古村治彦です。
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ドナルド・トランプ大統領による高関税(相互関税)の発表があり、その最大の標的が中国であるという状況になっている。145%という法外な関税(1万円の商品の場合には、1万4500円の関税がかけられ2万4500円になる)が中国に対して課されると発表され、中国は対抗措置として対米関税を125%にまで引き上げた。その後、トランプ大統領は高関税を引き下げる意向を示しているが、中国は強気の姿勢を崩さず、譲歩を強いられる交渉には応じないと予想される。
こうした中で、「中国は自由貿易を守る旗手だ」「中国経済はアメリカの高関税を乗り越える」という主張も出ている。市場や国際社会の評価も中国にとってプラスの内容になっている。しかし、下記論稿の著者スコット・ケネディは、中国経済のマイナス要素をいくつか指摘している。中国は新型コロナウイルスの影響で深刻な経済危機に見舞われ、多くの都市住民が厳しいロックダウンに直面した。政府のゼロコロナ政策から期待された経済回復は失敗し、国内経済は依然として困難を抱えている。家庭の貯蓄が増え、出産を控える傾向が強まる中、中国政府の政策に対する不満も高まっている。国際的に見ても、投資家たちが中国市場への信頼感が揺らいでいると強調している。
ところが、2025年には状況が一変し、中国の経済が立ち直りつつある兆しが見えるとスコット・ケネディは指摘している。この変化は、政府が経済問題を認識し刺激策を発表したことや新技術の開発によって可能になったものだとケネディは主張している。
中国国内では、経済成長の期待が高まり、特に電気自動車や半導体分野での需要が急増している。国際的なビジネス界でも、アメリカの貿易政策の変化によって中国への不信感が高まっていた状況は、今では中国の経済回復期待に変わりつつあるとケネディは主張している。
最終的に、アメリカの政治の動向が中国の指導者に新たな影響を及ぼしており、トランプの行動は中国に安定要素を提供していると見られる。アメリカの政治体制そのものに対する信頼感は低下しており、中国の指導者たちはこの状況を利用できる。
トランプ大統領はアメリカが世界覇権国であることを辞めるために時代によって生み出された人物である。戦後世界体制を軍事と経済で支えてきたアメリカはその負担に耐えられず、その役割を終えようとしている。この大きな構造変化は世界に大きな影響を及ぼす。アメリカは強いドルによって生み出された膨大な貿易赤字と財政赤字を何とかしたい。そのために、連邦政府の規模を縮小し、高関税によってドル安誘導でアメリカ人の生活を引き締めようとしている。しかし、それで節約できるとしてもたかが知れている。最も手っ取り早いが、最も劇薬であるのが、アメリカ国債の踏み倒しである。「もう借金は払わない」と言ってしまえば、世界経済は大混乱になり、「世界一安全な資産」を世界一保有している日本は大変なことになる。しかし、トランプとアメリカにとってみれば、「これまでさんざん世話をしてやっただろう、そのコストだ」と言って平然と日本を裏切るだろう。それくらいの最悪のシナリオを考えておかねばならない。そして、日本はアメリカから少しずつでも離れて、中国との関係を改善しておくことが重要だ。
(貼り付けはじめ)
北京がトランプ大統領を打ち破れると考える理由(Why Beijing Thinks
It Can Beat Trump)
-中国のエリート層は自国の体制に新たな自信を抱いている。
スコット・ケネディ筆
2025年4月10日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2025/04/10/trump-china-tariffs-trade-war/?tpcc=recirc062921
これは歴史上最も短期間で終わる革命かもしれない。ドナルド・トランプ米大統領が、最恵国待遇(most-favored-nation status)と内国民待遇(national
treatment)に基づく世界貿易システムを、個別に交渉された二国間協定に置き換える計画の一環として、世界各国にいわゆる相互関税(reciprocal tariffs)を課してからわずか1週間後、彼は事実上この実験を中止した。確かに、ほぼ全ての国に10%の関税が課されており、自動車、鉄鋼、アルミニウムへの高関税も依然として課されているが、これらはおそらく上限であり、これらの障壁が動く唯一の方向は下がるしかない。
