古村治彦です。
サウジアラビアとイランの国交正常化、その仲介役が中国だった、というニューズは私にとっては衝撃であった。サウジアラビアとイランはお互いが不倶戴天の敵、サウジアラビアはアメリカの同盟国、イランはアメリカの敵国という水と油の関係にあった。それを中国がうまくまとめて、緊張緩和に持っていったということは驚きだった。まず、中東地域においてはこれまで欧米諸国が旧宗主国、利害関係国ということで、大きな役割を果たしてきた。それが、中国が欧米諸国に代わって、「仲介役」の役割を果たすことができるようになったということが愕きだった。
更に言えば、中東において核兵器を使用しての戦争が可能な国としては、サウジアラビア、イスラエル、イランが存在している。サウジアラビアとイスラエルはアメリカの重要な同盟国同士であり、イランはアメリカの敵国ということを考えると、核兵器を使った戦争が起きるとすれば、「サウジアラビア対イラン」「イスラエル対イラン」という構図になるだろうと考えていた。それが「サウジアラビア対イラン」の構図が消えたということになった。これは中東地域の状況に関して大きなことである。
サウジアラビアが西側(the West)・アメリカ陣営から離れつつあり、中露が柱となっている西側以外の国々(the Rest)に参加する姿勢を明確にしていることが今回の出来事で分かる。サウジアラビアがアメリカの陣営を離れて、イランとの関係改善を進めるということは、イスラエルが中東地域で孤立するということになる。「サウジアラビア・イスラエル対イラン」という構図が「イスラエル対イラン・サウジアラビア」ということになる。これは中東のパワーバランスにおける重大な変化だ。イスラエルのパレスティナ政策にも大きな影響を与えることになるだろう。
付け加えて言えば、中国が世界の大舞台において「仲介者」という大きな役割を果たせることを示した。私はこの絵図面を描いたのは、「三代帝師(江沢民・胡錦涛・習近平の三代にわたって軍師を務めている)」と呼ばれる王滬寧であり、更に言えば、そのバックにはヘンリー・キッシンジャーがいると見ている。このような、思い切った、誰もが難しいと思うようなことをやってのける構想力はキッシンジャー独自のものだと私は考える。キッシンジャーは中東において戦争が起きる危険性を大きく減らした。ここが重要だ。そして、中国がロシアとウクライナの停戦交渉の仲介者としての実力を有しているということを示し、ウクライナ戦争をキッシンジャー自身が考える線で停戦させようとしている。
キッシンジャーの母国アメリカにはサウジアラビア・イランの緊張緩和、ウクライナ戦争の停戦をまとめ上げる力はない。そもそもイランとロシアとは敵対関係にあり、このような重要な交渉をすることもできない。キッシンジャーの構想力を実現することはできない。中国はこれらの国々とはどことも関係を悪化させていない。そうなれば、話ができるのは中国だけという単純な話になる。
30年前のパレスティナ和平、オスロ合意のことを思い出す。パレスティナ側の代表であるパレスティナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長とイスラエル側のイツハク・ラビン首相を握手させる真ん中には、アメリカのビル・クリントン大統領が立っていて、両首脳の方を抱くようにして、両者を握手させていた。実際にはノルウェーが仲介役を務めていたが、最後のおいしいところはアメリカに持っていかれ、オスロ合意という名前に地名を残すだけのこととなった。アメリカは世界の重要な問題での調停者・仲介者であり、世界の人々もそれを認めていた。しかし、一世代経過して、アメリカにはそのようなことができなくなっている。時代は変化している。
(貼り付けはじめ)
サウジアラビアとイランとの間の緊張緩和はアメリカにとっての目覚ましの衝撃音である(Saudi-Iranian
