古村治彦です。

 

 今回は、中国が文化外交の一環として、中国への留学生増加を図っている、一方で、アメリカは留学生のための予算を削減しているという内容の記事をご紹介します。

 

 戦後、冷戦期、自由主義国ではアメリカ留学、共産主義国ではソ連留学がエリートへの近道でした。アメリカやソ連で最新の学問を学び、同時に人脈を作り、価値観や思想を習得して、母国に帰り、政治、経済、学術などの分野で偉くなる、と言うのがどこの国にもあった出世物語です。

 

 日本でも戦後、フルブライト奨学金を得て、アメリカに留学することはエリートへの近道でした。日本は皆が貧しくて御飯を食べるのが精一杯、という時代に、毎日ステーキを食べ、蛇口をひねればお湯が出るという夢の国アメリカに優秀な若者たちが渡っていきました。日本からのアメリカへの留学生は1990年代後半には3万人を超えましたが、現在までに数を減らし、現在は1万5000人程度にまでなってしまっています。

 

 冷戦期、アメリカは各国の優秀な学生たちを生活費まで保証する奨学金付きでアメリカの大学で学ばせました。そうすることで、親米的なエリート層を形成するという目的がありました。その当時、ソ連の成功で光り輝いていた社会主義計画経済に対抗するための、「近代化理論」の実践のための人材として活用しようと考えていました。アメリカからの資金や技術の援助、そして人材育成によって、発展途上国を近代化し、経済成長させようとしました。

 

しかし、その試みは多くの場合、それぞれの国の事情を無視して行われ、アメリカからの資金援助は有効に使われず、アメリカで博士号を取得したような人材も母国に帰っても働き口がなく、タクシー運転手になるしかないというような状況を生み出しました。

 

 アメリカでは留学生に対する奨学金の予算を削減しています。それに対して、中国はアジアやアフリカの発展途上国、また、一帯一路計画の参加国からの留学生を増やそうと様々な試みを行っています。その成果として中国への留学生が増加しています。今なら、中国に留学して学問を学び、人脈などを広げておけば、母国に帰った時に中国関係の仕事に就くことができるということもあり、その数はどんどん増えているようです。

 

 昔から遅れた国は進んだ国に若者を送り、学問や技術を学ばせてきました。日本でも、遣唐使と一緒に留学生や留学僧を派遣し、勉強させていました。帝国には最新の知識や情報、思想が生まれ、集まります。中国も1970年代末に改革開放を打ち出してから、アメリカに多くの優秀な若者を送り、勉強させてきました。そして、その成果を利用して、現在のように経済発展を遂げてきました。そして、中国がアメリカに追いつき追い越し、世界の中心、世界帝国になるという話が現実味を帯びるまでになってきました。

 

 アメリカの留学生に対する奨学金削減と中国の留学生誘致という現象は、帝国の交代ということを印象付けるものとなっています。

 

(貼り付けはじめ)

 

スタンフォードのことは忘れて、清華に招かれる(Forget Stanford, Tsinghua Beckons

―アメリカは、アフリカとアジア諸国からの留学生を中国に取られている

 

チェン・リー、シャーロット・ヤン筆

2018年10月2日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2018/10/02/forget-stanford-tsinghua-beckons/

 

 

最近中国で放映されたあるテレビ番組の中で、ケニア人の学生たちが中国語で書かれた指示が掲示されている教室の中で、教授の話を聞いている様子が流された。この学生たちはナイロビではなく、中国の最高峰の大学である北京大学で勉強している。ケニア人の学生たちは、自分たちが母国では得られない教育の機会を中国が生活費まで含めた奨学金を支給することで与えてくれたこと、彼らは母国に帰って母国を豊かにするための技術の習得を行うつもりだということを話していた。

 

中国は留学生に対する恩恵をもたらす動きを加速させている。太平洋の反対側に位置する国アメリカは、長年にわたり、世界中で最も賢く、好奇心溢れる学生たちを惹きつけ、留学させてきた。そのアメリカでは中国とは反対の動きが起きている。様々な政策や行動を通じて、トランプ政権は外国の学生たちがアメリカを敬遠するように仕向けている。トランプ政権のスティーヴン・ミラーが進めた留学生数の制限によって、中国からアメリカへの留学生も減少している。中国はこのアメリカで加速している動きを、アメリカとの間にある差を埋める機会だと捉えている。アフリカとアジアの国々において、この変化は既に影響を及ぼしている。外国人学生がアメリカではなく、中国の大学を留学先に選ぶようになっており、これはアメリカのソフトパワーを構成する重要な要素が消え去る危機に瀕していることを示している。