もちろん、唯一の例外は中国だ。中国は(常に強調しなければならないが)、本稿執筆時点で、貿易相手国への標準関税(he standard tariffs on trading partners)、トランプ大統領の最初の任期中に課されジョー・バイデン大統領によって維持された懲罰的関税(the penal tariffs imposed during Trump’s first term and left in
place by President Joe Biden)、フェンタニル関連製品への20%の関税(the 20 percent on fentanyl-related goods)、そして、4月9日に発表された追加関税(the duties announced on April 9)を含めると、アメリカから約150%の関税に直面している。
トランプ大統領のファンは、これは北京を標的に絞るための隠された計画だと言う。また、市場が暴落し、企業がショック状態に陥った後、退路を断つための面目を保つための転換だと見る人もいるだろう。いずれにせよ、中国が無傷で済むのは、トランプ大統領がまたすぐに突然のUターンをしない限り難しいようだ。アメリカは、金融制裁や留学生などの渡航の全面禁止など、自らに大きな負担はかかるものの、更に多くの痛みを課すことができる。中国が世界経済と社会から切り離されること(A China cut off from the global economy and society)で、経済的、政治的、地政学的に甚大な問題に直面することになる。
こうした危険性にもかかわらず、中国政府は現状維持(to stand its
ground)しか選択肢がないと考えているように思われ、指導部は自分たちだけが譲歩を求められるような交渉には応じないだろう。更に言えば、私が最近中国やその他の地域を訪れた際に感じたのは、中国国内および国際社会が中国のシステムの回復性と強さ(resilience and strengths)について、より幅広く、そしてやや肯定的に再評価し始めていることである。
2022年末から2024年末にかけて中国を訪れた際、私は中国があらゆる面で苦闘しているのを目の当たりにした。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが続いた最後の数カ月は、多くの都市で住民が息苦しいロックダウンに直面し、数十万人、いや数百万人が重症を負ったり、命を落としたりするなど、深い傷跡を残した。政府のゼロコロナ政策の終了に伴い期待されていた経済回復は、急速に消え去った。経済成長を活性化させようと、電気自動車、バッテリー、医療機器、ロボット工学などの新たな製造施設に巨額の資本が投入されたが、国内消費はそれに追いつかず、需給ギャップが拡大し、工場の門前では深刻なデフレが続いた。
パンデミックによる不安、住宅市場の崩壊、そして脆弱な社会保障網により、世帯は予防的貯蓄を拡大し、若い夫婦は出産を控える傾向にあり、人口動態の問題は悪化した。より広範な政治的緊縮政策(the broader political tightening)と国家安全保障への重点化も国民感情に悪影響を及ぼした。消費者信頼感指標(indicators for consumer confidence)は2022年初頭に急落し、それ以降ほとんど変動していない。
その結果、この時期、中国人の間では、なぜ中国指導部が問題の深刻さを認めず、成長促進に必要な措置を講じようとしないのかという議論が盛んに行われた。その根拠として、国のトップに上り詰めるまでの苦難に関する正確な情報が不足していること、賢明な統治計画を持たない弱いチームであること、経済よりも安全保障を優先していること、あるいは指導部が先進技術(プロパガンダで「新生産力(new productive forces)」と呼ばれるもの)を最も重要な成長の原動力として重視することに熱心に取り組んでいることなどが挙げられた。
こうした国内の不安は、中国国外にも反映されていた。2023年初頭、JPモルガンがマイアミで開催した数千人の機関投資家向けカンファレンスでは、「中国は投資可能か?(Is China investible?)」が中心的な議論となった。ゼロコロナの終焉は新たな機会を意味すると主張する人がいる一方で、サプライチェインの脆弱性や民間部門への取り締まりを、投資を控える理由として強調する人もおり、意見の一致はなかった。
1年後、同じ会議でコンセンサスを得た答えは「ノー」だった。国際投資家たちは、中国の短期的な環境と長期的な軌道について、数々の懸念を表明した。多くの投資家たちが保有ポジションを売却し、資金を他の場所、特にアメリカに再配分したと述べています。
