古村治彦です。
ドナルド・トランプ大統領の外交政策はいつも通り、はったりを利かせながら進んでいる。西半球(Western Hemisphere)を勢力圏(Sphere of Influence)として、支配を確立するために、逆に言えば、世界覇権国であることを辞めるために動いている。ヴェネズエラ攻撃、グリーランド奪取への言及、パナマ運河への野心、カナダやメキシコを「州」として扱うような行動は南北アメリカ大陸を支配するための動きである。ドンロー主義は、モンロー主義(南アメリカからイギリスの影響を排除する)と棍棒外交(アメリカ海軍の戦艦の太平洋と大西洋の行き来を確保しつつ、物流の通行料を取るためにパナマを奪取する)を混合させたものだ。ドンロー主義が排除を目指すのは、中国とアメリカの影響力だ。
19世紀のイギリス、21世紀の中国とロシア、それぞれターゲットは異なる。また、置かれている状況も異なる。南アメリカには「西側以外の国々」の中核であるBRICSの一角ブラジルが控えている。ブラジルは国力を充実させ、南アメリカの地域大国となり、ドル覇権からの離脱を目指す存在である。BRICSは既に世界の重要な拠点を押さえている。BRICSの位置を確認すれば、北米大陸(とヨーロッパ)が包囲されていることが分かる。
BRICS加盟諸国の地図
アメリカの横暴な動きが続けば、ヨーロッパ諸国がそうであるように、アメリカを「脅威」と見なすことで、西側以外の国々が「対米防衛同盟」を成立させることで、「脅威の均衡(balance of threat)」を図るということも起きるだろう。「脅威の均衡」はこのブログでも頻繁にご紹介しているスティーヴン・M・ウォルトが提唱した考えである。簡単に言えば、ある国を「脅威」と認識した国々は、その国に従うか(「バンドワゴニング、勝馬に乗る[bandwagoning]」)、同盟を組んで対抗するか(バランシング、均衡を図る[balancing])ということになる。中国は表立って、対米防衛同盟の動きを行うことはないだろうが、アメリカの暴力的な動きが激しくなれば、西側以外の国々が結束して、アメリカに対抗し、アメリカを包囲し、封じ込める(containment)ということも考えられる。
(貼り付けはじめ)
勢力均衡理論が再び台頭している(The Balance-of-Power Theory
Strikes Again)
-ドナルド・トランプの脅しに対する世界の反応に誰も驚くことはない。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2026年1月23日
『フォーリン・ポリシー』誌
https://foreignpolicy.com/2026/01/23/trump-threats-europe-greenland-balance-power/
ついに、かつて友好国だった国々が、ならず者国家アメリカ(a rogue America)に対抗し始めているのを目にする日が来たのだろうか?
このような変化は、世界情勢の大きな転換点となるだろう。もし実際にそうなったとしても、それはトランプ政権の戦略的近視眼(the strategic myopia of the Trump administration)と、ますます不安定になる大統領の略奪的衝動(the predatory impulses of an increasingly erratic president)に完全に起因するだろう。
過去100年ほど、アメリカの世界支配の台頭は、その地位が圧倒的ではあっても、多くの国々がワシントンを牽制するために結集するほどではなかったという点で、古いスタイルの勢力均衡理論(old-style balance-of-power theory)の部分的な例外であった。冷戦期には、アメリカはソ連主導の諸国連合という対抗勢力に直面したが、世界の主要諸国や中規模諸国のほとんどは、アメリカの特定の政策に時折反対する場合があっても、アメリカを貴重な同盟国と見なしていた。しかし、カナダのマーク・カーニー首相が火曜日、スイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムの参加者に語ったように、そのような世界はもはや過去のものとなった。今日、彼は次のように語った。「大国間の競争(great-power rivalry)が繰り広げられる世界において、中間に位置する国々には選択肢がある。互いに好意を得るために競争するか、協力して影響力のある第三の道を切り開くかだ。」
以下、私自身の研究に触れて恐縮ですが、約40年以上前に博士論文(そして最初の著書)を執筆して以来、同盟の諸起源(the origins of alliances)と国家間の均衡を保つ理由(the
