古村治彦です。

 今回は、岸田文雄首相の唱える「新しい資本主義」についての論稿をご紹介する。岸田首相は「新しい資本主義」という言葉を提唱しているが、その本質は「配分(分配、distribution)」にある。簡単に言えば、下がり続けている人々の給料を上げようということだ。安倍政権下で実施されたアベノミクスでの成果としてよく「雇用が増えた」ということが言われる。

雇用が増えたのは素晴らしい。しかし、問題はその質だ。雇用の質、つまり正規か、非正規かということだ。今や日本の雇用の約4割が非正規だ。時給は低く抑えられ、補助や保護はない。そして、悲しいことに低賃金で保護もない仕事を年金額が少ない老人、そして女性たちが担うという構造になっている。こうした状況で、正規雇用であるサラリーマンの給料は上がらない。国民全体で言えば、消費税増税や社会保障負担の増大、最近の円安による物価高など厳しい条件が次々と打ち出されている。

 岸田文雄率いる宏池会を創設したのは池田勇人元首相であり、その源流をたどれば、吉田茂にまで行きつく。「経済成長優先(人々の暮らしを豊かにする)、軽武装、アメリカに頼る」という考え方でやってきた。以前にご紹介した、トバイアス・ハリスの論稿でもここら辺のことが詳しく紹介されている。吉田茂の流れを汲む保守本流(池田勇人と佐藤栄作から始まる)の2つの派閥(現在で言えば宏池会と茂木派)が重視したのは配分である。それによって、日本の奇跡の経済成長の果実が国内に行きわたった。多くの場合、経済成長に伴って、格差も拡大する。しかし、日本の場合は、「格差なき経済的奇跡(economic miracle without inequality)」を実現したのだ。

 それが平成と令和の30年間で台無しにされた。「アメリカ型を導入すれば何でもかんでもうまくいく」という短慮が日本をダメにした。政治改革、構造改革といった、「改革」で日本の重要な部分まで破壊された。それを修復することは既に難しい。岸田首相が目指すのはそうした短慮や勇ましさからの軌道修正だろう。軌道修正が精一杯であろうが、安倍路線からの修正を行うだけでも大したものだ。

 私たちは日本の成功体験であるところの「格差なき経済的奇跡」路線に戻る必要がある。それは何も毎年二桁の経済成長を目指すとかそういうことではない。経済成長の果実を適正に人々に配分する、という当たり前のことを行うだけのことだ。そして、今や先進国となり、内需が主要な経済要素である日本にとっては、人々に適正に果実を配分し、それを使ってお金を回してもらって、「日本経済の血行促進」を行って、日本経済の健康を取り戻すということを行わねばならない。そのきっかけとして政治がある。

(貼り付けはじめ)

日本の新首相が公約としている「新しい資本主義」はどのようなものか(How Japan's new PM is promising a 'new capitalism'

マリコ・オオイ筆

BBC

2021年11月1日

https://www.bbc.com/news/business-58976987

日本の新首相岸田文雄は国内の富の再分配を「新しい資本主義(new capitalism)」として売り込んでいる。

しかし、SNS上には、この計画が社会主義に近いと指摘する声もあり、中国共産党の主要政策になぞらえて日本の「共同繁栄(common prosperity)」とも呼ばれている。

巨大小売企業アマゾンに対抗する日本の巨大オンライン小売企業である楽天の最高経営責任者である三木谷浩史氏「彼は資本主義の仕組みを理解しているのだろうか?」とツイートした。

三木谷氏は、岸田首相のキャピタルゲイン課税(CGT)の税率引き上げ提案について特に怒りを持っていた。投資で得た利益に対する政府の課税は、「二重課税」と呼ばれている。

議論を巻き起こしている新たな提案に対する不満を表明したのは楽天の経営者三木谷氏だけではなかった。最近の小口の個人投資家からの株式市場への新たな関心の波を一気に消してしまうのではないかと懸念している。

日本では、新首相が誕生すると株価が上昇するのが通例だが、衆議院選挙を控えた10月に岸田氏が登場すると、日経225指数は一気に下落した。

日経225指数が8日連続で下落し、現在では「岸田ショック(Kishida schock)」と呼ばれるほどの下落となった。

これを受けて岸田首相は、キャピタルゲインや配当金に対する課税の変更は当面行わないとし、キャピタルゲイン課税の税率引き上げ提案をすぐに撤回した。

このような恥ずかしい政策転換はさておき、岸田首相の経済政策のスタイルは、前任者である菅義偉氏や安倍晋三氏のアプローチとは明らかに対照的だ。

日本の大手オンライン証券会社は新規個人投資家の参入の波に乗っている。新規口座開設数は過去最高となった。

安倍晋三と菅義偉の2人はアベノミクスを推進した。アベノミクスとは、積極的な金融緩和(aggressive monetary easing)、財政再建(fiscal consolidation)、成長戦略(growth strategy)という、いわゆる「3本の矢(three arrows)」で有名な経済政策だ。この3つのレバーを使って、日本経済を何十年にもわたる低成長から脱却させることが彼らの目的だった。