2025年まで時を早送りすると、中国国内のムードは、そして多くの外部の観測者からも、明らかに明るくなっている。その一因は、最近の国内情勢にある。第一に、昨年9月に指導部が深刻な経済課題を認め、大規模な景気刺激策を発表したことだ。その詳細は今年3月に明らかになった。第二に、ディープシーク(DeepSeek)の画期的な大規模言語モデルが発表された。これは、中国のイノヴェーターがアメリカ主導の技術規制を回避する方法を見つけることができたことを示唆している。
2025年3月に中国で行われた企業幹部との協議では、参加者たちは景気後退の最悪期は過ぎ去り、新たな成長の兆しが見え始めていると示唆した。ある自動車メーカー幹部は、EVモデルの需要が予想をはるかに上回るペースで伸びており、海外生産拠点の開設計画を前倒しすると述べた。
アメリカから制裁を受けている半導体企業の幹部は、西側諸国の装置サプライヤーからのサーヴィス支援がない状況下で、生産効率と品質が向上したと述べた。安堵のため息をつく時だと述べる者は誰もおらず、政策を発表することと実際に成果を出すことの間には大きな隔たりがあることを強調した。ある幹部は、民間企業が国有企業と比較して融資に支払う金利が依然として高いことを強調した。とはいえ、過去数年間の暗雲は消え去った。
国際的なビジネス界でも同様の変化が見られた。マイアミで開催されたJPモルガンの2025年初頭版カンファレンス(および他の場所で行われた同様のカンファレンス)では、投資家たちはもはや中国指導部の失策とされる行動について不満を漏らすことはなかった。その代わりに、彼らは「景気刺激策はどの程度の規模になるのか?(How big will the stimulus be?”)」と「景気刺激策はいつ成長加速につながるのか?(When will the stimulus translate into faster growth?)」という2つの質問を繰り返した。
毎年3月に北京で開催される中国開発フォーラム(the China
Development Forum)では、欧米諸国の主要多国籍企業と中国の指導者が一堂に会し、次々と企業幹部が中国への新規投資計画を披露した。
中国の政策変更や技術革新がムードの変動の一因となっているものの、信頼回復の最も重要な源泉は、12タイムゾーン離れたワシントンにある。2025年第1四半期、北京、上海、ニューヨーク、マイアミなど、どこで開催されても、会議のたびに最大の話題はトランプ大統領だった。ほぼ全ての会話は、彼の政策に対する当惑といったものだった。
最も憂慮すべきことは、状況がこれほどまでに異なるにもかかわらず、多くの人が、促されることもなく、今日のアメリカを、1966年から1976年にかけての文化大革命(the 1966-76 Cultural Revolution)の時期の中国と比較していることだ。文化大革命は、中国が苦難の時代における政治的な類推(analogy、アナロジー)としてよく用いるものであり、西側諸国の一部の人々にとってナチス・ドイツがそうであるのと同じだ。しかし、アメリカ政府の行動は、アメリカで働いたり学んだりした経験を持つ中国人観察者たちを真に驚かせた。
私が中国で話した多くの人々は、自国における顕著な問題である政府の無駄遣いを削減し、汚職を減らす必要性を理解していると述べた。しかし、専門者たちは、イーロン・マスク率いる政府効率化省が、次々と無計画に政府機関を解体し、数万人の公務員を解雇する動きを主導している理由に、何度も困惑していた。米中科学技術協力の可能性を議論する会合で、ある中国政策専門家は、基礎科学研究、気候、医療、宇宙など、様々な分野におけるアメリカ政府機関や大学への予算削減リストを聞いた後、驚きの表情でこう問いかけた。「アメリカ政府は科学を信じているのだろうか?(Does the U.S. government even believe in science anymore?)」。
メディア、弁護士、そして裁判所への攻撃に、人々は多くの機会で衝撃を受けた。ある専門家は、自分と友人たちは中国で最も親米的な人々の1人であり、中国で学び、米国企業で働いたことを誇りに思っていると述べた。しかし、彼らが知る中国は目の前で変化しているように見え、もはや子供たちを中国に住ませたり、勉強させたりすることは考えられない、と付け加えた。
