古村治彦です。

 今回はナショナリズムについての論稿をご紹介する。まず、ナショナリズム(nationalism)という言葉の定義については2つある。論稿の著者スティーヴン・M・ウォルトは次のように定義している。

「まず、世界は重要な文化的特徴(共通の言語、歴史、祖先、地理的起源など)を共有する社会集団で構成されており、時間の経過とともに、これらの集団の一部は、自分たちが国家という独自の実体を構成していると考えるようになったという認識から出発する。国家がその本質的な性格について主張することは、生物学的あるいは歴史的な観点から見て厳密に正確である必要はない。重要なのは、国家の構成員たちが、自分たちは1つの国家であると純粋に信じていることだ」。

第二に、ナショナリズムの教義は、全ての国家は自らを統治する権利があり、部外者によって支配されるべきではないと主張する。この考え方によって、既存の国家が、自分たちの集団に属さない人々、例えば、異文化から自国の領土に入り込んで住もうとする移民や難民に対して警戒心を抱かせる傾向が生まれる。確かに、移民は何千年も前から行われてきたし、多くの国家には複数の民族が存在し、同化も時間の経過とともに起こりうるし、実際に起こっている。それでも、国家の一員と見なされない人々の存在は、しばしば話題となり、紛争の強力な推進力となり得る」。

 大雑把にまとめれば「自分たちは共通の文化を持ち、同じ国民だという感覚を持ち、地理的な枠組みの中において自分たち自身で統治を行う」ということがナショナリズムということになる。ナショナリズムについては、ベネディクト・アンダーソンの名著『想像の共同体』があるが、「自分たちが同じ国民である」というのは確固としたものではなく想像上のものでしかなく、しかも近代の教育と出版によって生み出されたものだということが解明されている。

 人々の幻想であるナショナリズムであるがその力は大きい。ヴェトナム戦争しかり、現在のウクライナ戦争しかり、大国に対する粘り強い戦いの原動力がナショナリズムである。ナショナリズムは世界政治を動かす大きな力である。また、グローバル化している世界とは言え、いざという時には自国と自国民の利益を第一に行動する。グローバル化した世界と言ってもその実態は各国家の競争ということになる。自国の利益を第一に行動するのが自然なことだ。

 日本のナショナリズムについて考えると、歴史修正主義(revisionism)と米国への従属(dependency on the United States)という要素で、歪んだものになっていると私は考えている。「アメリカと一緒に中国をやっつけてやる」という主張がどんなにおかしくて、歪んだものかを反中右派の人々は考えてもらいたい。健全なナショナリズムの醸成ことがこれから重要である。

(貼り付けはじめ)

エリートたちはナショナリズムを誤解している(Elites Are Getting Nationalism All Wrong

-ロシア、アメリカ、ヨーロッパ連合はそれぞれが結果的に災害に見舞われている。

スティーヴン・M・ウォルト筆

2022年4月27日

『フォーリン・ポリシー』誌

https://foreignpolicy.com/2022/04/27/elites-nationalism-wrong-russia-ukraine-europe-trump/

もし、国家元首や外務大臣が私に助言を求めたら(心配しないで欲しい、そんなことはまずない)、私はまず「ナショナリズムの力を尊重せよ」と述べるだろう。それは何故か? なぜなら、過去100年の大半を振り返りながら、現在起きていることを考えると、この現象を理解しなかったために、多くの指導者たち(そしてその国家)が大きな災難に見舞われてきたように思えるからだ。私は以前、2019年、2011年、2021年にもこの点を指摘したが、最近の出来事からは、ナショナリズムに関する教育を再び施すことが必要であると考える。

ナショナリズムとは何か? その答えは2つ存在する。まず、世界は重要な文化的特徴(共通の言語、歴史、祖先、地理的起源など)を共有する社会集団で構成されており、時間の経過とともに、これらの集団の一部は、自分たちが国家という独自の実体を構成していると考えるようになったという認識から出発する。国家がその本質的な性格について主張することは、生物学的あるいは歴史的な観点から見て厳密に正確である必要はない。重要なのは、国家の構成員たちが、自分たちは1つの国家であると純粋に信じていることだ。

