古村治彦です。

 

 私が翻訳しました『アメリカの真の支配者 コーク一族』(ダニエル・シュルマン著、講談社、2015年)の主人公コーク兄弟の弟デイヴィッド・コーク(David Koch、1940-2019年)が亡くなりました。79歳でした。兄チャールズ(Charles Koch、1935年―)は83歳で、弟の死去を発表するという不幸に見舞われました。

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アメリカの真の支配者 コーク一族

 

 コーク兄弟は2018年において保有資産608億ドルずつで、世界で第8位の大富豪です。彼らはコーク・インダストリーズという石油精製を中心とした多角経営の大企業を経営しています。コーク・インダストリーズは非上場企業で、非上場企業としては全米第2位の規模を誇ります。2人の資産の多くはコーク・インダストリーズの株式ということになります。コーク・インダストリーズの株式はほぼ親族だけで独占されています。

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デイヴィッド(左)とチャールズ 

 昨年、デイヴィッドが公的な活動からの引退を発表し、アメリカ政治に大きな影響を与えた「コーク兄弟」は解体ということになりました。この時から既に健康を害していたのでしょう。この一年がデイヴィッドにとって家族との穏やかな日々であったのだろうかと考えると感慨深いものがあります。

 

 コーク兄弟は正式には4名いるのですが、長男のフレッデリック(1933年―、86歳)はコーク・インダストリーズの経営に全く関与しておらず、莫大な財産を受け継いで慈善事業家として活動しています。フレデリックだけハーヴァード大学で人文学を専攻し、芸術家肌の人物です。フレデリックは早い段階でコーク・インダストリーズの後継者レースから脱落しました。

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フレデリック

次男チャールズと双子の弟たちデイヴィッドとビル(Bill Koch、1940年―、79歳)は、父フレッドと同じくマサチューセッツ工科大学の工学系を卒業し、コーク・インダストリーズの経営を引き継ぎましたが、ビルは仲違いをし、離れていきました。結局、コーク・インダストリーズの経営はチャールズとデイヴィッドが行うことになりました。


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ビル
 

チャールズとデイヴィッドは「コーク兄弟」とひとくくりに呼ばれました。彼らは、アメリカ政界、特に共和党系、保守系の候補者や運動に多額の資金を提供し、影響力を行使することで知られてきました。2008年のバラク・オバマ大統領誕生後から始まったティーパーティー運動の資金源としても知られています。

 

 コーク兄弟は様々な組織や団体に資金提供を行い、ネットワーク化していきました。このネットワークは、コーク・ネットワークと呼ばれています。また、コーク兄弟は、他の大富豪たちを組織化し、共和党を支持する大富豪グループも形成しました。


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 コーク兄弟が形成した組織や団体のネットワーク、大富豪のネットワーク、政治家たちからドナルド・トランプ政権に入った人たちが多く出ました。下の図にあるように10名上がトランプ政権入りをしています。また、トランプ選対の責任者だったコーリー・ルワドンスキーなど選対にはコーク・ネットワークで活動家だった人々が入っていました。マイク・ペンス副大統領やマイク・ポンぺオ国務長官は政治資金の面でコーク兄弟に大いにお世話になった人々です。

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 コーク兄弟はトランプ大統領を支持していませんが、自分たちが支援してきた人々からトランプ大統領を支える人材が多数出ているというのは何とも皮肉なことです。コーク兄弟はリバータリアニズムという反大きな政府、反税金、反福祉、反規制の考えを拡大させようとして活動してきました。兄弟からしてみれば、トランプ大統領の国境封鎖や関税引き上げのような政策は受け入れられるものではありません。

 

 特に現在の米中貿易戦争のような状態を、自由貿易体制を標榜するコーク兄弟は容認できません。また、伝統的な共和党の政治家たちも自由貿易体制を壊すものとして容認できないものです。自由紡績体制を標榜するはずの共和党から出ている大統領が保護貿易を行うというのはこれまでの考え方らすると大きな矛盾です。このような大きな矛盾が起きているのは、アメリカの力が衰退し、世界帝国の地位を維持できなくなりつつあるからです。

 