アメリカ国内の行動に対する困惑と同じくらい広まっていたのが、アメリカの貿易政策と外交政策の根本的な変化に対する困惑だった。トランプ大統領が自ら宣言した「解放記念日(Liberation Day)」の2週間足らず前、フェンタニル関連の関税が課された後に行われた議論において、中国人は、アメリカがなぜアメリカと世界に多大な繁栄をもたらしてきた多国間貿易体制(the multilateral trading system)を解体しようとするのか理解できなかった。アメリカが関税を利用して製造業の生産と雇用を劇的に回復させることができるという考えは、全くの空想だとみなされた。また、アメリカが同盟諸国を見捨てて、ウラジーミル・プーティン率いるロシアを支持する理由を疑問視する人もいた。
これらの発言の重要性は、それが正しいかどうかとは大きく関係ない。むしろ、アメリカにおける政府の無能さと社会の分断と見なされるものに対する広範な認識は、中国人が自国の現在と未来を再評価するための、目に見えない鏡となっているのだ。
現実には、中国の指導者の多くは極めてイデオロギー的であり、汚職は蔓延し、政治的粛清は依然として行われ、情報は統制され、科学者(物理学者と社会科学者の両方)は知的自由に対する大きな障壁に直面し、市場に対する不公平な規制が蔓延し、産業政策(industrial policy)は外国企業を著しく不利な立場に置いている。これらは全て、中国の発展の見通しと他国との関係を脅かしている。しかし、2025年のアメリカのレンズを通して見ると、中国のシステムは異なる視点から見える。
体制支持派のナショナリストにとって、トランプはまさに贈り物だ。彼の非自由主義的な方向転換は、アメリカが中国の政治体制に対するイデオロギー的な挑戦を放棄したことを意味する。更に、トランプがアメリカの統治機関、経済、そして同盟関係を弱体化させることは、「中国を再び偉大な国にする(making China great again)」ことを意味する。そして、多国間貿易体制(the multilateral trading system)への攻撃は、中国がアメリカに対する責任ある統治者として見られることをはるかに容易にする。
多くの無政治の中国人にとって、今日の中国や多くの具体的な政策には熱意がない。しかし、それと比較すると、中国は比較的安定しており、予測可能である(predictable)と感じており、彼らは自らの体制とそれを支持する世界の中で生きることに最低限の満足感を抱いている。
長年アメリカを称賛してきたリベラルな中国人にとって、ワシントンのトランプ的な転換は深い悲しみをもたらす。彼らにとって、アメリカはまさに「丘の上の灯台(light on a hill)」であり「烽火(beacon)」であった。2008年の世界金融危機において、アメリカは自由市場に対する中国の信頼を損なった。2025年、政治的内紛(political infighting)により、アメリカは自国の政治体制の信用を失墜させつつある。こうした憂鬱の帰結は、人々の諦め(resignation)である。この中国人にとって、解放記念日は正反対の感情に違いない。
今後数週間、数ヶ月の間、トランプが全面的な貿易戦争宣戦布告(full-scale
declaration of trade war)を撤回したとしても、北京とワシントンの対立は予測不可能な展開を続けるだろう。米中両国には経済的な強みと弱みがあり、互いに相手の弱点を狙う可能性がある。両国はアジア、ヨーロッパ、アフリカ、そしてラテンアメリカ諸国を取り込み、相手を出し抜き、孤立させようと画策するだろう。これから多くのドラマが繰り広げられるだろう。
しかし、中国やその他の地域での私の会話から、皮肉にも2つの確かなことが浮かび上がってくる。第一に、北京の決意が新たになっていることを考えると、トランプ政権が1月20日に中国から得られなかった譲歩を今後数ヶ月で引き出せる可能性はほぼゼロだ。エスカレーション(escalation)、瀬戸際政策(brinksmanship)、そして不安定さ(volatility)は、途方もない時間の無駄になるだろう。
そして第二に、どちらが相手方の経済を弱体化させるのに効果的か、あるいは交渉の場でどちらが相手を出し抜くかに関わらず、少なくとも今のところは、真のシステム競争は終わった。祝賀ムードであろうと哀悼ムードであろうと、ほとんどの中国人にとって、トランプの赤いネクタイは白旗なのだ(Whether in celebration or mourning, to most Chinese, Trump’s red tie
is a white flag)。
※スコット・ケネディ:戦略国際問題研究所上級研究員、中国ビジネス・経済学部門評議委員長。
(貼り付け終わり)
(終わり)

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』