Détente Is a Wake-Up Call for America)
-和平計画は大きな合意であり、それを中国が仲介したのは偶発的な出来事ではない。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2023年3月14日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2023/03/14/saudi-iranian-detente-china-united-states/
中国が仲介役を務めたサウジアラビアとイランの緊張緩和(détente、デタント)は、1972年のニクソンによる中国訪問や1977年のアンワル・サダトによるエルサレム訪問、1939年のモロトフ・リベントロップ協定ほど重要なものではない。それでも、もしこの協定が実現すれば、かなりの大きな合意となる。最も重要なことは、バイデン政権とアメリカの外交政策世界に大きな目覚ましの音を鳴らすことになったことだ。なぜなら、この出来事によって、アメリカの中東政策を長い間不自由な状態にしてきた、自らに課したハンディキャップが露呈したからである。また、中国がいかにして自らを世界の平和のための力として売り出そうとしているのか、も明らかになった。アメリカは近年、こうした動きをほぼ放棄してきた。
中国はどのようにしてサウジ・イラン合意を実現したのだろうか? リヤドとテヘランの間の温度差を小さくしようとする努力は以前から行われていたが、中国はその劇的な経済成長によって中東での役割を増大させているため、両者の合意形成に介入することができた。更に重要なことは、中国がイランとサウジアラビアを仲介できるのは、この地域の大半の国と友好的でビジネスライクな関係を築いているからである。中国はあらゆる方面と国交があり、ビジネスも行っている:
エジプト、サウジアラビア、イスラエル、湾岸諸国、さらにはシリアのバッシャール・アル・アサドまで関係を深めている。これこそが、大国が影響力を最大限に発揮する方法なのである。他国が協力してくれるなら、自分も協力するという姿勢を明確にし、他国との関係によって、自分には他の選択肢もあるのだと気づかせるのだ。
一方、アメリカは、中東の一部の国とは「特別な関係(special
relationships)」を持ち、その他の国(特にイラン)とは全く関係を持たない。その結果、エジプト、イスラエル、サウジアラビアなどの従属国は、アメリカの支援を当然と考え、エジプトの人権問題、サウジアラビアのイエメン戦争、イスラエルのヨルダン川西岸の植民地化という長期にわたる残虐なキャンペーンなど、アメリカの懸念を不当に軽蔑して扱っている。同時に、イスラム共和国(イラン)を孤立させ、打倒しようとする私たちの努力はほとんど無駄であり、イランの認識、行動、外交的軌道を形成する能力は、ワシントンには実質的にゼロである。この政策は、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(American Israel Public Affairs Committee)、民主主義防衛財団(Foundation for Defense of Democracies)などの熱心な努力と、資金力のあるアラブ政府のロビー活動の成果であり、現代のアメリカ外交における自殺点(失敗)の最も明確な例と言えるかもしれない。ワシントンがこの地域の平和や正義を推進するために大したことができないことを示すことで、北京に大きな門戸を開いているのである。
サウジとイランの合意は、米中対立の重要な一面を浮き彫りにしている。ワシントンと北京のどちらが、将来の世界秩序を導く最良の存在と見なされるのだろうか?