 

高等教育ということになれば、アメリカは今でも世界の中心ということになる。2016年、100万人以上の留学生がアメリカの大学に在籍していた。一方、中国の大学には50万人弱であった。

 

しかし、中国はアフリカとアジア諸国の学生たちにアプローチをしている。特に発展途上の国々で、中国との経済関係を深めている国々へのアプローチを強め、それに成功している。2016年の段階で、60以上のアフリカとアジアの国々がアメリカに向けてよりも中国に向けてより多くの学生を送っていた。その具体例としてラオスを挙げる。ラオスは、中国に9907名の学生を送り出し、アメリカにはわずか91名であった。米中間の大きな差は次の国々でも起きている。アルジェリア、モンゴル、カザフスタン、ザンビアは中国に送り出した学生数がアメリカへの学生数の5倍以上となっている。2014年以降、中国に留学したあふふぃか諸国の学生数の総数はアメリカに向かった学生数の総数を超えた。2016年、中国で6万人以上のアフリカからの留学生が勉強していたが、2000年の時と比べてその数は44倍となっている。

 

同時に、中国は、国際的な高等教育システムの拡大を図っている。一方、アメリカ政府は国際的な高等教育システムへの財政的関与を縮小している。フルブライト奨学金プログラムは1946年以降、アメリカの文化外交の象徴となってきたが、オバマ政権下から、予算削減に直面している。アメリカ政府が資金を出しているこのプログラムの参加者たちは、後に世界中の国々の学術、政治、シンクタンク、ジャーナリズム、芸術、ビジネスの分野で重要な地位を占めるようになっている。このような輝かしい歴史と成果があるにもかかわらず、トランプ政権は、2019年度の予算計画では71%の予算削減を求めている。

 

アメリカ各地の公立大学は政府からの財政支援削減に直面している。そのために学費の値上がりと教育の質の低下を招いている。2005年から2015年の間に、公立の教育機関での学部教育の学費は34%も値上がりし、私立の教育機関でも26%も値上がりしている。

 

アメリカ人学生のための学費を低い水準に維持するために、多くの大学ではより高い学費を支払える留学生の獲得を目指している。留学生の入学者数の合計は増加しているが、留学生は上流、中流階級出身者に集中するようになっている。これは、中国がターゲットにしているより貧しい国々を見落とすようになっている。2016年から2017年の学事暦において、アメリカの大学に留学している100万の学生のうちほぼ半数は中国とインドからの学生であった。これら2か国を除くと、韓国とサウジアラビアからの学生が多いが、アメリカへの留学生の総数に占める割合が3%以上を占める国はどこにもない。

 

●中国とアメリカのアフリカ・アジア諸国の大学在籍者数

 

STUDENT COUNTRY OF ORIGIN            CHINA    UNITED STATES

Algeria                   992         192

Cambodia                         2,250        512

Indonesia             1           4,714      8,776

Kazakhstan                    13,996         1,792

Kyrgyzstan                     3,247           216

Laos                       9,907           91

Mongolia                         8,508          1,410

Tajikistan                        2,606           204

Tanzania                                                       3,520            811

Thailand                                                 23,044           6,893

Zambia                                                3,428          469

Source: Open Doors 2017, Institute of International Education; International Students in China, 2011-2016, China Power Project, Center for Strategic & International Studies.

 

アメリカにおける学費のコストは上昇し、留学生に対する奨学金の枠が制限されるようになっている。そのために、アメリカの教育システムは、世界の多くの国々の学生たちにとって利用不可能なものとなっている。カナダとオーストラリアは労働ヴィザの制限を緩和し、学費も低く抑えている。しかし、低所得、中間レヴェルの所得の国々からの学生たちにとってはこれら2か国への留学も難しい。対照的に、中国は、アジアとアフリカ諸国からの留学生を惹きつけるための政策と財政援助策を拡大している。

 

