古村治彦です。

 

 今回は後半部をご紹介します。

 

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オバマ大統領:最後の年と彼が残すものパート2

 

 国家安全保障会議を整理する、そして米軍から冷戦のままの時代遅れの考えを除去する。オバマ大統領には大統領在任最終年でやるべき重要な仕事がいくつか残っている。

 

ローザ・ブルックス筆

2016年2月25日

『フォーリン・ポリシー』誌

http://foreignpolicy.com/2016/02/25/obama-the-last-year-and-the-legacy-part-ii/

 

 私は前回のコラムで、バラク・オバマ大統領が彼の残すものをはっきりとさせ、それが続くようにするために、政権最後の1年でやるべきことについて書いた。私の関心は、シリアの平和や気候変動の解決などの短期的には実現不可能なことにはない。私は、大統領自身が持つ力で解決できるものに焦点を絞っている。それは、不明確な収容の停止と秘密の戦争と法律の廃止ということである。オバマ大統領は、このような改善点をそのままにして大統領の任期を終えれば、ヒラリー・クリントンは苦労することになるだろう。そして、オバマ大統領が敵だと見なした人間を秘密裏に収容したり、殺したりする力をドナルド・トランプに渡すことになったら、世界の為にはならないだろう。

 

 しかし、これでオバマ大統領のやるべきことリストが終わり、ということではない。彼がホワイトハウスを去る前、大統領として、破綻したアメリカの安全保障政策とアメリカ政府内部の破壊された構造と組織を改善する努力をすべきだ。特に、アメリカ軍、情報部門、ホワイトハウスの安全保障担当スタッフに関しては、改善すべき時期に来ている。

 

(1)破綻したアメリカの安全保障政策を改善する。

 

昨年12月に私が書いたように、平均的な1年でテロリストたちに殺害されるアメリカ人の数は、牛に殺害されるアメリカ人の数よりも少ない。しかし、世論調査と人々のヒステリーが示しているように、かつてのアドルフ・ヒトラーとヨシフ・スターリンの脅威を合わせたものよりも、現在のイスラム過激派グループのテロの脅威の方が大きくなっていると感じている人は多いだろう。この根拠のない脅威の認識によってアメリカ政治、政策、予算は捻じ曲げられている。そして、テロ攻撃よりも深刻な長期的な脅威に目を向けないようになっている。私たちは戦略的に一貫しない軍事介入を中東やその他の地域で行ってきている。それはまさにこのような馬鹿げたことの為なのだ。

 

 アメリカが優柔不断の国になったことはオバマ大統領の失政のせいではない。しかし、彼は優柔不断さを何とかしようとはしなかった。オバマ大統領はアメリカ人がイスラム教とテロリズムを同一視するという間違いを気付かせるために良い仕事をしている。彼はまた、シリアに対する全面的な介入を伴うイスラミック・ステイトへの対応を求める馬鹿げた要求を一貫して拒絶してきた。オバマ大統領はアメリカ人たちにいくつかの重要な事実を思い起こさせている。それは「911以降にテロリズムによって殺害されたアメリカ国民の数は100名以下だ。同時期に銃を使った暴力で亡くなったアメリカ国民の数は数万を下らない」というものだ。しかし、オバマ大統領もまた政治的な圧力に負けて、テロリズムを黙示録的なおどろおどろしい言葉を使って表現している。「憎しみに満ちた見方」対「全人類」というものであって、これは、現在続く「テロリストたちとの戦争」にとって利益となるものだ。

 

 オバマ大統領が「永続的に続く戦争」を真剣に望まないのなら、テロリズムを人類の進化にとっての深刻な脅威として扱うことを辞めるべきだ。テロリズムは数千年にわたり、数千もの組織によって採用されてきた戦術のひとつだ。テロリズムは野蛮で、不快で、違法な戦術だ。しかし、テロリズムによって西洋文明が崩壊させられる訳ではない。私たちは深刻なテロリストからの攻撃のリスクを最小限にすることが可能だし、そうすべきだ。しかし、アメリカのその他の重要な国益や課題を犠牲にしてまでそれをする必要はない。

 

(2)軍を立て直す

 