第二に、ナショナリズムの教義は、全ての国家は自らを統治する権利があり、部外者によって支配されるべきではないと主張する。この考え方によって、既存の国家が、自分たちの集団に属さない人々、例えば、異文化から自国の領土に入り込んで住もうとする移民や難民に対して警戒心を抱かせる傾向が生まれる。確かに、移民は何千年も前から行われてきたし、多くの国家には複数の民族が存在し、同化も時間の経過とともに起こりうるし、実際に起こっている。それでも、国家の一員と見なされない人々の存在は、しばしば話題となり、紛争の強力な推進力となり得る。

ここで、ナショナリズムの力を理解できなかった指導者たちが、どのように挫折してきたかを考えてみよう。

証拠Aを示す。ロシアのウラジミール・プーティン大統領は、ウクライナのナショナリズムが、迅速かつ成功した軍事作戦によって、ウクライナにおけるロシアの影響力を回復しようとする試みをいかに阻害するかを理解していない。ロシアの戦争努力は当初から誤りが多かったが、ウクライナ人たちの予想外の激しい抵抗がロシアの行く手を阻む最も重要な障害となった。プーティンと側近たちは、外国からの侵略に対抗するために、国家はしばしば巨額の損失を吸収し、虎のように戦うことを忘れており、ウクライナ人が行ったのはまさにこれである。

しかし、このような失態を犯した指導者はプーティンだけではない。20世紀の大半、広大な植民地帝国のヨーロッパの支配者たちは、長く、費用のかかる、そして最終的には失敗するようなキャンペーンを行い、抵抗する国々を帝国の支配下に置いていた。アイルランド、インド、インドシナ、中東の大部分、アフリカの大部分など、ほぼ全域でヨーロッパは失敗し、恐ろしい数の人的犠牲を払っている。1931年以降、日本が中国を征服し、勢力圏を確立しようとした努力も同様に失敗した。

ナショナリズムの意味を理解することに関して、アメリカはあまり上手ではない。外交官ジョージ・ケナンをはじめとする一部のアメリカ政府関係者たちは、ナショナリズムが共産主義よりも強力であり、「共産主義の一枚岩」に対する懸念は誇張されていると認識していたが、ほとんどのアメリカ政府関係者たちは、左翼運動が思想的理由から自国の国益を犠牲にしてもモスクワの言いなりになること選択するのかどうかという点について疑問を持ち続けてきた。ヴェトナム戦争においても、ナショナリズムの力を見抜けなかったアメリカの指導者たちは、北ヴェトナムが祖国統一のために支払う代償を過小評価していた。1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻したが、アフガニスタン人が外国の占領者を撃退するためにどれほど激しく戦うかを理解していなかった。

残念なことに、アメリカの指導者たちは、これらの経験から多くを学ばなかった。2001年9月11日以降、ジョージ・W・ブッシュ政権は、イラクやアフガニスタンの人々が自由になることを熱望し、アメリカ兵を解放者として迎えるだろうと考えたため、既存の政権を倒し、光り輝く新しい民主政体に置き換えることは簡単だと思い込んでいた。代わりにブッシュ政権が手にしたのは、占領軍から命令を受けたくない、西洋の価値観や制度を受け入れたくないという地元住民の頑強な抵抗であり、そうした頑強な抵抗は最終的には成功した。

ナショナリズムの力を理解できないのは、戦争や占領に限ったことではない。EUは、国家的な愛着を超越し、ヨーロッパとしてのアイデンティティを共有し、ヨーロッパで繰り返される破滅的な戦争につながる競争圧力を緩和するために設立された。EUが平和的な効果をもたらしたと言うことも可能だ(他の要因の方がより重要であると私は主張するが)。しかし、国家のアイデンティティは依然としてヨーロッパの政治的構造の不変の部分であり、エリートが持つ期待通りにはいかないものとなっている。