1945年以降、アメリカが世界的に大きな役割を果たしてきたことから、アメリカ人は、たとえアメリカが行っていることに疑問があったとしても、ほとんどの国がアメリカの指導に従うと考えることに慣れてしまっている。中国はこの方程式を変えたいと考えており、平和と安定をもたらす可能性の高い存在として自らをアピールすることが、その重要な行動となっている。
原則的に、世界のほとんどの政府は平和を望んでおり、部外者が自分たちのビジネスに介入し、何をすべきかを指示することを望んでいない。アメリカは過去30年以上にわたって、外国政府はリベラルな原則(選挙、法の支配、人権、市場経済など)を受け入れ、アメリカが主導する様々な機関に参加すべきであると繰り返し宣言してきた。つまり、アメリカの「世界秩序(world order)」の定義は、本質的に修正主義的(revisionist)なものだった。
つまり、ワシントンが全世界を豊かで平和なリベラルな未来へと徐々に導いていくということだ。民主党と共和党両方から出た、歴代の米大統領は、この目標を達成するために様々な手段を用い、時には軍事力を行使して独裁者たちを倒し、そのプロセスを加速させた。
その結果、膨大な予算を浪費する占領、破綻国家(failed states)、新たなテロ運動、独裁者間の協力関係の強化、人道的災害など、決して良い結果とはならなかった。ロシアの違法なウクライナ侵攻もその一環である。ロシアの侵攻は、ウクライナをNATOに加盟させようとするアメリカの善意に基づいているが、思慮の足りない努力に、少なくとも部分的に反応したものだ。抽象的には望ましい目標であっても、問題はその結果であり、そのほとんどは悲惨なものとなった。
中国は異なるアプローチを採用している。1979年以降、中国は実際の戦争はしておらず、国家主権(national sovereignty)と不干渉(non-interference)を繰り返し宣言している。この立場は、中国の酷い人権慣行に対する批判を逸らすという点で、明らかに利己的であり、主権への美辞麗句は、中国が不当な領土主張を進め、いくつかの場所で国境紛争を起こすことを止めなかった。北京はまた、批判されると不当に厳しく反応し、外交に好戦的なアプローチを採用したため、憤りと抵抗が高まっている。また、中国が現状を変えるために武力を行使しないとは誰も思わないはずである。
それでも、世界中の独裁者たちが、重武装で道徳を説くアメリカのやり方よりも、中国のやり方の方が心地よいことは容易に想像がつく。民主政治体制国家よりも独裁国家の方がまだ数が多く、その差は10年以上にわたって拡大し続けている。もしあなたが、権力を維持することを第一義とする腐敗した独裁者であったなら、世界の秩序に対してどちらのアプローチをとるのがより親和的だと思うだろうか?
更に言えば、世界のほとんどの国は、戦争がビジネスにとって不利であり、自国の利益に悪影響を及ぼすことが多いことを理解している。大国間の競争が手に負えなくなるのを見たくないのだ。アフリカの古い言い伝えを借りれば、「象が戦えば、草は苦しむ」という。従って、今後数十年の間に、多くの国家は、平和、安定、秩序を促進しそうな大国を支持することを好むようになるであろう。同じ論理で、平和を乱すと思われる大国とは距離を置く傾向がある。
このような傾向は以前にも見られた。20年以上前、アメリカがイラクへの侵攻を準備していた時、同盟国であるドイツとフランスは、武力行使を承認する国連安全保障理事会に反対していた。なぜなら、中東での大きな戦争は、いずれ自分たちを苦しめると考えていたからだ(そして、実際にそうなった)。中国が南シナ海に人工島を建設し、武力で台湾を威嚇しようとすると、近隣諸国はそれに気づき、中国から離れ、互いに、そしてワシントンとより密接に協力し始める。もし、他の国々があなたを解決策の一部ではなく、問題の一部と見なせば、あなたの外交的立場は損なわれる可能性が高い。
バイデン政権にとっての教訓は、外交政策の成功を、何回戦争に勝ったか、何人のテロリストを殺したか、何カ国を改宗(convert)させたかで決めるのではなく、緊張を和らげ、戦争を防ぎ、紛争を終わらせることにもっと注意を払うことである。これは明白なことだ。もしアメリカが、中国が信頼できるピースメーカー(peace maker)であるという評判を確立し、他国との関係において共存共栄する大国であることを認めれば、他国を説得することはますます難しくなるであろう。
サウジアラビアとイランの緊張が緩和されたことは、戦略的に重要な地域で深刻な衝突が起こるリスクを軽減する前向きな進展である。従って、この新たな緊張緩和(デタント)は、たとえ北京の功績があったとしても、歓迎されるべきだ。アメリカの適切な対応は、この結果を嘆くことではなく、より平和な世界を作るために同等かそれ以上のことができることを示すことだ。
※スティーヴン・M・ウォルト:ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ツイッターアカウント@stephenwalt
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