 コーク兄弟は2008年からの草の根の保守運動ティーパーティーの資金源であったことをも知られています。現在、ティーパーティー運動は下火になっています。それに代わって、大きな矛盾を抱え込んだトランプ大統領流のポピュリズムがアメリカを席巻しています。

 

 デイヴィッドの死去は、コーク兄弟の力の衰えと共にアメリカ保守運動の衰退、リバータリアニズムへの支持の減退といったことを象徴していると私は考えます。

 

(貼り付けはじめ)

 

大富豪にして保守系の慈善事業家デイヴィッド・コークが79歳で死去(Billionaire conservative philanthropist David Koch dies at 79

 

ジョン・ボウデン筆

2019年8月23日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/policy/finance/458521-billionaire-david-koch-dies-at-79

 

大富豪のデイヴィッド・コークが金曜日午前に79歳で死去した。デイヴィッド・コークは兄と共に長年にわたり、保守系の活動家、献金者として活動したことで知られている。

 

金曜日、チャールズ・コークは声明を発表し、その中で「私の弟であるデイヴィッドの逝去について発表することについて私の気持ちは沈んでいる。デイヴィッドと活動を共にした人は誰でも彼の人格の大きさと人生に対する熱意を感じ取ったはずだ」と述べた。

 

チャールズ・コークは続けて「今日は私たち全員にとって大変悲しい日であるが、私が皆さんに知っていただきたいのは、デイヴィッドがコーク・インダストリーズを現在のような成功に導いて下さった皆さん方を大変誇りに思っていたということだ。彼の逝去をこれからも悲しむことになるだろうが、彼が生きたということを決して忘れはしない」と述べた。

 

デイヴィッド・コークは健康上の理由でちょうど1年前にコーク・インダストリーズの経営陣から退いていた。

 

彼は20年以上前に前立腺がんと診断され、それ以来、数多くのがん研究に関する慈善活動や医療グループに多額の献金を続けた。

 

デイヴィッドがコーク・インダストリーズの経営陣から退いた時、チャールズ・コークは記者団に対して、「様々な問題が解決されておらず、彼の健康状態は悪化し続けている」と述べた。

 

昨年、チャールズ・コークは「その結果としてデイヴィッドは実業の世界や様々な組織的な活動に関与することが出来なくなっている」と述べた。

 

コーク一族は共和党の候補者たちやリバータリアニズムの大義に対する膨大な政治献金を行ってきたことで知られている。

 

チャールズとデイヴィッドは共にティーパーティー運動を資金面から援助したことでも知られている。ティーパーティー運動のおかげで共和党は2010年の中間選挙で連邦下院の過半数を制することが出来た。

 

デイヴィッド・コークは多くの共和党の候補者を支援し、当選させている。しかし、彼は2016年の大統領選挙でトランプ大統領を支持しなかった。彼は共和党の減税計画を声高に支持した。1980年にはリバータリアン党の副大統領候補として選挙に出馬した。

 

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デイヴィッド・コークについて知っておくべき5つのこと(Five things to know about David Koch

 

マリナ・ピトフスキー筆

2019年8月23日

『ザ・ヒル』誌

https://thehill.com/homenews/campaign/458570-5-things-to-know-about-david-koch

 

大富豪の実業家にして保守系政界の大口献金者デイヴィッド・コークが金曜日に79歳で亡くなった。

 

1960年代、デイヴィッドは兄チャールズと共に、父フレッド・コークからコーク・インダストリーズの経営を引き継いだ。コーク・インダストリーズは原油、石油パイプライン、その他数多くの化学や一般消費者向けの製品を取り扱っている。会社は現在、非上場企業の多角経営企業としては全米で2番目の規模を誇るまでになっている。『ニューヨーク・タイムズ』紙の報道によると、年間売り上げは1000億ドル以上を記録している。

 

しかし、コーク兄弟はアメリカ政治に分裂をもたらすほどの影響力を行使してきたことで知られている。数十年にわたり、コーク兄弟は州レヴェルと全国レヴェルにおいて共和党とリバータリアン党の政治運動に資金を提供してきた。兄弟は様々な組織と政治活動委員会をネットワーク化し、アメリカ全土で小さな政府、反規制を促進してきた。