中国は高等教育における機会の提供を拡大するための様々な政策を採用している。特に、中国が貿易関係や外交関係を深めつつある地域からの留学生を惹きつけることに注力している。2003年から2016年にかけて、タイ、ラオス、パキスタン、ロシアからの留学生数は10倍以上になっている。中国の一帯一路計画の重要な対象国であるカザフスタンからの高等教育への留学生は65倍に急増している。

 

過去10年、中国は高等教育システムの質を改善することに注力してきた。当時に、留学生に対する政府資金による奨学金を拡大してきた。2017年、留学生の9人に1人は中国政府からの奨学金を得ていた。2000年から2017年にかけて、助成金・補助金の受給者数の総数はほぼ11倍に増えている。英語で授業を行う大学の数は拡大しているし、教育と研究の質を改善するために努力を続けている。中国は、アフリカとアジア諸国に対する貿易とインフラ整備プロジェクトを拡大させている。中国の教育の価値はこれらの国々で上昇している。学生たちは中国に留学し、帰国後に中国に関連した仕事に就くことを求めている。

 

●中国政への留学生の資金種別

internationalstudentsenrollmentinchina001
 
 

ここ数年、中国政府は一帯一路計画に参加している国々からの学生たち向けの政府が資金を出す奨学金プログラムを拡大させている。2016年に中国政府の奨学金プログラムを受けた留学生の出身国10か国のうち、8か国は一帯一路計画の参加国である。中国政府は、一帯一路計画の参加国だけに向けた様々な教育プロジェクトを実施している。中国政府は名門大学である中国人民大学に付属の「シルクロード・スクール」を発足させた。この学校には一帯一路計画の参加国の学生たちが今年の9月に入学した。この学校の中国政治、経済、文化を学ぶ修士課程に入学する学生たちすべてに学費と生活費をカヴァーできる奨学金を支給することになる。

 

奨学金を得て中国の大学で学位を得ることよりも、自由主義的価値観と政治的な開放性を持つアメリカの大学に行くことの方に魅力を感じる学生がいるのは当然のことだ。ここ数年、中国の大学で、学問の自由が制限されるケースも出ている。しかし、多くの学生たちにとっては、アメリカの価値観や理想は、中国における高等教育よりも魅力的という訳にはいかない。奨学金が充実しているということもあるし、帰国後に中国関連の職に就けるということも大きな魅力になっている。

 

文化外交の一形態として、教育が外交関係に果たす役割について、中国政府の幹部たちは楽観的な考えを持っている。ある程度、中国はアメリカが撤退しつつある道を進もうとしている。これまでの数十年、特に冷戦期、アメリカの指導者たちは留学生に対する教育、特に将来の指導者に対する教育は、アメリカの価値観を拡散し、革命を伴わない平和的な進化を促進し、他国の発展に対して影響を与えるための有効な手段だと考えていた。しかし、アメリカで学んだ留学生たちが必ずしもアメリカの価値観や理想に対して忠実ではないということが分かり、アメリカの教育における関与は成功とも失敗とも言えないということになり、留学生を通じて世界に影響を与えるという政策に対する信頼は消えつつある。アメリカにおいてポピュリズムが勃興しているが、指導者たちは文化外交よりも国内政策を重視するようになっている。

 

教育に影響を与えるということはゆっくりとしたプロセスであり、教育システムは特にゆっくりとしか変化しない。これからしばらくは、アメリカは高等教育における国際的な基準となり続けるだろう。自由な学問研究と独立した思考、革新的な研究、最新の技術がアメリカの高等教育の長所であり、世界中の羨望の的だ。しかし、アメリカのソフトパワーのレヴェルはアフリカとアジアの発展途上国にどれほど基盤を持てるか、特にそれらの国々に対して、アメリカが教育面で支援をできるかにかかっている。アメリカが外国の学生たちに教育の機会を与える力を失いつつあり、そのために、アメリカが彼らに影響を与える機会もなくなるであろう。経済成長が著しい中国が教育の機会を与えることで、アメリカと張り合っている中で、それに負ければ、アメリカの影響力は減退するだろう。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

アメリカ政治の秘密日本人が知らない世界支配の構造【電子書籍】[ 古村治彦 ]

価格:1,400円
(2018/3/9 10:43時点)
感想(0件)

ハーヴァード大学の秘密 日本人が知らない世界一の名門の裏側[本/雑誌] (単行本・ムック) / 古村治彦/著

価格:1,836円
(2018/4/13 10:12時点)
感想(0件)