安倍と菅の2人の指導者の在任期間(tenure)の間に、いくつかの成功がもたらされた。日本の株価は2倍になった。安倍が2012年12月に2度目の首相に就任した時、日経225指数は1万円を下回っていた。今年2月には1990年以降、初めて3万円を記録した。

日経225指数は、日本経済の低迷をもたらした1980年代後半の暴落から回復するのに30年かかっている。

●賃金上昇はペーを維持できず(Salaries not keeping pace

しかしながら、安倍の戦略に対しては、岸田自身を含む厳しい批判者たちが存在した。彼らは、「アベノミクスは日本国内の富裕層を更に富裕にしただけだ」と主張した。彼らは、富がより広く国民に分配されることを望んでいる。

アベノミクスは大々的に報道され、国際的にも注目されてきたが、一般市民はその恩恵をあまり感じてこなかった。アベノミクスによって貧富の差が拡大したと言う人々もいる。所得分配の不平等を測るジニ係数という指標は過去10年間でわずかに縮小しているにもかかわらず、である。

人々がお金を持っていることを実感できない理由の一つは、過去30年間で平均賃金がほとんど伸びていないことである。

●日本の平均賃金(Average Japanese wage

bbcnewcapitalism001

経済協力開発機構(OECD)のデータによると、日本の平均賃金は過去30年間、アメリカやドイツなどの国に比べて停滞している。

生産性メトリクスも上昇が限定されてきた。一人当たりの経済産出額である日本の一人当たり国内総生産(GDP)は変動しているが現在は1994年と同レヴェルとなっている。

●日本の一人当たりGDPJapan GDP per capita

bbcnewcapitalism002

国会における初めての所信表明演説の中で、岸田首相は「分配(distribution)」という言葉を12回繰り返した。対照的に、安倍首相は「成長(growth)」という言葉を11回、菅首相は「改革(reform)」という言葉を16回使った。

しかし、経済学者や投資家の中には、岸田首相のアベノミクスに対する厳しい批判は、総選挙に向けて有権者の支持を得るための策略であり、急激な変化はないと考える人もいる。

投資家のアヤ・ムラカミは次のように語った。「岸田首相が彼の経済政策全てを説明したのかどうか疑問に思っている。しかし、彼が高市さんを自民党政策調査会長に、甘利さんを自民党幹事長に起用したことを見て、岸田首相の下でも、アベノミクスは継続されるということを示唆しているということになる」。

高市早苗は安倍晋三元首相の支援を受け、与党自民党総裁選挙に出馬した。一方、甘利明は安倍政権で経済産業大臣を務め、アベノミクスの設計者の一人であった。甘利は、2016年に汚職スキャンダルに巻き込まれたことで、幹事長に起用されたことについて議論が起きた。今週末の選挙で小選挙区の議席を失った後、辞任を申し出たと報じられている。

2012年12月に安倍が首相に就任した時、日経225指数は1万円を下回っていた。今年2月には、1990年以来初めて3万円を記録した。

●勤労者たちへの配分(Delivering for workers

日本がアベノミクスに戻るかどうかはさておき、岸田氏が就任した今、最も差し迫った問題は、「日本の労働者の間で高まっている不満にどう対処するか?」ということである。

近年、日本の上場企業は過去最高の利益を上げていますが、その利益を勤勉な従業員の賃金に還元していないという批判を受けている。

投資家のムラカミは次のように述べた。「日本の経済成長は富を分配するほどには協力ではない。日本経済は海外で利益を上げており、国内ではそうではない。国内で利益を上げられていない現状で、各企業が利益を分配することは難しいということになる」。

ムラカミは自民党政調会長の高市早苗が最近提案した「現金をため込んでいる企業に課税する」という案を支持している。村上は次のように語っている。「現在、東京証券取引所に上場している企業は2500社ありますが、そのうち1割以上の企業が時価総額以上の現金・預金を持っていたり、株式の持ち合いをしていたりしている。これらの企業には、税制を通じて、国内の成長を促進するための投資を奨励すべきだと考える」。

岸田は総理総裁に選出されたとき、「国民の声に耳を傾ける(listen to the voices of the people)」と宣言したが、わずか数週間でキャピタルゲイン税を引き上げるという計画を撤回した。今後、岸田首相が投資家と労働者のどちらの声に耳を傾け、政策の方向性を決めていくのか注目される。

(貼り付け終わり)

(終わり)
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ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める