 

2005年にリバータリアン系の雑誌『リーズン』誌の編集長ブライアン・ドアティの取材に応じた。その中でデイヴィッドは次のように語っている。「私が成長する中で繰り返し言い聞かされてきたのは、大きな政府は悪い、私たちの生活や経済活動に政府のコントロールを課すことは良くない、という考えでした」。

 

ここでデイヴィッド・コークについて知っておくべき5つのことを書いていく。

 

●政治に対して数十億ドルを使った

 

デイヴィッドと兄チャールズは数十億ドルもの資金を提供し、アメリカの保守政界に大きな影響を与えてきた。10以上のグループを組織し、それらのグループを使って影響力を行使してきた。コーク兄弟はこれらのグループを創設したり、数百万ドル規模の資金援助をしたりしてきた。これらのグループはコーク・ネットワークとして知られるようになった。

 

2016年の大統領選挙、連邦議員選挙、州知事選挙だけで、コーク・ネットワークは約9億ドルを支出した。『ワシントン・ポスト』紙によると、この額は共和党全体でその年に候補者たちに使った総額とほぼ同じであった。

 

コーク・ネットワークは2018年の中間選挙期間中に最大4億ドルを支出する計画だと発表した。コーク・ネットワークは2020年の選挙に向けて新たに4つの政治活動委員会を発足させた。しかし、コーク・ネットワークのチュ心的存在であるアメリカンズ・フォ・プロスペリティは2020年の大統領選挙に直接関与することはないと発表している。

 

コーク兄弟は政治運動以外にも数百万ドルを支出し、特に民主党や進歩主義派の政策を攻撃させた。例えば、コーク・ネットワークは、2010年から2012年にかけて2億ドルを投じてオバマケア廃止に向けた運動を展開した、とワシントン・ポスト紙は報じた。

 

コーク・ネットワークはワシントン政界で影響力を持つ人々の多くを支援してきた。ジョニ・エルンスト連邦上院議員(アイオワ州選出、共和党)への支援をはじめ、マイク・ペンス副大統領のインディアナ州知事選挙の支援、マイク・ポンぺオ国務長官の連邦下院議員選挙の支援などを行った。ワシントン・ポスト紙は、連邦下院議員時代のポンぺオについて「コークに送り込まれた連邦下院議員」として知られていたと報じている。

 

●トランプとの危険をはらむ関係

 

デイヴィッドとチャールズは、トランプが2016年の大統領選挙期間中に、コーク兄弟からの資金を求めていた他の共和党候補者たちを「操り人形」と攻撃した後、トランプ大統領の選挙に反対し、彼を支持しなかった。

 

ニューヨーク・タイムズ紙によると、2016年の大統領選挙後に開催されたトランプの祝勝会にデイヴィッド・コークは出席し、更にトランプ所有のマーラゴ・リゾートで当選者であったトランプと会談を持った、ということだ。しかし、コーク兄弟率いる組織はトランプ政権の各政策に反対した。特に公共支出政策や移民に対する発言に反対した。

 

しかしながら、コーク兄弟は特に貿易問題についてトランプ大統領と異なる考えを持っていた。兄弟は自由貿易を強固に主張していた。そして、チャールズ・コークはトランプの関税支持やその他の保護主義的な政策をアメリカにとって「有害だ」と批判した。

 

コーク・ネットワークに属する各グループ、「フリーダム・パートナーズ」「アメリカンズ・フォ・プロスペリティ」「LIBRE・イニシアティヴ」などが昨年、トランプの関税政策に対して、複数年の数百万ドル規模のプログラムを発足させた。このプログラムでは、連邦議員たちに対するロビー活動、活動家たちの訓練、政策に反対する政治広告が含まれていた。

 

トランプ大統領は昨年ツイッターでコーク兄弟を攻撃した。トランプ大統領は兄弟を「グローバリスト」「真の共和党関係者たちからしてみれば冗談のような存在」とこき下ろした。

 

●デイヴィッドはリバータリアンだったが、主に共和党の主張を支持してきた

 

1980年、デイヴィッド・コークはリバータリアン党の副大統領候補となった。大統領候補は企業弁護士エド・クラークだった。

 