オバマ大統領は「私たちは歴史上最強の軍隊を持っている」と述べている。軍事力を他の国の軍隊よりもより速やかに人や建物や物を吹き飛ばす能力だけで測定するならば、オバマ大統領の発言は正しい。しかし、物を吹き飛ばすという行為において重要なことは、それが政治的な目的を実現するということである。そして、アメリカが破壊力を戦略的な成功に結びつけているかということは、どっちとも言えないのだ。

 

 多くの点で、アメリカ軍(と国防に携わるその他の機関)は、現在においても冷戦世界に対応するように構成されている。現在、私たちが直面している世界規模の複雑な問題に対応するようには出来ていない。軍隊の指令責任は地理上の線でいくつかに区分されている。その結果、いくつかの地域をまたがるような脅威に対処することが難しくなっている。アメリカ軍内部の陸海空海兵、そして安全保障に携わる諸機関の間にはライヴァル関係が存在する。そのために、必要のない非効率が生まれ、資源が無駄遣いされてしまう。一方、時代遅れの武器システムは、予算のかなりの部分を食いつぶしてしまう。

 

 募集、訓練、人材についての政策もまた時代遅れなままだ。装備と技術は20世紀中盤の戦争に対応するようになっており、インターネット上の諸問題、気候変動、伝染性の高い疾病、政治的な不安定から派生する脅威に対応することは難しい。軍の幹部は一人の例外もなく、アメリカ軍はより即応性と順応性を高める必要があると認めている。軍の構造に関するすべてが即応性とは真逆となっているのだ。

 

 良く考えられた、そして大胆な内容の改革案は既にたくさん発表されている。議会の協力を必要とするものもあるし、行政府内の対応だけで実現するものもある。こうした改革に関しては基本的に予算の増額は必要ではない。国防予算が大きくなったからと言って、そのお金のほとんどが組織の現状維持や更なる利権のために使われるなら、軍隊の効率性を高めることにはならない。逆に、国防予算が小さくなっても、正しい行動が最優先されるなら、軍隊の効率性を損なうことにはならない。

 

オバマ大統領が残された任期内で軍の改革と再構築を完成させることは不可能だ。しかし、彼は最後の1年で改革案を明確にすることはできる。そして、国防総省の官僚組織と連邦上下両院の軍事員会の議員たちに危機感を持たせることは可能だ。軍の改革は党派の絡む問題ではない。そして、オバマ大統領は連邦議員たちの中で味方を見つけることが出来るだろう。

 

(3)情報・諜報部門の改善

 

 「情報・諜報共同体(the intelligence community)」という言葉に私は違和感を持っている。共同体という言葉から、私はアメリカにある17の情報・諜報機関の職員たちが一緒になってお祭りをやったり、バーベキューをやったりしている、そんな姿を連想してしまうのだ。実際には、17の機関はそれぞれ別の方向性で仕事を行っている。911事件の後に国家情報局が創設された。しかし、各機関の協力と情報共有は進まず、官僚的なままとなっている。

 

 アメリカの情報・諜報機関は多額の予算を食いつぶしている。アメリカの情報・諜報部門の諸機関が持つ技術的な能力の卓越性は疑いようがない。世界の通信を傍受することができる。世界各地で行われる秘密のミサイル発射テストの種類を全て分類することが出来る。またその他様々な能力を持っている。こうした卓越性を持つので、アメリカ国民は、アメリカの情報・諜報部門にはこれもまた素晴らしい予測能力を持つはずだと考えている。しかし、情報・諜報部門は911事件、アラブの春の発生、イスラミック・ステイトの台頭を予測することが出来なかった。また、ロシアのウクライナ侵攻、パリでのテロ攻撃なども予測できなかった。彼らは居心地の悪さを感じているだろう。

 

ニューヨーク・ヤンキースの名捕手だったヨギ・ベラはかつて、「予測をすることは難しい、特に将来に関する予測は」と語った。それはその通りだ。しかし、情報・諜報部門の予測に関するこれまでの記録は失望するものだ。特に、多くのNGOとジャーナリストたちと比べるとその酷さは際立つ。

 

そんなことがどうして起きるのか?ひとつには、官僚制の中で見失ってしまう重要な証拠をNGOやジャーナリストたちが手に入れることは簡単なことなのだ。情報を収集するためのプログラムは存在するのだが、問題は改善されておらず、更にひどくなっている。データが多くなれば多くなるほど、より雑音が多くなる。分析をすればするほど、点と点を結び付けづらくなり、予測が難しくなる。

