古村治彦です。

 

 今年の4月頃から、事実上の共和党大統領選挙候補者であるドナルド・トランプに関する本が書店に並ぶようになりました。その中でも値段の安さと、アメリカ文化研究の第一人者である明治大学名誉教授・越智道雄監修という言葉に魅かれて、『ドナルド・トランプの大放言』を購入し、読んでみました。副題には「史上最狂の大統領候補!」「米国民はなぜこの男を支持するのか」とあり、なかなか刺激的です。

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 この本のスタイルは、トランプのこれまでの発言や彼の本の中から、刺激的な発言を選び出し、それを翻訳し、それに対して、「編集部」と呼ばれる執筆陣が突っ込みを入れるというものです。最後に越智氏のトランプに対する短い文章が掲載されています。本の奥附を見ると、「編集」として、根村かやの、向笠公威(宝島社)、「編集・執筆協力」として川畑英毅とありますので、トランプの「放言」を選び出し、翻訳し、それに突っ込みを入れている「編集部」はこの人々で構成されていると考えられます。

 

 トランプがどんな発言をしてきたかに興味がある方は読んでみたら面白いと思います。また、越智先生の最後の解説は短いですが、読み応えがあります。また、最後におそらくウィキペディアを参考にして作られたであろうトランプの年表がありますが、これは役立ちます。この本には情報に対してのお値打ち感はあります。

 

 本全体はトランプに対して批判的なトーンです。越智先生の解説は、トランプをガキ大将、価値紊乱者(既存の価値観を揺さぶる者)とし、この価値紊乱者トランプを支持しているのは、白人ブルーカラー(大学教育を受けず、製造業などに従事している)であり、彼らは、昔は時給50ドルで働く、アメリカ中間層を形成していたが、今や凋落しており、その不満をトランプが集めているとしています。これは誰でも言っていることでもあり、目新しいものではありません。

 

 また、トランプは、アメリカが「覇権国家」として、「世界の警察官」ができないということをはっきりと述べているが、これは、アメリカが戦後営々と築き上げてきた「第三次世界大戦を起こさせない」ための「第三次世界大戦(すなわち地球の最期)勃発防止の体制とプロセスをご破算にしろ」というのであって、「覇権国家の終末期まで衰えてきた時刻を、この呪縛(引用者註:制服を伴わない世界統治型という秀才型覇権国家たらんとして自由と民主主義を輸出する)から一斉に解き放ち、自国の存続のみに転換を図る(「アメリカ第一主義」)」としています。

 

 越智先生の主張は、「アメリカは戦後世界を平和に保つために頑張ってきて、実際に平和であったけれども、力を失ったのでその努力を放棄したいとなっている。アメリカは、“世界がどうなっても構わない”“アメリカだけ安泰であれば世界がどうなろうが知ったこっちゃない”となっていて、その象徴がトランプだ」と述べている訳です。

 

 面白いのは、「世界がどうなろうが知ったこっちゃない」と思っているという批判は、日本に対してむけられた批判の内容とそっくりです。「日本は一国平和主義に耽溺し、世界に無関心だ。そんなことでは世界の孤児になってしまう」という主張がよくなされました。こうした主張をする人々は、「だから日本は自衛隊を領域外に出して世界貢献をしなくてはならない」「汗(血とまではさすがに言えない)を流す貢献を」と続けて主張しました。

 

 こうしたことから考えられるのは、越智先生は、アメリカが世界秩序を維持するために、海外に積極的に出ること、ネオコンや人道的介入主義派にシンパシーを感じているということです。ですから、ここの部分でオドロオドロシイ「第三次世界大戦(地球の最期)」という表現を使って、トランプが当選することは、アメリカの弱体と、アメリカが雨リア化軍を世界に展開することを止めることで、世界が平和ではなくなるという印象付けを行おうとしているように思います。アメリカの戦後世界統治システムの負の部分にわざと目を向けない、そのように感じます。

 

越智先生は、「アメリカ・ファースト(America First)」を「アメリカ至上主義」と訳していますが、これは良くないと思います。これは、「海外のことに関わらないで、アメリカ国内の諸問題を解決するようにしよう」ということであって、アメリカが「至上」「一番」と言っている訳ではありません。「国内問題解決優先主義」と訳すべきです。そうしないと、大変な誤解を与えることになります。そうしなければ、America Firstと対のようにして使われる言葉Isolationismと矛盾を起こしてしまいます。

 

 こんなことを書いては失礼ですが、トランプが大統領になってしまうと、困っちゃいますかね、越智先生、こんな本も出していらっしゃるし、というのが私の読後感です。

  


(終わり)