二人の公約は、企業法人税と個人の所得税の全廃、メディケアの廃止、児童労働禁止法の廃止だった。二人はレーガン大統領の当選に対して、1%の得票率しか得られなかった。しかし、選挙戦を戦った経験によってデイヴィッド・コークは、アメリカにとってリバータリアン的政策が重要なのだという信念を固めることが出来た。

 

デイヴィッドは貿易、税制、規制緩和、選挙資金制度改革などの諸問題について共和党を支持していた。しかし、デイヴィッドはABCニュースの取材に対して、自分自身を「社会問題に関してはリベラル」と規定した。

 

デイヴィッドはLGBTQの婚姻、女性たちの中絶を含む生殖に関する諸権利をはじめ、中東からの米軍の撤退や予算を均衡させるための手段としての軍事費の削減のような民主党が主張している諸政策を支持した。

 

しかし、コーク兄弟は、数多くのシンクタンク、ロビー団体、その他のグループに数百万ドルの資金を提供し、気候変動に関する政策や環境に関する研究や法制化を止めようとした。また公共交通プログラムも阻止しようとした。

 

「グリーンピース」はコーク・インダストリーズを「科学的な気候変動研究を否定する中心的存在」と非難した。

 

●ティーパーティー運動の台頭に資金援助

 

デイヴィッドは2008年に始まったティーパーティー運動の台頭に資金援助を行ったことで知られている。ティーパーティー運動はオバマ政権に反対するために始まった。コーク兄弟が率いる「アメリカンズ・フォ・プロスペリティ」は選挙運動への政治献金、論点整理、動員の援助を通じてティーパーティー運動の指導者たちに資金援助を行い、運動の規模拡大を支援した。

 

2010年、『ニューヨーカー』誌はジェイン・メイヤーによるアメリカンズ・フォ・プロスペリティの影響力に関する分析記事「隠された作戦」を掲載した。その中で、アメリカンズ・フォ・プロスペリティは、「ロビイストや利益団体によってかき消されている平均的なアメリカ人の声」を集めるとして、諸団体の幹部を集めた会議を開催したり、多くの人々を集めるイヴェントを組織したりした。

 

ニューヨーク・タイムズ紙によると、アメリカンズ・フォ・プロスペリティは少なくとも1億ドルをティーパーティー運動に投じ、アメリカを右傾化させようとしたということだ。

 

それにもかかわらず、デイヴィッドは2010年の『ニューヨーク・マガジン』誌とのインタヴューの中で、ティーパーティー運動から出てきた候補者に資金を提供したことなどないと述べた。

 

デイヴィッドは「私はティーパーティー運動のイヴェントに行ったことなどありません。ティーパーティー運動を代表する人が私に連絡をして来たことすらないんです」と述べた。

 

●民主党にとっての怪物となる

 

「コーク兄弟」という言葉は、多くの民主党員や支持者にとって、極右の政策を主張する存在として捉えられるようになっている。特に選挙資金制度改革とアメリカ政治における大富豪の影響力といった諸問題に関しては、コーク兄弟という言葉が深く結びついている。

 

2012年の大統領選挙期間中、当時のオバマ大統領はコーク兄弟を狙い撃ちにしたテレビコマーシャルを流した。テレビコマーシャルは、ミシガン州、ノースカロライナ州、オハイオ州、ヴァージニア州といった激戦州の有権者たちに対して、流された。コマーシャル内ではコーク兄弟の名前は直接言及されなかったが、「秘密主義の石油産業で財を成した大富豪たちがファクトチェックをするというテレビコマーシャルを使ってオバマ大統領を攻撃しているが、そのテレビコマーシャル自体が事実に基づかないものだ」と主張するものであった。2012年当時、こうした事実をニューヨーク・タイムズ紙は紙面を通じて報じた。

 

デイヴィッド・コークの死去が発表された後、ツイッター上ではデイヴィッドの長年にわたる様々な方法でのアメリカ政治への影響力行使について非難する書き込みが続いた。

 

(貼り付け終わり)

 

(終わり)

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隠された十字架 江戸の数学者たち