まず、EUの構造自体が、ブリュッセルにあまり権限を渡したくない各国政府を優遇していることがあげられる。そのため、EUは「共通外交・安全保障政策(common foreign and security policy)」の策定を何度も試みているが、ほとんど実現できていない。更に重要なことは、危機が発生した時の各国の最初の対応が、ブリュッセルではなく、自国の選出議員に委ねられることである。2008年のユーロ圏危機の時も、新型コロナウイルス感染拡大の時も、結束は行われず、それどころか、各国は自国の利益のために行動していた。

更に、ナショナリズムの永続的な魅力を理解していないことは、なぜ多くの専門家がイギリスのEU離脱(Brexit)のリスクや強硬なナショナリスト政党の予想外の出現を過小評価したかを理解するのに役立つ。ポーランドの与党「法と正義」やハンガリーのオルバン首相の政党「フィデス」は、何よりもまず、EUの自由主義的価値観とは正反対の方法で、それぞれの国のナショナリズムに訴えかけることによって勝利を収めたのである。

最後に、ドナルド・トランプ前米大統領の政治的キャリアは、熱烈なアメリカのナショナリストとして自らを売り込み、アメリカを売り渡したと非難する、退廃したはずのグローバリスト・エリートたちと自らを対比させる能力に負うところが多い。彼の政治綱領と公的人格は、「アメリカを再び偉大にする」というスローガン、「アメリカ第一主義」のマントラ、あるいは(非白人の)移民に対する公然の敵意など、懐古的なナショナリズムを前面に押し出している。トランプ氏の政治的魅力に戸惑う人は、まず、彼が現代のアメリカ政治において誰よりも効果的にナショナリズムの力を利用したことを認識することから始めなければならない。

ナショナリズムの永続的な重要性を示す多くの証拠があるにもかかわらず、なぜ多くの賢い指導者たちがそれを過小評価するのだろうか? その答えは明確ではないが、ナショナリズムの中心的な特徴の1つが、ソフトウェアのバグに似て、問題の一端を担っているということかもしれない。国家は自らをユニークで特別な存在とみなすだけでなく、他国よりも優れていると考える傾向があり、それゆえ紛争が発生した場合には勝利する運命にあると考える。この盲点が、他国が自分たちと同等(あるいは、神に誓って優位)であるかもしれないことを認識するのを難しくしているのだ。アメリカ人の中には、ヴェトコンやタリバンが自分たちを倒す可能性があることを理解できない人もいた。プーティンにとっても、自分が劣っていると考えているウクライナ人がロシアの侵攻に立ち向かえる、あるいは立ち向かえるということを認識するのは難しいようである。

エリートはまた、自分がトランスナショナルなコスモポリタンバブル(訳者註:隔離された区域)の中で生活していることもあり、ナショナリズムの力を否定するかもしれない。毎年、スイスのダヴォスで開催される世界経済フォーラムに参加し、世界中でビジネスを行い、様々な国の同じ考えを持つ人々と付き合い、母国にいるのと同じように海外でも快適に暮らしていると、自分の交友関係以外の人々がいかに場所や地域の制度、国家への帰属意識に強い愛着を持っているかを見失いがちである。自由主義が個人と個人の権利を強調するのも、多くの集団が個人の自由よりも重要視する社会的絆や集団生存へのコミットメントから目を逸らすという点で、盲点になっている。

だから、ある政治指導者が私のところに助言を求めに来た時、あるいはこの指導者が考えている外交政策について私がどう考えているかを知りたがった時、私はこの指導者にナショナリズムを考慮しているかどうかを尋ね、大国がそれを無視するとどうなるかを思い起こさせるようにする。そして、マルクス主義の革命家、レオン・トロツキーの言葉を借りれば、こう言うだろう。「あなたはナショナリズムに興味がないかもしれないが、ナショナリズムはあなたに興味をもっているのだ」。

※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト、ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。

(貼り付け終わり)

(終わり)※6月28日には、副島先生のウクライナ戦争に関する最新分析『プーチンを罠に嵌め、策略に陥れた英米ディープ・ステイトはウクライナ戦争を第3次世界大戦にする』が発売になります。


bigtech5shawokaitaiseyo501
ビッグテック5社を解体せよ

akumanocybersensouwobidenseikengahajimeru001

 悪魔のサイバー戦争をバイデン政権が始める
20211129sankeiad505