reasons why states balance)というテーマについて考え、書き続けてきた。国家が同盟を結ぶのは、主に脅威への対応(response to threats)であり、力(power)だけによるものではないと私は主張した。もちろん、力は脅威の一要素だ(つまり、他の条件が同じであれば、強い国家は弱い国家よりも危険だ)。しかし、地理や知覚された意図[他者の行動から読み取った目的や動機](geography
and perceived intentions)も重要だ。近隣にある国家は遠くにある国家よりも厄介な傾向があり、修正主義的な野心を持つ国家(states with highly revisionist ambitions)は特に危険だ。特に、他国から領土を奪ったり、他の国の統治者を支配しようとしたりする場合には猶更だ。弱小国家や孤立国家は、脅威となる勢力に「勝ち馬に乗る、バンドワゴニング(bandwagoning)」することで融和(accommodate)しようとすることもあるが、より典型的な対応は、理想的には他国と連携して、脅威となる勢力と均衡を保つことだ(the more typical response is to balance against a threatening power,
ideally in partnership with others)。
私が「脅威の均衡理論(balance-of-threat theory)」と名付けたこの定式は、とりわけ、アメリカの冷戦同盟システムがワルシャワ条約機構やソ連の様々な非同盟諸国よりもはるかに大規模で強力であった理由を説明するものであった。アメリカは総合的な力では勝っていたが、ソ連はヨーロッパとアジアの多くの中規模国に隣接し、領土獲得に最適化された大規模な軍隊を有し、その指導者たちは共産主義の普及に公然と尽力していた。対照的に、アメリカはヨーロッパとアジアから2つの巨大な海によって隔てられており、そこに領土的野心はなかった。脅威の均衡理論は、1991年にイラクをクウェートから追い出した多国籍軍のような、不均衡な構造(lopsided alignments)も説明できる。あの事件では、イラクをはるかに上回る能力を総合的に備えた、本来はあり得ないような国々のグループが力を合わせた。なぜなら、彼らは皆、イラクの行動が地域の安定に対する深刻な脅威であると見なしたからである。
脅威均衡理論は、アメリカが単独で権力の頂点に立つ一方で、公然とした均衡維持の努力が少数の脆弱なならず者国家(weak rogue states)に限られていた「一極時代(unipolar
moment)」という一見異常な状況を理解する上でも役立つだろう。冷戦時代のアメリカの同盟諸国がNATOに残留したのは、(1)制度的惰性(institutional inertia)(「NATOが崩壊していないのなら、なぜ修復する必要があるのか?」)、(2)不確実性へのヘッジをしたいという願望(a desire to hedge against uncertainty)、(3)アメリカの保護に頼るのは極めて良い取引だという認識(the recognition that relying on American protection was a pretty
good deal)、そして、(4)ワシントンの最悪の衝動が他国に向けられていたという事実(the fact
that Washington’s worst impulses were directed elsewhere)、による。ヨーロッパの指導者たちは、2003年のイラク侵攻のような失策が自国に悪影響を及ぼすことを正しく恐れ、アメリカの判断力に何度も疑問を呈したが、「ソフト・バランシング(soft balancing)」にとどまり、再編や自立に向けた努力は行わなかった。この決定が容易にされたのは、アメリカが依然として同盟諸国に対して自制(with restraint)を示し、領土的野心を抱かず、概ね各国政府と建設的な協力関係を築こうと努めていたためである。対照的に、ロシア、中国、北朝鮮、イランは、アメリカからの潜在的な脅威をより強く懸念する理由があったため、アメリカの力のバランスを取るためにより積極的な努力を傾けた。
