古村治彦です。
今回はハーヴァード大学のスティーヴン・ウォルト教授の国際関係論(International Relations)に関する論稿をご紹介します。
スティーヴン・ウォルト
お読みいただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。
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5分間だけで国際関係論の学士号を取得するには(How to Get a B.A. in International Relations in 5 Minutes)
ゼミに出たり学生ローンを借りたりしなくも大丈夫。ここに大学卒業後に卒業生たちが覚えていることが全て書かれている。
スティーヴン・ウォルト(Stephen M. Walt)筆
2014年5月19日
フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌
http://www.foreignpolicy.com/articles/2014/05/19/how_to_get_a_ba_in_international_relations_in_5_minutes
私が住むニューイングランド地方は遅い春を迎えている。この時期は多くの大学で卒業シーズンということになる。子供たちの卒業を誇りに思う親や卒業できてホッとしている学生たちはお祝いに忙しい。私は、そうした学生たちの多くが卒業に際して後悔の念をひそかに持っていると考えている。それはどうしてか?それは、彼らの多くが国際関係論の分野の授業を十分に履修することなく卒業してしまうことに忸怩たる思いを持っていると考えるからだ。コンピューターサイエンス、生物学、経済学、応用数学、工学は全て素晴らしい学問分野である。歴史学、英文学、社会学も素晴らしい。しかし、これらの学問分野で、私のような人間を研究に駆り立てる世界情勢、グローバライゼーション、外交政策、その他の刺激的なテーマについてどれほど教えてくれるだろうか?
恐れるなかれ。私には解決策がある。数十年前、CBSの人気番組「サタデー・ナイト・ライヴ」に出演していたファーザー・グイド・サルダッチ(別名・ドン・ノヴェロ)は「5分間の大学(Five Minute University)」というコーナーを持っていた。このコーナーは素晴らしいほどに単純なものであった。サルダッチは、5分間で大学の卒業生が卒業して5年後に覚えていることを教えるとした。たとえば次のように。「経済学?簡単だよ。需要と供給さ。これで終わり」「神学?神はお前を愛している」などとサルダッチは語った。
あなたが金融についての学位を取ることにかまけて、本当に面白い授業を取らなかった、つまり、時間を無駄にしたとしても、大丈夫、私が国際関係論の「5分間の大学」をやってあげる。私の「5分間の大学」では国際問題が山積する世界についてあなたが知る場合に必要となる5つの基本的な概念を教える。あなたが字を読むのが苦手でゆっくりとしか読めないという人でなければ、全部を読み切るのに5分もいらないだろう。
①アナーキー・無政府(Anarchy)
国際政治と国内政治との間にある違いは、中央的な権威が存在しないことにある。あなたはリアリストにならなくてもこのことを認識できるはずだ。国際政治には警察官はいないし、国家がアピールすることができる裁判官はいないし、法廷もないし、何かトラブルに巻き込まれた時にかける緊急電話といったものもない(この問題についてはウクライナ、レバノン、ルワンダの人々に質問してみたらよく分かる)。中央的な権威の欠如の中で、それぞれの国家が自国の安全を守るために、諸大国は自国の安全を守ると同時に世界でトラブルが起きないように監視しなければならない。こうした状況下では、協力や利他主義に基づいた行動といったものは起きないと考えられる。ここまで見てくると、安全な状態というのは貴重なものであり、恐怖は国際情勢全体に大きな影響を与えていることが分かる。アナーキーは「諸国家が作り出している」ものかもしれないが、諸国家が作り出しているのはたいていの場合、トラブルである。
②勢力均衡(The Balance of Power)・もしくはさらに専門的な概念として脅威の均衡(the balance of threats)
アナーキーの中にいると、諸国家はどの国家が自分よりも強いのか、どの国家が自分に追いつきつつあるのか、もしくは国力を落としているのかを気にする。そして、どのようにすれば永続的な劣勢状態を避けることができるのかを考える。勢力均衡という概念は私たちに、諸国家がどのようにして潜在的な同盟関係を認識するのか(どの国が味方になりどの国が敵となるのか)、そして、戦争が起きる可能性が高いのかそれとも低いのかということを教えてくれるのだ。勢力均衡の大きな変更はたいていの場合危険である。それは、台頭しつつある大国は現状維持に挑戦し、すでに大国である諸国家は現状維持の変更を阻止するために予防的な戦争を起こすからであるし、単純にどの国がより強くなるのかを知ることは難しいので計算間違いが起きやすくなるからでもある。勢力均衡の正確な意味についての議論は長年にわたり続けられてきたが、勢力均衡に言及することなしに国際関係論を理解しようとすることは、バットを持たずに野球をやろうとするようなものであり、バックビートなしにブルースを演奏しようとするようなものである。
③比較優位(Comparative Advantage)・別名「貿易から生み出される利益(gains from trade)」
