンサスを得るには、省庁や国家安全保障上の様々なグループの間で数え切れないほどの意見の相違を裁くことが必要となる。これらが曖昧さを生む要因となる。

それでも、「これは共和党ではなく民主党の大統領の戦略である」ことを示すマークがまだたくさんある。

そのため、バイデンの対中戦略の3つの柱は曖昧なままだ。第一の柱は、「自国の強さの基盤、すなわち競争力、イノベーション、レジリエンス、我が国の民主政治体制に投資すること(“to invest in the foundations of our strength at home—our competitiveness, our innovation, our resilience, our democracy)」である。この政治版「母性とアップルパイ(訳者註:アメリカとアメリカ人を象徴する革新的価値観)」に異論を唱える人がいるだろうか? 第二の柱は、「同盟諸国やパートナーのネットワークと私たちの努力を一致させること(to align our efforts with our network of allies and partners)」である。これは一見、多くのアメリカの友人やパートナーと敵対することを喜んでいるように見えたトランプからの逸脱のように見えるが、70年以上のNATOの歴史の中で、同盟内で争いが常態化していたことを思い出すまでは、そうとは言えない。最後の柱は、この戦略では、アメリカは「私たちの利益を守り、将来のビジョンを構築するために、中国と責任を持って競争する(compete responsibly with [China] to defend our interests and build our vision for the future)」と述べている。これは、「戦略を持つことが戦略だ」と言っているようなものだ。

歴代の各政権では、大統領とスタッフの間の緊張があった。その緊張関係によって、立案された戦略が実際の政策に対しては、信頼性の低いガイドにしかならないこともあった。今回もその可能性がある。トランプの公的な場所での発言、特に西側世界の多くに衝撃を与えた2018年のフィンランドでのプーティンとの共同記者会見は、ロシアが「アメリカの価値と利益に反した世界を形成したいと考えている」と主張した2017年の戦略文書でトランプのスタッフが書いた内容とは全く対照的な内容となった。一方、バイデン自身のスタッフは、中国の侵略があった場合、アメリカの公式な政策ではない台湾を防衛するというシナリオにはない公約を受けて、現在4回も訂正している。新しい国家安全保障戦略では、台湾に関するスタッフの見解が優先されている。だからと言って、それで台湾に関する論争が解決したと考えることができる理由は存在しない

アメリカが直面している最も深刻な脅威について、トランプとバイデンの戦略はほぼ同じ診断をしているかもしれないが、これが共和党ではなく、民主党の大統領の戦略であることを示す指標はまだたくさんある。国連やあらゆる多国間機構に対する懐疑論(skepticism)ではなく、伝統的な温かさ(traditional warmth)がある。同様に、バイデンの戦略では、気候変動に20回、気候危機にも11回言及しているのに対し、トランプでは、気候政策よりもビジネスや投資環境についての言及が多く、気候に関する言及は1回にとどまっている。バイデンは既に3700億ドルの気候関連支出をアメリカ連邦議会に斡旋している。それでも、外交における気候外交の役割については、落胆が感じられる。バイデンの大統領就任直後に発表された暫定的な安全保障戦略では、ホワイトハウスは中国に対する厳しい表現と、「気候変動のような、私たちの国家の運命が絡み合う問題に対する中国政府の協力を歓迎する」構えとのバランスを取っていた。これとは対照的に、新しい戦略文書では中国の「大規模な石炭発電の使用と増強」に対して厳しい言葉が並んでいる。批評家たちが指摘するように、バイデンが就任するずっと前からこれは明白だった。

国家安全保障戦略の内容を深読みするのは危険である(It is perilous to read too much into any National Security Strategy)。その重要性は、アメリカの安全保障政策の基調を定め、その方向性を示すことにある。したがって、民主党政権が共和党の前任者の見解と完全に一致し、現政権の多くを占める前回の民主党ホワイトハウスの見解と大きく異なる診断を示した場合、アメリカの考え方が大きく変化したことを意味する。しかし、対立が寸前で止まると言われるアメリカの外交政策に党派性がなくなると思ったら大間違いである。冷戦時代を振り返れば分かるように、互いに認め合う脅威にどう対処するかという問題は、同じように分裂しかねないのである。

※デイヴィッド・アデセニック:民主政治体制防衛財団の上級研究員兼研究部長。ツイッターアカウント:@adesnik

(貼り付け終わり)

(終わり)

bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