 

 一方、CIAが対テロリズムのための準軍事的な作戦実行を行うようになり、エネルギーと物理的な資源が分析と長期的な戦略立案・遂行から奪われてしまっている。また、冗長・諜報部門の人材に関して、必須の言語能力を備えている職員は払底している。2013年の報告によると、アメリカの情報・諜報部門全体で中国語を話せる人材はわずか903名であり、アラビア語を話せる人材は1191名に留まった。アメリカは国内に多様性を持つ数少ない国のひとつだ。国内には世界各国からの移民がやって来て、活動的な移民共同体を形成している。家ではアラビア語を話す人たちは100万人以上いるし、中国語を話す人々は300万人もいるのだ。しかし、情報・諜報部門に在籍する職員の大多数は白人男性のままだ。世界人口の約4分の3が非白人で、約半数は女性であるのに、そんなことで世界を理解することはできない。

 

 アメリカ軍の改革と同様、情報・諜報機関の中身のある改革には数十年という時間を要するだろう。それにもかかわらず、オバマ大統領は最低限、現在の諸問題に関する明確な分析結果と変革のための具体的な青写真を残しておくべきだ。青写真には、重複する部門の廃止が含まれるべきだ。具体的には、CIAの準軍事部門の廃止(軍部門がうまくやっているのにCIAがそれをやる理由はどこにある?)、テロリズム対策プログラムの再構成、優先順位の明確化(情報・諜報に関する優先順位を決定する際の政治的な影響を小さくする)、外部からの監視の改善、政策立案者へ少数派の考えを伝達する方策の改善と最新化、そして言語的、文化的に多様な人材の採用のための新しい試み、が挙げられる。

 

(4)ホワイトハウスの国家安全保障会議の改革。

 

 民主、共和両党の国家安全保障問題の専門家たちを団結させる問題があるとすれば、それは、オバマ政権の国家安全保障担当スタッフに対する不満の共有ということになる。国家安全保障会議は規模が大きくなりすぎており、政治家と経験不足の選挙スタッフばかりが入っており、低いレヴェルのマネイジメントばかりやっている。各政府機関から大統領への政策案を伝達するよりも、政策立案にばかり集中している。ロバート・ゲイツ元国防長官が回顧録の中で述べているように、「私、クリントン国務長官(当時)、パネッタCIA長官(当時)や他の人々は、オバマ大統領のホワイトハウスが国家安全保障問題に関する全ての政策とその実施を厳しくコントロールするという決心を思い知らされた。オバマ大統領は、国家安全保障に関してホワイトハウスに集中させ、コントロールした。これはリチャード・ニクソンとヘンリー・キッシンジャー以来のことであった」。当然のことだが、国家安全保障会議に関しては超党派で合意できる実質的な解決策がある。それは、国家安全保障会議をより小さく、風通しを良くし、硬直性と情報の集中を緩和させ、更に現場に近いレヴェルで効率的な問題解決を行うようにすべきだ。ホワイトハウスに何でも集中させるのではなく、行政府の各政府機関に任せるところは任せるべきだ。

 

 軍と情報機関の実効性のある改革には、議会による関与も必要となるであろうが、大統領自身でこの改革をしっかりと進めることが可能だ。確かに、こうした改革を次の大統領に押し付けてもよいだろうが(もちろん次の大統領もすぐに改革をしなくてはならないと気付くだろうが)、今からでもすぐに国家安全保障会議の改革をスタートさせ、次の大統領の負担を少しでも減らすべきではないか?

 

これまでに挙げた「やるべきことリスト」に載せるべきものの中で、派手なものはないし、オバマ大統領の支持率を上昇させるようなものもない。しかし、彼はこれからどんな公職にも立候補して選挙戦を戦うということはない。だから、大統領、残された仕事をどんどん片付けていきましょう。

 

 

※ローザ・ブルックス:ジョージタウン大学法科大学院教授、ニューアメリカ財団シュワーツ記念上級研究員。2009年から2011年にかけて政策担当米国防次官顧問を務めた。また、米国務省の上級顧問も歴任した。

 

(終わり)