それは当時のことであり、今は違う。ドナルド・トランプは、大統領として2期目を開始して以来、脅威の均衡理論が警告するほぼ全てのことを実行し、予想通り否定的な結果をもたらしている。トランプは、カナダ、グリーンランド・デンマーク、パナマに対する拡張主義的な目標を公然と繰り返し宣言しており、その野望はそこで止まらないかもしれない。彼と彼の側近たちは、主権の規範(the norm of sovereignty)を含む国際法は無意味であり、強い者は手に入れることができるものは何でも手に入れることができると信じているようだ。彼は、他国に経済的・政治的譲歩を強要するために、関税の脅威を繰り返し振りかざしたり、課したりしてきた。彼は、多くの場合、非常に疑わしい理由をもって、6カ国以上に軍事力を行使し、デンマークなどの忠実な同盟国に対しても軍事力行使をほのめかしてきた。彼は、他の外国の指導者たちを露骨に軽蔑し、適正手続きを経ずに100人以上の外国人民間人を殺害することを容認してきた。これもまた、国際法違反である。さらに、反逆的な政府の凶悪集団(例:移民関税執行局[Immigration and Customs Enforcement])をアメリカ国内の都市に解き放つことで、他国社会がアメリカを安定し規制の行き届いた社会と見なすこと、あるいは彼の外交政策行動を異常な事例と捉えることを不可能にした。要するに、国内外を問わず、アメリカ政府は危険ないじめっ子であり、強迫的な略奪者のように振る舞っているのだ。
ある意味、この行動は奇妙だ。賢い捕食者たち(clever predators)は、真意を可能な限り隠そうとする。トランプも2016年、そして最初の任期の大部分においてそうだったように、それは「部屋の中の大人(adults in the room)」によって抑制されていたことも一因だ。しかし、2021年1月6日の犯罪を免れ、再選を果たし、確固たる信念を持たない取り巻き、忠誠者、追従者、そして日和見主義者たち(cronies, loyalists, sycophants, and opportunists with no fixed
principles)で政権を固めたことで、彼は最悪の衝動を解き放った。そして今、世界は注目し始めている。
世界はどのように反応しているのだろうか? 確かに、アメリカの最も近い同盟諸国は、いくつかの明白な理由から、トランプの好戦的な姿勢に抵抗するのが遅れている。アメリカとの関係を縮小し、アメリカに対抗する動きを見せるにはコストがかかり、意味のある対抗勢力となるのに十分な数の国を集めるには、集団行動におけるよくあるディレンマ(the usual dilemmas of collective action)に直面する。したがって、イギリスのキア・スターマー首相、NATO事務総長のマーク・ルッテ、韓国の李在明大統領のような人々が、お世辞、象徴的な服従、贈り物、そして小さな譲歩を組み合わせることで、ワシントンとの緊密なパートナーシップから得られる利益のほとんどを維持できるかどうかを見極めようとしたのは理解できる。
試してみる価値はあったかもしれないが、その賭けは明らかに成功しなかった。トランプ自身の言動が、そのアプローチの愚かさを露呈した。過去の合意は全ていつでも再交渉可能であると信じ、いかなる譲歩もさらなる要求への誘いと解釈する捕食者を受け入れることはできない。
脅威均衡理論が予測するように、かつての友好諸国は距離を置き、信頼できず潜在的に敵対的なアメリカに対する依存を減らし、互いに、そして場合によってはアメリカの敵対諸国とも新たな取り決めを結んでいる。長年、どの国にとっても最良の隣国であったカナダの首相が北京を訪れ、「新たな戦略的パートナーシップの柱(the pillars of [a] new strategic partnership)」を概説するということは、地殻変動が起こっていることを物語っている。ヨーロッパの指導者たちも、数十年にわたるゼリー状の優柔不断の後、再び背骨が生えてきたように見える。なぜなら、彼らには選択肢がほとんど残されていないからだ。『フィナンシャル・タイムズ』紙のエド・ルースは明確に次のように述べている。「トランプに立ち向かうことが成功を保証するわけではない。一方、服従は必ず失敗する(Standing up to Trump offers no guarantee of success. Submission, on
the other hand, is certain to fail)」。
かつてアメリカが誇った数々の国際的パートナーシップの更なる崩壊を防ぎ、新興国により適した新たな枠組みを構築するには、もう手遅れではないだろうか?
確かに手遅れだが、それはトランプ政権がこれまでの略奪的な戦略を捨て、アメリカが一方的な利益のためだけでなく、共通の利益のために他国と協力する意思を示すことが条件だ。その可能性はどれほど高いだろうか?
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。Blueskyアカウント: @stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
(貼り付け終わり)
(終わり)

シリコンヴァレーから世界支配を狙う新・軍産複合体の正体

『トランプの電撃作戦』

『世界覇権国 交代劇の真相 インテリジェンス、宗教、政治学で読む』