あなたが国際経済学の授業を履修しなかったにしても、自由貿易に関する自由主義的な理論の基礎となる比較優位に関する基本的な考え方を理解しなければならない。比較優位という考えは単純だ。それぞれの国家が有利に生産できる製品に特化し、そのように生産された製品を交換するというものだ。ある一つの国が全ての製品を有利に生産できる場合(全てに絶対優位を持っている)でも、比較効率性がいちばん高い製品をそれぞれの国が生産することがうまくいくのである。この主張の論理は否定できないものだ。しかし、この比較優位という概念が広く受け入れられるまでには2、3世紀かかった。重商主義(かその一部)の否定とより開かれた貿易の受容は、現在のグローバライゼーションの起源であり、2世紀前に比べて現在の世界がより繁栄していることの理由である。そして、あなたが比較優位というこの基本的な現実を把握していなければ、巨大で繁栄した国際的な商業ネットワークを理解することはできないのである。
④誤った認識と計算間違い(Misperception and
Miscalculation)
私の友人に賢い人がいる。その人は「国際政治のほとんどは3つの単語でまとめることができる」と言いたがる。その3つの単語は、恐怖(fear)、強欲(greed)、そして愚かさ(stupidity)である。私は最初の2つについては既に述べた(アナーキーと勢力均衡は恐怖についてであり、自由貿易とは強欲のプラスの効果についてである)。しかし、3番目の愚かさもまた同じくらいに重要なのである。国家指導者たち(時には国全体)はよくお互いを誤解し、馬鹿なことをするということを認識せずに、国際政治と外交政策を本当に理解できない。ある国は脅威を感じ、防衛的な対応をする。他国はこの行為を見て、その国が巨大で危険な野心を抱いているので、対決しなければならないと誤った結論を出す。しかし、また別の対応を引き出すこともある。侵略の意図を持っている国がその野心が制限的なものだと他国を欺くこともある。もしくは利己的に行動し、過去についてきれいごとしか言わない(私たちは他国に対して何も悪いことをしたことがないが、敵国は常に過ちを犯している)ということもある。そして、他国が歴史を全く違うように見ているということに驚いてしまうのである。
国際関係論を専攻して大学を卒業した人たちは、「国家指導者たちは物事をパーにすることがよくある。彼らの周りに訓練されたアドヴァイザーが多数いて、巨大な政府機関や情報機関の支援を受けている場合であっても、馬鹿なことをする」ということを知って卒業していなければならない。それはなぜか?それは情報が完璧ではなく、他国ははったりをかましたり、うそを言ったりするからだし、官僚や政策アドヴァイザーたちは人間が共通して持つ欠点(臆病さ、出世第一主義、そして不完全な合理性)を持っているからだ。貴方はこれらについて細かいことを5年後まで覚えていることはないだろうが、これだけは覚えておいて欲しい。責任ある立場にある人々はたいていの場合、自分たちが何をやっているか分かっていない。
⑤社会構成主義(Social Construction)
私は社会構成主義者ではない。しかし、私は国家間の相互作用や人間社会は規範とアイデンティティの変化によって形作られる。そして、これらの規範とアイデンティティは神聖なものでもなく、固定されたものではない。その反対に、そうしたものは人間の相互作用の産物である。私たちの日常生活での行動だけでなく、話すことや書くことが考えや信条を進化させるのである。社会的な現実は物理的な、物質的な実際の世界とは違うということを理解することなしに、ナショナリズム、奴隷制の廃止、戦争法規、マルクス=レーニン主義の興亡、同性愛結婚に対しての人々の姿勢が変化していることやその他の重要な世界規模での現象を理解することはできない。社会的な現実は、人々が行動し、話し、考えながら作り出され、作り直されていくものだ。私たちは、人々の態度、規範、アイデンティティ、信念がどのように進化していくかを予測することはできない。しかし、国際社会のこの側面に注意を払うことで、全く揺るぎもしないと考えられていた、正統とされる考えが完全に消え去ってしまって途方に暮れるということはなくなるのだ。
これで「5分で分かる国際関係論」を終わりにしたい。国際関係論の分野全体にはまだ話さねばならないことがたくさんあるが、終了時刻になってしまったようだ。あなたがこれら5つの概念をきちんと理解できたら、卒業して5年後の学部レベルで国際関係論を専攻した人々(彼らが卒業後に生活費を稼ぐために忙しくて勉強を何もしていないとすると)と同じことを知っているということになる。
はっきりさせたいのは、これら5つの概念だけで国際関係論の分野全体を網羅できると主張しているのではない。国際関係論分野の真の専門家になるためには、抑止力と強制力、機構、選択効果、民主平和理論、国際金融、その他の主要な概念について知る必要がある。国際的な歴史についての有用な知識もまた専門家になるためには有効である。また、特定の政策分野の詳細な経験なども必要だ。
しかし、このレベルの知識を得るには、大学院レベルの訓練を受けることを考えねばならない。そのために更に少なくとも5分間が必要になる。とにかく、あなた(もしくはあなたの子供)が今年大学を卒業することに関して、私は心からの祝意を表したい。そして、あなたが国際関係分野で学位を取得し、国際関係分野で働くことを計画しているのなら、「心配しないで」と申し上げたい。私が所属する世代は、あなたたちが取り組むべき理論上の諸問題をたっぷりと残しているし、あなたたちは私たちよりもうまくやってくれるだろう。
(終わり)
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